エスケープ・フロム・ファーム
四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)薔薇の氏族制作 おおくまねこ納品 2025年05月05日 21時32分41秒
●
「もう我慢の限界だ。こんな施設、出て行ってやる……!」
オレはペデラ。薔薇の氏族に属する吸血鬼だ。
けど氏族内での扱いは底辺も底辺、親吸血鬼に仕える「召使い」だ。
俺は自分で血を啜る相手を選ぶ権利すらなく、領地で飼われている人間たちの世話や、時折尋ねてくる氏族のお偉いさんに失礼がないよう、丁重に相手をする毎日さ。
もっとも、オレはたとえ獲物を選ぶ権利があったところで、自分じゃ人間も満足に襲えない半端者だがね。
オレは生前――吸血鬼となる前は、教会御用達の商人をやっていた。扱う商品は雑貨が大半だったが、たまに対吸血鬼用の銀の弾丸やら、聖別された棍棒なんかも運ばされていた。
そんなオレだが、今の生活にはもう限界だ。俺は今夜、ここを出てやろうと思っている。
なぜここを出ていきたいのか、だって?
理由はいくつかある。
まず第一に、親吸血鬼――Mr.Gの服のセンスが気に入らない。奴はその名の通り金色を偏愛する吸血鬼で、365日、毎日金色の服を着て生活している。仕事着のスーツは金色。寝間着のガウンも金色。そしてもちろん、下着も金色だ。
それだけならまだ許せるが、「君も私の召使いならファッションは統一すべきだ」と、俺にもイカレたそのセンスを押し付けてきた。
牧場を来訪したお上品な奴らが金色の服を着た並んだ俺達二人を見て、必死に笑いを堪えている時のオレの気持ち、お前に分かるかい?
そして、第二に、この領地――『人間牧場』が気に入らない。この領地の領主は俺の親――Mr.Gのものということになっているが、奴が自力で人間から奪いとった土地ではなく、薔薇の氏族の大物から与えられたものらしい。
そのため、奴は領主であると同時に、人間牧場――美味な血を持つ人間を育成し、同胞に献上する施設の管理者としての使命を与えられている。
俺が見た限り、奴はその使命に忠実だ。奴はその類稀な洗脳術で人間を幼少期から従順な奴隷に仕立て上げ、上の連中に上納している。まるで食用の家畜を世話する農家の如く、愛情をこめて。
オレが言うのもなんだが、反吐が出るね。奴にこの汚れ仕事を任せた薔薇の連中にも、そいつらに従順に従っている、あの野郎にもだ。
そして最後の三つ目――そもそも、俺は薔薇の氏族の考え方――お高く留まった貴族主義が全く肌に合わない。
というわけでオレは、睡眠薬入りの酒を飲んで奴が熟睡したのを確認した後、奴の屋敷に火を放ち(ちなみに家畜の宿舎とは別の建物だ。風向きからして延焼することもないだろう)、その炎を囮にして牧場をオサラバした。奴はその程度では死なないだろうが、しばらくは消火活動でオレを追いかけるどころではないだろう。
「ハッ。せいせいしたぜ」
オレは紅蓮の炎に包まれる金色の御殿を尻目に、牧場を後にした。
●
今夜は新月で天気は曇り。あちこちにいる見張りのグールも巡回ルートは完璧に把握しているので、オレに気付くことはないはずだ。
しかし、準備に丸一年をかけた、俺の完璧なはずの脱出計画は、わずか数日で瓦解しようとしていた。
「ねえアンタ、うちの氏族の吸血鬼じゃないでしょ?」
「なんて弱弱しい気配。一応吸血鬼みたいだけど、人間かと思ったわ」
「てか、何よそのダッッッッサイ服。馬鹿なんじゃないの?」
(まったく、その通りだよ!! ちくしょう、こんな所で他の氏族の連中に出くわすとは……!)
適当な森に潜伏していたオレは、ガラの悪そうな女吸血鬼の二人組に絡まれていた。どうやら知らぬ間に、他の氏族のナワバリに這入り込んでしまっていたらしい。
(むちゃくちゃ好戦的だな……こいつら、あの服の紋章を見る限り菊の氏族か)
「いやあ……オレは実はしがない商人でして……身分証はあいにく家に置き忘れてしまい……」
オレはなんとか誤魔化そうとしたが、二人の殺気は強くなるばかりだった。
「姉様、こいつどーする?」
「無断でシマに入った奴よ。殺しちゃっていいでしょ」
「そーだよね! ねえ、私にやらせてよ。ちょうど新しい必殺技の練習台、探してたんだ」
「お待ちになって」
「「「!」」」
胃の痛みに耐えながら俺が連中の隙を伺っていると、突然、第三者の声がした。
●
「その方、薔薇の氏族のようですけれど、敵意はないようですわ」
森の奥から現れたのは、オレに絡んでいた二人とは全く雰囲気の異なる青い髪の女だった。翼のような白い外套を羽織っていて、念動力か何かなのか、大きな水晶玉が彼女の近くに浮かんでいる。占い師か何かだろうか?
「え、薔薇? こいつが?」
「スパイにしてはアホ過ぎる格好だけど……」
「ああ、確かにオレは薔薇の氏族の吸血鬼だ。だが、お前の言う通り敵意はない」
オレは勝負に出た。ここを切り抜けるには、この青い髪の女を味方につけるしかないと思ったのだ。
「やはり同胞ではありませんわね。けれど、何か事情がある様子。お話ぐらいは聞いてみてもいいのではありませんか?」
「チッ……ヤサンがそういうなら」
「でも、途中で逃げようとしたら殺すよ」
ヤサンと呼ばれた吸血鬼は一目置かれているのか、他の二人もとりあえず殺気を収めてくれた。
「ああ、助かる。オレは実は親吸血鬼のところから……」
オレは吸血鬼達に頭を下げ、事情を説明した。
「……というわけなんだ。オレはこの森を出ていくから、このまま見逃してもらえないだろうか」
「え。嫌よ」
「ヤサンの顔を立てて話だけは聞いたけれど、他の氏族のヤツを見逃す義理は特にないわね」
しかし、オレの話を聞いても二人の気が変わることはなかったようだ。
「……」
オレはチラッとヤサンを見た。すると彼女は水晶玉を動かし、自分の前に持ってきた。
しばらくすると、ぼうっと水晶玉が輝き始めた。
「この方の未来を占ってみたのですが……小さな光が見えますわ。私は彼の行く末を見届けたい。薔薇の氏族に拘りはないようですし、鞍替えを認めてあげてもいいのでは? もしよろしければ、私が口利きをしましょう」
「いいのか!? ぜひ頼む!!」
オレは反射的に叫んでいた。地獄に仏ってのはいるもんだ。もっとも、ヤサン……いや、ヤサンさんは吸血鬼だが。
「ですが、一つ条件がございます」
そこでヤサンさんはオレを遮るように片手を突き出し、ぴっと人差し指を立てた。
「あなたの行く末を見届ける為に、命を救う対価として遠見の呪術をかけたいと思います。私は望めば、いつでも貴方をこの水晶玉で覗き視ることができます」
「ああ、それぐらい構わない」
「えっ」
「?」
オレが即答すると、意外だったのかヤサンさんは目を丸くしていた。
その後、オレのヤサンさんは「自衛出来るように」と菊の氏族の呪術をいくつかオレに教えてくれた。どうやらオレは、薔薇の氏族よりも、菊の氏族の術の方が相性が良かったらしい。
こうしてオレは、薔薇から菊へと鞍替えし、前より少しマシな吸血鬼になれたのだった。
●
ところで、まんまとペデラに逃げられたMr.Gだが、大して気にしてはいなかった。しばらくは家畜の教育施設のロビーに棺桶を置くことになり、雑務も自分でやらないといけなくなるが、『貴族』はその程度では動揺しないのだ。
「ペデラ。君のダイナミック休職願、貴族として広い心で受理しようじゃないか。仮にも『親子』だから連れ戻そうとすれば何時でも出来るしね☆」
「もう我慢の限界だ。こんな施設、出て行ってやる……!」
オレはペデラ。薔薇の氏族に属する吸血鬼だ。
けど氏族内での扱いは底辺も底辺、親吸血鬼に仕える「召使い」だ。
俺は自分で血を啜る相手を選ぶ権利すらなく、領地で飼われている人間たちの世話や、時折尋ねてくる氏族のお偉いさんに失礼がないよう、丁重に相手をする毎日さ。
もっとも、オレはたとえ獲物を選ぶ権利があったところで、自分じゃ人間も満足に襲えない半端者だがね。
オレは生前――吸血鬼となる前は、教会御用達の商人をやっていた。扱う商品は雑貨が大半だったが、たまに対吸血鬼用の銀の弾丸やら、聖別された棍棒なんかも運ばされていた。
そんなオレだが、今の生活にはもう限界だ。俺は今夜、ここを出てやろうと思っている。
なぜここを出ていきたいのか、だって?
理由はいくつかある。
まず第一に、親吸血鬼――Mr.Gの服のセンスが気に入らない。奴はその名の通り金色を偏愛する吸血鬼で、365日、毎日金色の服を着て生活している。仕事着のスーツは金色。寝間着のガウンも金色。そしてもちろん、下着も金色だ。
それだけならまだ許せるが、「君も私の召使いならファッションは統一すべきだ」と、俺にもイカレたそのセンスを押し付けてきた。
牧場を来訪したお上品な奴らが金色の服を着た並んだ俺達二人を見て、必死に笑いを堪えている時のオレの気持ち、お前に分かるかい?
そして、第二に、この領地――『人間牧場』が気に入らない。この領地の領主は俺の親――Mr.Gのものということになっているが、奴が自力で人間から奪いとった土地ではなく、薔薇の氏族の大物から与えられたものらしい。
そのため、奴は領主であると同時に、人間牧場――美味な血を持つ人間を育成し、同胞に献上する施設の管理者としての使命を与えられている。
俺が見た限り、奴はその使命に忠実だ。奴はその類稀な洗脳術で人間を幼少期から従順な奴隷に仕立て上げ、上の連中に上納している。まるで食用の家畜を世話する農家の如く、愛情をこめて。
オレが言うのもなんだが、反吐が出るね。奴にこの汚れ仕事を任せた薔薇の連中にも、そいつらに従順に従っている、あの野郎にもだ。
そして最後の三つ目――そもそも、俺は薔薇の氏族の考え方――お高く留まった貴族主義が全く肌に合わない。
というわけでオレは、睡眠薬入りの酒を飲んで奴が熟睡したのを確認した後、奴の屋敷に火を放ち(ちなみに家畜の宿舎とは別の建物だ。風向きからして延焼することもないだろう)、その炎を囮にして牧場をオサラバした。奴はその程度では死なないだろうが、しばらくは消火活動でオレを追いかけるどころではないだろう。
「ハッ。せいせいしたぜ」
オレは紅蓮の炎に包まれる金色の御殿を尻目に、牧場を後にした。
●
今夜は新月で天気は曇り。あちこちにいる見張りのグールも巡回ルートは完璧に把握しているので、オレに気付くことはないはずだ。
しかし、準備に丸一年をかけた、俺の完璧なはずの脱出計画は、わずか数日で瓦解しようとしていた。
「ねえアンタ、うちの氏族の吸血鬼じゃないでしょ?」
「なんて弱弱しい気配。一応吸血鬼みたいだけど、人間かと思ったわ」
「てか、何よそのダッッッッサイ服。馬鹿なんじゃないの?」
(まったく、その通りだよ!! ちくしょう、こんな所で他の氏族の連中に出くわすとは……!)
適当な森に潜伏していたオレは、ガラの悪そうな女吸血鬼の二人組に絡まれていた。どうやら知らぬ間に、他の氏族のナワバリに這入り込んでしまっていたらしい。
(むちゃくちゃ好戦的だな……こいつら、あの服の紋章を見る限り菊の氏族か)
「いやあ……オレは実はしがない商人でして……身分証はあいにく家に置き忘れてしまい……」
オレはなんとか誤魔化そうとしたが、二人の殺気は強くなるばかりだった。
「姉様、こいつどーする?」
「無断でシマに入った奴よ。殺しちゃっていいでしょ」
「そーだよね! ねえ、私にやらせてよ。ちょうど新しい必殺技の練習台、探してたんだ」
「お待ちになって」
「「「!」」」
胃の痛みに耐えながら俺が連中の隙を伺っていると、突然、第三者の声がした。
●
「その方、薔薇の氏族のようですけれど、敵意はないようですわ」
森の奥から現れたのは、オレに絡んでいた二人とは全く雰囲気の異なる青い髪の女だった。翼のような白い外套を羽織っていて、念動力か何かなのか、大きな水晶玉が彼女の近くに浮かんでいる。占い師か何かだろうか?
「え、薔薇? こいつが?」
「スパイにしてはアホ過ぎる格好だけど……」
「ああ、確かにオレは薔薇の氏族の吸血鬼だ。だが、お前の言う通り敵意はない」
オレは勝負に出た。ここを切り抜けるには、この青い髪の女を味方につけるしかないと思ったのだ。
「やはり同胞ではありませんわね。けれど、何か事情がある様子。お話ぐらいは聞いてみてもいいのではありませんか?」
「チッ……ヤサンがそういうなら」
「でも、途中で逃げようとしたら殺すよ」
ヤサンと呼ばれた吸血鬼は一目置かれているのか、他の二人もとりあえず殺気を収めてくれた。
「ああ、助かる。オレは実は親吸血鬼のところから……」
オレは吸血鬼達に頭を下げ、事情を説明した。
「……というわけなんだ。オレはこの森を出ていくから、このまま見逃してもらえないだろうか」
「え。嫌よ」
「ヤサンの顔を立てて話だけは聞いたけれど、他の氏族のヤツを見逃す義理は特にないわね」
しかし、オレの話を聞いても二人の気が変わることはなかったようだ。
「……」
オレはチラッとヤサンを見た。すると彼女は水晶玉を動かし、自分の前に持ってきた。
しばらくすると、ぼうっと水晶玉が輝き始めた。
「この方の未来を占ってみたのですが……小さな光が見えますわ。私は彼の行く末を見届けたい。薔薇の氏族に拘りはないようですし、鞍替えを認めてあげてもいいのでは? もしよろしければ、私が口利きをしましょう」
「いいのか!? ぜひ頼む!!」
オレは反射的に叫んでいた。地獄に仏ってのはいるもんだ。もっとも、ヤサン……いや、ヤサンさんは吸血鬼だが。
「ですが、一つ条件がございます」
そこでヤサンさんはオレを遮るように片手を突き出し、ぴっと人差し指を立てた。
「あなたの行く末を見届ける為に、命を救う対価として遠見の呪術をかけたいと思います。私は望めば、いつでも貴方をこの水晶玉で覗き視ることができます」
「ああ、それぐらい構わない」
「えっ」
「?」
オレが即答すると、意外だったのかヤサンさんは目を丸くしていた。
その後、オレのヤサンさんは「自衛出来るように」と菊の氏族の呪術をいくつかオレに教えてくれた。どうやらオレは、薔薇の氏族よりも、菊の氏族の術の方が相性が良かったらしい。
こうしてオレは、薔薇から菊へと鞍替えし、前より少しマシな吸血鬼になれたのだった。
●
ところで、まんまとペデラに逃げられたMr.Gだが、大して気にしてはいなかった。しばらくは家畜の教育施設のロビーに棺桶を置くことになり、雑務も自分でやらないといけなくなるが、『貴族』はその程度では動揺しないのだ。
「ペデラ。君のダイナミック休職願、貴族として広い心で受理しようじゃないか。仮にも『親子』だから連れ戻そうとすれば何時でも出来るしね☆」