朝まだきに恋の花と洒落込みて

四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)牡丹の氏族制作 鍵島納品 2025年05月28日 14時04分49秒

 夜の空が明ける前に、 シュエファ (マリィ・スノードロップ)は街の外れにひっそりと佇む家屋へと赴いた。
 片手に血を詰めた瓶を持って闊歩する様は、陽の到来が近かろうと、それがどうしたと言わんばかり。
 自らが吸血鬼で在ること、その物を自負するような力強さを持って地を踏みしめる。
 間もなく辿り着いた家屋の扉に手を掛けて……一拍置いて空けている腕で拳を作り、トンと軽く扉を叩く。
 慎重な所作は、勢い余って破壊した過去が起因する。乱暴者だと同族に誹られている身が気を遣う少ない一面だ。
「よう」
 そろりと内開きの扉が開かれる。顔を覗かせたのは、同族のよしみから血を分け与えている存在だ。
 さっきまで泣いていたらしい。目元の赤さにシュエファの眉宇が寄せられると、哭花(ベル)が申し訳なさそうに身を縮こませる。
「また咲いちゃったの……ごめんね……」
 小さい体がさらに小さくなっては、いよいよ豆粒になるんじゃないか。頭の片隅でそんなことを思う。
「ほら、これ……人間のじゃねぇよ。オレは人間のしか飲まねぇけどな。ったく、めんどくせぇよな、お前」
 天敵を前にした小動物みたいに震えるその手に、無理やり血の入った瓶を持たせる。
 とぷりと揺れる血の赤色に慌てて持ち直し。好き放題に物を言うシュエファを前にして、哭花の表情が沈み、落ち込む。
「ご、ごめんなさい……」
 きまり悪そうに視線を逸らして、それでも。おずおずと半歩を引いて、シュエファを室内へと促した。
 覗き見た室内は……想像した通り。たんと花が咲いていた。
 もう飽きるほど見た光景だが、傍らの哭花がいよいよ大泣きしそうな気がして、それ以上の言葉を紡ぐことは止めてやる。

 窓辺から陽が差し込めると、グラスに注いだ赤色がよく映えていた。
 新鮮なモノであることを示すように、鮮やかな色が哭花の銀色の瞳に浮かんだ。
 躊躇いながらも飲み進めるその様子を、さながら監視めいてシュエファが見据える。
「まっずいだろ」
「う」
「オレなら飲まねぇぞ」
「うぅ……」
 やわやわと引き結ばれる唇。どうにも言葉に詰まって哭花が見ると、茶々を入れたシュエファの顔が楽しそうに笑っている。
 髪に飾った夾竹桃の花ですら、小馬鹿にするように揺れていた。
 あぁ。次は何をいわれるんだろうか。眦に水気の滲む気配を感じて、哭花は細い指先でそれを拭う。
「お前さぁ」
「……?」
「人間の男出入りさせてんだから、そいつ襲って血をもらえば良いじゃねぇか」
「おそっ……」
 思いがけない言葉に、ドキりと心臓が跳ねる。
 気付かれているのは知っていた。あえて見逃されているのも、わかっていた。
 だが、こうして顔を突き合せた状態で明確に指摘されたのは初めてで。しどろもどろになりながらも、哭花は慌てて首を振る。
「おそう、のは……しないよ……」
「あぁ~?」
「だって……」
 哭花の言葉が潰える。代わりに、何かを思案しているらしいその表情は、ころころと変わっていた。
 うまく説明の出来ない感情を前に困惑の色を表情に乗せて……かと思うと、気恥ずかしそうに両手を頬に添えている。
 白い肌をした頬が、如実に朱色へ染まってゆく。
 ……かつて。
 人であった頃に、同じような顔をしてはにかんでいた者を見た気がする。
 自分ではない誰かを想って淡い感情を抱き、時に息苦しさを覚えてもなお、その顔を思い浮かべると幸せな気持ちになれると照れくさく笑った者を。
 いま目の前にいる哭花が、まさしく体現して見せてくれている。
 シュエファの目から見て……それは、どんな花よりも可愛らしく、きれいに映り込んだ。
「……恋だな」
「うっ? こ、こい? こいじゃ……!」
「恋だな……」
「あ、あぁ、ぁの……」
 恋わずらいはどんな薬を飲んでも、どんなに良い物を食べても、治らないんだそう。
 手の施しようのない、どうしようもない病だ。吸血鬼だろうと容赦なくその身を蝕んで、日を追うごとに心へ巣食う。
 ――よりにもよって人間に、なぁ。
 遥か先まで生きなければならない吸血鬼と、五十年も生きれば十分ってな人間とじゃ。時間の流れが違う。
 哭花を前に両の腕で頬杖を突くと、シュエファはにやりと口角を上げて笑って見せる。
「で。年は上だったよな。あーいうのがお前の好みか……」
「あ、ああいうの、って……ええと、だから、ちがうの、シュエファさん……」
「男前だろ」
「う…………う、ん」
「ははぁ」
 戦い以外に興味を示さないでいたシュエファの顔が、みるみるうちに楽しげな色を濃くしてゆく。
 ふしゅりと湯気を立てそうなくらいに顔を赤らめてはいるものの、満更でもなし、問いかけた言葉に小さくも哭花は頷く。
 それがまた、からかい甲斐を見出させてしまうのだから、致し方ない。
 今日ばかりは涙の花を咲かせずにいさせてやるのも良いだろう。
 日が落ちるまでの僅かな時間、どちらかが眠たくなるまで。シュエファによる哭花への楽しい尋問(恋バナ)は、続けられていた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0