黒薔薇の竜は慈悲もなく

四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)薔薇の氏族制作 夜団子納品 2025年05月12日 09時15分10秒

 少し旅に出る、と。なんとはなしに故郷を出て一年。
 郷愁の思いに引かれるまま帰ってくれば、そこにはもう故(・)郷(・)は(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。
「なん……っ!?」
 いくつかの石造りの建物。それだけ。本来そこにあったはずの営みはすべて消し去られ、血の一滴すら落ちてはいなかった。
 数多かった寝床はほとんどその場にあったことすらわからないほどに破壊され存在を抹消されており、騒がしかった通りはネズミひとついやしない。
 歩けば茶化してきた同族たちの声は当然ひとつもなく、そこに彼らが居たことすら夢であったかのような錯覚まで覚えた。
「いったい……なにが……」
 たかが一年、一年だ。それでここまで故郷が寂れるわけがない。我々が蹂躙するような人間の郷ではないのだから。
 近くの吸血鬼の住処まで足を運び、情報をかき集め、噂を耳にした。どれもこれも仔細には欠き、信憑性もまちまちであったが――聞き出していくにつれて思い出すこともあった。
 (ドライデン=ツヴァイ(ナハティガル=ラー)……)
 別名、“黒薔薇竜(シュバルツェスローゼン・ドラクル)”。対立する薔薇の氏族のひとり。高名ないわゆる“闇の貴族”であり、強力な存在であることは確かだが――進んで自ら動くことは、まれだったはずだ。
 己が彼の名前を思い出したのには訳があった。我が故郷は確かに、彼の黒薔薇竜と敵対関係にあったのだ。あまり政には興味がなかったが、なにかの利益が競合するのだったか……なんにせよ、吸血鬼同士が氏族の違いで争うなど珍しい話ではない。
 それでも、今まで手出しはされなかったのだ。なれば、理由があるはずだ。
「……あの黒薔薇竜のことを嗅ぎまわるのはよした方がいいと思うがね」
「我が郷の仇だ、口を出してくれるな!」
「確かに彼は無益な争いは好まないらしいが……逆に言えば、決めたときは屍山血河が残るだけ、だよ」
 彼とその盟友に仇なす存在には決して容赦はしない。そして、その策略のまますべてを葬り去る。
「なあ、悪いことは言わないよ、あんた、このまま旅に出てどこかに消えたほうがいいんじゃないか」
 もし、あの町の惨状が黒薔薇竜の仕業だったとして。
 ――たかだか一年前に旅へ出たひとり。その生き残りのことを、見逃していると思うかい。

 自分は、その忠告の意味を正しく理解していなかった。
 理解したときには――もうなにもかもが、手遅れだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0