RAYNOLA!! ~EARTHSHAKER~
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年02月18日 23時55分29秒
北域程ではないにしろ、王国でも北へ行けば雪が降る。特に帝国との境にそびえる山嶺では――。
「おい、誰か偵察に出ろ」
雪がちらつく中、ハスラム・レイノーラは後に続く部下に向け声を上げた。
「パパ、私が!」
「阿呆が、お前がわざわざ出る程の場所じゃねぇよ。――おい、お前行ってこい」
「へいっ」
真っ先に手を上げたオリガロッド・レイノーラを手で制し、ハスラムは部下に声をかけた。
「えー! 私もパパの役に立ちたいのっ!」
そんなハスラムのぞんざいな扱いにもオリガロッドは何処か嬉しそうに抗議の声を上げる。
「もうじきたっぷり働いてもらわねぇといけねぇから、今は我慢しとけ」
馬上でぷぅっと頬を膨らせる娘に不敵に答えたハスラムは、オリガロッドの背をどんと叩く。
「そ、それにしても父上。目的地はまだなの!? さ、寒いんだけど……!」
防寒こそしているものの、馬上はとても寒い。ハスラムに続くエルゼリオ・レイノーラが弱気を吐き出した。
「この程度で何言ってやがる。手前ェ、それでも冒険者かよ」
そんな末息子に対しハスラムはちらりと振り返り溜息をつく。
「冒険者だって寒いものは寒いんだよっ!」
聴いてもらえないのはわかっていても、反論せずにはいられないほどに寒い。エルゼリオは羽織ったマントをぎゅっと寄せながら更に抗議した。
「これも着ておけ、少しはましだろう」
そんなエルゼリオの肩に、ふわりと暖かいモノがかけられる。
「シグルド兄ぃ……」
シグルド・レイノーラの優しさに、エルゼリオは思わず瞳を潤ませた。
「しかし、父上。そろそろ目的地を教えてくれてもいいだろう」
シグルドは先頭を行く父に馬を並べ問いかける。
「もうすぐ着く。黙ってついて来い」
しかし、父の返事は相変わらず素っ気ない。
「はぁ、まったく……。だが、本当にこの面子でよかったのか」
と、シグルドは振り返り後方を見る。父ハスラムを筆頭に、オリガロッド、エルゼリオ、そして自分。更に古参のレイノーラ一党が10名程。戦を起こすには少なすぎ、隠密行動をするには多すぎる。
「相変わらず心配性だな。禿げるぞ」
「心配性なのではない、事に慎重なのだ」
にひひと挑発するように笑うオリガロッドに、シグルドは嘆息交じりに答える。
「人数は関係ねぇ。これはそういう類の遊びじゃねぇからな」
そんなシグルドに向けハスラムもオリガロッドと同じように口元を歪めた。
「何をするかも、もちろん教えてはくれないんだろう?」
似たもの親子に呆れつつ、シグルドはダメ元で問いかけるが。
「プレゼントの中身をばらす親がいるかよ」
もちろん返ってきた答えは想像通りだった。
「オリエ姉は何か聞いてるの?」
「うん?」
エルゼリオはそっとオリガロッドに馬を寄せ、小声で問いかける。
「なーんにも。ただちょっと用意を手伝ったくらいだ」
「用意って、この変装の事だよね?」
言いながらエルゼリオはマントの下に隠れている衣装を覗き見る。中はみすぼらしい平民の姿だった。
「まぁ、その他にもちょいちょいあるけどな」
「教えてくれないの?」
「あの時の約束を果たしてくれたら、教えてやるぞ?」
可愛らしく問いかけてくるオリガロッドに、エルゼリオは一瞬悩む。
「あの時の約束って……えっ!? 嫌だよ! って言うか、約束した覚えないしっ!!」
そう、それはあの時場末の酒場で交わした会話。ギュってするあれだった。
「ちっ」
「舌打ちっ!?」
露骨に顔をしかめる姉に、エルゼリオは思わず落馬しそうになる。
そんな時だった、偵察に向かっていた部下が帰ってきたのは。
●
「変わりなしか。まぁ、その方が都合がいい」
部下からの報告を聞き、ハスラムが一人呟く。
「変わりなしって?」
エルゼリオが問いかけるも、ハスラムはニヤリと口元を歪めるだけ。
「手前ェら、ちーとばかし急ぐぞ! 遅れんなよっ!」
そう言うとハスラムは子供達や部下からの返事も待たず馬の胴を蹴った。
「シグルド兄、この先って何があるの?」
雪の中、馬を走らせながら、エルゼリオは王国内の地理に明るい兄に問いかける。
「街があるな」
シグルドはぐんぐんスピードを上げる父を追いながら答えた。
「街……?」
「ああ、鉱山の街『ロースロ』だ」
鉱山の街『ロースロ』。帝国と王国の境にそびえる山脈の麓より産出される希少な鉱物を採掘するために作られた街である。バルシュミーダ侯爵領内にあり、侯爵家の貴重な収入源にもなっていた。
「鉱山の街……? そんな所に一体何の用があるんだろう」
「さぁな。父上の考える事は私でもよくわからん」
「でも、一応侯爵領だよね。部外者のボク達が人目のある街なんかを歩いてて大丈夫なの……? ほら、子爵令嬢の件とかあったし、ボク達マークされてたりするんじゃ」
「それは心配はないだろう。侯爵領は広大だ。全てに目を光らせる事は不可能に近い。それに我々は軍を率いているわけでもないしな」
「で、でも」
平然と答えるシグルドに、エルゼリオは尚も食い下がるが。
「なんだ、エルゼリオ、ビビったのか?」
「そ、そういう訳じゃないけど。やっぱり何も聞かされていないと不安だよ。オリエ姉は不安じゃないの?」
「パパが先頭に立ってるんだぞ。なにを不安に思う事があるんだ?」
「あ、うん。聞いたボクが馬鹿だったよ」
本気で問い返してくるオリガロッドに、エルゼリオはがくりと肩を落とした。
●
「止まれ!」
交差した槍が馬の足を止めた。
「所属と用件を答えよ!」
門番と思しき一人が声を張り上げ決まり文句を口にする。
「王国軍所属サザーフである! 王都グランスパーダより囚人を移送してきた。通してもらえるか?」
馬上から軍服を纏った指揮官が証文を見せながら、門番へと話しかけた。
「失礼いたしました! しかし、囚人移送の報告は受けておりませんが……」
「なに? そんなはずはないだろう。よく調べてくれ」
指揮官は門番達に向かい不機嫌に眉をしかめる。
「はっ! 少々お待ちください!」
「早くしてくれ。こちらは雪の中の行軍で疲れているんだ」
「も、申し訳ありません! すぐに調べてまいります!」
指揮官の苛立つ声に、門番の一人はすぐさま詰所がある方向へと駆け出した。
残された門番の片割れが指揮官に向け頭を下げる。
「すぐに戻ると思いますので、もう今しばらくお待ち下さい」
「なに、ゆっくりしてくれていいさ。お前もな――」
――どさっ。
●
「お待たせしまし――ど、どうされましたか!?」
戻ってきた門番が異変に気付き駆け寄ってきた。
「おお、いい所に戻った。この者が突然気を失って倒れたのだ。すぐに救護所へ運んだ方がいい」
「わ、わかりました!」
指揮官から同僚を引き渡された門番は敬礼で答えつつ、言いにくそうに口を開く。
「それと、やはり指令書は来ていないようです。申し訳ありませんが、ここをお通しする訳には参りません」
「なに? ……この雪で伝令が遅れているのか? わかった、街の方で少し待たせてもらう」
「申し訳ありません! そうしていただけると助かります」
「なに、寒い中、見張りご苦労。そちらの兵士も十分に労ってやってくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
サザーフからのねぎらいに、門番は最敬礼で答えた。
「ああ、ちなみに囚人どもが逃げないようどこかに閉じ込めておきたいんだが、どこか囲えるところはないか? 流石にこの寒さの中、外に放りだしていては翌朝には氷漬けだ」
「でしたら街の詰め所をお使いください。囚人どもは馬小屋になりますが、藁もあります。死にはしないでしょう」
と、門番は街の一角に立つ石造りの建物を指さした。
「そうか、では囚人どもはそこへ預けておこう」
「え、指揮官殿は行かれないのですか?」
「私か? なに、折角遠くまで来たんだ、少し羽を伸ばさせてもらうさ」
「ああ、なるほど。でしたら街の西へ。指揮官用の娼館があります」
「ほう。情報感謝する」
「いえ、ごゆっくりお過ごしください」
そう言い残し門番は倒れた同僚に肩を貸しながら、指揮官たちが去っていくのを見つめていた。
●
立て付けの悪い木戸から隙間風が容赦なく吹き込む。
「納得いかなーーーーーいっ!!!」
「声が大きい、静かにしろ」
あまりの寒さに藁束の中から顔だけだすエルゼリオをシグルドが注意した。
「シグルド兄はなんとも思わないの! ボク達囚人らしいよ!?」
「そう言う作戦なのだろう。まぁ、なにも思わないではないがな」
「でしょ! なんで父上だけ軍人役なんだよ! ボク達だって軍人役でよくない!?」
声を上げていないと寒くて仕方ないのか、エルゼリオは早口でまくし立てる。
「ふむ、そうなると囚人役は彼等だけになるわけだが」
猛然と抗議するエルゼリオから視線を外したシグルドは、別の藁束を見た。
「あ、えっと……」
そこには古参の配下達が潜る藁束がある。
「なんか、ごめん……」
幾つもの藁束から注がれる視線に、エルゼリオは冷静さを取り戻したのか、もぞもぞと藁束へと潜り込んだ。
「作戦の出来はともかく、オリガロッドが潜り込んだんだ。成功だろう」
「それはそうなんだけど、オリエ姉、一人で大丈夫かな」
再び藁束から顔を出しながら、エルゼリオはシグルドに問いかける。
「あいつを何とかできる奴がそうそういるとは思えんがな」
「あー……まぁ、確かにそうか」
オリガロッドの武器は携帯に向いている短剣や暗器だ。もちろん、潜入の際に持ち込んでいる。
「一体中で何が行われてるんだろ」
「それを調べに来たんだろう」
「わざわざ一家総出で?」
「それだけの価値――いや、面白さがあるんだろう、父上にとっては」
「ボクはまぁ、冒険者だからいいけど。シグルド兄たちは軍の事もあるのに、面白さだけで頭が抜けて大丈夫なの?」
「軍の事はミライアに指示してある。あいつならば上手くやるさ」
「へぇー、そうなんだ」
平然と秘書官の名を出すシグルドに、エルゼリオは口元を緩めた。
「なんだ」
「いやぁ、随分信頼してるんだなって」
「信頼が無ければ秘書官などに任命せん」
「あー、もう。そう言う信頼じゃなくてさ」
「どういう信頼だ、まったく……悪いがお前達が期待するようなことは何もない」
「えー、そうなの?」
「まったく、お前といい、オリガロッドといい。一体何を考えているんだ」
「あ、オリエ姉にも言われたんだね」
くすくすと藁に口元を隠して笑うエルゼリオに、シグルドは大きなため息をついた。
●
「一見普通の鉱山のようだが……」
見張りの一人を昏倒させ、奪った服に着替えながらオリガロッドは辺りを探る。
先日止められた門を越えた先には、希少鉱物を採掘している鉱山があった。中では鉱夫たちが昼夜交代しながら忙しく採掘に当たっているのだが――。
「見張りが多いな。やっぱ囚人を使ってるからか?」
着替え終えたオリガロッドは、倒れている見張りに顔形を似せる化粧を施すと巡回路へと戻る。一際大きな空洞で採掘に当たる鉱夫達を見下ろした。
「囚人の数は50人といったところか。見張りも同数はいそうだ」
オリガロッドは巡回を行いながら鉱山の様子をつぶさに記憶していく。
と、そんな時、鉱山内に乾いた鈴の音が響き渡った。
「何の合図だ……?」
オリガロッドは怪しまれないよう他の見張りに続き移動を開始する。
「交代の時間か?」
見張り達は皆、ほっとした表情で詰所のある方へと引き上げていた。
「よぉ、お疲れさん!」
そんな事を考えていると、いきなり背中を叩かれる。
「どうだこの後一杯。久しぶりに街に戻れるんだからよ」
どうやら変装している見張りの同僚らしい男が笑顔で話しかけてきた。
「い、いや……ちょっと風邪気味でな。遠慮しておく」
「うん? 確かに声が変だな。救護所へ連れて行ってやろうか?」
「是非、と言いたい所だが大丈夫だ。一人でもなんとか行ける。それより次の交代は明日の朝だったか」
「あ? 何言ってるんだ。俺達は今夜から【安息日】だろう。次は仕事は三日後だ。忘れたのか?」
「あ、ああ。そうだったな。すまん、熱でボーっとしててな」
「おいおい、やっぱり連れていくぞ」
「そうか……すまない、頼む」
オリガロッドは同僚の肩を借り救護所へ足を運んだ。
足取り軽やかに戻っていった同僚を見送り、オリガロッドは救護所へ――は入らず坑道へ消える。
「さて、【安息日】ってのは初めて聞いたな。ただの休日じゃなさそうだが」
交代前なのか、すっかり人気のなくなった坑道を歩き、オリガロッドは奥へと進んだ。試し掘りの坑道なのだろうか、進むにしたがって掘り方が荒くなってくる。ついには掘削跡も途切れ、坑道は行き止まりとなった。
「……何もないな」
オリガロッドはおかしな所はないかとしばらく探るが、特に変わった所は見られなかい。
「ここじゃないのか。別の所を探ってみるか」
見張りどころか鉱夫たちの姿も消えてしまった坑道を不審に思いつつも、オリガロッドは別の坑道へと足を運んだ。
●
「なに? まだ届いていないだと」
「はい……。申し訳ありませんが、一度王都に問い合わせをしていただけませんか?」
門番はサザーフ指揮官に何度も頭を下げる。
「ふむ。仕方ないな。一度王都に伝書バトを飛ばしてみよう」
「おーい!」
そんな時だった、鉱山の方から一人の見張りが走ってくる。
「指令書ってこれの事じゃないのか?」
駆け寄ってきた見張りは持っていた証書を門番へと手渡した。
「これは……指揮官殿、大変お待たせいたしました! こちらの確認不足があったようです!」
「そうか。再度連絡を取る手間が省けたな」
自らのミスを咎められるのではないかとびくびくしていた見張りに、サザーフ指揮官は何事もなかったように話しかける。
「それでは入らせてもらうぞ」
「はっ!」
囚人たちを引き連れ門へと差し掛かるサザーフ指揮官に向け、見張りは敬礼しながらも。
「あ、あの、この事はどうかご内密に」
小さな声で話しかけた。
「ははは、何の事かな? 俺は昨夜の店で深酒をしてしまった。おかげで昨日何があったのかよく覚えていないんだ」
「そ、そうですか。――任務ご苦労様です!」
「ああ、そちらもな」
そう言ってサザーフ指揮官は、鉱山への門をくぐった。
●
「……やっぱり納得いかないんだけどっ!?」
振り上げたつるはしに怒りを込め、エルゼリオが振り下ろす。
「声がでかい」
「シグルド兄は何とも思わないの!? 何も知らされずに連れてこられて、昨日は馬小屋、今日は石堀りだよ!?」
「鈍った体を動かすのには丁度いい」
言いつつ、真顔でつるはしを振り下ろすシグルド。さらに奥を見ればハスラムの部下達も文句ひとつ言わずつるはしを振り下ろしていた。
「みんな、なんでそんな聞き分けがいいのさ……」
「おい! サボるな!!」
「す、すみません!!」
後ろで聞こえた鞭を打つ音に、エルゼリオはびくりと背筋を伸ばし、再びつるはしを振るい始める。
「今度サボったら、痛ーいのをくれてやるぞ?」
後ろからの声は尚も続き――何やら楽し気な気配を感じさせる。
「って、オリエね――んぐっ!?」
「声を出すなって。ほんとに鞭を貰いたいのか?」
両頬を摘まみ上げられたエルゼリオはタコ口のまま首を振る。
「交代まで黙って働いてろ。夜になったらまた声をかける」
そう言ってエルゼリオを解放したオリガロッドは、隣でつるはしを振るっていたシグルドに近づいた。
「お似合いだなシグルド。王都で待つ姫君に見せてやりたいぞ」
オリガロッドはシグルドの耳元に口を近づけると、皮肉たっぷりにそう囁き描ける。
「……無駄口を叩きに来ただけなら、無理やりにでもその役目交代するが?」
「ほぅ、上等だ。やれるもんなら――」
「何をしているか!!」
「ちっ。――申し訳ありません、司令官! この囚人が反抗的な態度をとっていた為、教育を施すところでありました!」
後ろからかけられた声にオリガロッドは舌打ちしつつも振り返ると、敬礼しながら答える。
「なに? おい、そこのお前。また檻の中に戻りたいのか? 貴様等の命など、私の一声でどうとでもなるのだからな」
司令官と呼ばれた男が、下卑た笑みを浮かべる。この鉱山の中で逆らうものの無い『王』として君臨する悦に、男は酔いしれているようだった。
「……」
そんな男へ見向きもせず、シグルドは再びつるはしを振るう。
「……ふんっ、張り合いの無い奴め。おい、そこのお前」
そんなシグルドの態度に興味を無くしたのか、男は隣で事の成り行きを見守っていたエルゼリオに目を付けた。
「え? ボク……?」
「他に誰がいる。……ほう、薄汚れているが見ればなかなかに整った顔立ちをしておるな」
「あの……え?」
「ふむ。悪くない。おい、お前。今夜、私の寝室に――」
戸惑うエルゼリオに向け、男は嫌らしい笑みを向けた、その瞬間。
――ガラガラガラッ!!!
「な、何事だ!?」
「どこかの坑道が崩落したようです!!」
「なぁにぃぃ!? えぇい! ついて来い!」
「はっ!」
突然聞こえた崩落の音に、男は慌ててオリガロッドを連れて向かっていった。
「くくっ、タイミングがいいな。父上の仕業か?」
呆気にとられるエルゼリオを見つつ、シグルドが珍しく笑いをこらえる。
「も、もう、こんな生活、嫌だぁぁぁ!!!」
エルゼリオの絶叫は、更なる崩落の音にかき消されたのだった。
「おい、誰か偵察に出ろ」
雪がちらつく中、ハスラム・レイノーラは後に続く部下に向け声を上げた。
「パパ、私が!」
「阿呆が、お前がわざわざ出る程の場所じゃねぇよ。――おい、お前行ってこい」
「へいっ」
真っ先に手を上げたオリガロッド・レイノーラを手で制し、ハスラムは部下に声をかけた。
「えー! 私もパパの役に立ちたいのっ!」
そんなハスラムのぞんざいな扱いにもオリガロッドは何処か嬉しそうに抗議の声を上げる。
「もうじきたっぷり働いてもらわねぇといけねぇから、今は我慢しとけ」
馬上でぷぅっと頬を膨らせる娘に不敵に答えたハスラムは、オリガロッドの背をどんと叩く。
「そ、それにしても父上。目的地はまだなの!? さ、寒いんだけど……!」
防寒こそしているものの、馬上はとても寒い。ハスラムに続くエルゼリオ・レイノーラが弱気を吐き出した。
「この程度で何言ってやがる。手前ェ、それでも冒険者かよ」
そんな末息子に対しハスラムはちらりと振り返り溜息をつく。
「冒険者だって寒いものは寒いんだよっ!」
聴いてもらえないのはわかっていても、反論せずにはいられないほどに寒い。エルゼリオは羽織ったマントをぎゅっと寄せながら更に抗議した。
「これも着ておけ、少しはましだろう」
そんなエルゼリオの肩に、ふわりと暖かいモノがかけられる。
「シグルド兄ぃ……」
シグルド・レイノーラの優しさに、エルゼリオは思わず瞳を潤ませた。
「しかし、父上。そろそろ目的地を教えてくれてもいいだろう」
シグルドは先頭を行く父に馬を並べ問いかける。
「もうすぐ着く。黙ってついて来い」
しかし、父の返事は相変わらず素っ気ない。
「はぁ、まったく……。だが、本当にこの面子でよかったのか」
と、シグルドは振り返り後方を見る。父ハスラムを筆頭に、オリガロッド、エルゼリオ、そして自分。更に古参のレイノーラ一党が10名程。戦を起こすには少なすぎ、隠密行動をするには多すぎる。
「相変わらず心配性だな。禿げるぞ」
「心配性なのではない、事に慎重なのだ」
にひひと挑発するように笑うオリガロッドに、シグルドは嘆息交じりに答える。
「人数は関係ねぇ。これはそういう類の遊びじゃねぇからな」
そんなシグルドに向けハスラムもオリガロッドと同じように口元を歪めた。
「何をするかも、もちろん教えてはくれないんだろう?」
似たもの親子に呆れつつ、シグルドはダメ元で問いかけるが。
「プレゼントの中身をばらす親がいるかよ」
もちろん返ってきた答えは想像通りだった。
「オリエ姉は何か聞いてるの?」
「うん?」
エルゼリオはそっとオリガロッドに馬を寄せ、小声で問いかける。
「なーんにも。ただちょっと用意を手伝ったくらいだ」
「用意って、この変装の事だよね?」
言いながらエルゼリオはマントの下に隠れている衣装を覗き見る。中はみすぼらしい平民の姿だった。
「まぁ、その他にもちょいちょいあるけどな」
「教えてくれないの?」
「あの時の約束を果たしてくれたら、教えてやるぞ?」
可愛らしく問いかけてくるオリガロッドに、エルゼリオは一瞬悩む。
「あの時の約束って……えっ!? 嫌だよ! って言うか、約束した覚えないしっ!!」
そう、それはあの時場末の酒場で交わした会話。ギュってするあれだった。
「ちっ」
「舌打ちっ!?」
露骨に顔をしかめる姉に、エルゼリオは思わず落馬しそうになる。
そんな時だった、偵察に向かっていた部下が帰ってきたのは。
●
「変わりなしか。まぁ、その方が都合がいい」
部下からの報告を聞き、ハスラムが一人呟く。
「変わりなしって?」
エルゼリオが問いかけるも、ハスラムはニヤリと口元を歪めるだけ。
「手前ェら、ちーとばかし急ぐぞ! 遅れんなよっ!」
そう言うとハスラムは子供達や部下からの返事も待たず馬の胴を蹴った。
「シグルド兄、この先って何があるの?」
雪の中、馬を走らせながら、エルゼリオは王国内の地理に明るい兄に問いかける。
「街があるな」
シグルドはぐんぐんスピードを上げる父を追いながら答えた。
「街……?」
「ああ、鉱山の街『ロースロ』だ」
鉱山の街『ロースロ』。帝国と王国の境にそびえる山脈の麓より産出される希少な鉱物を採掘するために作られた街である。バルシュミーダ侯爵領内にあり、侯爵家の貴重な収入源にもなっていた。
「鉱山の街……? そんな所に一体何の用があるんだろう」
「さぁな。父上の考える事は私でもよくわからん」
「でも、一応侯爵領だよね。部外者のボク達が人目のある街なんかを歩いてて大丈夫なの……? ほら、子爵令嬢の件とかあったし、ボク達マークされてたりするんじゃ」
「それは心配はないだろう。侯爵領は広大だ。全てに目を光らせる事は不可能に近い。それに我々は軍を率いているわけでもないしな」
「で、でも」
平然と答えるシグルドに、エルゼリオは尚も食い下がるが。
「なんだ、エルゼリオ、ビビったのか?」
「そ、そういう訳じゃないけど。やっぱり何も聞かされていないと不安だよ。オリエ姉は不安じゃないの?」
「パパが先頭に立ってるんだぞ。なにを不安に思う事があるんだ?」
「あ、うん。聞いたボクが馬鹿だったよ」
本気で問い返してくるオリガロッドに、エルゼリオはがくりと肩を落とした。
●
「止まれ!」
交差した槍が馬の足を止めた。
「所属と用件を答えよ!」
門番と思しき一人が声を張り上げ決まり文句を口にする。
「王国軍所属サザーフである! 王都グランスパーダより囚人を移送してきた。通してもらえるか?」
馬上から軍服を纏った指揮官が証文を見せながら、門番へと話しかけた。
「失礼いたしました! しかし、囚人移送の報告は受けておりませんが……」
「なに? そんなはずはないだろう。よく調べてくれ」
指揮官は門番達に向かい不機嫌に眉をしかめる。
「はっ! 少々お待ちください!」
「早くしてくれ。こちらは雪の中の行軍で疲れているんだ」
「も、申し訳ありません! すぐに調べてまいります!」
指揮官の苛立つ声に、門番の一人はすぐさま詰所がある方向へと駆け出した。
残された門番の片割れが指揮官に向け頭を下げる。
「すぐに戻ると思いますので、もう今しばらくお待ち下さい」
「なに、ゆっくりしてくれていいさ。お前もな――」
――どさっ。
●
「お待たせしまし――ど、どうされましたか!?」
戻ってきた門番が異変に気付き駆け寄ってきた。
「おお、いい所に戻った。この者が突然気を失って倒れたのだ。すぐに救護所へ運んだ方がいい」
「わ、わかりました!」
指揮官から同僚を引き渡された門番は敬礼で答えつつ、言いにくそうに口を開く。
「それと、やはり指令書は来ていないようです。申し訳ありませんが、ここをお通しする訳には参りません」
「なに? ……この雪で伝令が遅れているのか? わかった、街の方で少し待たせてもらう」
「申し訳ありません! そうしていただけると助かります」
「なに、寒い中、見張りご苦労。そちらの兵士も十分に労ってやってくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
サザーフからのねぎらいに、門番は最敬礼で答えた。
「ああ、ちなみに囚人どもが逃げないようどこかに閉じ込めておきたいんだが、どこか囲えるところはないか? 流石にこの寒さの中、外に放りだしていては翌朝には氷漬けだ」
「でしたら街の詰め所をお使いください。囚人どもは馬小屋になりますが、藁もあります。死にはしないでしょう」
と、門番は街の一角に立つ石造りの建物を指さした。
「そうか、では囚人どもはそこへ預けておこう」
「え、指揮官殿は行かれないのですか?」
「私か? なに、折角遠くまで来たんだ、少し羽を伸ばさせてもらうさ」
「ああ、なるほど。でしたら街の西へ。指揮官用の娼館があります」
「ほう。情報感謝する」
「いえ、ごゆっくりお過ごしください」
そう言い残し門番は倒れた同僚に肩を貸しながら、指揮官たちが去っていくのを見つめていた。
●
立て付けの悪い木戸から隙間風が容赦なく吹き込む。
「納得いかなーーーーーいっ!!!」
「声が大きい、静かにしろ」
あまりの寒さに藁束の中から顔だけだすエルゼリオをシグルドが注意した。
「シグルド兄はなんとも思わないの! ボク達囚人らしいよ!?」
「そう言う作戦なのだろう。まぁ、なにも思わないではないがな」
「でしょ! なんで父上だけ軍人役なんだよ! ボク達だって軍人役でよくない!?」
声を上げていないと寒くて仕方ないのか、エルゼリオは早口でまくし立てる。
「ふむ、そうなると囚人役は彼等だけになるわけだが」
猛然と抗議するエルゼリオから視線を外したシグルドは、別の藁束を見た。
「あ、えっと……」
そこには古参の配下達が潜る藁束がある。
「なんか、ごめん……」
幾つもの藁束から注がれる視線に、エルゼリオは冷静さを取り戻したのか、もぞもぞと藁束へと潜り込んだ。
「作戦の出来はともかく、オリガロッドが潜り込んだんだ。成功だろう」
「それはそうなんだけど、オリエ姉、一人で大丈夫かな」
再び藁束から顔を出しながら、エルゼリオはシグルドに問いかける。
「あいつを何とかできる奴がそうそういるとは思えんがな」
「あー……まぁ、確かにそうか」
オリガロッドの武器は携帯に向いている短剣や暗器だ。もちろん、潜入の際に持ち込んでいる。
「一体中で何が行われてるんだろ」
「それを調べに来たんだろう」
「わざわざ一家総出で?」
「それだけの価値――いや、面白さがあるんだろう、父上にとっては」
「ボクはまぁ、冒険者だからいいけど。シグルド兄たちは軍の事もあるのに、面白さだけで頭が抜けて大丈夫なの?」
「軍の事はミライアに指示してある。あいつならば上手くやるさ」
「へぇー、そうなんだ」
平然と秘書官の名を出すシグルドに、エルゼリオは口元を緩めた。
「なんだ」
「いやぁ、随分信頼してるんだなって」
「信頼が無ければ秘書官などに任命せん」
「あー、もう。そう言う信頼じゃなくてさ」
「どういう信頼だ、まったく……悪いがお前達が期待するようなことは何もない」
「えー、そうなの?」
「まったく、お前といい、オリガロッドといい。一体何を考えているんだ」
「あ、オリエ姉にも言われたんだね」
くすくすと藁に口元を隠して笑うエルゼリオに、シグルドは大きなため息をついた。
●
「一見普通の鉱山のようだが……」
見張りの一人を昏倒させ、奪った服に着替えながらオリガロッドは辺りを探る。
先日止められた門を越えた先には、希少鉱物を採掘している鉱山があった。中では鉱夫たちが昼夜交代しながら忙しく採掘に当たっているのだが――。
「見張りが多いな。やっぱ囚人を使ってるからか?」
着替え終えたオリガロッドは、倒れている見張りに顔形を似せる化粧を施すと巡回路へと戻る。一際大きな空洞で採掘に当たる鉱夫達を見下ろした。
「囚人の数は50人といったところか。見張りも同数はいそうだ」
オリガロッドは巡回を行いながら鉱山の様子をつぶさに記憶していく。
と、そんな時、鉱山内に乾いた鈴の音が響き渡った。
「何の合図だ……?」
オリガロッドは怪しまれないよう他の見張りに続き移動を開始する。
「交代の時間か?」
見張り達は皆、ほっとした表情で詰所のある方へと引き上げていた。
「よぉ、お疲れさん!」
そんな事を考えていると、いきなり背中を叩かれる。
「どうだこの後一杯。久しぶりに街に戻れるんだからよ」
どうやら変装している見張りの同僚らしい男が笑顔で話しかけてきた。
「い、いや……ちょっと風邪気味でな。遠慮しておく」
「うん? 確かに声が変だな。救護所へ連れて行ってやろうか?」
「是非、と言いたい所だが大丈夫だ。一人でもなんとか行ける。それより次の交代は明日の朝だったか」
「あ? 何言ってるんだ。俺達は今夜から【安息日】だろう。次は仕事は三日後だ。忘れたのか?」
「あ、ああ。そうだったな。すまん、熱でボーっとしててな」
「おいおい、やっぱり連れていくぞ」
「そうか……すまない、頼む」
オリガロッドは同僚の肩を借り救護所へ足を運んだ。
足取り軽やかに戻っていった同僚を見送り、オリガロッドは救護所へ――は入らず坑道へ消える。
「さて、【安息日】ってのは初めて聞いたな。ただの休日じゃなさそうだが」
交代前なのか、すっかり人気のなくなった坑道を歩き、オリガロッドは奥へと進んだ。試し掘りの坑道なのだろうか、進むにしたがって掘り方が荒くなってくる。ついには掘削跡も途切れ、坑道は行き止まりとなった。
「……何もないな」
オリガロッドはおかしな所はないかとしばらく探るが、特に変わった所は見られなかい。
「ここじゃないのか。別の所を探ってみるか」
見張りどころか鉱夫たちの姿も消えてしまった坑道を不審に思いつつも、オリガロッドは別の坑道へと足を運んだ。
●
「なに? まだ届いていないだと」
「はい……。申し訳ありませんが、一度王都に問い合わせをしていただけませんか?」
門番はサザーフ指揮官に何度も頭を下げる。
「ふむ。仕方ないな。一度王都に伝書バトを飛ばしてみよう」
「おーい!」
そんな時だった、鉱山の方から一人の見張りが走ってくる。
「指令書ってこれの事じゃないのか?」
駆け寄ってきた見張りは持っていた証書を門番へと手渡した。
「これは……指揮官殿、大変お待たせいたしました! こちらの確認不足があったようです!」
「そうか。再度連絡を取る手間が省けたな」
自らのミスを咎められるのではないかとびくびくしていた見張りに、サザーフ指揮官は何事もなかったように話しかける。
「それでは入らせてもらうぞ」
「はっ!」
囚人たちを引き連れ門へと差し掛かるサザーフ指揮官に向け、見張りは敬礼しながらも。
「あ、あの、この事はどうかご内密に」
小さな声で話しかけた。
「ははは、何の事かな? 俺は昨夜の店で深酒をしてしまった。おかげで昨日何があったのかよく覚えていないんだ」
「そ、そうですか。――任務ご苦労様です!」
「ああ、そちらもな」
そう言ってサザーフ指揮官は、鉱山への門をくぐった。
●
「……やっぱり納得いかないんだけどっ!?」
振り上げたつるはしに怒りを込め、エルゼリオが振り下ろす。
「声がでかい」
「シグルド兄は何とも思わないの!? 何も知らされずに連れてこられて、昨日は馬小屋、今日は石堀りだよ!?」
「鈍った体を動かすのには丁度いい」
言いつつ、真顔でつるはしを振り下ろすシグルド。さらに奥を見ればハスラムの部下達も文句ひとつ言わずつるはしを振り下ろしていた。
「みんな、なんでそんな聞き分けがいいのさ……」
「おい! サボるな!!」
「す、すみません!!」
後ろで聞こえた鞭を打つ音に、エルゼリオはびくりと背筋を伸ばし、再びつるはしを振るい始める。
「今度サボったら、痛ーいのをくれてやるぞ?」
後ろからの声は尚も続き――何やら楽し気な気配を感じさせる。
「って、オリエね――んぐっ!?」
「声を出すなって。ほんとに鞭を貰いたいのか?」
両頬を摘まみ上げられたエルゼリオはタコ口のまま首を振る。
「交代まで黙って働いてろ。夜になったらまた声をかける」
そう言ってエルゼリオを解放したオリガロッドは、隣でつるはしを振るっていたシグルドに近づいた。
「お似合いだなシグルド。王都で待つ姫君に見せてやりたいぞ」
オリガロッドはシグルドの耳元に口を近づけると、皮肉たっぷりにそう囁き描ける。
「……無駄口を叩きに来ただけなら、無理やりにでもその役目交代するが?」
「ほぅ、上等だ。やれるもんなら――」
「何をしているか!!」
「ちっ。――申し訳ありません、司令官! この囚人が反抗的な態度をとっていた為、教育を施すところでありました!」
後ろからかけられた声にオリガロッドは舌打ちしつつも振り返ると、敬礼しながら答える。
「なに? おい、そこのお前。また檻の中に戻りたいのか? 貴様等の命など、私の一声でどうとでもなるのだからな」
司令官と呼ばれた男が、下卑た笑みを浮かべる。この鉱山の中で逆らうものの無い『王』として君臨する悦に、男は酔いしれているようだった。
「……」
そんな男へ見向きもせず、シグルドは再びつるはしを振るう。
「……ふんっ、張り合いの無い奴め。おい、そこのお前」
そんなシグルドの態度に興味を無くしたのか、男は隣で事の成り行きを見守っていたエルゼリオに目を付けた。
「え? ボク……?」
「他に誰がいる。……ほう、薄汚れているが見ればなかなかに整った顔立ちをしておるな」
「あの……え?」
「ふむ。悪くない。おい、お前。今夜、私の寝室に――」
戸惑うエルゼリオに向け、男は嫌らしい笑みを向けた、その瞬間。
――ガラガラガラッ!!!
「な、何事だ!?」
「どこかの坑道が崩落したようです!!」
「なぁにぃぃ!? えぇい! ついて来い!」
「はっ!」
突然聞こえた崩落の音に、男は慌ててオリガロッドを連れて向かっていった。
「くくっ、タイミングがいいな。父上の仕業か?」
呆気にとられるエルゼリオを見つつ、シグルドが珍しく笑いをこらえる。
「も、もう、こんな生活、嫌だぁぁぁ!!!」
エルゼリオの絶叫は、更なる崩落の音にかき消されたのだった。