友への誘い
四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)牡丹の氏族制作 雪芽泉琉納品 2025年05月20日 12時07分45秒
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月の光が照らす街角。
沈梦は小さな羅針盤とメモを手に、途方に暮れていた。
「……方角は間違っていないよね」
普段は店に引き篭もりがちだが、薬の材料を探し求めて、人のふりをして街へ繰り出した。
馴染みの店の場所の記憶も朧で、メモを確認しないと行かれない。メモ通りに歩いていたはずが、道が塞がっていたので遠回りした結果道に迷った。
周囲を伺いながらうろうろと歩くうちに、小さな段差につまづき、うっかり手の平から羅針盤が転げ落ちる。
「……あ」
転がっていく羅針盤をぼんやり眺めながら手を伸ばすと、女性が拾い上げた。
「これはあなたの物ですか?」
「ああ……どうも」
羅針盤を渡す時、女性は小さく頷いて微笑んだ。
「私はルナといいます。すみません。先ほどから少し見ていたのですが、もしかして道に迷ってるのでしょうか?」
「……そうだよ」
「よければ、道案内しましょうか?」
「俺は沈梦だよ。……そうしてもらえると助かるねえ」
沈梦が行きたい店の名を告げると、ルナが知っていた店だったので、二人で夜道を歩き出す。
「……キミ、いい子だよね」
「困った人がいたら助けるのが、神の思し召しです」
「……神か」
沈梦はちらりとルナの衣服を見た。
黒の刺繍で縁取られた白の法衣には、所属を表す印が刻まれている。聖職者だ。己が吸血鬼だと知れたらまずいかも知れない。フードが風で捲れぬように手で押さえながら、ルナの後を続いて歩く。
白の法衣の合間から見える緋色が眩しい。目を逸らすと、ルナが持つ鳥籠が気になった。
「……その籠に、鳥は入っていないよね?」
「これは、元々鳥を入れるための籠ではないのです」
ではなんのために持っているのか。問いかけようとして、辞めた。どうせすぐに忘れてしまう。
ふわり。風とともにルナの服がひらめいて、甘い匂いがした。
「……甘い匂いがするねえ」
「ああ、これでしょうか?」
ルナが立ち止まって懐からサシェを取り出した。近づいて匂いを嗅ぐ。
ふいに、懐かしい気持ちになった。なぜかはわからない。五感の中でも嗅覚は古い記憶に紐づきやすいという。いつかどこかで嗅いだ匂いなのかも知れない。
「……それだ。何の匂い?」
「庭で取れる花を乾燥させて入れてます」
「そう……。ああ、なら」
沈梦は手荷物の中から小袋を取り出した。
「……道案内のお礼。この香木と、その匂いは合うと思うんだよね」
「まあ。……いい香り」
ルナは小袋を手に持って香りを嗅ぐと微笑んだ。
「虫除けに効くんだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる姿を眺めながら、沈梦はぼんやりと考える。
(……本当にいい子だ。こんな子が……友達になってくれたら)
優しげな様子が、今は亡き友人を思い出す……ような気がする。記憶に霞がかかったようで、よく思い出せない。
●
この辺りではあまり見かけない東方風の服を着た男。フードで隠れて顔はよく見えないが、ちらりと見える顎先には無精髭が生えており、若くはない雰囲気が漂う。
夜道で声をかけるには怪しい男かも知れない。
それでも困っているように見えたから、声をかけずにはいられなかった。
探していた店の前に辿り着き、沈梦が大きく頷く。
「……ここだ。ありがとう」
ここまでの道のりをメモに書き足して、沈梦は頷いた。
「よかったです。では……」
「……待って」
立ち去ろうとしたルナを引き留めた沈梦は、フードをずらして口元を見せながら告げる。
「……ねえ。俺の『友人』にならない?」
「友人……?」
口元に見えた牙は吸血鬼の証。正体を知ってすぐ、ルナは友人の意味を理解してしまい顔がこわばった。吸血鬼の仲間にならないかと誘っているのだろう。
ルナの耳がぴくんと震える。
もしも、己が吸血鬼になったら……。
そこまで考えて脳裏に浮かぶのは、憂いを帯びた眼差しの、紅。
『ありがとう御嬢さん』
耳に残る『彼』の声。『彼』と同族になれるなら……。
そんな想いが一瞬だけ掠めて、想いを振り払うように鳥籠を掲げる。
「今回だけは見逃しましょう、早くこの場を立ち去りなさい」
やや辛そうに言葉を紡いで、すぐにその場から立ち去った。
「いけそうな感じ……したんだけどなあ」
残念そうな呟きが聞こえた気がしたが、振り返らない。彼も追っては来なかった。
ただの友達ならなれたかもしれない。けれど彼の言う友達にはなれない。
本来なら彼の事を教会や養父に報告して、討伐しなければならないのだろう。
だが、短い間に言葉を交わしただけでも、不必要に人を害するようには見えない気がした。
それに僅かでも抱いてしまった後ろめたい想いを口にするのも躊躇われる。
今日、彼と会ったことも。
過去、彼に焦がれた想いも。
とてもでないが、養父に言えはしない。
想いも記憶も全て飲み込んで、教会へと帰る道を急いだ。
月の光が照らす街角。
沈梦は小さな羅針盤とメモを手に、途方に暮れていた。
「……方角は間違っていないよね」
普段は店に引き篭もりがちだが、薬の材料を探し求めて、人のふりをして街へ繰り出した。
馴染みの店の場所の記憶も朧で、メモを確認しないと行かれない。メモ通りに歩いていたはずが、道が塞がっていたので遠回りした結果道に迷った。
周囲を伺いながらうろうろと歩くうちに、小さな段差につまづき、うっかり手の平から羅針盤が転げ落ちる。
「……あ」
転がっていく羅針盤をぼんやり眺めながら手を伸ばすと、女性が拾い上げた。
「これはあなたの物ですか?」
「ああ……どうも」
羅針盤を渡す時、女性は小さく頷いて微笑んだ。
「私はルナといいます。すみません。先ほどから少し見ていたのですが、もしかして道に迷ってるのでしょうか?」
「……そうだよ」
「よければ、道案内しましょうか?」
「俺は沈梦だよ。……そうしてもらえると助かるねえ」
沈梦が行きたい店の名を告げると、ルナが知っていた店だったので、二人で夜道を歩き出す。
「……キミ、いい子だよね」
「困った人がいたら助けるのが、神の思し召しです」
「……神か」
沈梦はちらりとルナの衣服を見た。
黒の刺繍で縁取られた白の法衣には、所属を表す印が刻まれている。聖職者だ。己が吸血鬼だと知れたらまずいかも知れない。フードが風で捲れぬように手で押さえながら、ルナの後を続いて歩く。
白の法衣の合間から見える緋色が眩しい。目を逸らすと、ルナが持つ鳥籠が気になった。
「……その籠に、鳥は入っていないよね?」
「これは、元々鳥を入れるための籠ではないのです」
ではなんのために持っているのか。問いかけようとして、辞めた。どうせすぐに忘れてしまう。
ふわり。風とともにルナの服がひらめいて、甘い匂いがした。
「……甘い匂いがするねえ」
「ああ、これでしょうか?」
ルナが立ち止まって懐からサシェを取り出した。近づいて匂いを嗅ぐ。
ふいに、懐かしい気持ちになった。なぜかはわからない。五感の中でも嗅覚は古い記憶に紐づきやすいという。いつかどこかで嗅いだ匂いなのかも知れない。
「……それだ。何の匂い?」
「庭で取れる花を乾燥させて入れてます」
「そう……。ああ、なら」
沈梦は手荷物の中から小袋を取り出した。
「……道案内のお礼。この香木と、その匂いは合うと思うんだよね」
「まあ。……いい香り」
ルナは小袋を手に持って香りを嗅ぐと微笑んだ。
「虫除けに効くんだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる姿を眺めながら、沈梦はぼんやりと考える。
(……本当にいい子だ。こんな子が……友達になってくれたら)
優しげな様子が、今は亡き友人を思い出す……ような気がする。記憶に霞がかかったようで、よく思い出せない。
●
この辺りではあまり見かけない東方風の服を着た男。フードで隠れて顔はよく見えないが、ちらりと見える顎先には無精髭が生えており、若くはない雰囲気が漂う。
夜道で声をかけるには怪しい男かも知れない。
それでも困っているように見えたから、声をかけずにはいられなかった。
探していた店の前に辿り着き、沈梦が大きく頷く。
「……ここだ。ありがとう」
ここまでの道のりをメモに書き足して、沈梦は頷いた。
「よかったです。では……」
「……待って」
立ち去ろうとしたルナを引き留めた沈梦は、フードをずらして口元を見せながら告げる。
「……ねえ。俺の『友人』にならない?」
「友人……?」
口元に見えた牙は吸血鬼の証。正体を知ってすぐ、ルナは友人の意味を理解してしまい顔がこわばった。吸血鬼の仲間にならないかと誘っているのだろう。
ルナの耳がぴくんと震える。
もしも、己が吸血鬼になったら……。
そこまで考えて脳裏に浮かぶのは、憂いを帯びた眼差しの、紅。
『ありがとう御嬢さん』
耳に残る『彼』の声。『彼』と同族になれるなら……。
そんな想いが一瞬だけ掠めて、想いを振り払うように鳥籠を掲げる。
「今回だけは見逃しましょう、早くこの場を立ち去りなさい」
やや辛そうに言葉を紡いで、すぐにその場から立ち去った。
「いけそうな感じ……したんだけどなあ」
残念そうな呟きが聞こえた気がしたが、振り返らない。彼も追っては来なかった。
ただの友達ならなれたかもしれない。けれど彼の言う友達にはなれない。
本来なら彼の事を教会や養父に報告して、討伐しなければならないのだろう。
だが、短い間に言葉を交わしただけでも、不必要に人を害するようには見えない気がした。
それに僅かでも抱いてしまった後ろめたい想いを口にするのも躊躇われる。
今日、彼と会ったことも。
過去、彼に焦がれた想いも。
とてもでないが、養父に言えはしない。
想いも記憶も全て飲み込んで、教会へと帰る道を急いだ。