呪い・解き放たれた者と閉ざされた者

四ノ月血戦 イベントノベル(テーマ)薔薇の氏族制作 九弐ニデル納品 2025年04月21日 13時14分03秒

 ドライデン=ツヴァイ(ナハティガル=ラー)がここに囚われたのは、生まれた次の日のことだった。その前の晩、彼の母が窓辺に吸血鬼を見たのだ。それはこう告げた。“あの方のために、その子が美しく育つことを祝おう”。生贄か、婿か。“あの方”が誰なのか。何もわからなくとも、緊急事態であることはすぐ知れた。それから彼はここにいる。幼いうちは世話係の老婢がおり、物心ついてからは聖職者の先生が来た。初めはそれで満足だった。だが先生が教えてくれた世界の様子は、彼にこの塔の狭さをも教えてしまった。彼はしばしば、本を積み高く小さな窓から外を眺めるようになった。そして、自分と似た青年が自由に歩き回るのを見た。彼は先生が来なくなってからも本を読んだ。そうして、ますます世界への憎悪を溜めていった。窓辺に美しい吸血鬼がやってきたのは、つい最近のことだ。

「ナハティガル」
 鉄扉越しに、ナハティガル=ラーは自分とよく似た声を聞いた。
「アンタ、俺の……」
「兄、だろうな」
「……ここに、ずっと?」
 返事の代わりに、質問が来た。
「外の世界は美しいか?」
「……ああ」
「そうか。俺も見てみたい」
 その言葉はナハティガルの鼓膜を震わせずに、ひやりと脳髄にしみ込んでくるようだった。彼は錠前を壊そうと鉄棒を打ち付けた。
「駄目だ、壊れない」
 手伝おう、そう声がして、彼の手から離れた鉄棒が鎖に差し込まれ勝手に回る。じきに鎖が千切れて錠前が落ちると扉が開いた。部屋の中には、彼にそっくりな男が立っていた。ただその歯列には、ひときわ長い牙が一組。
「やっぱり吸血鬼――」
 弟の疑念をよそに、ドライデンは呪術の炎を熾した。部屋に詰まっていた本を階段から雪崩のようにぶちまけ、炎を走らせる。弟を掴んで入口まで駆け下り、屋敷に走る。そして弟に膝をつかせると、目の前で屋敷をその中身のすべてとともに燃え上がらせた。

 ナハティガルは黙って、己が守る前になくなってしまうすべてを見ていた。そして、そのすべてを初めから持ち得なかった兄を見た。ならばこれは至極当然のことと思われた。彼はいつか忌み子が現れる気がしていた。彼は忌み子に彼の享受した世界を分け与えるべきだった。
 いまや虚無を継ぐ嫡男は、忌み子が彼の首を捉えたのにも黙っていた。この身に流れる血すら、すでに流れゆく先を失ったのだ。ここで尽きても惜しくはない。彼は遠のく意識の中、口の中に広がる馥郁たる鉄の香りを感じていた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0