結びの黒菓
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年02月16日 19時05分06秒
遠い遠い記憶の底。初めて見た女性の笑顔はとても綺麗だった。
透き通るような白い肌に、薄紅色の唇。長く艶やかな赤髪を綺麗と思い、切れ長の眼は少し怖いと思った。
女性の凛とした声に引かれドアをくぐる。
大勢の声に出迎えられ、ここが次の居場所なのだと悟った――。
「――おい、ギド。聞いているのか」
「……ああ、聞いているさ。耳元で怒鳴るなよ」
「怒鳴ってない!」
「ほら怒鳴った」
「ぐぬぬ……!」
隣で拳を震わせるメルモ・ブーリオを横目に、ギド・フェルミは眼下に広がるリブラネスタの町並みを見下ろす。
小高い丘の上にある公園でベンチに並んで座っているのはもちろん理由があってのことだ。
「それで、どうするんだ?」
「どうする? なにをだ」
「お前、やっぱり聞いてなかっただろ!」
「聞いてたさ、依頼の話だろ?」
「なんで聞いてるんだよ!」
「どっちにしろ怒るのか……依頼はあれで完遂だ」
「なに? いいのか、依頼人に真実を告げなくて」
「ああ、いいんだ。真実の全てが幸福だなんて、ここはそんな優しい世界じゃない」
「……確かにそうだな。あの幸せそうな顔を見れば、これ以上首を突っ込むのは野暮だ」
それで納得したのか、肩の力を抜いたメルモへ視線を移す。
透き通るような白い肌に薄紅色の唇。化粧など全く不要な整った顔立ちを切れ長の瞳が引き締めている。
寒風に赤髪がなびく度に見え隠れする表情は、喜怒哀楽に富んでいてとても美しい。
「な、なんだよ。じろじろ見るな」
そんな美しい顔に皺をよせ、メルモは両手で自分の体を抱いた。
「なぁ、メルモ」
「うん?」
「なんで姫の座にこだわったんだ?」
「姫の座……ああ、組織のか? なんで今更そんな事聴くんだ?」
抱いていた腕を解き、メルモが覗き込んでくる。
「なんでって、そりゃ確かにあの時点では俺の方が可愛かったし姫の座に長く君臨し続けてた自信と慢心がアンタにはあっただろうけど団員のみんなもいくら美人でも代わり映えの無いアンタがが相手じゃいい加減飽きてきたと思うし諸々の事象を鑑みれば姫の座から蹴落とされるのは当然っちゃ当然なのかもしれないがあんたが姫の座に固執していた理由がわからないお蔭で俺殺されそうになったしってかなんで組織に居る間に消さなかったのか不思議だし今更出てきて何の用って感が否めないのもまた事実」
まったく噛みもせずすらすらと口上を垂れる。
「ってな訳で、どうなんだ?」
「……お前、楽しんでるだろ」
ようやく息継ぎしたギドに、メルモはジト目を送る。
「あ、わかった?」
「わかるわ!」
「でもな、本当に疑問に思ってるんだ。今更かもしれないけど、なんでなんだ?」
振り上げた拳を下ろすタイミングを見計らっていたメルモに、ギドは毒気の無い顔で問いかけた。
「……別になんだっていいだろ。もう済んだことだ」
しかし、メルモは質問に答える事無くプイっとそっぽを向いてしまう。
「よくないだろう。俺殺されかけたのに」
「そ、それは……悪かった! あの時は組織の事を知っている人間を生かしておけないと思ってのことだ。姫の座は……つ、ついでだ!」
「ついでって……あの時の迫力は9割私怨だったぞ?」
「う、うるさい!」
あちらを向いたっきり口を閉ざしたメルモ。大きな耳が先まで真っ赤だった。
「……なぁ、メルモ」
「……」
「なぁ、メルモ」
「……」
「なぁ、平たいむ――」
「なんだよ、変態両性野郎!?」
瞬転。メルモはギドの胸ぐらをつかみ上げ唾を飛ばす。
「ぐふっ……! な、なぁ、メルモ。今の生活はどうだ?」
胸ぐらを掴まれ【酸素供給量:半減】のデバフを貰いながらもギドは問いかける。
「今の生活?」
手の握力を弱めながら、メルモが聞き返した。
「成り行きだったとはいえ、冒険者――いや、表の世界に誘ったのは俺だ」
ギドの口から出てくる言葉を間近で見ながら、メルモはじっと耳を傾ける。
「どれくらい長くいたのかは知らないが、ずっと裏の世界で生きてきたアンタを本当に表に連れてきて良かったんだろうか」
まるで自分に問いかける様にギドは話し続けた。
「俺は、今わりと楽しい。帝国が崩壊して組織も壊滅して、なんとなく行くところもなくて何気なく冒険者になったけど、それなりにうまくやってるつもりだし、過去の事を引きずっているつもりもない。でも、アンタはどうなんだ? 無理やりに光の下に連れ出した俺を、やっぱり恨んでいるか?」
間近にある美しい顔に向け、ギドは問いかける。
「表の世界は、眩しいな」
「……そうだな」
「自由になったのか。それとも不自由になったのか。正直な所まだわからない。ただ、悪くはない。そう思えるようにはなった」
ギドから視線を逸らし空を見上げたメルモ。空には真っ白な一羽の鳩が飛んでいた。
「お前こそどうなんだ? 自由人を自称しているようだが、お前は、自由なのか?」
「自由? 当たり前だろ、俺は完全無欠の自由人だぞ」
「自由ってなんだ?」
「自由は……自由だよ」
「答えになってないぞ」
「そんなことは……」
メルモの質問にどう答えるのが正解か。ギドが口を開いたまま次の句を継げずにいると――。
「なぁ、ギド。お前、私のこと好きか?」
「……そんなこと聞いてどうするんだ?」
「質問に質問で返すな」
逃げを打ったギド。しかし回り込まれる。
「どうなんだ?」
胸ぐらを掴まれたままの姿勢だから、メルモの顔がとても近い。それこそ唇を伸ばせば届いてしまいそうなほどに、とてもとても近い。
「…………ちゅき☆」
「真面目に答えろっ!」
てへっ☆とウインクで逃げようとするギド。しかし、再び回り込まれた。
「…………わかるわけないだろ」
「だよな。私もわからん」
「なんだよそれ……」
ようやく絞り出した答えをあっさり肯定され、ギドは大いに脱力する。
「あんなに長く共に居たのにな。こーんな小さな時にやって来た時から、組織が壊滅するまで。そして、何の因果か共に冒険者となってもだ。結局、私はお前の事がよくわからん。何度もおねしょの始末をしてやったのにだ」
「お、おねしょなんかしねーし! ボケたんじゃねぇの、この年――ナンデモアリマセンゴメンナサイ」
瞬間、喉に冷たい質感を感じ、ギドは諸手を上げて謝った。
「まったく、相変わらずだな。よくそんな事で冒険者なんて務まるな」
メルモは肩を落とし溜息をつくと、ナイフを腰のホルダーへとしまう。
「はは、こんなだから冒険者なんて務まってるのさ」
心底呆れた表情を浮かべるメルモに、ギドはいつもの表の口調で答えた。
「なるほどな。ギド、本当のお前はどっちなんだ?」
「裏と表か?」
「ああ」
すっかり毒気の抜けた表情で問いかけてくるメルモに、ギドは首をひねる。
「うーん、どっちだろうな。メルモは?」
「まぁた、質問に質問で返す。お前の悪い癖だぞ」
「ん、そうか。そんな癖があったのか、俺」
自分でも気づいていない癖を指摘され、ギドは少し驚いた。
「無意識に自分の心を隠す、悪い癖だ。せっかく表に出たんだ、ちゃんと直せよ?」
「うーん、無意識だしなぁ。まぁ、努力はする」
結局、答えをはぐらかされた気もしないでもないが、ギドは特に気にもせず頷く。
「んっ」
「うん?」
「やる」
ふと胸元をつつく感覚に視線を下げてみれば、小箱がメルモの手にあった。
「なんだこれ、毒か?」
「違うわ!」
メルモは怒鳴ったかと思うと、小箱をギドの手の中に無理やり押し込める。
「どうせ食ったことないだろ」
「食ったことない……毒か?」
「違うって言ってるだろう?!」
包みを解き箱を開けた中には、甘い香りを放つ黒い塊が入っていた。
「これはまさか、バレン王子とタイン王女の……」
それは戯曲にも謳われる有名な菓子。
「そうだ、『結びの黒菓』だ」
一部の選ばれた者のみが口にできると言われた、超がつく高級菓子だった。
「俺にくれるのか?」
「要らないなら、返せ」
「返さんが……こんな高級なもの一体どこで手に入れたんだ。盗ん――」
「違うわ!」
かぶせ気味に否定するメルモが、ふんとそっぽを向いた。
「……その、感謝の印だ」
「感謝、だと!? あのメルモが……?」
「どういう意味だ! 没収するぞ!!」
小箱を取り返そうと手を伸ばしてきたメルモの腕を掴み、ギドは小さく微笑む。
「そうか、ありがとう」
「ふんっ。どういたしまし――って、何やってる」
じんわりと耳を赤くしたメルモがちらりとギドを見ると、何やら懐をもぞもぞやってる。
「おーよしよし。大丈夫だ、身の危険を感じて暴れなくてもいいぞー」
ギドが懐から取り出したのは、あの日のアヒルだった。
アヒルは本能的に何かを察知したのか、暴れに暴れ口へと運ばれる物体を猛烈に拒否している。
「アヒルに毒見させるな! お前が食え!!」
「あ、馬鹿ッ! やめろ! もし、毒が入ってたら、俺が苦しみながらコロッと行くだろ! そうなったら、まだ食った事の無いチョコが食えなくなる!!」
「だったら、素直にそれを食えばいいだろう!!」
「えっ、毒だろ?」
「ち・が・うっ!!」
取っ組み合いになる二人は、ギドの手の中にあるチョコを巡って激しい攻防を繰り広げる。
「これは俺がもらったんだからどうしようと俺の勝手だろ!!」
「はぁ!? お前、私がせっかく一生懸命――」
「ふむ、詳しく聞こう」
いきなりキリッと表情を引き締め聞き耳を立てるギドに、メルモは頬を引きつらせ――。
「……」
――ボスっ!
ギドの口に無理やりチョコレートをねじ込んだ。
「ぎゃーーーー!? ――あ、うまい」
「当り前だ。誰が作ったと――」
鼻高々に言い放ちつつ、言ってしまったと固まったメルモ。
「メルモ、本気で俺の事……」
「残念ながら、それは自意識過剰過ぎだ。言っただろう感謝の印だって」
「それは、どれに対してだ?」
「――全部だ」
そう言ったメルモの顔は、今までに見たどの表情よりも輝いて美しく見えた――。
透き通るような白い肌に、薄紅色の唇。長く艶やかな赤髪を綺麗と思い、切れ長の眼は少し怖いと思った。
女性の凛とした声に引かれドアをくぐる。
大勢の声に出迎えられ、ここが次の居場所なのだと悟った――。
「――おい、ギド。聞いているのか」
「……ああ、聞いているさ。耳元で怒鳴るなよ」
「怒鳴ってない!」
「ほら怒鳴った」
「ぐぬぬ……!」
隣で拳を震わせるメルモ・ブーリオを横目に、ギド・フェルミは眼下に広がるリブラネスタの町並みを見下ろす。
小高い丘の上にある公園でベンチに並んで座っているのはもちろん理由があってのことだ。
「それで、どうするんだ?」
「どうする? なにをだ」
「お前、やっぱり聞いてなかっただろ!」
「聞いてたさ、依頼の話だろ?」
「なんで聞いてるんだよ!」
「どっちにしろ怒るのか……依頼はあれで完遂だ」
「なに? いいのか、依頼人に真実を告げなくて」
「ああ、いいんだ。真実の全てが幸福だなんて、ここはそんな優しい世界じゃない」
「……確かにそうだな。あの幸せそうな顔を見れば、これ以上首を突っ込むのは野暮だ」
それで納得したのか、肩の力を抜いたメルモへ視線を移す。
透き通るような白い肌に薄紅色の唇。化粧など全く不要な整った顔立ちを切れ長の瞳が引き締めている。
寒風に赤髪がなびく度に見え隠れする表情は、喜怒哀楽に富んでいてとても美しい。
「な、なんだよ。じろじろ見るな」
そんな美しい顔に皺をよせ、メルモは両手で自分の体を抱いた。
「なぁ、メルモ」
「うん?」
「なんで姫の座にこだわったんだ?」
「姫の座……ああ、組織のか? なんで今更そんな事聴くんだ?」
抱いていた腕を解き、メルモが覗き込んでくる。
「なんでって、そりゃ確かにあの時点では俺の方が可愛かったし姫の座に長く君臨し続けてた自信と慢心がアンタにはあっただろうけど団員のみんなもいくら美人でも代わり映えの無いアンタがが相手じゃいい加減飽きてきたと思うし諸々の事象を鑑みれば姫の座から蹴落とされるのは当然っちゃ当然なのかもしれないがあんたが姫の座に固執していた理由がわからないお蔭で俺殺されそうになったしってかなんで組織に居る間に消さなかったのか不思議だし今更出てきて何の用って感が否めないのもまた事実」
まったく噛みもせずすらすらと口上を垂れる。
「ってな訳で、どうなんだ?」
「……お前、楽しんでるだろ」
ようやく息継ぎしたギドに、メルモはジト目を送る。
「あ、わかった?」
「わかるわ!」
「でもな、本当に疑問に思ってるんだ。今更かもしれないけど、なんでなんだ?」
振り上げた拳を下ろすタイミングを見計らっていたメルモに、ギドは毒気の無い顔で問いかけた。
「……別になんだっていいだろ。もう済んだことだ」
しかし、メルモは質問に答える事無くプイっとそっぽを向いてしまう。
「よくないだろう。俺殺されかけたのに」
「そ、それは……悪かった! あの時は組織の事を知っている人間を生かしておけないと思ってのことだ。姫の座は……つ、ついでだ!」
「ついでって……あの時の迫力は9割私怨だったぞ?」
「う、うるさい!」
あちらを向いたっきり口を閉ざしたメルモ。大きな耳が先まで真っ赤だった。
「……なぁ、メルモ」
「……」
「なぁ、メルモ」
「……」
「なぁ、平たいむ――」
「なんだよ、変態両性野郎!?」
瞬転。メルモはギドの胸ぐらをつかみ上げ唾を飛ばす。
「ぐふっ……! な、なぁ、メルモ。今の生活はどうだ?」
胸ぐらを掴まれ【酸素供給量:半減】のデバフを貰いながらもギドは問いかける。
「今の生活?」
手の握力を弱めながら、メルモが聞き返した。
「成り行きだったとはいえ、冒険者――いや、表の世界に誘ったのは俺だ」
ギドの口から出てくる言葉を間近で見ながら、メルモはじっと耳を傾ける。
「どれくらい長くいたのかは知らないが、ずっと裏の世界で生きてきたアンタを本当に表に連れてきて良かったんだろうか」
まるで自分に問いかける様にギドは話し続けた。
「俺は、今わりと楽しい。帝国が崩壊して組織も壊滅して、なんとなく行くところもなくて何気なく冒険者になったけど、それなりにうまくやってるつもりだし、過去の事を引きずっているつもりもない。でも、アンタはどうなんだ? 無理やりに光の下に連れ出した俺を、やっぱり恨んでいるか?」
間近にある美しい顔に向け、ギドは問いかける。
「表の世界は、眩しいな」
「……そうだな」
「自由になったのか。それとも不自由になったのか。正直な所まだわからない。ただ、悪くはない。そう思えるようにはなった」
ギドから視線を逸らし空を見上げたメルモ。空には真っ白な一羽の鳩が飛んでいた。
「お前こそどうなんだ? 自由人を自称しているようだが、お前は、自由なのか?」
「自由? 当たり前だろ、俺は完全無欠の自由人だぞ」
「自由ってなんだ?」
「自由は……自由だよ」
「答えになってないぞ」
「そんなことは……」
メルモの質問にどう答えるのが正解か。ギドが口を開いたまま次の句を継げずにいると――。
「なぁ、ギド。お前、私のこと好きか?」
「……そんなこと聞いてどうするんだ?」
「質問に質問で返すな」
逃げを打ったギド。しかし回り込まれる。
「どうなんだ?」
胸ぐらを掴まれたままの姿勢だから、メルモの顔がとても近い。それこそ唇を伸ばせば届いてしまいそうなほどに、とてもとても近い。
「…………ちゅき☆」
「真面目に答えろっ!」
てへっ☆とウインクで逃げようとするギド。しかし、再び回り込まれた。
「…………わかるわけないだろ」
「だよな。私もわからん」
「なんだよそれ……」
ようやく絞り出した答えをあっさり肯定され、ギドは大いに脱力する。
「あんなに長く共に居たのにな。こーんな小さな時にやって来た時から、組織が壊滅するまで。そして、何の因果か共に冒険者となってもだ。結局、私はお前の事がよくわからん。何度もおねしょの始末をしてやったのにだ」
「お、おねしょなんかしねーし! ボケたんじゃねぇの、この年――ナンデモアリマセンゴメンナサイ」
瞬間、喉に冷たい質感を感じ、ギドは諸手を上げて謝った。
「まったく、相変わらずだな。よくそんな事で冒険者なんて務まるな」
メルモは肩を落とし溜息をつくと、ナイフを腰のホルダーへとしまう。
「はは、こんなだから冒険者なんて務まってるのさ」
心底呆れた表情を浮かべるメルモに、ギドはいつもの表の口調で答えた。
「なるほどな。ギド、本当のお前はどっちなんだ?」
「裏と表か?」
「ああ」
すっかり毒気の抜けた表情で問いかけてくるメルモに、ギドは首をひねる。
「うーん、どっちだろうな。メルモは?」
「まぁた、質問に質問で返す。お前の悪い癖だぞ」
「ん、そうか。そんな癖があったのか、俺」
自分でも気づいていない癖を指摘され、ギドは少し驚いた。
「無意識に自分の心を隠す、悪い癖だ。せっかく表に出たんだ、ちゃんと直せよ?」
「うーん、無意識だしなぁ。まぁ、努力はする」
結局、答えをはぐらかされた気もしないでもないが、ギドは特に気にもせず頷く。
「んっ」
「うん?」
「やる」
ふと胸元をつつく感覚に視線を下げてみれば、小箱がメルモの手にあった。
「なんだこれ、毒か?」
「違うわ!」
メルモは怒鳴ったかと思うと、小箱をギドの手の中に無理やり押し込める。
「どうせ食ったことないだろ」
「食ったことない……毒か?」
「違うって言ってるだろう?!」
包みを解き箱を開けた中には、甘い香りを放つ黒い塊が入っていた。
「これはまさか、バレン王子とタイン王女の……」
それは戯曲にも謳われる有名な菓子。
「そうだ、『結びの黒菓』だ」
一部の選ばれた者のみが口にできると言われた、超がつく高級菓子だった。
「俺にくれるのか?」
「要らないなら、返せ」
「返さんが……こんな高級なもの一体どこで手に入れたんだ。盗ん――」
「違うわ!」
かぶせ気味に否定するメルモが、ふんとそっぽを向いた。
「……その、感謝の印だ」
「感謝、だと!? あのメルモが……?」
「どういう意味だ! 没収するぞ!!」
小箱を取り返そうと手を伸ばしてきたメルモの腕を掴み、ギドは小さく微笑む。
「そうか、ありがとう」
「ふんっ。どういたしまし――って、何やってる」
じんわりと耳を赤くしたメルモがちらりとギドを見ると、何やら懐をもぞもぞやってる。
「おーよしよし。大丈夫だ、身の危険を感じて暴れなくてもいいぞー」
ギドが懐から取り出したのは、あの日のアヒルだった。
アヒルは本能的に何かを察知したのか、暴れに暴れ口へと運ばれる物体を猛烈に拒否している。
「アヒルに毒見させるな! お前が食え!!」
「あ、馬鹿ッ! やめろ! もし、毒が入ってたら、俺が苦しみながらコロッと行くだろ! そうなったら、まだ食った事の無いチョコが食えなくなる!!」
「だったら、素直にそれを食えばいいだろう!!」
「えっ、毒だろ?」
「ち・が・うっ!!」
取っ組み合いになる二人は、ギドの手の中にあるチョコを巡って激しい攻防を繰り広げる。
「これは俺がもらったんだからどうしようと俺の勝手だろ!!」
「はぁ!? お前、私がせっかく一生懸命――」
「ふむ、詳しく聞こう」
いきなりキリッと表情を引き締め聞き耳を立てるギドに、メルモは頬を引きつらせ――。
「……」
――ボスっ!
ギドの口に無理やりチョコレートをねじ込んだ。
「ぎゃーーーー!? ――あ、うまい」
「当り前だ。誰が作ったと――」
鼻高々に言い放ちつつ、言ってしまったと固まったメルモ。
「メルモ、本気で俺の事……」
「残念ながら、それは自意識過剰過ぎだ。言っただろう感謝の印だって」
「それは、どれに対してだ?」
「――全部だ」
そう言ったメルモの顔は、今までに見たどの表情よりも輝いて美しく見えた――。