レイノーラの休日?
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年02月12日 21時51分05秒
「えっと……その人は?」
「私の秘書官だが?」
その日、エルゼリオ・レイノーラは軍部を訪れていた。
「秘書官……そ、そういうのもありなんだ」
「何を訳の分からないことを……」
とある用件を胸に、エルゼリオは兄であるシグルド・レイノーラに相談に来たのだが。
「この度秘書官を拝命しましたミライアと申します!」
びしっと隙の無い敬礼をする秘書官の姿に、驚きを隠せなかった。
「あ、うん。初めまして。えっと、ボクは軍属じゃないので敬礼とかはいいよ?」
「そうは参りません! 弟君に無礼があっては閣下に申し開きができません!」
敬礼を崩さない秘書官。
「閣下……?」
「……言うな」
エルゼリオはちらりと兄を見ると、頭痛を堪える様に目頭を指で押さえていた。
「それで、何の用だ。この間の件は解決したのだろう?」
「あー、どうかな。父上が何か色々と裏でやってるみたいだけど。今の所は落ち着いてる……かな?」
エルゼリオは滅多に帰ってこない兄に、家の近況を伝える。
「ふむ、それをわざわざ言いに来たわけじゃないだろう?」
「あ、うん。えっと、この間さ、シグルド兄が軍に来いとか言ってたでしょ」
「ああ。なんだ、入隊する気になったのか?」
「あ、違う違う。そうじゃないんだけど……」
「なんだ、はっきり言え」
言い出しにくそうに喋る弟にシグルドは若干苛立ちながら問いかけた。
「あー、よしっ! シグルド兄! ボクと手合わせしてくれないかな!」
そんなシグルドの表情に押されたのか、エルゼリオは意を決してそう口にする。
「手合わせだと? 剣なら父上かオリガロッドの方が適任だろう」
「あ! 違うんだ、剣じゃなくて軍!」
「軍だと? エルゼリオ、お前は軍の指揮がしたいのか?」
要領を得ない弟の希望に、シグルドは再び問いかけた。
「指揮がしたいわけじゃなくて……え? あれ、指揮をするのかな?」
「おかしな奴だな……」
自ら何をしたいのか纏めきれないのか、エルゼリオは困ったように首をひねる。
「閣下! 具申よろしいでしょうか!」
そんな時、直立不動だった秘書官が声を上げた。
「なんだ」
「はっ! 弟君は模擬戦をご所望なのではないでしょうか!」
「あ! そう、それ! 模擬戦をやってみたいんだ!」
秘書官の言葉に要領を得て、エルゼリオがパッと顔を上げる。
「模擬戦だと? 集団戦闘の指揮をしたいのではないのか?」
「うん、指揮は指揮なんだけど、シグルド兄みたいな感じじゃなくて、父上みたいな感じ?」
「ふむ、兵を統率したいのか」
「あ、そう、それ!」
「まったく。今度から相談に来るなら話を纏めてからにしろ。それで、具体的にはどうしたい」
小言は言うもののエルゼリオの願いを無下にしない所がシグルドの優しさであり、家族への愛だ。
そして、そんな様子を横で見つめる秘書官が秘かに微笑んでいる事を、シグルドは知る由もなかった。
「シグルド兄に勝ちたい!」
「それは結果だろう。そうじゃない、どういう状況での戦闘を望んでいるのかという事だ」
ふんと鼻息荒く宣言するエルゼリオに、落ち着けと諭すシグルド。
「えっと、シグルド兄が立て籠もる砦を落とす感じ?」
「攻城戦か。だが、それこそ兵の統率は難しいぞ。平地戦の方がいいんじゃないのか?」
「ううん、砦攻めがいいんだ!」
「ふむ」
グッと拳を握り力説するエルゼリオに、シグルドは口元を押さえ考え込む。
「ミライア、第三演習場の使用予定はどうなっている」
「はっ! 当面の使用予定はどの軍からも要請が無いと記憶しております!」
「そうか」
シグルドの問いに、秘書官は何も見る事無く答えた。
「え? もしかして秘書官さん、他の軍の予定を全部覚えてるの?」
「はっ! 任務に必要な事ですので!」
エルゼリオの問いに敬礼をもって答える秘書官。
「……シグルド兄、なんかすごい人引き入れたね」
「引き入れたも何も、始めから私の部下だ」
「えっ、そうだったの? ボク、初めて会ったんだけど」
「何を言うか。ここに来るたびに会っていただろう」
「え?」
「これは私の部屋の扉を守っていた兵士だ」
「…………あー!!」
びしっと直立不動の佇まい。甲冑を着ていなかったから気付かなかったが、その所作は確かに見覚えがあった。
「そうだったんだ。ごめん気付かなくて」
「何を仰います! 私のような一兵卒、覚えていなくて当然です!」
「もう一兵卒ではないがな」
そう言いつつ苦笑するシグルドに、エルゼリオは温かいものを感じ自然と笑みがこぼれる。
「エルゼリオ、お前の兵は?」
「オリガロッド別動隊!」
「ほう、相手にとって不足はないな」
エルゼリオの口から出た名前に、シグルドは驚きつつも不敵な笑みを浮かべた。
「演習は1週間後。正午に第三演習場で開始とする」
「わかった。負けないからね!」
「せいぜい戦術を練ってくることだ。言っておくが、私の壁は厚いぞ?」
「ふふふ、ボクとオリエ姉の刃も鋭いよ?」
不敵に微笑み合う兄弟。そんな二人を秘書官はやはり微笑ましく見つめていた。
●
「ホントに指揮を手伝わないでいいんだな?」
「うん! 今回はボクとシグルド兄の対決だからね!」
演習場の東端に陣取るオリガロッド・レイノーラとエルゼリオ。
西には高い城壁を要した演習用の砦がそびえている。
「それで、どう攻めるんだ?」
「うん、まずは戦力の確認からしようと思う」
言ってエルゼリオは軍机の上に演習場の地図と、兵力表を広げた。
「砦は典型的な石造りで、城壁は約3m。城門は今見えている正門と、裏に同じ大きさの裏門がある」
エルゼリオは地図を指さしながら一つ一つ確認していく。
「守備隊はシグルド兄が率いる新兵たち。主要武器は弩。城壁の上からの弩の一斉射は練度関係なしに脅威だね」
地図の砦部分に青色のコマを並べた。
「何より強力なのは、シグルド兄自身の魔法攻撃。手加減なしって言われてるから、たぶん当たったら一発退場」
そして、一際大きな大将コマを砦中央に置く。
「熟練度じゃ天地ほどの差はあるが、大将が厄介だな。さてどうなるか」
大将コマを見つめオリガロッドが呟いた。
「それに対して、こちらの兵力はオリエ姉を筆頭とする高速遊撃隊。地形は平地だから、移動を阻害される恐れは低いかな。罠の類は無しって条件だし」
「まぁ、それも砦に到達するまでだけどな」
スッとエルゼリオが動かした自軍を示す赤色のコマを、オリガロッドが砦前で堰き止める。
「こっちの方が人数は多いとはいえ、考えなしに砦前に攻め込んでも迎撃されるのがオチだぞ。何か作戦はあるのか?」
オリガロッドが地図を前に腕を組むエルゼリオに問いかけた。
「うーん、実は具体的には決まってないんだよね」
「おいおい、エルゼリオ。何のためにこの演習申し込んだんだ。暇つぶしが目的なら私は帰るぞ」
シグルド側は新兵の訓練という名目があるものの、こちら側には演習に対する大きな理由がない。オリガロッドは呆れる様に口にした。
「あ、待って! ごめん、そうじゃないんだ。この間の戦争に参加して、ボクなりに思ったことがあってさ」
「思う事? なんだそれは」
「要塞を守るキャスターの脅威」
「ふーむ」
「敵は知性を持ったヴァンパイアだった。この間はあちらが攻める側だったし規模も兵種も全然違うんだけど、その時ふと思ったんだ」
「もし、敵に知性の高いキャスターがいて、今日みたいな状況になった時、どう対応するか、か」
「うん、いずれはこちら側から帝国の中心地へ攻め込むことになると思うんだ。その時、少しでも役に立つ手段を知っておくことは悪くないんじゃないかって」
エルゼリオはじっと地図を睨め付けながら、兄に戦いを申し込んだ理由を改めて確かめる様に反芻した。そんな、エルゼリオの表情をオリガロッドは覗き込む。
「ど、どうしたの?」
「いや、あんたはてっきりパパの背中を追ってるのかと思ってたけど、どうやらシグルドの背も同時に追ってるみたいだ、って思ってな」
「えっ、そうなのかな……?」
自分では意識していなかったが、言われてみればそうなのかもしれない。
「でも、オリエ姉だってシグルド兄を追い抜きたいって思ってるんでしょ?」
「もちろんだ。いずれは戦略・戦術で奴に勝って、パパの隣は私がもらうからな」
グッと拳に力を込め決意を口にする姉に、エルゼリオは苦笑する。
たぶん本人もわかっている。こと戦術や戦略など軍を指揮し、策を巡らせる方面での兄シグルドの壁は途方もなく高い。そして、オリガロッドにそこまでの適性は無いと。
それでもあきらめず精進を続けるのは、ひとえに父への愛情故か。
「なら、勝とうよ!」
「当り前だ。誰が負けてやるかよ!」
だから姉を鼓舞する。士気の管理も指揮官としての立派な仕事だと、兄や父に教わったから。
「で、具体的にはどう攻める。漠然とした案位はあるんだろ?」
オリガロッドがエルゼリオに問いかける。
「キャスターの特性を殺す事が、勝利への道かなって思ってる」
「ふむ」
「キャスターは視線が通っていないと魔法を打てない。これはかなり致命的な弱点だと思うんだ」
「確かに発動点を視認する必要があるからな。だが、この戦場に遮蔽物なんかないぞ?」
と、オリガロッドが戦場を見渡す。砦までは木の一本も生えていない。下草すらまばらな地面では遮蔽物などまるでないように見える。
「うん、だから作るんだ」
「作る? 今から目隠し用の壁でも作るのか? 悪いが、うちに工兵はいないぞ」
「大丈夫。もっと簡易的で効果抜群な遮蔽物を作るから」
首をかしげるオリガロッドに、エルゼリオは自信満々に答えた。
●
「ふむ、騎馬か」
城壁の上で相手陣営の様子を見つめるシグルドが呟いた。
「破城槌らしき装備も見えます。やはり騎馬の突撃力を利用し、城門を打ち破る策ではないでしょうか!」
「ああ、そうだろうな。だが、そう簡単に破らせるとは思うなよ」
そう言うとシグルドは、秘書官に向け指示を出す。
「ミライア、新兵たちに伝達だ。三人一組でチームを組ませ、弩を3丁ずつ支給しろ」
「はっ!」
「一人は装填要員、一人は射撃補助。もう一人はひたすら射撃を行うように」
「はっ!」
「絶え間なく矢を浴びせろ。悪いが近づけさせはせん」
「閣下はどうされるのですか?」
「私は城門の上で迎え撃つ」
「おぉ! 閣下自ら!」
シグルドの言葉を聞き、秘書官が声を弾ませる。
「最も、私の出る幕があればだがな」
そんな秘書官に答えるように、シグルドは不敵に微笑んだ。
●
「行くぞ! 相手がシグルドだからってビビるんじゃないぞ!」
先頭で馬を翻し、配下達を鼓舞するオリガロッド。
「勝負は日没まで。それまでに何としても砦を攻略しよう」
「あんたに言われるまでもないさ、エルゼリオ! 私が単騎で突撃してもいいくらいだ!」
「いやいや、それじゃ訓練にならないし、もしオリエ姉が落とされでもしたら、ボク達の負け決定だから!?」
姉の覇気に当てられ頻りに蹄で大地を掻く馬を宥めつつ、エルゼリオは慌ててオリガロッドに声をかけた。
「はは! わかってるわかってるって! だからこその作戦なんだろ?」
「そうだよ。だからあんまり無茶しないでよね」
「かしこまりました、閣下!」
「ちょっ! それ誰の真似だよ!」
馬上でびしっと敬礼するオリガロッドに、エルゼリオは慌てて問いかける。
「知ってるんだろ? あいつがご執心な奴の事」
「知ってるけど! なんでオリエ姉が知ってるんだよ、逆に!」
「おいおい、私を誰だと思ってるんだ。あんな面白そうな情報、私には筒抜けだ」
くくくと意地悪そうに笑う姉に、エルゼリオは肩を落とした。
「シグルド兄の事、からかったらダメだからね! 絶対だよ!」
「ははは、わかったわかった。からかわないって、約束する」
「ホントかなぁ……」
うんうんと頷く姉がどうにも怪しくて、エルゼリオは思わず眉を寄せる。
「そんな事より、もうすぐ時間だぞ。準備はいいか、大将」
「あ、うん。準備は万端だよ。後は開戦の合図を待つだけだ」
そう言って、改めて砦を眺める。平地に建てられた何の変哲もない砦。しかし、今あの砦を守っているのは、レイノーラ家きっての切れ者、シグルドその人だ。
エルゼリオは乾く喉に無理やり唾を流し込み、合図を待つ。
そして、ついに開戦を知らせる銅鑼が演習場に響き渡った。
●
「続け!」
オリガロッドが馬に鞭を入れた。先頭を行くオリガロッドに続き、歴戦の部下達が馬を走らせる。
オリガロッド達は魚鱗の型を形成し、砦に向け一直線に突撃した。
大将であるエルゼリオは魚鱗の中央に配され、巻き上がる砂煙の向こうに迫る砦を睨み付けてる。
「そろそろ、弩の射程だ! あんた達、落とされるんじゃないぞ!」
もちろん演習である以上、矢に鏃は取り付けられていない。代わりに先端には特殊な塗料が塗られ、それを当てられれば脱落の印となっていた。
「陣を変えるぞ! 鋒矢だ!」
先頭を行くオリガロッドの合図で、馬の並びが変わる。
広がっていた陣形は、中央にグッと寄せられ、更に突撃力を強化した陣へと変形していく。
「中央、破城槌出すぞ!」
弩の射程を前に、オリガロッドがもう一合図。
先行していた自身が横に回り先頭を譲ると、中から破城槌を引きずる4頭の馬が突出する。
「行ってこい! それで落とせたら、褒美をくれてやる!」
先頭を離れていくオリガロッドの鼓舞に士気を上げた4頭は、ついに弩の射程へと差し掛かった。
「斉射一斉、用意――てー!!」
秘書官の合図と共に、一斉に放たれる矢。
「続けて第二射! てーー!!」
間髪入れず装填要員が手渡す弩で二射目を発射していく。
怒涛の勢いで突っ込んでくる敵先発に狙いを定める矢は、降り注ぐ雨となって破城槌をひっさげる4頭に襲い掛かった。
●
「やはり練度が低いか」
城門の上に陣取るシグルドは、新兵たちの放つ矢の行方を険しい表情で見つめていた。
「しかし、破城槌は封じたぞ。さて、どうするエルゼリオ」
弩の射程ギリギリで軍を旋回させる弟に向け、シグルドは小さく問いかける。
相手方が繰り出した破城槌での突撃は、物量にものを言わせ撃退した。まだまだ練度が低く命中率は目も当てられないものの、同等の攻撃であればこれからも難なくしのげるだろう。
「閣下! 敵方に動き! 後方にオリガロッド将軍が現れました!」
そんな時、秘書官から報が入った。
「裏門か。私が行く。30ほど兵を回せ! オリガロッドさえ落とせばこちらの勝利は決まった様なものだ」
「それでは正門の防備が薄くなりますが……」
「正門は任せる。エルゼリオの姿が見えないのが不気味だが、矢の雨を更に厚くし防備に務めろ」
「はっ!」
秘書官にそう言い残し、シグルドは裏門へと急行した。
●
「お、来やがったなシグルド」
城門の上に兄の姿を見つけ、オリガロッドはほくそ笑んだ。
「まずはお手並み拝見だ」
オリガロッドは隊列から離れ、単騎砦へと突撃していく。
もちろんシグルドがそれに許すわけもなく、すぐさま迎撃に移った。
城壁に見えるいつもの所作。くるりと杖を回し、何かを呟くと発せられる破壊の嵐。
「来る!」
オリガロッドは思い切り手綱を引き馬を急停止させる。瞬間、目の前を風の暴力がえぐり取った。
「ひゅぅ、相変わらずえげつない威力だな!」
すぐさま馬に鞭を入れ砦と水平に馬を走らせる。
『キャスターの弱点は視界の確保じゃない。最大の弱点は使用限界だと思ってる』
弟の言葉が脳裏によみがえる。
「シグルド、私達の弟は案外大物になるかもしれないぞ?」
馬蹄の音にかき消され誰にも届く事の無い声で呟くオリガロッドが、腕を大きく上げた。
すると、後方に控えていた配下達が馬から何かを地面へ落とし、引きずり始める。
冬の乾いた風に吹かれ続けた大地は乾燥していた。それを混ぜ返す様に馬が引くのは、薪の束だった。
「もっと激しく行き来して! 魔法の射程にはまだはいらないように気をつけてね!!」
もうもうと立ち上がる土煙の中、エルゼリオはオリガロッドの部下達に向け声を張り上げる。
「よし、これだけ立ち上がれば――オリエ姉!」
「おう!」
エルゼリオ達が作った土煙は、オリガロッドをも飲み込む。
「へへっ、焦ってやがるなシグルドの奴」
完全に視界を塞がれたシグルドの舌打ちが聞こえるようだ。
「第一陣、行くよ!」
エルゼリオの合図に飛び出たのはオリガロッド。そして、二本目の破城槌を引きずる4騎だった。
二手に分かれ砦に迫る敵を迎撃する為に、雨の様に降る矢と共にシグルドの魔法が飛んでくる。何とか矢の雨をしのぎ切った破城槌は、シグルドの魔法によって破壊された。
「第二陣! お願い!」
続いて土煙を飛び出した破城槌。今度は更に一つ増え、二本の槌が砦を狙う。途中、オリガロッドも合流し、三つの攻め手が砦に迫った。
「今度は私か!」
シグルドの魔法は正確にオリガロッドに狙いを定めた。しかし、オリガロッドもそれを予測し、素早く回避行動に入る。
残されたのは二本の破城槌。一本は雨の矢に遮られた。しかし――ついに破城槌の一本が城門へと到達した。
「まだだよ! 一回では破れないのはわかってたから、続けていくよ!」
その後も土煙を利用した攪乱突撃は繰り返された。
そして、三度目の破城槌を受け、ついに城門は破られたのだった――。
「私の秘書官だが?」
その日、エルゼリオ・レイノーラは軍部を訪れていた。
「秘書官……そ、そういうのもありなんだ」
「何を訳の分からないことを……」
とある用件を胸に、エルゼリオは兄であるシグルド・レイノーラに相談に来たのだが。
「この度秘書官を拝命しましたミライアと申します!」
びしっと隙の無い敬礼をする秘書官の姿に、驚きを隠せなかった。
「あ、うん。初めまして。えっと、ボクは軍属じゃないので敬礼とかはいいよ?」
「そうは参りません! 弟君に無礼があっては閣下に申し開きができません!」
敬礼を崩さない秘書官。
「閣下……?」
「……言うな」
エルゼリオはちらりと兄を見ると、頭痛を堪える様に目頭を指で押さえていた。
「それで、何の用だ。この間の件は解決したのだろう?」
「あー、どうかな。父上が何か色々と裏でやってるみたいだけど。今の所は落ち着いてる……かな?」
エルゼリオは滅多に帰ってこない兄に、家の近況を伝える。
「ふむ、それをわざわざ言いに来たわけじゃないだろう?」
「あ、うん。えっと、この間さ、シグルド兄が軍に来いとか言ってたでしょ」
「ああ。なんだ、入隊する気になったのか?」
「あ、違う違う。そうじゃないんだけど……」
「なんだ、はっきり言え」
言い出しにくそうに喋る弟にシグルドは若干苛立ちながら問いかけた。
「あー、よしっ! シグルド兄! ボクと手合わせしてくれないかな!」
そんなシグルドの表情に押されたのか、エルゼリオは意を決してそう口にする。
「手合わせだと? 剣なら父上かオリガロッドの方が適任だろう」
「あ! 違うんだ、剣じゃなくて軍!」
「軍だと? エルゼリオ、お前は軍の指揮がしたいのか?」
要領を得ない弟の希望に、シグルドは再び問いかけた。
「指揮がしたいわけじゃなくて……え? あれ、指揮をするのかな?」
「おかしな奴だな……」
自ら何をしたいのか纏めきれないのか、エルゼリオは困ったように首をひねる。
「閣下! 具申よろしいでしょうか!」
そんな時、直立不動だった秘書官が声を上げた。
「なんだ」
「はっ! 弟君は模擬戦をご所望なのではないでしょうか!」
「あ! そう、それ! 模擬戦をやってみたいんだ!」
秘書官の言葉に要領を得て、エルゼリオがパッと顔を上げる。
「模擬戦だと? 集団戦闘の指揮をしたいのではないのか?」
「うん、指揮は指揮なんだけど、シグルド兄みたいな感じじゃなくて、父上みたいな感じ?」
「ふむ、兵を統率したいのか」
「あ、そう、それ!」
「まったく。今度から相談に来るなら話を纏めてからにしろ。それで、具体的にはどうしたい」
小言は言うもののエルゼリオの願いを無下にしない所がシグルドの優しさであり、家族への愛だ。
そして、そんな様子を横で見つめる秘書官が秘かに微笑んでいる事を、シグルドは知る由もなかった。
「シグルド兄に勝ちたい!」
「それは結果だろう。そうじゃない、どういう状況での戦闘を望んでいるのかという事だ」
ふんと鼻息荒く宣言するエルゼリオに、落ち着けと諭すシグルド。
「えっと、シグルド兄が立て籠もる砦を落とす感じ?」
「攻城戦か。だが、それこそ兵の統率は難しいぞ。平地戦の方がいいんじゃないのか?」
「ううん、砦攻めがいいんだ!」
「ふむ」
グッと拳を握り力説するエルゼリオに、シグルドは口元を押さえ考え込む。
「ミライア、第三演習場の使用予定はどうなっている」
「はっ! 当面の使用予定はどの軍からも要請が無いと記憶しております!」
「そうか」
シグルドの問いに、秘書官は何も見る事無く答えた。
「え? もしかして秘書官さん、他の軍の予定を全部覚えてるの?」
「はっ! 任務に必要な事ですので!」
エルゼリオの問いに敬礼をもって答える秘書官。
「……シグルド兄、なんかすごい人引き入れたね」
「引き入れたも何も、始めから私の部下だ」
「えっ、そうだったの? ボク、初めて会ったんだけど」
「何を言うか。ここに来るたびに会っていただろう」
「え?」
「これは私の部屋の扉を守っていた兵士だ」
「…………あー!!」
びしっと直立不動の佇まい。甲冑を着ていなかったから気付かなかったが、その所作は確かに見覚えがあった。
「そうだったんだ。ごめん気付かなくて」
「何を仰います! 私のような一兵卒、覚えていなくて当然です!」
「もう一兵卒ではないがな」
そう言いつつ苦笑するシグルドに、エルゼリオは温かいものを感じ自然と笑みがこぼれる。
「エルゼリオ、お前の兵は?」
「オリガロッド別動隊!」
「ほう、相手にとって不足はないな」
エルゼリオの口から出た名前に、シグルドは驚きつつも不敵な笑みを浮かべた。
「演習は1週間後。正午に第三演習場で開始とする」
「わかった。負けないからね!」
「せいぜい戦術を練ってくることだ。言っておくが、私の壁は厚いぞ?」
「ふふふ、ボクとオリエ姉の刃も鋭いよ?」
不敵に微笑み合う兄弟。そんな二人を秘書官はやはり微笑ましく見つめていた。
●
「ホントに指揮を手伝わないでいいんだな?」
「うん! 今回はボクとシグルド兄の対決だからね!」
演習場の東端に陣取るオリガロッド・レイノーラとエルゼリオ。
西には高い城壁を要した演習用の砦がそびえている。
「それで、どう攻めるんだ?」
「うん、まずは戦力の確認からしようと思う」
言ってエルゼリオは軍机の上に演習場の地図と、兵力表を広げた。
「砦は典型的な石造りで、城壁は約3m。城門は今見えている正門と、裏に同じ大きさの裏門がある」
エルゼリオは地図を指さしながら一つ一つ確認していく。
「守備隊はシグルド兄が率いる新兵たち。主要武器は弩。城壁の上からの弩の一斉射は練度関係なしに脅威だね」
地図の砦部分に青色のコマを並べた。
「何より強力なのは、シグルド兄自身の魔法攻撃。手加減なしって言われてるから、たぶん当たったら一発退場」
そして、一際大きな大将コマを砦中央に置く。
「熟練度じゃ天地ほどの差はあるが、大将が厄介だな。さてどうなるか」
大将コマを見つめオリガロッドが呟いた。
「それに対して、こちらの兵力はオリエ姉を筆頭とする高速遊撃隊。地形は平地だから、移動を阻害される恐れは低いかな。罠の類は無しって条件だし」
「まぁ、それも砦に到達するまでだけどな」
スッとエルゼリオが動かした自軍を示す赤色のコマを、オリガロッドが砦前で堰き止める。
「こっちの方が人数は多いとはいえ、考えなしに砦前に攻め込んでも迎撃されるのがオチだぞ。何か作戦はあるのか?」
オリガロッドが地図を前に腕を組むエルゼリオに問いかけた。
「うーん、実は具体的には決まってないんだよね」
「おいおい、エルゼリオ。何のためにこの演習申し込んだんだ。暇つぶしが目的なら私は帰るぞ」
シグルド側は新兵の訓練という名目があるものの、こちら側には演習に対する大きな理由がない。オリガロッドは呆れる様に口にした。
「あ、待って! ごめん、そうじゃないんだ。この間の戦争に参加して、ボクなりに思ったことがあってさ」
「思う事? なんだそれは」
「要塞を守るキャスターの脅威」
「ふーむ」
「敵は知性を持ったヴァンパイアだった。この間はあちらが攻める側だったし規模も兵種も全然違うんだけど、その時ふと思ったんだ」
「もし、敵に知性の高いキャスターがいて、今日みたいな状況になった時、どう対応するか、か」
「うん、いずれはこちら側から帝国の中心地へ攻め込むことになると思うんだ。その時、少しでも役に立つ手段を知っておくことは悪くないんじゃないかって」
エルゼリオはじっと地図を睨め付けながら、兄に戦いを申し込んだ理由を改めて確かめる様に反芻した。そんな、エルゼリオの表情をオリガロッドは覗き込む。
「ど、どうしたの?」
「いや、あんたはてっきりパパの背中を追ってるのかと思ってたけど、どうやらシグルドの背も同時に追ってるみたいだ、って思ってな」
「えっ、そうなのかな……?」
自分では意識していなかったが、言われてみればそうなのかもしれない。
「でも、オリエ姉だってシグルド兄を追い抜きたいって思ってるんでしょ?」
「もちろんだ。いずれは戦略・戦術で奴に勝って、パパの隣は私がもらうからな」
グッと拳に力を込め決意を口にする姉に、エルゼリオは苦笑する。
たぶん本人もわかっている。こと戦術や戦略など軍を指揮し、策を巡らせる方面での兄シグルドの壁は途方もなく高い。そして、オリガロッドにそこまでの適性は無いと。
それでもあきらめず精進を続けるのは、ひとえに父への愛情故か。
「なら、勝とうよ!」
「当り前だ。誰が負けてやるかよ!」
だから姉を鼓舞する。士気の管理も指揮官としての立派な仕事だと、兄や父に教わったから。
「で、具体的にはどう攻める。漠然とした案位はあるんだろ?」
オリガロッドがエルゼリオに問いかける。
「キャスターの特性を殺す事が、勝利への道かなって思ってる」
「ふむ」
「キャスターは視線が通っていないと魔法を打てない。これはかなり致命的な弱点だと思うんだ」
「確かに発動点を視認する必要があるからな。だが、この戦場に遮蔽物なんかないぞ?」
と、オリガロッドが戦場を見渡す。砦までは木の一本も生えていない。下草すらまばらな地面では遮蔽物などまるでないように見える。
「うん、だから作るんだ」
「作る? 今から目隠し用の壁でも作るのか? 悪いが、うちに工兵はいないぞ」
「大丈夫。もっと簡易的で効果抜群な遮蔽物を作るから」
首をかしげるオリガロッドに、エルゼリオは自信満々に答えた。
●
「ふむ、騎馬か」
城壁の上で相手陣営の様子を見つめるシグルドが呟いた。
「破城槌らしき装備も見えます。やはり騎馬の突撃力を利用し、城門を打ち破る策ではないでしょうか!」
「ああ、そうだろうな。だが、そう簡単に破らせるとは思うなよ」
そう言うとシグルドは、秘書官に向け指示を出す。
「ミライア、新兵たちに伝達だ。三人一組でチームを組ませ、弩を3丁ずつ支給しろ」
「はっ!」
「一人は装填要員、一人は射撃補助。もう一人はひたすら射撃を行うように」
「はっ!」
「絶え間なく矢を浴びせろ。悪いが近づけさせはせん」
「閣下はどうされるのですか?」
「私は城門の上で迎え撃つ」
「おぉ! 閣下自ら!」
シグルドの言葉を聞き、秘書官が声を弾ませる。
「最も、私の出る幕があればだがな」
そんな秘書官に答えるように、シグルドは不敵に微笑んだ。
●
「行くぞ! 相手がシグルドだからってビビるんじゃないぞ!」
先頭で馬を翻し、配下達を鼓舞するオリガロッド。
「勝負は日没まで。それまでに何としても砦を攻略しよう」
「あんたに言われるまでもないさ、エルゼリオ! 私が単騎で突撃してもいいくらいだ!」
「いやいや、それじゃ訓練にならないし、もしオリエ姉が落とされでもしたら、ボク達の負け決定だから!?」
姉の覇気に当てられ頻りに蹄で大地を掻く馬を宥めつつ、エルゼリオは慌ててオリガロッドに声をかけた。
「はは! わかってるわかってるって! だからこその作戦なんだろ?」
「そうだよ。だからあんまり無茶しないでよね」
「かしこまりました、閣下!」
「ちょっ! それ誰の真似だよ!」
馬上でびしっと敬礼するオリガロッドに、エルゼリオは慌てて問いかける。
「知ってるんだろ? あいつがご執心な奴の事」
「知ってるけど! なんでオリエ姉が知ってるんだよ、逆に!」
「おいおい、私を誰だと思ってるんだ。あんな面白そうな情報、私には筒抜けだ」
くくくと意地悪そうに笑う姉に、エルゼリオは肩を落とした。
「シグルド兄の事、からかったらダメだからね! 絶対だよ!」
「ははは、わかったわかった。からかわないって、約束する」
「ホントかなぁ……」
うんうんと頷く姉がどうにも怪しくて、エルゼリオは思わず眉を寄せる。
「そんな事より、もうすぐ時間だぞ。準備はいいか、大将」
「あ、うん。準備は万端だよ。後は開戦の合図を待つだけだ」
そう言って、改めて砦を眺める。平地に建てられた何の変哲もない砦。しかし、今あの砦を守っているのは、レイノーラ家きっての切れ者、シグルドその人だ。
エルゼリオは乾く喉に無理やり唾を流し込み、合図を待つ。
そして、ついに開戦を知らせる銅鑼が演習場に響き渡った。
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「続け!」
オリガロッドが馬に鞭を入れた。先頭を行くオリガロッドに続き、歴戦の部下達が馬を走らせる。
オリガロッド達は魚鱗の型を形成し、砦に向け一直線に突撃した。
大将であるエルゼリオは魚鱗の中央に配され、巻き上がる砂煙の向こうに迫る砦を睨み付けてる。
「そろそろ、弩の射程だ! あんた達、落とされるんじゃないぞ!」
もちろん演習である以上、矢に鏃は取り付けられていない。代わりに先端には特殊な塗料が塗られ、それを当てられれば脱落の印となっていた。
「陣を変えるぞ! 鋒矢だ!」
先頭を行くオリガロッドの合図で、馬の並びが変わる。
広がっていた陣形は、中央にグッと寄せられ、更に突撃力を強化した陣へと変形していく。
「中央、破城槌出すぞ!」
弩の射程を前に、オリガロッドがもう一合図。
先行していた自身が横に回り先頭を譲ると、中から破城槌を引きずる4頭の馬が突出する。
「行ってこい! それで落とせたら、褒美をくれてやる!」
先頭を離れていくオリガロッドの鼓舞に士気を上げた4頭は、ついに弩の射程へと差し掛かった。
「斉射一斉、用意――てー!!」
秘書官の合図と共に、一斉に放たれる矢。
「続けて第二射! てーー!!」
間髪入れず装填要員が手渡す弩で二射目を発射していく。
怒涛の勢いで突っ込んでくる敵先発に狙いを定める矢は、降り注ぐ雨となって破城槌をひっさげる4頭に襲い掛かった。
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「やはり練度が低いか」
城門の上に陣取るシグルドは、新兵たちの放つ矢の行方を険しい表情で見つめていた。
「しかし、破城槌は封じたぞ。さて、どうするエルゼリオ」
弩の射程ギリギリで軍を旋回させる弟に向け、シグルドは小さく問いかける。
相手方が繰り出した破城槌での突撃は、物量にものを言わせ撃退した。まだまだ練度が低く命中率は目も当てられないものの、同等の攻撃であればこれからも難なくしのげるだろう。
「閣下! 敵方に動き! 後方にオリガロッド将軍が現れました!」
そんな時、秘書官から報が入った。
「裏門か。私が行く。30ほど兵を回せ! オリガロッドさえ落とせばこちらの勝利は決まった様なものだ」
「それでは正門の防備が薄くなりますが……」
「正門は任せる。エルゼリオの姿が見えないのが不気味だが、矢の雨を更に厚くし防備に務めろ」
「はっ!」
秘書官にそう言い残し、シグルドは裏門へと急行した。
●
「お、来やがったなシグルド」
城門の上に兄の姿を見つけ、オリガロッドはほくそ笑んだ。
「まずはお手並み拝見だ」
オリガロッドは隊列から離れ、単騎砦へと突撃していく。
もちろんシグルドがそれに許すわけもなく、すぐさま迎撃に移った。
城壁に見えるいつもの所作。くるりと杖を回し、何かを呟くと発せられる破壊の嵐。
「来る!」
オリガロッドは思い切り手綱を引き馬を急停止させる。瞬間、目の前を風の暴力がえぐり取った。
「ひゅぅ、相変わらずえげつない威力だな!」
すぐさま馬に鞭を入れ砦と水平に馬を走らせる。
『キャスターの弱点は視界の確保じゃない。最大の弱点は使用限界だと思ってる』
弟の言葉が脳裏によみがえる。
「シグルド、私達の弟は案外大物になるかもしれないぞ?」
馬蹄の音にかき消され誰にも届く事の無い声で呟くオリガロッドが、腕を大きく上げた。
すると、後方に控えていた配下達が馬から何かを地面へ落とし、引きずり始める。
冬の乾いた風に吹かれ続けた大地は乾燥していた。それを混ぜ返す様に馬が引くのは、薪の束だった。
「もっと激しく行き来して! 魔法の射程にはまだはいらないように気をつけてね!!」
もうもうと立ち上がる土煙の中、エルゼリオはオリガロッドの部下達に向け声を張り上げる。
「よし、これだけ立ち上がれば――オリエ姉!」
「おう!」
エルゼリオ達が作った土煙は、オリガロッドをも飲み込む。
「へへっ、焦ってやがるなシグルドの奴」
完全に視界を塞がれたシグルドの舌打ちが聞こえるようだ。
「第一陣、行くよ!」
エルゼリオの合図に飛び出たのはオリガロッド。そして、二本目の破城槌を引きずる4騎だった。
二手に分かれ砦に迫る敵を迎撃する為に、雨の様に降る矢と共にシグルドの魔法が飛んでくる。何とか矢の雨をしのぎ切った破城槌は、シグルドの魔法によって破壊された。
「第二陣! お願い!」
続いて土煙を飛び出した破城槌。今度は更に一つ増え、二本の槌が砦を狙う。途中、オリガロッドも合流し、三つの攻め手が砦に迫った。
「今度は私か!」
シグルドの魔法は正確にオリガロッドに狙いを定めた。しかし、オリガロッドもそれを予測し、素早く回避行動に入る。
残されたのは二本の破城槌。一本は雨の矢に遮られた。しかし――ついに破城槌の一本が城門へと到達した。
「まだだよ! 一回では破れないのはわかってたから、続けていくよ!」
その後も土煙を利用した攪乱突撃は繰り返された。
そして、三度目の破城槌を受け、ついに城門は破られたのだった――。