酒場「自由な蝶の翅」の女主人と頭蓋の常連客
キャラクターノベル(グループ)制作 望月誠司納品 2021年02月11日 22時54分03秒
詩を書くことが好きである。
だから昔から人より様々な話を聞いては詩にしたがった。
詩を愛するエルフ少女が森を出て訪れたのは学術都市ヴァルクリエで、この街に来て様々な因果が廻り、気が付いたら彼女は弱冠十九歳にして学術街に割拠する一軒の酒場の主人となっていた。
そんな若きエルフ娘の名をシエラ・フォン・リシェイラという。
「ねぇ駄目、ですかぁ……?」
酔っぱらったエルフ娘がカウンター席にて、隣に座る常連客に絡んでいた。
自身がマスターを務める酒場『自由な蝶の翅』には、眼前の長衣を着込んだ相手以外に客はいない時分だった。
「ちょっと見せて下さいよぉ……」
カウンター席に座っている暗紫衣の常連客――ルチル・プルメリア・グレイハーツは謎めいた外見をしている。
纏う暗紫の装束は隠すように全身をゆったりと包んでいて、顔もまた大部分が頭の上にかぶった白いリザードマンの頭蓋によって覆われていた。眼窩の空洞から僅かに金色の眼光が覗くのみである。
だから、性別どころか容貌すらも外からでは良くわからない。
――この白い頭蓋の下には何が隠されているのか。
シエラはそれがとっても気になるのだ。
しかし、
「この下にはアタイの面しかないんだ。見た所で面白くも何ともないよ」
やめときな、とルチルは言う。
けれどもその制止の言葉は、素面の時だったら通じたかもしれないが――そもそも隠しているものを見せてなんて言わなかったかもしれないが――酔っ払い相手には通用しなかった。
「やだやだ! 見せてくれないとやだ!」
シエラが駄々っ子のように叫んで抱きついて来る。
「ほらぁ、とってとって」
エルフ娘は酒精の混じった息を吐きつつ白く華奢な手を伸ばす。
伸びてきた白い手をルチルは軽く掴んだ。
シエラがジタバタともがくが、ルチルの方が力が強い。白骨頭蓋の女は、ゆっくりとたおやかな白手を押し戻しつつ息を吐いた。
「この頭蓋はね、元々はアタイの親父が持ち主なのさ」
「……お父さん?」
ピタリと動きを止めてシエラはルチルを見上げた。
「ああ、親父といっても育ての親なんだけども……アタイが王国の国境近くにある集落の出身って話はした事があったかね?」
エルフ娘が首を振ると、ルチルは思い出すようにしながら語り始めた。
「……そこは武技が盛んな集落だった。大勢の師父がいた。アタイは捨て子で、実の両親の顔は知らない。だから、もしかしたら集落の生まれでもないのかもしれないけど――」
さらりとした口調だった。
顔を隠した女は、自身が捨て子であるという事はあまり気にしていない様子だった。
それは、
「でも、その集落で大勢の師父達に囲まれて育ったんだ」
握っていたのは『ルチル』と刻まれた札だけだった。
けれども集落の人々は彼女に多くのものを与えてくれた。
「アタイは年に一度ある、空に向けて矢を放つ儀式で、弓の腕前を認めてもらって旅に出た。その弓の技を教えてくれたのも師父達さ。小さな頃からずっと修業してきたもんだから、認められた時は嬉しかったよ――まぁもっとも、一番間近で見て欲しかった男は、既に死んじまってたんだけどね」
リザードマンの女は頭に被っている白骨に触れた。
「えっと、それって……」
エルフ娘が上目遣いに視線を頭部へと向けると、
「親父さ」
ルチルがこの頭蓋を被っている理由は、道半ばで死んだ男の意思を継ぐ決意の表明だった。
「親子ともどもリザードマンだと言ったら後はわかるだろ? 同じ夢なら、親父の片棒を担いでやるのが親孝行さね」
シエラはじっとルチルの頭の上に乗っている頭蓋を見つめていた。
シエラはルチルにとって、先代――『自由な蝶の翅』の――から面倒を見るように頼まれたお嬢さん、であり、だから、それもあってか、妹分のように見ていた。
「ここまで話すのはアンタだけだよ」
ちらりと視線を向けて言うと、酔っ払いのエルフ娘は相好を崩し「ふへへへ」と締まりの無い顔で嬉しそうに笑った。
その表情に姉貴分として和むものを感じつつも、同時に、世間の荒波を泳いでいる冷徹な情報屋としての思考が『注意を頭蓋の下から逸らしきるにはもう少しだ』と囁いたので、大人な女は駄目押しで問いを向けた。
「お前の方はどうなんだ?」
「えっ……何が、ですぅ……?」
杯に口つけて葡萄酒を飲みつつシエラが小首を傾げる。
「故郷からこの街に出てきた理由……冒険者になった理由か」
すると酔っ払い娘は露骨に顔を顰めた。
「あー……それはまー……いろいろあったんですよ」
「話せる範囲で良いから、その色々の部分を聞きたいね」
「えぇー?」
「アタイばっかり喋るというのもフェアじゃないだろ? 『情報にはそれ相応の対価を』アタイはそう信じてるんだがね?」
これはなかなか本気な所ではある。
価値の交換はルチルの信条だ。
シエラもそれは知っているのか、
「ぬぐぐぐ……じゃあ、話しますけどぉ……ホント、ありふれたお話ですよぉ……?」
酔っ払いエルフはそう前置きすると、杯にちびちび口つけつつ語り始めた。
「私が生まれ育ったのはフィルエス大森林……とっても閉鎖的で、とっても鎖国的な場所でした……」
森林全体には他種族を嫌う体質が蔓延していて、シエラはそれに辟易していた。
シエラには他種族の友人がいたから。
――だから、森を飛び出した。
「その他種族の友人というのは……?」
「さぁ……? 今はぁ……どこで、何を、しているんで……しょーねぇ……♪」
エルフ娘は長い耳を下げ、俯きがちに杯に口つけてグビグビと葡萄酒を飲んでいる。
静かにルチルが白い頭蓋の奥から金色の瞳を向けていると、
「……もぉ、ルチルさんもぉっ、ほらほらぁ♪ もっと飲んでぇ……」
エルフ娘はカウンターの上に置かれていたボトルを掴み、ルチルが手にしている杯目掛けて葡萄酒を注がんとし始めた。
が、しかし、大分酔っているのか、ゆらりと華奢な身が傾き、目測が狂って、瓶の口よりドボドボと赤い液体がカウンター上に落ちてゆく。
「ふわれぇ?」
「おいぃっ?」
ルチルは慌ててボトル掴んでその口を上に向けさせた。
「あっ……どーもどーもぉ……すみませぇん……」
「どーもどーもじゃなくてだな……あぁ駄目だなこれは、飲み過ぎだぞ」
とろんと酒精に濁りきっているエルフ娘の碧眼を覗き込んでルチルは首を左右に振った。すっかり酩酊している。
女リザードマンは女エルフの手から素早く酒瓶を取り上げ、立ち上がった。
「あー!」
シエラが悲鳴をあげ手を伸ばし縋って来る。
ルチルは縋り付く酔っ払いの手をしっしっと払った。
「もう寝ろ。台布巾はどこだ?」
「ふぁい……だいぶきんは、ですねぇ……」
大分駄目になっている女主人から説明を受け、ルチルはカウンターの陰から布切れを取ると、ボトルを拭き、栓をして棚に収め、台を拭いた。
店の奥に入って台布巾を水洗いして絞り、広げて干す。
奥から店内に戻って来るとシエラはカウンターの上に突っ伏して、すぴーすぴーと寝息を立て幸せそうに眠っていた。
ルチルは一つ嘆息した。確かに寝ろとは言ったがここで寝ろとは言っていない。
「おい、こんな場所で寝るな。風邪ひくぞ」
「……ふぇぇ」
ルチルはシエラを揺り起こし、寝ぼけ眼なエルフ娘を引き摺って、寝室まで連れていったのだった。
だから昔から人より様々な話を聞いては詩にしたがった。
詩を愛するエルフ少女が森を出て訪れたのは学術都市ヴァルクリエで、この街に来て様々な因果が廻り、気が付いたら彼女は弱冠十九歳にして学術街に割拠する一軒の酒場の主人となっていた。
そんな若きエルフ娘の名をシエラ・フォン・リシェイラという。
「ねぇ駄目、ですかぁ……?」
酔っぱらったエルフ娘がカウンター席にて、隣に座る常連客に絡んでいた。
自身がマスターを務める酒場『自由な蝶の翅』には、眼前の長衣を着込んだ相手以外に客はいない時分だった。
「ちょっと見せて下さいよぉ……」
カウンター席に座っている暗紫衣の常連客――ルチル・プルメリア・グレイハーツは謎めいた外見をしている。
纏う暗紫の装束は隠すように全身をゆったりと包んでいて、顔もまた大部分が頭の上にかぶった白いリザードマンの頭蓋によって覆われていた。眼窩の空洞から僅かに金色の眼光が覗くのみである。
だから、性別どころか容貌すらも外からでは良くわからない。
――この白い頭蓋の下には何が隠されているのか。
シエラはそれがとっても気になるのだ。
しかし、
「この下にはアタイの面しかないんだ。見た所で面白くも何ともないよ」
やめときな、とルチルは言う。
けれどもその制止の言葉は、素面の時だったら通じたかもしれないが――そもそも隠しているものを見せてなんて言わなかったかもしれないが――酔っ払い相手には通用しなかった。
「やだやだ! 見せてくれないとやだ!」
シエラが駄々っ子のように叫んで抱きついて来る。
「ほらぁ、とってとって」
エルフ娘は酒精の混じった息を吐きつつ白く華奢な手を伸ばす。
伸びてきた白い手をルチルは軽く掴んだ。
シエラがジタバタともがくが、ルチルの方が力が強い。白骨頭蓋の女は、ゆっくりとたおやかな白手を押し戻しつつ息を吐いた。
「この頭蓋はね、元々はアタイの親父が持ち主なのさ」
「……お父さん?」
ピタリと動きを止めてシエラはルチルを見上げた。
「ああ、親父といっても育ての親なんだけども……アタイが王国の国境近くにある集落の出身って話はした事があったかね?」
エルフ娘が首を振ると、ルチルは思い出すようにしながら語り始めた。
「……そこは武技が盛んな集落だった。大勢の師父がいた。アタイは捨て子で、実の両親の顔は知らない。だから、もしかしたら集落の生まれでもないのかもしれないけど――」
さらりとした口調だった。
顔を隠した女は、自身が捨て子であるという事はあまり気にしていない様子だった。
それは、
「でも、その集落で大勢の師父達に囲まれて育ったんだ」
握っていたのは『ルチル』と刻まれた札だけだった。
けれども集落の人々は彼女に多くのものを与えてくれた。
「アタイは年に一度ある、空に向けて矢を放つ儀式で、弓の腕前を認めてもらって旅に出た。その弓の技を教えてくれたのも師父達さ。小さな頃からずっと修業してきたもんだから、認められた時は嬉しかったよ――まぁもっとも、一番間近で見て欲しかった男は、既に死んじまってたんだけどね」
リザードマンの女は頭に被っている白骨に触れた。
「えっと、それって……」
エルフ娘が上目遣いに視線を頭部へと向けると、
「親父さ」
ルチルがこの頭蓋を被っている理由は、道半ばで死んだ男の意思を継ぐ決意の表明だった。
「親子ともどもリザードマンだと言ったら後はわかるだろ? 同じ夢なら、親父の片棒を担いでやるのが親孝行さね」
シエラはじっとルチルの頭の上に乗っている頭蓋を見つめていた。
シエラはルチルにとって、先代――『自由な蝶の翅』の――から面倒を見るように頼まれたお嬢さん、であり、だから、それもあってか、妹分のように見ていた。
「ここまで話すのはアンタだけだよ」
ちらりと視線を向けて言うと、酔っ払いのエルフ娘は相好を崩し「ふへへへ」と締まりの無い顔で嬉しそうに笑った。
その表情に姉貴分として和むものを感じつつも、同時に、世間の荒波を泳いでいる冷徹な情報屋としての思考が『注意を頭蓋の下から逸らしきるにはもう少しだ』と囁いたので、大人な女は駄目押しで問いを向けた。
「お前の方はどうなんだ?」
「えっ……何が、ですぅ……?」
杯に口つけて葡萄酒を飲みつつシエラが小首を傾げる。
「故郷からこの街に出てきた理由……冒険者になった理由か」
すると酔っ払い娘は露骨に顔を顰めた。
「あー……それはまー……いろいろあったんですよ」
「話せる範囲で良いから、その色々の部分を聞きたいね」
「えぇー?」
「アタイばっかり喋るというのもフェアじゃないだろ? 『情報にはそれ相応の対価を』アタイはそう信じてるんだがね?」
これはなかなか本気な所ではある。
価値の交換はルチルの信条だ。
シエラもそれは知っているのか、
「ぬぐぐぐ……じゃあ、話しますけどぉ……ホント、ありふれたお話ですよぉ……?」
酔っ払いエルフはそう前置きすると、杯にちびちび口つけつつ語り始めた。
「私が生まれ育ったのはフィルエス大森林……とっても閉鎖的で、とっても鎖国的な場所でした……」
森林全体には他種族を嫌う体質が蔓延していて、シエラはそれに辟易していた。
シエラには他種族の友人がいたから。
――だから、森を飛び出した。
「その他種族の友人というのは……?」
「さぁ……? 今はぁ……どこで、何を、しているんで……しょーねぇ……♪」
エルフ娘は長い耳を下げ、俯きがちに杯に口つけてグビグビと葡萄酒を飲んでいる。
静かにルチルが白い頭蓋の奥から金色の瞳を向けていると、
「……もぉ、ルチルさんもぉっ、ほらほらぁ♪ もっと飲んでぇ……」
エルフ娘はカウンターの上に置かれていたボトルを掴み、ルチルが手にしている杯目掛けて葡萄酒を注がんとし始めた。
が、しかし、大分酔っているのか、ゆらりと華奢な身が傾き、目測が狂って、瓶の口よりドボドボと赤い液体がカウンター上に落ちてゆく。
「ふわれぇ?」
「おいぃっ?」
ルチルは慌ててボトル掴んでその口を上に向けさせた。
「あっ……どーもどーもぉ……すみませぇん……」
「どーもどーもじゃなくてだな……あぁ駄目だなこれは、飲み過ぎだぞ」
とろんと酒精に濁りきっているエルフ娘の碧眼を覗き込んでルチルは首を左右に振った。すっかり酩酊している。
女リザードマンは女エルフの手から素早く酒瓶を取り上げ、立ち上がった。
「あー!」
シエラが悲鳴をあげ手を伸ばし縋って来る。
ルチルは縋り付く酔っ払いの手をしっしっと払った。
「もう寝ろ。台布巾はどこだ?」
「ふぁい……だいぶきんは、ですねぇ……」
大分駄目になっている女主人から説明を受け、ルチルはカウンターの陰から布切れを取ると、ボトルを拭き、栓をして棚に収め、台を拭いた。
店の奥に入って台布巾を水洗いして絞り、広げて干す。
奥から店内に戻って来るとシエラはカウンターの上に突っ伏して、すぴーすぴーと寝息を立て幸せそうに眠っていた。
ルチルは一つ嘆息した。確かに寝ろとは言ったがここで寝ろとは言っていない。
「おい、こんな場所で寝るな。風邪ひくぞ」
「……ふぇぇ」
ルチルはシエラを揺り起こし、寝ぼけ眼なエルフ娘を引き摺って、寝室まで連れていったのだった。