過ぎ去りし情景と、炎の記憶

キャラクターノベル(グループ)制作 霧柄頼道納品 2021年02月14日 19時50分06秒

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 昼下がり特有の、暖かくも爽やかな風が吹き抜けていた。
 青空から陽光の射す広場では、様々な人が行き交っている。
 買い物に向かう主婦、荷物を抱えた商人、追いかけっこをして遊ぶ子供達。それを尻目に日陰で休みあくびをする野良猫。
「お待たせしました」
 アルフレッド・ラ・ギが腰掛けるテーブル席に、店員がお茶を運んでくる。
 品物を運び終えた後、店員はその場にとどまって無駄話などする事なく、奥へと踵を返し、呼ばれなければ必要以上に踏み込もうとしない。
 客はガラス細工から覗く色鮮やかな景色を楽しみながら、静かな一時を過ごせる――それがアルフレッドがこの店を行きつけにしている理由だった。
 掃除や手入れも行き届いている上、内装も洗練されている。甘味も上質なものと、デートに選ぶ場所としては好ましいスポットに思われたが、それを差し置いても彼女が誘いを受けてくれたのは意外でもあった。
 向かい合わせに座る彼女――アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは無言でカップに口をつけている。
 楚々とした動作、香りを楽しみ音を立てずに飲む品の良さ。どの仕草を取っても深窓の令嬢そのものだ。
「……気に入ってもらえたかな?」
 アルフレッドが口を開くと、アウレーリアはカップを置き、ちらりとこちらを見て小さく頷く。
「落ち着ける良い店……だと思うわ」
 本当ならここから、話を色々と展開させ、会話を弾ませていくのがセオリーだろうが――今回に限っては、そう笑顔あふれる楽しい話題というわけではないのだ。
「身の上話を聞きたいというから話すけど……聞いていて愉快な事柄じゃないから」
「もちろん、承知の上だ。それでも私は聞きたい――君が構わないなら」
 アルフレッドが促せば、アウレーリアは視線をテーブルへ落としながら、淡々と語り始めた。

 アウレーリアが生まれ育ったネーベルベルクは、帝国東部の山沿いの街である。
 代々山脈から来る敵を抑えてきた武門の伯爵家――その末娘でありながら、生まれつき病弱ゆえに戦場へ立つ事はなかった。
 郊外の別邸で療養しながら、普段は部屋の窓から景色を眺め、本を読む日々。
 散歩する時も、敷地内の塀の中がせいぜいだ。中庭で咲き誇り彩る花壇に囲まれ、物語の中の箱入り娘よろしく外へ憧れる毎日。
 剣も握れず、魔法に関しても専門的な教育を受けてはいない。
 せめて血を途絶えさせないためと、いつか嫁ぐ日に備えて作法と政治を教え込まれた。駆ける自由も誰かを守る力もないけれど、自分なりにできる事をしたかったから、頑張ってきた。
 不自由は多かったが家族からは愛されていたし、アウレーリアも同じように愛していた。
 父は頼りになり、二人の兄も勇敢で。アウレーリアの何よりの自慢だ。
 使用人達も皆優しく、何かと面倒を見てくれた。
 ずっとそういう、緩やかな籠の鳥の生活が続く――そう思っていた。
 だが、緩慢な日常は突如終わりを告げる。本当に、何の前触れもなく。
 あの日、怪物が襲ってきた。
 狼じみた異形。その時のアウレーリアには恐れのあまり、そいつが山のように巨大で、濃密な黒い闇を纏って見えたもの。
 他にも何匹、何十匹――本棚にある絵本の中で、勇者達と対峙するような化け物の群れが、赤々とした炎を引き連れるようにして目の前へ現れたのである。
 家族も使用人も、戦える者はみんな立ち向かった。命を懸けて武器を取った。
 それこそ英雄のように。生き延びるために。大切な人を守るために。
 でも、かなわなかった。無慈悲な殺意と炎に、みんな呑まれてしまった。
 アウレーリアは地下通路へ匿われ、必死に逃げた。
 屋敷の外には麦畑が広がっているはず。いつか一人で、あるいは父や兄達と笑いながら、泥だらけになって遊んだり、寝転んでみたい――そんな夢を抱ける、とても美しい景色。
 燃えていた。燃え尽きた。そして灰になった。
 あの心穏やかにさせる金色の絨毯も、屋敷を見守るみたいに立つ農地の人々の建物も、陽光を受けてきらめく小川も。
 気が付けば、どことも知れぬ暗い森の中。血を吐くようにただただひた走り、やがてつんのめってくずれ落ち。
 土や草を感じながら頭が冷えると――もうどこにも怪物の声も気配も、なくなっていた。
 アウレーリアは一人になった。ほどなく受恵者となり、孤独の代わりとばかりに、自由と力が投げて寄越された。

 話が終わるまで、アルフレッドは一言も差し挟む事なく、神妙に耳を傾けていた。
 外の賑やかな喧騒も、どこか遠く聞こえる。
 ここで例えば、大変だったね、とか可哀想に、とか、形だけの慰めや励ましをかけるのは簡単だ。
 でもきっとアウレーリアは、そんな子供へかけるような台詞は求めていない――。
 であれば気の利いた言葉で一気に空気を変えて、いつものように会話の主導権を取り戻したいのに……うまい言い回しが中々思いつかなかった。
 壮絶な過去を聞いて、自覚している以上に感情移入してしまったからなのか、あるいは店の静寂が囁きかけるのか――それとも。
 アウレーリアがカップを取り、喉を潤す。その姿を見つめ、アルフレッドは思う。
 やはり、似ている。……彼女に――死んだ幼馴染に。
 だからなのだろうか、思うように舌が回らないのは。
 といって強引に茶化しにかかるのも違うだろう。本当にらしくない。
「なるほど……そこから君の世界が変わったわけだ」
 結局出たのは、どちらかというと真摯に寄り添った言葉ではあったが、対してアウレーリアは素直に首肯し。
「想像とは、だいぶ違った格好だけれどね……」
 決してこんな結末ではない。もしも病弱の身が元気になったら、思うさまに駆け巡りたい、色々な事がしたい――そういうささやかな空想だったはずだ。
 なのに一見、普段と変わらぬ態度のアウレーリアに、アルフレッドは助けられたような心地になった。
 これで悲しげに面伏せられたり、声を震わされていたりしたら、今日はいつも以上に幼馴染の姿とかぶって見えるせいか、こちらももっと動揺していたかも知れない。
「わたしの話はこれでおしまい。でも……わたしだけなのは不公平に思わない?」
 アウレーリアに横目で見られ、アルフレッドは意識して人を食った笑みを浮かべ、はぐらかす。
「私の身の上話が聞きたいと? まぁ――時が来れば、かな。今回の主役は君だからね」
 その後は当り障りのない話題へつなぎ、談笑しながら空気を和やかなものにする。
 そうしながらアルフレッドは、改めて分析していた。
 アウレーリアは育ちが良く、生真面目だ。そうした性向だと改めて確認できた。
 ならば誠実性のある、いわゆるシリアスで素朴な対応が好まれそうではあるが――天才ゆえにいつも自信ばかりが前へ出てしまう自分にはどうしてどうして、難しそうである。
 とはいえ、今回は彼女についてさらに深く、そして多くの事情が知れたのも事実。
「たまにはこういう静かな時間もいい。……また誘っても構わないだろうか?」
 アウレーリアが断らない事を見越しての誘い文句。
「……いいけど。この店も悪くないし」
 ここまでの会話の流れや雰囲気、彼女の表情のわずかな変わりようなどから、それなりの確率で受け入れられるだろう事は予測していたし、実際そのようになったのに。
 アルフレッドは当然とばかりの笑顔の下で人知れず、ほっと――安堵に胸を撫で下ろしている自分を感じていた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0