再会の刃

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2025年03月09日 12時41分45秒

 海から吹き付ける風が暖かさを帯びはじめた初春の頃。

「これは随分と愛用してくれたみたいですね」
「ご、ごめんなさいっ!」

 港を望むオープンカフェの一席。
 両手を突き出したまま、机に額をこすらんばかりに頭を下げたイーラ(ヒルルク)の手にあるものを見て、ヴィルヘルミナは少し驚いた。

 彼女の手には折り畳み式のナイフがある。それはどこかの王様が気まぐれに作った超一級の品だった。
 あの日、旅に出ると決めた彼女にこのナイフを手渡した。最初は遠慮していたが、必ず必要になると説得し受け取ってもらった。
 あの時から、もうどれくらい経っただろうか。
 征竜のいなくなった世界を、各々が別々の道を進んで、もう数年も過ぎた。お互い人生の時というのが比較的緩やかな人種なだけあって、時の経過に疎い。
 だが、彼女は成長していた。
 その顔立ちは精悍なものへと変化し、手には数えきれないほどの細かな傷。手の皮も厚くなり、すっかり旅人のそれになっている。
 『征竜の巫女』としてではなく、一人のエルフ――なにより人として成長したように感じる。
 何年にも及ぶ大陸の旅がそうさせたのか、あるいは沢山の人との出会いが切っ掛けを与えたのか――――。

「顔を上げてください。私は別に怒っていませんよ。それより、よくここまで使い込みましたね」

 できるだけ抑揚をつけて冷たくならないように語り掛けた。
 そうすると彼女がちらりとだけ顔を上げて、「いいの?」と訴えかけてきたので、笑顔で頷いた。

「少し拝見しますね」

 不安そうに見つめる彼女の前でナイフの刃を引き出してみる。
 柄の部分の木材が随分摩耗している。長い年月をかけて彼女の手に馴染むように変化したのだろう。だが、刃の部分は半ばからぽっきりと折れていた。
 ここまで綺麗に折れてしまっては、打ち直しは不可能だ。例え繋げても強度が格段に落ちる。だが、仮にもあの王様が造った一品。そう易々と折れたりはしないはずだ。なのにここまで見事に折れるとは……。

「使い込んでいるうちにエーテルが馴染み、戦闘にも耐えうる強度を得た末に、過酷な状況に晒されたのか。あるいは、単純に貴女の膨大なエーテルにナイフ自体が耐えられなかったのか……何にせよ、気まぐれに造るからこんな詰めの甘いものになるのですよ、王様」
「あ、あの! 研いでみようとは思ったのよ! だけどその……刃が硬すぎて砥石の方がダメになっちゃって……」

 どうやら私の呟きは、彼女には聞こえなかったようだ。

「ええ、そうでしょうね。こういうモノ(一流品)は、素人には手に負えません。痛んだのなら名のある工匠の元へ持っていって、ちゃんと手入れをしてもらわないと」
「う゛っ……ごめんなさい」
「謝る必要はありません。これは貴女のものなのですから」
「う、うん……」
「それに渡す時に言ったでしょう、これは雑に扱っていいと。そしてそれは、折っても問題ないという意味です」
「で、でも、折角の餞別だったのに……」

 不安げに瞳を揺らすイーラに、ヴィルヘルミナは柔らかく微笑んだ。

「あの時こう言ったのを覚えていますか。折れたら改めて私が打ったものを差し上げますと」
「お、覚えてるけど、それでこのナイフを粗末にしていい理由にはならないと思うの」
「ふむ」

 彼女は思いのほかこのナイフを気に入ってくれているようだ。
 それは長い時間を共に旅したものへの愛着か。あるいは、自分と結んだ『絆』の形と見てくれたのか……。
 何にせよ、彼女にとってこれは簡単に廃棄できるような代物ではなくなったという事だろう。

「わかりました。では、このナイフは私が預かります」
「え?」
「元通り――とはいきませんが、できる限り何とかしてみましょう。これでも少しは腕に自信がありますから」

 彼女にナイフを預かる旨を了承してもらい、折れたナイフをポーチにしまう。
 代わりに、再会の時のために日頃から忍ばせていた一本のナイフを取り出した。

「使い慣れた一本が無いというのは不便ですからね。代わりになるには少し時間がかかりますが、よければどうぞ」

 港町の陽気に映える真っ赤な赫飛竜のなめし革でしつらえた鞘。
 柄には黒檀を使用し、魔法銀の鋲で補強してある。
 煌びやかな装飾はない。だが実用性重視の機能美というのだろうか、無骨でありながら使い手にとってこれ以上ない堅牢性と優美さを備えた一本だ。

「わ……綺麗」
「耐熱性・耐摩耗性を重視した造りになっています。よければ引き抜いてみてください」
「う、うん」

 ごくりと喉を鳴らし、緊張した面持ちでナイフを受け取ると、彼女はゆっくりと鞘から引き抜いた。

「黒い刃だ……綺麗」

 初春の陽光を吸い尽くすが如き黒刃を見て、彼女がまた同じ感想を口にしたのが、なぜかおかしかった。

「黒鉄鋼を秘密の素材と調合して打ちました。長い旅にはもってこいの一本になるはずです」
「ひ、秘密の素材……?」
「気になりますか?」

 そう問いかけると、イーラはこくりと頷く。

「残念ながら、何の素材なのかはある組織が関……いえ、企業秘密なのでお教えできませんが、概ね安全と言っておきましょう」
「お、おおむね……?」
「大丈夫、人体に大きな影響を及ぼすほどのものではありません」
「じ、人体に……?」
「仮に暴走するとしても……そうですね、2%程度でしょうか」
「ぼ、暴走……?!」

 イーラは目を見開き手のひらの上にあるナイフを凝視している。もしプレゼントした本人が目の前に居なかったら、すぐにでも放り出していただろう。

「……なんて冗談ですよ」

 少しからかうつもりだったのだが、予想以上にビビらせてしまったか。ネタばらしした途端、イーラはあわあわと唇を震わせている。

「すみません。以前の貴女のようにからかい甲斐……いえ、失礼。久しぶりに心地の良いリアクションが見れたものですから、少し悪戯心が出てしまいました。ともかく、そのナイフは私の自信作です。貴女を守ることはあっても危害を加える事は万に一つもありませんのでご安心ください」

 ヴィルヘルミナがそう断言したのに、イーラはナイフをじっと見つめたまま動かない。

「あの……ヴィルヘルミナ、さん。あなたと前のわたしとはどんな関係だったの?」
「以前の貴女とですか? うーん、そうですね。良きライバルといったところでしょうか」
「ライバル、だったの?」
「ええ。ライバルといっても色々な種類がありますけど」
「そうなんだ……ちなみに――――」
「とはいえ、今の貴女には関係の無い事です。今の貴女は『征竜の巫女』ではないのですから」

 瞳をじっと見つめてそう言うと、イーラはわかってくれたのか、それ以上言葉を続ける事はなかった。

「それでは、私はこれで失礼します。またいつか、どこかでお会いしましょう。何年後になるかわかりませんが、その時には預かったナイフをお返しできるようにしておきます。あ、ちなみに今日お渡ししたナイフも雑に扱って構いませんよ。もっとも、彼女のナイフ(匠王謹製)ほどヤワではありませんので、折れるようなことはないでしょうが」

 鞘にしまったナイフをぎゅっと胸に抱いたイーラにある種の確信を得たヴィルヘルミナは、小さく微笑むと踵を返す。

「ありがとう、大切にするわ。だから、あなたもどうかお元気で」

 背中から駆けられた彼女の別れの言葉に返事代わりの首肯を返し、ヴィルヘルミナはイーラの前から去っていった――――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0