黒塵に奇跡を掴む:前編
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2025年02月27日 11時04分04秒
「ティト、一旦引いて態勢を立て直しましょう!」
伸縮式の短槍を薙ぎ払い、クォンが吠えた。
春まだ遠い荒野には、無残に積まれた黒の塵。
また一つ、また一つと、塵山は増え、寒風に消し飛ばされていく。
「……まだ……だいじょう、ぶ」
ゆっくりと息を吸いそう応えたティトは、刃欠け泥に塗れる自慢の一振りの柄を握り直した。
散発的な遭遇戦から本格的な包囲戦へ移行されて、もうどれくらいの時が経っただろう。
その間、葬り去った『白銀のベール』は数知れない。なのに、自分達の周りにはまだこんなにも敵がいる。
郷まではまだまだ距離がある。普通に駆けても今日中に到着できるかどうかという距離だ。
奴らの目的は郷にある。一体今郷はどうなっているのか……。
「だめ……考える、な」
一瞬脳裏に浮かんだ凄惨な光景を振り払い、白刃を構えた。
敵の動きは緩慢であり、積極的にこちらを攻撃するような意図は感じられない。だが一度敵意を向ければ、狂ったように襲い掛かってきた。
「負け……ない」
奴らの目的。それは郷で保護しているアンだ。すっかり郷に馴染み、日々瞳を輝かせてたくさんの”素敵”を発見している、普通の女の子。
こんな危機的状況の中でも、きっとアンはいつものようににこにこと郷を散歩しているだろう。襲撃の事、自分の価値の事、そんな事何もわからずに。
そんな彼女が愛おしい。そう感じるようになったのはいつ頃からか。
そんな彼女を失いたくないと思う様になったのはいつからか。
「なんとか……しなきゃ」
口の中に広がる鉄の味を、無理やり飲み込んだ。
敵意を向けなければ襲ってこないとはいえ、数を減らさなければ郷の脅威が増す。
敵は不死者であり、玉砕など些末事だ。とうの昔に失った命など、顧みる必要もない。
なのに一見知能が低そうなこいつらは狡猾かつ慎重だった。捨て身の特攻をしてきたかと思えば、一斉に引いて遠距離包囲したりする。速攻と遅攻の妙。それはまるで一つの意識が戦場全体を支配しているようだ。
このままじゃ、埒が明かない。何か打開策を……起死回生となる必殺の一手を……そう考えていた時、背後のクォンが槍の石突を地面に突き立てた。
地面を叩く音に視線を向けると、クォンの槍がある一点を指している。
「ティト、南西を見て。若干だけど包囲が薄いわ。あれなら二人で圧力をかければ、きっと突破できる」
「出て……どうする、の」
「このままここに足止めされているわけにはいかない。貴女もじわじわといたぶられて、なぶり殺しにされたいわけじゃないでしょ?」
煽るように問いかけられたのに、なぜかそれが妙に嬉しかった。
何年も離れ離れで生死すら不明だったのに、幸運にも再会できてこうして同じ戦場に立っている。ずっと彼女から訓練を受けてきたから、動きや呼吸は今でも手に取るようにわかる。とても合わせやすいくて戦いやすい。やっぱりそれが嬉しいかった。やっと彼女が戻ってきた気がした。
「こんな……状況、で……クォンは、不謹慎、だね?」
「あのねぇ……貴女、なぶり殺しにされたいの?」
「え……クォンって、……そんな趣味、ある、の?」
「どんな趣味よ!?」
言葉と共に繰り出した鋭い一突きで、襲ってきた異形を黒砂に変えながら、クォンはちゃんと反応してくれる。
もっともっとからかい……じゃなくて、お話したてたい、な。
「クォン、行こ……絶対に、たどり、着こ……!」
「当然でしょ!」
その力強い一言で奮い立てる。きっと彼女となら、何だってできる。
だから行こう。必ず郷へ帰ろう。ぼくたちの故郷に――――。
●
「お義爺様!?」
「貴様にお義爺様と呼ばれる筋合いはないっ!」
「ええっ! 私、お婿さんなのに!?」
そんな間の抜けたやり取りを重ねる事、数回。
戦局は……最悪な方向へと進みつつある。
グェンの鉄の拳が大地を穿ち、哀れ突撃してきた白銀どもが黒砂と化し消えた。
セロンガード・シュタインドルフの一矢は、不運にも重なった一列を貫き、白銀を黒砂へと変えた。
なのに、圧倒的物量の前では、これほどまでに無力なのか。
白銀どもの個々の力は二人に遠く及ばない。なのに、戦局は刻一刻と最悪の結末へと邁進していた。
「どれほど叩こうが、どれほど屠ろうが、お構いなしか」
グェンが苦々しく吐き出す。
二人が敵をどれほど叩こうが、その勢いは一向に止まない。どころか、勢いは今も増し続けている。
「……このままではジリ貧ですね」
「なんじゃ、弱音なぞ聞かんぞ」
「若者の声を聴くのも年長者としての役割ではありませんか?」
「あーあー何か言ったか? 最近耳が遠くてな」
「このボケ老――――あ、聞こえてたんですか……あ、あの、暴力はやめません? 貴方の拳は本気で洒落にならない」
鉄甲をかんかんと打ち鳴らすグェンに、セロンガードは降参のハンズアップ。
「……しかし、こうも減らんか」
「ええ、個々の力は大したことありませんが……奴らには恐怖心がない。まるでヴァイセントラフの戦いのようです」
「あの戦いか……あれも相当悲惨だったようじゃな」
「ええ、それはもう」
無駄話を交わしながらも、二人は体を入れ替え背後から襲ってきた白銀を一撃で滅する。
「ちなみに、どうやって勝ったんじゃ?」
「どうやって勝ったか……そうですね。勝因はいくつかあるのですが、やはり一番は『将を討った』事でしょうか」
「将を討つ、か。なるほど、確かにシンプルでいい」
「……あのぉ、何か変なこと考えていません?」
「のぉ、セロンガード」
「……なんですか。言っておきますが、許容できる作戦とできない作戦がありますからね?」
「心配せんでもいい。これは許容できる作戦じゃ」
そう言ってグェンは頬を引きつらせるセロンガードに顔を寄せた――――。
●
「――――許容できません。できるわけないでしょう!」
「なぜじゃ。現状を打破する最善策じゃろう」
「そう、かも知れません……ですが無謀すぎる!」
「心配せんでも奴らにとってわしらは路傍の石と同じよ。こちらが敵意を向けなければ、何もしてこん」
「それは……ですが、将がいない可能性もあるんですよ!」
「いる可能性もあるじゃろ? どのみち、このままじゃ共倒れじゃ……それに」
「それに……?」
「あの子はきっと、お前を待っておる」
そう言うグェンの瞳は、どこまでも優しい。
「ほれ、ぐずぐずして居る暇はないぞ」
「ですが……!」
「まだ言うか。お前はあの子よりもわしのほうが大切なのか?」
「そ、そんなもの……選べるわけないでしょう!」
「えっ……」
「え……? ちょ、ちょっと、なぜ後退るんですか!? なぜ両手で体を隠すんですか!?!?」
「……ハハハ、冗談じゃよ」
「冗談に見えませんでしたけど!?」
先ほどより若干距離を置いたグェンに、セロンガードは猛抗議。
「いいか、お前はお前の本当に大切なものを守れ。わしはわしの本当に大切なものを護る」
「ですが……!」
「行かぬなら、拳でわからせるぞ?」
「ぐっ……」
こうしている間にも、敵は怒涛のごとき勢いで押し寄せてくる。
正直に言って、もう選択の時間はない。
「行け!」
整然と放たれた命令に、セロンガードは背筋を伸ばした。
「孫を頼んだぞ」
その言葉に敬礼で返し、セロンガードは戦場に背を向けた――――。
伸縮式の短槍を薙ぎ払い、クォンが吠えた。
春まだ遠い荒野には、無残に積まれた黒の塵。
また一つ、また一つと、塵山は増え、寒風に消し飛ばされていく。
「……まだ……だいじょう、ぶ」
ゆっくりと息を吸いそう応えたティトは、刃欠け泥に塗れる自慢の一振りの柄を握り直した。
散発的な遭遇戦から本格的な包囲戦へ移行されて、もうどれくらいの時が経っただろう。
その間、葬り去った『白銀のベール』は数知れない。なのに、自分達の周りにはまだこんなにも敵がいる。
郷まではまだまだ距離がある。普通に駆けても今日中に到着できるかどうかという距離だ。
奴らの目的は郷にある。一体今郷はどうなっているのか……。
「だめ……考える、な」
一瞬脳裏に浮かんだ凄惨な光景を振り払い、白刃を構えた。
敵の動きは緩慢であり、積極的にこちらを攻撃するような意図は感じられない。だが一度敵意を向ければ、狂ったように襲い掛かってきた。
「負け……ない」
奴らの目的。それは郷で保護しているアンだ。すっかり郷に馴染み、日々瞳を輝かせてたくさんの”素敵”を発見している、普通の女の子。
こんな危機的状況の中でも、きっとアンはいつものようににこにこと郷を散歩しているだろう。襲撃の事、自分の価値の事、そんな事何もわからずに。
そんな彼女が愛おしい。そう感じるようになったのはいつ頃からか。
そんな彼女を失いたくないと思う様になったのはいつからか。
「なんとか……しなきゃ」
口の中に広がる鉄の味を、無理やり飲み込んだ。
敵意を向けなければ襲ってこないとはいえ、数を減らさなければ郷の脅威が増す。
敵は不死者であり、玉砕など些末事だ。とうの昔に失った命など、顧みる必要もない。
なのに一見知能が低そうなこいつらは狡猾かつ慎重だった。捨て身の特攻をしてきたかと思えば、一斉に引いて遠距離包囲したりする。速攻と遅攻の妙。それはまるで一つの意識が戦場全体を支配しているようだ。
このままじゃ、埒が明かない。何か打開策を……起死回生となる必殺の一手を……そう考えていた時、背後のクォンが槍の石突を地面に突き立てた。
地面を叩く音に視線を向けると、クォンの槍がある一点を指している。
「ティト、南西を見て。若干だけど包囲が薄いわ。あれなら二人で圧力をかければ、きっと突破できる」
「出て……どうする、の」
「このままここに足止めされているわけにはいかない。貴女もじわじわといたぶられて、なぶり殺しにされたいわけじゃないでしょ?」
煽るように問いかけられたのに、なぜかそれが妙に嬉しかった。
何年も離れ離れで生死すら不明だったのに、幸運にも再会できてこうして同じ戦場に立っている。ずっと彼女から訓練を受けてきたから、動きや呼吸は今でも手に取るようにわかる。とても合わせやすいくて戦いやすい。やっぱりそれが嬉しいかった。やっと彼女が戻ってきた気がした。
「こんな……状況、で……クォンは、不謹慎、だね?」
「あのねぇ……貴女、なぶり殺しにされたいの?」
「え……クォンって、……そんな趣味、ある、の?」
「どんな趣味よ!?」
言葉と共に繰り出した鋭い一突きで、襲ってきた異形を黒砂に変えながら、クォンはちゃんと反応してくれる。
もっともっとからかい……じゃなくて、お話したてたい、な。
「クォン、行こ……絶対に、たどり、着こ……!」
「当然でしょ!」
その力強い一言で奮い立てる。きっと彼女となら、何だってできる。
だから行こう。必ず郷へ帰ろう。ぼくたちの故郷に――――。
●
「お義爺様!?」
「貴様にお義爺様と呼ばれる筋合いはないっ!」
「ええっ! 私、お婿さんなのに!?」
そんな間の抜けたやり取りを重ねる事、数回。
戦局は……最悪な方向へと進みつつある。
グェンの鉄の拳が大地を穿ち、哀れ突撃してきた白銀どもが黒砂と化し消えた。
セロンガード・シュタインドルフの一矢は、不運にも重なった一列を貫き、白銀を黒砂へと変えた。
なのに、圧倒的物量の前では、これほどまでに無力なのか。
白銀どもの個々の力は二人に遠く及ばない。なのに、戦局は刻一刻と最悪の結末へと邁進していた。
「どれほど叩こうが、どれほど屠ろうが、お構いなしか」
グェンが苦々しく吐き出す。
二人が敵をどれほど叩こうが、その勢いは一向に止まない。どころか、勢いは今も増し続けている。
「……このままではジリ貧ですね」
「なんじゃ、弱音なぞ聞かんぞ」
「若者の声を聴くのも年長者としての役割ではありませんか?」
「あーあー何か言ったか? 最近耳が遠くてな」
「このボケ老――――あ、聞こえてたんですか……あ、あの、暴力はやめません? 貴方の拳は本気で洒落にならない」
鉄甲をかんかんと打ち鳴らすグェンに、セロンガードは降参のハンズアップ。
「……しかし、こうも減らんか」
「ええ、個々の力は大したことありませんが……奴らには恐怖心がない。まるでヴァイセントラフの戦いのようです」
「あの戦いか……あれも相当悲惨だったようじゃな」
「ええ、それはもう」
無駄話を交わしながらも、二人は体を入れ替え背後から襲ってきた白銀を一撃で滅する。
「ちなみに、どうやって勝ったんじゃ?」
「どうやって勝ったか……そうですね。勝因はいくつかあるのですが、やはり一番は『将を討った』事でしょうか」
「将を討つ、か。なるほど、確かにシンプルでいい」
「……あのぉ、何か変なこと考えていません?」
「のぉ、セロンガード」
「……なんですか。言っておきますが、許容できる作戦とできない作戦がありますからね?」
「心配せんでもいい。これは許容できる作戦じゃ」
そう言ってグェンは頬を引きつらせるセロンガードに顔を寄せた――――。
●
「――――許容できません。できるわけないでしょう!」
「なぜじゃ。現状を打破する最善策じゃろう」
「そう、かも知れません……ですが無謀すぎる!」
「心配せんでも奴らにとってわしらは路傍の石と同じよ。こちらが敵意を向けなければ、何もしてこん」
「それは……ですが、将がいない可能性もあるんですよ!」
「いる可能性もあるじゃろ? どのみち、このままじゃ共倒れじゃ……それに」
「それに……?」
「あの子はきっと、お前を待っておる」
そう言うグェンの瞳は、どこまでも優しい。
「ほれ、ぐずぐずして居る暇はないぞ」
「ですが……!」
「まだ言うか。お前はあの子よりもわしのほうが大切なのか?」
「そ、そんなもの……選べるわけないでしょう!」
「えっ……」
「え……? ちょ、ちょっと、なぜ後退るんですか!? なぜ両手で体を隠すんですか!?!?」
「……ハハハ、冗談じゃよ」
「冗談に見えませんでしたけど!?」
先ほどより若干距離を置いたグェンに、セロンガードは猛抗議。
「いいか、お前はお前の本当に大切なものを守れ。わしはわしの本当に大切なものを護る」
「ですが……!」
「行かぬなら、拳でわからせるぞ?」
「ぐっ……」
こうしている間にも、敵は怒涛のごとき勢いで押し寄せてくる。
正直に言って、もう選択の時間はない。
「行け!」
整然と放たれた命令に、セロンガードは背筋を伸ばした。
「孫を頼んだぞ」
その言葉に敬礼で返し、セロンガードは戦場に背を向けた――――。