”嵐” 前夜

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2025年02月09日 09時26分57秒

 一面の白銀が陽光を受けてキラキラと輝いている。帝国の辺境にあるこの小さな郷にも、ようやく春の訪れが近づいてきているのか、この日の空はとても良く晴れていた。

「たまには一人、こうして原風景を眺めるのも悪くないですね」

 景色を一望できる小高い丘の頂上に腰を下ろし、遠目から郷の様子を伺うセロンガード・シュタインドルフが、白い息を吐いた。
 一度は滅んだ辺境の小さな郷。しかし、元居た住民たちの尽力で、この郷は蘇ろうとしている。

「まだまだやる事は沢山ありますが、大丈夫。彼女とならきっと――――」

「何が大丈夫なのよ」

 突然出現した気配に、セロンガードは腰を浮かし距離を取る。
 懐に片手を入れ、頼もしい感触を確かめると、改めて気配の出処を睨みつけた。

「……キャシー」

 雪原に立っていたのは一人の小柄な少女。
 黒を基調とした軍服に身を包み、腰を落とし身構えるこちらを睥睨していた。

「ふぅ、脅かすなんて人が悪いな。どうしたんだい、いきなり。あれ、定例報告の時期だっけ?」
「……はぁ、確かに情報通りね」
「情報通り?」

 かくりと首をかしげるセロンガードに、小柄な女性――カサンドラ・フォン・ベルリヒンゲンは巨大なため息を吐いた。

「別に何でもないわ。ちなみに定期報告で来たわけでもない」
「そうなの、かい? じゃ、なんで」
「あなたの結婚祝いに来たのよ」
「あ、ああ、そうだったのか。いやぁ、わざわざ悪いね。別に催促したつもりはないんだけど、ほら、やっぱり近しい人たちには知らせておくべきかと思ってさ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 だらしなく口元を緩ませる元同僚の痴態に、カサンドラは大量の白い吐息を吐きだした。

「セロン」
「う、うん?」
「お幸せなのは大変結構だけど、その幸せを護りたいのなら、もう少ししゃっきりすることね」
「……それは、どういう意味だい」

 キッと睨みつけるカサンドラの視線と鋭い言葉に、セロンガードは居住まいを正し聞き返した。

「そのままの意味よ。『影』がある情報を掴んだわ」
「ある情報……? いや、待ってよ。なんで『影』が掴んだ情報を君が知らせてくるんだい?」
「別に。”結婚祝い”のついでよ」
「結婚祝いねぇ……とても祝っているような感じじゃないんだけど?」
「その程度もわからないの? ほんとあの鋭かった洞察力まで腑抜けているのね」

 厳しい表情と言論を崩さないカサンドラに、セロンガードはがくりと肩を落とす。

 以前より、確かに彼女は少しお堅い方だった。だけど、今のこの感じはなんだ。お堅いというより冷たい……いや、冷徹といってもいいほどだ。
 僕は彼女に何かしてしまったのだろうか……え? もしかして先月の報酬渡し忘れてる……とか?

「え、えっとキャシーさん……? 僕が、その……なにかしましたっけ?」
「なによいきなり気持ち悪い」
「酷いっ!?」
「酷いのはあな……いえ、そんな事はどうでもいいわ。それより、『影』からの伝言、聞くの聞かないの?」
「き、聞くよ! 聞くに決まってるだろ」
「そ。それじゃ――――」

 そう言って、ツンとそっぽを向いたカサンドラは、腰のポーチから小さく折りたたまれた紙片を取り出すと、セロンガードへ手渡した。

「……この折り方」
「それは覚えていたのね」
「当然だよ。これは……”危機を告げる報”だ」

 受け取った紙片を開封せず見つめるセロンガードに、カサンドラはこくりと頷く。

「キャシーは内容を?」
「おおよそは。とはいえ、私はただ配達を頼まれただけよ」
「そうか。でも”彼”がわざわざ君を配達人に……」

 ”彼”とは、レイウェスト陛下の元に置いている情報源(諜報員)の事だ。この郷にいては得られない情報を、彼やキャシーの目と耳を借りて仕入れている。いつもなら”彼”が手紙で状況を知らせてくれるのだけど、今回は報告はよほど急を要するのか、それとも……なににせよ、わざわざ王国の調査員(キャシー)を寄こしているのだ……これはただ事ではない。

「見ないの?」

 いつまでも紙片を開こうとしないセロンガードに、カサンドラは冷淡に告げる。

「君は冷静だね」
「なに、慌てて欲しいの?」
「別にそういう訳じゃないけど、もしかして君にも関係のあることかもしれないよ?」
「”彼”はそんな回りくどい事はしないわ」
「そうかな? ……いや、それもそうか」

 いい加減しびれを切らしそうなカサンドラを前に、セロンガードは紙片を開いた。

 手紙の中身はとても簡素だった。必要なことを最小限の文字数で伝える。実に”彼”らしい。だが、その内容は――――。

「……カサンドラ・フォン・ベルリヒンゲン」
「な、なによいきなり」
「君の腕を見込んで正式に依頼をしたい事がある」
「い、依頼って……私はあなたの依頼で諜報活動を――――」
「キャシー、僕は君を心から信頼している」
「なな、何よ、何なのよっ!?」

 グッと顔を寄せたセロンガードに両手を掴まれ身体を引けないカサンドラ。

「キャシー」
「ひっ……」
「僕の大切な」
「ななな……!」
「この郷を守ってほしいんだ」
「…………は?」

 真剣な眼差しで見つめるセロンガード。
 ぽかんと口を開け、呆気にとられるカサンドラ。

「”彼”からの報告によれば、この郷に大変なことが起ころうとしている。僕が守ればいいんだろうけど、僕にはもっと大切な……大変な事態に対処しないといけない使命があるんだ。事態は切迫してて、今から誰かを呼び寄せる猶予なんてない。そして、きっと使命は一筋縄ではいかない。戻ってこれない可能性すらある。だから、キャシー、君にしか……って、キャシー?」

 掴んだ両手がふるふると小刻みに揺れていることに気付いて、セロンガードが視線を下げた――――その瞬間。

 ――――ドスッ!!!

「ぐほっ!?」

 突然鳩尾に突き刺さった拳に、セロンガードは身体をくの字に曲げた。

「うぐぐぐ……な、何するんだよ、キャシー」
「うるさいっ! セロンの阿保っ! 馬鹿っ! 〇ねっ!!」
「酷っ!? ってか、なんでそんなに怒って……ってキャシー? 顔が真っ赤だよ――――」
「馬鹿阿保腰抜け甲斐性なし!! ほんと、あなたって……! あなたって……最低よね!! ふんっ!」

 鳩尾を押さえるセロンガードの肩を突き飛ばし、カサンドラは背を向ける。

「キャシー、頼むよ。僕と同等……いや、もしかしたら今の僕以上の実力を持った信頼できる仲間は、君以外にいないんだ」
「”彼”でも呼び寄せればいいじゃない」
「それじゃ間に合わない。いや、きっと”彼”のことだ、こういう事態になることまで予想して君を寄こしたのかもしれない」
「勝手なことを……」
「キャシー、すまない。でも何とか頼めないかな」
「…………勝手にすれば」
「え、それって」
「勝手にどこにでも行ってくればいいわよ。私は”一人”でこの郷でバカンスを楽しむから!」
「キャシー……」
「さ、触んなっ!」

 ――――バシッ!!

「いたい……」

 伸ばした腕を思い切り叩かれて、セロンガードは手にフーフーと息を吹きかける。

「……これ、貸しだからね」
「ああ、わかってる。特大の借りだ」
「いつか……いつか必ず返しなさい。逃げたら……地獄の底まで追っかけて取り立てるから」
「それは怖いね。でも、もちろん約束する」
「……ふんっ」

 結局一度も目を合わせる事無く、カサンドラは雪の丘を下っていく。
 そんな彼女の小さな背中に、セロンガードは深く頭を下げたのだった――――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0