密議の酒場
キャラクターノベル(グループ)制作 そうすけ納品 2025年02月08日 11時30分08秒
●
ナハティガル=ラーは丁重にグラスを磨きながら、細い窓の外に沈みゆく夕陽を眺めていた。『Noir Étoile』の開店まで、あと一時間。
黒髪に口髭を蓄えた姿が、磨き上げられたカウンターの木目に映る。
今夜、ナハティガル は「黒夜」を演じる。シャルガネから来た謎めいたバーテンダーの仮面の下にある正体に、誰も気づかないだろう。
いや、気づかせてはならないのだ。
ところで、ゴブリンの街ゴールディに、ナハティガルはなぜこのような店を構えたのか。
答えは明確だ。
【黒鋼竜】の影として動くためには、確かな情報網が必要となる。ゴブリンたちの実情、貴族たちの動向、そして何より――来たるべき変革への地ならしをするために。
ナハティガルはグラスを棚に入れ、引き出しに手を伸ばした。そこに仕舞っておいた【王国大憲章】の草案に目を通す。
王権の制限、各代表の意見を反映させる新しい政治体制。それを実現させるためには、なにより各国の正確な情報をリアルタイムに収集し、分析しなくてはらない。政治は常に動いているからだ。
草案を引き出しに戻し、そっと閉じる。
目を閉じて、思い出した。幼い頃、忌み子として扱われた日々を。そして今、ゴブリンたちの未来を変えようとしている自分を。
店を開くにあたって、まず招待状を送った。慎重に選んだ相手たち。その中でも特に、今夜来店するであろう2人の反応が気になっていた。
カウンターに並べられたボトルの一つ一つを確認し、内心でよし、と微笑む。準備は万端。あとは彼らを迎えるだけだ。
扉のベルが鳴り、招待客が店に入ってきた。
ナハティガルはカウンターの向こう側から、久しぶりに会う彼らの仕草を、一つ一つ観察する。
●
「いらっしゃいませ」
挨拶した瞬間、ラズリーは入り口で立ち止まり、肩を小さく震わせた。銀髪のツインテール、相変わらずの華奢な体つき。変わっていない、と言いたいところだが、以前よりもっと痩せたように見える。顔色も、なんとなく悪い。
黒のロングコートに身を包んだタ・ロウが、さりげなくラズリーの背中を押した。
「おい、さっさと行かねぇか」
ぶっきらぼうな物言いだが、まるで幼い妹の世話をするような優しさが声に滲んでいた。タ・ロウとも久しぶりに会うが、こんなキャラだったか、と内心で首をひねる。
タ・ロウはボルサリーノ帽を軽く持ち上げて俺に会釈すると、ラズリーを促してカウンターに身を寄せた。
「オンザロック」
「かしこまりました」
ラズリーは慎重な動きでカウンターチェアの一つに腰掛けた。緑色の瞳は店内を落ち着かない様子で彷徨い、時折、俺の方へと向けられるものの、すぐに逸らされてしまう。
俺は棚から翡翠色に輝く瓶を取り出した。
ドワーフの古酒「サンダーフォージ・メイド」――レアな山育ちの麦を深山の霊泉で仕込み、百年もの間、エルフの森の樹洞で熟成させたという逸品だ。
クリスタルのグラスに琥珀色の酒を注ぎ、魔法で作りだした透明な氷を静かに沈める。氷に閉じ込められた空気の粒が、まるで森の精霊が舞い踊るように輝いた。グラスの中で氷がゆっくりと回転する度に、深い森を思わせる香りが立ち昇る。
俺はグラスをタ・ロウの前に置いた。
「いい香りだ。まるで遠い山々を越えてきた風のようじゃねえか」
タ・ロウが手にしたグラスの中で、からんと氷が音を立てる。
「この……グラスの中で氷が静かに砕ける音が、深山の洞窟で鉱石を砕く鶴嘴の音を思わせるぜ。ドワーフたちの誇り高き技が、このグラスの中で永遠の時を刻んでいるかのようだ」
「キモ」
「あん? 何か言ったかラズリー?」
「別に」
ラズリーは相変わらず落ち着きのない様子で、カウンターチェアの上で微かに身を揺らしている。銀色の髪を束ねたツインテールが、その動きに合わせて揺れていた。
黒夜として振る舞う時は、できるだけ感情を表に出さないよう心がけているのだが、ラズリーの仕草や物言いが以前と変わっていないことに、俺は内心で微笑まずにはいられなかった。
「お客さま」
できるだけ柔らかな口調を心がけながら、俺はラズリーに微笑みかけた。
「よろしければ、お客さまをイメージしたオリジナルカクテルを作って差し上げましょうか」
「え、あ、うちは……」
ラズリーが言葉を詰まらせていると、タ・ロウが「せっかくだ、作ってもらえ」と後押しした。葉巻を取り出し、「吸ってもいいか」とついでに尋ねてくる。
俺は無言で灰皿をカウンターに乗せた。
で、とタ・ロウは葉巻に火をつけながら視線を俺に寄越す。
「こいつは病み上がりなんでな。つい最近、目が覚めたところだ。そういうわけで、アルコールは控えめにしてやってくれ」
その言葉に、俺は意図的に眉を僅かに動かした。
目覚めたばかり?
「……かしこまりました」
好奇心を胸の奥に隠して、シェーカーに手を伸ばす。
●
エルダーフラワーのリキュールをベースに、ライムとミントを加え、最後にアブサンを数滴。薄い緑色の液体が、まるでラズリーの瞳のような色合いを帯びていく。
俺は一瞬だけ、「黒夜」の仮面を外してみた。
輝きを放った俺の金色の瞳を、ラズリーが見る。はっと短く息をのんだ音が、カウンターを越えて耳に届く。
シェイカーを振る音だけが響く静寂の中、俺はカクテルを仕上げていった。グラスに注がれた液体は、まるで月光を透かしたかのような淡い輝きを放っている。
「めっちゃきれい……」
俺はラズリーの前にクラスを置き、さりげなく問いかけた。
「さきほど、目覚めたばかり、とお聞きしましたが」
「ああ、それな」
タ・ロウ氏は葉巻の煙を吐きながら、少し考えるような素振りを見せた。隣でラズリーが、喋るなと小さく首を振っている。
目の端で見えているだろうに、タ・ロウはそ知らぬふりで口を開いた。
「3年近く意識不明でな。つい最近まで寝たきりだったんだぜ」
「3年も?」
道理で。この数年間、ラズリーに会うことはもちろん、その名を聞くこともなかった。てっきり元気でいるものと思っていたのだが……。
「もう! いらんこと喋らんといて!」
ラズリーを見ると、恥ずかしそうに項垂れてカウンターの木目を数えていた。
「別に隠すこたぁねぇだろ、目の前におめぇが好きだった、誰かさん檄似のバーテンがいるからってよ」
「べ、別に。ナハティに似てるなぁって、ちょっと思うたけど……黒鋼竜附護衛士のあの人が、こんなところにおるわけないし。てか、勝手に好きとか決めつけんといてや」
ラズリーの指先がカクテルグラスの縁をなぞる。
「あん? 『うちが寝てる間に彼女ができてもうた~』ってさんざん泣いたのは、どこのどなたさんでしたっけ?」
顔を真っ赤にしたラズリーが、拳を振り上げてタ・ロウに殴りかかった。
「おっと、アブねえ」
タ・ロウは笑いながら拳を交わし、ラズリーのおでこにデコピンを見舞う。
「い、いったぁ……」
二人のやりとりを聞いていて、ヒヤリとした。
そう言えばタ・ロウは絵が上手かった。髭をつけ、髪の色を変え、ヒューマン男性のふりをしても骨格や耳の形などから分かるのかもしれない。ゲルダのいう通りだ。これからは、極力、店に出ないようにしよう。
それからも、じゃれ合う2人の会話に耳をそばだてていると、大体の事情が見えてきた。
3年前、ラズリーはタ・ロウの依頼でとある組織に潜入、機密情報を盗み出そうとして罠にかかり、魔法の力で3年間意識不明のまま寝たきりになっていたということ。魔法をかけた者をタ・ロウが暗殺し、術が解けるまでの間、ずっとタ・ロウの屋敷で看護されていたこと、等々。
知らなかった。
知っていれば何か俺にもできることがあったのではないだろうか……。
「で、これはどういうことだ」
物思いを破ったのは、タ・ロウだった。彼が招待状をカウンターに投げ出す様子を、俺は冷静に見つめた。
「此処をゴールディにおける情報交換の場にしたいのです。よい情報は高値で買い取りますよ」
感情を押し殺した声で答えながら、再び「黒夜」の仮面をつける。その一方で、俺の目はラズリーを慎重に観察していた。
恐る恐るカクテルに口をつけたラズリーの唇が、かすかに震えるのが見えた。おいしいと呟き、目を輝かせる。俺は内心満足げに頷いた。
「情報交換ね。ああ、だからこいつも呼んだのか。……で、コイツが情報屋だったってこと、どこで知った?」
タ・ロウの声音が一変する。葉巻を持つ手の角度を変え、その煙を俺の顔に向けて吐き出した。ブラック・デスの幹部としての威圧感が、一瞬にしてカウンターの空気を凍らせる。薄い青色の瞳に宿った鋭い光が、俺を射抜くように見据えていた。
「私の主から。彼女の存在が、この場所に必要不可欠なピースとなる、と」
「主ねぇ。そいつが誰なのか、今、教えてくんねえよなぁ」
グラスを布で磨きながら、俺はそつなくタ・ロウに微笑みかける。
「今、ブラック・デスがどうなっているのか……聞いても教えてもらえないでしょう、今は。情報を取引していく中で、互いに信頼を積み上げていけばいずれ……ということでよろしいでしょうか」
「ふん。食えねえ野郎だ」
タ・ロウは乱暴に葉巻を灰皿に押し付けた。無造作にゴールドをカウンターに置く。
「つりは入らねぇよ。おい、ラズリー。いくぞ」
「え、うちまだ飲んでる途中やねんけど」
「いいから、こい」
タロウに引っ張られるようにして、ラズリーがカウンターチェアから降りる。
俺は背を向けた2人に向かって軽くお辞儀をした。
「またのお越しをお待ちしております」
言葉にはされなかったが、これでブラック・デスからも協力が得られるだろう。何かあれば、ラズリーも有益な情報を運んできてくれるに違いない。
扉が閉まる音とともに、「黒夜」の仮面をそっと外す。
残されたカクテルグラスから、かすかに月光の香りが漂っていた。
ナハティガル=ラーは丁重にグラスを磨きながら、細い窓の外に沈みゆく夕陽を眺めていた。『Noir Étoile』の開店まで、あと一時間。
黒髪に口髭を蓄えた姿が、磨き上げられたカウンターの木目に映る。
今夜、ナハティガル は「黒夜」を演じる。シャルガネから来た謎めいたバーテンダーの仮面の下にある正体に、誰も気づかないだろう。
いや、気づかせてはならないのだ。
ところで、ゴブリンの街ゴールディに、ナハティガルはなぜこのような店を構えたのか。
答えは明確だ。
【黒鋼竜】の影として動くためには、確かな情報網が必要となる。ゴブリンたちの実情、貴族たちの動向、そして何より――来たるべき変革への地ならしをするために。
ナハティガルはグラスを棚に入れ、引き出しに手を伸ばした。そこに仕舞っておいた【王国大憲章】の草案に目を通す。
王権の制限、各代表の意見を反映させる新しい政治体制。それを実現させるためには、なにより各国の正確な情報をリアルタイムに収集し、分析しなくてはらない。政治は常に動いているからだ。
草案を引き出しに戻し、そっと閉じる。
目を閉じて、思い出した。幼い頃、忌み子として扱われた日々を。そして今、ゴブリンたちの未来を変えようとしている自分を。
店を開くにあたって、まず招待状を送った。慎重に選んだ相手たち。その中でも特に、今夜来店するであろう2人の反応が気になっていた。
カウンターに並べられたボトルの一つ一つを確認し、内心でよし、と微笑む。準備は万端。あとは彼らを迎えるだけだ。
扉のベルが鳴り、招待客が店に入ってきた。
ナハティガルはカウンターの向こう側から、久しぶりに会う彼らの仕草を、一つ一つ観察する。
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「いらっしゃいませ」
挨拶した瞬間、ラズリーは入り口で立ち止まり、肩を小さく震わせた。銀髪のツインテール、相変わらずの華奢な体つき。変わっていない、と言いたいところだが、以前よりもっと痩せたように見える。顔色も、なんとなく悪い。
黒のロングコートに身を包んだタ・ロウが、さりげなくラズリーの背中を押した。
「おい、さっさと行かねぇか」
ぶっきらぼうな物言いだが、まるで幼い妹の世話をするような優しさが声に滲んでいた。タ・ロウとも久しぶりに会うが、こんなキャラだったか、と内心で首をひねる。
タ・ロウはボルサリーノ帽を軽く持ち上げて俺に会釈すると、ラズリーを促してカウンターに身を寄せた。
「オンザロック」
「かしこまりました」
ラズリーは慎重な動きでカウンターチェアの一つに腰掛けた。緑色の瞳は店内を落ち着かない様子で彷徨い、時折、俺の方へと向けられるものの、すぐに逸らされてしまう。
俺は棚から翡翠色に輝く瓶を取り出した。
ドワーフの古酒「サンダーフォージ・メイド」――レアな山育ちの麦を深山の霊泉で仕込み、百年もの間、エルフの森の樹洞で熟成させたという逸品だ。
クリスタルのグラスに琥珀色の酒を注ぎ、魔法で作りだした透明な氷を静かに沈める。氷に閉じ込められた空気の粒が、まるで森の精霊が舞い踊るように輝いた。グラスの中で氷がゆっくりと回転する度に、深い森を思わせる香りが立ち昇る。
俺はグラスをタ・ロウの前に置いた。
「いい香りだ。まるで遠い山々を越えてきた風のようじゃねえか」
タ・ロウが手にしたグラスの中で、からんと氷が音を立てる。
「この……グラスの中で氷が静かに砕ける音が、深山の洞窟で鉱石を砕く鶴嘴の音を思わせるぜ。ドワーフたちの誇り高き技が、このグラスの中で永遠の時を刻んでいるかのようだ」
「キモ」
「あん? 何か言ったかラズリー?」
「別に」
ラズリーは相変わらず落ち着きのない様子で、カウンターチェアの上で微かに身を揺らしている。銀色の髪を束ねたツインテールが、その動きに合わせて揺れていた。
黒夜として振る舞う時は、できるだけ感情を表に出さないよう心がけているのだが、ラズリーの仕草や物言いが以前と変わっていないことに、俺は内心で微笑まずにはいられなかった。
「お客さま」
できるだけ柔らかな口調を心がけながら、俺はラズリーに微笑みかけた。
「よろしければ、お客さまをイメージしたオリジナルカクテルを作って差し上げましょうか」
「え、あ、うちは……」
ラズリーが言葉を詰まらせていると、タ・ロウが「せっかくだ、作ってもらえ」と後押しした。葉巻を取り出し、「吸ってもいいか」とついでに尋ねてくる。
俺は無言で灰皿をカウンターに乗せた。
で、とタ・ロウは葉巻に火をつけながら視線を俺に寄越す。
「こいつは病み上がりなんでな。つい最近、目が覚めたところだ。そういうわけで、アルコールは控えめにしてやってくれ」
その言葉に、俺は意図的に眉を僅かに動かした。
目覚めたばかり?
「……かしこまりました」
好奇心を胸の奥に隠して、シェーカーに手を伸ばす。
●
エルダーフラワーのリキュールをベースに、ライムとミントを加え、最後にアブサンを数滴。薄い緑色の液体が、まるでラズリーの瞳のような色合いを帯びていく。
俺は一瞬だけ、「黒夜」の仮面を外してみた。
輝きを放った俺の金色の瞳を、ラズリーが見る。はっと短く息をのんだ音が、カウンターを越えて耳に届く。
シェイカーを振る音だけが響く静寂の中、俺はカクテルを仕上げていった。グラスに注がれた液体は、まるで月光を透かしたかのような淡い輝きを放っている。
「めっちゃきれい……」
俺はラズリーの前にクラスを置き、さりげなく問いかけた。
「さきほど、目覚めたばかり、とお聞きしましたが」
「ああ、それな」
タ・ロウ氏は葉巻の煙を吐きながら、少し考えるような素振りを見せた。隣でラズリーが、喋るなと小さく首を振っている。
目の端で見えているだろうに、タ・ロウはそ知らぬふりで口を開いた。
「3年近く意識不明でな。つい最近まで寝たきりだったんだぜ」
「3年も?」
道理で。この数年間、ラズリーに会うことはもちろん、その名を聞くこともなかった。てっきり元気でいるものと思っていたのだが……。
「もう! いらんこと喋らんといて!」
ラズリーを見ると、恥ずかしそうに項垂れてカウンターの木目を数えていた。
「別に隠すこたぁねぇだろ、目の前におめぇが好きだった、誰かさん檄似のバーテンがいるからってよ」
「べ、別に。ナハティに似てるなぁって、ちょっと思うたけど……黒鋼竜附護衛士のあの人が、こんなところにおるわけないし。てか、勝手に好きとか決めつけんといてや」
ラズリーの指先がカクテルグラスの縁をなぞる。
「あん? 『うちが寝てる間に彼女ができてもうた~』ってさんざん泣いたのは、どこのどなたさんでしたっけ?」
顔を真っ赤にしたラズリーが、拳を振り上げてタ・ロウに殴りかかった。
「おっと、アブねえ」
タ・ロウは笑いながら拳を交わし、ラズリーのおでこにデコピンを見舞う。
「い、いったぁ……」
二人のやりとりを聞いていて、ヒヤリとした。
そう言えばタ・ロウは絵が上手かった。髭をつけ、髪の色を変え、ヒューマン男性のふりをしても骨格や耳の形などから分かるのかもしれない。ゲルダのいう通りだ。これからは、極力、店に出ないようにしよう。
それからも、じゃれ合う2人の会話に耳をそばだてていると、大体の事情が見えてきた。
3年前、ラズリーはタ・ロウの依頼でとある組織に潜入、機密情報を盗み出そうとして罠にかかり、魔法の力で3年間意識不明のまま寝たきりになっていたということ。魔法をかけた者をタ・ロウが暗殺し、術が解けるまでの間、ずっとタ・ロウの屋敷で看護されていたこと、等々。
知らなかった。
知っていれば何か俺にもできることがあったのではないだろうか……。
「で、これはどういうことだ」
物思いを破ったのは、タ・ロウだった。彼が招待状をカウンターに投げ出す様子を、俺は冷静に見つめた。
「此処をゴールディにおける情報交換の場にしたいのです。よい情報は高値で買い取りますよ」
感情を押し殺した声で答えながら、再び「黒夜」の仮面をつける。その一方で、俺の目はラズリーを慎重に観察していた。
恐る恐るカクテルに口をつけたラズリーの唇が、かすかに震えるのが見えた。おいしいと呟き、目を輝かせる。俺は内心満足げに頷いた。
「情報交換ね。ああ、だからこいつも呼んだのか。……で、コイツが情報屋だったってこと、どこで知った?」
タ・ロウの声音が一変する。葉巻を持つ手の角度を変え、その煙を俺の顔に向けて吐き出した。ブラック・デスの幹部としての威圧感が、一瞬にしてカウンターの空気を凍らせる。薄い青色の瞳に宿った鋭い光が、俺を射抜くように見据えていた。
「私の主から。彼女の存在が、この場所に必要不可欠なピースとなる、と」
「主ねぇ。そいつが誰なのか、今、教えてくんねえよなぁ」
グラスを布で磨きながら、俺はそつなくタ・ロウに微笑みかける。
「今、ブラック・デスがどうなっているのか……聞いても教えてもらえないでしょう、今は。情報を取引していく中で、互いに信頼を積み上げていけばいずれ……ということでよろしいでしょうか」
「ふん。食えねえ野郎だ」
タ・ロウは乱暴に葉巻を灰皿に押し付けた。無造作にゴールドをカウンターに置く。
「つりは入らねぇよ。おい、ラズリー。いくぞ」
「え、うちまだ飲んでる途中やねんけど」
「いいから、こい」
タロウに引っ張られるようにして、ラズリーがカウンターチェアから降りる。
俺は背を向けた2人に向かって軽くお辞儀をした。
「またのお越しをお待ちしております」
言葉にはされなかったが、これでブラック・デスからも協力が得られるだろう。何かあれば、ラズリーも有益な情報を運んできてくれるに違いない。
扉が閉まる音とともに、「黒夜」の仮面をそっと外す。
残されたカクテルグラスから、かすかに月光の香りが漂っていた。