夢見る三対の翼

キャラクターノベル(グループ)制作 影絵 企鵝納品 2025年01月30日 08時34分24秒

 世界に平和が戻っても、否、世界に平和が戻ったからこそ、コルネリウス・アーラの生活は一層多忙を極めていた。伝統ある『黒鋼竜』の家に相応しい流儀を身に着けるための修行は欠かせないものだし、またパンクリアース学園でも履修する単位を増やし、寸暇を惜しんで学業に努めていた。
 コルネはエルフであって、この先には百年単位の長い人生が待っている。しかし、王国に住まう人々も、彼女が縁を結んだ人々も大半がそうではない。だから、彼女はとても悠長にはしていられなかった。
 それでも、年がら年中四六時中身を削っていては身が持たない。時には休息も必要だ。そんな時、コルネは冒険者として過ごした日々で友諠を結んだ人物に会いに行く。皆それぞれに大志を抱いて平和な世界を生きている。そんな彼らから気力を分けてもらって、再び多忙な日々に舞い戻るのだ。

 天高く昇った陽が差し込む、温かいテラス。白木の椅子に腰掛けたコルネは、猛禽のように鋭い眼差しを持つ青年――フリードリヒ・ホーエンバッハと対面していた。彼は貴族界では理詰めで気難しい男と専らの評判。コルネは彼がその評判通りの人物であるとは思っていなかったが、小さな円卓で膝を突き合わせていると思わず背筋が伸びてしまう。
「壮健そうで何よりです。最近はどのように過ごしておられますか」
 淡々とした口振り。コルネはおずおずと口を開いた。
「最近はライゼンナクト領内の孤児院を視察するようになりました。実際にお手伝いさんをしながら、これまでの天災や戦災に巻き込まれてみなしごになってしまった子ども達と触れ合う中で、政治に関われる立場の人間として、その子たちに何をしてあげられるかを考えています」
 彼女がまさに、独りきりの境遇から救い出されて、今や王国公爵の婚約者になるという数奇な運命を歩んだが故に。彼女だけでなく、何人もの孤児を朗らかに育て上げた父のように、自分も恵まれなかった子ども達に手を差し伸べたいと考えたのは至極当然のことだった。
「貴族の世界で生きるための修行を重ね、一廉の知識人となるために学業にも打ち込み、その合間を縫って孤児院の視察とは……貴方の努力を厭わぬ姿勢には頭が下がる思いです」
 そう言って、フリッツは本当に頭を下げた。コルネも彼に合わせてぺこりとお辞儀する。
「いえいえ、一人では成り立たない生活です。アルベイル様や、学園の皆さん、孤児院の保母さんの協力があるから、私は頑張れているんです。フリッツさんも、ご自身の公務の間を縫って、私が課題で書いた小論文に目を通して、色々とご助言してくださっているじゃないですか。本当に助かっているんです」
「……あなたは私の妻と親しくしてくださっているんですから、お力添えするのは当然の事です」
 そう言って、フリッツはちらりと横に目を遣る。円卓には椅子が三つあった。しかし、席についているのはコルネとフリッツの二人だけ、席が一つ空いたままだ。
 奥様はどうされたんですか? 別の伯爵の城に邪魔していたなら、コルネはきっとそう尋ねたところだろう。しかしここではそうしない。わざわざ尋ねるなど野暮だからだ。コルネがフリッツに目配せすると、フリッツは黙って肩を竦めた。
 二人がちょうど話を切り上げた時、キッチンワゴンに茶菓子やらティーポットやら載せたメイドがやってくる。
「ご歓談のところ失礼します。お茶の準備が整いました」
 白い前髪で目元を隠した彼女は、流れるような手つきでティーカップを円卓に並べ、紅茶を注いでいく。
「今日のお茶はフィルエス方面から取り寄せた逸品です。どうぞお楽しみください」
 いかにもメイドらしい他人行儀な口調。しかし、コルネがその声色を聞き間違えるはずもなかった。その身を捻って彼女の顔を覗き込む。澄んだ青色の瞳を捉えて、コルネはくすりと笑った。
「相変わらずですね、ミーナさんは」
「あ、バレちゃった?」
 彼女――ミネルヴァ・フィーギルはにやりと笑う。彼女こそ、コルネの親友の一人であり、フリッツの無二の伴侶だった。コルネも彼女につられて相好を崩し、空の席を指差した。
「これ見よがしに席を一つ空けてるんですもん。気づいてほしくてわざとそうしてるのかと思ってましたよ?」
「ま、バレなかったらバレなかったで寂しいもんね」
 羊毛の白髪ウィッグを脱いでワゴンの下段に押し込めると、彼女はメイド服の裾をつまんでお辞儀する。
「ようこそ『竜妃』コルネリウス様。来訪を心よりお待ちしておりました」
「竜妃だなんて。ま、まだ……そんな」
 コルネは長い耳を紅くして俯く。ミーナはふてぶてしい顔でコルネの肩を抱き、ぐっと引き寄せた。
「ダメダメ、そんな気後れして。私は彼のもの、彼は私のものって、堂々としてなきゃ。誰にも文句言わせないためにね」
「は……はい。ですね……!」
 コルネは何度も頷いた。彼女の有無を言わせず強引に相手を丸め込む力強さ。その勢いに接するだけで、コルネは活力が湧いてくる気がした。ミーナは白い歯を見せると、紅茶を手で示した。
「どうぞ。温かいうちにね」

 紅茶と茶菓子を楽しみながら、コルネ達は様々な話をした。お互いの近況はもちろん、将来に向けてどんな事を学んでいるのか。三人が集まると、大体話はそこに流れていく。
「法学に歴史学に政治学に……改めて聞くと、随分手広く勉強してるんだねえ」
 ミーナが感心したように言うと、コルネは照れ臭そうに髪を撫でつける。
「さすがに、時々頭の中がこんがらがってしまう時がありますね……覚えることにかけては自信があるんですが……」
「もっと文章に書きだしたらどう? 忘れないようにってより、どう覚えておくかを整理するために」
「そうだな」
 ミーナが思いついたように零した言葉に、フリッツも相槌を打つ。
「少なくとも、あなたの学ぼうとする姿勢には目を見張るものがあります。最近では私も書斎から本を引っ張り出さねば答えられない質問もありますから。負けられないと思います」
「フリッツがここまで言うなんて珍しいんだから。自信持っていいよ」
 ミーナがフリッツの分まで胸を張る。コルネはつられて頬が緩むのを感じた。
「ふふ。ありがとうございます」
 思えば、ミーナとフリッツは最初から今までずっと変わらない。貴族だとかエルフだとか冒険者だとか、そんな身分の違いなど意にも介していないようだった。特にミーナは、彼女を親友として受け入れて、明け透けに彼女の内心まで語ってくれた。今自分が夢を掴む道を歩けているのは、彼女達の存在も大きかった。
「私ね、ミーナさん達のことが大好きですよ」
 だから、奇を衒わずに真っ直ぐに、二人への好意を言葉にした。二人は揃って眼を真ん丸にした。それから軽く目配せをする。
「大好き、ですか。有難い評価です。ライゼンナクト公爵も臣民への教育について真剣に考えておられるお方だ。貴方との友諠を通して『黒鋼竜』と繋がりを作ることが出来れば、領地経営により弾みが――」
 早口で世辞を並べ立てるフリッツ。ミーナは呆れ果てた溜め息を零し、その肩をどついて黙らせる。
「何言っちゃってるんです? ここでそんな返事は野暮の塊でしょうが」
 目を三角にしているミーナに、フリッツは口を尖らせた。
「ならキミはどうなんだ? キミは」
「私はそりゃあもう、コルネのことが、コルネのコトが……」
 最初こそ威勢よくコルネの好意に応えようとしたミーナだったが、その頬は一気に赤くなり、あっという間に口ごもる。
「あう……」
 最後には何とも言えない呻き声を残して俯いてしまった。今度はフリッツが溜め息を吐く番だった。
「全く、キミだって素直には口に出来ないんじゃないか」
 そんな二人の姿を見て、コルネは眼を細める。
「息ぴったりですね」
「む……」
 二人は互いを見つめ合う。今更意固地になるほど二人も子どもではなかった。二人はただ肩を竦めると、揃ってコルネに向き直る。
「とにかく。我々も君との関係は好ましいものと思っております。政治的な思惑は抜きにして、この繋がりが絶えず続いてほしいとも。子の代も、孫の代も、ずっと」
「だから、これからも仲良くしましょうってね。子どもが生まれたら挨拶させてね。私達もそうするつもり」
「子ども……」
 コルネも今や無邪気な子どもではなかった。自分の子を抱く姿ばかり想像してはいられない。ミーナがどこか悪戯っぽく視線を送ってくるならなおさらである。コルネは赤くなった耳をへたれさせ、小さく小さく頷いた。
「え、ええ。そうします。必ず……」
「幸せな報告が聞ける日を心待ちにしてるから」
 ミーナは微笑む。彼女の屈託のない表情に、コルネはまた胸がじんわりと温まるのを感じた。自分の夢を叶えるのだと、気持ちを新たにする。コルネの柔和な笑みの向こう側にある星の輝きを見て取ったフリッツは、キッチンワゴンの中からフェルト生地が張られた箱を取り出し、開いてコルネへ差し出す。
「受け取ってください。最高品質の羽根で我が領内で最高の細工師に作らせた品物です。将来の公爵夫人がお持ちになる品物として遜色ないでしょう」
「……きれい」
 コルネは思わず嘆息した。納められていたのは二本の羽根ペン。鴉羽根と鷲羽根が一本ずつ。どちらの羽根も美しく艶出しされて、一種の芸術品にまで昇華されていた。
「鴉と鷲とじゃ筆致が全然違うから、コルネが二本を使い分けるのでもよし、公爵様と仲良く一本ずつ使われるのでもよし、だからね」
 鴉と鷲。ミーナとフリッツの家紋に刻まれた鳥だ。いつでも味方であるという二人の意志の顕れ。コルネは箱に納めると、そっと抱きしめた。
「ありがとうございます。……ずっと大切にします」

 思いがけぬ宝物を受け取り、帰路に就いたコルネ。それ以来、学園でもラヴェルギアでも一層張り切って日々を生きる彼女の姿が見られるようになったという。



 おわり

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0