埋める祈りに根ざす花は、童歌の中に咲く
キャラクターノベル制作 卯佐乃心月納品 2025年01月29日 10時24分14秒
リーンエス王国北西部。シャーフヴルムの地が、乳白色の綿の花で彩られる頃。
旺盛な日差しを避けた一角で、年若い家令長の仕事を見守るようにエリカ・プレトリウスは立っていた。
「お嬢様、いかがでしょうか」
「もう少し、深い方が……いいかしら」
手にしている箱を彼が掘った穴にかざしてエリカが言う。
「かしこまりました」
うっすら浮いた汗をまくったシャツの袖で拭うと、家令長は移植ゴテの柄を握り直した。
エリカの私室からも見えるここは、大切なお姫様がおわす場所。
(花が付く前の今なら、体力があるだろうし、根の近くを掘っても大丈夫、よね)
●
ジャノメエリカの木の傍で、持ってきた硝子の箱を彼に見せたのは寸刻前。
庭に呼び出された家令長は、エリカが手にしている物を目にしてたじろいだ。
右には宝飾品入りの硝子箱、そして左には園芸用の移植ゴテ。
「お嬢様、何を……」
「これを、今からこの木の根元に埋めます」
彼の眼に緊張が走る。
「突然ごめんなさい。けれど貴方には子々孫々に亘って語り継いでほしいのです」
エリカは、儚さが滲む声を強く出して絶対的な意志を彼に見せる。
「この先シュルトハイス家当主……或いはシャーフヴルムの民に困った事があった時、如何様にも使える物が此処にある、と」
そう口にした文言が書かれた紙を一度、家令長に見せてから四つ折りにして彼女は箱の中に入れた。
劣化を防ぐためであろう頑健な硝子箱の中には、銀環の重なりで作られたミズアオイの花を模したブローチが1つ。花の中央には紺碧の宝玉が据えられている。それもただの宝玉ではない。希少性の高いミスラル宝玉だ。
彼は、父から家令長の職を引き継ぐ際に、ブローチの存在と価値を伝え聞いて知っていた。この先いつか、モノの価値が変わるとしても、野草と同等になることはないであろう代物であると。
「私に、ですか……?」
家令長が返答に迷っていると、ざぁっと木立を揺する爽やかな風が吹いた。
風に掬われるようにエリカの桃色の髪が棚引く。一瞬、ジャノメエリカに花が付いたように見えた。
家令長はただ一言、穏やかに言った。
「……お嬢様はそれでよろしいのですね」
その返事に微笑みで応え、少女は背後のジャノメエリカを見上げた。
(私は、亡きお嬢様に似ているだけの、間借りの名の無きわたしだから)
振る舞いを近づけることは出来ても、種族の違いだけはどう手を尽くしても変える事は出来ない。
「……"私がエリカ"で在るには"おかしい年月が流れた時、私には国を出る選択もあります。今エルフの血をこの家に入れようとは思えませんし、そうすればもう数世代は養子などで承継にまごつくかもしれません」
そうとなれば、義両親や夫のように善良な領主が続くとは限らない。
しかしこの家には、代々その治政を陰日向無く支えた家令長がいる。
「ですからこれは、"この家に付いてくれる人間"に託さねばならない。……お願いできますか」
そう願う彼女の姿は、彼の知る妹のような小さな女の子では無かった。
貴族令嬢然とした、眩しいほどに凜々しい姿。
かつての庇護欲が、敬愛に塗り変わっていくのを彼は感じた。
「かしこまりました。ですが私から1点よろしいですか」
「なんですか?」
それは寄せられた信頼に反するかも知れない願い。
けれど、彼女の想いを埋もれさせたままにしないためにも必要なこと。
「埋めた場所を見失わぬよう、目印を植えてもよろしいでしょうか」
――人間の家伝には残念ながら限界があるものだから。
●
「お嬢様、箱を私に」
「いいえ、わたしに入れさせて」
家令長が掘った、幹の傍に出来た穴。
水含みのいい土は、触れるとジャノメエリカへの愛を感じる柔らかさだった。
「それじゃ、土、かぶせますよ」
「はい、お願いします」
土が盛られる毎に透明度を失っていく硝子箱。最後に、剥がしておいた下草のかたまりで封をした。
「……確かに、ここまで綺麗に戻すと見つけるのは難しいですね」
「早急に対応を考えます」
「お願いします」
「何かご希望はございますか?」
「伝えていってくださるのは貴方ですから、お任せします」
かしこまりましたと、恭しく頭を下げる家令長の礼を受けると、エリカも大仕事を見届けてくれたジャノメエリカに一礼をした。
「……在るべきものを、在るべき所へ」
囁くようにこぼれた彼女の声を彼は気づかないふりをした。
家令長にとっての"在るべき所"は、幼い記憶に残る影や肖像画では無いのだ。昔からこの家と領民に心を砕く、目の前の少女なのだ。
「さ、陽が陰ってまいりました。お体を冷やしますよ、お先にお戻りを。お茶をご用意いたしましょう」
「ありがとうございます」
屋敷へ戻るエリカの背に、彼は小さな願いをかける。
(どうか、お嬢様のために咲く花がありますよう)
花を待つジャノメエリカ。
掘られた足下を撫でるよう、涼風が小枝を揺らした。
旺盛な日差しを避けた一角で、年若い家令長の仕事を見守るようにエリカ・プレトリウスは立っていた。
「お嬢様、いかがでしょうか」
「もう少し、深い方が……いいかしら」
手にしている箱を彼が掘った穴にかざしてエリカが言う。
「かしこまりました」
うっすら浮いた汗をまくったシャツの袖で拭うと、家令長は移植ゴテの柄を握り直した。
エリカの私室からも見えるここは、大切なお姫様がおわす場所。
(花が付く前の今なら、体力があるだろうし、根の近くを掘っても大丈夫、よね)
●
ジャノメエリカの木の傍で、持ってきた硝子の箱を彼に見せたのは寸刻前。
庭に呼び出された家令長は、エリカが手にしている物を目にしてたじろいだ。
右には宝飾品入りの硝子箱、そして左には園芸用の移植ゴテ。
「お嬢様、何を……」
「これを、今からこの木の根元に埋めます」
彼の眼に緊張が走る。
「突然ごめんなさい。けれど貴方には子々孫々に亘って語り継いでほしいのです」
エリカは、儚さが滲む声を強く出して絶対的な意志を彼に見せる。
「この先シュルトハイス家当主……或いはシャーフヴルムの民に困った事があった時、如何様にも使える物が此処にある、と」
そう口にした文言が書かれた紙を一度、家令長に見せてから四つ折りにして彼女は箱の中に入れた。
劣化を防ぐためであろう頑健な硝子箱の中には、銀環の重なりで作られたミズアオイの花を模したブローチが1つ。花の中央には紺碧の宝玉が据えられている。それもただの宝玉ではない。希少性の高いミスラル宝玉だ。
彼は、父から家令長の職を引き継ぐ際に、ブローチの存在と価値を伝え聞いて知っていた。この先いつか、モノの価値が変わるとしても、野草と同等になることはないであろう代物であると。
「私に、ですか……?」
家令長が返答に迷っていると、ざぁっと木立を揺する爽やかな風が吹いた。
風に掬われるようにエリカの桃色の髪が棚引く。一瞬、ジャノメエリカに花が付いたように見えた。
家令長はただ一言、穏やかに言った。
「……お嬢様はそれでよろしいのですね」
その返事に微笑みで応え、少女は背後のジャノメエリカを見上げた。
(私は、亡きお嬢様に似ているだけの、間借りの名の無きわたしだから)
振る舞いを近づけることは出来ても、種族の違いだけはどう手を尽くしても変える事は出来ない。
「……"私がエリカ"で在るには"おかしい年月が流れた時、私には国を出る選択もあります。今エルフの血をこの家に入れようとは思えませんし、そうすればもう数世代は養子などで承継にまごつくかもしれません」
そうとなれば、義両親や夫のように善良な領主が続くとは限らない。
しかしこの家には、代々その治政を陰日向無く支えた家令長がいる。
「ですからこれは、"この家に付いてくれる人間"に託さねばならない。……お願いできますか」
そう願う彼女の姿は、彼の知る妹のような小さな女の子では無かった。
貴族令嬢然とした、眩しいほどに凜々しい姿。
かつての庇護欲が、敬愛に塗り変わっていくのを彼は感じた。
「かしこまりました。ですが私から1点よろしいですか」
「なんですか?」
それは寄せられた信頼に反するかも知れない願い。
けれど、彼女の想いを埋もれさせたままにしないためにも必要なこと。
「埋めた場所を見失わぬよう、目印を植えてもよろしいでしょうか」
――人間の家伝には残念ながら限界があるものだから。
●
「お嬢様、箱を私に」
「いいえ、わたしに入れさせて」
家令長が掘った、幹の傍に出来た穴。
水含みのいい土は、触れるとジャノメエリカへの愛を感じる柔らかさだった。
「それじゃ、土、かぶせますよ」
「はい、お願いします」
土が盛られる毎に透明度を失っていく硝子箱。最後に、剥がしておいた下草のかたまりで封をした。
「……確かに、ここまで綺麗に戻すと見つけるのは難しいですね」
「早急に対応を考えます」
「お願いします」
「何かご希望はございますか?」
「伝えていってくださるのは貴方ですから、お任せします」
かしこまりましたと、恭しく頭を下げる家令長の礼を受けると、エリカも大仕事を見届けてくれたジャノメエリカに一礼をした。
「……在るべきものを、在るべき所へ」
囁くようにこぼれた彼女の声を彼は気づかないふりをした。
家令長にとっての"在るべき所"は、幼い記憶に残る影や肖像画では無いのだ。昔からこの家と領民に心を砕く、目の前の少女なのだ。
「さ、陽が陰ってまいりました。お体を冷やしますよ、お先にお戻りを。お茶をご用意いたしましょう」
「ありがとうございます」
屋敷へ戻るエリカの背に、彼は小さな願いをかける。
(どうか、お嬢様のために咲く花がありますよう)
花を待つジャノメエリカ。
掘られた足下を撫でるよう、涼風が小枝を揺らした。