英雄の条件
キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2021年02月04日 18時39分00秒
●街外れ
「それはつまり、当家に臣従なさる覚悟と捉えて宜しいですか?」
こういうのも、当てが外れた……と、言うのだろうか。
『父の教えの元に』エルゼリオ・レイノーラは一人ぽつぽつと歩きながら悩んでいた。
とある依頼を通して自らの未熟を思い知った。これは良い。仕方ないと割り切れる。
剣技にせよ、身体能力にせよ。上には上が居る。特訓を積まなければいけない。これも良い。
けれど、我流では今自分が突き当たっている壁が超えられる気がまるでしない。
身近に居る強い人に指南を頼む……という方向性は、思いついた時は名案に思えたのだけれど。
「流石に、勝手に余所に登用されたら怒られるよね……」
何の為に家を出奔してまで世界を見て回ろうと思ったか――――と言う話だ。
よくよく考え直してみれば、確かに指南となれば手の内を明かすことになるのだろう。
そして何時、どこで敵対するかも分からない相手に手札を晒すなど騎士に在るまじき行いだ。
理屈は理解出来たし問題を解消する方法も分かった。が、幾ら何でもそれは重過ぎる。
「……この辺かな」
城塞都市『ノストガルデン』。王国最北端の大商都であり、帝国との国境。
その街外れ、と言って良い区画には、まともな邸宅を持てない程度の身分の人間に向けて。
あばら家としか呼べないような古民家が軒を連ねている。所謂、スラムの一歩手前だ。
それでも、流石は辺境伯直下の街だけあって治安は決して悪くない。
夜間はともかくとして、日が照る内は子供が表を出歩ける程度だ。良く治められている。
一瞥してそんなことを考えながら、エルゼリオは渡された綿紙に視線を落とす。
“どうしても強くなりたいなら”と紹介されたその家は、古びていた。
年代を重ねて滲み出る貫禄、の様なものではなく。ごくごく単純に古くて草臥れた家だ。
一番端的な表現をするなら――――家族にも見捨てられた酒浸りの没落貴族でも住んでそうな。
「――――人の家の前で何してやがる」
低く。静かに重い声が響き思わず身構える。……透視? 声は、明らかに家の中からだった。
エルゼリオとて相応に鍛錬を積み経験を重ねた冒険者だ。こういう場所で完全に油断はしない。
にも関わらず、一体何で自分の存在を気取られたのか分からない。
不可解な。或いは、何処となく嫌な感触を受けて古い家の扉に手を掛ける。
「……っ、あ……れ。あ! うわ、やっぱり歪んでるし!」
扉が異様に重い。と思えば玄関扉を支える柱が歪んでいた。立て付けが悪いどころではない。
がったんがったんと四苦八苦して扉を開けると、玄関を上がれば僅か一室の小さな家。
その部屋の中央に座していたのは、白が斑に混じった銀の髪の老人だ。
「静かにしろ。ンなにがたがた鳴らさねえと入れねえのか小僧」
響いた声音は鋭く。冷たく。低くて重い。先刻声を掛けてきたのはこの人物だと確信する。
けれど同時にどう見ても強そうには見えない。長い髭が目につくが、あくまで痩せた老人だ。
「あ、えっと。辺境伯領執政府からの紹介で――――」
とりあえず、挨拶を。と思った次の瞬間、銀の光が閃いた。
切っ先が眼前に突き付けられ、その先端が両眼の間に在ることに一拍置いて今更気付く。
「――――――」
声が出なかった。速い。とか、そういう次元ではない。単純に見えなかった。
老人が向けているのは片手半剣だ。逆手には鞘。
けれど、昨今出回っている刀と違い、剣を鞘走らせてもそれほど加速などしない。
だったら、今のは。抜きの速さだけ? それだけでエルゼリオの動体視力を上回った?
「帰れ。ああいや、あの糞餓鬼共に伝えろ。つまらん仕事で呼ぶな、とな」
呆れた様な声ではあるが、親しみの様なものはまるでない。ただ冷たく、無慈悲に硬い。
けれど、老人が纏う雰囲気は何処か――――彼の良く知る、父親に似ていた。
●エルゼリオの挑戦
「おじいさーん! こんにちはー!」
「黙れ桃色小僧。二度と来るな」
――――初対面より二週間が過ぎた。
この間、態々宿を取ってまで連日連夜通い詰めたエルゼリオである。
呼び名もただの小僧から桃色小僧にランクアップしたが、これと言って何も教わっていない。
「もう、おじいさんが油させばもっと簡単に開けられるのになあ」
「俺ァ未だ61だっつってンだろうが。殺すぞ」
けれど、幾度かのやりとりで分ったこともある。件の老人は口が悪い。
彼の父と比べれば普段こそ物静かだが、一度声を上げれば良い勝負だと言えた。
けれど、性格の方は口ほどではない様だ。初対面以降、命の危機に瀕したことは無い。
本当に邪魔だと思えば躊躇なく斬り捨てるのだろうが、それは実害あればこそ。
こうして通っている限りにおいては、少しばかり柄が悪い老人……
――――いや、改めて審議してみたけれどやっぱり61歳はおじいさん――――に、過ぎない。
「それじゃあ今日は寝具を洗おうかな」
「洗うな」
「天気も良いし。ボクだって家を出て大分経つんだからこれくらい」
「洗うな」
寝具を引っ剥がして家の外に運び出そうとしても、別に止める訳ではない。
家から出ないからこの位しか話題がないけれど、それはただそれだけのこと。
2週間せっせと家を片付け続けたお陰で、古びた部屋は多少小綺麗な古びた部屋。
くらいには見られる物になってきていた。此処まで来たらエルゼリオだって引けないのだ。
「水を汲みに行かないといけないのが、少しだけ面倒なんだよね……」
近場の井戸から金桶を両手に提げて帰ってくると、この日は何故か老人が外に出ていた。
珍しい、と思いこそすれ。家の外まで運んだ寝具を洗おうとした、その背中に。
「何しに来た」
掛けられた声に思わず振り返る。それは、老人が自発的に放った初めての会話の糸口だ。
何をしに。勿論、今日は寝具を洗いに来た訳だが、多分そういう意図ではない。
見た所、冗談が全く通じないとも思わないが。けれど、エルゼリオも暇な訳ではない。
意を決して、何をしにきたのかを直球で投げる。
「強くなりたい」
「何故に」
「ボクが未熟な所為で、大勢の人に迷惑がかかるところだった」
それは、最初から心に秘めていた想いだ。問われればすぐさま応えられた。
そして漸く。エルゼリオを見つめる老人が、その死角に剣を携えていることに気付く。
今、この問答が件の老人の見込みに適う物でなかったなら。
自分はどうなっていたのだろう――――と。そんな思考が一瞬過ぎるも。
「……付いてこい」
ただ一言告げて歩み行く老人へ、寝具の洗濯も半端なまま慌ててその背を追いかける。
一体どんな心変わりがあったのか。それはまるで分からない。
けれど――――予感がした。それは焦燥にも近い理解不能のざわめきだった。
この路で、間違ってはいない。ならその先に、一体何が在るのか。
それを見ないことには、帰れない。
●暗転
城塞都市『ノストガルデン』は山岳地帯に築かれた城壁で囲まれた天然の要害だ。
その外には岩場が広がり、足場も悪く死角も多い。これほど立ち会いに向かない地形も無い。
けれど、老人はその場で鞘に入ったままの片手半剣を構えて立っていた。
「構えろ」
告げる言葉は端的で剣呑だ。エルゼリオもまた言われるまま。愛剣を抜き放ち正眼に構える。
切っ先から一歩半の間合いがあった。
彼と大差ない――――男性にしては小柄な老人からも、やはり一歩半あったろう。
けれど、それが残り半歩に縮まった時。エルゼリオは全く動けなかった。
縮まった、と言う出来事だけがまるで一拍置き去りにされた様に。後から脳裏で閃いた。
鞘に収まった剣先は喉から半歩の距離に在り、エルゼリオの側は死に体と化していた。
――――――何が、起きた?
漸く、今。彼は自分が死んだ事に気付いていた。
抜身の切っ先で、其処に殺意が載っていたなら。エルゼリオは喉を貫かれ死んでいた。
「見えたか」
頭を振る。いや、正確には見えていた。剣先を向けて滑る様に進み出る老人の姿。
視覚には映っていた。映っていたから思い出せる。けれど、反応出来なかった。
「今の……何?」
何かは分からない。けれど、何かを見せられたのだと言うことだけが分かっていた。
遠過ぎてまるで見通せない。遥か、遥か先。武技の、極点の類にある技巧を。
「一度しか言わねえ、桃色小僧よ。俺達は”此処”まで来ても何もかもは守れねえンだ」
けれど。続く言葉はまるで頭を強く殴られるような衝撃と共に響く。
「個には限界がある。英雄だ魔人だ、大陸には両手の指より多い怪物が居るがよ。
そいつらが居ようと居まいと国も世界も小揺るぎもしねえ。それが事実だ」
自分よりも遥かに先行く老人が、力の無力を語る。その光景は異様な物だった。
認める、認めないではない。どれほど認めたくなかろうと――――異論を挟む権利が、無い。
「そんなもンと競い合おうってなら。お前も英雄になるしかねえが。
……――――それがどういう意味か、分かってンのか?」
分かる、訳がない。訳がないと分かっていて問う老人はあまりにも悪辣だった。
息を呑む。奥歯を噛む。自分を確かに保って、その感情を鎧う。
「良いじゃねえか、迷惑かけようが国は倒れねえ。大陸は健在だ。世界も滅びねえ。
今出来る精一杯を実行した。それで何故悪い。何処に問題が在る。それが――――」
違う。と、心の最も深い所が叫ぶ。違う。違う。違う違う違う違う。
そんな考え方は正しくない。無力を認めて、諦めてしまえば簡単だ。けれど――――
「人間らしく生きるってことだぜ」
断言と共に、老人が背を向ける。今、その背を追っても何も出来ない。
何も出来ないことが、分かってしまう。手に提げた祭剣が重く。何故かとても。とても重く。
――――この日、エルゼリオは始めて。英雄と呼ばれる者と出会った。
「それはつまり、当家に臣従なさる覚悟と捉えて宜しいですか?」
こういうのも、当てが外れた……と、言うのだろうか。
『父の教えの元に』エルゼリオ・レイノーラは一人ぽつぽつと歩きながら悩んでいた。
とある依頼を通して自らの未熟を思い知った。これは良い。仕方ないと割り切れる。
剣技にせよ、身体能力にせよ。上には上が居る。特訓を積まなければいけない。これも良い。
けれど、我流では今自分が突き当たっている壁が超えられる気がまるでしない。
身近に居る強い人に指南を頼む……という方向性は、思いついた時は名案に思えたのだけれど。
「流石に、勝手に余所に登用されたら怒られるよね……」
何の為に家を出奔してまで世界を見て回ろうと思ったか――――と言う話だ。
よくよく考え直してみれば、確かに指南となれば手の内を明かすことになるのだろう。
そして何時、どこで敵対するかも分からない相手に手札を晒すなど騎士に在るまじき行いだ。
理屈は理解出来たし問題を解消する方法も分かった。が、幾ら何でもそれは重過ぎる。
「……この辺かな」
城塞都市『ノストガルデン』。王国最北端の大商都であり、帝国との国境。
その街外れ、と言って良い区画には、まともな邸宅を持てない程度の身分の人間に向けて。
あばら家としか呼べないような古民家が軒を連ねている。所謂、スラムの一歩手前だ。
それでも、流石は辺境伯直下の街だけあって治安は決して悪くない。
夜間はともかくとして、日が照る内は子供が表を出歩ける程度だ。良く治められている。
一瞥してそんなことを考えながら、エルゼリオは渡された綿紙に視線を落とす。
“どうしても強くなりたいなら”と紹介されたその家は、古びていた。
年代を重ねて滲み出る貫禄、の様なものではなく。ごくごく単純に古くて草臥れた家だ。
一番端的な表現をするなら――――家族にも見捨てられた酒浸りの没落貴族でも住んでそうな。
「――――人の家の前で何してやがる」
低く。静かに重い声が響き思わず身構える。……透視? 声は、明らかに家の中からだった。
エルゼリオとて相応に鍛錬を積み経験を重ねた冒険者だ。こういう場所で完全に油断はしない。
にも関わらず、一体何で自分の存在を気取られたのか分からない。
不可解な。或いは、何処となく嫌な感触を受けて古い家の扉に手を掛ける。
「……っ、あ……れ。あ! うわ、やっぱり歪んでるし!」
扉が異様に重い。と思えば玄関扉を支える柱が歪んでいた。立て付けが悪いどころではない。
がったんがったんと四苦八苦して扉を開けると、玄関を上がれば僅か一室の小さな家。
その部屋の中央に座していたのは、白が斑に混じった銀の髪の老人だ。
「静かにしろ。ンなにがたがた鳴らさねえと入れねえのか小僧」
響いた声音は鋭く。冷たく。低くて重い。先刻声を掛けてきたのはこの人物だと確信する。
けれど同時にどう見ても強そうには見えない。長い髭が目につくが、あくまで痩せた老人だ。
「あ、えっと。辺境伯領執政府からの紹介で――――」
とりあえず、挨拶を。と思った次の瞬間、銀の光が閃いた。
切っ先が眼前に突き付けられ、その先端が両眼の間に在ることに一拍置いて今更気付く。
「――――――」
声が出なかった。速い。とか、そういう次元ではない。単純に見えなかった。
老人が向けているのは片手半剣だ。逆手には鞘。
けれど、昨今出回っている刀と違い、剣を鞘走らせてもそれほど加速などしない。
だったら、今のは。抜きの速さだけ? それだけでエルゼリオの動体視力を上回った?
「帰れ。ああいや、あの糞餓鬼共に伝えろ。つまらん仕事で呼ぶな、とな」
呆れた様な声ではあるが、親しみの様なものはまるでない。ただ冷たく、無慈悲に硬い。
けれど、老人が纏う雰囲気は何処か――――彼の良く知る、父親に似ていた。
●エルゼリオの挑戦
「おじいさーん! こんにちはー!」
「黙れ桃色小僧。二度と来るな」
――――初対面より二週間が過ぎた。
この間、態々宿を取ってまで連日連夜通い詰めたエルゼリオである。
呼び名もただの小僧から桃色小僧にランクアップしたが、これと言って何も教わっていない。
「もう、おじいさんが油させばもっと簡単に開けられるのになあ」
「俺ァ未だ61だっつってンだろうが。殺すぞ」
けれど、幾度かのやりとりで分ったこともある。件の老人は口が悪い。
彼の父と比べれば普段こそ物静かだが、一度声を上げれば良い勝負だと言えた。
けれど、性格の方は口ほどではない様だ。初対面以降、命の危機に瀕したことは無い。
本当に邪魔だと思えば躊躇なく斬り捨てるのだろうが、それは実害あればこそ。
こうして通っている限りにおいては、少しばかり柄が悪い老人……
――――いや、改めて審議してみたけれどやっぱり61歳はおじいさん――――に、過ぎない。
「それじゃあ今日は寝具を洗おうかな」
「洗うな」
「天気も良いし。ボクだって家を出て大分経つんだからこれくらい」
「洗うな」
寝具を引っ剥がして家の外に運び出そうとしても、別に止める訳ではない。
家から出ないからこの位しか話題がないけれど、それはただそれだけのこと。
2週間せっせと家を片付け続けたお陰で、古びた部屋は多少小綺麗な古びた部屋。
くらいには見られる物になってきていた。此処まで来たらエルゼリオだって引けないのだ。
「水を汲みに行かないといけないのが、少しだけ面倒なんだよね……」
近場の井戸から金桶を両手に提げて帰ってくると、この日は何故か老人が外に出ていた。
珍しい、と思いこそすれ。家の外まで運んだ寝具を洗おうとした、その背中に。
「何しに来た」
掛けられた声に思わず振り返る。それは、老人が自発的に放った初めての会話の糸口だ。
何をしに。勿論、今日は寝具を洗いに来た訳だが、多分そういう意図ではない。
見た所、冗談が全く通じないとも思わないが。けれど、エルゼリオも暇な訳ではない。
意を決して、何をしにきたのかを直球で投げる。
「強くなりたい」
「何故に」
「ボクが未熟な所為で、大勢の人に迷惑がかかるところだった」
それは、最初から心に秘めていた想いだ。問われればすぐさま応えられた。
そして漸く。エルゼリオを見つめる老人が、その死角に剣を携えていることに気付く。
今、この問答が件の老人の見込みに適う物でなかったなら。
自分はどうなっていたのだろう――――と。そんな思考が一瞬過ぎるも。
「……付いてこい」
ただ一言告げて歩み行く老人へ、寝具の洗濯も半端なまま慌ててその背を追いかける。
一体どんな心変わりがあったのか。それはまるで分からない。
けれど――――予感がした。それは焦燥にも近い理解不能のざわめきだった。
この路で、間違ってはいない。ならその先に、一体何が在るのか。
それを見ないことには、帰れない。
●暗転
城塞都市『ノストガルデン』は山岳地帯に築かれた城壁で囲まれた天然の要害だ。
その外には岩場が広がり、足場も悪く死角も多い。これほど立ち会いに向かない地形も無い。
けれど、老人はその場で鞘に入ったままの片手半剣を構えて立っていた。
「構えろ」
告げる言葉は端的で剣呑だ。エルゼリオもまた言われるまま。愛剣を抜き放ち正眼に構える。
切っ先から一歩半の間合いがあった。
彼と大差ない――――男性にしては小柄な老人からも、やはり一歩半あったろう。
けれど、それが残り半歩に縮まった時。エルゼリオは全く動けなかった。
縮まった、と言う出来事だけがまるで一拍置き去りにされた様に。後から脳裏で閃いた。
鞘に収まった剣先は喉から半歩の距離に在り、エルゼリオの側は死に体と化していた。
――――――何が、起きた?
漸く、今。彼は自分が死んだ事に気付いていた。
抜身の切っ先で、其処に殺意が載っていたなら。エルゼリオは喉を貫かれ死んでいた。
「見えたか」
頭を振る。いや、正確には見えていた。剣先を向けて滑る様に進み出る老人の姿。
視覚には映っていた。映っていたから思い出せる。けれど、反応出来なかった。
「今の……何?」
何かは分からない。けれど、何かを見せられたのだと言うことだけが分かっていた。
遠過ぎてまるで見通せない。遥か、遥か先。武技の、極点の類にある技巧を。
「一度しか言わねえ、桃色小僧よ。俺達は”此処”まで来ても何もかもは守れねえンだ」
けれど。続く言葉はまるで頭を強く殴られるような衝撃と共に響く。
「個には限界がある。英雄だ魔人だ、大陸には両手の指より多い怪物が居るがよ。
そいつらが居ようと居まいと国も世界も小揺るぎもしねえ。それが事実だ」
自分よりも遥かに先行く老人が、力の無力を語る。その光景は異様な物だった。
認める、認めないではない。どれほど認めたくなかろうと――――異論を挟む権利が、無い。
「そんなもンと競い合おうってなら。お前も英雄になるしかねえが。
……――――それがどういう意味か、分かってンのか?」
分かる、訳がない。訳がないと分かっていて問う老人はあまりにも悪辣だった。
息を呑む。奥歯を噛む。自分を確かに保って、その感情を鎧う。
「良いじゃねえか、迷惑かけようが国は倒れねえ。大陸は健在だ。世界も滅びねえ。
今出来る精一杯を実行した。それで何故悪い。何処に問題が在る。それが――――」
違う。と、心の最も深い所が叫ぶ。違う。違う。違う違う違う違う。
そんな考え方は正しくない。無力を認めて、諦めてしまえば簡単だ。けれど――――
「人間らしく生きるってことだぜ」
断言と共に、老人が背を向ける。今、その背を追っても何も出来ない。
何も出来ないことが、分かってしまう。手に提げた祭剣が重く。何故かとても。とても重く。
――――この日、エルゼリオは始めて。英雄と呼ばれる者と出会った。