パチモンスリープ
キャラクターノベル制作 革酎納品 2025年01月04日 09時23分21秒
●
リーンエス王国内某所、その建屋内。
そこは、市井の民に政の何たるかを基礎から教える学び舎として知られている場所だ。
ナハティガル=ラーは自身が連れてきたひとりのハーフビーストを、その教壇上に立たせた。
「皆に紹介する。彼の名は、卑華王。今後は俺の部下として、ここで教鞭を振るって貰うことになる。しっかりと彼から学んで欲しい」
ざわつく生徒達。
それもそうだろう。
皆の前に立つその男は、外見だけを捉えれば余りに奇怪だったからだ。
全身が真っ黄色に染まっているスキンヘッド且つ半裸のマッチョ。
つぶらな瞳と赤いほっぺだけでも相当にインパクト大なのだが、更に加えて角なのかただの突起物なのかよく分からないものが頭頂の左右から天に向かってふたつ、突き出ている。
多分耳か。
それも、三角形の耳。猫耳かネズミ耳か、捉え方はひとに依る。
そして尾てい骨からは稲妻のようにギザギザと波打った尾が伸びていた。小動物が生やしているなら可愛いのひと言で済むが、この奇怪な半裸マッチョのケツからとなると、それだけで魔獣のナニかを連想させる。
ナハティガルは卑華王の来歴について軽く説明を加えた。
シルトラース帝国崩壊後に発足した民間武装組織ロモズ歩兵団に於いて、遊兵6番隊の長を務めていた過去があるナハティガル。その彼の副長として大車輪の活躍を見せたのが、この卑華王だ。
帝都奪還後の現在に於いてはナハティガルはロモズ歩兵団を去っているのだが、その際、卑華王が遊兵6番隊の隊長職を引き継いだ。
その卑華王を、ナハティガルが運営責任者として諸々の職務に当たっているこの学び舎に、今度は教員のひとりとしてヘッドハンティングしてきたという話であった。
生徒達の間に困惑と動揺が広がる。
その大半は、
「え、大丈夫なの? 本当にあのマッチョ、ひとに物を教えられんの?」
「っていうか、見てるだけで噴き出しそうになるんですけど、笑いを堪えるのも勉強のうち?」
「あー、アレだ。きっとナハティガル先生独特のギャグだ、これ」
などなど、結構散々な反応だった。
しかし、ナハティガルは大真面目だった。
(問題無い。卑華王ならばやってくれる筈だ)
そう信じて疑わなナハティガル。彼と生徒達との間では割りと温度差が激しいのだが、本人はその辺は敢えて気にしないことにした。
「御紹介に与りました、卑華王で御座います」
黄色い巨漢が朗々とした声を発した。
実はナハティガル、卑華王がまともにひとの言葉を発することが出来る様になっていたのを知ったのは、つい最近の話だった。
以前はヴィハヴィハという妙な発音の独特な言語を駆使しており、それでも不思議と意思疎通が出来ていたのだが、それも今となっては懐かしい。
卑華王曰く、遊兵6番隊長を務める上で卑華一族の言語そのままでは流石に色々と問題が多かったということで、割りと真面目に一般的な人間の言語を必死こいて学んだのだという。
(流石だ卑華王。情報戦術や商業、政治の知識に長けているだけではなく、集団を掌握する為に何が必要なのかをしっかりと心得ている。これならば我が君主もきっと気に入ってくれるだろう……多分)
何となく自信が持てなかったのは、卑華王の外観や言動が余りにキャッチーでエキセントリックで、場合によっては若干サンシャインなイメージがあったからなのだが、その辺はまぁ何とかなるだろう。
多分。
●
およそ一カ月程前のこと。
帝都シルトラース奪還戦から数年が経過し、黒鋼竜護衛士として何かと忙しい日々を過ごしていたナハティガルは、帝国との国境付近に当たる山岳地帯に於いて遠征任務に就くことがあった。
(この辺を歩くのも、随分と懐かしい)
かつてロモズ歩兵団の一員として行動していたナハティガルは、今回の遠征先が同歩兵団の現在の本拠地である山岳集落群カルケルーア・ロモズに程近いことを思い出した。
遠征任務完了後は数日の休暇が貰えることになっていたナハティガル。そこで彼は、久々にカルケルーア・ロモズに顔を出し、同地の現状や、自身が去った後のロモズ歩兵団、或いは遊兵6番隊がどうなっているのかを見てみようと思い立った。
そうしてナハティガルがカルケルーア・ロモズ南集落にあるロモズ歩兵団の隊舎を訪れると、多くの歩兵団員らが笑顔で出迎えてくれた。
ロモズ歩兵団自体は現在、カルケルーア・ロモズやその周辺を守る自警団組織的な立ち位置で行動しているらしいのだが、戦闘集団としての実力や団結力は然程に失われておらず、今も民間武装組織としては非常に高いレベルを維持していることを伺わせた。
ここでナハティガルは各隊の隊長室や事務局などが入っている隊舎へと足を延ばした。
実のところ、自警団としての機能を前面に押し出す様になってからは、遊兵の隊組織としての形は縮小傾向にあるという。
もともと情報収集や斥候、戦場での遊撃的な役割を任されている兵種であった為、自警団としての機能が求められる様になった現在では、それらの能力が必要とされる場面は著しく減少したのである。
その結果、遊兵自体も隊数を大きく減らしており、かつてナハティガルが率いていた遊兵6番隊は別の隊に組み入れられていた。
となると、気になるのがナハティガルの後継として遊兵6番隊を率いていた卑華王の去就である。
彼は今、どこで何をしているのだろうか。
「あぁ、卑華王の兄貴なら財務関係の事務方で働いてらっしゃいますよ」
かつての部下が、そう教えてくれた。
ナハティガルは内心で成程と頷き返した。
卑華王は授恵者ではあるが、もともとは優れた商人でもあった。
彼は何より数字に強く、物品購入のあれこれや税金関係には滅茶苦茶うるさいのだという。
この時、ナハティガルは咄嗟に思った。
(彼を……うちの学び舎に招聘したい)
現在ナハティガルが運営責任者として多くの市井民に政の基礎を教えている学び舎では、教員側の人員が充実しているとはいえない状況にあった。
特に税金や財務周辺の知識に長けた者は余り多くなかった為、少し悩ましい状況に陥っていた。
政治に於いて、税金は切っても切り離せない絶対の課題だ。
そもそも先立つ物が無ければ政など不可能である。多くの民から如何にして税を集め、如何にして再分配するのか。
行政や施策といった形で税を還元するには、その根本である数字のマジックを根底で理解しておく必要があるのだが、卑華王はその点についてはまさにうってつけの人物だといえる。
ナハティガルは、もう何が何でも卑華王を連れ帰りたくなってしまった。
喉から手が出るという表現があるが、この時程に相応しいタイミングは中々無いであろう。
但し、卑華王は外見がまぁまぁというか、かなりアレな人物でもある。
果たして、ナハティガルが仕える君主が受け入れてくれるだろうか。
(いや……卑華王の実力は折り紙つきだ。きっと受け入れて貰えるだろう……多分)
最初は強気だったが、最後の方で少し自信がヘタレ気味になった。
ナハティガルにしては、珍しい程の弱気だった。
裏を返せば、卑華王の見た目や言動が余りにアレでアレ過ぎるからなのだが。
●
ともあれ、卑華王本人とまずは話してみなくてはならぬということで、ナハティガルはロモズ歩兵団隊舎の事務局へと足を運んだ。
多くの歩兵団員が真面目に事務仕事を進めている中で、ひとり真っ黄色の巨漢が眼鏡をかけて請求書や領収書などを手早く捌いている光景は、ちょっとした怪奇現象に見えなくもなかった。
(これは中々、見慣れるまでに時間が必要だな)
そんなことを思っていると、卑華王がナハティガルの姿に気付いたらしく、のっそりと立ち上がって笑顔で歩を寄せてきた。
「これはこれは、お久しぶりで御座います」
この瞬間、ナハティガルは耳を疑った。
卑華王が普通に喋っている。
以前ならば、
「ヴィーヴィーハァハァー」
と口走っていた筈なのだが、一体どういうことであろう。
ナハティガルが随分と口調が変わったな、などと相当にオブラートに包んだ表現で訊いてみると、卑華王は頬を赤らめて頭を掻いた。
「一所懸命、勉強しました」
いわせんなよ恥ずかしい、とばかりに照れまくる卑華王。
傍から見ると、この黄色いマッチョが少女の様な仕草で照れている姿の方が、
「我々は一体何を見せられているのか」
と思えてしまうのだが、そこはナハティガルもぐっと我慢して、変に口走らない様に頑張った。
しかし今は、そんなことをいっている場合ではない。
ナハティガルは久々の再会を喜ぶ挨拶を交わし、互いの近況を語り合ったところで僅かに声を潜めた。
「実は折り入って相談があるのだが」
この後、ふたりは旧遊兵6番隊長個室へと場所を移した。
今ではただの物置と化している同室だったが、椅子やテーブルはまだ残されていた為、個人的な相談を持ち掛ける場としては十分に機能する。
そこでナハティガルは自身が運営責任者として携わっている政の学び舎について説明し、卑華王をそこへ是非とも招聘したい旨を告げた。
これに対し卑華王はふたつ返事で、
「よござんす。お受け致しましょう」
と簡単に応じた。
余りに順調に話が進んでしまった為、逆にナハティガルの方が不安に感じてしまった。
ところが卑華王は、遊兵各隊の縮小が決まった段階で、いずれはロモズ歩兵団を去ろうと考えていたというのである。その為、今回のナハティガルからの申し入れは渡りに船だったということらしい。
「お求め頂ければ、すぐにでもどこにでも馳せ参じるのが卑華一族でございます」
まるでどこかの隊商販売の様な口ぶりだったが、これが彼の本懐なのだろう。
であれば、その心意気に頼らせて貰うべきだ。
「感謝する。卑華王の力を存分に発揮出来る舞台を整えてみせよう」
そうしてふたりは、互いに頷き合った。
●
そして、現在。
卑華王は税や財務に関する講義を受け持っているのだが、ナハティガルがたまたまその講義時間に覗きに来ると、結構な人数が居眠りしていた。
彼らはいずれもぐっすりと熟睡しているのだが、どうやら卑華王の解説の声が子守唄の様に心地良く、何の抵抗も出来ないうちに眠りに落ちてしまったとかどうとか。
別段、エーテルを駆使した何らかの技という訳でもなく、本当にただ眠たくなってしまったということらしいのだが、どれだけつまらない講義だったのだろうか。
実は卑華王、わざと眠たくなる様な講義を実施し、真に優秀な者をまず選別しようとしていたらしい。
彼の講義の出席希望者は誰もが数字に強いなどと申し入れてきたとのことだが、本当にそうなのかと疑った卑華王は、紛い物を篩い落とすために、数字に詳しい者でなければ大体聞いているだけで眠たくなってしまう講義を続けているのだとか。
「成程……それで、選別は出来たのか?」
ナハティガルの問いに、卑華王はふんぞり返って頷き返した。ついでに大胸筋をぴくぴく動かしていたが、これは余り意味が無い。
「しかし随分と斬新な手法だな。わざと居眠りさせて、実力の無い者や口だけの者を篩にかけるとは」
「私は目利きにも自信が御座います故、この手法の効果にも御満足頂けると自負しております」
卑華王が用いたこの手法は、他の講義担当者の間でも噂となり、一部の教員は同じ様に篩にかける者が居たとか居ないとか。
そして、紛い物を眠らせるという状況から、この手法はパチモンスリープと呼ばれる様になった。
どこかで聞いたことがあった様な気もしたが、ナハティガルは気にしないことにした。
恐らく変に突っ込んだら、卑華王が烈火の如く怒り出す様な気がしたからだ。
尚、仕事が忙し過ぎて逆に不眠症に陥ったことがあるナハティガルも、本当に卑華王のパチモンスリープに効果があるのかと自ら体を張って試してみた。
結果、速攻で熟睡出来た。
(非常に良い眠りの場を得られた。次から有効活用させて貰おう)
ナハティガルはとても良い知見を得た。疲れた時にはつまらない(?)講義に出席するに限る。
パチモンスリープで、良い居眠りリズムを捕まえよう!
リーンエス王国内某所、その建屋内。
そこは、市井の民に政の何たるかを基礎から教える学び舎として知られている場所だ。
ナハティガル=ラーは自身が連れてきたひとりのハーフビーストを、その教壇上に立たせた。
「皆に紹介する。彼の名は、卑華王。今後は俺の部下として、ここで教鞭を振るって貰うことになる。しっかりと彼から学んで欲しい」
ざわつく生徒達。
それもそうだろう。
皆の前に立つその男は、外見だけを捉えれば余りに奇怪だったからだ。
全身が真っ黄色に染まっているスキンヘッド且つ半裸のマッチョ。
つぶらな瞳と赤いほっぺだけでも相当にインパクト大なのだが、更に加えて角なのかただの突起物なのかよく分からないものが頭頂の左右から天に向かってふたつ、突き出ている。
多分耳か。
それも、三角形の耳。猫耳かネズミ耳か、捉え方はひとに依る。
そして尾てい骨からは稲妻のようにギザギザと波打った尾が伸びていた。小動物が生やしているなら可愛いのひと言で済むが、この奇怪な半裸マッチョのケツからとなると、それだけで魔獣のナニかを連想させる。
ナハティガルは卑華王の来歴について軽く説明を加えた。
シルトラース帝国崩壊後に発足した民間武装組織ロモズ歩兵団に於いて、遊兵6番隊の長を務めていた過去があるナハティガル。その彼の副長として大車輪の活躍を見せたのが、この卑華王だ。
帝都奪還後の現在に於いてはナハティガルはロモズ歩兵団を去っているのだが、その際、卑華王が遊兵6番隊の隊長職を引き継いだ。
その卑華王を、ナハティガルが運営責任者として諸々の職務に当たっているこの学び舎に、今度は教員のひとりとしてヘッドハンティングしてきたという話であった。
生徒達の間に困惑と動揺が広がる。
その大半は、
「え、大丈夫なの? 本当にあのマッチョ、ひとに物を教えられんの?」
「っていうか、見てるだけで噴き出しそうになるんですけど、笑いを堪えるのも勉強のうち?」
「あー、アレだ。きっとナハティガル先生独特のギャグだ、これ」
などなど、結構散々な反応だった。
しかし、ナハティガルは大真面目だった。
(問題無い。卑華王ならばやってくれる筈だ)
そう信じて疑わなナハティガル。彼と生徒達との間では割りと温度差が激しいのだが、本人はその辺は敢えて気にしないことにした。
「御紹介に与りました、卑華王で御座います」
黄色い巨漢が朗々とした声を発した。
実はナハティガル、卑華王がまともにひとの言葉を発することが出来る様になっていたのを知ったのは、つい最近の話だった。
以前はヴィハヴィハという妙な発音の独特な言語を駆使しており、それでも不思議と意思疎通が出来ていたのだが、それも今となっては懐かしい。
卑華王曰く、遊兵6番隊長を務める上で卑華一族の言語そのままでは流石に色々と問題が多かったということで、割りと真面目に一般的な人間の言語を必死こいて学んだのだという。
(流石だ卑華王。情報戦術や商業、政治の知識に長けているだけではなく、集団を掌握する為に何が必要なのかをしっかりと心得ている。これならば我が君主もきっと気に入ってくれるだろう……多分)
何となく自信が持てなかったのは、卑華王の外観や言動が余りにキャッチーでエキセントリックで、場合によっては若干サンシャインなイメージがあったからなのだが、その辺はまぁ何とかなるだろう。
多分。
●
およそ一カ月程前のこと。
帝都シルトラース奪還戦から数年が経過し、黒鋼竜護衛士として何かと忙しい日々を過ごしていたナハティガルは、帝国との国境付近に当たる山岳地帯に於いて遠征任務に就くことがあった。
(この辺を歩くのも、随分と懐かしい)
かつてロモズ歩兵団の一員として行動していたナハティガルは、今回の遠征先が同歩兵団の現在の本拠地である山岳集落群カルケルーア・ロモズに程近いことを思い出した。
遠征任務完了後は数日の休暇が貰えることになっていたナハティガル。そこで彼は、久々にカルケルーア・ロモズに顔を出し、同地の現状や、自身が去った後のロモズ歩兵団、或いは遊兵6番隊がどうなっているのかを見てみようと思い立った。
そうしてナハティガルがカルケルーア・ロモズ南集落にあるロモズ歩兵団の隊舎を訪れると、多くの歩兵団員らが笑顔で出迎えてくれた。
ロモズ歩兵団自体は現在、カルケルーア・ロモズやその周辺を守る自警団組織的な立ち位置で行動しているらしいのだが、戦闘集団としての実力や団結力は然程に失われておらず、今も民間武装組織としては非常に高いレベルを維持していることを伺わせた。
ここでナハティガルは各隊の隊長室や事務局などが入っている隊舎へと足を延ばした。
実のところ、自警団としての機能を前面に押し出す様になってからは、遊兵の隊組織としての形は縮小傾向にあるという。
もともと情報収集や斥候、戦場での遊撃的な役割を任されている兵種であった為、自警団としての機能が求められる様になった現在では、それらの能力が必要とされる場面は著しく減少したのである。
その結果、遊兵自体も隊数を大きく減らしており、かつてナハティガルが率いていた遊兵6番隊は別の隊に組み入れられていた。
となると、気になるのがナハティガルの後継として遊兵6番隊を率いていた卑華王の去就である。
彼は今、どこで何をしているのだろうか。
「あぁ、卑華王の兄貴なら財務関係の事務方で働いてらっしゃいますよ」
かつての部下が、そう教えてくれた。
ナハティガルは内心で成程と頷き返した。
卑華王は授恵者ではあるが、もともとは優れた商人でもあった。
彼は何より数字に強く、物品購入のあれこれや税金関係には滅茶苦茶うるさいのだという。
この時、ナハティガルは咄嗟に思った。
(彼を……うちの学び舎に招聘したい)
現在ナハティガルが運営責任者として多くの市井民に政の基礎を教えている学び舎では、教員側の人員が充実しているとはいえない状況にあった。
特に税金や財務周辺の知識に長けた者は余り多くなかった為、少し悩ましい状況に陥っていた。
政治に於いて、税金は切っても切り離せない絶対の課題だ。
そもそも先立つ物が無ければ政など不可能である。多くの民から如何にして税を集め、如何にして再分配するのか。
行政や施策といった形で税を還元するには、その根本である数字のマジックを根底で理解しておく必要があるのだが、卑華王はその点についてはまさにうってつけの人物だといえる。
ナハティガルは、もう何が何でも卑華王を連れ帰りたくなってしまった。
喉から手が出るという表現があるが、この時程に相応しいタイミングは中々無いであろう。
但し、卑華王は外見がまぁまぁというか、かなりアレな人物でもある。
果たして、ナハティガルが仕える君主が受け入れてくれるだろうか。
(いや……卑華王の実力は折り紙つきだ。きっと受け入れて貰えるだろう……多分)
最初は強気だったが、最後の方で少し自信がヘタレ気味になった。
ナハティガルにしては、珍しい程の弱気だった。
裏を返せば、卑華王の見た目や言動が余りにアレでアレ過ぎるからなのだが。
●
ともあれ、卑華王本人とまずは話してみなくてはならぬということで、ナハティガルはロモズ歩兵団隊舎の事務局へと足を運んだ。
多くの歩兵団員が真面目に事務仕事を進めている中で、ひとり真っ黄色の巨漢が眼鏡をかけて請求書や領収書などを手早く捌いている光景は、ちょっとした怪奇現象に見えなくもなかった。
(これは中々、見慣れるまでに時間が必要だな)
そんなことを思っていると、卑華王がナハティガルの姿に気付いたらしく、のっそりと立ち上がって笑顔で歩を寄せてきた。
「これはこれは、お久しぶりで御座います」
この瞬間、ナハティガルは耳を疑った。
卑華王が普通に喋っている。
以前ならば、
「ヴィーヴィーハァハァー」
と口走っていた筈なのだが、一体どういうことであろう。
ナハティガルが随分と口調が変わったな、などと相当にオブラートに包んだ表現で訊いてみると、卑華王は頬を赤らめて頭を掻いた。
「一所懸命、勉強しました」
いわせんなよ恥ずかしい、とばかりに照れまくる卑華王。
傍から見ると、この黄色いマッチョが少女の様な仕草で照れている姿の方が、
「我々は一体何を見せられているのか」
と思えてしまうのだが、そこはナハティガルもぐっと我慢して、変に口走らない様に頑張った。
しかし今は、そんなことをいっている場合ではない。
ナハティガルは久々の再会を喜ぶ挨拶を交わし、互いの近況を語り合ったところで僅かに声を潜めた。
「実は折り入って相談があるのだが」
この後、ふたりは旧遊兵6番隊長個室へと場所を移した。
今ではただの物置と化している同室だったが、椅子やテーブルはまだ残されていた為、個人的な相談を持ち掛ける場としては十分に機能する。
そこでナハティガルは自身が運営責任者として携わっている政の学び舎について説明し、卑華王をそこへ是非とも招聘したい旨を告げた。
これに対し卑華王はふたつ返事で、
「よござんす。お受け致しましょう」
と簡単に応じた。
余りに順調に話が進んでしまった為、逆にナハティガルの方が不安に感じてしまった。
ところが卑華王は、遊兵各隊の縮小が決まった段階で、いずれはロモズ歩兵団を去ろうと考えていたというのである。その為、今回のナハティガルからの申し入れは渡りに船だったということらしい。
「お求め頂ければ、すぐにでもどこにでも馳せ参じるのが卑華一族でございます」
まるでどこかの隊商販売の様な口ぶりだったが、これが彼の本懐なのだろう。
であれば、その心意気に頼らせて貰うべきだ。
「感謝する。卑華王の力を存分に発揮出来る舞台を整えてみせよう」
そうしてふたりは、互いに頷き合った。
●
そして、現在。
卑華王は税や財務に関する講義を受け持っているのだが、ナハティガルがたまたまその講義時間に覗きに来ると、結構な人数が居眠りしていた。
彼らはいずれもぐっすりと熟睡しているのだが、どうやら卑華王の解説の声が子守唄の様に心地良く、何の抵抗も出来ないうちに眠りに落ちてしまったとかどうとか。
別段、エーテルを駆使した何らかの技という訳でもなく、本当にただ眠たくなってしまったということらしいのだが、どれだけつまらない講義だったのだろうか。
実は卑華王、わざと眠たくなる様な講義を実施し、真に優秀な者をまず選別しようとしていたらしい。
彼の講義の出席希望者は誰もが数字に強いなどと申し入れてきたとのことだが、本当にそうなのかと疑った卑華王は、紛い物を篩い落とすために、数字に詳しい者でなければ大体聞いているだけで眠たくなってしまう講義を続けているのだとか。
「成程……それで、選別は出来たのか?」
ナハティガルの問いに、卑華王はふんぞり返って頷き返した。ついでに大胸筋をぴくぴく動かしていたが、これは余り意味が無い。
「しかし随分と斬新な手法だな。わざと居眠りさせて、実力の無い者や口だけの者を篩にかけるとは」
「私は目利きにも自信が御座います故、この手法の効果にも御満足頂けると自負しております」
卑華王が用いたこの手法は、他の講義担当者の間でも噂となり、一部の教員は同じ様に篩にかける者が居たとか居ないとか。
そして、紛い物を眠らせるという状況から、この手法はパチモンスリープと呼ばれる様になった。
どこかで聞いたことがあった様な気もしたが、ナハティガルは気にしないことにした。
恐らく変に突っ込んだら、卑華王が烈火の如く怒り出す様な気がしたからだ。
尚、仕事が忙し過ぎて逆に不眠症に陥ったことがあるナハティガルも、本当に卑華王のパチモンスリープに効果があるのかと自ら体を張って試してみた。
結果、速攻で熟睡出来た。
(非常に良い眠りの場を得られた。次から有効活用させて貰おう)
ナハティガルはとても良い知見を得た。疲れた時にはつまらない(?)講義に出席するに限る。
パチモンスリープで、良い居眠りリズムを捕まえよう!