互いを見つめて、手を取り合って

キャラクターノベル(グループ)制作 白葉うづき納品 2025年01月20日 10時30分07秒

 夏らしい暑さの中に涼やかな風が吹いていた。周りを囲む木々は葉を擦り合わせ、風が通るたびに挨拶するようさわさわと音を鳴らしている。葉も一枚一枚見ていくと眩しいほど鮮やかに色付き、観察していればどこからか鳥たちの楽しげな鳴き声も聞こえる。
「シルヴィア」
「うん?」
「空を」
 共に散策をしていたエル=バ=ノイアンに促され、シルヴィア・A・カペルは空を見る。途端、居眠りをしていたような木々が騒がしく揺り起こされ、木々の合間からいくつも影が飛び出した。
 赤、青、黄、緑、白――色とりどりの鳥たちが一斉に空を埋めていく。鮮やかな色が視界を覆ったと思えば次々に形を変えた。右に左にうねる虹色の川、鋭い切っ先を持つ虹色の三日月、あるいは空を覆う虹色のベール。それは本当に、瞬きをする間に空の向こうへと消えてしまった。
「鮮やかだった」
「うん……素敵だった」

 整備された道を馬車が進み、窓から見える景色も緩やかに変化していった。初めは森ばかりだった視界は次第に木々が減り、その代わりに平野が増え、町の近くになると家畜だろう牛たちがのんびりと歩き、草を食んでいた。
「穏やかだね」
「ああ」
 向かい側に座っていたシルヴィアが呟く。柔らかな表情を浮かべる彼女に、ノイアンも口元を緩めた。心地よい振動が続く。目的地まであと少しだろう。
 リーンエス王国から北東に進んだ場所に小さな町がある。山際というよりは、その手前の森の近く。迷い込んだ者を迎えるだけのような穏やかな町は、けれど辺境の地にしては宿屋や旅人向けの店が備わり賑わっている。町自体も素朴なものではあるが、ほとんどの店先に工芸品が飾られていた。
「元々、宝石が見つかる土地だったらしいね。けれどある時から近くで材料が発見され、ガラスも名産に加わった」
「なるほど。硬い物質の加工、という点で合致したのか」
「そう。量産は難しくとも、職人の腕が良いということで、知る人ぞ知る町らしいよ。噂に聞いていた程度だったが、君の誘いで来てみてよかった」
 シルヴィアとノイアンは、そんな町に視察という形で訪れていた。ただ急な話ではあったので、あくまでお忍びという形。『蒼玉』侯爵家の当主と配偶者ではなく、仲睦まじい夫婦が旅の途中に訪れたという体だ。
「なんだか心が躍るね」
「あまり目立つような真似は避けないとな。……ただでさえ、お前は目を惹くから」
「努めて気を付けるよ。……仲睦まじい、といったら……こんなことをするのかな」
 迷いながら言葉にするシルヴィアが、ノイアンの手に手を触れさせる。ノイアンがその手を取ってしっかり絡めて繋ぐと、シルヴィアは僅かに頬を染め、嬉しそうにはにかんだ。

 獣道ほどではない、けれど頻繁な整備はされていない道を歩いていった。やがて見えてきたのは湖、森に囲まれひっそりと佇んでいる。観光客用にか数隻ボートが留められていた。
「シルヴィア」
「ありがとう」
 ノイアンの手を借り、シルヴィアがボートに足を下ろすと、僅かに船が沈んだ拍子に波紋が広がる。波のほとんど立たない湖面にゆっくりと広がり、やがて消えていった。
「静かで、何もかも美しい場所だ。水もそうだけれど空気さえも清廉で」
「呼吸をするたび、この森と湖の空気を取り込むようだな」
「毎日吸っていたら、何かが変わってしまいそうだ。少し興味は惹かれるね」
「そうだな……」
 ノイアンが考え込む。
「ここは……食べ物は潤沢にあるだろう。食にはきっと困らない。だからまず、安心できる住居づくりから始めよう。もちろん、料理は任せてほしい」
 至極真面目な表情で告げられる。ほんの雑談の中でも、じわり、じわりと胸の内から温かさが滲んだ。
「君はいつでも、私と共にいる光景を考えてくれるんだね」
「変、だったか」
「ううん。……幸せだな、と思ったんだ」

 やがて、ボートは湖の中央に辿りついた。二人の他に人影はなく、木々が風に挨拶する音が時折届くほどの静寂が満たしている。
「それで、旦那様……いや、照れるからもうよそうかな。ノイアン、私は待ってさえいればいいのかな」
 今日のお忍びはノイアン発案のものだ。あくまで視察がメインではあるが、途中で出会った虹色の鳥たちも、この湖へもノイアンが導いてきている。シルヴィアはそれを、まるで食事に行こうとでも誘われたかのように二つ返事で了承していた。
「ああ。……もう、そろそろだと思う」
 森に縁取られた空を見上げ――しばらくすると太陽が二人を照らし始めた。光が湖を満たすように注がれ、広がっていく。
「シルヴィア、覗いてみてくれ」
「うん? わかった――わっ」

 湖の底に花畑が現れた。
 ガラスのような透明な花々が、湖の底で咲いている。
 陽光に照らされ、透明なはずの湖が角度を変えるたびに幾千色にも輝いた。

「さっきまで何もなかったのに」
「『硝子の花畑(グラスブルーメン)』」
 二人で湖を覗くと、またボートが揺れて波紋が生まれた。合わせて色彩も変わる。目を凝らしてみると、幾重にも花びらが重なっているような花だろうか。まるで薔薇のようにも見える。
「特定の時期、特定の時間にだけ見られるらしい。……圧巻だな」
「ああ。……しばらく見ていてもいいかな」
「構わない」
 光が二人に降り注いでいる。湖の真ん中で、ガラスのようにきらきらと輝く、美しい花畑に囲まれて。

「――祝いをしたかったんだ」
 町に戻る道すがら、ノイアンがぽつりとそう告げる。
「お祝いかい?」
「ああ」
 シルヴィアはさっと思考を巡らした。今は七月、何か該当する祝いがあっただろうか。
(私と彼の誕生日は一月だが……)
 何だろう。降参だ、とばかりにノイアンを見上げると、美しい蒼玉が覗き込んでいた。
「互いの誕生日の真ん中を祝う風習が、この町にはあるらしい。それを二人だけで過ごしたかった」
「……それは、君、」
 ずるいだろう。口の中でもごもごと呟けば、蒼玉は緩く細められる。
「もう少し付き合ってほしい。いいか?」
「もちろん。君の誘いならば、喜んで。今度は町で過ごすのかな」
「ああ。工房を少し回って、……気に入ったものがあれば何か贈れたらと思う。その後は食事をしよう」
「食材を売っている店も覗きたいね」
「いいのか?」
「私も興味があるから」
 料理が好きな彼のことだ。もし興味深い食材や料理を見つければ、その時はきっと楽しげな姿を見られるだろう。微笑んでいると、不思議そうな視線が向けられた。どうやら思ったよりも表に出ていたらしい。
(今は、ただのシルヴィアとして隣にいられるからだろうか)
 思えばそんな機会も稀有だ。お忍びという設定が、普段のシルヴィアよりも表情豊かな姿を見せる。
「君とこうして過ごしたり、楽しそうな君を見ていられる時も大切で、愛しい時間なんだ」
「それは、……俺もそうだ。シルヴィアといると、俺の世界が広がっていく」
 いつの間にか二人の距離が縮まり、手と手が絡みあっていた。互いの蒼に魅せられながら、二人は進んでいく。
「硝子市にも寄ろう。気に入ったものがあれば家で使うのもいいね」
「小さな置物やアクセサリーに留めた方がいいか……? そういえば、ビーズやボタンも名産らしい」
「それはぜひ見て回りたいね。見かけた工芸品も素晴らしかったから、楽しみだ」
 手を繋いだ二人が町に戻る。町を回る二人に向けられる視線は、穏やかで優しいものだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0