今日を良い日に

キャラクターノベル制作 辻村朝納品 2024年12月18日 07時07分29秒

(……うん?)
 シルヴィア・A(アルヴィン)・カペルは、違和感の中で目を覚ました。
 まず目についたのは、見慣れない木の天井。
 決して汚いわけではないが、華やかさとは程遠い――質素、という言葉が似合うものだった。
 天井だけではない。壁も石造りではないし、少し視線を動かすと、眠っていたベッドの脇にあった窓から見える外の景色は知っている領地の光景とは全く違うのが分かる。どうやらどこかの街の、しかも下町のようだった。
(どうして私はここに)
 昨日はオルセンから領地に帰ってきた後、今度は『栄耀』との交渉に赴いた。オルセンには新作ワインの試飲の為に行っていたし、交渉も今後の交易をより大きくしていく為には必要なことだ。
 いずれも『蒼玉侯』自ら出向くのはシルヴィア自身の性質が影響しているところが大きいが、帝国北部からの王国へという長距離移動の後にすぐに別件の交渉となると流石に少々疲れたらしく、昨晩は早くに眠ったのを覚えている。
 で、それから目が覚めてみたらこれだ。
 そこまで思い返してから、異変が起こっていたのは周囲の光景だけではないことをシルヴィアは知った。

 身体が勝手に動く。

 性質の悪い術でもかかったのかと思ったが、そうではないこともすぐに気づいた。
 ベッドから身を起こして見下ろした手は、明らかに自分のものではなかったからだ。
 傷一つないとはとても言えない、少女の手。
 シルヴィアとて冒険者として数多くの戦いを経てきたから傷ついたことがないわけではないが、この手はそれとはまた性質が異なる。おそらく内職に従事している、細かい傷が無数についている手。
「エイミー、起きなさい。仕事に行くんでしょう?」
 部屋の扉の外から、少女(エイミー)の母親らしき女性の声が聞こえてくる。
 少女はうん、と短く返事をして、ベッドから降り立った。華奢な体躯の少女がかけた負荷でも軋む音がするあたり、このベッドも結構使い古されているようだ。
 少女は軽く身嗜みを整えると、ベッドとタンス、小さな机しかない狭い部屋を出ていく。
(これは夢だろうね)
 少女が見ているであろうモノを、シルヴィアもまた同じ視線で見ていることに気づいて、状況を正しく理解する。
 どうやら自分は、庶民の少女の視点でモノを見て庶民の疑似体験をする、という夢を見ているらしい。
 どうしてこんな夢を見ているのか、という疑問はあるが――。
(知らないものを知る、という切っ掛けは、案外こういうところにあるのかもしれないしね)
 と割り切って、この際この夢を楽しんでみることにした。
 
 生まれながらの貴族であるシルヴィアにとって、所謂『庶民の生活』は若干縁遠いものである。
 勿論『どのような生活をしているか』という知識はある。冒険者として絆を結んだ友人たちから伝え聞いたこともあるし、何より花の領地(カペル領)に住む人々のことはよく分かっている自負はある。
 その上で足りないものがあるとするならば、『実感』だろう。
 知識上の話や誰かの経験談ではなく、自分の身でもって味わうこと。

 この夢の舞台は、シルヴィアは知らない光景だ。もしかしたらロスガリア大陸にある街ではないのかもしれない。
 だが完全一致(ロスガリア大陸)でないにしても、似た環境であることには違いなかった。
 一種の追体験に過ぎない以上汗をかくのはシルヴィア自身ではないが、同じ視線でモノを見る以上『実感』の勉強にはなるだろう。

 質素かつ少なめの朝食を終えたエイミー(シルヴィア)が向かったのは、すぐ近くにある紡績所だった。
 隣の建物では製糸した糸を使って衣服が織られているようで、完成した品物が馬車で運搬されていくのを見かけた。護衛もついている様子からすると、おそらく貴族身分の者向けの商品なのだろう。
(学校には行っていないんだね)
 自分より大分年下(おそらく10代前半)であるはずの少女(エイミー)が働きに出ていることを、シルヴィアは少しばかり憂う。
 パンクリアース学園も、市井に開かれたのはごく最近だ。
 それまでは、平民の子はどうしていたのだろうか。勿論パンクリアース学園以外にも学校はあるが、経済的な理由でそこに通うことすら叶わない子供もいただろう。そういった子供の中には、今のエイミーのように幼くして働いていた者もきっといる。
 そういえば、とシルヴィアは思い出す。朝食の際、父親らしき人の姿がなかった。
 早くから仕事に出ているのか、或いは出稼ぎに行っていて不在なのか、それとも――。
 何にせよ、決して恵まれているとは言えない生活環境のようだ。
 少なくとも自分の領地(カペル領)の人々にこういう生活はさせたくないし、大陸全体にしても、自分の出来る範囲でこういうことはなくしていきたいと思った。

 糸車を使った手作業に従事したエイミーが仕事から解放されたのは、日も暮れた頃。
 昼食や小休憩はあったものの、それ以外の時間、エイミーはひたすら作業を続けた。
 そのひたむきさに、シルヴィアはある種の感心を覚える。
(飽きた、疲れた、と言ってもおかしくはなさそうだけど)
 そういったネガティヴな発言を全く挟まなかった。どうやらシルヴィアの意思という存在にエイミーが気付いていないということは早い段階で分かっていたが、もし自分の声が彼女に届くのなら労いの言葉をかけたいところだった。
 それにしても、何がエイミーをそうさせているのだろう。
 疑問に思うシルヴィアをよそに、その日払いの少ない賃金を貰って紡績所を出たエイミーは自宅に帰る前、表通りにある食料品店へと立ち寄った。
 内装や売っているものからして、値段はエイミーにとって少々お高めであることがシルヴィアでも容易に想像がつく。
 そんな中でもエイミーは、他の商品と比較すると少々値が張っている肉を選んだ。
 見た目からして平民だと分かるエイミーに店員は少々戸惑っていたが、
「お父さんが帰ってくるのと、今日お父さんの誕生日だから……今日を良い日に、したくって」
 とエイミーが言ったので色々察したらしく、丁寧に包装までしてあげていた。

 父の為、という、ひたむきさの正体。
 起こす行動の内容は兎も角、誰かの幸せの為に何かをするということに、身分の差などない。
 きっとそうやって誰もが、自分の為、或いは近しい誰かの為に懸命に生きているのだ。
(私たち貴族は、その苦労をなくすことをより考えなければならないのかもしれない)
 平民の為を思うことは、貴族の責務の一つ。
 平民の視線を通して生活を見て、よりその思いを強くしたのだった。

●
 エイミーが高級食材を家に買って帰り、出稼ぎに出ていた彼女の父を含めた家族団欒の時間を見守る。
 その後一日を終えたエイミーが眠りについたと思ったら――。

「……あ」
 シルヴィアが次に気付いた時には、今度こそ自室のベッドに居た。
 外はまだ、遠くの地平から顔を出した太陽が昇り始めたところらしい。もう少し眠ってもよかったが、今寝たら何故かはっきりと覚えている夢の内容を忘れそうな気がして、故にシルヴィアはそのまま身体を起こした。
「今日を良い日に、か」
 夢の中の少女の言葉を反芻する。
 一人でも多くの民の良い日の為に、今日の自分は何を為すべきか。何を為そうか。
 ほんのちょっとした出来事ではあったが、シルヴィアは思いを新たにしたのだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0