RAYNOLA!! ~Def Leppard~

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月31日 19時45分05秒

 馬車に揺られる事、数時間。もうすぐ宿場町に到着する。乗り合う乗客は三人。どの人も旅装に身を包む旅人だ。旅は道連れ、ここで会ったのも何かの縁。エルゼリオ・レイノーラは出発前に買ったビスケットを袋から取り出した。

「よかったらどうぞ」

 包装紙に包まれたビスケットを旅人たちに配る。

「今日の夜は雪が降りますかね」

 エルゼリオはビスケットを手渡した旅人たちに問いかけた。
 一人は何も言わずビスケットを口にし、一人は「そうだね。降るかもね」と返し、もう一人はそのまま懐へしまった。

「あ、ゴミはいただいておきますね」

 ビスケットを包んでいた紙を回収したエルゼリオは、馬車幌の隙間から見えてきた宿場町に視線を移した。
 次の宿場町は丁度、王国と帝国の境にある小さな街。一時は避難民でごった返していた場所だが、両国の尽力もあり今は元の宿場町に戻っているそうだ。

 そうこう思っているうちに、馬車は街のゲートをくぐり広場へと通りを進む。
 小さな街だが、通りの両側にはいくつもの露店が軒を並べ、それなりに活況な様子がうかがえた。
 馬車は広場で止まると乗客を降ろし始める。エルゼリオは旅人達に続き最後に降りると、御者にチップを渡し、ぐっと伸びをした。
「いてて……やっぱり馬車は体に来るなぁ」
 市井の馬車はお世辞にも乗り心地がいいとは言えない。それでもこの馬車を使った理由はいくつかあった。
「ふぅ……さて行きますか」
 歩き出したエルゼリオはポケットの中に手を入れ、感触を確かめる。指に触れるのは先ほど旅人たちに配り回収した包装紙のごみ。
「次は、宿だったね」
 エルゼリオは記憶をたどり次に向かうべき場所を思い出すと足を向けた。

●
 エルゼリオがレイノーラ邸を発って、まず真っ先に行ったのが、手紙を見ることだった。
 あの父に胸に拳を当てられた時、こっそりと渡された紙きれ。指先で紙に気付いた時は、何をそこまで警戒しているのだろうと思ったけど、今は流石父上と感心している。
 手紙に書かれた内容は衝撃的なものだった。
 一つ、レイノーラ邸に誰かが見えない攻撃を仕掛けている。
 一つ、その誰かが、シグルドを潰しにかかっている。
 一つ、裏にいる誰かはかなりの大物の可能性がある。
 全ては憶測であり証拠はまだ何もないが、父の勘がそう告げてるという。
 だから、証拠なり確証なりを得るために、オリガロッドと共に探れと。

「こういう時の父上の勘って外れたためしがないからなぁ」

 エルゼリオが安宿の部屋で一息つく。先ほどのビスケットを持ち帰った旅人もオリガロッド子飼いの密偵だそうだ。

「こんなの普通気付かないよ。諜報部ってすごいなぁ……」

 姉のオリガロッドが所属する諜報部では、毎日こんなやり取りが行われていると想像するだけでぞっとする。

「っと、誰が聞いているのかわからないんだった」

 エルゼリオは旅装を解くと、鞄の中から自前の衣装を取り出す。

「まさか、こんな所で着る事になるとはね」

 エルゼリオはその衣装を目の前に掲げてみた。それは先日リブラネスタで一目ぼれして購入した冬用のコート。お気に入りの白のニットと合わせようと思っていたものだ。
 エルゼリオは慣れた手つきで着替え始める。服を着替え終わると、いつも結っている髪を解き、帽子をかぶる。耳に母のイヤリングを付け、唇に薄く紅を引いた。

「鏡を持ってくればよかったな。フロントにあったっけ」

 手早く完成させた女装の精度を確認すべく、エルゼリオは部屋を出た。

●
「野盗退治に出る。手前ェら用意しやがれ!」
 ハスラム・レイノーラが庭へと集結した手下たちに向け号令を発した。集まった面々はどれを見ても熊か狼かというような野性味あふれる顔ぶればかり。ハスラムが旗揚げした当初から付き従い、苦楽を共にした戦友たちだ。
「この面子を呼んどいて、今更、野盗ですかい?」
 古参の一人が使い込んだ斧を肩に預け問いかけた。
「うるせぇよ。手前ェらは黙って俺様についてきてればいいんだ!」
「へいへい、何処までもお供いたしますぜ」
 いつものハスラムの態度に古参の一人は、肩を竦める。
「よーし、よく言った! ついてきやがれ野郎ども! ――留守は任せる。適当にやっといてくれや」
 ハスラムは愛馬に跨ると、メイド長にそう言って馬体に一蹴り入れた。

「目的地はどちらで?」
 街道を駆ける馬上で部下がハスラムに問いかける。
「同盟領、ローレラウラだ!」
「ローレラウラ!? またえらく遠いですな」
「うん、遠いか? そんじゃ、ディズル大湿地帯だ!」
「いやいやいや、お頭。真反対ですぜ!?」
「ったく、ごちゃごちゃうるせぇな! 黙って馬走らせりゃいいんだよっ! どこまでもお供するんだろうが!」
「いや、まぁそう言いましたがね……はぁ」
 配下の男は大きくため息をついた。ハスラムの傍若無人は知っているし逆らうつもりも毛頭ない。
 それでもせめて目的地くらいは定めて欲しいものだと思いながらも、先頭を行くハスラムの尻を追った。

●
 レイノーラ邸からほど近い建物の一室。
「ふふ……馬鹿な人。工作を気付かれたかと一瞬思ったけど、野盗退治? 一体どこまで猪なんでしょう」
 窓から僅かに覗くレイノーラ邸を横目に、子爵令嬢は薄く微笑んだ。
「屋敷に釘付けにしておくつもりだったけれど……まぁ、いいわ。軍部へ足が向かないのなら、何処へでも行きなさい。貴方が野党と遊んでる間に最愛の息子とは、私達が遊んであげる」
 子爵令嬢は静かに瞳を閉じると、意識を屋敷の中へと飛ばす。
「……ふふ、こちらも作業を進めなくちゃね」
 次第に薄れる人としての意識。そして、徐々に鮮明になる小さき者としての視界。
「亡くなった奥さんの思い出が沢山詰まったお屋敷。帰ってくるまで残ってればいいわね」
 人の身体から意識が完全に離れれば――そこはレイノーラ邸の中だった。

●
「なにっ!?」
 椅子を倒し勢いよく立ち上がったシグルド・レイノーラは、勢い余って机に積まれた書類を床にぶちまけた。
「ああ、しまった……」
 余計な仕事を自ら増やした事で逆に冷静さを取り戻したシグルドは、倒れた椅子を起こし深く座り込むと天井を見上げる。
「どうしてだ……なにもかもうまくいかん」
 額に手を当て大きなため息とともに漏らす。
 父の横で軍を統制する様になって、直接戦闘以外の事は全て一人でこなしてきた。
 職務を停滞させたことはないし、父の足を引っ張るなどもっての外。
 それがどうだ、少し増員があったくらいでこの体たらく。このままでは軍が機能不全に陥るのも時間の問題だ。
「疲れているのか……」
 確かにここ数日まともに睡眠をとれていない。

「閣下!」

 シグルドが目頭を押さえ、ぼやける視界の緩和を試みていた時、正面から大きな声をかけられた。
「……だから閣下ではない。どうした?」
「はっ! 落ちた書類は全て拾い集めました!」
 直立不動の女兵士は、腰を90度に折り曲げ書類を差し出した。
「そうか、ありがとう」
 差し出された書類を受け取って、シグルドは改めて女兵士を見る。
 あの日以来、この女兵士は室内で護衛を務めている。警備の任が長丁場になる事と引き換えに、読書の自由を与えていたのだが、驚くことに部屋にあった本棚は3日で読破されてしまった。
「すまないな、暇をつぶせるものがもうなくて」
「何を仰います! 本来、警護中に読書などあってはならないもの! 今までのご厚意に感謝こそすれ、謝罪を頂く理由がわかりません!」
「そうか、そう思ってくれるなら――くっ」
「閣下!」
 再び目の奥に痛みを感じたシグルドが顔を押さえる。
「……すまんな、大した事は無い。少し休めば大丈夫だ」
「ですが、閣下はあまりお眠りになられていないご様子。今日は早めに執務を切り上げられては」
「はは、それを言うならお前もだろう。私より早く起き、遅くまで警護についてくれている。寝ていないのはお互い様だ」
「私は兵士ですので!」
「兵士である前に人間だろう」
 虚勢なのか、まるで疲れた様子を見せない女兵士に、シグルドは苦笑した。
「ああ、そうだ。それでは、少しやって欲しい事があるんだが、いいか?」
「はっ! 私で出来る事があるのでしたら!」
「ああ、出来る」
 と、シグルドは先ほど女兵士が拾い集めた紙の束をそのまま返却する。
「私は少し目を閉じる。悪いが、その書類を読み上げてくれるか? 番号が若い順から頼む」
「わ、私がですか!?」
「他にこの部屋に誰がいる」
「し、しかし、一兵卒である私が大切な書類を拝見してもよろしいのでしょうか!」
「かまわない。もし咎められるような事があれば、私に命令されたと言えばい――」
「言いません!」
「……そうか、それじゃよろしく頼む」
「はっ!」
 シグルドは椅子に深く腰掛けると背もたれに体重を預ける。目を閉じ、女兵士が用意してくれた濡れたタオルを目に当てた。

●
 場末のという形容詞がぴったりと似合う酒場で、エルゼリオは目的の人物の姿を見つけ席に着いた。
「ごめんなさい、遅くなってしまったわ。待ったかしら?」
 エルゼリオは目の前に座るイケメンにウインクする。
「いや、俺も今着た所だ」
 イケメンは黒く長い髪をかき上げなあら、ニコリと微笑みを返した。
「ふふ、今日もいい男ですわね」
 エルゼリオは両肘をテーブルにつき、両手に顎を乗せながら目の前の男を見つめる。
 背中まである髪は黒くストレートヘアーにされ、長い睫毛と紅に輝く瞳はサングラスで隠れてしまっているが、目の前の人物はまごう事なき自分の姉『オリガロッド・レイノーラ』である。

(流石本職、一瞬分らなかったよ)
(エルゼリオもずいぶんうまく化けたな。髪色を変えてたらわからなかったかもしれないぞ?)
(そ、そうかな? なんかオリエ姉にそう言われると嬉しいな)
(それにしても、ずいぶん凝ったコーディネートだが、誰に用意してもらった? うちのメイドか?)
(え? ああ、これ? ううん、自前だよ)
(自前!? 女物はパパにやめとけって言われたんじゃなかったか?)
(言われたよ。でもやめるなんて言ってないし、今は家を出てるから買ってもわからないしね)
(はは、いい根性してるよ)
(そうかな? シグルド兄やオリエ姉には負けると思うけど)

 注文を取りに来た少年に笑顔で飲み物を頼むと、少年は顔を赤らめながら走ってカウンターへ戻っていく。
「今日は何処へ連れて行ってくださるの?」
「そうだな。近くに美しい湖があるんだ。そこへ行ってみようと思うがどうだろう?」
「まぁ、素敵っ。喜んでお供しますわ」
 穏やかな昼下がりの一時。場末の酒場にあって、そこだけは華やいで見えた。

(おっと、そうだシグルドの事だったな)
(忘れてあげないでよ……シグルド兄、結構ヘロヘロなんだから)
(いいね! ぶっ倒れたら、喜んでポジション替わるぞ!)
(オリエ姉、事務仕事嫌いじゃないか……)
(うっ……)
(まったく……で、父上曰くそのシグルド兄のヘロヘロの原因が、何者かによる工作だって言うんだけど)
(パパがそう言ってるんだろ? なら工作を仕掛けられてる)
(そう言うと思ったよ……)
(それで、パパは私達に何をしろって?)
(端的に言えば、誰が仕掛けてきているかを暴けって)
(ふむ……暴けはいいが、ちょっと情報が少なすぎるな)
(だよね……父上も勘じゃなくて、もうちょっとこう具体的な指示とか出してくれればいいのに)
(そこがパパのいい所だろ!)
(どこがっ!?)

「ありがとう、坊や」
 注文の品を持ってきた少年にチップを渡し、笑顔を向ける。
 すると先ほどと同じように顔を真っ赤にして走って逃げかえっていった。
「あまり少年を惑わすのはどうかと思うが?」
「あら、そのような事思っていませんわ。私は貴方様に夢中ですもの」
 そう言って、サングラスの上からちらりと覗く紅の瞳に向けてウインクした。

(まぁ、話は分かった)
(え、わかったの?)
(パパは屋敷を離れるって言ってたんだろ?)
(うん、皆を連れてちょっと出かけてくるって言ってたよ。シグルド兄があんなに大変な時に、一体どこに行くつもりなんだか……)
(そうか。なら目的地は決まったな)
(え、どういう事? 何処かで父上と待ち合わせる予定だったの?)
(違う違う。私達はうちに帰るんだよ)
(……へ? どういう事……?)
(ん? わからないか。エルゼリオもまだまだだな)
(うっ……意地悪しないで教えてよ)
(パパが部下を連れて屋敷を出て行ったんだろ? ならきっと目的地は無い)
(え? 無いの?)
(ああ、その辺で鹿でも狩って帰ってくるんじゃないか?)
(えぇっ!? あの人、この大変な時に何やってるんだよ!)
(それでいいんだよ。パパはわざとやってるんだ)
(わざと……?)
(きっとパパは監視されてる事に気付いてる)
(えっ!? 監視されてるって……父上が!?)
(いや、どちらかと言えばレイノーラ家だろうな。だからわざと意味のない事をしてるんだ。べつにシグルドの所に駆け付けてあれやこれや解決してもいいだろうけど、パパはやらない)
(ええっ!? なんでやらないの! シグルド兄あんなに苦労してるのに!)
(解決したらそれで終わりだろ? 結局、誰が敵でどういう罠を仕掛けてきているのかがわからなくなる。策が見破られてるのをわかっててしつこくちょっかい掛けてくるほど、敵も馬鹿じゃないだろうしな)
(父上はもう誰が敵だかわかってるって事……?)
(流石にそれは無いな。わかってたら、私に話なんか振ってこないさ。……寂しいけど)
(お、落ち込まないでよ……。だからシグルド兄を囮にして、敵を炙り出そうとしてるってこと……?)
(正解。パパは決して敵に容赦はしない。やるからには徹底的に、だ)
(……あ、なるほど。だからボク達にこっそり監視してる敵を探せっていうわけか)
(またまた正解。やるじゃないかエルゼリオ)
(えへへ、オリエ姉に褒められた)
(まぁ、それがスパイなのか他のものなのかは行ってみないとわからないけどな)

「はは、君の笑顔には敵わないさ。今日も美しい」
「まぁ、嬉しいわ。ありがとう」
 嬉しさに両手を頬に当て体をくねらせる。
「叶う事なら、ずっと君だけを見ていたい」
「そんな……照れますわ」
 ついには、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。

(それにしても、エルゼリオ)
(どうしたの?)
(だんだんパパに似て来たな) 
(えええっっ!? どこが!? ちっとも似てないよ!!)
(いや、兄弟の中でお前が一番パパと似てる。だからさ、今度……)
(え? 今度?)
(パ……)
(パ?)
(パ、パパの格好してっ! それでギュってして!!)
(……ええぇっ!!?? い、嫌だよ! なんで、父上の恰好なんてしなきゃいけないの!? あんな重い甲冑とか付けたくないよ!!)
(そこを何とか! ね? ね? 美しいお姉さんのお願いだろ?)
(自分で美しいとかいう!? まぁ、美しいと思うけど……ってそうじゃなくて! なんでわざわざボクが父上の代わりしないといけないんだよ! 本人にしてもらえばいいじゃないか!)
(違うの! そうじゃないのよ、エルゼリオ! もちろんパパ本人にギュってしてもらうのが一番いいの! それは当然なの! でも、いつも一瞬なのよ! ギュじゃなくてあれはハグなの! 親愛がこもってるのはわかるけど……私の求めてるのは、もっとこう情熱的で濃密な――)
(ゼッタイヤラナイ)
(なんでよ!?)

※ここまでの会話は全て【テレパス】により行われています。ご安心ください。

「それじゃ、行きましょう」
「あ、ああ。そうだな」
 席に着いていた二人は立ち上がり、店を後にする。
 行先はもちろん湖ではなく――。

●
「はっはっ! どうだ、一撃だ!」
「お頭ぁ、宝弓使うのはずるくねぇですか?」
「あぁ? 道具何てェのは使う人間次第なんだよ! 俺様が使ったからこそ、こいつも活きるってもんだろうが」
 国王より直々に下賜された弓を乱雑に叩きながら、ハスラムは仕留めた鹿の元へ馬を進める。
「おーい、手前ェら、こいつを適当にさばけ。ソフィーの所へ持って行って、今夜は宴だ!」
「はぁ、宴は大いに歓迎ですが、まだあの山師の娘と関係持ってたんですか? あの娘もう所帯持ってるでしょう」
 20年ほど前、たまたま助けた山師の娘。もちろん、ハスラムが美味しく――な関係であった。しかし、それも随分と縁遠くなっていたはずだが――。
「はっはっ、ちげぇよ! 会いに行くのはソフィーだが、用があるのは娘の方だ」
「む、娘って……」
「そろそろ16になるか? きっと母に似て美人になってるだろうな」
「ははは……もう好きにしてくだせぇ」
 乾いた笑いでそう言うと、部下は仕留めた鹿の解体に取り掛かった。

●
「ふふ……これでいい」
 瞳を閉じたまま子爵令嬢はほくそ笑んだ。
「後はこれを使用人の誰かが見つければ……」
 押さえていた笑いが腹の底から込み上げてくる。
「敵に回した人物が悪かったと諦める事ね」
 子爵令嬢はリンクを切り離すと、窓から見えるレイノーラ邸を見つめる。

「ふふふ……貴方の破滅が目に浮かぶようだわ、ハスラム・レイノーラ」

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0