一手ご教授願えませんか
キャラクターノベル(グループ)制作 桂木京介納品 2024年11月07日 08時45分58秒
ブーツの踵が大理石の石床を踏む。硬質な音が高い天井に反響する。
小気味いい歩調は、小太鼓の奏でる軍楽のようだ。
リズムにあわせ白金の髪が躍っている。サイドアップにした髪型は丁寧に編みこまれ、侯爵の風格と淑女の気品、その両者をいかんなくつたえている。
まとうは白を基調とした外套、夜空のように深いラピスラズリの裏地をもつ。青い薔薇の裾影が流れるたび、金糸の刺繍が燦然ときらめいた。
シルヴィア・A・カペル――その麗人は、口元に微笑を含んでいる。
さもあろう。シルヴィアは久方ぶりに訪れたのだ。かつての学び舎、パンクリアース学園を。
蒼く澄んだ瞳がひろびろとした廊下を映しとる。視線の先にあるのは懐かしい場所だが、シルヴィアの眼差しは過去にとらわれていない。むしろ、その先に新たな希望を見出しているかのようだ。すくなくとも、彼女の半歩後につくジェレムス・ローギリアンにはそう見えた。
けっして道を急いでいるわけではないのだが、シルヴィアの進む先では、誰もが無意識的に道を開けてしまう。そして学生たちは例外なく、薄く甘やかなシルヴィアの残り香が空気に溶けゆくまで立ち尽くしている。彼女の背を目で追ったまま。
卒業より二年の月日をへて、『リーンエス王国の彩』と称された華やぎはますます盛んなようだ。
荘厳な飾り彫刻がほどこされた大きな扉に突き当たった。
鍛錬場のひとつである。吊されたプレートには『第一剣術部使用中』と刻まれていた。
扉のむこうから、交わる剣の鋭い音が漏れ聞こえてくる。空を裂く白刃の轟き、鋼がぶつかり無数の火花を散らす音だ。交錯する烈震音は、まるで鋼鉄の鷲の羽ばたきのようだった。
シルヴィアは扉に両手をかける。
従士かつ護衛として同行するジェレムスだが、率先してドアを開けるような僭越はしない。
うちのお嬢は切り拓く人だからな――ジェレムスは心のなかでつぶやいた。
それが道であれ、運命であれ。
シルヴィアが扉を押し開けると、剣の音は獰猛さを増した。
だが音は一瞬にしてやむ。
彼女に気づいた部員たちが一斉に直立し、胸に手をあてる略式礼を送ったからだ。ざっと見て十数人、鍛錬場が静まりかえった。
「邪魔をしたようだ。すまない」戸惑ったのはむしろシルヴィアのほうだった。略礼を返しつつ言う。「気まぐれで様子を見に来ただけだ。練習をつづけてほしい」
「と、いうことだ。まあ励んでくれ」
ジェレムスは気さくに言うが、そうもいかないよなぁ、とも考えた。
なにせ、憧れの先輩の電撃訪問を受けたんだから。
このところシルヴィアは領地運営に忙しく、前回の学園来訪からいくらか間があいていた。
第三学年以上の部員はシルヴィアを直接知る世代ゆえ、素直に敬意と喜色を表にしている。しかしまだ幼さを残した少年、入学間もないと思わしき少女など新顔の部員たちは思わぬ出逢いに目を輝かせていた。伝説を見た、とばかりに口を半開きにしている者すらいるではないか。
さすがだな、お嬢。
ジェレムスとしては、くっくと笑ってからかいたいくらいだったが、シルヴィアは赤面するだろうし控えることにした。
なお、その『憧れの先輩』に、自分も含まれていることにジェレムスは気づいていない。
来てよかったな。
今日は第一剣術部中心に訪れるというので、ジェレムスはシルヴィアに同道を誘われたのである。次世代が順調に育っているようで頼もしく思う。
三分の一ほどの部員が同じ腰帯をしている。手ぬぐいを帯に通している者もいた。壁にも同じ手ぬぐいはいくつか掛かっていた。帯と手ぬぐいは卒業時にシルヴィアが寄贈したものである。
使ってもらえている。
シルヴィアは胸を熱くした。機会があればまた、新しい部員にも贈りたい。
「さあ鍛錬の再開だ」ジェレムスはパンと手を叩いた。「後輩たち、いいとこ見せてくれよ! シルヴィア・カペル様がご覧になっているぞ!」
「よ……よしてもらえまいか、そういう言い方は」
面はゆいので、とシルヴィアは頬を染めた。
結局、お嬢を赤面させてしまったか。
いかんいかんと思いながらも、前よりいっそう熱心に稽古をはじめた後輩たちをジェレムスは満足げに眺めるのである。
みがかれた鉄の匂い、蒸発した汗が霧のように立ちのぼる様子、攻防のステップが鳴らすフロアの音、すべてが胸に迫った。金属の柄のひやりとした感触、打ち合いのたびに腕に伝わる衝撃――かつて自分もこの場に立ち、同じように剣をふるっていた日々を回想するとジェレムスはもうたまらなくなった。
だが、
「少し、参加させてもらっていいだろうか」
先に口にしたのはジェレムスではなくシルヴィアだった。
練習着は持参していた。シルヴィアは外套を脱ぎ、しなやかな指先でシャツの襟元をゆるめる。あらわになった鎖骨が、鍛え抜かれた体と女性らしい曲線の微妙な調和を物語っていた。革の防具を滑らかな動作で肩にかけ、鎧をまとうかのように、その重みに慣れた手つきで留め具を締めていく。
ぴったりとした白のジャケットを腕に通す。曲線に沿って生地がフィットしていくたび、シルヴィアの身体のラインが強調される。普段の優美さとは異なる、戦士としての魅力があった。下半身は膝下丈のズボンだ。二重にしたハイソックスの具合をみるべく軽く膝を曲げ、グローブの革の感触を指先で確認する。
そしてシルヴィアは、鉄網のついたマスクを手に目を閉じて深く息を吸った。
彼女のまとう空気は一変している。学園卒業生の象徴たる淑女から、剣士の鋭い面持ちへと変貌したのだ。
鍛え抜かれた肉体と、精神の強さをたたえた姿でシルヴィアは更衣室を後にした。
更衣室から出ると、同様の装いのジェレムスが待っていた。使い古した練習着、広い肩幅、偉丈夫姿といっていい。
「さて剣術指南だ。揉んでやるとしようか」
ジェレムスは豪快に笑いかけた。
シルヴィアに相対した少女部員は、わずか五秒で一本を取られた。
「左足、踏み込みにかすかなためらいがあるようだ」
説くシルヴィアの言葉に熱心にうなずいている。少女は夢見るようなまなざしでシルヴィアを見ているが、見られている本人は気がついていないらしい。
まさにカリスマだな。
ジェレムスは誇らしい気持ちだった。
「ローギリアン卿」
若い部員に話しかけられた。
「卿はやめてくれ。まだ『団長』のほうがしっくりくる」
言いながらジェレムスは彼の顔をしげしげと見る。初対面のはずだが見覚えがある。
しばらく話して気がついた。
「驚いたな。あいつの」
「はい。長男です」
かつての同級生の子だったのだ。自身とリオがよく知る人物である。腰に手ぬぐいとサッシュがあるところからして上級生なのだろう。だが童顔で、青年というよりは少年と呼びたくなる。
「団長閣下、自分にも一手ご教授願えませんか」
「あいつの倅の頼みってんなら断れないな」
いささか決まり悪いが、と内心苦笑いしてジェレムスは練習剣を手にした。
無心に剣術に励んでいたころ――あの時代にこんな日が訪れるなど、想像したことすらなかった。
俺も歳を取ったね。
けど、こういう老け方なら満更でもないな。
手加減して少年をあやしつつ、ジェレムスは目元をゆるませている。
あとで学園交流部にも顔を出したいものだ。シルヴィアを連れて。
……いや。
ジェレムスは訂正した。
連れられて、だな。
小気味いい歩調は、小太鼓の奏でる軍楽のようだ。
リズムにあわせ白金の髪が躍っている。サイドアップにした髪型は丁寧に編みこまれ、侯爵の風格と淑女の気品、その両者をいかんなくつたえている。
まとうは白を基調とした外套、夜空のように深いラピスラズリの裏地をもつ。青い薔薇の裾影が流れるたび、金糸の刺繍が燦然ときらめいた。
シルヴィア・A・カペル――その麗人は、口元に微笑を含んでいる。
さもあろう。シルヴィアは久方ぶりに訪れたのだ。かつての学び舎、パンクリアース学園を。
蒼く澄んだ瞳がひろびろとした廊下を映しとる。視線の先にあるのは懐かしい場所だが、シルヴィアの眼差しは過去にとらわれていない。むしろ、その先に新たな希望を見出しているかのようだ。すくなくとも、彼女の半歩後につくジェレムス・ローギリアンにはそう見えた。
けっして道を急いでいるわけではないのだが、シルヴィアの進む先では、誰もが無意識的に道を開けてしまう。そして学生たちは例外なく、薄く甘やかなシルヴィアの残り香が空気に溶けゆくまで立ち尽くしている。彼女の背を目で追ったまま。
卒業より二年の月日をへて、『リーンエス王国の彩』と称された華やぎはますます盛んなようだ。
荘厳な飾り彫刻がほどこされた大きな扉に突き当たった。
鍛錬場のひとつである。吊されたプレートには『第一剣術部使用中』と刻まれていた。
扉のむこうから、交わる剣の鋭い音が漏れ聞こえてくる。空を裂く白刃の轟き、鋼がぶつかり無数の火花を散らす音だ。交錯する烈震音は、まるで鋼鉄の鷲の羽ばたきのようだった。
シルヴィアは扉に両手をかける。
従士かつ護衛として同行するジェレムスだが、率先してドアを開けるような僭越はしない。
うちのお嬢は切り拓く人だからな――ジェレムスは心のなかでつぶやいた。
それが道であれ、運命であれ。
シルヴィアが扉を押し開けると、剣の音は獰猛さを増した。
だが音は一瞬にしてやむ。
彼女に気づいた部員たちが一斉に直立し、胸に手をあてる略式礼を送ったからだ。ざっと見て十数人、鍛錬場が静まりかえった。
「邪魔をしたようだ。すまない」戸惑ったのはむしろシルヴィアのほうだった。略礼を返しつつ言う。「気まぐれで様子を見に来ただけだ。練習をつづけてほしい」
「と、いうことだ。まあ励んでくれ」
ジェレムスは気さくに言うが、そうもいかないよなぁ、とも考えた。
なにせ、憧れの先輩の電撃訪問を受けたんだから。
このところシルヴィアは領地運営に忙しく、前回の学園来訪からいくらか間があいていた。
第三学年以上の部員はシルヴィアを直接知る世代ゆえ、素直に敬意と喜色を表にしている。しかしまだ幼さを残した少年、入学間もないと思わしき少女など新顔の部員たちは思わぬ出逢いに目を輝かせていた。伝説を見た、とばかりに口を半開きにしている者すらいるではないか。
さすがだな、お嬢。
ジェレムスとしては、くっくと笑ってからかいたいくらいだったが、シルヴィアは赤面するだろうし控えることにした。
なお、その『憧れの先輩』に、自分も含まれていることにジェレムスは気づいていない。
来てよかったな。
今日は第一剣術部中心に訪れるというので、ジェレムスはシルヴィアに同道を誘われたのである。次世代が順調に育っているようで頼もしく思う。
三分の一ほどの部員が同じ腰帯をしている。手ぬぐいを帯に通している者もいた。壁にも同じ手ぬぐいはいくつか掛かっていた。帯と手ぬぐいは卒業時にシルヴィアが寄贈したものである。
使ってもらえている。
シルヴィアは胸を熱くした。機会があればまた、新しい部員にも贈りたい。
「さあ鍛錬の再開だ」ジェレムスはパンと手を叩いた。「後輩たち、いいとこ見せてくれよ! シルヴィア・カペル様がご覧になっているぞ!」
「よ……よしてもらえまいか、そういう言い方は」
面はゆいので、とシルヴィアは頬を染めた。
結局、お嬢を赤面させてしまったか。
いかんいかんと思いながらも、前よりいっそう熱心に稽古をはじめた後輩たちをジェレムスは満足げに眺めるのである。
みがかれた鉄の匂い、蒸発した汗が霧のように立ちのぼる様子、攻防のステップが鳴らすフロアの音、すべてが胸に迫った。金属の柄のひやりとした感触、打ち合いのたびに腕に伝わる衝撃――かつて自分もこの場に立ち、同じように剣をふるっていた日々を回想するとジェレムスはもうたまらなくなった。
だが、
「少し、参加させてもらっていいだろうか」
先に口にしたのはジェレムスではなくシルヴィアだった。
練習着は持参していた。シルヴィアは外套を脱ぎ、しなやかな指先でシャツの襟元をゆるめる。あらわになった鎖骨が、鍛え抜かれた体と女性らしい曲線の微妙な調和を物語っていた。革の防具を滑らかな動作で肩にかけ、鎧をまとうかのように、その重みに慣れた手つきで留め具を締めていく。
ぴったりとした白のジャケットを腕に通す。曲線に沿って生地がフィットしていくたび、シルヴィアの身体のラインが強調される。普段の優美さとは異なる、戦士としての魅力があった。下半身は膝下丈のズボンだ。二重にしたハイソックスの具合をみるべく軽く膝を曲げ、グローブの革の感触を指先で確認する。
そしてシルヴィアは、鉄網のついたマスクを手に目を閉じて深く息を吸った。
彼女のまとう空気は一変している。学園卒業生の象徴たる淑女から、剣士の鋭い面持ちへと変貌したのだ。
鍛え抜かれた肉体と、精神の強さをたたえた姿でシルヴィアは更衣室を後にした。
更衣室から出ると、同様の装いのジェレムスが待っていた。使い古した練習着、広い肩幅、偉丈夫姿といっていい。
「さて剣術指南だ。揉んでやるとしようか」
ジェレムスは豪快に笑いかけた。
シルヴィアに相対した少女部員は、わずか五秒で一本を取られた。
「左足、踏み込みにかすかなためらいがあるようだ」
説くシルヴィアの言葉に熱心にうなずいている。少女は夢見るようなまなざしでシルヴィアを見ているが、見られている本人は気がついていないらしい。
まさにカリスマだな。
ジェレムスは誇らしい気持ちだった。
「ローギリアン卿」
若い部員に話しかけられた。
「卿はやめてくれ。まだ『団長』のほうがしっくりくる」
言いながらジェレムスは彼の顔をしげしげと見る。初対面のはずだが見覚えがある。
しばらく話して気がついた。
「驚いたな。あいつの」
「はい。長男です」
かつての同級生の子だったのだ。自身とリオがよく知る人物である。腰に手ぬぐいとサッシュがあるところからして上級生なのだろう。だが童顔で、青年というよりは少年と呼びたくなる。
「団長閣下、自分にも一手ご教授願えませんか」
「あいつの倅の頼みってんなら断れないな」
いささか決まり悪いが、と内心苦笑いしてジェレムスは練習剣を手にした。
無心に剣術に励んでいたころ――あの時代にこんな日が訪れるなど、想像したことすらなかった。
俺も歳を取ったね。
けど、こういう老け方なら満更でもないな。
手加減して少年をあやしつつ、ジェレムスは目元をゆるませている。
あとで学園交流部にも顔を出したいものだ。シルヴィアを連れて。
……いや。
ジェレムスは訂正した。
連れられて、だな。