RAYNOLA!! ~TESTAMENT~

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月26日 20時48分17秒


「それでは失礼いたしますわ、レイノーラ卿」

 優雅に膝を折りスカートを広げる子爵令嬢。
「ああ、すまなかったな。また懲りずに来てやってくれや」
「はい、次はお会いできる事を願っていますわ」
 ハスラム・レイノーラに見送られ笑顔を向けた子爵令嬢は、優雅に身を翻すと屋敷を後にした。

「ったく、シグルドの野郎、俺様に恥かかせやがって、帰ってきたらタダじゃおかねェからな」
 ハスラムは不機嫌に吐き捨てると、さっさと二階の自室へと引き上げてしまう。
「ただいまっ! ……ってあれ? どうしたの皆。暗い顔して」
 しばらくしてエルゼリオ・レイノーラが帰ってきた。エルゼリオはメイド達の沈んだ表情を不思議に思い問いかける。
「えっ、帰っちゃったの? そっか……まぁ、結果的に良かったのかな?」
 令嬢の帰還を知らされたエルゼリオは、驚くと共に安堵した。
「とりあえず、父上には言っておこう」
 そう言うと、片付けを始めるメイド達を横目に階段を上がり父の居室へ。
「父上、エルゼリオです」
 ノックをしハスラムに呼びかけた。
「入れ」
 と、中からの声にエルゼリオは扉を開け、入室する。
「父上、もう必要ないかもしれないけど、シグルド兄からの伝言だよ」
 エルゼリオはシグルドからの伝言をハスラムに伝えた。
「ったく、親のお節介を無駄にしやがって」
「お節介ってわかってるんだ……」
 不機嫌そうに聞いていたハスラムの物言いに、エルゼリオは苦笑する。
「なぁ、エルゼリオ」
 と、ハスラムがそんなエルゼリオに声をかけた。
「な、なに? お見合いならしないからねっ!?」
「誰もそんなこと言ってねぇだろうが」
 身構えるエルゼリオにハスラムは呆れる様に肩を竦める。

「シグルドのあれは、母の死のせいだと思うか?」

「え……?」
 突然呟くように口にしたハスラムに、エルゼリオは呆気にとられた。
「いや、何でもねぇ。忘れろ」
「な、なんだよ、藪から棒に」
「ともかくだ、あいつにはなんとしてでも嫁を貰ってもらう」
「えっ、諦めてなかったの!?」
「誰が諦めるなんて言った。俺様は諦めるのがローレラウラの女より嫌いなんだ!」
「ローレラウラの女性になんか恨みでもある……?」
 例えの意味不明さにエルゼリオは思わず聞き返す。
「でも、シグルド兄はどんな女性を紹介しても、うんとは言わないと思うんだけどなぁ……」
「やっぱり男か……あいつ、やけに軍部好きだからな」
「そう、男……いやいやいや! 違うでしょ! そういう事じゃなくて!! シグルド兄が軍部に詰めてるのは、兵站の管理とか人員の調整とか、兵の訓練とか、そういう裏方の事を全部一人でやってるからだよ! 軍に全然関係ないボクに入隊を進めるくらい忙しいんだよ!?」
 ふむと唸るハスラムに、エルゼリオは慌てて説明した。
「だから、今は必要ないって言ってたよ。というか、そっち方面にかまけてる余裕はなさそうだったよ。机の上に背丈位書類積んであったし……。そこは大将の父上の方がよくわかってるんじゃないの?」
「……なに? ちょっと待て、あいつの能力で処理できない程だと?」
「え?」
 きっと「あの童●野郎が」とか、そういう返しが来るかと思っていたエルゼリオは面食らう。
「エルゼリオ、詳しく話せ。シグルドは今何をやってやがる」
 まるで戦場にいる時の様な精悍な顔つきを見せる父に、エルゼリオは思わず姿勢を正し、軍部であった出来事を父に伝えた。

●
「……話は分かった」
「何かおかしなところでもあった……?」
 シグルドとの会話や、仕事風景をありのままに伝えたエルゼリオ。しかし、父の顔は更に厳しさを増した。
「エルゼリオ、依頼だ」
 ハスラムはしばらく何か考えていたかと思うと、エルゼリオに向き合いそう告げる。
「ち、父上、いくらボクが冒険者だからって依頼を全部受けるとは限らない――」
「オリガロッドの所へ行け」
「――んだよって、え、オリエ姉の所? なにしに行くの?」
「軍に戻れと伝えろ」
「え? ちょっと待って、それだけ? それ伝令の人でも良くない?」
「いいから黙って行け」
 そう言うと、ハスラムはエルゼリオの胸に拳を当てる。

「いいな、くれぐれも寄り道するなよ」

「……わかったよ」
 エルゼリオは父の拳に自分の手を重ねると、大きく頷いた。
「父上はこれからどうするの」
 ばさりとマントを翻したエルゼリオが、ハスラムに問いかける。
「俺様はちょっと野暮用ができた」
「シグルド兄の所には行ってあげないの?」
「あいつにはまだ余裕がある。この程度で潰れるようじゃ、レイノーラの嫡男は名乗れねぇからな」
「……ボク、次男でよかったよ」
「そんな事はいいから、さっさと行け。オリエは今帝国に居るはずだ」
「帝国だね。わかった行ってくる」
 そう言うと、ハスラムに見送られエルゼリオは部屋を後にした。

「……さぁてと。誰だ、俺様に喧嘩吹っ掛けてきやがった野郎は」
 誰も居なくなった部屋で、たハスラムは一人、不敵に微笑んだ――。

●
「くっ……あぁ駄目駄目だ。寝ている場合じゃない」
 飛びそうになる意識に席を立ち上がったシグルドは、両手を上げぐっと伸びをする。
 机の上に置かれた書類は減るどころか、更に数を増していた。
「明日までに片付けないとな……」
 机の隅に追いやられていたコーヒーカップを手に取り口を付けるが、既に飲み干していたことに気付き、代わりを調達しようと部屋を出る。

「お疲れ様であります!」

 扉を開いた途端、脇に控えていた女兵士の敬礼にあった。
「お前、まだいたのか。もう勤務時間ではないだろう」
 直立不動で敬礼をする顔馴染みの女兵士に、シグルドは苦笑する。
「はっ! 部屋から灯が漏れておりましたので、護衛任務を継続するべきと独断いたしました! 申し訳ありません!」
「……そうか。好きにすればいい」
「はっ! ありがとうございます! 護衛を続行させていただきます!」

 この真面目な女兵士は、レイノーラ軍にあっても少し変わった存在だった。軍に加入したのは2年ほど前。当時まだ16歳の少女だったが、口減らしの為に軍に入れられたそうだ。女だてらに腕は立つが、学が得る機会がなかったのだろう、勉学に関してはからっきし。しかし、シグルドは自分とよく似た愚直な性格をしたこの兵士を気に入り、護衛として傍に置いていた。

「何時になるかわからんぞ?」
「構いません!」
 重鎧を着込む18歳の女兵士は、微動だにせず敬礼を続けた。
「ふむ……それでは、少し頼まれ事をしてもらえるか?」
「はっ! 何なりと!」
 シグルドがそう言うと、ようやく敬礼の手を下した女兵士。どのような命が下るのかと少し緊張して待っていると――。
「これにおかわりを頼む」
 シグルドの差し出したカップに視線を落とし、呆気にとられる。
「そう残念そうな顔をするな」
「い、いえ、申し訳ありません! すぐにお持ちいたします!」
 女兵士は再び敬礼すると、シグルドからカップを慎重に受け取り、廊下を去っていった。

「……戻るか」
 そんな背中をしばらく目で追っていたシグルドは、再び扉をくぐり机へ向かう。
「ああ、そうだ」
 と、足を止めたシグルドは机ではなく壁際の本棚へと足を向けた。
「――この辺りか。いや、こちらの方がいいか? 待てよ、そもそも字が読めるのかあいつは」
 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、シグルドは本を選んでいく。
 しばらくそうしていると、扉がノックされた。
「入れ」
 シグルドが短くそう言うと、扉がゆっくりと開き、カップから珈琲をこぼさぬように慎重に運ぶ女兵士が現れた。
「お、お待たせしました。どちらにお持ちしましょう」
 そんな女兵士の姿に「入れ過ぎだ」と苦笑する。
「机に置いてくれ」
「はっ」
 いつもの10分の1もない声量で答えた女兵士は、ゆっくりと机にカップを置くと、ふぅと額の汗をぬぐった。
「助かった、ありがとう」
「とんでもありません! お口に合えばよろしいのですが!」
 再び元の声量に戻し、敬礼をもって答える女兵士。
「うん? お前が淹れたのか」
「はっ! この時間でしたので厨房は無人でありましたので、恐れながら自分がお淹れいたしました!」
「そうか、ありがとう。そうだ、礼といっては何だが、これをお前に貸そう」
 と、シグルドは敬礼する女兵士に一冊の本を差し出した。
「字は読めるか?」
「はっ!」
「そうか、よかった。護衛の間、暇だろう。これでも読んで時間を潰してくれ」
 差し出された本をまじまじと見つめる女兵士に、シグルドは続ける。
「し、しかし……」
「なに、この部屋の中に居ればバレやしない」
 そう言って、シグルドは半ば無理やりに女兵士に本を手渡すと、さっさと椅子へと戻った。
 女兵士は本を見つめながら、どうしたものかとしばらく悩んでいたが、覚悟を決めたのかドアの脇まで移動すると、直立不動のままページをめくり始めた。

 そんな女兵士を横目で見やりながら、シグルドは書類の山を崩しにかかる。
 最近複雑化した兵站の仕入れ先。一向に上がらない新兵の練度。伝達の不備による数々のミスの補填。
「……やはり、目の届かない所でのミスが多い」
 シグルドは書類を手に取り顔をしかめた。最近特に多くなった始末書の山。
 軍を統制する上で、失敗やミスの原因を探り再発しないように努めるのは重要な仕事の一つだ。しかし、それが最近やけに多い。
「こんな事で時間を取られている場合ではない……」
 ミスの後処理は、ただただ時間を浪費するだけで、まるで生産性の無い仕事だ。
 しかしそれでもやらないわけにはいかない。放置すれば軍は秩序を失い瓦解する。
 シグルドはミスの報告書を一枚一枚読み込み、解決策を記していく。
「なに、増員だと……?」
 そんな中、シグルドは一枚の書類に目を止め驚いた。
 その書類にはレイノーラ軍の華々しい活躍の功績として、兵力増強の達しが記載されていた。
「兵力増員は素直にありがたい。これで作戦の幅も広がる。……しかし」
 問題は自分の管理能力だ。現時点でさえ軍が機能するギリギリの状態だというのに、ここに更なる新兵が加わると、下手すれば統制が破綻する。
「……父上に相談しなくてはならんか」
 それは最終手段。レイノーラ軍への配属を希望した時から、後方での支援は全て自分が受け持つと決めた。だからこそ父が戦場で思い存分暴れることができる。それがレイノーラ軍の強さだと信じてやって来た。
 しかし、自分の処理能力が破綻すれば、それは軍の機能不全を意味する。
「いや、まだだ。まだやれることがあるはずだ」
 シグルドは何度も頭を振り弱気な考えを吹き飛ばすと、女兵士に淹れてもらった薄い珈琲に口を付けた。

「レイノーラ閣下!」

「……私は閣下ではない。どうした?」
 そんな時、声をかけてきたのは、女兵士だった。
「大変ためになりました! ありがとうございます!」
 と、先ほど渡した本を返してきたのだ。
「なに、もう読んだのか?」
「はっ! 書く方はまだまだですが字を読むのには少々自身があります!」
 仕事に没頭していたとはいえ、それほど時間も経っていない。
 出来るだけわかりやすい本を貸し与えたつもりだが、それでも速すぎる。
「こちらはまだかかる。そこの本棚に戻して次のものを選べ」
 シグルドは驚きながらも女兵士に壁際の本棚を指さした。
「よ、よろしいのでしょうか!」
「かまわない。好きに読んでくれ」
「あ、ありがとうございますっ!」
 今度は敬礼ではなく深く頭を下げた女兵士は、嬉しそうに重甲冑を揺らしながら本棚へと向かった。
「さて、もうひと踏ん張りやるか」
 そんな女兵士を好ましく思いながら、シグルドは再び書類へと向かった。

 時計は、日を跨いでいた――。

●
 レイノーラ邸からほど近い屋敷の一室。
「ふふ、流石ね、レイノーラ卿。野生の勘とでも言うのかしら」
 椅子に座り優雅に紅茶を啜る子爵令嬢の姿があった。
「でも、こちらも素人ではないのよ」
 窓から僅かに見えるレイノーラ邸を眺め、令嬢はほくそ笑む。
「貴方には貴方に相応しい苦痛を与えてあげる」
 紅茶の入ったカップを机に戻し、瞳を閉じる。
「少しやり過ぎたのよ。貴方を邪魔に思う人間がこの王国にどれだけいるか、その身をもって知りなさい」
 これから起こる楽しい時間を想像し令嬢は口元を歪ませると、レイノーラ邸で待つ相棒にエーテルリンクを繋げた――。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0