セロン達の冬季捜索行
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年01月27日 09時13分10秒
セロンガード・シュタインドルフが十六歳の時の話だ。
初詣を終えた後の長期休暇中、セロンはカサンドラ、ゾフィーの二人と共に大陸を巡り紅瞳子の行方を捜していた。
その最中、帝国の外れ、辺境の地域を旅していた時の事である。
セロン達三人は街道の傍で火を熾し野営をしていた。
皆一様に(少女達にはそれぞれ拘りがあるのかデザインに少々の差異はあったが)分厚い外套を着込み、さらに毛皮のマントを羽織っていた。今の季節は冬季真っ只中だったからだ。
帝国内では大分南寄りとはいえ、それでもこの地域の冬は最高気温でも氷点下に達する。常人が通常装備で野営するには非常に厳しい気候であった。
セロン達は授恵者であり、そして体内のエーテルを活性化し低温への耐性を得る技能を体得していたから、大分マシではあったが、それでもやはり寒い事は寒い為、全員防寒装備は万全にしてこの捜索行に出ていた。
冬夜の大草原の真っ只中にて、煌々と火の粉を散らす焚火の上には、取り外し可能な三脚のついた小型の鉄鍋が置かれ、鍋の中では刻んだ野草がふんだんに入れられた吸い物が煮られていた。
干し肉も多少だが入っていて、調味料と香辛料で味が整えられている。
「お待ちどうさま」
「有難う」
セロンは礼を言ってカサンドラから野草のスープが入った器を受け取り啜った。
適度な塩味と香ばしさ、そして暖かさが冷えた身に染みてゆく。
野草は道すがら摘んだものだし、有り合わせの材料で作られたものだから、本来味に期待出来る食べ物ではなかったのだが、それでもカサンドラが調理するとそれなりに美味い物になるから不思議だ。
主食の堅パンはまるで石のようで、そのままではとても喰えたものじゃないのだが、適度な大きさにダガーで切断して、野菜スープに浸せば、まぁまぁ美味い。ゾフィーが湯気立つスープを啜り破顔して、
「いやーホント、キャシーが部隊に入ってくれて助かったよ」
「……そう?」
薄紫髪ロングの少女がしゃもじを胸の前で両手で持ち小首を傾げる。
セロンはスープに浸してふやかしたパンを咀嚼して呑み込むと頷き、
「うん、僕とゾフィーが作る野戦食なんて人間の食べ物じゃないからな」
「ねー、毎日まともな食事を野外で取れるだけでも大分助かるよ」
「ゾフィーが極北で作った料理は忘れられない」
「あ、セロン、キャシーの前でその話題だす? 戦争だよセロン? 戦争だよ?」
そんな会話を交わしつつ食事を終えると眠りに入る。
眠る時は三交代で見張りを立てていて、大体、カサンドラ、セロン、ゾフィーの順番だった。
セロンが一番きつい時間帯だが、カサンドラは毎日の調理を担当しているし、ゾフィーは一つ年下で後輩なので仕方ない。
少し眠った後にカサンドラから優しく揺り起こされ目を覚ます。
「ごめんなさいセロン、交代の時刻よ……」
「あぁ、うん、有難う」
二言、三言、言葉を交わし起き上がる。
入れ替わりにカサンドラが焚火の傍で毛皮のマントを毛布がわりにしてくるまり、身を胎児のように丸めながら眠りに入る。
傍らではゾフィーがすやすやとヨダレを垂らしながら穏やかな寝顔を晒していた。
(さて、二人の安眠を守る為にも、見張り、見張り、と……)
セロンはコキコキと首を鳴らしながら短弓を手に座った。
暗視の能力で遠くまでを見渡す。
ぼんやりと時間が過ぎてゆく。
冬の深夜の大平原の闇は深い。
(……静かだ)
パチパチと焚き木の爆ぜる音と、傍らで眠る少女達の寝息だけが響いていた。
凍てついた澄んだ黒天には百億の星々が煌いている。
●
深夜、月が中央を通り過ぎ傾いた頃、セロンはゾフィーを静かに揺り起こし見張りを交代した。
「ふぇぇ……」
「ゾフィー、交代だよ」
「ふぁああい……」
目をこすりながら起きたゾフィーと声を潜め言葉を交わしてから毛皮のマントにくるまり焚火の傍で眠りにつく。焚火を挟んだ先でカサンドラがいとけなさを残した顔ですぅすぅと寝息を立てている。
瞳を閉じるとあっという間に朝が来た。
「あたっらしーいーあっさが来たー! きしょー!」
ゾフィーからやかましい声を受け、起きろー起きろーと激しく揺り起こされる。
「あぁあぁもう、もうちょっと穏やかに起こしてくれ!」
「へへーん、一度目でさっさと起きないのが悪い~」
「二度目?」
「うん、二度目ー」
寝ぼけ眼をこすりながら開けると焚火にかけられた鍋が見えた。
視線を動かすとカサンドラがしゃもじで中身をかき混ぜている。
目が会うと少女は碧眼を柔らかく細め、
「もうすぐ朝ご飯できるわよ」
と微笑んだ。
朝食を済ませると、野営を片づけ、後始末をし今日もまた道を歩き出す。
帝国の大地は峻厳だったが、中央集権された大陸一の強国なだけに、街道がきちんと整備されているのが幸いだった。
●
茶けた土が多く見える痩せた草原の道を行き、大きな街道に合流し、昼に差し掛かった頃の事だ。
丘陵の間を抜ける曲がりくねった道を進んでいる時、セロンは向かい来る風に乗り運ばれ来る人の叫び声を聞いた。
戦いの声だ。
「セロン!」
「どうします?」
ゾフィーが緊迫を顔に浮かべ振り向き、カサンドラが表情を消した。
「まずは様子を確認しよう」
セロンは背から深い反りと反り返しが入った幻獣の骨と腱とミスリルらを張り合わせて作られている合成短弓を取り出すと、街道沿いの手近な丘へと向かい小走りに駆け出した。
丘上に立つと行く手の街道の傍で人馬が入り乱れているのが見えた。馬車も一つある。昼食の為に小休止でもしていたのだろうか、炊事の鍋なども見えた。
人の数は三十人程度だろうか。
「休憩中の商隊を盗賊が襲った、そんな所かな?」
思案しながら言うとゾフィーが頷く、
「多分、そうだと思う」
「助けますか?」
カサンドラがセロンに問いつつ合成短弓を片手に腰の矢筒から徹甲矢を引き抜いた。
それを見てゾフィーが背からミスリルの魔弓を取り出し始める。
「うん、行こう。戦域右手の丘上から商隊の側を援護する」
セロンは頷き、駆け出した。
民の安全な交通を守るのは帝国軍人の務めだ。そうでなくとも、見過ごす訳にはいかなかった。
●
賊側の数は二十程のようで全員騎乗していた。毛皮の厚手の服を着込み、頭にも毛皮の帽子をかぶっている。手に短弓を持ち腰に曲刀を佩いていた。弓騎兵だ。
商隊の側にも護衛はついていたが、その数は十名程度で、しかも剣や槍で武装した者が多く、騎馬の機動力と弓の射程の前に翻弄されていた。
長弓で武装した者や杖を持った者も一人づついたが、彼等は集中的に射撃を受け瞬く間に射倒されている。
戦域の右側の丘上へと移動したセロン達は、弓に矢を番えると狙いをつけ撃ち放った。
セロンの矢が一騎の頭を撃ち抜いて倒し、ゾフィーの矢が一騎の背を射抜いて落馬させ、カサンドラの矢が一騎の左胸をぶち抜いて馬上から強制的に吹き飛ばす。
賊達は新手にすぐに気づいたらしく口々に叫び声をあげた。
セロン達が矢継ぎ早に二射目を放ち、矢を受けた賊達が倒れてゆく。生き残りの十数騎が、反時計回りに丘上へと向かい拍車を入れ馬を駆けさせ登り来た。鞍上で上半身を捻り短弓に矢を番え引き絞り放って来る。
セロンは横っ飛びに低く跳んだ。煌く矢が身を掠め空間を貫き、あるいは地に生えるように突き立ってゆく。
丘上を転がりながら起き上がると、撃ち合いは分が悪いと見たか弓騎兵達が剣を抜き放ちセロンへと向かい迫り来ていた。抜剣騎馬突撃。
セロンは腰の矢筒から三本の矢を複数の指の間に挟みつつ一気に引き抜くと素早く番えた。引き絞る、というよりも弓身を前に押し出すように使い暴風雨の如くに連射してゆく。
0.6秒間に三連射する速射術の奥義だ。
精度と威力が大幅に落ちる撃ち方だったが、真っ直ぐに突っ込んで来る騎兵は良い的で、さらに敵は機動力を重視しているのか金属の鎧を着込んでおらず、毛皮の服を着ているのみだった。
三騎の騎兵の胸に瞬く間に生えるように矢が突き立ち、賊達が驚愕と苦痛の呻き声をあげながら鞍上より転がり落ちてゆく。
セロンは間髪入れずに次の三本の矢を引き抜くとさらに猛連射する。騎兵達がさらに鞍から次々に転がり落ちてゆく。
「退けッ! 退けッーーー!!」
これは堪らぬと見たのか、声を枯らさんばかりに一騎が叫んだ。弾かれたように弓騎兵達が進路を変える。
セロン達は追撃しさらに数騎を射倒したが、全滅させるまでは届かず、数騎は稜線の陰へと入って射線を切り、逃走していった。
「相変わらず、流石ねセロン」
カサンドラが称賛を送って来たので振り向いて言う。
「そっちも。普通、人はなかなかああいう風には吹っ飛ばないよ」
「諜報部の弓は良い弓だから」
会話をかわしつつ負傷を確認する。
セロンとカサンドラは無傷だったがゾフィーが頬に少し深めの切り傷を負っていたのでヒールで治す。
丘を降りて商隊へと向かうと恰幅の良い矮躯の男と精悍な体格の長身の男が近づいて来た。
恰幅の良い男はこの商隊の長だと名乗り、大仰な身振り手振りと笑顔で感謝の意を示して来た。この商隊は帝国に本拠地を置く商会に所属している交易隊で、精悍な体躯の男は護衛の傭兵隊長であるらしい。
セロンは笑顔と会釈を返すと、
「私はセロンガード・シュタインドルフと申します。今は休暇中ですが私達はシルトラース帝国軍第七四大隊に所属している者です」
第七四大隊員はヴェヒター・ヌルの隊員達が使う偽造身分の一つだ。
軍に問い合わせれば七十四大隊は軍内の伝令に携わる特殊部隊だとの説明がかえってくるだろう。
「おぉ、帝国軍の! 通りで見事なお手並み! 流石は我らが祖国の精鋭達だ!」
商隊長は感嘆と得心の声をあげていた。
互いに所属を明らかにした所で被害状況を尋ねると、
「……正確な所はまだ把握しきれていませんが……少なくとも何人かはやられました……」
商人は肩を落とし首を振った。
「しかし此度は助かりました。お働きに見合った額かは心許無いのですが、礼はさせていただきますぞ」
そんなやりとりを交わしていた最中の事である。
「――シグルーンがいない!」
少年の叫び声があがった。
●
シグルーン、というのは護衛についていた傭兵の少女の名で、戦死はしなかったのだが、どうも先の攻防中に騎兵に攫われていってしまったらしい。
叫んでいるのは頭部に包帯を巻いている赤髪の少年で、彼女の兄だそうだ。兜越しに頭部に矢を受け気絶していたのだが、目を覚ましたら妹の姿が無く、周囲に確認したら「攫われていくのを見た」との事。見目が麗しい少女だったらしいので、高く売れると判断されたのかもしれない。
「助けには……」
少年が切望を瞳に宿して傭兵隊長を見たが彼は首を横に振った。
無理だ、と。
恐らく敵はこの付近の山の古砦を根城にしていると噂される盗賊達で、シグルーンもそこへ連れ去られたものだと思われた。
しかし傭兵達は初め十人いたが三人が殺され、生き残りも皆、大なり小なり負傷してしまっている。商隊の護衛もしなければならない。賊を追って敵の本拠地へと乗り込むなど不可能事だった。
「……俺達は傭兵だ。こういう事も含めての商売だ」
周囲の仲間達からも言われ、少年は俯いて唇を噛み、拳を握った。
すると、商人の男が、見かねたのだろう。
「……あの、シュタインドルフ様、折り入ってご相談があるのですが……」
「……なんでしょう?」
「その、攫われたシグルーンという娘をどうにか救出していただく、という事は可能でしょうか? 無論タダでとは申しません」
商人が提示した金額は結構な額だった。
傭兵隊長が声をあげた。
「旦那様……」
「お前達には長年世話になってるからねぇ。まぁ今年のボーナスは出せなくなるけど、そこは許して欲しいかな」
「仕方ありません。それでも勿体ないお話です。お引き受けいただけるなら、是非お願いしたい。シグルーンは我々にとって家族のようなものですから、助けられるなら、助けたい」
皆から愛されている娘なのだろう、商人や傭兵達は対価を差し出す事に躊躇いは――もしかしたらあったのかもしれないが、それを振り切って決断するくらいの覚悟は持ち得た様子だった。
セロンがカサンドラとゾフィーへと視線を向けるとカサンドラは真剣な表情で、ゾフィーは非常に何か言いたげな顰めっ面をしていたが、二人ともに頷いた。
セロンは商人達に尋ねた。
「……その山中の古砦というのはどれ程の距離にあるのか、わかりますか?」
しかし、彼等にもそれは解らないのだという。
というのも噂というのもちらっと聞いたあやふやなもので、これほどの規模の賊が本当に存在して襲って来るとは本気では思っていなかったらしい。まさか本当に、であったと。
(まぁそれもそうか)
正確に知っていたなら、もっと護衛を増やすか、道を変えていた筈だ。
諸々を含め考えてからセロンは言った。
「……五日、捜索にあてられる期間は五日のみです。見つけられなくとも、救出できなくとも、提示金額の半金はいただきます。そしてその半金はこの場で前払いで頂戴いたします。それでもよろしいか?」
商人の目を見据え問いかける。
彼からすればセロン達が前金を持ち逃げしない保証なんてものは無い筈だったが、彼は躊躇わず頷いた。
「構いません」
どうやら商人はセロン達を信用すると決めたらしい。
「――わかりました。救出に成功した場合、シグルーンさんをどちらに連れてゆけば良いですか?」
「この先に宿場町が一つあります。そこの銀の車輪亭という宿にお連れいただけましたらと。我々はそこに二週間程逗留する予定です。もしも我々がいなかった場合、銀の車輪亭の女将にお預けください。事情は伝えておきます」
「解りました」
かくてセロン達は礼金と救出依頼の半金を受け取り、攫われた娘を救出する為、馬の足跡を辿って盗賊達のアジトがあるという山へと向かったのだった。
●
商人達と別れ足跡を追跡中、セロンはふと思い出して言った。
「そういえばゾフィー、さっき何か言いたそうな顔をしていたけれど」
「あぁ、別にたいした事じゃないよ」
「あの形相は大した事じゃないの?」
「無いの」
ぷくーっと銀髪少女は頬を膨らませた。
「たいした事あったら言うし」
「ふぅん。じゃあ何なんだい」
セロンが尋ねるとゾフィーはむぅと唸ってから、
「……いやー、ずるいなぁと思って」
「ずるい?」
「そのシグルーンって人」
セロンにはよく解らなかった。
「何が?」
「だって、人の命なんて二束三文な世の中じゃん。すぱっと見捨てた方が後腐れも無いし費用もかからないのに、なんで皆、安くない身銭を切って助けようとしてくれるの? 家族みたいなものだって? けれど家族って、もしも攫われたのが私だったら、絶対、うちの家族は見捨ててくれるね、賭けても良い。助けて貰える人達と見捨てられる人間達の差は一体何なの?」
「多分、人望とか可愛げとかの差かなぁ」
「うぐっ! 刺さる! その言葉は刺さる! 泣くよセロン!!」
少女が本当に涙目になっているのを見てセロンは笑った。
「冗談だ。それにもし今回と同じような状況下でゾフィーが攫われたら僕は助けにいくよ」
「…………ホントにィ?」
「本当だ」
「…………ふーん」
ゾフィーはそっぽを向いた。
ただ、さすがにそろそろ付き合いもそれなりの長さになって来たので、不機嫌そうでない事は、その後ろ姿からセロンはなんとなく感じ取れたのだった。
●
足跡を追い夜には山中へと入ったセロン達は割とあっさりと山賊達の砦を発見した。
足跡は途中で巧妙に消されていて、一時期、手掛かりを完全に失ったのだが、炊事で用いたらしき煙が一条、夜空に上がっているのが見えたからだ。
夜目が効かない普通の人間達なら、まず見落とすものだったが、精鋭諜報部隊の隊員たるセロン達は暗闇を昼のように見通す技能を持っている。
その為、少量の煙を見逃さず、山中に隠れるようにしてあった古砦を発見する事が出来たのだった。
闇夜に紛れ古砦へと忍び寄り、フック付きロープを用いて逆茂木を越え、砦内へと潜入したセロン達は、まずシグルーンを捜した。
古砦内を探ってゆくと地下の牢屋にそれらしき少女がいたので救出した。なお見張り達は狙撃と忍び寄っての短剣で仕留めた。
それから人質を取られる心配が無くなったので、奇襲を仕掛けて砦内の盗賊達を殲滅した。
それなりに溜め込んでいたらしい金銀財宝を押収し、馬に積み込んだ。戦利品である。
別動隊がいないとも限らないので、セロン達は砦を後にして下山、奪った馬に乗り、夜通し進んで隊商へと追いついたのだった。
●
酷く眠かったので泥のように眠り一晩明け翌朝。
「いやはや、昨晩も申し上げましたが、まさかこうも早くにシグルーンを救っていただいた上に、おまけに賊まで潰していただけるとは」
「賊はあれですべてなのかの確証はありませんが……まぁ授恵者に対する警戒が低かったのが幸いでした」
もしも授恵者の技能を把握している者が賊達に居たならば、夜間でも煙に対する処理をもう少し慎重にしていた事だろう。
そうなれば発見は遅れ、潜入や奇襲は困難だったかもしれない。
「それで、お話と言うのは……?」
「あぁそれなのですが」
初詣を終えた後の長期休暇中、セロンはカサンドラ、ゾフィーの二人と共に大陸を巡り紅瞳子の行方を捜していた。
その最中、帝国の外れ、辺境の地域を旅していた時の事である。
セロン達三人は街道の傍で火を熾し野営をしていた。
皆一様に(少女達にはそれぞれ拘りがあるのかデザインに少々の差異はあったが)分厚い外套を着込み、さらに毛皮のマントを羽織っていた。今の季節は冬季真っ只中だったからだ。
帝国内では大分南寄りとはいえ、それでもこの地域の冬は最高気温でも氷点下に達する。常人が通常装備で野営するには非常に厳しい気候であった。
セロン達は授恵者であり、そして体内のエーテルを活性化し低温への耐性を得る技能を体得していたから、大分マシではあったが、それでもやはり寒い事は寒い為、全員防寒装備は万全にしてこの捜索行に出ていた。
冬夜の大草原の真っ只中にて、煌々と火の粉を散らす焚火の上には、取り外し可能な三脚のついた小型の鉄鍋が置かれ、鍋の中では刻んだ野草がふんだんに入れられた吸い物が煮られていた。
干し肉も多少だが入っていて、調味料と香辛料で味が整えられている。
「お待ちどうさま」
「有難う」
セロンは礼を言ってカサンドラから野草のスープが入った器を受け取り啜った。
適度な塩味と香ばしさ、そして暖かさが冷えた身に染みてゆく。
野草は道すがら摘んだものだし、有り合わせの材料で作られたものだから、本来味に期待出来る食べ物ではなかったのだが、それでもカサンドラが調理するとそれなりに美味い物になるから不思議だ。
主食の堅パンはまるで石のようで、そのままではとても喰えたものじゃないのだが、適度な大きさにダガーで切断して、野菜スープに浸せば、まぁまぁ美味い。ゾフィーが湯気立つスープを啜り破顔して、
「いやーホント、キャシーが部隊に入ってくれて助かったよ」
「……そう?」
薄紫髪ロングの少女がしゃもじを胸の前で両手で持ち小首を傾げる。
セロンはスープに浸してふやかしたパンを咀嚼して呑み込むと頷き、
「うん、僕とゾフィーが作る野戦食なんて人間の食べ物じゃないからな」
「ねー、毎日まともな食事を野外で取れるだけでも大分助かるよ」
「ゾフィーが極北で作った料理は忘れられない」
「あ、セロン、キャシーの前でその話題だす? 戦争だよセロン? 戦争だよ?」
そんな会話を交わしつつ食事を終えると眠りに入る。
眠る時は三交代で見張りを立てていて、大体、カサンドラ、セロン、ゾフィーの順番だった。
セロンが一番きつい時間帯だが、カサンドラは毎日の調理を担当しているし、ゾフィーは一つ年下で後輩なので仕方ない。
少し眠った後にカサンドラから優しく揺り起こされ目を覚ます。
「ごめんなさいセロン、交代の時刻よ……」
「あぁ、うん、有難う」
二言、三言、言葉を交わし起き上がる。
入れ替わりにカサンドラが焚火の傍で毛皮のマントを毛布がわりにしてくるまり、身を胎児のように丸めながら眠りに入る。
傍らではゾフィーがすやすやとヨダレを垂らしながら穏やかな寝顔を晒していた。
(さて、二人の安眠を守る為にも、見張り、見張り、と……)
セロンはコキコキと首を鳴らしながら短弓を手に座った。
暗視の能力で遠くまでを見渡す。
ぼんやりと時間が過ぎてゆく。
冬の深夜の大平原の闇は深い。
(……静かだ)
パチパチと焚き木の爆ぜる音と、傍らで眠る少女達の寝息だけが響いていた。
凍てついた澄んだ黒天には百億の星々が煌いている。
●
深夜、月が中央を通り過ぎ傾いた頃、セロンはゾフィーを静かに揺り起こし見張りを交代した。
「ふぇぇ……」
「ゾフィー、交代だよ」
「ふぁああい……」
目をこすりながら起きたゾフィーと声を潜め言葉を交わしてから毛皮のマントにくるまり焚火の傍で眠りにつく。焚火を挟んだ先でカサンドラがいとけなさを残した顔ですぅすぅと寝息を立てている。
瞳を閉じるとあっという間に朝が来た。
「あたっらしーいーあっさが来たー! きしょー!」
ゾフィーからやかましい声を受け、起きろー起きろーと激しく揺り起こされる。
「あぁあぁもう、もうちょっと穏やかに起こしてくれ!」
「へへーん、一度目でさっさと起きないのが悪い~」
「二度目?」
「うん、二度目ー」
寝ぼけ眼をこすりながら開けると焚火にかけられた鍋が見えた。
視線を動かすとカサンドラがしゃもじで中身をかき混ぜている。
目が会うと少女は碧眼を柔らかく細め、
「もうすぐ朝ご飯できるわよ」
と微笑んだ。
朝食を済ませると、野営を片づけ、後始末をし今日もまた道を歩き出す。
帝国の大地は峻厳だったが、中央集権された大陸一の強国なだけに、街道がきちんと整備されているのが幸いだった。
●
茶けた土が多く見える痩せた草原の道を行き、大きな街道に合流し、昼に差し掛かった頃の事だ。
丘陵の間を抜ける曲がりくねった道を進んでいる時、セロンは向かい来る風に乗り運ばれ来る人の叫び声を聞いた。
戦いの声だ。
「セロン!」
「どうします?」
ゾフィーが緊迫を顔に浮かべ振り向き、カサンドラが表情を消した。
「まずは様子を確認しよう」
セロンは背から深い反りと反り返しが入った幻獣の骨と腱とミスリルらを張り合わせて作られている合成短弓を取り出すと、街道沿いの手近な丘へと向かい小走りに駆け出した。
丘上に立つと行く手の街道の傍で人馬が入り乱れているのが見えた。馬車も一つある。昼食の為に小休止でもしていたのだろうか、炊事の鍋なども見えた。
人の数は三十人程度だろうか。
「休憩中の商隊を盗賊が襲った、そんな所かな?」
思案しながら言うとゾフィーが頷く、
「多分、そうだと思う」
「助けますか?」
カサンドラがセロンに問いつつ合成短弓を片手に腰の矢筒から徹甲矢を引き抜いた。
それを見てゾフィーが背からミスリルの魔弓を取り出し始める。
「うん、行こう。戦域右手の丘上から商隊の側を援護する」
セロンは頷き、駆け出した。
民の安全な交通を守るのは帝国軍人の務めだ。そうでなくとも、見過ごす訳にはいかなかった。
●
賊側の数は二十程のようで全員騎乗していた。毛皮の厚手の服を着込み、頭にも毛皮の帽子をかぶっている。手に短弓を持ち腰に曲刀を佩いていた。弓騎兵だ。
商隊の側にも護衛はついていたが、その数は十名程度で、しかも剣や槍で武装した者が多く、騎馬の機動力と弓の射程の前に翻弄されていた。
長弓で武装した者や杖を持った者も一人づついたが、彼等は集中的に射撃を受け瞬く間に射倒されている。
戦域の右側の丘上へと移動したセロン達は、弓に矢を番えると狙いをつけ撃ち放った。
セロンの矢が一騎の頭を撃ち抜いて倒し、ゾフィーの矢が一騎の背を射抜いて落馬させ、カサンドラの矢が一騎の左胸をぶち抜いて馬上から強制的に吹き飛ばす。
賊達は新手にすぐに気づいたらしく口々に叫び声をあげた。
セロン達が矢継ぎ早に二射目を放ち、矢を受けた賊達が倒れてゆく。生き残りの十数騎が、反時計回りに丘上へと向かい拍車を入れ馬を駆けさせ登り来た。鞍上で上半身を捻り短弓に矢を番え引き絞り放って来る。
セロンは横っ飛びに低く跳んだ。煌く矢が身を掠め空間を貫き、あるいは地に生えるように突き立ってゆく。
丘上を転がりながら起き上がると、撃ち合いは分が悪いと見たか弓騎兵達が剣を抜き放ちセロンへと向かい迫り来ていた。抜剣騎馬突撃。
セロンは腰の矢筒から三本の矢を複数の指の間に挟みつつ一気に引き抜くと素早く番えた。引き絞る、というよりも弓身を前に押し出すように使い暴風雨の如くに連射してゆく。
0.6秒間に三連射する速射術の奥義だ。
精度と威力が大幅に落ちる撃ち方だったが、真っ直ぐに突っ込んで来る騎兵は良い的で、さらに敵は機動力を重視しているのか金属の鎧を着込んでおらず、毛皮の服を着ているのみだった。
三騎の騎兵の胸に瞬く間に生えるように矢が突き立ち、賊達が驚愕と苦痛の呻き声をあげながら鞍上より転がり落ちてゆく。
セロンは間髪入れずに次の三本の矢を引き抜くとさらに猛連射する。騎兵達がさらに鞍から次々に転がり落ちてゆく。
「退けッ! 退けッーーー!!」
これは堪らぬと見たのか、声を枯らさんばかりに一騎が叫んだ。弾かれたように弓騎兵達が進路を変える。
セロン達は追撃しさらに数騎を射倒したが、全滅させるまでは届かず、数騎は稜線の陰へと入って射線を切り、逃走していった。
「相変わらず、流石ねセロン」
カサンドラが称賛を送って来たので振り向いて言う。
「そっちも。普通、人はなかなかああいう風には吹っ飛ばないよ」
「諜報部の弓は良い弓だから」
会話をかわしつつ負傷を確認する。
セロンとカサンドラは無傷だったがゾフィーが頬に少し深めの切り傷を負っていたのでヒールで治す。
丘を降りて商隊へと向かうと恰幅の良い矮躯の男と精悍な体格の長身の男が近づいて来た。
恰幅の良い男はこの商隊の長だと名乗り、大仰な身振り手振りと笑顔で感謝の意を示して来た。この商隊は帝国に本拠地を置く商会に所属している交易隊で、精悍な体躯の男は護衛の傭兵隊長であるらしい。
セロンは笑顔と会釈を返すと、
「私はセロンガード・シュタインドルフと申します。今は休暇中ですが私達はシルトラース帝国軍第七四大隊に所属している者です」
第七四大隊員はヴェヒター・ヌルの隊員達が使う偽造身分の一つだ。
軍に問い合わせれば七十四大隊は軍内の伝令に携わる特殊部隊だとの説明がかえってくるだろう。
「おぉ、帝国軍の! 通りで見事なお手並み! 流石は我らが祖国の精鋭達だ!」
商隊長は感嘆と得心の声をあげていた。
互いに所属を明らかにした所で被害状況を尋ねると、
「……正確な所はまだ把握しきれていませんが……少なくとも何人かはやられました……」
商人は肩を落とし首を振った。
「しかし此度は助かりました。お働きに見合った額かは心許無いのですが、礼はさせていただきますぞ」
そんなやりとりを交わしていた最中の事である。
「――シグルーンがいない!」
少年の叫び声があがった。
●
シグルーン、というのは護衛についていた傭兵の少女の名で、戦死はしなかったのだが、どうも先の攻防中に騎兵に攫われていってしまったらしい。
叫んでいるのは頭部に包帯を巻いている赤髪の少年で、彼女の兄だそうだ。兜越しに頭部に矢を受け気絶していたのだが、目を覚ましたら妹の姿が無く、周囲に確認したら「攫われていくのを見た」との事。見目が麗しい少女だったらしいので、高く売れると判断されたのかもしれない。
「助けには……」
少年が切望を瞳に宿して傭兵隊長を見たが彼は首を横に振った。
無理だ、と。
恐らく敵はこの付近の山の古砦を根城にしていると噂される盗賊達で、シグルーンもそこへ連れ去られたものだと思われた。
しかし傭兵達は初め十人いたが三人が殺され、生き残りも皆、大なり小なり負傷してしまっている。商隊の護衛もしなければならない。賊を追って敵の本拠地へと乗り込むなど不可能事だった。
「……俺達は傭兵だ。こういう事も含めての商売だ」
周囲の仲間達からも言われ、少年は俯いて唇を噛み、拳を握った。
すると、商人の男が、見かねたのだろう。
「……あの、シュタインドルフ様、折り入ってご相談があるのですが……」
「……なんでしょう?」
「その、攫われたシグルーンという娘をどうにか救出していただく、という事は可能でしょうか? 無論タダでとは申しません」
商人が提示した金額は結構な額だった。
傭兵隊長が声をあげた。
「旦那様……」
「お前達には長年世話になってるからねぇ。まぁ今年のボーナスは出せなくなるけど、そこは許して欲しいかな」
「仕方ありません。それでも勿体ないお話です。お引き受けいただけるなら、是非お願いしたい。シグルーンは我々にとって家族のようなものですから、助けられるなら、助けたい」
皆から愛されている娘なのだろう、商人や傭兵達は対価を差し出す事に躊躇いは――もしかしたらあったのかもしれないが、それを振り切って決断するくらいの覚悟は持ち得た様子だった。
セロンがカサンドラとゾフィーへと視線を向けるとカサンドラは真剣な表情で、ゾフィーは非常に何か言いたげな顰めっ面をしていたが、二人ともに頷いた。
セロンは商人達に尋ねた。
「……その山中の古砦というのはどれ程の距離にあるのか、わかりますか?」
しかし、彼等にもそれは解らないのだという。
というのも噂というのもちらっと聞いたあやふやなもので、これほどの規模の賊が本当に存在して襲って来るとは本気では思っていなかったらしい。まさか本当に、であったと。
(まぁそれもそうか)
正確に知っていたなら、もっと護衛を増やすか、道を変えていた筈だ。
諸々を含め考えてからセロンは言った。
「……五日、捜索にあてられる期間は五日のみです。見つけられなくとも、救出できなくとも、提示金額の半金はいただきます。そしてその半金はこの場で前払いで頂戴いたします。それでもよろしいか?」
商人の目を見据え問いかける。
彼からすればセロン達が前金を持ち逃げしない保証なんてものは無い筈だったが、彼は躊躇わず頷いた。
「構いません」
どうやら商人はセロン達を信用すると決めたらしい。
「――わかりました。救出に成功した場合、シグルーンさんをどちらに連れてゆけば良いですか?」
「この先に宿場町が一つあります。そこの銀の車輪亭という宿にお連れいただけましたらと。我々はそこに二週間程逗留する予定です。もしも我々がいなかった場合、銀の車輪亭の女将にお預けください。事情は伝えておきます」
「解りました」
かくてセロン達は礼金と救出依頼の半金を受け取り、攫われた娘を救出する為、馬の足跡を辿って盗賊達のアジトがあるという山へと向かったのだった。
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商人達と別れ足跡を追跡中、セロンはふと思い出して言った。
「そういえばゾフィー、さっき何か言いたそうな顔をしていたけれど」
「あぁ、別にたいした事じゃないよ」
「あの形相は大した事じゃないの?」
「無いの」
ぷくーっと銀髪少女は頬を膨らませた。
「たいした事あったら言うし」
「ふぅん。じゃあ何なんだい」
セロンが尋ねるとゾフィーはむぅと唸ってから、
「……いやー、ずるいなぁと思って」
「ずるい?」
「そのシグルーンって人」
セロンにはよく解らなかった。
「何が?」
「だって、人の命なんて二束三文な世の中じゃん。すぱっと見捨てた方が後腐れも無いし費用もかからないのに、なんで皆、安くない身銭を切って助けようとしてくれるの? 家族みたいなものだって? けれど家族って、もしも攫われたのが私だったら、絶対、うちの家族は見捨ててくれるね、賭けても良い。助けて貰える人達と見捨てられる人間達の差は一体何なの?」
「多分、人望とか可愛げとかの差かなぁ」
「うぐっ! 刺さる! その言葉は刺さる! 泣くよセロン!!」
少女が本当に涙目になっているのを見てセロンは笑った。
「冗談だ。それにもし今回と同じような状況下でゾフィーが攫われたら僕は助けにいくよ」
「…………ホントにィ?」
「本当だ」
「…………ふーん」
ゾフィーはそっぽを向いた。
ただ、さすがにそろそろ付き合いもそれなりの長さになって来たので、不機嫌そうでない事は、その後ろ姿からセロンはなんとなく感じ取れたのだった。
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足跡を追い夜には山中へと入ったセロン達は割とあっさりと山賊達の砦を発見した。
足跡は途中で巧妙に消されていて、一時期、手掛かりを完全に失ったのだが、炊事で用いたらしき煙が一条、夜空に上がっているのが見えたからだ。
夜目が効かない普通の人間達なら、まず見落とすものだったが、精鋭諜報部隊の隊員たるセロン達は暗闇を昼のように見通す技能を持っている。
その為、少量の煙を見逃さず、山中に隠れるようにしてあった古砦を発見する事が出来たのだった。
闇夜に紛れ古砦へと忍び寄り、フック付きロープを用いて逆茂木を越え、砦内へと潜入したセロン達は、まずシグルーンを捜した。
古砦内を探ってゆくと地下の牢屋にそれらしき少女がいたので救出した。なお見張り達は狙撃と忍び寄っての短剣で仕留めた。
それから人質を取られる心配が無くなったので、奇襲を仕掛けて砦内の盗賊達を殲滅した。
それなりに溜め込んでいたらしい金銀財宝を押収し、馬に積み込んだ。戦利品である。
別動隊がいないとも限らないので、セロン達は砦を後にして下山、奪った馬に乗り、夜通し進んで隊商へと追いついたのだった。
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酷く眠かったので泥のように眠り一晩明け翌朝。
「いやはや、昨晩も申し上げましたが、まさかこうも早くにシグルーンを救っていただいた上に、おまけに賊まで潰していただけるとは」
「賊はあれですべてなのかの確証はありませんが……まぁ授恵者に対する警戒が低かったのが幸いでした」
もしも授恵者の技能を把握している者が賊達に居たならば、夜間でも煙に対する処理をもう少し慎重にしていた事だろう。
そうなれば発見は遅れ、潜入や奇襲は困難だったかもしれない。
「それで、お話と言うのは……?」
「あぁそれなのですが」