【蒼紅】いつかまた、この不思議な街で 前編

4周年イベントノベル(テーマ)制作 STANZA納品 2024年10月07日 09時06分07秒

「これはご褒美? それとも罰かな」
 罰を受けるような事をした覚えはないから、きっとご褒美だ。
 なのに、その新しい箱庭に彼の姿はなかった。
 可愛い玩具も見当たらない。
「わかってないね、ご褒美っていうのは相手が喜ぶものを与えなきゃ」
 展望台から街を見下ろしていた少年は、つまらなそうに眉を曇らせる。
「でもまあ、プレゼントなんて所詮はそんなものだし、べつに期待もしてなかったけどさ」
 己ならざる存在に、己が心から欲するものがわかる筈もないし、わかられたくもない。
 とはいえ、この世界を用意した誰か(何か?)の事は、少しくらい褒めてやっても良いだろう。
 あの二人はいないけれど、ここには二人の面影を持つあの子がいる。
 それで彼等の不在を埋められる筈もないが、それでも少しは楽しませてくれそうだ――あの世界で生きていた頃のように。
「さて、今日は何して遊ぼうかな」
 青い髪に赤い瞳の儚げな少年は、薄く微笑むと人混みに紛れて消えた。


 その日も、天石 茜(アマイシ アカネ)はパカパカタウンの和風カフェで朝からシフトに入っていた。
 遊んでいても滞在費には困らないのだから、食っちゃ寝でも何でも好きにしていい筈なのだが。

「好きにした結果がこれなんです!」
 ここに来た当初、何故バイト三昧なのかと尋ねた望月 英俊(モチヅキ ヒデトシ)に、茜は胸を張って答えた。
「何もしてないと落ち着かないって言うか。ほら、私ダイバーですから!」
「それがバイトとどう関係が」
「あります。だってここの店長さん困ってたんですよ、急に観光客が増えたから人手が足りないって」
 つまり人助けだ。
「夢渡りは悪夢を払い、人を助けるものです。でもここでは誰も悪夢なんて見ないし。だったら今の自分に出来る事で誰かの助けになろうって思ったんです」
 駄目だこの後輩眩しすぎる。真っ直ぐな赤い瞳に真正面から見つめられ、英俊は思わず目を逸らした。
「すごいな、俺なんてこんな所まで来ても自分の事ばかり……」
「望月先輩はそれで良いんです」
 真剣な眼差しが、ずいっと一歩分距離を詰める。英俊は反射的に一歩下がった。
「何が、どうして」
「望月先輩の絵でしか救えない命がきっとあるんです!」
 大丈夫か、この子。
「普通に、この絵いいなって思ったら寿命伸びません? 伸びるんですよ、感動すると伸びるんです。覚えてませんか、夏祭りで私とシルヴィアを描いてくれたこと」
「そういえば、あったな」
「あれで私、多分10年くらい伸びました。シルヴィアもすごく喜んでたし、きっと一度くらい命の危機を救ってると思うんですよ、敵がファンブルしたりとか!」
 ファンブルと聞いてスポーツ用語を連想した英俊とは、今ひとつ会話が噛み合わなかったりもしたのだが――それはともかく。

 茜の言葉で大義名分を得た英俊は、それからずっと島の各所で絵を描いていた。
 描くのは専ら風景画だが、たまにバイトとして観光客の肖像画を描くこともある。
 ただし「描いた本人が絵の出来に満足しなければ(お客様にご満足いただけなければ、ではない)お代は結構」のスタイルなので、これまで一度も対価を得た事はないのだが。

「望月先輩望月先輩もーちーづーきーせーんーぱーーーい!!」
 ドップラー効果を伴って背後から近付く声に、画題を探し歩いていた英俊は何事かと振り返る。
 怒涛の勢いで迫る茜の姿に今更驚きはしない。だがその隣を走る、まるで茜の色相を反転させたような姿の女性は。

「シルヴィア!?」
 接客中だった茜は、店の外を通りかかったその姿を見て思わずトレイに乗せたカスタードクリームチョコあんみつをひっくり返しそうになった。
 どうにか無事に配膳を済ませると、バックヤードに飛び込む。
「すみません店長、今そこに生き別れの大事な娘が! ここで見失ったら二度と会えない気がするので早退させていただきます!」
 そう告げて私服に着替え、店を出るまで30秒。追い付いて捕まえて、「望月先輩にも知らせなきゃ!」と探し回って今ここ。

「やあ英俊、久しぶりだね」
 散々引っ張り回した茜が息を切らしているのに、引っ張り回された方のシルヴィア・A(アルヴィン)・カペルは涼しい顔だった。
「俺のこと、覚えてるのか」
「当然だよ、君にはあんなに素敵な絵を描いて貰ったんだ。あれは今も私の心に大切に飾ってあるよ」
 そう言われて茜の絶賛を思い出し、何やらこそばゆくなった英俊は思わず視線を彷徨わせる。そこに追撃の空気読まない砲が撃ち込まれた。
「ところで君達、この間はまだ付き合ってはいないと言っていたね。その後、進展はあったのかな?」
「だっ、だからそういうのじゃないって!」
「ただの先輩と後輩ですから」
「ふうん?」
 シルヴィアは二人の反応を面白がるように目を細める。
「シルヴィアこそなんか雰囲気変わってない? 丸くなったって言うか、柔らかくなったって言うか……やっぱり宿敵を倒したから?」
「へえ、よく知ってるね」
 それはまあ「中の人」だからね、とは言わない、言えない。シルヴィアも何か感じるものがあるのか、追求はして来なかった。
「それもあるけど、もうひとつ」
「何? 何があったの?」
 恋バナの匂いを嗅ぎつけて食い気味に詰め寄る茜を、シルヴィアは闘牛をいなすようにさらりとかわした。
「まあ落ち着いて。まずはどこかで座って話そうよ」

 シルヴィアは茜が某ファンタジーPBWで運用するPCである。今目の前にいる彼女が本当にそのPC自身であるかどうかは確かめようもないが、茜はそう認識している。
 だがそのPBWは既にサービスを終えてしまった。世界に干渉する手段を失った今、茜には世界の様子を知る術はない。
 宿敵を倒して大団円、という所まではわかっているのだが――

「えっ、結婚!?」
 近くのオープンカフェに席を取り、話し始めた矢先の爆弾発言に、茜は思わず大声を上げた。
「誰と……なんて訊くだけ野暮だよね(知ってるよ!)、おめでとうーーー!」
「ありがとう、私も君にきちんと報告が出来て嬉しいよ」
「で? で? この人だっていう決め手は? どこが好きなの?」
 クールを装うシルヴィアに、茜は遠慮なくグイグイ詰め寄った。
「君なら想像が付くんじゃないのかな?」
「本人の口から聞きたいの!」
「俺も知りたいですね、貴方にそんな顔をさせる相手とは、一体どんな男なのか」
「おっ、望月先輩も恋バナイケるクチですか!?」
「そういう訳じゃないが……俺が知る限り、シルヴィアはどんな時も余裕の態度を崩さないクールな優等生というイメージだ」
 会ったのは一度きりだが、モデルとして向き合う事で得た感触は間違っていない筈だ。
「それが今こんなに幸せそうに緩んでいる。その原因を知りたくなるのは当然だ」
「英俊にまで言われては仕方ないね」
 そう言いながらも内心では聞いて欲しくてうずうずしている様子で、シルヴィアは話し始める。
「名をノイアンという。好きな所は全部と言いたい所だが」
 胸中の面影と対話するように一呼吸おいて、シルヴィアは続けた。
「まず、瞳が何処までも優しいところだね。それに一緒にいるとご飯が美味しいところ。彼の手作りなら尚更だね。あと、彼といると景色がより綺麗に見えるんだ。見慣れた筈の何でもない景色さえ、初めて見るように新鮮で輝いて……大切にしたいと改めて思うよ」
 景色どころか日常の些細な事まで全てが輝き、大切で愛おしいと思える。
「毎日の「おはよう」と「おやすみ」なんて型通りの決まり事で、そこに大した意味はないと思っていた。でも今はそれを言えるのが嬉しいんだ」
 ただの記号だったそれは今や、その時々によって「愛してる」だったり「幸せだよ」だったり、様々な想いや感情を伝えてくれる魔法の言葉だ。
「……それに、必要ないと思っていた『私』を好きだと言ってくれたところ。私の役目ごとシルヴィアという人間と向き合ってくれたところ」
 今の自分はもう、祖父のなりそこないではない。真っ直ぐに見返した視線がそう語っている。
「本当に好きで、大切なんだな」
 英俊がしみじみと呟き、祝辞を述べる。歳の離れた対極の双子とも言うべき茜にも「よかったな」と。
「うん、うん! よかった、よかったねえシルヴィア」
 そう言って彼女の手を取り、頷きながらぶんぶん振り回す茜の心境は花嫁の父(性別不問)だ。
(やっぱりサ終の後も物語は続いてるんだね、皆あの世界で生きてるんだ)
 常々そう思ってはいたけれど、こうして本人を目の前にして話を聞けば感動もひとしおだった。
(私の手を離れちゃったのは寂しいけど、きっとこれからも旦那様と幸せに生きるんだよね)
 これぞPL冥利に尽きると思っていたら、英俊が黒と白の猫(さくとみつき)を抱いた夫婦の絵を描いてくれた(伴侶と猫達は特徴を聞いた上での想像図だが)。
 もちろんシルヴィアに贈呈する為だが、中の人としては間近に見られるだけでも格別の喜びだ。
「いつかご本人に会えたら、その時はまた描かせて貰って良いですか?」
「勿論だよ、良かったら今からでも――」
 シルヴィアが家族の近況を伝えようとしたその時。

「楽しそうだね、僕も混ぜてくれない?」
 屈託のない少年の声が響いた。
 シルヴィアと茜の表情が瞬時に凍り付く。英俊も事情はわからないながらも、その声に何か不穏なものを感じて身を硬くした。
「久しぶり、シルヴィア。僕が君と冒険者達の手で灰にされて以来だね」
 シルヴィアが口を開きかけるが、少年はそれを許さなかった。
 手にした小さなボールがシルヴィアの肩に触れる。刹那、その体はボールの中に吸い込まれて行った。
「大丈夫。この中は快適だよ、多分ね」
 それは大量の土産物をコンパクトに収納して持ち運ぶ為に、パカパカタウンの謎技術の粋を尽くして開発されたキャリーボールと呼ばれるものだ。
 謎技術により超高倍率の圧縮展開が可能で、生物も生きたまま持ち運べる。
「じゃあこれは貰って行くね。返して欲しかったら僕を捕まえてみなよ」
 そう言うと、少年は止める間もなく駆け出した。

 少年の名はノア。
 確かに倒した筈の、カペル家因縁の吸血鬼だった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0