RAYNOLA!! ~Black Sabbath~

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月22日 15時14分07秒

「……えっと、どういう事?」
 新鮮早々の波乱の後処理がようやく終わり、実家に戻ってきてみれば、屋敷の中はメイド達がてんやわんやの大騒ぎ。

「パネロザ子爵家のご令嬢がお見えになるのです!」

 エルゼリオ・レイノーラはメイドの一人に声をかけ、この騒動が何事かと聞いてみれば、そんな事を言われた。
 子爵家のご令嬢が一体何の用だろう思ったが、忙しく働くメイド達を呼び止めるのも気が引ける。そこで、エルゼリオは呼んだ当人であろう父ハスラム・レイノーラに話を聞くべく、階段を上がっていった。
「それにしても、なんだろうこの歓迎準備っぷり……」
 これでも貴族位であるレイノーラ家には、時折貴族仲間が訪れる事がある。もちろん、その時にも盛大に準備をするのだが、今日の準備はなんというか、ちょっと――。
「張り切り過ぎじゃない?」
 そう思えてしまう位、メイド達の気合いが違った。
「なんか楽しそうにしてるからいいんだけど……」
 そんな彼女達を横目に見ながら、エルゼリオは階段を上がっていった。

●
「……余計な事を」
「はっはっはっ! もう遅ェ!」
 豪奢なテーブルを挟み、ソファへと腰かける二人。
 当主ハスラムと、その長男シグルド・レイノーラは、一通の書状を前に対照的な表情を浮かべていた。
「勝手なことを……」
 と、呆れる様に首を振り起ち上がったシグルド。
「おい! どこへ行く!」
「軍部だ」
「待て待て待てっ! 折角俺様がセッティングしてやったのに勝手に居なくなるんじゃねェよ!」
「当人の承諾も得ずに、勝手して約束しておいて何を言う。私は忙しい」
「手前ェが、色恋に興味を示さねェからだろうが。親の好意は素直に受け取れよ」
「……付き合いきれん」
 傲岸不遜にそう言う父に、シグルドは表情をしかめ扉へと向かった。

「昼過ぎには来るからな! ちゃんと用意しとけよっ!」
 かけられた声に答えずシグルドは部屋を出た。

「おわっ!?」

 廊下に出た途端、弟と鉢合わせる。
「エルゼリオか。早い戻りだな」
「うん、調停官がうまく話しを纏めてくれてね。こっちはお咎めなし。あちらは、結構きついお灸を据えられてたよ」
「当然だ。我々に非はない」
 弟の報告を聞き満足げに頷いたシグルドは、ふと弟が不思議そうに見上げているのに気付いた。
「どうした」
「シグルド兄。今日は演習に行ってるはずじゃ。なんでいるの?」
 首をかしげる弟に、シグルドは溜息を堪え教えてやる。
「父上に呼びだされた」
「うわ……大丈夫だった?」
「問題ない」
「そっか、よかった。あ、そう言えば屋敷の中がすごい賑やかなんだけど、シグルド兄は何か知ってる?」
 兄の言葉に安心したのかエルゼリオが問いかけてきた。
「父上に聞け」
「えっ、なんで父上に!? まさか、あの人、また何か企んでるの……?」
「さぁな」
 頬を引くつかせるエルゼリオの肩に手を置き、シグルドは呆れる様に肩をすくませる。
「私は軍に戻る。後は任せたぞ。うまくやってくれ」
 そんな弟にシグルドはそれだけを言い残し、さっさとその場を後にした。
「うん、いってらっしゃい。……ん? え、ちょっと! 任せたって何!? 父上の相手とかボク嫌だよ!?」

「ほぉ、俺様の相手が嫌だとぬかしやがるのか?」

「うひぁ!?」
 開かれたドアから父が出てくる。
「おい、シグルド。逃げても無駄だからな。ガキん時みてェに、首根っこ捕まえられて引きずり戻されたくなけりゃ、おとなしく部屋で待ってやがれ」
「……」
 挑発する様にそう言う父に、シグルドは歩みを止めず階段を下りて行った。

「何、一体どういう事……?」
 残されたエルゼリオがぽつりと呟いた。
 二人がこうやっていがみ合うのは日常茶飯事。それはわかっているけど、今日のはちょっと雰囲気が違っているような……。
「ったく、たかだか見合い位でなぁに怖気づいてやがんだ、あのチキン野郎が」
 姿の見えなくなった兄に向け、父が面白くなさそうに吐き出した。
「へぇ、見合いで………………えええっっ!!?? お見合い!? シグルド兄がっ!?」
「うるせェ! でっかい声上げるんじゃねェよ」
 あまりの驚きに館内に響き渡る程の大声を出したエルゼリオに、ハスラムは顔をしかめる。
「ご、ごめんなさい……じゃなくて! お見合いって、あのシグルド兄が!?」
「そうだが?」
「そうだが? じゃないよ! なんでいきなりそんな話になってるの!?」
「そんな話ってなぁ。あいつももういい歳だぞ。そろそろ嫁の一人や二人や三人――いや、10人くらいは囲わなくてどうするよ」
「いやいやいや、お嫁さんは一人でいいよ! ……って、違う!」
「あぁ? 違わねぇよ、俺様があの歳の頃にゃぁ――」
 横で鼻高々に語り出した父を置いといて、エルゼリオは考える。
 あの堅物愚直で有名な兄にお見合い!? 一体何で……あ! さっきメイドが言ってた子爵令嬢って、もしかしてシグルド兄のお見合い相手!?
 ようやく、この屋敷の慌ただしさの原因に合点がいった。
「どうするのさ。シグルド兄、すごい不機嫌だったよ!」
「不機嫌だと? あれがか? いつもの仏頂面だろうが」
「違うよ! ほんとに嫌そう……と言うか、困ってる感じがしたよ」
「……ふむ。もしかしてあいつ、心に決めた女でもいんのか? それとも男か?」
「えっ!? あのシグルド兄がっ!?」
「……手前ェ、意外と失礼な奴だな」
「うわっ、父上に言われた……」
「おい、どういう意味だ。手前ェ、最近俺様に遠慮が無くなって――」
 廊下でわいのわいの言いあう親子を、メイド達が苦笑しながら見つめていた。

 ●

「ご機嫌麗しゅう、レイノーラ侯」

「ああ、よく来たな。まぁ上がってくれや」
 やって来た子爵令嬢を迎えたハスラム。
「父上!? 子爵家のご令嬢になんて口の利き方を!」
「はぁ? そんなもん知るかよ。ここは俺様の家だ。よって、俺様がルールだ」
「ここはレイノーラの家だけど、王国の中なの! だから、王国のルールに従わないといけないの!」
「あぁ? 手前ェ、ちょっと見ねぇ間に随分とお行儀良くなったじゃねぇか。こりゃ、また鍛え直してやらねぇと駄目だな?」
「うんうん、全力でご遠慮するよ」

「ふふ、とても仲のよろしいご家族ですのね」

 客そっちのけで親子喧嘩を始める二人に、子爵令嬢は驚くどころか朗らかに笑う。
「それで、私のお相手は――そちらの方かしら?」
「え?」
 と、令嬢は扇子でエルゼリオを指してそう言った。
「ち、違います。お相手は我が兄になります」
「お兄様? そうでしたのね、失礼しましたわ」
 貴族らしくスカートを摘まみ膝を折った令嬢。
「今席を外していまして。すぐに戻ると思うのですが」
 そう説明するエルゼリオだったが、少しきつめの眼のせいだろうか、どことなく令嬢に好感が持てずにいた。
「そうですのね。ではどこかで待たせていただけます? 出来ましたらエスコートを――な、何か?」
 令嬢はそんな事を構う様子もなくエントランスを見渡すが、突然、顔を覗き込んできたハスラムに足を引いた。
「手前ェ……」
「な、なんでしょう?」
 扇子で口元を隠しつつ、覗き込んでくるハスラムから目を反らす令嬢。
「いや、いい女だな。どうだ、今夜俺様と――」
「ち、父上ぇぇ!!!」
「なんだよ、うっせェな」
 そんな二人の間に飛び込んだエルゼリオを鬱陶しそうに見下ろしながら、ハスラムは答える。
「右の部屋を使いな。すぐに呼んできてやるよ」
「わ、わかりましたわ」
 そう言うと令嬢は、スカートを持ち上げ早足で部屋へと消えた。

「父上! ちょっとは遠慮してよ! 完全に引いてたじゃないか!」
「はぁ? なんで俺様が俺様の家で遠慮しなきゃならねェんだ」
「それさっきも聞いた!?」
「うるせぇよ。さっさとシグルドの野郎連れ戻して来い」
「なんでボクが!?」
「なんだ、俺様のいう事が聞けねぇってのか? なら、ギルドに依頼でも出してやろうか? 名指しで」
「やめてっ!?」

●
 一方その頃、シグルドは馬車の中にいた。
 窓から見える王都は、寒さの中でも活気に満ち溢れていた。
 街行く人々は笑顔を湛え、そこかしこで笑い声や音楽が聞こえる。
 平和そのもの。それが王都グランスパーダの表の顔だった。
「色恋沙汰にかまけている暇など無いのだ。私がレイノーラ家の地位を王国内で確固たるものにしなければ……」
 そんな景色を眺めながら、シグルドは一人呟いた。

●
「……兵站が細いな。上層部に進言するか」
 軍の執務室で書類の山に埋もれるシグルド。レイノーラ家に属する兵も随分と増えた。おかげで、作戦立案から輜重の管理。果ては論功行賞まで。やる事は尽きない。
「……やはり、誰か信用のおける人材の登用が必要か」
 今までの規模であれば、自分が一人でも管理できた。
 しかし、軍の規模が大きくなるにつれ、やはり手の届かないところが出始めている。

――せめて、後方で兵站を管理してくれる人材がいれば……。

 シグルドが報告書に目を通しながら、そんな事を考えていると突然、扉が勢いよく開かれた。
「あ、居た!」
「なんだ、エルゼリオ。父上とはうまくいったのか?」
 開いた扉から入ってきたのはエルゼリオだった。
「いってないから来たんだよ!? もう、父上がうるさいのなんの……」
「そうか。すまないな、お前にまで苦労を掛けて。――だが、私は戻らない」
「……うん、そうだよね。わかってた。やっぱりお見合いとかは嫌い?」
 執務机の前までやって来た弟は、心配そうにこちらを伺う。
「好き嫌いの問題じゃない。今は必要ないと判断しただけだ」
「必要ないかぁ。父上はそろそろ結婚してもいい歳だって言ってたけど? ほら、貴族って他の貴族との結びつきを強めて、自分たちの家を強くしたりするでしょ? 子爵家と懇意になれば、レイノーラの家名も上がるんじゃないの?」
「なら、お前が嫁に貰えばいい」
「へっ!? むむむ、無理だって!! それにボク長男じゃないし!」
 軽く返してやるだけでこの慌てよう。素直に育ってくれているのが、単純に好ましく思う。
「政略結婚などで得た力は、所詮まがい物だ。我々の力の源泉は何か? それを履き違えてはいけない」
 要所をぼかして弟に伝える。レイノーラの人間にであれば、至極簡単な質問だ。
「……あくまで実力でのし上がるってこと?」
「実に帝国能力主義的だがな」
 そう言って、真面目な生徒の頭を撫でてやる。
「父上もそれをわかってるはずだと思うけど……ほんと、なんでお見合いなんて仕込んだんだろう?」
「さぁな。あの人の考えることを理解できるのは、きっと母上だけだろう」
「あー、確かに」
 レイノーラの息子達は母の顔を思い出し、二人して苦笑し合う。
「それじゃ、父上に言ってくるよ。シグルド兄はとっても忙しいって」
「すまないな、嫌な役目を押し付けて」
「気にしないで! シグルド兄の為だもん!」
 人懐っこい笑みを浮かべる弟を好ましく思う。この笑顔を無くさない為にも、自分がもっと成果を出さねばと、再認識させてくれた。
「ああ、そうだ、エルゼリオ」
「うん?」
 報告に戻ろうと扉に手を掛けた弟を呼び止める。
「やはり軍に入らないか?」
「えっ、いきなり何!? 入らないよっ!!??」
「そうか。残念だ」
 当然、断られるだろうとわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
 去年の独断専行した父の救出といい、新年早々の騒動を見事纏めた手腕といい、弟にはレイノーラの誰も持っていない才能の様なものがある。それがどう開花するのかはまだ未知数だが、きっと期待を裏切らないものになるだろう。
 それを間近で見られないのは、やはり残念だ。
「そんな顔をするな」
 眉をしかめ訝し気にこちらを伺う弟に苦笑してしまう。
「父上によろしく伝えてくれ。あと、令嬢に手を出すなとも」
「はは、それはきつく言っておかないといけないね」
 ようやく笑顔になった弟。
「それじゃ戻るよ。シグルド兄もあんまり根を詰めないでね」
「ああ、ありがとう」
 元気よく手を振る弟に手を振り返した。

 部屋に訪れた静寂に、ふと感じた寂しさを紛らわせるように、再び書類に視線を落としたシグルド。
 軍部の廊下を歩きつつ、父親に何と言ってわからせればいいか思案に暮れるエルゼリオ。

 この別れが後にレイノーラ家を揺るがす大事件へと発展していく事を、この時の二人は、まだ知る由もなかった――。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0