穏やかな季節
キャラクターノベル(グループ)制作 おおくまねこ納品 2024年08月13日 08時04分14秒
●
「ルベアお姉様、お洋服の色、お揃いにしてみました。どうですか?」
「わざわざ用意したの?」
「はい、今日は姉妹として描いて頂くのですから!」
「そうね。……いいんじゃない?」
(この『お姉様』って言うの、まだ慣れないわね……)
ルベア・ベルニが後輩のハーフリングであるジミナの言葉に小さく頷くとジミナは嬉しそうにはにかんだ。じきにルベアとジミナの番が回ってくる。ルベアとジミナが「姉妹」となってからもう数か月にもなるが、未だに「お姉様」呼びされるのはむず痒かった。学園交流部のシステム上初の「姉妹」なので、呼び方を変えてもらうわけにもいかないし。
「シルヴィお姉様! 見本のスコーン、ここに置きますね! お姉様の分はジャムとクロテッドクリームも塗っておきました!」
「ああ、ありがとうエフィ。……うん、絶妙なジャムとクリーム加減だ。私好みの配分、覚えてくれたんだね」
「もちろんです! お茶の方もばっちりですよ!」
別のテーブルでは交流部の兄姉制度とは関係なくシルヴィア・A・カペルを姉と慕うエルフ娘のエフィルミアがパタパタと駆け回っていた。シルヴィアが既卒の学園生であることもあり二人は学園交流部に登録された姉妹ではないが、クラブ設立の発起人であるシルヴィアがエフィルミアの影響を多分に受けたことは想像に難くない。ある意味、二人はゼロ番目の姉妹とも言える。
「ケイー。そろそろポーズしんどいんだけど」
「エリザ姉さん、もう少し我慢しなよ。あとちょっとだから」
こっちは従姉弟関係にある貴族学園生のケイとエリザだ。二人はプロの画家の前で並んで椅子に座っている。絵のモデルになること……それが今日の学園交流部の活動だからだ。ケイとエリザ、そして現在準備中のルベアとジミナの4人以外の部員達は、夏季帰省する学園生や社交シーズンが終わり領地に帰る貴族へお勧めのお土産を宣伝している。
「まだ動かないで下サーイ。デッサンが狂ってしまいマース!」
「ほら、姉さん。怒られちゃったじゃないか」
「はい、すみません……」
お土産紹介の傍らでは、シルヴィアの実家がある『蒼玉』領から出向してきた若手画家たちを招待され(文化記録の一環ということで現当主の許可が下りた)、交流部の部員達をモデルに絵を描いていた。これも平民と貴族の交流の一環ということで、デッサンの様子は一般学園生達にも公開されている。夏季休暇直前の時期だったため、登校している学園生はまばらではあったが、芸術分野に明るい者達を中心に足を運んでくれる学園生はそれなりにいた。
「お土産の定番はやっぱり美味しい物ですよね! というわけでフルーツジャムを用意してみましたっ。今が旬の桃ですよー!」
スタッフ役のエフィルミアは小さな瓶を天に掲げ、大きな声でジャムの宣伝をしている。
「ジャムはヨーグルトに入れてもいいし、スコーンにも合うし、アイスに添えてもいいしまさに万能! 手軽に季節を感じられますし、いいお土産になるんじゃないかとっ」
「なるほど! なんかアイス食べたくなってきた! ありがとう! 元生徒会長!」
(やるな、エフィ。見事な営業トークだ。うちの出入りの商人も顔負けだよ)
その光景をシルヴィアは温かく見守っている。学園生同士のトラブルの防止や仲裁が彼女の主な役割だが、今日は特に問題なさそうだ。
「なるほど。ジャムか。食べ物もいいけど、小物の類も捨てがたいんだよな……」
一方その頃、平民っぽいの学園生が並べられたお土産の見本を前にあれこれ悩んでいた。ルーンス・ラグネルはさりげなくその学園生に近づき、声をかける。
「貴族に限らず、帰省の土産は中々難問だよね。これなんかどうかな?」
「あ、入り口の肖像画の人。なんですか、それ。扇子?」
ルーンスもまた絵のモデルの一人である。新商品の宣伝も兼ね、その手にはシャルガネ風の「団扇」が握られていた。最初の番だった彼の絵はすでに描き終わっており、教室の入り口近くに見本として飾られていた。
「これはシャルガネのもので、『うちわ』って言うんだ。うちわは仰いで風を作れる軽さだし、幅広く製作可能だから価格帯も広げ易くてね。風鈴って音で涼むものも併せて、中々評判いいよ」
ルーンスはシャルガネに観光に行った際に知り、自分の会社でも製作を始めたようだ。
●
「あのー、学園交流部って何をするクラブなんですか? 美術部ではない、ですよね?」
「ああ、今回はカペル領から来た画家とのコラボイベントなんだ。本来は、貴族学園生と平民学園生の交流を促進するクラブで……エリザ、彼女の案内を頼めるかな」
「はい、シルヴィア様! かしこまりました!」
シルヴィアは部員の活躍を見守りつつ、自分も来客に案内をしている。途中でエリザ(肖像画は無事に書き終わった)にパスすると、エリザは淀みなく、上級生相手に学園交流部の説明ができていた。
(うん、エフィだけでなく、他の後輩達もしっかり育っているね)
シルヴィアはエリザの雄姿に目を細めた。
●
「おお、イズレンディルさん。お久しぶりです。お会いするのはピクニックの時以来ですかな」
「ご無沙汰しております。シルバルド先生もお久しぶりです」
イズレンディル・パラリムは少し離れた位置で顧問教師と談笑している。部員達を見守っていた。彼は学園交流部の活動のEAとしての参加だ。貴族と平民の交流には、言うまでもなく、主従関係が形成される危険を常に孕んでいる。その他にも色々ある平民と貴族の交流にまつわるトラブルを防ぐため、学園交流部には外部監査役が置かれていた。
(堅苦しい役職ではありますが、今日は学園交流部の皆さんとご一緒できる貴重な機会です。しっかり活動を見せていただきましょう)
イズレンディルは北方辺境伯領外交官であることもあり、学園にいることは少ない。今日は監査という名目ではあるものの、知己が多い学園交流部のメンバーと関わることのできる数少ないチャンスだった。とはいえ、仕事はしっかりしており、顧問も談笑しつつも、クラブで何かトラブルが起こっていないかどうかはしっかり探りを入れていた。顧問のシルバルドは職員室政治に強く、世渡り上手ということで抜擢された顧問だが、それゆえに不祥事の隠蔽も得意だろう。
イズレンディルは些細ない違和感も見逃すまいと注意を払い、彼と会話していた。シルヴィアも二人のやりとりが気になるのか、さりげなく注意を払っている。
「ご安心ください。EA殿の手を煩わせるような事態は起こっておりませんよ。せいぜい、学期末試験の成績が上位に届かなかった部員がおるぐらいです。本人の名誉と、背負った家名の為に、この場では名前は伏せますが」
「なるほど。学生の本文は勉強ですからね。本業にもしっかり身を入れてもらわないと」
「おっしゃる通りですな!」
(活動自体は特に問題はなさそうですね。成績不振者のお名前は念のため、こっそりと聞いておきましょう……気に病んでいるかもしれませんし……場合によってはシルヴィアと相談して補習等のサポートも……)
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「ルベアお姉様、あそこに、手持ち無沙汰の男性の方が。貴族、ですよね」
「……そうね。シルヴィアに声をかけてくるわ。ジミナはお茶とスコーンの用意をお願い」
「……はい!」
肖像画のモデルの仕事が終わった後は、ルベアもジミナと共にスタッフとしてイベントに参加した。引っ込み思案らしいジミナが萎縮しないようにサポートしていた。
(気持ちはとてもよく分かるんだけどね……)
もう学園に入学してきてけっこう経つが、上流階級オーラに溢れるハイソな学園生達に囲まれると、いまでもルベアは自分が場違いな場所にいるのでは、という気分になる。
(社交界の人間相手は私でも緊張するし、ジミナにはまだきつそうね)
平民と貴族の交流促進とクラブの宣伝も兼ねて、一度二人で社交界に出ないか、という計画もあるが、ジミナの社交界デビューはもう少し時間がかかりそうだった。
●
(誰か読んでくれないかな……)
エフィルミアはチラチラと、本棚を物色している学園生達を観察している。エフィルミアもこっそりと、談話室の本棚に自分で選んだ恋愛小説を置いている。異種族ものだったり、身分違いの恋だったり、平民同士の恋愛だったり、ジャンルは様々だ。
(貴族だと政略結婚も多いでしょうけど、愛のために努力して身分を飛び越えちゃった仲間を知ってますから。頑張る力になるのなら夢見る事も悪くないでしょ?)
●
お土産紹介のイベントからしばらくの月日が経った頃。学園交流部は通常の活動として、お茶会を開催していた。お茶会自体は学園のサロンなどでも開かれているありふれたイベントだが、学園交流部の場合は新規の兄姉制度のマッチング希望者の募集も兼ねている。会場は学生棟二階の談話室(部室)である。お茶会が始まるまでにはまだ少し時間があった。
「ジミナ、あなたはどんな本を持ってきたの?」
「はい。私はヒツジの飼い方の本を。実家が農場なので。……でも、学園生が読んで面白いでしょうか?」
ジミナは置いてみたはいいものの、場違いでないか不安なようだった。
「実際に羊の世話をしなくても、農地の経営者もいるでしょう。それに、今後はどんどん色んな立場の人が学園にやってくるわ。あなたのように農家の娘だっているかも」
ルベアは微笑みながら答えた。ここに置かれている本はすべて私物であり、誰かが読んでほしいと思い、置いて行ったもの、という特徴があるのだ。これは談話室で共通の話題を探す一助になればと、ルベアが考案したものだった。
「ジミナ。どんな本を持ってくるか、興味を示すか知りたい。アナタが何をどう考えているかもっと教えて」
「はい、喜んで」
ルベアの言葉に、ジミナは笑顔を返した。
リィン……。
その時、入り口のドアのベルの音が涼やかに鳴り響いた。
●
「やあ、遅くなってすまない。しばらくぶりだね、みんな元気にしてた?」
久々に部室に顔を出したシルヴィアはフレンドリーに手を上げて挨拶をした。最近は蒼玉の家督を継承して当主になったり、かねてよりの想い人と結婚したりと、人生の山場となる出来事がてんこもりだったため、しばらく学園に顔を出す暇がなかったのだ。
「シルヴィお姉様、結婚おめでとうございます!」
「おっと」
シルヴィアを視認した瞬間、超高速で突撃してきたエフィルミアを、シルヴィアは優雅な仕草でふんわりと受け止めた。
「ありがとう、エフィ」
「結婚しても私の姉様でいてくださいねえぇぇ」
感極まったのか、涙で顔をくしゃくしゃにしながらエフィルミアはシルヴィアにしがみついてくる。シルヴィアは微笑みながら、エフィルミアの髪を優しく撫でた。
「ああ、もちろん。君が妹で良かった。大好きだよ、エフィ」
シルヴィアはエフィルミアの髪を撫でながら聖母の如き微笑みを向けるが、部員達の注目の的になっていることに気付き、こほんと咳払いした。
「そうだ、故郷で買ってきたモモのタルトがあるんだ」
シルヴィアはしがみついたままのエフィルミアはしばし放置し、甘い香りを放つ白い箱を示すと、部員達は歓声を上げた。
●
そして、お茶会が始まった。シルヴィアのタルト以外にも、ルーンスは都市同盟産のドリンクを持参しており、外交官として世界を飛び回っているイズレンディルも世界各地の名産のお茶菓子を持ってきてくれた。
「シルヴィアさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね、イズレンディル。君とは一学期末のイベントの時以来かな」
「ええ。そうですね。私は学園の来るのもあの時以来です。お互い、忙しい身ですね」
不在がちの者同士、苦笑する二人。そして、二人はかつての仲間達と、国内外の情勢を確認したり、お互いの近況を報告しあったりした。
「僕はフルーツをたっぷり使ったコーディアルを持ってきたよ」
ルーンスは保冷用の箱から鮮やかな色の液体が入った瓶を取り出し、テーブルの上に並べた。ミントや薔薇は紅茶割り、オレンジは水割りだという。
「シルヴィアにはこれをどうぞ。薔薇とラズベリーの冷紅茶割りはカペルローズ使ってるんだ。暑さ対策にもなるし」
「へえ。じゃあさっそく頂くよ」
シルヴィアはルーンスに勧められるままに薔薇の紅茶割に口をつけた。グラスを傾けると、爽やかな甘みが口の中に広がっていく。
「うん。ほどよい甘みが美味しい」
「お気に召したかな? ワインで割ってもいいらしいよ」(僕はまだ呑めないけど)
「そうなのかい? 今度パーティの時に試してみるよ」
シルヴィアはニッコリと笑い、グラスを飲み干した。
「ところでルーンス。君の子達は元気かい?」
シルヴィアが訪ねると、ルーンスは満面の笑顔で頷いた。
「うん、もちろん。最近二人とも首が座ったんだ。そうそう、こないだは僕の作ったうちわを……」
その後しばらく、ルーンスは子煩悩パパトークを繰り広げた。
「シルヴィア、いつか君の子供ができたら僕達にも見せてね」
ルーンスが朗らかにそう言い放つと、シルヴィア(新婚さん)は5秒ほどフリーズした後……。
「流石にまだ、気が早いんじゃないかな」
と照れ臭そうに答えた。
●
「ルベア、最近の学園はどうかな」
シルヴィアはルベアに尋ねた。
「私は冒険者の依頼以外では、帝国北部鎮守都市に行くくらいだから(学園の)外はあまり分からないけど、学園は平穏そのものよ」
ルベアはそう答えた。幽界樹が討伐されるまでの間は貴族派とはじめとする王国貴族の暗躍も色々あったが、最近の学園は平和なものだ。平民学園生が露骨な迫害を受けている、という話もルベアは特に聞いていない。もっとも、学生同士の小競り合いの類はさすがにゼロではないらしく、冒険者ギルドに学生同士の喧嘩の仲裁の依頼が入ったこともあった、ということをルベアは話した。
「そうか、安心したよ」
ルベアの返答に、シルヴィアは安堵の笑みを浮かべる。
「『貴族の為の学校』の変化も緩やかに受け入れられつつある、ということかしらね」
シルヴィアに釣られたように、ルベアも微笑んだ。
王国も大陸も、時の流れは分け隔てなく、等しく流れていく。真の意味での王国の変革は長い時間がかかるだろうが、かつて平和の為に戦った者達は、今はただ、穏やかな季節を享受していた。
●
コンコン。控えめなノックの音がした後、談話室の扉が開いた。
「初めまして。サントリー男爵家次男のデールと申します。兄姉制度に興味があるんですけど……」
「「はじめまして。ようこそ、学園交流部へ!」」
学園交流部のメンバーはにっこりと微笑む。談話室の西窓の窓枠の上に飾られたピクニックの絵の中では、今日と同じように学園交流部のメンバーが笑っていた。
「ルベアお姉様、お洋服の色、お揃いにしてみました。どうですか?」
「わざわざ用意したの?」
「はい、今日は姉妹として描いて頂くのですから!」
「そうね。……いいんじゃない?」
(この『お姉様』って言うの、まだ慣れないわね……)
ルベア・ベルニが後輩のハーフリングであるジミナの言葉に小さく頷くとジミナは嬉しそうにはにかんだ。じきにルベアとジミナの番が回ってくる。ルベアとジミナが「姉妹」となってからもう数か月にもなるが、未だに「お姉様」呼びされるのはむず痒かった。学園交流部のシステム上初の「姉妹」なので、呼び方を変えてもらうわけにもいかないし。
「シルヴィお姉様! 見本のスコーン、ここに置きますね! お姉様の分はジャムとクロテッドクリームも塗っておきました!」
「ああ、ありがとうエフィ。……うん、絶妙なジャムとクリーム加減だ。私好みの配分、覚えてくれたんだね」
「もちろんです! お茶の方もばっちりですよ!」
別のテーブルでは交流部の兄姉制度とは関係なくシルヴィア・A・カペルを姉と慕うエルフ娘のエフィルミアがパタパタと駆け回っていた。シルヴィアが既卒の学園生であることもあり二人は学園交流部に登録された姉妹ではないが、クラブ設立の発起人であるシルヴィアがエフィルミアの影響を多分に受けたことは想像に難くない。ある意味、二人はゼロ番目の姉妹とも言える。
「ケイー。そろそろポーズしんどいんだけど」
「エリザ姉さん、もう少し我慢しなよ。あとちょっとだから」
こっちは従姉弟関係にある貴族学園生のケイとエリザだ。二人はプロの画家の前で並んで椅子に座っている。絵のモデルになること……それが今日の学園交流部の活動だからだ。ケイとエリザ、そして現在準備中のルベアとジミナの4人以外の部員達は、夏季帰省する学園生や社交シーズンが終わり領地に帰る貴族へお勧めのお土産を宣伝している。
「まだ動かないで下サーイ。デッサンが狂ってしまいマース!」
「ほら、姉さん。怒られちゃったじゃないか」
「はい、すみません……」
お土産紹介の傍らでは、シルヴィアの実家がある『蒼玉』領から出向してきた若手画家たちを招待され(文化記録の一環ということで現当主の許可が下りた)、交流部の部員達をモデルに絵を描いていた。これも平民と貴族の交流の一環ということで、デッサンの様子は一般学園生達にも公開されている。夏季休暇直前の時期だったため、登校している学園生はまばらではあったが、芸術分野に明るい者達を中心に足を運んでくれる学園生はそれなりにいた。
「お土産の定番はやっぱり美味しい物ですよね! というわけでフルーツジャムを用意してみましたっ。今が旬の桃ですよー!」
スタッフ役のエフィルミアは小さな瓶を天に掲げ、大きな声でジャムの宣伝をしている。
「ジャムはヨーグルトに入れてもいいし、スコーンにも合うし、アイスに添えてもいいしまさに万能! 手軽に季節を感じられますし、いいお土産になるんじゃないかとっ」
「なるほど! なんかアイス食べたくなってきた! ありがとう! 元生徒会長!」
(やるな、エフィ。見事な営業トークだ。うちの出入りの商人も顔負けだよ)
その光景をシルヴィアは温かく見守っている。学園生同士のトラブルの防止や仲裁が彼女の主な役割だが、今日は特に問題なさそうだ。
「なるほど。ジャムか。食べ物もいいけど、小物の類も捨てがたいんだよな……」
一方その頃、平民っぽいの学園生が並べられたお土産の見本を前にあれこれ悩んでいた。ルーンス・ラグネルはさりげなくその学園生に近づき、声をかける。
「貴族に限らず、帰省の土産は中々難問だよね。これなんかどうかな?」
「あ、入り口の肖像画の人。なんですか、それ。扇子?」
ルーンスもまた絵のモデルの一人である。新商品の宣伝も兼ね、その手にはシャルガネ風の「団扇」が握られていた。最初の番だった彼の絵はすでに描き終わっており、教室の入り口近くに見本として飾られていた。
「これはシャルガネのもので、『うちわ』って言うんだ。うちわは仰いで風を作れる軽さだし、幅広く製作可能だから価格帯も広げ易くてね。風鈴って音で涼むものも併せて、中々評判いいよ」
ルーンスはシャルガネに観光に行った際に知り、自分の会社でも製作を始めたようだ。
●
「あのー、学園交流部って何をするクラブなんですか? 美術部ではない、ですよね?」
「ああ、今回はカペル領から来た画家とのコラボイベントなんだ。本来は、貴族学園生と平民学園生の交流を促進するクラブで……エリザ、彼女の案内を頼めるかな」
「はい、シルヴィア様! かしこまりました!」
シルヴィアは部員の活躍を見守りつつ、自分も来客に案内をしている。途中でエリザ(肖像画は無事に書き終わった)にパスすると、エリザは淀みなく、上級生相手に学園交流部の説明ができていた。
(うん、エフィだけでなく、他の後輩達もしっかり育っているね)
シルヴィアはエリザの雄姿に目を細めた。
●
「おお、イズレンディルさん。お久しぶりです。お会いするのはピクニックの時以来ですかな」
「ご無沙汰しております。シルバルド先生もお久しぶりです」
イズレンディル・パラリムは少し離れた位置で顧問教師と談笑している。部員達を見守っていた。彼は学園交流部の活動のEAとしての参加だ。貴族と平民の交流には、言うまでもなく、主従関係が形成される危険を常に孕んでいる。その他にも色々ある平民と貴族の交流にまつわるトラブルを防ぐため、学園交流部には外部監査役が置かれていた。
(堅苦しい役職ではありますが、今日は学園交流部の皆さんとご一緒できる貴重な機会です。しっかり活動を見せていただきましょう)
イズレンディルは北方辺境伯領外交官であることもあり、学園にいることは少ない。今日は監査という名目ではあるものの、知己が多い学園交流部のメンバーと関わることのできる数少ないチャンスだった。とはいえ、仕事はしっかりしており、顧問も談笑しつつも、クラブで何かトラブルが起こっていないかどうかはしっかり探りを入れていた。顧問のシルバルドは職員室政治に強く、世渡り上手ということで抜擢された顧問だが、それゆえに不祥事の隠蔽も得意だろう。
イズレンディルは些細ない違和感も見逃すまいと注意を払い、彼と会話していた。シルヴィアも二人のやりとりが気になるのか、さりげなく注意を払っている。
「ご安心ください。EA殿の手を煩わせるような事態は起こっておりませんよ。せいぜい、学期末試験の成績が上位に届かなかった部員がおるぐらいです。本人の名誉と、背負った家名の為に、この場では名前は伏せますが」
「なるほど。学生の本文は勉強ですからね。本業にもしっかり身を入れてもらわないと」
「おっしゃる通りですな!」
(活動自体は特に問題はなさそうですね。成績不振者のお名前は念のため、こっそりと聞いておきましょう……気に病んでいるかもしれませんし……場合によってはシルヴィアと相談して補習等のサポートも……)
●
「ルベアお姉様、あそこに、手持ち無沙汰の男性の方が。貴族、ですよね」
「……そうね。シルヴィアに声をかけてくるわ。ジミナはお茶とスコーンの用意をお願い」
「……はい!」
肖像画のモデルの仕事が終わった後は、ルベアもジミナと共にスタッフとしてイベントに参加した。引っ込み思案らしいジミナが萎縮しないようにサポートしていた。
(気持ちはとてもよく分かるんだけどね……)
もう学園に入学してきてけっこう経つが、上流階級オーラに溢れるハイソな学園生達に囲まれると、いまでもルベアは自分が場違いな場所にいるのでは、という気分になる。
(社交界の人間相手は私でも緊張するし、ジミナにはまだきつそうね)
平民と貴族の交流促進とクラブの宣伝も兼ねて、一度二人で社交界に出ないか、という計画もあるが、ジミナの社交界デビューはもう少し時間がかかりそうだった。
●
(誰か読んでくれないかな……)
エフィルミアはチラチラと、本棚を物色している学園生達を観察している。エフィルミアもこっそりと、談話室の本棚に自分で選んだ恋愛小説を置いている。異種族ものだったり、身分違いの恋だったり、平民同士の恋愛だったり、ジャンルは様々だ。
(貴族だと政略結婚も多いでしょうけど、愛のために努力して身分を飛び越えちゃった仲間を知ってますから。頑張る力になるのなら夢見る事も悪くないでしょ?)
●
お土産紹介のイベントからしばらくの月日が経った頃。学園交流部は通常の活動として、お茶会を開催していた。お茶会自体は学園のサロンなどでも開かれているありふれたイベントだが、学園交流部の場合は新規の兄姉制度のマッチング希望者の募集も兼ねている。会場は学生棟二階の談話室(部室)である。お茶会が始まるまでにはまだ少し時間があった。
「ジミナ、あなたはどんな本を持ってきたの?」
「はい。私はヒツジの飼い方の本を。実家が農場なので。……でも、学園生が読んで面白いでしょうか?」
ジミナは置いてみたはいいものの、場違いでないか不安なようだった。
「実際に羊の世話をしなくても、農地の経営者もいるでしょう。それに、今後はどんどん色んな立場の人が学園にやってくるわ。あなたのように農家の娘だっているかも」
ルベアは微笑みながら答えた。ここに置かれている本はすべて私物であり、誰かが読んでほしいと思い、置いて行ったもの、という特徴があるのだ。これは談話室で共通の話題を探す一助になればと、ルベアが考案したものだった。
「ジミナ。どんな本を持ってくるか、興味を示すか知りたい。アナタが何をどう考えているかもっと教えて」
「はい、喜んで」
ルベアの言葉に、ジミナは笑顔を返した。
リィン……。
その時、入り口のドアのベルの音が涼やかに鳴り響いた。
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「やあ、遅くなってすまない。しばらくぶりだね、みんな元気にしてた?」
久々に部室に顔を出したシルヴィアはフレンドリーに手を上げて挨拶をした。最近は蒼玉の家督を継承して当主になったり、かねてよりの想い人と結婚したりと、人生の山場となる出来事がてんこもりだったため、しばらく学園に顔を出す暇がなかったのだ。
「シルヴィお姉様、結婚おめでとうございます!」
「おっと」
シルヴィアを視認した瞬間、超高速で突撃してきたエフィルミアを、シルヴィアは優雅な仕草でふんわりと受け止めた。
「ありがとう、エフィ」
「結婚しても私の姉様でいてくださいねえぇぇ」
感極まったのか、涙で顔をくしゃくしゃにしながらエフィルミアはシルヴィアにしがみついてくる。シルヴィアは微笑みながら、エフィルミアの髪を優しく撫でた。
「ああ、もちろん。君が妹で良かった。大好きだよ、エフィ」
シルヴィアはエフィルミアの髪を撫でながら聖母の如き微笑みを向けるが、部員達の注目の的になっていることに気付き、こほんと咳払いした。
「そうだ、故郷で買ってきたモモのタルトがあるんだ」
シルヴィアはしがみついたままのエフィルミアはしばし放置し、甘い香りを放つ白い箱を示すと、部員達は歓声を上げた。
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そして、お茶会が始まった。シルヴィアのタルト以外にも、ルーンスは都市同盟産のドリンクを持参しており、外交官として世界を飛び回っているイズレンディルも世界各地の名産のお茶菓子を持ってきてくれた。
「シルヴィアさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね、イズレンディル。君とは一学期末のイベントの時以来かな」
「ええ。そうですね。私は学園の来るのもあの時以来です。お互い、忙しい身ですね」
不在がちの者同士、苦笑する二人。そして、二人はかつての仲間達と、国内外の情勢を確認したり、お互いの近況を報告しあったりした。
「僕はフルーツをたっぷり使ったコーディアルを持ってきたよ」
ルーンスは保冷用の箱から鮮やかな色の液体が入った瓶を取り出し、テーブルの上に並べた。ミントや薔薇は紅茶割り、オレンジは水割りだという。
「シルヴィアにはこれをどうぞ。薔薇とラズベリーの冷紅茶割りはカペルローズ使ってるんだ。暑さ対策にもなるし」
「へえ。じゃあさっそく頂くよ」
シルヴィアはルーンスに勧められるままに薔薇の紅茶割に口をつけた。グラスを傾けると、爽やかな甘みが口の中に広がっていく。
「うん。ほどよい甘みが美味しい」
「お気に召したかな? ワインで割ってもいいらしいよ」(僕はまだ呑めないけど)
「そうなのかい? 今度パーティの時に試してみるよ」
シルヴィアはニッコリと笑い、グラスを飲み干した。
「ところでルーンス。君の子達は元気かい?」
シルヴィアが訪ねると、ルーンスは満面の笑顔で頷いた。
「うん、もちろん。最近二人とも首が座ったんだ。そうそう、こないだは僕の作ったうちわを……」
その後しばらく、ルーンスは子煩悩パパトークを繰り広げた。
「シルヴィア、いつか君の子供ができたら僕達にも見せてね」
ルーンスが朗らかにそう言い放つと、シルヴィア(新婚さん)は5秒ほどフリーズした後……。
「流石にまだ、気が早いんじゃないかな」
と照れ臭そうに答えた。
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「ルベア、最近の学園はどうかな」
シルヴィアはルベアに尋ねた。
「私は冒険者の依頼以外では、帝国北部鎮守都市に行くくらいだから(学園の)外はあまり分からないけど、学園は平穏そのものよ」
ルベアはそう答えた。幽界樹が討伐されるまでの間は貴族派とはじめとする王国貴族の暗躍も色々あったが、最近の学園は平和なものだ。平民学園生が露骨な迫害を受けている、という話もルベアは特に聞いていない。もっとも、学生同士の小競り合いの類はさすがにゼロではないらしく、冒険者ギルドに学生同士の喧嘩の仲裁の依頼が入ったこともあった、ということをルベアは話した。
「そうか、安心したよ」
ルベアの返答に、シルヴィアは安堵の笑みを浮かべる。
「『貴族の為の学校』の変化も緩やかに受け入れられつつある、ということかしらね」
シルヴィアに釣られたように、ルベアも微笑んだ。
王国も大陸も、時の流れは分け隔てなく、等しく流れていく。真の意味での王国の変革は長い時間がかかるだろうが、かつて平和の為に戦った者達は、今はただ、穏やかな季節を享受していた。
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コンコン。控えめなノックの音がした後、談話室の扉が開いた。
「初めまして。サントリー男爵家次男のデールと申します。兄姉制度に興味があるんですけど……」
「「はじめまして。ようこそ、学園交流部へ!」」
学園交流部のメンバーはにっこりと微笑む。談話室の西窓の窓枠の上に飾られたピクニックの絵の中では、今日と同じように学園交流部のメンバーが笑っていた。