時ならぬ花が結ぶなら

キャラクターノベル制作 柳コータ納品 2024年07月19日 13時15分39秒

 嘘と偽りを重ねた先にある感情は、本当になり得るのだろうか。
 嘘と偽りを重ねた末にいる存在は、本当は誰なのか。
 まるでそれが懺悔と償いかのように、何度も繰り返し自問している。

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 白く柔らかな綿花が咲き揃う様子は、生まれたての雲が並んでいるようだ。
 リーンエス王国北西部に位置するシャーフヴルムでは、今年も綿花が盛りを迎えている。
 夏空の下、無事育った我が子を見るかのように目を細める領民たちは、明るい声を交わし合っていた。近頃他愛ない話にのぼるのは、この地を治めるシュルトハイス子爵家についてのことが多い。
 なんでも近郊領のリーフェンシュタール伯爵家の令息テオバルトが子爵家の養子に迎えられるらしいという噂は、まことしやかに広がっている。
 最愛の娘を亡くした当主夫妻が養子の話を断り続けていたのは有名な話で、そのうえ爵位の上では子爵家よりも上にあたる伯爵家の令息がまさか、とはじめこそ信じられてはいなかったが、近頃では当のテオバルトが積極的にシャーフヴルムでの実地視察に繰り出していることもあり、どうやら本当らしい、と言われつつあった。
 同時に広がっているのが、亡くなったと思われていた当主夫妻の一人娘が生きていたのではないか、という話だ。
 これを笑い飛ばす者は多かった。子を喪った悲しみに暮れる当主夫妻の姿を実際目にした領民が多かったためだ。けれど同時に、そうかもしれない、という噂も大きくなった。
 というのも、もしも娘が生きていたのなら、養子の話を蹴り続けていたことに説明がつくこと。そして娘は実は命を狙われていて、表向き娘が死んだことにしていたのはその身を守るためだったのではないか、というもっともらしい話が出来上がってしまったことが要因で、さらにこんなことを言う者まで出てきた。
 ――シュルトハイス子爵家の一人娘に瓜二つの娘を、当主夫妻が実子の如くに育てている。

 その娘の名は、エリカ・プレトリウス。
 彼女が当主夫妻に拾われ一人娘と同じ名を与えられた名もなきエルフの孤児であったことは、噂を口にする者たちのあずかり知らぬことである。

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 そんな噂が流れているという話をエリカが聞かされたのは、日々積み上がるばかりの忙しなさが少しばかり一段落したときだった。
「……そんな、噂が」
 窓から見える綿花畑を見て一息ついたエリカに、老家令が言いにくそうに伝えてきたのだ。彼も本心では聞かせたくなかったのだろうとその表情から、言わねばならぬ程度まで噂が大きくなっていることが察せられた。
「話してくれてありがとうございます、爺。……その噂は、テオの耳にも?」
「入っておられるでしょう。近頃は視察に精力的に出ておられますから。……そのような噂がある分、跡取りを急かす声も」
「……」
 エリカは思わず黙り込んでしまった。老家令がわざわざこの話をした理由はそれかと合点がいく。領地を持つ家に入るということは、その地を継ぐと同時に家を続かせる義務を負うことに等しい。テオバルトは男性だ、エリカよりもあからさまに、それを望まれる声を聞くのかもしれなかった。
 跡継ぎの問題――子を成すことについて、以前までエリカは無知だった。知識を得たところで持った正直な感想は『正直気持ち悪いが、恩に報いるために甘んじて受け入れるべきか』といった、酷く乾いたものだ。
 テオバルトはどう思っただろう。負担に感じてはいないだろうか。
 ふとそんなことが気にかかった。
 曲がりなりにも結婚という形を取る以上、そういった思考は彼もしたのではないだろうか。なによりは、このところずっと彼が忙しくしていることが気がかりだった。エリカとお互い様とはいえ、テオバルトが現状に至っているのはエリカが原因と言ってもいい。
 多忙な上に妙な噂、重ねられる期待。そういったものが、彼自身を圧し潰してはいないだろうか。
 そこまで考えて、エリカは立ち上がった。

「――爺、お願いがあるのですが」

●
「失礼します」
 ノックの返事を待ってから、エリカはテオバルトの部屋へそっと足を踏み入れた。
 部屋のなかで待っていたらしいテオバルトは、真剣な面持ちで立ち上がり、エリカを迎え入れてくれる。
「爺から話は聞いています。私の部屋で、とは……余程のことかと思いますが、どういったお話でしょうか」
 テオバルトの深刻そうな口ぶりに、思わずエリカの背も改めて伸びるようだった。
「お忙しいのに申し訳ありません。……その、どうしても食事の席などではできそうになくて」
「私は構いませんよ。忙しいのはお互い様でしょうし。……ひとまずお座りください」
 そう言ってテオバルトは部屋にある椅子のひとつを勧めてくれる。それにエリカは躊躇した。自分も向かいの椅子に掛けようとしていたテオバルトが不思議そうにエリカを見る。
「どうされましたか?」
「……ぁ、あの、……っ失礼します!」
 思いきって足の向きを変え、エリカは一息に部屋の奥にあったベッドまで行くと、そこに腰を下ろす。それからおずおずとテオバルトを見た。
「テオも……、その、どうぞ」
「……、……エリカ?」
 テオバルトは面食らった様子で目を丸くした上その場に立ち尽くしている。意味がわからない、あるいは理解が追いつかない、という顔だ。動揺して声まで揺れている。
「大変失礼ですが――どういうおつもりですか?」
「ですからその、今日はテオを労わりたいと思って……。私にできることといえば、これぐらいしか思いつかなかったんです」
 いたわる、とテオバルトは困惑を極めたように繰り返して眉をひそめ、こめかみに手を当てている。それほど疲れが溜まっているのだろうかとなおさら心配になった。エリカはぽすんと自分の膝を叩く。

「今日は、私の膝で休んでください」

 つまりは、膝枕である。
 テオバルトは少し、ぽかんとしたようだった。膝、とまた繰り返して深々と息をつくと、自分に笑うように軽く笑い声を零す。それからエリカのほうへやってきて、わかりました、とベッドに横になった。
 彼の頭がエリカの膝に乗る。その重みになんだか気分がそわそわとして、落ち着かないまま恐々彼の髪を撫でた。しばらくそうしていると、テオバルトが心地よさそうに目を閉じる。

「……一つだけお聞きしてもいいですか。貴方の、次の子爵のこと」
「次の……私の子ども、ということですね」
 そうです、とエリカは頷く。エリカとしては孤児上がりのエルフではなく、貴族としての義務と覚悟を持つ本妻を迎えて子を成してくれればいいと思っていた。けれどテオバルトはどうやら『エリカ』を――いまここにいる『わたし』を本気で愛してくれている。
 そうわかるひとに、それを告げるのは酷いことだと、エリカも理解していた。想いに応えられるかはともかく、エリカとしても彼を大切にしたいと、そう思ってはいる。

 けれどどうしても、求められる可能性が怖い。

「そうですね、私は――」
 テオバルトの真剣な声が静かな部屋に響く。彼の髪を撫でながら言葉を交わすほど、部屋の空気が重量を増しているような気がする。
 彼を労わる時間としては重すぎるそれに、申し訳ない気持ちになった。
 けれど、撫でる手が止まると、テオバルトはその手を促すように微笑むのだ。

「やめないでください。私にとっては、最高の時間ですから」

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0