借宿は泡沫の夢
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月11日 22時17分40秒
――ワアァァァァ!!
歓声が聞こえる。
いや、これは歓声じゃない。ただの感情の発露。欲望の蛮声。狂気の獣吼――。
狂った大人共が無責任に投げかける汚い言葉の雨だ。
――お、起きて。
起きる? なぜだ。俺は負けた。このままとどめを刺され死ぬ。それで見世物としての生は終わり。後には何も残らない。
――もうお昼です……!
昼? なにを言っている。今は夜。ここは煌々と焚かれた篝火の中に浮かび上がる血と歓喜の坩堝だ。そして俺は――。
「んあ……」
「あ……おはようございます」
「……んー、ああ、お嬢ちゃんか。何だ、なにか用かい?」
「も、もうお昼です。起きてください……」
ふむ、どうやら寝過ごしたらしい。
ヨル・スレイマンはもぞもぞと上半身を起こした。
「くあぁ……眠い」
「ね、寝ないで! 今からお掃除します……!」
小さなゴブリンの少女が必死で体を掴んでくる。
この少女は最近この店に入った新顔だそうだ。見た目に反してわりと人のいい店主様が代金の代わりに店のあれこれをやらせている。
まぁ、俺も似たようなもんだけどね。
「ん。それじゃ着替えて手伝おうか」
「あ、あの……ごめんなさいっ!」
寝間着に手を掛けたヨルから目を反らせるように背を向けた少女。
男の着替えが恥ずかしいお年頃らしい。
「こんなおっさん相手に照れなくても」
部屋の壁をひたすら凝視している少女にヨルは苦笑する。
――バタンっ!
と、そんなやり取りをしていたら、もう一人のお嬢ちゃんが部屋に駆け込んできた。
「ヨ、ヨル……! こわいひと、きた!」
「うん? ――ああ、何か叫んでるね」
表の部屋からこの街では聞き慣れた粗野な叫び声が聞こえる。まるで獣の声だ。
「店長は?」
「いない……あそびにいった」
問いかけにぶんぶんと頭を振る小さい方のお嬢ちゃん。
「まったく、自分の店を何だと思ってるのやら」
ヨルは肩を竦め、寝間着を脱ぎ捨てた。
「……ヨル、きれい」
大きい方のお嬢ちゃんはひぁ!?と悲鳴を上げ再び壁とにらめっこ。
声を上げたのは小さい方だ。
「きれい? ああ、この事か」
小さい方のお嬢ちゃんが目を輝かせて俺の身体を見ている。
古傷を隠す様に彫りこんだタトゥーを何かの絵と勘違いしたのかもしれない。
「情けない敗者の印さ」
小さくそう呟いて俺は上着を羽織った。
●
店に出てみれば確かに客が二人。
どうやら主人と思しき小柄なゴブリンと、奴隷だろうか大きなゴブリンのペアだった。
「これはこれはお客様。当店に何用でございましょう?」
そんな二人に恭しく貴族がするような会釈をしてやる。
その仕草が癪に障ったのか、小柄なゴブリンが更に喚き散らした。
ふむ、なるほど。買った質流れ品が気に食わなかったと。
喚き散らしていて話の半分も理解できないが、要約するとそういう事らしい。
「申し訳ありませんが、一度買われたものは返品をお受けいたしかねます。もちろん、それを買い取る事は可能ですよ。価格はかなり目減りするでしょうが」
俺も行商をしているから分るが、こういう相手は下手に出ればつけあがるだけ。
きっぱりとこちらのスタンスを伝えないといけない。しかし、ヨルがそれを伝えると、更に激高した。
「ふーむ。悪いけど、これ以上は理不尽を言うのであれば客として扱えないよ?」
平行線をたどる話し合いに、ヨルは口調を変えた。
「この店で扱っているものは全て中古の品だ。価値のあるものもあればないものもある。値段が適正なものもあれば、ぼったくってるものもあるだろう。もちろん掘り出しもんも転がってる」
ヨルは小柄なゴブリンに向け口元を歪ませる。
「それを見抜けない程度の目利きじゃ、この店を利用する資格はないさ」
きっぱりと言い切ったヨルの言葉に、小柄なゴブリンがついにブチ切れた。
後ろで控えていた大柄なゴブリンの鎖を強く引く。大柄のゴブリンは渋々と言った感じでヨルの前に立つと――。
「ぼ、暴力はいけないなぁ――うわぁぁ!」
巨大な拳でヨルの身体を吹き飛ばした。
派手に吹き飛ばされたヨルの姿に留飲を下したのか、小柄なゴブリンは勝ち誇ったように笑うと、奴隷のゴブリンの鎖を引いて店を出ていった。
「ヨル……だいじょうぶ?」
「平気だよ。あんな攻撃当たらないさ。それに彼も本気じゃなかった」
心配して駆けつけてくれた小さなお嬢ちゃんの頭を撫でながら体を起こす。
「さて、店が散らかってしまったね。片付けるのを手伝ってくれるかい? どうにも散らかってるのは嫌いでね」
後から駆けつけてきた姉のゴブリンにも語り掛け、ヨルは散らかった店内の掃除を始めた。
うちの店主様は店の事に興味がないのか。外装や内装にトンと無頓着だ。
まぁ、場所も場所だから小綺麗にしても誰も見向きもしないだろうが。
おせっかいだとわかっていても店を整えてしまうのは――性格だから仕方がない。
そんな事を思いつつ、いつものように掃除と整頓をしていると――。
「ヨル……なんで、たおさなかった?」
小さなお嬢ちゃんが問いかけてきた。
「うん? ああ、さっきのゴブリンたちかい?」
ヨルの言葉にこくりと頷く小さなお嬢ちゃん。
「まぁ、場所にもよるんだけど、この街でのああいう手合いは下手に反発すると、さらに厄介になって戻ってくるんだよ。だから一度気の済むようにやらせるのがいいのさ」
人差し指を立て教師然と教えてあげる。
「でも……いたい」
「当たればね。そこはうまくやる方法があるんだけど……お嬢ちゃん達にはちょっと早いかな」
いつの間にやら二人並んで椅子に腰かけ、ヨルの話をじっと聞いている。
「やくに……たたない?」
「まさか。ようはやりようさ。戦いはできない小さなお嬢ちゃん達にも、この店の為にできることはたくさんある。例えば――」
やれやれと思いつつもヨルは話を続けた。
出来ることといえば掃除と整頓。それもヨルが教えてやっとという少女たちだ。
店主はそれで十分だというが、俺から見ればこの子達の能力はそんなに低くない。
教えてあげさえすれば真綿が水を吸う様に、様々な事を吸収していくだろう。
家事だけでも料理に洗濯、買い出しにと、沢山の仕事がある。
ふらふらと依頼を受けてはいなくなる店主の代わりを務められるようになれば、この店も少しはましになるだろう。
これも一宿一飯の恩を受けた身が提供できる恩返しの一環。お互い家族だの愛だのを知らずに育った無頼だ。少しはそんな雰囲気を味わうのも悪くない。
――お節介に過ぎるかな。
ヨルは自嘲しながらも、真剣に授業を受けるお嬢ちゃん達に新しい水を撒いていく。
そう、これも全部暇つぶし。
生きる意味を無くした残りカスが、残った生をただ無駄に使う為の暇つぶし。
――付き合わせて悪いね。
目の前の生徒達があまりに優秀すぎるから、思わず熱のこもった授業。
でもそれは、俺の自己満足。暇つぶしに付き合わせているだけの――。
――ガチャ。
「おや、どうやら放蕩店主が帰ってきたようだね。さぁ出迎えて」
ヨルの話に真剣に耳を傾けていたお嬢ちゃん達を立たせ表に迎えに出させる。
「まぁ、これも借金返済の一部だと思って受け取ってくれるかな。俺は――もうすぐいなくなるしね」
店主との契約は今月末で満了する。
そこ後の事は何も考えていないけど、まぁなるようになるさ。今までもこれからも、そうやって生きてきたんだから――。