星降る夜に
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2024年07月04日 10時34分23秒
月明かりに照らされた白砂の浜。
穏やかなさざ波の音に合わせ刻まれるのは、砂踏みの響。
「ここは変わりませんね」
「……世界は、たくさんかわったのに、ね」
「本当に」
並んで刻まれる四つの足跡は、砂浜に長い軌跡を敷いている。
「さて、この辺りにしましょうか」
「ここ、だっけ……?」
立ち止まったセロンガード・シュタインドルフに合わせ、ティトも足を止めた。
「正確な場所は覚えていませんが、あの日見た星空が――――ほら、そこにある」
背負っていた荷物を砂浜に下ろしたセロンガードが夜空を指差す。
「……見分け、つかないけど」
「おや、覚えていませんか? あの夜、流星群が降りしきる空の下、あんなにも熱い抱擁を交わし――――なんて夢をつい先日見たのです」
「……30点」
「厳しい」
自分の脇腹から離れていく硬質に苦笑したセロンガードは、上げていた両手をゆっくりと下ろした。
「丁度今日、あの日のような流星群が見れるはずなんですが……ちょっと月が明るすぎて見えそうにないですね」
「残念……」
「そんなにがっかりしないでください。例え流星群が見えなくても、夜空が綺麗な事には変わりませんよ」
「そう、だけど……セロン」
「はい?」
「月、壊してきて?」
「私の話聞いてました? ほら、冗談言ってないで準備を始めますよ。ティトも手伝って下さい」
悪戯に微笑むティトに、セロンガードは肩をすくめ荷解きを始めた――――。
●
長らくの冒険者生活で野営の準備は慣れたもの。二人は協力してテントの設営を終えた。
先ほどまで明々と大地と海を照らしていた月は、いつの間にか水平線に半身を隠している。
セロンガードは焚火に火を入れ、闇の濃くなった夜に小さな明かりを灯す。
「月明かりもいいのですが、やはり暗がりに揺れる炎はいいですね。見ているだけで気持ちが落ち着きます」
「……セロンって、さいこぱす?」
「なぜそうなるんですか。揺らめく炎を眺めるのは、精神を落ち着ける効果があるとかないとか、どこかの高名な学者が言っていたとかいないとか」
「……うさんくさい」
「確かに胡散臭いですね。でも、ティトも炎を眺めるのは嫌いじゃないでしょう?」
「……うん」
朽ちた流木に二人で腰を掛ける。
炎の照らされる二人の影が一つに重なった。
「……あの日から3年ですか。色々ありましたね」
「うん……終わっちゃった」
「終わっちゃった?」
「……ぼくの冒険」
「なるほど、確かに一段落しましたね」
焚火を見つめるティトの瞳が炎の揺らぎに合わせるようにゆっくりと揺れる。
「……里を出た時、こんなに変わるなんて、思ってなかった、よ」
「変わりま――――まだ何も言ってません、セーフですセーフ」
「……視線が、アウト。ちゃんと伸びたでしょ、身長。それに、あの頃よりずっと速く、ずっと強く……なれた、よ」
「ええ、それはよくわかっていますよ。ティトは疾く、強く、可愛くなりました」
「……うーん」
「えっ、何か失言しましたか?」
「……加点するか、減点するか、悩んで、る」
「素直に加点しておきましょう?」
「……世界もいっぱい、見れた。火山はおっきかったし、暑かった。大樹からは、不思議な感じがした。街も遺跡も、一つ一つ違った、ね」
「そうですね。……加点は?」
「……沢山の人に、会った、ね。敵だった人も、味方になってくれた人も、本当に沢山……好きも、嫌いもたくさん出来た、よ」
「ええ、出会いは人生の宝物です。これからも大切にしていきましょう。……で、加て」
「しつこい男は嫌われる、よ?」
「ぐっ……わかりました。加点の件は保留にしておきましょう」
小さくため息をついたセロンガードは流木から腰を上げ、焚火で温めていたポットを取り上げる。
「熱いので気を付けてくださいね」
「……大丈夫、だよ。子ども扱いは、やめて」
「それはすみません。味はどうですか?」
「……ミルク味」
セロンガードに淹れてもらったホットミルク。湯気を立てるマグカップにフーフーと息を吹きかけ、ティトはちびちびと口に運んだ。
●
ぱちぱちと火の粉が爆ぜる音を聞きながら、二人は身体を預け合う。
「またこうしてティトと二人でゆっくりした時間を過ごせる事が出来て、本当に良かったです」
「色々、あったもんね」
「ええ、本当に。よく生きていたなと思いますよ」
「……死ぬつもりだった、の?」
「そういう訳ではありませんが、その可能性は多分にあった。そう思っています」
「そんなの……ぼくが、許さない」
「ありがとう。でも、それももう過去の話です。現に今、私はこの場所にいます。貴方の隣に」
そう言ってセロンガードはティトの肩に腕を回した。
「流れ星が願いをかなえてくれるという噂は本当だったようですね」
「え……それって」
「ティトはあの時、あの星々に願った事を覚えていますよね」
「……うん」
「そう言う事です」
少し気恥しそうに視線を下げるティトに微笑んだセロンガードは、空いた手で上着のポケットから小さな木箱を取り出す。
ティトが不思議そうに覗き込む中、セロンガードは小箱を開けた。
中に入っていたのは、朱色に輝く美しい髪飾だった。
「ティト、少し耳の間を失礼しますよ」
髪飾の美しさに見とれているのか、じっと小箱を見つめているティトに微笑みかけ、セロンガードは彼女の獣の耳を優しく撫でる。そして、木箱から取り出した髪飾をそっと純白の髪に添えた。
「……これ、願い?」
「いえ、これはシャルガネで見つけてティトに似合うなと思って買ってきただけです。漆塗り? という技法で作られた物らしいですよ」
「そう、なんだ……」
「お気に召しませんでしたか?」
「そういう……訳じゃない、けど……」
折角のプレゼントだというのに、ティトの表情には困惑の色が浮かぶ。
髪飾を贈られたことは素直に嬉しい。だけど、自分が思っていたものとは随分と違った。
さっきセロンガードは『願い』が叶うといったのに、何故このタイミングで”髪飾”なのか。ただ傍にいる事が『願い』だというのなら、それ以上は――――。
「願いがかなったというのは、こういう事ですよ」
そう思った瞬間だった。
突然、目の前に跪いた彼の顔が現れる。
衰えた焚火の炎で彼の表情ははっきり見えないけど、その声は真剣そのものだった。
「ティト、私と結婚してもらえますか?」
そう言ってセロンガードが掲げたのは、先ほどのものとは別の小箱。
その中には炎に輝く白銀の指輪があった――――。
●
月は沈み、黎明の色を帯び始めた夜空には、あの日と同じ無数の星が降り注いでいた。
「これからもいっしょに、いられる、の?」
「ティトがそう”願う”なら」
ティトの肩を抱き、セロンガードが幻想的な光景を見せる星空を見上げる。
「……うん、願う。願うよ、セロン」
ティトは指輪のはまった左腕をぎゅっと胸に抱き、流星群を見上げた。
不安が無いわけじゃない。世界は激変し、これからの未来など誰にもわからない。
だけど、自分にはこの人が傍にいる。
たったそれだけのことで、自分は立っていられるし、前に進むことができる。
共に歩み、共に進み、共に笑い、共に泣く。
それが二人の”願い”であり、不変の”未来”。
私達は、もう二度と離れない。”死”が二人を分かつまでは――――。
穏やかなさざ波の音に合わせ刻まれるのは、砂踏みの響。
「ここは変わりませんね」
「……世界は、たくさんかわったのに、ね」
「本当に」
並んで刻まれる四つの足跡は、砂浜に長い軌跡を敷いている。
「さて、この辺りにしましょうか」
「ここ、だっけ……?」
立ち止まったセロンガード・シュタインドルフに合わせ、ティトも足を止めた。
「正確な場所は覚えていませんが、あの日見た星空が――――ほら、そこにある」
背負っていた荷物を砂浜に下ろしたセロンガードが夜空を指差す。
「……見分け、つかないけど」
「おや、覚えていませんか? あの夜、流星群が降りしきる空の下、あんなにも熱い抱擁を交わし――――なんて夢をつい先日見たのです」
「……30点」
「厳しい」
自分の脇腹から離れていく硬質に苦笑したセロンガードは、上げていた両手をゆっくりと下ろした。
「丁度今日、あの日のような流星群が見れるはずなんですが……ちょっと月が明るすぎて見えそうにないですね」
「残念……」
「そんなにがっかりしないでください。例え流星群が見えなくても、夜空が綺麗な事には変わりませんよ」
「そう、だけど……セロン」
「はい?」
「月、壊してきて?」
「私の話聞いてました? ほら、冗談言ってないで準備を始めますよ。ティトも手伝って下さい」
悪戯に微笑むティトに、セロンガードは肩をすくめ荷解きを始めた――――。
●
長らくの冒険者生活で野営の準備は慣れたもの。二人は協力してテントの設営を終えた。
先ほどまで明々と大地と海を照らしていた月は、いつの間にか水平線に半身を隠している。
セロンガードは焚火に火を入れ、闇の濃くなった夜に小さな明かりを灯す。
「月明かりもいいのですが、やはり暗がりに揺れる炎はいいですね。見ているだけで気持ちが落ち着きます」
「……セロンって、さいこぱす?」
「なぜそうなるんですか。揺らめく炎を眺めるのは、精神を落ち着ける効果があるとかないとか、どこかの高名な学者が言っていたとかいないとか」
「……うさんくさい」
「確かに胡散臭いですね。でも、ティトも炎を眺めるのは嫌いじゃないでしょう?」
「……うん」
朽ちた流木に二人で腰を掛ける。
炎の照らされる二人の影が一つに重なった。
「……あの日から3年ですか。色々ありましたね」
「うん……終わっちゃった」
「終わっちゃった?」
「……ぼくの冒険」
「なるほど、確かに一段落しましたね」
焚火を見つめるティトの瞳が炎の揺らぎに合わせるようにゆっくりと揺れる。
「……里を出た時、こんなに変わるなんて、思ってなかった、よ」
「変わりま――――まだ何も言ってません、セーフですセーフ」
「……視線が、アウト。ちゃんと伸びたでしょ、身長。それに、あの頃よりずっと速く、ずっと強く……なれた、よ」
「ええ、それはよくわかっていますよ。ティトは疾く、強く、可愛くなりました」
「……うーん」
「えっ、何か失言しましたか?」
「……加点するか、減点するか、悩んで、る」
「素直に加点しておきましょう?」
「……世界もいっぱい、見れた。火山はおっきかったし、暑かった。大樹からは、不思議な感じがした。街も遺跡も、一つ一つ違った、ね」
「そうですね。……加点は?」
「……沢山の人に、会った、ね。敵だった人も、味方になってくれた人も、本当に沢山……好きも、嫌いもたくさん出来た、よ」
「ええ、出会いは人生の宝物です。これからも大切にしていきましょう。……で、加て」
「しつこい男は嫌われる、よ?」
「ぐっ……わかりました。加点の件は保留にしておきましょう」
小さくため息をついたセロンガードは流木から腰を上げ、焚火で温めていたポットを取り上げる。
「熱いので気を付けてくださいね」
「……大丈夫、だよ。子ども扱いは、やめて」
「それはすみません。味はどうですか?」
「……ミルク味」
セロンガードに淹れてもらったホットミルク。湯気を立てるマグカップにフーフーと息を吹きかけ、ティトはちびちびと口に運んだ。
●
ぱちぱちと火の粉が爆ぜる音を聞きながら、二人は身体を預け合う。
「またこうしてティトと二人でゆっくりした時間を過ごせる事が出来て、本当に良かったです」
「色々、あったもんね」
「ええ、本当に。よく生きていたなと思いますよ」
「……死ぬつもりだった、の?」
「そういう訳ではありませんが、その可能性は多分にあった。そう思っています」
「そんなの……ぼくが、許さない」
「ありがとう。でも、それももう過去の話です。現に今、私はこの場所にいます。貴方の隣に」
そう言ってセロンガードはティトの肩に腕を回した。
「流れ星が願いをかなえてくれるという噂は本当だったようですね」
「え……それって」
「ティトはあの時、あの星々に願った事を覚えていますよね」
「……うん」
「そう言う事です」
少し気恥しそうに視線を下げるティトに微笑んだセロンガードは、空いた手で上着のポケットから小さな木箱を取り出す。
ティトが不思議そうに覗き込む中、セロンガードは小箱を開けた。
中に入っていたのは、朱色に輝く美しい髪飾だった。
「ティト、少し耳の間を失礼しますよ」
髪飾の美しさに見とれているのか、じっと小箱を見つめているティトに微笑みかけ、セロンガードは彼女の獣の耳を優しく撫でる。そして、木箱から取り出した髪飾をそっと純白の髪に添えた。
「……これ、願い?」
「いえ、これはシャルガネで見つけてティトに似合うなと思って買ってきただけです。漆塗り? という技法で作られた物らしいですよ」
「そう、なんだ……」
「お気に召しませんでしたか?」
「そういう……訳じゃない、けど……」
折角のプレゼントだというのに、ティトの表情には困惑の色が浮かぶ。
髪飾を贈られたことは素直に嬉しい。だけど、自分が思っていたものとは随分と違った。
さっきセロンガードは『願い』が叶うといったのに、何故このタイミングで”髪飾”なのか。ただ傍にいる事が『願い』だというのなら、それ以上は――――。
「願いがかなったというのは、こういう事ですよ」
そう思った瞬間だった。
突然、目の前に跪いた彼の顔が現れる。
衰えた焚火の炎で彼の表情ははっきり見えないけど、その声は真剣そのものだった。
「ティト、私と結婚してもらえますか?」
そう言ってセロンガードが掲げたのは、先ほどのものとは別の小箱。
その中には炎に輝く白銀の指輪があった――――。
●
月は沈み、黎明の色を帯び始めた夜空には、あの日と同じ無数の星が降り注いでいた。
「これからもいっしょに、いられる、の?」
「ティトがそう”願う”なら」
ティトの肩を抱き、セロンガードが幻想的な光景を見せる星空を見上げる。
「……うん、願う。願うよ、セロン」
ティトは指輪のはまった左腕をぎゅっと胸に抱き、流星群を見上げた。
不安が無いわけじゃない。世界は激変し、これからの未来など誰にもわからない。
だけど、自分にはこの人が傍にいる。
たったそれだけのことで、自分は立っていられるし、前に進むことができる。
共に歩み、共に進み、共に笑い、共に泣く。
それが二人の”願い”であり、不変の”未来”。
私達は、もう二度と離れない。”死”が二人を分かつまでは――――。