最後の手合わせ
キャラクターノベル制作 夜団子納品 2021年01月21日 11時04分05秒
「ねぼすけねぇ」
懐かしい声がする。
夢うつつの中、レイ・ロバーツはゆるゆると目蓋を上げた。自分は、そうだ、自室で眠っていたのだ。一年の最後の夜、いつも通り布団に入った。幸せな初夢が見られるなんて噂を思い出してちょっと笑ったりなんかして。そしてそのまま眠りに落ちたはずだ。
「お、目が覚めた。やっほー元気にしてた?」
「母上……?」
長い黒髪、金の燐光。どこか少し気の抜けたような、軽薄な雰囲気を纏う女騎士。見間違えるはずもないレイの母親その人が、「よっ」とひどく気軽にレイを揺すり起こしていた。
「あははは何鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してるの」
ケラケラと笑う姿は、かつて帝国で離ればなれになる前と何も変わっていなかった。あっけに取られていたレイはそんな母の様子に苦笑を漏らし、ぽりぽりと頭を掻く。
「新年早々、酷い夢だ」
「酷い夢とはなんだ! せっかく我が子が心配で化けて出てきたって言うのにー」
わざとらしく頬を膨らませて見せながら、母——スピカは極々自然に剣を抜いた。そんな彼女の様子を半ば諦めたように笑いながら、レイも立ち上がる。
スピカにとって——元帝国騎士であり、負けなしを誇る女傑であった彼女にとって、剣とは自らの身体と等しいものであった。戦場で生き、その最期も戦いと共にあった人。最愛の——レイの父と共に、ロバーツ家の騎士として相応しい背中を見せた人。
寂寥や哀惜の気持ちが湧かないわけはない。だがそれ以上にレイは母へ応えたかった。
「それじゃ、久しぶりに腕試しといこうか。ほら、かかって来なさいな」
「相も変わらずの無茶ぶりだね……」
母上からの無茶ぶりには慣れている。だけどこの感覚は少し懐かしいな。
その思いは口に出さず、レイはただ笑って剣を構えた。
ああ、やはり強い。
剣を交え汗を飛ばしながら、レイはひとりごちた。明確な実力差が剣を通して伝わってくる。反面、レイは以前母と手合わせしたときにはなかったしっかりとした手ごたえを感じていた。
スピカが目を細める。その唇がわずかに吊り上がった。
「少し見ない間になかなか成長したね~レイ」
剣戟の間から聞こえたそんな声に、全力を持って剣で応える。
左前方から迫る刃を弾き、すかさず前へ。踏み込みは左足。重心がグッと沈み込んだ。反撃に出たレイを迎え撃とうと、スピカの刃が素早く斬り返される。
狙いは首だ。しなるような軌道でそれはレイの首を狙っている。本当に容赦ないなぁ。懐かしい思いがこみ上げて思わず苦笑が漏れた。
「……なにっ!」
沈ませた重心を傾け、体ごと左へ倒す。スピカの狙いは正確だ。だからこそぎりぎりまで引き付けてから回避。刃がレイの頬を、首を、掠めて空振る。
逃げ腰で避けてばかりでは勝ち目がない。ならば思い切って踏み込むのが吉。そうレイに教えたのはスピカだ。傑物と呼ばれた反面、《戦闘狂》の名前をほしいままにした彼女の血を、レイも確かに引いている。
それでも母上の剣筋が見切れるなんて出来すぎているかな——なんて謙虚に思い浮かべつつ。
その体が倒れ切る前に、重心を外した左足を踏み出し直した。
「はぁぁぁッ!!」
柄を強く強く握りこみ、会心のスピードで剣を振るう。空振った彼女の剣が戻ってくる前に。体力も技量も、相手が上なのだ。このチャンスを逃したら活路はもうない!
渾身の力で振るわれたその刃は。
————阻まれることなく、スピカの喉元へ突きつけられた。
「……やられたぁ!」
両者の間に横たわった沈黙。それを破ったのはスピカの方だった。一本取られたというのに——いや、取られたからこそ、彼女は嬉しそうに笑う。そんな母の姿を見てレイはやっと、張り詰めた息を吐くことができた。
「はぁッ、はぁ……っ」
「まさか一本取られるとはね~……一度転がして、久しぶりに限界まで稽古って思っていたのだけど」
ざんねん。そう笑ったスピカの表情は清々しいものだった。まるで、安心したような。心残りを果たしたような。そんな顔だった。
「……僕はまだ、母上と父上には遠く及ばないよ」
「それでも今回私から一本取ったんだから! ま、実力不足はその通りだからこれからも精々励みなさい!」
バンバンと背中を叩かれ、軽く噎せる。まったく母上は……と顔を上げたレイは小さく目を見開いた。
スピカの姿が少しずつ、霞み始めている。ああ、もう終わりなのか。そう察してレイは小さく目を細め——そして笑った。
「母上、どうか向こうでも健勝で。……父上と見守っていて欲しいな」
母との別れに涙は似合わない。自由で愉快な彼女を見送るなら、笑顔が最もふさわしい表情だ。
「はいはい。のーんびり、待ってるわ。だからしばらく来ちゃだめよ?」
柔らかい笑顔が白く霞んでいく。去る母が見えなくなるまでレイはずっと笑っていた。
そしてその黒髪の一片すら消えてしまったその時。
一筋の雫がレイの頬を伝った。
懐かしい声がする。
夢うつつの中、レイ・ロバーツはゆるゆると目蓋を上げた。自分は、そうだ、自室で眠っていたのだ。一年の最後の夜、いつも通り布団に入った。幸せな初夢が見られるなんて噂を思い出してちょっと笑ったりなんかして。そしてそのまま眠りに落ちたはずだ。
「お、目が覚めた。やっほー元気にしてた?」
「母上……?」
長い黒髪、金の燐光。どこか少し気の抜けたような、軽薄な雰囲気を纏う女騎士。見間違えるはずもないレイの母親その人が、「よっ」とひどく気軽にレイを揺すり起こしていた。
「あははは何鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してるの」
ケラケラと笑う姿は、かつて帝国で離ればなれになる前と何も変わっていなかった。あっけに取られていたレイはそんな母の様子に苦笑を漏らし、ぽりぽりと頭を掻く。
「新年早々、酷い夢だ」
「酷い夢とはなんだ! せっかく我が子が心配で化けて出てきたって言うのにー」
わざとらしく頬を膨らませて見せながら、母——スピカは極々自然に剣を抜いた。そんな彼女の様子を半ば諦めたように笑いながら、レイも立ち上がる。
スピカにとって——元帝国騎士であり、負けなしを誇る女傑であった彼女にとって、剣とは自らの身体と等しいものであった。戦場で生き、その最期も戦いと共にあった人。最愛の——レイの父と共に、ロバーツ家の騎士として相応しい背中を見せた人。
寂寥や哀惜の気持ちが湧かないわけはない。だがそれ以上にレイは母へ応えたかった。
「それじゃ、久しぶりに腕試しといこうか。ほら、かかって来なさいな」
「相も変わらずの無茶ぶりだね……」
母上からの無茶ぶりには慣れている。だけどこの感覚は少し懐かしいな。
その思いは口に出さず、レイはただ笑って剣を構えた。
ああ、やはり強い。
剣を交え汗を飛ばしながら、レイはひとりごちた。明確な実力差が剣を通して伝わってくる。反面、レイは以前母と手合わせしたときにはなかったしっかりとした手ごたえを感じていた。
スピカが目を細める。その唇がわずかに吊り上がった。
「少し見ない間になかなか成長したね~レイ」
剣戟の間から聞こえたそんな声に、全力を持って剣で応える。
左前方から迫る刃を弾き、すかさず前へ。踏み込みは左足。重心がグッと沈み込んだ。反撃に出たレイを迎え撃とうと、スピカの刃が素早く斬り返される。
狙いは首だ。しなるような軌道でそれはレイの首を狙っている。本当に容赦ないなぁ。懐かしい思いがこみ上げて思わず苦笑が漏れた。
「……なにっ!」
沈ませた重心を傾け、体ごと左へ倒す。スピカの狙いは正確だ。だからこそぎりぎりまで引き付けてから回避。刃がレイの頬を、首を、掠めて空振る。
逃げ腰で避けてばかりでは勝ち目がない。ならば思い切って踏み込むのが吉。そうレイに教えたのはスピカだ。傑物と呼ばれた反面、《戦闘狂》の名前をほしいままにした彼女の血を、レイも確かに引いている。
それでも母上の剣筋が見切れるなんて出来すぎているかな——なんて謙虚に思い浮かべつつ。
その体が倒れ切る前に、重心を外した左足を踏み出し直した。
「はぁぁぁッ!!」
柄を強く強く握りこみ、会心のスピードで剣を振るう。空振った彼女の剣が戻ってくる前に。体力も技量も、相手が上なのだ。このチャンスを逃したら活路はもうない!
渾身の力で振るわれたその刃は。
————阻まれることなく、スピカの喉元へ突きつけられた。
「……やられたぁ!」
両者の間に横たわった沈黙。それを破ったのはスピカの方だった。一本取られたというのに——いや、取られたからこそ、彼女は嬉しそうに笑う。そんな母の姿を見てレイはやっと、張り詰めた息を吐くことができた。
「はぁッ、はぁ……っ」
「まさか一本取られるとはね~……一度転がして、久しぶりに限界まで稽古って思っていたのだけど」
ざんねん。そう笑ったスピカの表情は清々しいものだった。まるで、安心したような。心残りを果たしたような。そんな顔だった。
「……僕はまだ、母上と父上には遠く及ばないよ」
「それでも今回私から一本取ったんだから! ま、実力不足はその通りだからこれからも精々励みなさい!」
バンバンと背中を叩かれ、軽く噎せる。まったく母上は……と顔を上げたレイは小さく目を見開いた。
スピカの姿が少しずつ、霞み始めている。ああ、もう終わりなのか。そう察してレイは小さく目を細め——そして笑った。
「母上、どうか向こうでも健勝で。……父上と見守っていて欲しいな」
母との別れに涙は似合わない。自由で愉快な彼女を見送るなら、笑顔が最もふさわしい表情だ。
「はいはい。のーんびり、待ってるわ。だからしばらく来ちゃだめよ?」
柔らかい笑顔が白く霞んでいく。去る母が見えなくなるまでレイはずっと笑っていた。
そしてその黒髪の一片すら消えてしまったその時。
一筋の雫がレイの頬を伝った。