新緑の妹姫と、銀雪の姉姫
キャラクターノベル(グループ)制作 久生夕貴納品 2024年05月27日 13時44分25秒
雲ひとつない、青天だった。
バルコニーにふりそそぐ穏やかな陽ざしを、ララノア・グラヌローザは眩しそうに見上げる。
「いい天気なのです……」
懐から取り出したブローチを、そっと陽にかざす。金の台座にはめこまれたオーバル型の翠石が、きらきらと光を抱き、紋章を浮かびあがらせた。
しばらく眺めていると、視界にもうひとつのブローチが現れる。
銀の台座にはめこまれた蒼石は、同じように光を抱き、紋章を浮かびあがらせていた。
「ネネねーさま」
振り向いた先で、ブローチを手にしたネーヴェ・グラヌローザが微笑んだ。
「綺麗ね、ララ」
「はい、とっても……」
対のブローチは、二人が姉妹である証。ひとりぼっちだったララノアに姉がいるとわかったとき、嬉しくてしかたなかった。
ただ、このブローチを贈ってくれた両親は、いまだ行方知れずで――
「とーさまと、かーさまは一体どこに……」
ぽつりと呟いたララノアに、ネーヴェも静かに頷いた。
「早く会いたいわね」
長らく記憶を失っていたネーヴェだったが、妹との再会や巫女として暮らしていた村を訪れたことで、すべてを思い出していた。
誇り高く心優しかった両親を、見つけ出したい――日に日にその想いは強くなっている。
ブローチの裏に書かれた文字を見つめ、ララノアはぎゅっと目を閉じた。
両親の記憶は曖昧だけれど、優しい母の歌声や、温かな父のまなざしは覚えている。
きっと両親も自分たちを探してくれているはずなのに、どうして会えないのか。
もしかしたら、もうこの世には――そんな嫌な想像が膨らんできて、反射的にかぶりを振る。
「とーさま、かーさまは……きっと、きっと生きて……」
「大丈夫、二人は無事よ」
はっと顔を上げると、ネーヴェがララノアの手を握っていた。
友人だった頃から彼女の手はいつだって温かく、沈みそうになる心をやさしく押し上げてくれる。
姉妹は手を繋いだまま、抜けるような空を見あげた。
父と母も同じ空を見ているだろうか。成長した娘たちに想いを馳せ、どうか幸せにと祈っているのだろうか――
気づけばララノアは歌い出していた。共に暮らした”オババさま”に教わった、大切な歌。
澄んだ歌声は蒼穹に広がり、吸い込まれてゆく。
「この歌が……いつか届くとよいのですが……」
「ああ……懐かしいわね。お母さまがよく聞かせてくれた歌だわ」
家族にとって大切な歌だからと、姉妹に何度も聞かせてくれた。
「私はこの歌に合わせた舞を教えてもらったの」
「そ、そうだったのでしゅね……。私は、何も覚えてなくて」
「ララは幼かったもの。仕方ないわ」
そう微笑んでから、ネーヴェはふと思い至る。
「ねぇ、ララ。オババさまもこの歌を『大切な歌』だと仰っていたのよね?」
「は、はい」
「具体的にどういう歌なのか聞いたことはある?」
「そ、それが……オババさまも詳しいことは知らなかったのでしゅ……。『約束の地を示す歌』とだけ……」
「約束の地……それって、私たち家族が再会するための鍵ではないのかしら」
つまりこの歌こそが、両親と再会できる場所を示しているのではないか。
そう考えた二人は何度も歌詞を確認してみたが、それらしき言葉は入っていない。
ララノアは戸惑いながら眉を下げた。
「もしかして、オババさまの勘違いだったのでしょうか……」
もう父と母には会えないのだろうか。不安がこみ上げるララノアの肩に、ネーヴェの手がそっと触れる。
「大丈夫よ。聡いお父さまとお母さまのことですもの。きっと簡単には分からないようにしているんだわ」
妹を安心させるように頷いてから、ネーヴェは考えた。
母は妹に歌を、姉には舞を伝えてくれた。きっとそのことに、意味があるように思えるのだ。
「ねぇ、ララ。もう一度歌ってくれない? 私、歌に合わせて舞を踊ってみるわ。そうすると何かわかるかも」
「た、たしかに……! わかりましたでし!」
ララノアが歌う。ネーヴェが舞う。
やわらかで、力強く。
繊細で、大胆に。
まるで初めからそうしていたかのように、二人の息はぴったりで。
姉が舞う姿を見たララノアは、新緑のような瞳をきらきらさせた。
「やっぱりネネねーさまの舞は素敵でしゅ……!」
「ふふ、ありがとう。ララの歌声も、とっても素敵よ」
「わ、わたしなんてまだまだ……」
そう言いながらも、ネーヴェに褒められるとララノアの心に灯りがともる。
大好きで、大切で、自慢の姉。
「ララは私の舞を見て、何か気づくことはあった?」
「そ、そうでしゅね……何度も出てくるステップが、印象的だな、と……。か、関係ないかもしれませんが……!」
「そんなことないわ。ララの言う通りだもの」
この舞には、ある特徴的なステップがある。
母に教わった時、一番大切な部分だからと繰り返し練習した。
何度も出てくるそのステップと、ララノアの歌が重なるのは――
ネーヴェのなかで、ひとつの”答え”が閃いた。
「わかったわララ!」
「ふぇ!?」
いつになく興奮気味の姉に、ララノアはぽかんとしてしまう。
「やっぱり約束の地は、私の舞とララの歌を合わせることでわかるようになっていたの。あのステップを踏む部分の歌詞を繋ぎ合わせるのよ」
「あっ……」
浮かびあがったのは、ある場所を示す言葉。
立ち上がったララノアは、今にも駆け出さんばかりにネーヴェを振り返る。
「こうしてはいられませんでし! ネネねーさま、すぐに出発を……っ」
「まぁララ。私も同じ気持ちだけれど、まずは着替えましょう」
「ふぇ!?」
ララが身に着けている部屋着の真ん中には、「気合!根性!ダメ、マイナス思考!」と描かれていた。
●約束の地へ
深い、森の奥だった。
一般人は滅多に足を踏み入れない、翡翠色の湖の傍にある、静寂の地。
「この場所で間違いないわ」
ネーヴェの隣で、ララノアも頷いた。
「初めてきたはずなのに……なぜか、懐かしい気がしましゅ」
「ええ。私もよ」
風景に見覚えはないのに、心の奥に湧き上がるのは郷愁に似た感情。確かに知っている気配を、無意識に感じ取っているからだろうか。
ネーヴェは振り返ると、妹をぎゅっと抱きしめた。
「ここまで来られたのは、ララのおかげよ。ありがとう」
「そ、そんな。私こそねーさまがいたから……!」
「あなたがいるから、私は私でいられるの」
友人だったときも。姉妹になってからも。
ララノアがいたから、私は何者かでいられた。
きっと彼女は、自覚なんてないのだろうけれど。
「ネネねーさま! あそこに家が……」
ララノアの示した先に、古びた家屋が建っている。
近づいてみると、決して裕福な暮らしを感じるものではないが、きちんと手入れがされており、住人の存在を感じさせる。
「いい匂い……」
誰かが料理をしているのだろうか、スープをことこと煮込んでいるような、やさしくて美味しそうな香りが漂ってくる。
入口扉の前まで来た姉妹は、顔を見合わせた。
「じゃあ、ノックするわね」
「は、はい……!」
姉が二度ノックすると、中から優しげな女性の声がした。
聞き覚えのある声に、ネーヴェの瞳に涙が浮かぶ。震えるように、妹の手を握り締めた。
ひと呼吸のあと、扉がゆっくりと開かれる。
その奥でララノアによく似た新緑の瞳が、大きく見開かれた。
バルコニーにふりそそぐ穏やかな陽ざしを、ララノア・グラヌローザは眩しそうに見上げる。
「いい天気なのです……」
懐から取り出したブローチを、そっと陽にかざす。金の台座にはめこまれたオーバル型の翠石が、きらきらと光を抱き、紋章を浮かびあがらせた。
しばらく眺めていると、視界にもうひとつのブローチが現れる。
銀の台座にはめこまれた蒼石は、同じように光を抱き、紋章を浮かびあがらせていた。
「ネネねーさま」
振り向いた先で、ブローチを手にしたネーヴェ・グラヌローザが微笑んだ。
「綺麗ね、ララ」
「はい、とっても……」
対のブローチは、二人が姉妹である証。ひとりぼっちだったララノアに姉がいるとわかったとき、嬉しくてしかたなかった。
ただ、このブローチを贈ってくれた両親は、いまだ行方知れずで――
「とーさまと、かーさまは一体どこに……」
ぽつりと呟いたララノアに、ネーヴェも静かに頷いた。
「早く会いたいわね」
長らく記憶を失っていたネーヴェだったが、妹との再会や巫女として暮らしていた村を訪れたことで、すべてを思い出していた。
誇り高く心優しかった両親を、見つけ出したい――日に日にその想いは強くなっている。
ブローチの裏に書かれた文字を見つめ、ララノアはぎゅっと目を閉じた。
両親の記憶は曖昧だけれど、優しい母の歌声や、温かな父のまなざしは覚えている。
きっと両親も自分たちを探してくれているはずなのに、どうして会えないのか。
もしかしたら、もうこの世には――そんな嫌な想像が膨らんできて、反射的にかぶりを振る。
「とーさま、かーさまは……きっと、きっと生きて……」
「大丈夫、二人は無事よ」
はっと顔を上げると、ネーヴェがララノアの手を握っていた。
友人だった頃から彼女の手はいつだって温かく、沈みそうになる心をやさしく押し上げてくれる。
姉妹は手を繋いだまま、抜けるような空を見あげた。
父と母も同じ空を見ているだろうか。成長した娘たちに想いを馳せ、どうか幸せにと祈っているのだろうか――
気づけばララノアは歌い出していた。共に暮らした”オババさま”に教わった、大切な歌。
澄んだ歌声は蒼穹に広がり、吸い込まれてゆく。
「この歌が……いつか届くとよいのですが……」
「ああ……懐かしいわね。お母さまがよく聞かせてくれた歌だわ」
家族にとって大切な歌だからと、姉妹に何度も聞かせてくれた。
「私はこの歌に合わせた舞を教えてもらったの」
「そ、そうだったのでしゅね……。私は、何も覚えてなくて」
「ララは幼かったもの。仕方ないわ」
そう微笑んでから、ネーヴェはふと思い至る。
「ねぇ、ララ。オババさまもこの歌を『大切な歌』だと仰っていたのよね?」
「は、はい」
「具体的にどういう歌なのか聞いたことはある?」
「そ、それが……オババさまも詳しいことは知らなかったのでしゅ……。『約束の地を示す歌』とだけ……」
「約束の地……それって、私たち家族が再会するための鍵ではないのかしら」
つまりこの歌こそが、両親と再会できる場所を示しているのではないか。
そう考えた二人は何度も歌詞を確認してみたが、それらしき言葉は入っていない。
ララノアは戸惑いながら眉を下げた。
「もしかして、オババさまの勘違いだったのでしょうか……」
もう父と母には会えないのだろうか。不安がこみ上げるララノアの肩に、ネーヴェの手がそっと触れる。
「大丈夫よ。聡いお父さまとお母さまのことですもの。きっと簡単には分からないようにしているんだわ」
妹を安心させるように頷いてから、ネーヴェは考えた。
母は妹に歌を、姉には舞を伝えてくれた。きっとそのことに、意味があるように思えるのだ。
「ねぇ、ララ。もう一度歌ってくれない? 私、歌に合わせて舞を踊ってみるわ。そうすると何かわかるかも」
「た、たしかに……! わかりましたでし!」
ララノアが歌う。ネーヴェが舞う。
やわらかで、力強く。
繊細で、大胆に。
まるで初めからそうしていたかのように、二人の息はぴったりで。
姉が舞う姿を見たララノアは、新緑のような瞳をきらきらさせた。
「やっぱりネネねーさまの舞は素敵でしゅ……!」
「ふふ、ありがとう。ララの歌声も、とっても素敵よ」
「わ、わたしなんてまだまだ……」
そう言いながらも、ネーヴェに褒められるとララノアの心に灯りがともる。
大好きで、大切で、自慢の姉。
「ララは私の舞を見て、何か気づくことはあった?」
「そ、そうでしゅね……何度も出てくるステップが、印象的だな、と……。か、関係ないかもしれませんが……!」
「そんなことないわ。ララの言う通りだもの」
この舞には、ある特徴的なステップがある。
母に教わった時、一番大切な部分だからと繰り返し練習した。
何度も出てくるそのステップと、ララノアの歌が重なるのは――
ネーヴェのなかで、ひとつの”答え”が閃いた。
「わかったわララ!」
「ふぇ!?」
いつになく興奮気味の姉に、ララノアはぽかんとしてしまう。
「やっぱり約束の地は、私の舞とララの歌を合わせることでわかるようになっていたの。あのステップを踏む部分の歌詞を繋ぎ合わせるのよ」
「あっ……」
浮かびあがったのは、ある場所を示す言葉。
立ち上がったララノアは、今にも駆け出さんばかりにネーヴェを振り返る。
「こうしてはいられませんでし! ネネねーさま、すぐに出発を……っ」
「まぁララ。私も同じ気持ちだけれど、まずは着替えましょう」
「ふぇ!?」
ララが身に着けている部屋着の真ん中には、「気合!根性!ダメ、マイナス思考!」と描かれていた。
●約束の地へ
深い、森の奥だった。
一般人は滅多に足を踏み入れない、翡翠色の湖の傍にある、静寂の地。
「この場所で間違いないわ」
ネーヴェの隣で、ララノアも頷いた。
「初めてきたはずなのに……なぜか、懐かしい気がしましゅ」
「ええ。私もよ」
風景に見覚えはないのに、心の奥に湧き上がるのは郷愁に似た感情。確かに知っている気配を、無意識に感じ取っているからだろうか。
ネーヴェは振り返ると、妹をぎゅっと抱きしめた。
「ここまで来られたのは、ララのおかげよ。ありがとう」
「そ、そんな。私こそねーさまがいたから……!」
「あなたがいるから、私は私でいられるの」
友人だったときも。姉妹になってからも。
ララノアがいたから、私は何者かでいられた。
きっと彼女は、自覚なんてないのだろうけれど。
「ネネねーさま! あそこに家が……」
ララノアの示した先に、古びた家屋が建っている。
近づいてみると、決して裕福な暮らしを感じるものではないが、きちんと手入れがされており、住人の存在を感じさせる。
「いい匂い……」
誰かが料理をしているのだろうか、スープをことこと煮込んでいるような、やさしくて美味しそうな香りが漂ってくる。
入口扉の前まで来た姉妹は、顔を見合わせた。
「じゃあ、ノックするわね」
「は、はい……!」
姉が二度ノックすると、中から優しげな女性の声がした。
聞き覚えのある声に、ネーヴェの瞳に涙が浮かぶ。震えるように、妹の手を握り締めた。
ひと呼吸のあと、扉がゆっくりと開かれる。
その奥でララノアによく似た新緑の瞳が、大きく見開かれた。