独りよがりの戯曲
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月06日 11時32分25秒
「よい役者とは、観客に違和感を感じさせないものだよ」
昔――というほど前ではない過去に聞いた、心得的な何か。
心の片隅にずっとこびりついて残っている台詞を呼び起こし、ギド・フェルミは薄く微笑んだ。
「何がおかしい、ギド・フェルミ――それは私のだ!」
「……いや、少し昔の事を思い出していただけだ、メルモ・ブーリオ――これは俺が先に目を付けた奴だ!」
「昔……劇団の事か?――お前のはそっちだろう!」
「ああ、思い出したくもない過去だったはずなんだけどな。どうしても不意に思い出してしまう――こっちのは取り終わったんだ!」
「ふっ……結局、お互い過去の亡霊から逃げられないのかもな――取り終わったのなら大人しく時間切れまで待っていろ!」
「覚えているか、メルモ。あの作戦を――痛てっ! おい、足踏むな!」
「ああ、あれか。忘れもしない、あれは……不思議な演目だった――ふん、私の領地に……うぎゃ! 腕噛むとか反則だろう!」
●
「よく来てくれたね、二人とも」
丸眼鏡の奥に柔和な顔を浮かべ、親父はギドとメルモを部屋へと招き入れた。
「親父、また巡業か……?」
「ああ、随分お待たせしてしまったね」
「ちっ」と舌打ちするギド。
「ほんと、待ちくたびれた。それで次は何を演じればいいんだ?」
一方、期待に目を輝かせるメルモ。
対照的な反応を見せる二人を前に親父はにこやかな笑みを浮かべ、机に一枚の紙を滑らせた。
「なんだこれは……交配実験?」
「は? 交配実験ってなんだよ」
二人して机に置かれた紙を覗き込み、書かれている文字にゆっくりと目を通していく。
「首謀者はトリト伯爵夫人……あの女狐と噂の」
「女狐……ハーフビーストなのか?」
「違う、言葉のあやだ。狡猾な女性の事をそう言うんだぞ。知らないのか?」
「し、知ってるわ! 馬鹿にするな!」
と、二人が賑やかに書類を見ていると。
「長命なエルフと身体能力に優れるハーフビーストをかけ合わせれば、双方の能力を有した混血が生まれる」
机を挟んだ親父が静かに説明を付け加えた。
「それは本当の事なのか……?」
と、親父の言葉にギドが訝しむ。
「そう考える輩も多いという事だよ」
「ふむ……それで、俺達に何をやれって言うんだ? まさか、その実験施設を壊滅しろっていうのか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは私達劇団の仕事なのか……? 諜報部や暗部が動く案件だろう」
眼光鋭く親父を見つめるギドに、メルモが慌てて問いかける。
「もちろん、壊滅なんてそんな物騒な話じゃない。それに、これは帝国が公認している『事業』だ。違法でもなんでもない。だけど観客は無粋な事がお嫌いの様でね。我々にもっと優雅な、舞台を要求してきているのさ」
親父は二人ににこやかに答えた。
「……話はわかった。それで具体的には何を演じればいい?」
「話が早くて助かるよ、ギド。役としては、一人が『飼い主』を。もう一人が『飼い犬』を」
「主人と奴隷という訳か」
親父の例えをメルモがすぐに訳する。
「なら、俺が主人だな」
「ちょっと待て! 私が奴隷だというのか!?」
「お前はエルフだろ。混血の実験体としては最適だ。それに、見目も麗しい」
「んなっ!?」
歯の浮く台詞に言葉が詰まるメルモを置いておいて、ギドは親父を見た。
「親父、立場の用意を。伯爵位の令嬢辺りが望ましいな」
「わかった、すぐに用意するよ」
――ようやく見つけた手掛かりなんだ。
「うん? 親父何か言った?」
顔を真っ赤にしていたメルモが、長い耳をピクリと動かし親父に問いかけるが。
「さて、それじゃ準備を進めてくれるかな。今回も君達の好演に期待しているよ」
親父は何事もなかったかのように、二人の背中を押した。
●
「本日はお招きに預かりありがとうございます、伯爵夫人様」
青のドレスを身を纏い優雅に一礼するギド。
「よくいらしてくださったわ。ギドメイヤ様」
そんなギドを前に上品に笑う妙齢の女性こそ、今回の標的である伯爵夫人だった。
「それにしても、あのヌルード伯爵家にこの様な可憐なご令嬢がいたなんて知らなかったわ」
「父は私が社交界へデビューするまで隠すつもりでいたそうですわ」
くすくすと小さく笑うギド。
「まぁ、ヌルード伯爵ったら、他の皆さんをびっくりさせたかったのかしら」
つられて伯爵夫人も笑う。
「そうかもしれませんね。でも、伯爵夫人様にはバレてしまいました」
「ご安心なさって。私はこれでも口が堅いのよ」
「それでは、これは二人だけの内緒という事で」
「ふふ、そうしましょう」
互いに笑みを交わし合うと。
「それじゃ中へどうぞ。美味しいお菓子を用意しているのよ」
伯爵夫人はギドと並び歩き、屋敷へと案内した。
「それじゃ、早速貴女の『モノ』を見せてくださるかしら?」
豪奢なソファに腰かけるギドに、伯爵夫人は瞳を輝かせ問いかけた。
「はい。すぐにご用意いたします」
と、ギドがにこやかに頷くと控えめに右手を上げる。
それを合図に執事――もちろん劇団員の一人――がベルを鳴らした。
ゆっくりと開いたドアから真っ白なドレスを纏い赤い首輪をかけられたメルモが現れる。
視線を下に落とし悲壮を演出しながら、ゆっくりとギドの元へと歩いてくる。
「まぁ、これは何とも美しいエルフだこと」
「父が森で彷徨っていた所を捕らえました。伯爵夫人のお眼鏡に叶うとよいのですけど」
メルモをソファの横に立たせ、ギドが再び伯爵夫人に微笑みかけた。
「そうね。容姿は素晴らしいわ。このエルフは授恵者?」
「いえ、残念ながら。やはり授恵者でないと価値はありませんか?」
「いいえ、そんな事はないわ。もちろん授恵者であれば尚の事よかったのだけれど、エルフはそれだけで十分に貴重ですもの」
「そう言って頂けて、ほっといたしました」
朗らかに微笑む伯爵夫人に、ギドはほっと胸をなでおろす。
「それじゃ、さっそく牧場へご案内差し上げたいのだけれど、よろしくて?」
そんなギドの仕草に好感を持ったのか、伯爵夫人は立ち上がり出口を指さす。
「その前に血統図を拝見したいのですが、こちらにございますでしょうか?」
しかし、ギドはついていこうとはせず、逆に伯爵夫人に問いかけた。
そんな、不躾な質問にも伯爵夫人は「もちろん」とにこやかに答え、執事に指示を出した。
●
「では、拝見いたします」
重厚な革の装丁を施した分厚い一冊を、ギドはゆっくりと広げた。
「とても素晴らしいですわ……流石、トリト伯爵家の交配記録」
その本には「管理番号」「種族」「年齢」「血統」「特徴」――様々な事が事細かに記され、それぞれに人物画まで付いている。
ギドはそれを見ながら感無量と震えながら、机を二度指で叩いた。
隣でじっと佇むエルフ――メルモに向けた合図だ。
「貴女、どの雄がお好み? 字は読めないでしょうから、人物画で判断してもいいわよ」
メルモに嫌味を含んだ言葉を投げかけ、くすくすと可笑しそうに笑うギド。
そんな言葉にも動じることなく、切れ長な瞳をフッと薄く開け、メルモが血統図に視線を落とす。
「はい……」
メルモは小さく無感情な言葉を口にした。
次の頁へいけと言う合図だ。
「はいじゃわからないわ、もぉ、この子ったら」
ギドは頬を膨らし不満げに次の頁を捲った。
その後も「これは?――はい」「この雄もいいじゃない?――はい」とギドとメルモの掛け合いは続き――結局、1冊丸々見終えてしまった。
「やはり実物をご覧になる方がよろしいんじゃないかしら?」
痺れを切らしたのか伯爵夫人が二人に提案する。
「申し訳ありません、躾がまだまだ不十分で」
血統図を伯爵夫人に返し、ギドが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ふふ、お気になさらないで。さぁ、行きましょう――」
●
「こうなったら、奥の手を使うしかないようだ……」
「奥の手? ま、まさか!」
「ふっ、気付いたか」
「や、やめろ! それだけは出しちゃダメだ!」
「なんだ、メルモ。怖いのか?」
「ちがう! 気付け、ギド!!」
「ははっ! もう遅いんだよ!」
ギドは懐に手を突っ込むと、
「――アンタにも見せてやろう、片時も肌身離さず育て上げた我が僕の実力を!」
おててにずっしりとくる重みを感じながら、白羽に包まれたそれを取り出した。
――ガァガァ。
「……うん? ガァガァ? コケッコーだろう、こいつぅ」
うふっと目を蕩けさせながらギドはそれに頬ずりをする。
「くっ……だからあれほどやめろと」
「ふ、負け惜しみか? こんなにも愛らしいコッコを――」
「ギド、なぜわからない。それは…………アヒルだ」
「……アヒル? はは! メルモ、何を言っているんだ。よく見て見ろ、この平たい嘴に水かきの付いた足。俺はこいつを買う時、肉屋の店主に言われたんだぞ、「ああ、持ってって構わねぇけど。ちゃんと家に水場はあるのか?」って、な…………ん、だと……?!」
「バカ! 早く隠せ! 係員が見ている!」
「そんな……俺の可愛いコッコが……」
「ギドォォォォ!!」
●
「……これで全部かな?」
「ああ、全部だ。一字一句間違いはない」
人物画はないとはいえ、あの分厚い血統図を完璧に書き写したメルモが自慢げに鼻を鳴らした。
「ありがとう、メルモ。これはこちらで精査して、今後の予定はまた後で連絡するよ」
血統図に一通り目を通した親父にそう言われ、メルモは部屋を辞した。
「やっぱり納得いかないんだが!?」
「なんだよ、まだ言ってるのか。しょーがないじゃないか、いくら俺が美少女だからって言ってもヒューマンはお呼びじゃないんだよ」
廊下で合流したギドとメルモは連れ合って食堂へ向かっていた。
「お前は男だろう!! それに、なんで男のお前が貴族のお嬢様で、私が奴隷エルフなんだ!?」
「最近はそういうのが流行り――おっと、誰か来たようだ」
すれ違った別の仲間に挨拶をし、ギドは話を続ける。
「折角だし、種付けしてもらえばよかったんじゃないか? 結構イケメン揃いだったじゃないか」
「なっ!? するか、バカっ!!」
にやにやといやらしく見つめるギドに、メルモは顔を真っ赤に拳を震わせた。
「まぁ、なんにせよ巡業は一時休演か」
「あ、ああ……」
「次は何をさせられるんだろうな。楽しみだ、なぁメルモ」
「お前という奴は……!」
きっとろくでもない事を考えてるだろう同僚に、メルモは握った拳を解き放った。
そして、数日の時が流れた――。
「親父、あの件はどうなったんだ? あれから何の連絡もないが」
執務室に訪れていたメルモが親父に問いかける。
「あの件?」
「ほら、あ、あの……お嬢様と奴隷の、公演の事だよ……!」
先日、ギドに言われたことを妙に意識してしまうメルモは、つっかえながらも親父に聞く。
「ああ、あの件なら閉演したよ。ありがとう」
「え?」
いつものにこやかな笑顔でさらりと答えた親父に、メルモは呆気にとられる。
「謎の火災で屋敷が消失してしまってね。伯爵夫人は種馬共々、亡くなってしまわれたのだよ」
「なっ……」
平然と告白する親父に、メルモは絶句する。
「公演を最後まで行えなかったことは残念だけど、もうこの件はお終いだよ。観客とも話はついているから」
親父はこれ以上何もないといつもの笑顔で微笑んでいた。
●
『さぁ、ここでタイムリミットの笛が鳴った!!』
『いやぁ、白熱したいい勝負でしたね』
『本当に! 今年の『ドキッ! 女だらけの新春飴食い競争!』は大いに盛り上がりを見せてくれました!!』
解説席から実況者の声が響く。
「ふっ……勝ったな」
そんな声を聴きながら、真っ白に染まった長い炎髪をふぁさーってするメルモ。
「大した自信だな、一体何個とったんだよ」
「ふっ、聞いて驚くなよ! なんと――12個だ!」
「12個だと!? 俺との攻防を繰り広げながら12個も、いつの間に! ずるい!」
「ずるくない! たまたま手を突っ込んだらHITした場所が多かったんだ、って違う! これが私の運命力だ!」
「ぐっ、運命力だと……なんだかちょっとかっこいいじゃないか!」
無い胸を張り鼻を突きあげるメルモに、ギドはむぎぎと唇を噛む。
一方、ギドは先ほどのアヒル事変で失格を言い渡されていた。
『おっと、興奮冷めやらぬところですが、どうやら集計結果が出たようです』
『おお、これは楽しみだ!』
続けて解説者が手元に届いた紙に視線を落とした。
『皆さまお待たせいたしました! 今年の栄えある『クイーン・オブ・飴玉』に選ばれたのは――』
「ふふ……もはや私の勝利はゆるぎない」
全身粉塗れのメルモが無い胸を反らす。
「そうかなぁ」
「なんだ、まだ疑っているのか? この短時間に12個もの飴を拾える者など私をおいてほかにない!」
「そのどこから来るのかわからない自信、変わってないな……」
自信に満ち溢れた元同僚の横顔を、どこか懐かしそうに見つめるギド。
『――――【匿名:噴水の少女さん】! 獲得個数は、なんと脅威の84個!』
そんな中、1位が発表された。
「な……」
自らの勝利を確信していたメルモが絶句。
「7倍差か。健闘したじゃないかメルモ」
一方、ギドが「やはりな」と呟きメルモの肩を叩くと、表彰台へと向かう全身真っ白な少女を見つめた。
「流石は俺の宿敵だ。主催者側がドン引きするほどの圧倒的大差で勝利を奪っていったか」
粉で真っ白だから気付かなかったが、この寒風吹きすさぶ中、半袖ワンピースに袖を通し、得も言われぬ貫禄を見せつける少女。そう、いつも噴水前に佇んでいるあの少女だった。
「ライバルだと……? まさか、あの優勝者は噴水の少女なのか!?」
「いや、そう紹介してるし、なんで気付かない……。まぁ、俺も途中まで気づかなかったけどな」
と、表彰台でメダルを受け取る少女を眩しそうに見つめるギド。
「ふっ……はははっ! またか、またあの少女にしてやられたのか!」
「な、なんだよいきなり」
「本当にあの少女は何者なんだ。ますます興味がわいて来たぞ」
「まぁ、謎だよな。今度調べてみるか?」
「ああ、それも面白そうだな。……っていうか、お前は何で参加しているたんだ? 女性限定のイベントだろう」
「え、今更?」
「ああ、今気づいた」
「相変わらず天然だな……。まぁ、俺かわいいし。参加登録した時何も言われなかったし」
「そう言う問題じゃないだろう……。はぁ、まぁいいか。なぜか今日は気分がいい」
「なんだ、負けて泣くかと思ってたのに」
「泣くか!」
と、拳を振り上げたメルモが――ぷっと吹き出した。
つられる様にギドも声を上げて笑う。
「あー、負けた負けた。風呂でも行くか。粉を落とさないとな」
空を見上げメルモが話す。その声はどこか清々しい。
「え、女湯?」
「お前は男湯だ!!」
こうして、新年一発目の二人の戦いは幕を閉じた。それと同時に、二人の冒険者としての新年は改めて幕を開けたのだった――。
昔――というほど前ではない過去に聞いた、心得的な何か。
心の片隅にずっとこびりついて残っている台詞を呼び起こし、ギド・フェルミは薄く微笑んだ。
「何がおかしい、ギド・フェルミ――それは私のだ!」
「……いや、少し昔の事を思い出していただけだ、メルモ・ブーリオ――これは俺が先に目を付けた奴だ!」
「昔……劇団の事か?――お前のはそっちだろう!」
「ああ、思い出したくもない過去だったはずなんだけどな。どうしても不意に思い出してしまう――こっちのは取り終わったんだ!」
「ふっ……結局、お互い過去の亡霊から逃げられないのかもな――取り終わったのなら大人しく時間切れまで待っていろ!」
「覚えているか、メルモ。あの作戦を――痛てっ! おい、足踏むな!」
「ああ、あれか。忘れもしない、あれは……不思議な演目だった――ふん、私の領地に……うぎゃ! 腕噛むとか反則だろう!」
●
「よく来てくれたね、二人とも」
丸眼鏡の奥に柔和な顔を浮かべ、親父はギドとメルモを部屋へと招き入れた。
「親父、また巡業か……?」
「ああ、随分お待たせしてしまったね」
「ちっ」と舌打ちするギド。
「ほんと、待ちくたびれた。それで次は何を演じればいいんだ?」
一方、期待に目を輝かせるメルモ。
対照的な反応を見せる二人を前に親父はにこやかな笑みを浮かべ、机に一枚の紙を滑らせた。
「なんだこれは……交配実験?」
「は? 交配実験ってなんだよ」
二人して机に置かれた紙を覗き込み、書かれている文字にゆっくりと目を通していく。
「首謀者はトリト伯爵夫人……あの女狐と噂の」
「女狐……ハーフビーストなのか?」
「違う、言葉のあやだ。狡猾な女性の事をそう言うんだぞ。知らないのか?」
「し、知ってるわ! 馬鹿にするな!」
と、二人が賑やかに書類を見ていると。
「長命なエルフと身体能力に優れるハーフビーストをかけ合わせれば、双方の能力を有した混血が生まれる」
机を挟んだ親父が静かに説明を付け加えた。
「それは本当の事なのか……?」
と、親父の言葉にギドが訝しむ。
「そう考える輩も多いという事だよ」
「ふむ……それで、俺達に何をやれって言うんだ? まさか、その実験施設を壊滅しろっていうのか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは私達劇団の仕事なのか……? 諜報部や暗部が動く案件だろう」
眼光鋭く親父を見つめるギドに、メルモが慌てて問いかける。
「もちろん、壊滅なんてそんな物騒な話じゃない。それに、これは帝国が公認している『事業』だ。違法でもなんでもない。だけど観客は無粋な事がお嫌いの様でね。我々にもっと優雅な、舞台を要求してきているのさ」
親父は二人ににこやかに答えた。
「……話はわかった。それで具体的には何を演じればいい?」
「話が早くて助かるよ、ギド。役としては、一人が『飼い主』を。もう一人が『飼い犬』を」
「主人と奴隷という訳か」
親父の例えをメルモがすぐに訳する。
「なら、俺が主人だな」
「ちょっと待て! 私が奴隷だというのか!?」
「お前はエルフだろ。混血の実験体としては最適だ。それに、見目も麗しい」
「んなっ!?」
歯の浮く台詞に言葉が詰まるメルモを置いておいて、ギドは親父を見た。
「親父、立場の用意を。伯爵位の令嬢辺りが望ましいな」
「わかった、すぐに用意するよ」
――ようやく見つけた手掛かりなんだ。
「うん? 親父何か言った?」
顔を真っ赤にしていたメルモが、長い耳をピクリと動かし親父に問いかけるが。
「さて、それじゃ準備を進めてくれるかな。今回も君達の好演に期待しているよ」
親父は何事もなかったかのように、二人の背中を押した。
●
「本日はお招きに預かりありがとうございます、伯爵夫人様」
青のドレスを身を纏い優雅に一礼するギド。
「よくいらしてくださったわ。ギドメイヤ様」
そんなギドを前に上品に笑う妙齢の女性こそ、今回の標的である伯爵夫人だった。
「それにしても、あのヌルード伯爵家にこの様な可憐なご令嬢がいたなんて知らなかったわ」
「父は私が社交界へデビューするまで隠すつもりでいたそうですわ」
くすくすと小さく笑うギド。
「まぁ、ヌルード伯爵ったら、他の皆さんをびっくりさせたかったのかしら」
つられて伯爵夫人も笑う。
「そうかもしれませんね。でも、伯爵夫人様にはバレてしまいました」
「ご安心なさって。私はこれでも口が堅いのよ」
「それでは、これは二人だけの内緒という事で」
「ふふ、そうしましょう」
互いに笑みを交わし合うと。
「それじゃ中へどうぞ。美味しいお菓子を用意しているのよ」
伯爵夫人はギドと並び歩き、屋敷へと案内した。
「それじゃ、早速貴女の『モノ』を見せてくださるかしら?」
豪奢なソファに腰かけるギドに、伯爵夫人は瞳を輝かせ問いかけた。
「はい。すぐにご用意いたします」
と、ギドがにこやかに頷くと控えめに右手を上げる。
それを合図に執事――もちろん劇団員の一人――がベルを鳴らした。
ゆっくりと開いたドアから真っ白なドレスを纏い赤い首輪をかけられたメルモが現れる。
視線を下に落とし悲壮を演出しながら、ゆっくりとギドの元へと歩いてくる。
「まぁ、これは何とも美しいエルフだこと」
「父が森で彷徨っていた所を捕らえました。伯爵夫人のお眼鏡に叶うとよいのですけど」
メルモをソファの横に立たせ、ギドが再び伯爵夫人に微笑みかけた。
「そうね。容姿は素晴らしいわ。このエルフは授恵者?」
「いえ、残念ながら。やはり授恵者でないと価値はありませんか?」
「いいえ、そんな事はないわ。もちろん授恵者であれば尚の事よかったのだけれど、エルフはそれだけで十分に貴重ですもの」
「そう言って頂けて、ほっといたしました」
朗らかに微笑む伯爵夫人に、ギドはほっと胸をなでおろす。
「それじゃ、さっそく牧場へご案内差し上げたいのだけれど、よろしくて?」
そんなギドの仕草に好感を持ったのか、伯爵夫人は立ち上がり出口を指さす。
「その前に血統図を拝見したいのですが、こちらにございますでしょうか?」
しかし、ギドはついていこうとはせず、逆に伯爵夫人に問いかけた。
そんな、不躾な質問にも伯爵夫人は「もちろん」とにこやかに答え、執事に指示を出した。
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「では、拝見いたします」
重厚な革の装丁を施した分厚い一冊を、ギドはゆっくりと広げた。
「とても素晴らしいですわ……流石、トリト伯爵家の交配記録」
その本には「管理番号」「種族」「年齢」「血統」「特徴」――様々な事が事細かに記され、それぞれに人物画まで付いている。
ギドはそれを見ながら感無量と震えながら、机を二度指で叩いた。
隣でじっと佇むエルフ――メルモに向けた合図だ。
「貴女、どの雄がお好み? 字は読めないでしょうから、人物画で判断してもいいわよ」
メルモに嫌味を含んだ言葉を投げかけ、くすくすと可笑しそうに笑うギド。
そんな言葉にも動じることなく、切れ長な瞳をフッと薄く開け、メルモが血統図に視線を落とす。
「はい……」
メルモは小さく無感情な言葉を口にした。
次の頁へいけと言う合図だ。
「はいじゃわからないわ、もぉ、この子ったら」
ギドは頬を膨らし不満げに次の頁を捲った。
その後も「これは?――はい」「この雄もいいじゃない?――はい」とギドとメルモの掛け合いは続き――結局、1冊丸々見終えてしまった。
「やはり実物をご覧になる方がよろしいんじゃないかしら?」
痺れを切らしたのか伯爵夫人が二人に提案する。
「申し訳ありません、躾がまだまだ不十分で」
血統図を伯爵夫人に返し、ギドが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ふふ、お気になさらないで。さぁ、行きましょう――」
●
「こうなったら、奥の手を使うしかないようだ……」
「奥の手? ま、まさか!」
「ふっ、気付いたか」
「や、やめろ! それだけは出しちゃダメだ!」
「なんだ、メルモ。怖いのか?」
「ちがう! 気付け、ギド!!」
「ははっ! もう遅いんだよ!」
ギドは懐に手を突っ込むと、
「――アンタにも見せてやろう、片時も肌身離さず育て上げた我が僕の実力を!」
おててにずっしりとくる重みを感じながら、白羽に包まれたそれを取り出した。
――ガァガァ。
「……うん? ガァガァ? コケッコーだろう、こいつぅ」
うふっと目を蕩けさせながらギドはそれに頬ずりをする。
「くっ……だからあれほどやめろと」
「ふ、負け惜しみか? こんなにも愛らしいコッコを――」
「ギド、なぜわからない。それは…………アヒルだ」
「……アヒル? はは! メルモ、何を言っているんだ。よく見て見ろ、この平たい嘴に水かきの付いた足。俺はこいつを買う時、肉屋の店主に言われたんだぞ、「ああ、持ってって構わねぇけど。ちゃんと家に水場はあるのか?」って、な…………ん、だと……?!」
「バカ! 早く隠せ! 係員が見ている!」
「そんな……俺の可愛いコッコが……」
「ギドォォォォ!!」
●
「……これで全部かな?」
「ああ、全部だ。一字一句間違いはない」
人物画はないとはいえ、あの分厚い血統図を完璧に書き写したメルモが自慢げに鼻を鳴らした。
「ありがとう、メルモ。これはこちらで精査して、今後の予定はまた後で連絡するよ」
血統図に一通り目を通した親父にそう言われ、メルモは部屋を辞した。
「やっぱり納得いかないんだが!?」
「なんだよ、まだ言ってるのか。しょーがないじゃないか、いくら俺が美少女だからって言ってもヒューマンはお呼びじゃないんだよ」
廊下で合流したギドとメルモは連れ合って食堂へ向かっていた。
「お前は男だろう!! それに、なんで男のお前が貴族のお嬢様で、私が奴隷エルフなんだ!?」
「最近はそういうのが流行り――おっと、誰か来たようだ」
すれ違った別の仲間に挨拶をし、ギドは話を続ける。
「折角だし、種付けしてもらえばよかったんじゃないか? 結構イケメン揃いだったじゃないか」
「なっ!? するか、バカっ!!」
にやにやといやらしく見つめるギドに、メルモは顔を真っ赤に拳を震わせた。
「まぁ、なんにせよ巡業は一時休演か」
「あ、ああ……」
「次は何をさせられるんだろうな。楽しみだ、なぁメルモ」
「お前という奴は……!」
きっとろくでもない事を考えてるだろう同僚に、メルモは握った拳を解き放った。
そして、数日の時が流れた――。
「親父、あの件はどうなったんだ? あれから何の連絡もないが」
執務室に訪れていたメルモが親父に問いかける。
「あの件?」
「ほら、あ、あの……お嬢様と奴隷の、公演の事だよ……!」
先日、ギドに言われたことを妙に意識してしまうメルモは、つっかえながらも親父に聞く。
「ああ、あの件なら閉演したよ。ありがとう」
「え?」
いつものにこやかな笑顔でさらりと答えた親父に、メルモは呆気にとられる。
「謎の火災で屋敷が消失してしまってね。伯爵夫人は種馬共々、亡くなってしまわれたのだよ」
「なっ……」
平然と告白する親父に、メルモは絶句する。
「公演を最後まで行えなかったことは残念だけど、もうこの件はお終いだよ。観客とも話はついているから」
親父はこれ以上何もないといつもの笑顔で微笑んでいた。
●
『さぁ、ここでタイムリミットの笛が鳴った!!』
『いやぁ、白熱したいい勝負でしたね』
『本当に! 今年の『ドキッ! 女だらけの新春飴食い競争!』は大いに盛り上がりを見せてくれました!!』
解説席から実況者の声が響く。
「ふっ……勝ったな」
そんな声を聴きながら、真っ白に染まった長い炎髪をふぁさーってするメルモ。
「大した自信だな、一体何個とったんだよ」
「ふっ、聞いて驚くなよ! なんと――12個だ!」
「12個だと!? 俺との攻防を繰り広げながら12個も、いつの間に! ずるい!」
「ずるくない! たまたま手を突っ込んだらHITした場所が多かったんだ、って違う! これが私の運命力だ!」
「ぐっ、運命力だと……なんだかちょっとかっこいいじゃないか!」
無い胸を張り鼻を突きあげるメルモに、ギドはむぎぎと唇を噛む。
一方、ギドは先ほどのアヒル事変で失格を言い渡されていた。
『おっと、興奮冷めやらぬところですが、どうやら集計結果が出たようです』
『おお、これは楽しみだ!』
続けて解説者が手元に届いた紙に視線を落とした。
『皆さまお待たせいたしました! 今年の栄えある『クイーン・オブ・飴玉』に選ばれたのは――』
「ふふ……もはや私の勝利はゆるぎない」
全身粉塗れのメルモが無い胸を反らす。
「そうかなぁ」
「なんだ、まだ疑っているのか? この短時間に12個もの飴を拾える者など私をおいてほかにない!」
「そのどこから来るのかわからない自信、変わってないな……」
自信に満ち溢れた元同僚の横顔を、どこか懐かしそうに見つめるギド。
『――――【匿名:噴水の少女さん】! 獲得個数は、なんと脅威の84個!』
そんな中、1位が発表された。
「な……」
自らの勝利を確信していたメルモが絶句。
「7倍差か。健闘したじゃないかメルモ」
一方、ギドが「やはりな」と呟きメルモの肩を叩くと、表彰台へと向かう全身真っ白な少女を見つめた。
「流石は俺の宿敵だ。主催者側がドン引きするほどの圧倒的大差で勝利を奪っていったか」
粉で真っ白だから気付かなかったが、この寒風吹きすさぶ中、半袖ワンピースに袖を通し、得も言われぬ貫禄を見せつける少女。そう、いつも噴水前に佇んでいるあの少女だった。
「ライバルだと……? まさか、あの優勝者は噴水の少女なのか!?」
「いや、そう紹介してるし、なんで気付かない……。まぁ、俺も途中まで気づかなかったけどな」
と、表彰台でメダルを受け取る少女を眩しそうに見つめるギド。
「ふっ……はははっ! またか、またあの少女にしてやられたのか!」
「な、なんだよいきなり」
「本当にあの少女は何者なんだ。ますます興味がわいて来たぞ」
「まぁ、謎だよな。今度調べてみるか?」
「ああ、それも面白そうだな。……っていうか、お前は何で参加しているたんだ? 女性限定のイベントだろう」
「え、今更?」
「ああ、今気づいた」
「相変わらず天然だな……。まぁ、俺かわいいし。参加登録した時何も言われなかったし」
「そう言う問題じゃないだろう……。はぁ、まぁいいか。なぜか今日は気分がいい」
「なんだ、負けて泣くかと思ってたのに」
「泣くか!」
と、拳を振り上げたメルモが――ぷっと吹き出した。
つられる様にギドも声を上げて笑う。
「あー、負けた負けた。風呂でも行くか。粉を落とさないとな」
空を見上げメルモが話す。その声はどこか清々しい。
「え、女湯?」
「お前は男湯だ!!」
こうして、新年一発目の二人の戦いは幕を閉じた。それと同時に、二人の冒険者としての新年は改めて幕を開けたのだった――。