セロン十一歳、帝国弩弓課程・雨中の戦い
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年01月05日 09時48分20秒
「セロンさん、おはようございます」
早朝、宿舎棟から本部棟へと向かう道の途中、セロンガード・シュタインドルフは明るい女声を投げかけられた。
足を止め振り向くと、夏空色の瞳の少女が微笑んでいた。
小柄ながら抜群のスタイルの少女が、革鞄を両手で持ち小走り気味に薄紫色の長い髪を揺らしながら駆けて来る。
「今日はとっても良いお天気ですね」
輝くような笑顔、カサンドラ・フォン・ベルリヒンゲンだ。
腰程までに伸びた紫髪は結局、切らない事にしたらしい。
先日、相談された際にセロンは伸ばしたままでいる事を勧めていたから、その結果かもしれない。
「おはようございますキャシー。ええ、今朝は良く晴れている」
セロンはカサンドラの到着を待ってから再び歩き出した。
少女は黒髪の少年の隣を歩きながら弾んだ調子で、
「朝晴れてると気持ち良いですよね。今日も一日頑張るぞ! って気になります」
拳を胸の前で軽く握っている。
セロンは歩きつつ少し考えた。
今のこの少女ほどに自分はテンションが天気に影響されるかというと疑問がある。
が、雨はあまり好きではない。古狼が討たれ、親友が攫われた戦いを思い出すから。
それに今は本部での仕事だから良いが、野外に出る任務だと雨は厄介だ。
「そうですねぇ、確かに天気は晴れているに越した事は無いですね。冷たい雨に打たれながら、重い装備を背負って、ぬかるんだ道を行軍するのは愉快な経験じゃない」
「野外での実戦任務って私はまだ貰った事が無いので、そういうお話聞くと自分もちゃんと出来るだろうかと、少し不安になりますね……課程時代に訓練ならちょっとしましたけど」
「あぁ、そういえば、キャシーと初めて直接撃ち合った時も雨でしたね」
「はい、覚えてらっしゃいましたか」
「貴方はとても強烈でしたからね。実戦でもキャシーなら大丈夫ですよ」
「有難うございます。でも、セロンさんも凄かったですよ。まさかああなるとは思いもしませんでした」
「私もです」
セロンは頷きつつ、当時の事を思い出していた。
もう四年以上前になるだろうか。
あの頃のセロンは十一歳のまだ幼い童子だった。
●
酷い空模様だった。
盥をひっくり返したかのように大粒の雨が勢いよく降り注いで来ている。
訓練を始めた当初は快晴だったのだが、にわかに空は曇りはじめ、ついには土砂降りとなってしまっていた。
訓練は中止になるかと思われたのだが「雨中での戦闘というのは良い経験になるだろう」などと教官が言い出して、続行される事となった。
十対十のチーム戦だった。
教官によって実力がなるべく拮抗するように二十名が選抜されていた。
ルールは、北側と南側にチームごとに分かれて、定められた領域内を進み、敵チームを全滅させるか、あるいは敵の陣地にある敵旗を倒し、一定時間、陣地を占拠した方が勝利である。
領域は川と崖により長方形に区切られている。
中央一帯は遮蔽物の無い開けた平地。
東西は一定間隔で濃い茂みが点在する草原となっていた。
なお互いの陣地は平地の端に設置されている。
セロンはこの時、南軍に所属していた。
「さてどうする」
開始前の陣地にて、十一歳ながらに身体が他よりも一回り以上大きい早熟な少年が、彼と同様に地面に屈み込んでいる同輩達へと問いかけた。
「真ん中行くのはバカだ」
金髪の少年が断定し、他の少年達がまぁなーと頷く。
陣地を目指して真っ直ぐに遮蔽物の無い平地を突進した場合、左右の茂みに伏せている敵から一方的に奇襲射撃される危険性が高い。
領域のど真ん中には巨大な大岩が一つだけあったから、一応それを遮蔽にする事も出来たが、その大岩以降はまったく遮蔽が無いので中央突破は至難の技だった。
「となると、東と西ですね。偏らせて一気に突破するか、バランス良く両サイドから押してゆくか」
セロンは弓を手に一同へと問いかけた。
少年達は考え込むように唸り、
「……火力は集中させてこそ意味がある、全員で東サイドから突破しよう」
体格の良い少年が提案し、別の少年が口笛を吹いた。
セロンもまた軽く目を瞠る。
「豪快な作戦ですね」
「普通、左右におんなじくらいに分けるもんじゃね?」
「だからだよ。裏を掻く。こっちが東に全員でいけば、西に来る敵は遊兵になる」
なるほど、おもしれぇ、と誰かの声が響く。
「でもよ、西を完全にがら空きにしたら西から一気に突破されて陣地が占領されちまうんじゃないか?」
体格の良い少年は「いや」と首を振り、
「敵だって神や悪魔じゃないんだから、こっちの配置は事前には解らないだろう。茂みが多いなら、伏兵を警戒して迂闊には進めないだろ? だからあっちの西が猪突を躊躇っている間にこっちが数の優位で一息に東を突破して先に陣地を陥とす」
「なるほど……ただ、それならやはり、一人か二人くらいは西側にも配置した方が良くはないですかね?」
セロンは顎に手をあてて思案しつつ、
「さすがにまったく射撃が無いと、西は無人であるとすぐ看破されてしまいそうです。けれど、矢が多少なりとも飛んで来るなら、茂みを上手く使えば少しの戦力ででも多くが隠れていると警戒させられるかもしれません」
「……なるほど、確かにそっちのが効率良いな!」
大柄な少年は破顔し頷いた。
「よし皆、セロンガードの手でいこうぜ」
「「「いぎなーし」」」
「……オレもまぁ、イイ手だとは思うんだけどよ」
周囲が賛同する中、一人の金髪少年が浮かない顔をして、
「でもそれって、西に行くヤツら、めちゃくちゃシンドクね? たぶん、倍以上を足止めすんだろ? ダレが行くんだそのジゴク」
少年達は顔を見合わせた。
「誰がいくって――」
「そりゃあ――」
「――なぁ?」
視線がセロンへと一斉に集まる。
黒髪の少年は無表情で頷いた。
「ええ、まぁ、言い出しが行くべきでしょうとも! ……私が行きますよ」
かくて、九名の少年が東サイドへと回り、セロンはたった一人で西サイドへと回るのだった。
●
<<状況開始>>
脳裏に上官の声が直接響き渡った。
指に嵌めている特殊な紋具の効果によるものだ。
通常、テレパスは一人を対象としてしか念話を送れなかったが、この紋具は同種の設定をした指輪を嵌めている全員を対象とする事が可能だった。
雨が降りしきる中、東側へと回った少年達は身を屈ませつつ茂みを巧みに使い、北側からの視線を切りつつ、北上してゆく。
セロンもまた西側にて一人、茂みに隠れながら前進した。
恐らく敵チームも茂みの陰より南下してきている事だろう。
時が経過するごとに彼我の距離は縮まり緊張が高まってゆく。
そんな中、
<<バカがいたぞ!>>
金髪少年の念話がチーム内に響き渡った。
<<どうした?>>
<<中央を単騎で堂々と走ってるヤツがいる、中央突破だ!>>
<<なんだとっ?!>>
<<オレがやる! オマエラ手を出すなよ。下手に撃つと位置がバレる>>
<<いえ待ってください、それ罠臭くないですか?>>
セロンの位置からも確かに見えた。
雨で見えづらいが、しかしそれでも紫色の髪の少女が中央を疾走しているのが。
<<だからって見過ごす訳にはいかない。陣地が落とされる>>
<<迷ってるヒマはネー! ヤルぞ! なぁに、不意ウチなら一発だ! オレの狙撃の腕をミロ!!>>
紫髪の少女が横っ跳びに低く跳躍するのが見えた。
<<ウソだろっ?!>>
<<馬鹿ッ!!>>
<<アッ――>>
<<ジャン=ルウがやられた!!>>
紫髪の少女は地を一回転しながら起き上がり大岩の陰に滑り込む。
どうやら、こちらの狙撃はかわされたようだ。
そして逆に金髪少年が脱落判定を受けた。
<<畜生、カウンタースナイプだ! 矢は北から来た! 他の敵が東に来てるぞ!!>>
<<しゃらくせぇ! こっちはまだ八人いるんだ! 一気に突破してやる!!>>
<<だが、中央はどうする?! あの紫、まだ落ちてないぞ!!>>
<<あの女を仕留めないと――>>
<<畜生、岩が邪魔だ!>>
<<ってかあの女、なんでジャン=ルウの狙撃を避けられた?!>>
東側は数の利を活かして一気に突撃・突破する作戦だったが、予想外に紫髪の少女が中央へと進出してきたせいで、彼女が楔となり迂闊に前進できなくなっていた。
彼女をフリーにして中央突破されたら陣地を陥落させられてしまう。紫髪の少女の身のこなしはただものではなかったから、最低でも二人以上は陣地をカバー出来る位置に留まらねば不味そうだった。
東側の味方達が混乱している中、セロンは視界の端に特殊な上着を着込んだ大柄な少女が、茂みの間から一瞬駆け出て、別の茂みに飛び込んでゆくのを見た。
(――そこ!)
素早く弓に矢を番え放つ。
即座にセロンは別の茂みの陰へと飛び退いた。
甲高い少女の悲鳴があがった。直後、先程までセロンがいた茂みに四本の矢が次々に飛び込んでくる。
おそらく、セロンが放った矢は上着に命中した筈だった。
上着には紋具が仕込まれていて、訓練用の先端が丸まっている呪矢が打ち込まれると麻痺のエーテルを発生させ脱落判定を出す仕組みとなっている。もうあの少女は戦闘不能の筈だ。
<<西サイド交戦! たぶん一人やった! 敵数、残り少なくとも四!>>
セロンは茂みの陰に屈み次の矢を矢筒から引き抜きつつ念話をチームへと飛ばす。
<<畜生! ベンとジョイはここに残れ! 他は前進だ! 行くぞ!!>>
<<オオッ!!>>
<<セロン! なんとか西の侵攻を遅らせてくれ!!>>
<<……了解!>>
射撃戦というのは頭数の差が如実に影響する。
非常に厳しい状況だったがセロンがやられれば西側は突破されたも同然だ。
東の味方は混乱から出遅れていたから、陣地の差し合いに勝利する為には、なんとしてもセロンは奮戦せねばならなかった――
●
圧倒的に不利な状況にあったが、セロンは茂みの中で冷静に場を見据えていた。
こんな状況でもセロンにとって有利な点が二つあった。
一つはセロンは待つ側だという事。遮蔽の多い場所では突破を図る側が圧倒的に不利だ。
セロンは相手の侵攻を防ぐ、あるいは最悪、遅らせられればそれで良いのだ。
二つ目は天候の悪さだ。視界は雨によって煙、地はぬかるんでいる。
こういう戦場の条件が悪い時は、勝負というものにノイズが発生する。
普通なら何も出来ずに圧殺される場面でも、普通の天候なら起こりえないミスが相手に起こり、それを突破口に勝機をこじ開ける事が出来る、場合もある。
(雑になったら負けだ)
必要なのは集中力と忍耐力。
黒髪の少年は気配を消し精神を研ぎ澄ませた。
――さらに実は、本人はこの時気づいていなかったが、セロンが他の少年少女達よりも有利な点がまだあった。
それは本物の殺し合いを既にこの齢にして経験しているという事だ。
土壇場での精神の強さは経験に裏打ちされ、それは極限の場面でこそ出る。
雨降りしきる視界の端、茂みが微かに、しかし不自然に揺れた。
セロンは間髪入れずに矢を放った。
ぎゃっ! という少年の悲鳴が響くと共に、三本の矢が茂みを貫通して飛び込んでくる。
だが、その射線上にセロンは既にいなかった。
俊敏に駆け後退し、次の潜伏ポイントまで一気に飛び込んでいる。
手ごたえが無い事に苛立ったか、それとも西の守りはセロン一人だけだと見切ったか、西側の敵三人は茂みに隠れながら前進する事を放棄した。
一斉に飛び出すと低い姿勢でジグザグに動きながら駆け前進して来る。
気の弱い人間なら、動揺して射撃をかわされる可能性も高い場面だったが、こういう方面の精神力ならセロンは強い。
冷静沈着に少年少女達を見据えると、駆ける中央の少年へと狙いを定め素早く一射した。
悲鳴をあげて少年が倒れる。
残った少年と少女は矢を放たず、さらに真っ直ぐに加速した。これまでからセロンの行動を予想したか、後退を逃さず追撃して一気に仕留める腹らしい。
セロンはこの時、後退しなかった。
二本の矢を矢筒から一気に引き抜くと、それぞれ指の間に挟み、一本を弓に番えつつ逆に茂みを割って前に飛び出した。
「えっ?!」
「なっ!?」
動揺の声をあげる少年と少女。
セロンは矢を放つと、さらに二本目を番えながら左の弓身を前に押し出すようにして速射した。この撃ち方は精度が大幅に落ちる。半ば賭けだ。意表を突く意味もあったが、距離があっては外すので前に出たのだ。
一発目の矢は少女の胴を撃ち抜き、二発目の矢、目と鼻の先の距離、少年は咄嗟に反応して飛び退かんとした。
が、少年のブーツがぬかるんだ泥に取られてずるりと滑る。
(もらった!!)
唸りをあげて矢が飛び、跳び退き損ねた少年の胸に直撃した。少女と少年が次々に倒れる。
――勝った!
勝利を確信して良い場面だった、普通は。
なんせセロンはたった一人で五人、敵の半数の侵攻を押しとどめ逆に撃破してみせたのである。
東側には味方は九人もいっているのだ。圧倒的な数の優位、普通、負ける訳が無い。
のだが、
<<う、嘘だろっ?!>>
<<うわあああああああ!!>>
<<ベン! 頼む、止めてくれぇええ!!>>
<<ふっ! 僕にまかせごはぁっ!!>>
<<そんなバ――>>
セロンは集中していた為、意識を乱される事はなかったが、攻防の最中、破られてゆく味方の念話がずっと響いていた。
今は完全に沈黙していた。
静寂だ。
そして、
<<北軍、南軍の旗を打倒! 陣地制圧開始!!>>
味方の代わりに教官の念話が響いた。
制圧が開始されるとアナウンスしてくれるのである。
「……これはなかなか、しんどいですね」
自軍唯一の生き残りとなった少年は、濡れた黒髪の先から雨水を滴らせつつ踵を返し、急ぎ自陣へと向かうのだった。
●
セロンが茂みから窺うと自陣の旗は倒され、付近に三人の少女が立っていた。
どうやらお味方は九人がかりで二人しか倒せなかったらしい。
(まいったな……)
同輩はそこまで弱くなかった筈だ。
やはり中央を抑えられ作戦通りに進められなくなった混乱が痛かったのだろう。
それと、
(敵が強い)
特に紫色の髪の少女が手強い。
見たことのある顔だ、確か、カサンドラとかいう名の少女だ。以前の訓練でも射撃が鋭かったので覚えている。
仕掛けるのを逡巡している間はなかった。
陣地の制圧に必要な時間は、人数が多い程に短くなってゆくからだ。三人いれば一人の時の三分の一の猶予しか無い。
セロンは茂みの間から弓矢を構えると一射した。
赤毛の少女が一人、射抜かれて倒れる。
残りの二人はすぐさまにセロンが隠れている茂みへと撃ち返して来た。
セロンは素早く斜め後ろへと後退してかわし二射目を放つ。黒髪の少女が倒れた。
後は紫髪の少女カサンドラ、ただ一人。
早朝、宿舎棟から本部棟へと向かう道の途中、セロンガード・シュタインドルフは明るい女声を投げかけられた。
足を止め振り向くと、夏空色の瞳の少女が微笑んでいた。
小柄ながら抜群のスタイルの少女が、革鞄を両手で持ち小走り気味に薄紫色の長い髪を揺らしながら駆けて来る。
「今日はとっても良いお天気ですね」
輝くような笑顔、カサンドラ・フォン・ベルリヒンゲンだ。
腰程までに伸びた紫髪は結局、切らない事にしたらしい。
先日、相談された際にセロンは伸ばしたままでいる事を勧めていたから、その結果かもしれない。
「おはようございますキャシー。ええ、今朝は良く晴れている」
セロンはカサンドラの到着を待ってから再び歩き出した。
少女は黒髪の少年の隣を歩きながら弾んだ調子で、
「朝晴れてると気持ち良いですよね。今日も一日頑張るぞ! って気になります」
拳を胸の前で軽く握っている。
セロンは歩きつつ少し考えた。
今のこの少女ほどに自分はテンションが天気に影響されるかというと疑問がある。
が、雨はあまり好きではない。古狼が討たれ、親友が攫われた戦いを思い出すから。
それに今は本部での仕事だから良いが、野外に出る任務だと雨は厄介だ。
「そうですねぇ、確かに天気は晴れているに越した事は無いですね。冷たい雨に打たれながら、重い装備を背負って、ぬかるんだ道を行軍するのは愉快な経験じゃない」
「野外での実戦任務って私はまだ貰った事が無いので、そういうお話聞くと自分もちゃんと出来るだろうかと、少し不安になりますね……課程時代に訓練ならちょっとしましたけど」
「あぁ、そういえば、キャシーと初めて直接撃ち合った時も雨でしたね」
「はい、覚えてらっしゃいましたか」
「貴方はとても強烈でしたからね。実戦でもキャシーなら大丈夫ですよ」
「有難うございます。でも、セロンさんも凄かったですよ。まさかああなるとは思いもしませんでした」
「私もです」
セロンは頷きつつ、当時の事を思い出していた。
もう四年以上前になるだろうか。
あの頃のセロンは十一歳のまだ幼い童子だった。
●
酷い空模様だった。
盥をひっくり返したかのように大粒の雨が勢いよく降り注いで来ている。
訓練を始めた当初は快晴だったのだが、にわかに空は曇りはじめ、ついには土砂降りとなってしまっていた。
訓練は中止になるかと思われたのだが「雨中での戦闘というのは良い経験になるだろう」などと教官が言い出して、続行される事となった。
十対十のチーム戦だった。
教官によって実力がなるべく拮抗するように二十名が選抜されていた。
ルールは、北側と南側にチームごとに分かれて、定められた領域内を進み、敵チームを全滅させるか、あるいは敵の陣地にある敵旗を倒し、一定時間、陣地を占拠した方が勝利である。
領域は川と崖により長方形に区切られている。
中央一帯は遮蔽物の無い開けた平地。
東西は一定間隔で濃い茂みが点在する草原となっていた。
なお互いの陣地は平地の端に設置されている。
セロンはこの時、南軍に所属していた。
「さてどうする」
開始前の陣地にて、十一歳ながらに身体が他よりも一回り以上大きい早熟な少年が、彼と同様に地面に屈み込んでいる同輩達へと問いかけた。
「真ん中行くのはバカだ」
金髪の少年が断定し、他の少年達がまぁなーと頷く。
陣地を目指して真っ直ぐに遮蔽物の無い平地を突進した場合、左右の茂みに伏せている敵から一方的に奇襲射撃される危険性が高い。
領域のど真ん中には巨大な大岩が一つだけあったから、一応それを遮蔽にする事も出来たが、その大岩以降はまったく遮蔽が無いので中央突破は至難の技だった。
「となると、東と西ですね。偏らせて一気に突破するか、バランス良く両サイドから押してゆくか」
セロンは弓を手に一同へと問いかけた。
少年達は考え込むように唸り、
「……火力は集中させてこそ意味がある、全員で東サイドから突破しよう」
体格の良い少年が提案し、別の少年が口笛を吹いた。
セロンもまた軽く目を瞠る。
「豪快な作戦ですね」
「普通、左右におんなじくらいに分けるもんじゃね?」
「だからだよ。裏を掻く。こっちが東に全員でいけば、西に来る敵は遊兵になる」
なるほど、おもしれぇ、と誰かの声が響く。
「でもよ、西を完全にがら空きにしたら西から一気に突破されて陣地が占領されちまうんじゃないか?」
体格の良い少年は「いや」と首を振り、
「敵だって神や悪魔じゃないんだから、こっちの配置は事前には解らないだろう。茂みが多いなら、伏兵を警戒して迂闊には進めないだろ? だからあっちの西が猪突を躊躇っている間にこっちが数の優位で一息に東を突破して先に陣地を陥とす」
「なるほど……ただ、それならやはり、一人か二人くらいは西側にも配置した方が良くはないですかね?」
セロンは顎に手をあてて思案しつつ、
「さすがにまったく射撃が無いと、西は無人であるとすぐ看破されてしまいそうです。けれど、矢が多少なりとも飛んで来るなら、茂みを上手く使えば少しの戦力ででも多くが隠れていると警戒させられるかもしれません」
「……なるほど、確かにそっちのが効率良いな!」
大柄な少年は破顔し頷いた。
「よし皆、セロンガードの手でいこうぜ」
「「「いぎなーし」」」
「……オレもまぁ、イイ手だとは思うんだけどよ」
周囲が賛同する中、一人の金髪少年が浮かない顔をして、
「でもそれって、西に行くヤツら、めちゃくちゃシンドクね? たぶん、倍以上を足止めすんだろ? ダレが行くんだそのジゴク」
少年達は顔を見合わせた。
「誰がいくって――」
「そりゃあ――」
「――なぁ?」
視線がセロンへと一斉に集まる。
黒髪の少年は無表情で頷いた。
「ええ、まぁ、言い出しが行くべきでしょうとも! ……私が行きますよ」
かくて、九名の少年が東サイドへと回り、セロンはたった一人で西サイドへと回るのだった。
●
<<状況開始>>
脳裏に上官の声が直接響き渡った。
指に嵌めている特殊な紋具の効果によるものだ。
通常、テレパスは一人を対象としてしか念話を送れなかったが、この紋具は同種の設定をした指輪を嵌めている全員を対象とする事が可能だった。
雨が降りしきる中、東側へと回った少年達は身を屈ませつつ茂みを巧みに使い、北側からの視線を切りつつ、北上してゆく。
セロンもまた西側にて一人、茂みに隠れながら前進した。
恐らく敵チームも茂みの陰より南下してきている事だろう。
時が経過するごとに彼我の距離は縮まり緊張が高まってゆく。
そんな中、
<<バカがいたぞ!>>
金髪少年の念話がチーム内に響き渡った。
<<どうした?>>
<<中央を単騎で堂々と走ってるヤツがいる、中央突破だ!>>
<<なんだとっ?!>>
<<オレがやる! オマエラ手を出すなよ。下手に撃つと位置がバレる>>
<<いえ待ってください、それ罠臭くないですか?>>
セロンの位置からも確かに見えた。
雨で見えづらいが、しかしそれでも紫色の髪の少女が中央を疾走しているのが。
<<だからって見過ごす訳にはいかない。陣地が落とされる>>
<<迷ってるヒマはネー! ヤルぞ! なぁに、不意ウチなら一発だ! オレの狙撃の腕をミロ!!>>
紫髪の少女が横っ跳びに低く跳躍するのが見えた。
<<ウソだろっ?!>>
<<馬鹿ッ!!>>
<<アッ――>>
<<ジャン=ルウがやられた!!>>
紫髪の少女は地を一回転しながら起き上がり大岩の陰に滑り込む。
どうやら、こちらの狙撃はかわされたようだ。
そして逆に金髪少年が脱落判定を受けた。
<<畜生、カウンタースナイプだ! 矢は北から来た! 他の敵が東に来てるぞ!!>>
<<しゃらくせぇ! こっちはまだ八人いるんだ! 一気に突破してやる!!>>
<<だが、中央はどうする?! あの紫、まだ落ちてないぞ!!>>
<<あの女を仕留めないと――>>
<<畜生、岩が邪魔だ!>>
<<ってかあの女、なんでジャン=ルウの狙撃を避けられた?!>>
東側は数の利を活かして一気に突撃・突破する作戦だったが、予想外に紫髪の少女が中央へと進出してきたせいで、彼女が楔となり迂闊に前進できなくなっていた。
彼女をフリーにして中央突破されたら陣地を陥落させられてしまう。紫髪の少女の身のこなしはただものではなかったから、最低でも二人以上は陣地をカバー出来る位置に留まらねば不味そうだった。
東側の味方達が混乱している中、セロンは視界の端に特殊な上着を着込んだ大柄な少女が、茂みの間から一瞬駆け出て、別の茂みに飛び込んでゆくのを見た。
(――そこ!)
素早く弓に矢を番え放つ。
即座にセロンは別の茂みの陰へと飛び退いた。
甲高い少女の悲鳴があがった。直後、先程までセロンがいた茂みに四本の矢が次々に飛び込んでくる。
おそらく、セロンが放った矢は上着に命中した筈だった。
上着には紋具が仕込まれていて、訓練用の先端が丸まっている呪矢が打ち込まれると麻痺のエーテルを発生させ脱落判定を出す仕組みとなっている。もうあの少女は戦闘不能の筈だ。
<<西サイド交戦! たぶん一人やった! 敵数、残り少なくとも四!>>
セロンは茂みの陰に屈み次の矢を矢筒から引き抜きつつ念話をチームへと飛ばす。
<<畜生! ベンとジョイはここに残れ! 他は前進だ! 行くぞ!!>>
<<オオッ!!>>
<<セロン! なんとか西の侵攻を遅らせてくれ!!>>
<<……了解!>>
射撃戦というのは頭数の差が如実に影響する。
非常に厳しい状況だったがセロンがやられれば西側は突破されたも同然だ。
東の味方は混乱から出遅れていたから、陣地の差し合いに勝利する為には、なんとしてもセロンは奮戦せねばならなかった――
●
圧倒的に不利な状況にあったが、セロンは茂みの中で冷静に場を見据えていた。
こんな状況でもセロンにとって有利な点が二つあった。
一つはセロンは待つ側だという事。遮蔽の多い場所では突破を図る側が圧倒的に不利だ。
セロンは相手の侵攻を防ぐ、あるいは最悪、遅らせられればそれで良いのだ。
二つ目は天候の悪さだ。視界は雨によって煙、地はぬかるんでいる。
こういう戦場の条件が悪い時は、勝負というものにノイズが発生する。
普通なら何も出来ずに圧殺される場面でも、普通の天候なら起こりえないミスが相手に起こり、それを突破口に勝機をこじ開ける事が出来る、場合もある。
(雑になったら負けだ)
必要なのは集中力と忍耐力。
黒髪の少年は気配を消し精神を研ぎ澄ませた。
――さらに実は、本人はこの時気づいていなかったが、セロンが他の少年少女達よりも有利な点がまだあった。
それは本物の殺し合いを既にこの齢にして経験しているという事だ。
土壇場での精神の強さは経験に裏打ちされ、それは極限の場面でこそ出る。
雨降りしきる視界の端、茂みが微かに、しかし不自然に揺れた。
セロンは間髪入れずに矢を放った。
ぎゃっ! という少年の悲鳴が響くと共に、三本の矢が茂みを貫通して飛び込んでくる。
だが、その射線上にセロンは既にいなかった。
俊敏に駆け後退し、次の潜伏ポイントまで一気に飛び込んでいる。
手ごたえが無い事に苛立ったか、それとも西の守りはセロン一人だけだと見切ったか、西側の敵三人は茂みに隠れながら前進する事を放棄した。
一斉に飛び出すと低い姿勢でジグザグに動きながら駆け前進して来る。
気の弱い人間なら、動揺して射撃をかわされる可能性も高い場面だったが、こういう方面の精神力ならセロンは強い。
冷静沈着に少年少女達を見据えると、駆ける中央の少年へと狙いを定め素早く一射した。
悲鳴をあげて少年が倒れる。
残った少年と少女は矢を放たず、さらに真っ直ぐに加速した。これまでからセロンの行動を予想したか、後退を逃さず追撃して一気に仕留める腹らしい。
セロンはこの時、後退しなかった。
二本の矢を矢筒から一気に引き抜くと、それぞれ指の間に挟み、一本を弓に番えつつ逆に茂みを割って前に飛び出した。
「えっ?!」
「なっ!?」
動揺の声をあげる少年と少女。
セロンは矢を放つと、さらに二本目を番えながら左の弓身を前に押し出すようにして速射した。この撃ち方は精度が大幅に落ちる。半ば賭けだ。意表を突く意味もあったが、距離があっては外すので前に出たのだ。
一発目の矢は少女の胴を撃ち抜き、二発目の矢、目と鼻の先の距離、少年は咄嗟に反応して飛び退かんとした。
が、少年のブーツがぬかるんだ泥に取られてずるりと滑る。
(もらった!!)
唸りをあげて矢が飛び、跳び退き損ねた少年の胸に直撃した。少女と少年が次々に倒れる。
――勝った!
勝利を確信して良い場面だった、普通は。
なんせセロンはたった一人で五人、敵の半数の侵攻を押しとどめ逆に撃破してみせたのである。
東側には味方は九人もいっているのだ。圧倒的な数の優位、普通、負ける訳が無い。
のだが、
<<う、嘘だろっ?!>>
<<うわあああああああ!!>>
<<ベン! 頼む、止めてくれぇええ!!>>
<<ふっ! 僕にまかせごはぁっ!!>>
<<そんなバ――>>
セロンは集中していた為、意識を乱される事はなかったが、攻防の最中、破られてゆく味方の念話がずっと響いていた。
今は完全に沈黙していた。
静寂だ。
そして、
<<北軍、南軍の旗を打倒! 陣地制圧開始!!>>
味方の代わりに教官の念話が響いた。
制圧が開始されるとアナウンスしてくれるのである。
「……これはなかなか、しんどいですね」
自軍唯一の生き残りとなった少年は、濡れた黒髪の先から雨水を滴らせつつ踵を返し、急ぎ自陣へと向かうのだった。
●
セロンが茂みから窺うと自陣の旗は倒され、付近に三人の少女が立っていた。
どうやらお味方は九人がかりで二人しか倒せなかったらしい。
(まいったな……)
同輩はそこまで弱くなかった筈だ。
やはり中央を抑えられ作戦通りに進められなくなった混乱が痛かったのだろう。
それと、
(敵が強い)
特に紫色の髪の少女が手強い。
見たことのある顔だ、確か、カサンドラとかいう名の少女だ。以前の訓練でも射撃が鋭かったので覚えている。
仕掛けるのを逡巡している間はなかった。
陣地の制圧に必要な時間は、人数が多い程に短くなってゆくからだ。三人いれば一人の時の三分の一の猶予しか無い。
セロンは茂みの間から弓矢を構えると一射した。
赤毛の少女が一人、射抜かれて倒れる。
残りの二人はすぐさまにセロンが隠れている茂みへと撃ち返して来た。
セロンは素早く斜め後ろへと後退してかわし二射目を放つ。黒髪の少女が倒れた。
後は紫髪の少女カサンドラ、ただ一人。