どこにでも、に戻る前の
四月カフェ狂想曲 イベントノベル(テーマ)サロン・ド・アヴリル制作 夜野はずみ納品 2024年04月17日 00時32分38秒
サロン・ド・アヴリルは内装とキャストの接客技術が売りのコンセプトカフェである。その中でも水月は際立った評判を得ている一人だ。
スフレチーズケーキを載せた皿が音もなく客の前に置かれた。しなやかな指が去り際で皿の縁にやわらかく触れて。ふるり。ケーキの柔らかさを視界から雄弁に伝えてきた。クラシカルなカフェに似合わないだろう柔らかなシズル感の表現。客の視線が菓子に固定されるのを見て、水月は微笑んだ。
「お楽しみくださいませ」
柔らかな声をかけ、使用人控え室と書かれた木で出来た扉を開ける。厨房とバックヤードに繋がる広く長い通路はしっかりと閉じれば中の音が漏れることも無い。
中は統制のとれた喧騒に満ちていた。裏側でもプレイングマネージャーである水月には様々な仕事がある。とは言え、国賓を迎えられるほどの熟練者に言うことは少ない。よって彼女が対応するのは新人である。どんな熟練であろうと必ず失敗した過去は存在する。サロン・ド・アヴリルと言う大会期間中に運営されるコンセプトカフェは絶好の実践の場と言えた。
「マネージャー! すいません退勤前に」
「どうしたの」
小声だが焦りを含んだ声が水月にかけられる。新人だ、と顔と経歴を一致させて、名前を呼べば少し落ち着いたようだった。
「どうしたの?」
柔らかい声。凛とした立ち姿と紅玉色の瞳は緩まないが、話しかけやすくなった。新人メイドは表情を緩ませる。
「お客様が調味料で絵を描けとおっしゃるんですよ」
「あぁ」
世の中のコンセプトカフェ……所謂メイド喫茶ではよくあることだが、国賓を迎える席ではそのような事は行われない。場の雰囲気にそぐわないからである。水月は本人にとっては悩ましいことへの答えをだした。
「描けばいいじゃない」
「えっでも」
「欲しいのは体験よ」
接客や雰囲気に価値を見出すように。そのお客様は彼女が描くことに価値を見出したのだ。それを提供するのがサロンの本懐であろうと。
「それが『おもてなし』ということだよ」
「わかりました、行ってきます! ありがとうございました、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
見送って1人で化粧室に入ると、彼女は大きく息を吐いた。目が柔らかく、ゆっくりと蕩けていく。当たり前へと回帰していく。
「帰ったらゲームやりましょ」
凛々しい女は、どこにでもいる女に戻って仕事を終えた。
スフレチーズケーキを載せた皿が音もなく客の前に置かれた。しなやかな指が去り際で皿の縁にやわらかく触れて。ふるり。ケーキの柔らかさを視界から雄弁に伝えてきた。クラシカルなカフェに似合わないだろう柔らかなシズル感の表現。客の視線が菓子に固定されるのを見て、水月は微笑んだ。
「お楽しみくださいませ」
柔らかな声をかけ、使用人控え室と書かれた木で出来た扉を開ける。厨房とバックヤードに繋がる広く長い通路はしっかりと閉じれば中の音が漏れることも無い。
中は統制のとれた喧騒に満ちていた。裏側でもプレイングマネージャーである水月には様々な仕事がある。とは言え、国賓を迎えられるほどの熟練者に言うことは少ない。よって彼女が対応するのは新人である。どんな熟練であろうと必ず失敗した過去は存在する。サロン・ド・アヴリルと言う大会期間中に運営されるコンセプトカフェは絶好の実践の場と言えた。
「マネージャー! すいません退勤前に」
「どうしたの」
小声だが焦りを含んだ声が水月にかけられる。新人だ、と顔と経歴を一致させて、名前を呼べば少し落ち着いたようだった。
「どうしたの?」
柔らかい声。凛とした立ち姿と紅玉色の瞳は緩まないが、話しかけやすくなった。新人メイドは表情を緩ませる。
「お客様が調味料で絵を描けとおっしゃるんですよ」
「あぁ」
世の中のコンセプトカフェ……所謂メイド喫茶ではよくあることだが、国賓を迎える席ではそのような事は行われない。場の雰囲気にそぐわないからである。水月は本人にとっては悩ましいことへの答えをだした。
「描けばいいじゃない」
「えっでも」
「欲しいのは体験よ」
接客や雰囲気に価値を見出すように。そのお客様は彼女が描くことに価値を見出したのだ。それを提供するのがサロンの本懐であろうと。
「それが『おもてなし』ということだよ」
「わかりました、行ってきます! ありがとうございました、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
見送って1人で化粧室に入ると、彼女は大きく息を吐いた。目が柔らかく、ゆっくりと蕩けていく。当たり前へと回帰していく。
「帰ったらゲームやりましょ」
凛々しい女は、どこにでもいる女に戻って仕事を終えた。