シュルトハイスの婿選び? 後編

キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2024年04月04日 19時42分00秒

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「……これだけ、ですか?」
「はい。私のお出しできるリストはこちらで全てでございます」

 疑わしげなエリカの視線に、老家令は動じることなくそう言い切った。明らかに嘘である。子どもが居ない子爵家の養子に入るという条件ならば望む者はもっと多いはずだ。実際のところ、自薦に加え子爵家の遠縁や寄親の紹介など、話があったと言うだけであればそれなりの希望者がいた。ここにあるのは、家令の独断で箸にも棒にもかからない連中を足切りし、残った面々からエリカの年齢に見合う相手を残したリストである。

「……本当に、これだけですか?」
「もしもこちらの方々がお嬢様の意に沿わない場合には、もう少し思い出せるかも知れませんが」

 一応、年齢以外に問題の無い候補、長男に子どもが複数生まれスペアの役目を解かれた某伯爵家の次男48才とか、利発と評判の某子爵家の三男4才などが控えてはいる。女遊びが激しい某男爵家の三男21才や、被虐趣味が噂される某伯爵家五男22才などからの申し出は、己の命に代えても伝えるわけにはいかぬと家令は考えていた。まあ、子爵に聞いてもそう言うだろう。エリカ自身が選んだとしても、優先順位はだいたいこの通りになる筈だ。なので、渡されたリストにそれ程不満があるわけでは無い。無いのだが。

「そうですか……。では、王都でお会いできる日取りを調節してください。場所はどこでも構いませんが、王都に子爵様がご不在の時でお願いします」

 4名のリストのうち、4人目の名前が引っかかった。リーフェンシュタール伯爵家のテオバルト。昨年の初夏に自分へ「憎からず思っている」と告げた人。そして、わたしが彼の思うエリカではない事を理由に、お断りした人。それは自分にできる限りの誠実な対応だったし、後悔はしていない。しかし、今も本物のエリカを想っているだろう彼の事を考えれば、今さら紛い物の自分と添う事を提案するのはおこがましいと思う。

「テオバルト様に、何か問題が?」

 手が止まっているのを不審に思ったのだろう。怪訝そうに家令がそう尋ねてきた。

「いえ。学園で少し、ご縁がありました。……信頼できる、方だと思います」

 悪いのは、彼では無いのだ。エリカは慌てて首を振り、家令が悪印象を抱かぬようにテオバルトを庇った。こうなっては、多少気まずくとも他の顔ぶれと同様に顔合わせをせねばなるまい。最初の3人までに良い人が居ればとも思ったが、そうはいかない予感がした。

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 候補との顔合わせは、王都にある子爵家の定宿を借りて行った。社交に重きをおく家ならば王都にタウンハウスを構える事もあろうが、代々のシュルトハイス子爵はそれほどでもなかったのだ。話の性質上、招く際にシュルトハイスの名を出さぬ訳にもいかないが、子爵夫妻にばれぬよう、費用は自分で賄う。冒険者として稼いだ報酬の使いどころだ。

「なかなか、条件が整いませんね……」

 予感の通り、テオバルトより前の3名とは折り合わなかった。1人目はシュルトハイス側にいるのがエリカ(異種族)だった時点で蔑視する様子が隠しきれなかったので、詳細を話すまでもなくお引き取り願った。あとの2人は、エリカが子爵家の養女で実質的な後継者だという説明までは飲み込んでくれたのだが、子爵夫妻を納得させるために幸せな夫婦を演じねばならないと言う部分が問題となった。

「その次の子爵が、ご自分の子になる保証が無いというのは、やはり難しいでしょうね……」

 エリカとしては外で子を作られて当然だと思っては居るが、子爵夫妻の存命中にそうと知られる訳にはいかない。妾には夫人には成れぬと因果を含め、血縁を隠して養子として迎えるといった回りくどい手段を執らねばならなくなるだろう。その時点で、2人目が受け入れられないと首を振った。3人目は最後まで条件を聞き、持ち帰って熟慮した上で、この先何十年も演技を続ける自信が無いと断りの手紙を送ってきた。人生の半ば以上をエリカ(子爵令嬢)を演じてきた彼女は感覚が麻痺していたが、普通の人間には難しいことなのだろう。そして、4人目。

「……今からでも、お断りするべきでしょうか……」

 テオバルトの事を考えるなら、この話は進めるべきでは無いとエリカは思う。しかし、エリカの側からすれば実に都合の良い相手であるのも事実だ。彼にエリカ(子爵令嬢)への想いがある限り、子爵夫妻の願いも粗略にはするまい。エリカ(子爵令嬢)の故郷であるシャーフヴルムも誠実に経営してくれるだろう。自分が提供できるのは、可能な限りエリカ(子爵令嬢)を演じる事くらいだが、一度断った経緯と理由を考えれば、それは今さら過ぎる恥知らずな申し出だ。それでも為すべき目的のためであれば、再びエリカ(子爵令嬢)を演じる覚悟は作れるだろう。元の自分など、もう知っている相手もいないのだから。

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「……リーフェンシュタール伯爵家のテオバルトです。君とシュルトハイス子爵家の関係は内々のものと理解していたのだけれど、この場では、久しぶりと言っても許されるのかな」

 案内されてきた青年は、一瞬驚いたように目を丸くしてから、柔和な表情でそう告げた。予想していなかった場所で袖にされた相手に出くわしてしまった、というような気まずげな様子は、不思議と感じられない。自分が感じている居心地の悪さの方が、明らかに大きそうだとエリカは内心で嘆息する。テオバルトは馴れ馴れしい振る舞いもせず、さりとて隔意のある対応も見せずにエリカの説明を最後まで聞き終えた。

「昨年の事を考えれば、とても、失礼な申し出だと思います。軽蔑して頂いても、構いません」
「どうして?」

 その疑問の声があまりにも自然であったから、エリカは終始伏せ気味だった顔を上げた。あの日も、それ以前も、それ以後も。信頼できる人とだけ思っていた目が、熱を帯びて自分に真っ直ぐ向けられていることに戸惑いを覚える。

「私が君を軽蔑する理由が、今の話のどこかにあったかな」

 不思議そうな声に、当てこすりのような雰囲気は無い。テオバルトは席を立ち、エリカの前に自然な所作で跪いた。慌てて立ち上がりかけたエリカに、青年はひたと視線を向けたまま口を開く。

「貴家の申し出を理解し、受け入れます。貴女の婚姻相手として、私を受け入れて頂けますか。エリカ嬢」
「え。……わたしは、私では、無いのに?」

 思わず問い返してから、失策に気がついた。彼が望むのはエリカ(子爵令嬢)なのだから、これからはそう振る舞うと、約束すべきだったのでは無いか。考えを纏めるために視線を伏せたかったが、まっすぐな目が逃げることを許さない。

「……確かに私は一度、過ちを犯した。貴女を見ながら、その向こうの失われた方を見ていた。ですが、同じ過ちを繰り返す程、駄目な男ではないつもりです。そうではないと、これから分かって頂けるよう努力したい。どうか、その許しを頂きたいのです」

 中腰の微妙な姿勢で固まってしまったエリカの返答を、青年は急かそうとはしていない。

「考えを整理する時間を、頂けませんか」
「……困らせてしまったかな。少し、舞い上がっていたようだ。申し出を取り下げるつもりは無いけれど、返事を急かそうとは思わないよ」

 耐えきれなくなってそう言うと、テオバルトは我に返ったように瞬きし、席へと戻った。何か、思っていたのと違う。その困惑をそのままに、エリカは首をかしげた。

「……今回のお話は、わたしが難しい条件をつけて、それでも構わないと許してくれる方を、探している筈なのですが……」
「難しい条件、というのが何のことか分からないな。好いた女性を己が手で幸せにしたいというのは、当然のことだと思う。それとも、ご自身も仲の良い夫妻のお眼鏡に叶う程の幸せさ、というのは相当に難しいのだろうか?」
「その、あなたが好いた女性というのは、わたしではなく」
「ああ、そこからか……。それはそうだ。順序が違う。焦っていたのかな、私は」

 こほん、と気恥ずかしげに咳払いしてから、青年は居住まいを正す。

「私、テオバルト・リーフェンシュタールは、目の前に居るエリカ・プレトリウス嬢へ、心を捧げたいと願っています。どうか、貴女の手を取る栄誉を、私に授けては頂けませんか」

 この場合の手を取るは口づけを許してほしいという意味で、つまりは婉曲的な恋情の申し出である。とはいえ、婚姻の申し出に比べれば圧は低い。手に口づけを許すイコール交際と言うわけでも無いので、頷いたとしてもエリカに逃げ道もある。逃げ道があるからこそ今は頷かざるを得ない気持ちにさせられるので、そこまで踏まえた策なのかもしれない。いや、そんな策略が巡らせられるほど余裕があるようにも見えなかった。思えば、昨年にエリカが断りを入れた時にも、彼は更に遠回しな言い方をしていた。学園内とはいえ子爵令嬢と伯爵令息であれば、直截に交際を求めれば断りにくかろうと気を遣ったのかもしれない。エリカは冷静な頭の一部でそんな分析を早回しで行いつつ、残る部分で状況の整理を試みた。だが、恋愛と自分を繋ぎ合わせた事すら少ない彼女には、他ならぬ自分がその対象となっていることの理解が難しい。かくして静かに時が過ぎ、紅茶もすっかり冷め切った頃。エリカは青年にそっと手を差し出した。

「……は、はい。どうぞ……」

 困惑はありつつも、少なくとも不快ではなく、そうすることでの不利益もなく、むしろ彼の好感度が上がるのは都合が良い。そんな計算の末に行った行為に対して、青年がとても嬉しそうな顔をすることで少し罪悪感を覚えた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0