シュルトハイスの婿選び? 前編
キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2024年04月04日 19時41分50秒
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ごとごと揺れる馬車の窓からは、種蒔き前の綿花畑が見えた。畑の主はまだ家で羽休めをしているだろう。遠くに見える別の畑では、領民が緑に色づきだした小麦畑の面倒を見ている。書類で見る分には同じ農民でも、こうしてみれば違う日々を送っている。人の数だけ違っているだろう物語は、しかしエーテルの在り様に過ぎないという。帝都での決戦でそんな世界の真実を聞いたエリカ・プレトリウスは、以前よりも俯瞰的に物語について考えるようになった。あるいは、普通の育ちの長命種は元々こんな視点で生きているのかもしれない。
世界の見方が変われば、自分の物語についても見方が変わる。自分の物語は今乗っている馬車のような物だ。右側の車輪は木製で、左側の車輪が豪華な鉄。たまたま同じ形をしていたから、回りからはちゃんと走っているように見えていた。このままちゃんと走らねばならないとも思っていた。鉄の車輪にはごてごてと飾りが付き、木の車輪は唯一の飾りが無くなってしまって、まっすぐ走るのも危うくなってきたけれど。
しかし今や、全てはエーテルに過ぎないと知った。世界の真理とやらによれば車輪はどちらもエーテルらしい。木の車輪に無理に鉄の車輪の役目をさせる必要は無い。両方とも鉄の車輪に変えて走っても構わない。そのまま次の街まで向かって乗客を降ろしたら、質素な木の車輪に戻して走り直しても良い。
共感を覚えた特別な人は、そんな彼女の考えを聞いて、心配はしてくれたが理解もしてくれたようだ。友人だと言ってくれた人は、彼女の難しい立場については理解できても、心境には理解が及ばず、分からぬながらも味方でいてくれるという様子に思える。どちらもエリカの事を案じてくれていることは伝わり、冷めた心が少し暖かくなるように感じた。
恩返しのために、子爵令嬢として務めを果たすとしても、これからはもう少し自由に生きていこうと思う。どんな車輪を使っていても、この馬車の歩みが彼女の物語であることに変わりは無いのだから。
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「……エリカお嬢様。そろそろお休みください」
「ごめんなさい、もう少しだけ。この手紙達だけ明日すぐ出せる様に」
最近のエリカの変容を、老家令は案じていた。もとより、無理をする子どもだった。子爵夫妻の気を損ねないようにと気働きをしていた事も知っている。子爵夫妻以上に、彼女のことを見ている時間は長かったのだから。
「睡眠が足りていないのではありませんか。お体を損ねることがあれば、ご主人様も奥様も悲しみますぞ」
「大丈夫、です。必要なだけ休んでいますから」
授恵者であるから頑丈だと、エリカは隠さなくなった。以前は一般人の子爵令嬢ならどうするかという歯止めがあったのだが。時間や体力面では、以前より自分を酷使するようになったが、しかし前のように思い悩む姿は見せなくなった。これを成長と喜んで良いものか、悲しむべきなのか。無理を諫めるべきか、判断に任せるべきか。善良な老家令は決めかねている。
「……これは帝国の」
「感謝状ですな。ご主人様は何事かと思ったようですが。いえ、悪い意味ではありませんよ」
「はい。驚きますよね。急に外国からこのような物が届いたら……」
これは冒険者としてのエリカが得た縁を理由に、心の赴くままに施した僅かな援助への礼だ。エリカとしてではない行動が子爵に知られても、彼女は以前のように気に病まなくなった。可愛がっている娘が遠慮せずに素を出してくれるようになったのだろう、と夫妻は無邪気に喜んでいる。過去のエリカの悩み方というか拗れ方を知っている家令は心配していたが、理由までは分かるはずもなかった。
「あとなるべく早めに1度お父様のお時間を頂きたい旨も伝えてください。ディオール伯爵令嬢が新興した商会の事でお話が」
「……お伝えしておきます。ですが、今日のところはもう遅いので」
「はい。もちろんです。貴方も、どうか先に休んでください」
これ以上強く言うわけにも行かず、家令は頷いて退出する。そもそも、彼が応じてしまうからエリカが何時までも働けてしまうという悪循環でもあるのだ。彼女の健康の為にも今日はもう報告には戻るまい、と心中で決意した背中に、エリカはもう一つ炸裂弾を投げた。
「……それと。お父様が断ったという養子候補のリストを持ってきてほしいのです。お父様には内緒で」
「それはどういう意味でしょうか」
主君に隠して欲しいというのは、普通は許されない。許されるとしたら、主家の家族である娘の甘えとして可能な範囲になるだろう。父に内緒でおやつを食べたい位の可愛いおねだりならばともかく、エリカが口にしている養子候補というのは、他の貴族家との関係性に関わるものだ。当事者といえど、家長以外がやすやすと触れて良い物でも無いとはエリカも分かっている筈と、家令はいぶかしげにする。
「ヒューマンのきちんとした跡取りを得ることは、この家の為には必要ですから。子爵家の為に、養子の方には早めに来て頂くべきでしょう」
「しかし、それはご主人様のご意向には沿いません」
家令が頑固だとは知っている。しかし、エリカとて意図もなくそうしてほしいと言っているわけでは無い。曖昧であった以前と違い、心を決めて口にしている。
「そのリストの中に、わたしが好ましく思う男性がいて、相手の方もわたしの存在を許してくださるのならば、それはお父様のお考えにも、叶うと思います」
要するに、結果が良ければ良いという理屈だ。
「それは、そうかもしれませんが」
学園に通い、難しい話もするようになっても、まだどこか稚いと思っていた令嬢の口からそんな話を聞いて、老家令は困惑した。いずれは、家令にも子爵夫妻にも、分かって貰えるだろうと思う。子爵領のために自分を殺そうというのでも、犠牲にしようというのでもなく、今は自分が自分の意志で子爵家の為にしばしの時間を生きたいと決めたから、その中で最善を探しているのだと。
「しかし、それならばご主人様に秘密にする必要は無いのではありませんか」
「わたしがその方を選ばなかった、ということをお知らせしたくないのです」
色々な意味で。例えば、リストにある中でエリカが外した相手を、「感情的に嫌っている」とでも思えば厄介なことになる。そう言うと、家令は渋面を浮かべた。それとこれとはもちろん別であろうが、しかし人間そこまで器用には切り替えにくい。
「例えば、ですけれども。その中に近隣の御領主様のお子様がいらして、年頃からいえば釣り合うのに、わたしの一存で外した……、などとお父様に伝わってしまえば、きっと色々な事を考えてしまうと思うのです」
学園かどこかで嫌がらせに遭ったのでは等と要らぬ気を回しかねないとエリカが憂いて見せると、家令も内心で同意する。かくして、老家令はエリカの共犯者に落ちた。
「……分かりました。明日にお持ちしましょう。ですが、それを見て何かされる場合は、必ず私にお話しくださいませ」
「もちろんです。ありがとう、……爺」
子爵家に引き取られたばかりの何も分からず怯えていた頃、自分の事はそのように呼ぶと良いと言われた。結局、一度も口にしたことがなかった呼称だが、思えばあれは私が出来る前のわたしに向けられた言葉だ。老家令は一瞬目を丸くしたが、「まったく、お嬢様は仕方がありませんな……」と、柔らかく微笑んだ。
ごとごと揺れる馬車の窓からは、種蒔き前の綿花畑が見えた。畑の主はまだ家で羽休めをしているだろう。遠くに見える別の畑では、領民が緑に色づきだした小麦畑の面倒を見ている。書類で見る分には同じ農民でも、こうしてみれば違う日々を送っている。人の数だけ違っているだろう物語は、しかしエーテルの在り様に過ぎないという。帝都での決戦でそんな世界の真実を聞いたエリカ・プレトリウスは、以前よりも俯瞰的に物語について考えるようになった。あるいは、普通の育ちの長命種は元々こんな視点で生きているのかもしれない。
世界の見方が変われば、自分の物語についても見方が変わる。自分の物語は今乗っている馬車のような物だ。右側の車輪は木製で、左側の車輪が豪華な鉄。たまたま同じ形をしていたから、回りからはちゃんと走っているように見えていた。このままちゃんと走らねばならないとも思っていた。鉄の車輪にはごてごてと飾りが付き、木の車輪は唯一の飾りが無くなってしまって、まっすぐ走るのも危うくなってきたけれど。
しかし今や、全てはエーテルに過ぎないと知った。世界の真理とやらによれば車輪はどちらもエーテルらしい。木の車輪に無理に鉄の車輪の役目をさせる必要は無い。両方とも鉄の車輪に変えて走っても構わない。そのまま次の街まで向かって乗客を降ろしたら、質素な木の車輪に戻して走り直しても良い。
共感を覚えた特別な人は、そんな彼女の考えを聞いて、心配はしてくれたが理解もしてくれたようだ。友人だと言ってくれた人は、彼女の難しい立場については理解できても、心境には理解が及ばず、分からぬながらも味方でいてくれるという様子に思える。どちらもエリカの事を案じてくれていることは伝わり、冷めた心が少し暖かくなるように感じた。
恩返しのために、子爵令嬢として務めを果たすとしても、これからはもう少し自由に生きていこうと思う。どんな車輪を使っていても、この馬車の歩みが彼女の物語であることに変わりは無いのだから。
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「……エリカお嬢様。そろそろお休みください」
「ごめんなさい、もう少しだけ。この手紙達だけ明日すぐ出せる様に」
最近のエリカの変容を、老家令は案じていた。もとより、無理をする子どもだった。子爵夫妻の気を損ねないようにと気働きをしていた事も知っている。子爵夫妻以上に、彼女のことを見ている時間は長かったのだから。
「睡眠が足りていないのではありませんか。お体を損ねることがあれば、ご主人様も奥様も悲しみますぞ」
「大丈夫、です。必要なだけ休んでいますから」
授恵者であるから頑丈だと、エリカは隠さなくなった。以前は一般人の子爵令嬢ならどうするかという歯止めがあったのだが。時間や体力面では、以前より自分を酷使するようになったが、しかし前のように思い悩む姿は見せなくなった。これを成長と喜んで良いものか、悲しむべきなのか。無理を諫めるべきか、判断に任せるべきか。善良な老家令は決めかねている。
「……これは帝国の」
「感謝状ですな。ご主人様は何事かと思ったようですが。いえ、悪い意味ではありませんよ」
「はい。驚きますよね。急に外国からこのような物が届いたら……」
これは冒険者としてのエリカが得た縁を理由に、心の赴くままに施した僅かな援助への礼だ。エリカとしてではない行動が子爵に知られても、彼女は以前のように気に病まなくなった。可愛がっている娘が遠慮せずに素を出してくれるようになったのだろう、と夫妻は無邪気に喜んでいる。過去のエリカの悩み方というか拗れ方を知っている家令は心配していたが、理由までは分かるはずもなかった。
「あとなるべく早めに1度お父様のお時間を頂きたい旨も伝えてください。ディオール伯爵令嬢が新興した商会の事でお話が」
「……お伝えしておきます。ですが、今日のところはもう遅いので」
「はい。もちろんです。貴方も、どうか先に休んでください」
これ以上強く言うわけにも行かず、家令は頷いて退出する。そもそも、彼が応じてしまうからエリカが何時までも働けてしまうという悪循環でもあるのだ。彼女の健康の為にも今日はもう報告には戻るまい、と心中で決意した背中に、エリカはもう一つ炸裂弾を投げた。
「……それと。お父様が断ったという養子候補のリストを持ってきてほしいのです。お父様には内緒で」
「それはどういう意味でしょうか」
主君に隠して欲しいというのは、普通は許されない。許されるとしたら、主家の家族である娘の甘えとして可能な範囲になるだろう。父に内緒でおやつを食べたい位の可愛いおねだりならばともかく、エリカが口にしている養子候補というのは、他の貴族家との関係性に関わるものだ。当事者といえど、家長以外がやすやすと触れて良い物でも無いとはエリカも分かっている筈と、家令はいぶかしげにする。
「ヒューマンのきちんとした跡取りを得ることは、この家の為には必要ですから。子爵家の為に、養子の方には早めに来て頂くべきでしょう」
「しかし、それはご主人様のご意向には沿いません」
家令が頑固だとは知っている。しかし、エリカとて意図もなくそうしてほしいと言っているわけでは無い。曖昧であった以前と違い、心を決めて口にしている。
「そのリストの中に、わたしが好ましく思う男性がいて、相手の方もわたしの存在を許してくださるのならば、それはお父様のお考えにも、叶うと思います」
要するに、結果が良ければ良いという理屈だ。
「それは、そうかもしれませんが」
学園に通い、難しい話もするようになっても、まだどこか稚いと思っていた令嬢の口からそんな話を聞いて、老家令は困惑した。いずれは、家令にも子爵夫妻にも、分かって貰えるだろうと思う。子爵領のために自分を殺そうというのでも、犠牲にしようというのでもなく、今は自分が自分の意志で子爵家の為にしばしの時間を生きたいと決めたから、その中で最善を探しているのだと。
「しかし、それならばご主人様に秘密にする必要は無いのではありませんか」
「わたしがその方を選ばなかった、ということをお知らせしたくないのです」
色々な意味で。例えば、リストにある中でエリカが外した相手を、「感情的に嫌っている」とでも思えば厄介なことになる。そう言うと、家令は渋面を浮かべた。それとこれとはもちろん別であろうが、しかし人間そこまで器用には切り替えにくい。
「例えば、ですけれども。その中に近隣の御領主様のお子様がいらして、年頃からいえば釣り合うのに、わたしの一存で外した……、などとお父様に伝わってしまえば、きっと色々な事を考えてしまうと思うのです」
学園かどこかで嫌がらせに遭ったのでは等と要らぬ気を回しかねないとエリカが憂いて見せると、家令も内心で同意する。かくして、老家令はエリカの共犯者に落ちた。
「……分かりました。明日にお持ちしましょう。ですが、それを見て何かされる場合は、必ず私にお話しくださいませ」
「もちろんです。ありがとう、……爺」
子爵家に引き取られたばかりの何も分からず怯えていた頃、自分の事はそのように呼ぶと良いと言われた。結局、一度も口にしたことがなかった呼称だが、思えばあれは私が出来る前のわたしに向けられた言葉だ。老家令は一瞬目を丸くしたが、「まったく、お嬢様は仕方がありませんな……」と、柔らかく微笑んだ。