持つべきものは悪友

キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2024年04月17日 11時58分43秒

 シルヴィア・A(アルヴィン)・カペル――次期カペル家当主の姿が見当たらず、その侍女は少し焦った様子で場内を探し回っていた。
「ねえ……お嬢様を見なかった?」
 侍女に話しかけられた衛兵は、はてと小首を傾げた。
「あんたもしかして、新入りか?」
「ん……まあ。お嬢様のそばで、働くことになった。こういう服の仕事は、あまり経験がないけど。……それで、お嬢様は?」
「お出かけになったよ。まあ、今は色々と準備しないといけないこともあるから、すぐにお戻りになるだろうよ」
 なんでもないことのように言う衛兵に、侍女は驚きのあまり飛び上がりそうになった。
「す……すぐ、って?」
「うーん。三日くらい?」
 侍女は卒倒した。かつて深手を負った心臓の傷が開きやしないかという心配は、薄れる意識と共に消えた。

●

「彼女が来てからまだ日が経っていないから、誰かと思えば……君とはね」
 大罪人であるセウェルス=マルキアスへ面会を希望する者はごくごく限られている。シルヴィアに関しては、元々の立場もそうだが、じきに爵位の継承を控えているということもあり、セウェルスとの面会は別途面会室を用意しての立会人付きだ。
 互いの姿は鉄扉に阻まれて見ることはできない。シルヴィアはそれを残念に思いつつも、これから身の振り方を一層意識しなければならないことを改めて認識した。
「それで? 世間話をしにきたわけじゃないだろ?」
 本題を促すセウェルスに対し、シルヴィアは小さく笑った。
「世間話をしに来た、と言ったら?」
「本当に暇なんだなあ……」
「残念ながら忙しいから、今のうちにと会いに来たんだ」
「『今のうちに』で会いに行く相手間違えてるよ」
 セウェルスの声には呆れが混じっているが、シルヴィアの意図を測るような慎重さも持ち合わせている。
「何か聞きたいことでもあるわけ?」
「というよりは、ちょっと手伝って欲しくてね。まあ、一種の奉仕活動、というやつさ」
 シルヴィアの言葉に、すぐに返事はなかった。小さなため息のあと、扉の向こうで木椅子が軋る。
「面白いことだと嬉しいけどね」
「期待していいよ。指折りのものを集めたから」
 シルヴィアは嬉しそうに声を弾ませる。そして「じゃあ早速取り掛かってもらおう」と席を立つのだった。

●

「『面白い』ってそういうことじゃないんだよ!!」
 半月後、セウェルスはヤケクソ気味にそう叫んでいた。交代要員の番兵が驚いて小さく声を上げる。
「静かにしろ」
「喚いてないとやってられないんだよ! 静かにさせたいんなら癒やしのひとつでも持ってきてよね! なんなら手伝わせるよ、暇でしょどうせ!」
 囚人とは思えないふてぶてしい態度だが、鬼気迫るセウェルスの様子に気圧されて、番兵はそれ以上強く言うことができない。多少の憐れみもあった。
 セウェルスはシルヴィアとの面会日から、休まず机に向かっている。囚人が紙やペンを使用する際は当然監視のもとで行われるため、番兵も入れ替わり立ち替わりだ。
 本来なら時間を制限するところだ。無論、最初こそ規則通り制限を設けていた。しかしセウェルスが石片を使って壁に何やら書き始めたので、妙なことをされては困ると今の状態になったわけである。
 シルヴィアが持ち込んだ『手伝い』――それは、ベレスに新しく店を構える書店に並べるための、写本制作だった。
「くそっ……よりにもよってなんで全部恋愛もの……しかもどれもそこそこ出来がいいのが絶妙に腹立つ……!! ていうか人選おかしいって……!」
 このような仕事は本来、写本師に頼むべきものである。シルヴィアの故郷であるカペルならば、そのような人材は溢れかえるほどいるだろう。なんならそこまで自分でこなすような者もいる。

~ 回想はじまり ~

『頼めそうな人にはもう声をかけているんだよ。でもみんな次の祭典のために忙しくてね。かといって人となりもわからない人間に頼んで新作の内容が漏洩しても困るわけだ』
 シルヴィアはセウェルスの下を訪れた理由をそう明かしながら、抱えるほどの原本をセウェルスの眼前に置いていった。
『さて、私は忙しい。半月後にまた来るから』

~ 回想おわり ~

「何が奉仕活動だ、新手の嫌がらせだろこれは……!! 悔い改めのために神官の祈りを書きとらせるとかならわかるけどさ!」
 セウェルスは悪態を吐きながら完成した原稿をひとまとめにして机の端に積んだ。腕一本のため効率が悪い。
「そもそも真面目にやる必要あるのか? ……いや、可及的速やかにこれをなんとかしないと彼女に会えない」
 セウェルスはぶつぶつと呟きながら次の本に取り掛かる。セウェルスにとっては馬鹿げたことだが、文字通り寝食を惜しんで休まず取り掛かっているのは、ただでさえ月に一度の貴重な逢瀬を邪魔されるわけにはいかないからだった。

●

 帝国での決戦後、懸念していた身辺の問題も整理がつき、粛々と後処理が進められる中――シルヴィアは手ずから進めていた案件にも目処がついたことで、安堵の息を漏らした。
 ベレスに新しく書店を開く計画は、旧知の者より救貧策の一環として意見を求められた結果だった。無論、書店は計画の一部に過ぎないが、『悪友』はシルヴィアの期待通り仕事をこなしてくれたようである。製本のために一時回収した原稿には呪詛を書き連ねた紙が挟まっていたが。
「彼は読み書きが出来て、ある程度文学を理解している。それから寝食を度外視した締め切りに応えられる」
「最後、あまりにも非人道的なのでは……?」
 シルヴィアの言葉に、茶席に招かれていた美女は素性も知らぬ男を憐れんだ。
「彼がいくら非人間だからって、こんな無茶はもうさせないよ。今回はとにかく、急ぎだったからね。彼のおかげで君の本も開店に間に合った」
「それはありがたいことですけれど……」
 美女――【夜露雫(カルンナ)】の遊女は気遣わしそうに頬に手を当てる。いや、彼女はすでにキサナの遊女ではない。カペルの庇護を受ける、一作家だ。
「印象に残る話はあったかと聞いたら、彼は君の作品を挙げていたよ」
 シルヴィアがその腕を買う新米作家のデビュー作は、舞乙女と歌乙女の親娘の物語だった。誰の話を下地にしているかは、聞くまでもない。
「参考書がわりに恋愛ものを選んで渡したんだけど……彼はまだ、ああいう親子愛とかきょうだい愛とか、師弟愛のほうが、身の上に重なるところがある分共感しやすいのかもしれないね」
 本人の前で言おうものなら殺気を孕んだ目で睨まれること請け合いである。シルヴィアの胆力に感心しつつ、美女は芳しい香りの茶を飲み干した。
「……薬とは思えぬ味わいでした。これならあの子も嫌がらないでしょう。ありがとうございます」
「君を引き抜く条件のひとつだし、気にしないで」
 さて、とシルヴィアもカップを置いた。こなすべき仕事は山積みだ。
 だがそれに取り掛かる前に、礼の手紙くらいは出しておくべきだろう。侍女にレターセットを用意するよう伝えると、シルヴィアは席を立った。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0