揺らめく風をいつくしむ

キャラクターノベル(グループ)制作 白葉うづき納品 2024年04月07日 10時21分55秒

●糸の先を追って
「待ってください!」
 パンクリアース学園、学園祭の帰り道。馬車に乗り込もうとしたシルヴィア・A・カペルが振り返ると、肩で息をしながら自分を見据える金髪の青年がいた。
「貴方は?」
「不躾に申し訳ありません。アルドの保護者の、メルチス・アダラードと申します。貴方に、お聞きしたいことが。私の家族――カイン・ステラについて」
 その青年はカインとメルチス、そして孤児院の関わりをシルヴィアに告げる。カインが孤児院に心を砕いてくれたこと、青年も含めそこにいる皆が家族だと思っていること。簡潔だったが、彼への愛情が端々から伝わってくるようだった。
「何が出来るという訳ではありません。それでも、彼の力になりたい」
「話は分かったよ」
 シルヴィアは思案する。カインの知り合い、そして彼(アルド)の保護者。今の言葉からしても、青年が善の側であることは想像できた。
「わかった。彼は今、私の家が所有する領内の街で療養をしている。メルチスさえよければ後日馬車を届けよう。ただ、彼は今不安定な状態だ。見舞いは貴方一人の方がいいだろうね」
「わかりました。……ありがとうございます。見ず知らずの私にそこまで」
「気にしなくていいよ。私も、彼を案じる友人の一人なんだ」
 真摯な願いを無碍にするシルヴィアではない。加えて、この訪問はきっと療養中の彼にとっても悪くないものとなるだろう。それは希望と、予感だった。

●フロルの街にて
「久しぶりだな。覚えているだろうか」
「もちろんです。あの子たちに心を寄せていただいた方を、忘れる訳はありません」
 カペル領、フロルの街。馬車に乗って訪れたメルチスはまず、カペル家所有の家へと案内された。そこでシルヴィア、そして海神(ウミガミ) 江流(エル)に迎えられる。江流もまた、カインが懇意にしていた孤児院の主として、メルチスを知っていた。
 席に案内されたメルチスへ、コーディアル(薔薇とラズベリー)が出される。とても香りがよく、優しい。
「この町の特産品の一つだ。レシピは彼のものでね、発展に力を貸してもらっているよ」
「そうだったのですね……すごい子ですねぇ、あの子は」
 心から嬉しそうなメルチスに、さて、とシルヴィアは話し出す。
「彼に会う前に、彼に何があったか。貴方に伝えておくべきだろうと思ってね。私も江流もその場にいた。突然で不躾だが、同席をお願いしたんだ」
「私は構いません。江流さんも、ありがとうございます」
「ああ。俺としても問題ないし、協力させてくれ」
 二人の口から語られる話を、メルチスはただ真剣に聞いていた。とある迷宮の最深部で彼らが見たもの。彼に起こったことや、今までの様子。
「今はこの地で療養しているようなものだと承知してほしい。彼が不安定なことを含めてね」
「何かあればすぐに言ってくれ。近くに待機しているから」
「わかりました」
 二人に礼を重ねた後、メルチスは瞳を細める。
「あの子は素晴らしい友人に恵まれているのですね」
 その微笑みに、彼を慈しむ愛情を二人は認めた。

●再会
「カインさん」
「あれ、メルチス。何でここに」
 ノックの後、驚くカインにメルチスは悪戯っぽく笑う。どうやらメルチスの訪問は予想外だったらしい。
「来ちゃいました。お邪魔でしたか?」
「今は暇してたから大丈夫だよ」
 カインに促され、メルチスは向かいの椅子へ。以前見かけた拒否の色は見て取れず、安堵もこもった微笑みで話しかけた。
「お元気でしたか? お会いできなくて寂しかったですよ」
「ごめん、色々あって」
「謝ることは何も。私が会いたかっただけですから」
 そのまま、最近のことについてお互い話し始める。カインはこの街の賑わいに力を貸していること、メルチスは言葉を選びながら、孤児院に新しい家族が加わったこと、ピオが学園に入学できること。穏やかに過ごしながら、柔らかな言葉を交わしていると。
「アルドとピオいがいは、みんなていこくにかえっちゃうのかな」
 幼い響きはカインから発せられていた。
 不意に発せられたそれを、メルチスは零れた欠片だと思った。他人を優先する彼がずっと心に秘めていただろう言葉。
「復興のお手伝いには行くかもしれませんが、誰も帰ったりはしませんよ」
「でも、いつかはばらばらになっちゃうよね」
「そうですねぇ、未来はわかりません。……本当に何が起こるか、わからないのです」
 そうして、メルチスは王国に来た時の話を聞かせる。誰にも話したことのない、彼だけの話。
「帝国が崩壊する前、私は教会にいました。教会に来て一緒に過ごしてくれる小さな子たち、そして血の繋がった家族と」
 王国へ旅立つとき、愛しい皆は笑顔で見送ってくれた。それがメルチスの覚えている最期の姿。一人だけ生き残り、絶望した彼は、まだ危険であった頃から帝国に従事しようとも考えていた。
「私だけが幸せで生きていることに、私が我慢できなかったんですよ」
 メルチスは悲しげに笑う。
 けれど、その考えは変わっていった。同じように家族を亡くした子どもたちから、少なくない愛情を受け取り、また返していくうちに。
「こんな私でも、誰かに求められ、幸せをもたらすことが出来るのなら。喜んでこの身を捧げましょう。私がそうすべきだと思えば、私の愛情で満たしましょう。もちろん、貴方も」
「おれを?」
「はい。嫌ですか?」
 幼く開かれた瞳が、メルチスを見つめる。どこか迷子の子どものようだとメルチスは思う。傷付き、それでも気丈に生きようとするその風を慈しむよう、言葉を重ねた。
「何が起こるかわからないからこそ、後悔のないほど愛するのですよ」
 ――カインのことは、実直で正義感が強く、人に優しくできる青年だと考えていた。ただそれは彼の表面をなぞっていただけなのかもしれない。彼は、何かをいけないことだと考え、それでも無意識に手を伸ばそうとする自分を許せないから、心が悲鳴を上げているのではないか。すべてメルチスの想像だ。でもひとつ確かなのは、彼もまた愛情を求めているのだということ。
 そしてメルチスは、惜しげなくそれを与えることができる。
「貴方は幸せになっていい。私たちも含め、それだけ多くの人を幸せにしてきてくれたのだから。一人で抱えないでください。貴方を害そうなんて人がいたら、私が追い払ってあげますよ」
「たたかえないのに」
「貴方の手を取って逃げる、という選択肢もあります。手段は一つではないのです。他の方の力を借りれば、それは無限に広がる。私たちが貴方たちへ依頼したように」
 迷子の手を、メルチスは握って離さない。その子が安心できるよう、そしてもう一度歩き出せるまで。
「え、あ、……! ……、……」
「えい」
「!?」
 腕を広げたメルチスは、19歳に戻った彼を頭ごと抱きしめる。そうして、柔らかく何度も頭を撫でた。カインは慌てるが、放してくれる素振りはなかった。
「今度お買い物にでも行きましょうか。遠出もいいですね」
「……ぁ、……」
 カインは瞳を閉じる。温かさと心地よさを感じながら、身を任せた。

●友人へ
 神父を見送った後、二人はカインの家へ訪ねる。カインはちょうど片付けを終えたところだったらしく、棚に物をしまっていた。
「やあ、カイン。調子はどうかな」
「シルヴィア、江流。今はまた良い特産品が作れないか試行錯誤してたけど、二人してどうした?」
「シルヴィとはタイミングが合っただけだ。二人ともカイン君に会いたくてね」
 二人の訪問を笑顔で迎え、カインはお茶を入れてもてなす。シルヴィアがカップを持ちあげると、これまでとは違う香りが強く届いた。
「いつもと違うコーディアルだね」
「さすがシルヴィア。これ、新しく作ってみたブレンドなんだ。効能も一応考えてるけど、後で感想聞かせて」
「楽しみだな、いただきます。……ん、美味しいよ」
「ああ、良い味だ」
 お茶の話に始まり、三人はゆったりとした時間の中で会話に興じる。カインの状態は、シルヴィアの目から見て安定したものには見えていた。けれど見誤るわけにはいかない。彼を穿った傷が癒えるまでこの地にいてもらうつもりだ。それがシルヴィアに出来る、友人としての手助け。
「二人(父や祖母)も気に入りそうだ。カインの発想力には頭が下がるよ。もしよかったら、今度は彼らのために作ってほしい」
「ああ、もちろんだ。……」
「カイン?」
 ふと黙り込んだ彼を見つめる。カップを両手に持ったまま眉を下げ、どこか所在なく視線が泳いでいた。
「ずいぶん長い間世話になってる。心配もかけてると思うし」
 シルヴィアは、彼が何を言わんとしているかすぐに理解した。彼を自身の家が治める町へ案内したのはシルヴィアであり、彼の後見人でもある。自身を上手く制御できないままの彼にとったら、善意で滞在させてもらっていることに加え、友人の身内にまで心配や迷惑をかけていると思うのだろう。シルヴィアの祖母との邂逅も果たしているから、なおさら。
 その気持ちを汲んで、シルヴィアは首を振る。
「同情か何かで町長に紹介などできないさ。今ここにいるのは君の実力だ。胸を張ってフロルにいれば良い」
「すごく甘えてないか、俺」
「それなら……もっと特産品を生み出してもらおうかな? なんて冗談だよ。そんな顔をしないでくれ」
 やる気に満ち溢れた表情がすぐにきょとんとしたものに変わり、シルヴィアは小さく笑った。居住まいを正し、カインを見つめる。
「カイン。私は、君の特産品開発の腕と、君の優しい性格を買っているんだ」
 だからこそこの町長に紹介し、カペル家所有の家も手配している。これまでの『フロルの町特産品のアドバイザー』としての働きを考えれば、決して破格とは言わせない。
(もちろん、友人の心配が第一ではあるのだけれど)
「気にかかることがあれば、話でも何でも聞くよ。それこそシルヴィに話せないようなことも」
「それは聞き捨てならないな」
「シルヴィは聡いからね」
「目の前で行われていたら、誰しも気になるものだろう?」
 江流とシルヴィアのやり取りに、カインも笑って首を振る。
「のんびりやらせてもらってるよ」
「そうか、ならよかった」
 ――現在の江流の立場から言えば、やや深く踏み入りすぎている、と自分でも感じている。シルヴィアの友人であり、江流の婚約者。彼女との今後を考えれば、派閥の異なる他家の貴族領へ頻繁に訪れることは外聞悪く聞こえることだろう。
 それでも、江流は青年の訪問を止めることはなかった。
(彼は“人の営みの中で利を齎す者”だ)
 それは、冒険者としての江流がカインを評価する言葉。これまで依頼に同行し、背中を預け合い、問題を解決する中で、彼の能力・人柄から似合う言葉を見つけ出したものだ。人と人との営みの場に彼がいれば、きっとより良い結果が生み出される。加えて、彼を気に掛けることは、江流自身が持つ今後の目的にも合致する。シルヴィア(カペル家)との縁も、カインを経由して保っておけることも有益には違いなかった。
 けれど、どれも一番の理由ではない。
(カイン君は、自分を頼ってくれる、10以上年の離れた後輩なんだ)
 それだけの話であり、江流にとってはそれで十分だった。
「江流とも、シルヴィアとも、あえなくなっちゃうひが、くるのかな」
 幼い響きに、江流は視線を合わせて笑いかける。
「そうだね……いつか皆、自分が行くべき場所へ向かっていく。その中で別れることもあるだろう」
 穏やかで静かな声に、カインが顔をあげる。あどけない表情に不安と寂しさが乗っていた。それを見ない振りも、逃げることもしない。揺らめくような彼は、自分や他の人にとっても、必要な人だ。
「それでも、いつかシグモルの神様が目を覚ましたら、二人でアイスを届けにいかないか?」
 別れはいつか訪れてしまう。それなら、別れの先の約束をしよう。
「うん! そのときは、シルヴィアもいっしょで、みんなでアイスをたべたいな」
「いいね。好きなものを持っていこう。カインと江流は何が好きだろうか」
 シルヴィアも加わり、部屋の中は火山へのピクニックで盛り上がる。

 やがてその賑やかさは静まり、カインは部屋に一人で佇む。ふと感じてしまう心に穴の開いたような感覚も、今日だけは鈍くなっているような気がした。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0