【我物】襟のある上着
キャラクターノベル制作 龍川 那月納品 2024年01月13日 11時07分54秒
「そろそろ洗濯した方がよくないですか?」
仕事帰り。
報酬を受け取りに行った冒険者ギルドの受付嬢にそう言われ、あーとディレイン・オールドケイジは自分の着ている緑色の上着を見た。
言われてみれば少し汚れている気もする。
「気が向いたらね」
ひらひらと手を振り、自室に戻ってから上着をよく見てみる。
このところ冒険者としての仕事が続いたせいか、泥だの血だのが色々な所についている。
「これは確かに……」
多少はまともな格好しないと医者は信用されないぞ? そう言われて養父母から贈られた上着だというのに、これではこれを着ていても信用はされないだろうと『適当。ずぼら。だらしない。面倒くさがり』の怠惰4点セットを持ち合わせているディレインでも思う程度に上着は汚れていた。
「洗うか……」
そう呟いて、ディレインは椅子に座り直す。
上着の左胸の部分。
その裏地にある運針の異なる縫い目に丁寧に鋏を入れていくと、一枚の紙が出てきた。
「…………」
テーブルの上にあるランプに火を点け、紙を近づけて……止める。
これを見る度いつも今度こそ燃やしてしまおうと思うのに、すんでのところでいつも出来ない自分に苦笑が漏れた。
あの日、自分に何も言わずに出かけた養父母を恨む気持ちはない。
あんなことになるなんて、養父母にも想像出来なかっただろう。
まあ、そうなると分かっていたとしても、彼らは何も言わずに行っただろうが。
そして、あの時の自分を守るために連れて行かなかったのだろうということも理解している。
「………………」
小さく小さく折られた手紙を開くと懐かしい文字が目に飛び込んで来た。
彼らの末路が、謝罪と未来を憂う言葉と共に綴られている。
(なら、何で……)
何も言ってくれなかったのだろう。
何も言わせてくれなかったのだろう。
言葉を交わせば、一緒に行くと自分は意地を張っただろう。
それでもちゃんと話をしたかった。
それが最後になるならなおさら――。
●
『自分の『いのち』が大事なんだけど――私の『いのち』を取り巻く『いのち』も、私の『いのち』のために大事なんだよね』
『大事なひとは大事にしたいだろう? 大事にするってことは、そのひとが大事にしているひとも大事にするってこと。そうして大事にしていくと、大事にしたいひとの輪がどんどん、どこまでも広がっていく。だから、どの『いのち』も大事なんだ』
幼い頃、養父の言っている意味がよく分からなかったが、それが養父の大事にしかたなのだと理解した。
『そもそも治療をすることを希望しないひともいれば、治療するべきでない場合もあるんだ』
そう言いながら養父母は万人を治し続けた。
勉強し始めたばかりのディレインでもわかる手遅れな人により痛みの少ない、より穏やかな死を迎えられるようにと手を差し伸べたことも1度や2度ではない。
(今の俺を見たら親父やおふくろはなんていうかな……)
立派になったと子供を褒めるように頭を撫でられるだろうか。
いや、その前に診療録を燃やしたことを怒られるかもしれない。
全部頭に入ってるからいいんだよ、と返して医術に関する談義をするのもいいかもしれない。
(なんてね……)
どんなに願っても、夢想してもそんなこと出来やしない。
彼らはもう死んだ。
その事実は天地がひっくり返っても変えられない事実だ。
それでも――。
(それでもさ、そんなことを考えられるくらいにはなったんだよ。親父、おふくろ)
冒険者としてそれなりに忙しい日々を送る中で色んなものを見て、体験して、感じた。
救った命も、奪った命も、救えなかった命も、救わなかった命もある。
考えさせられることも沢山あった。
その中で、ディレインは確かに成長した。
あの時、あのがらんどうの食卓で手紙を見つけた時のように、自分が未熟だから置いて行かれたのだとはもう思わない。
彼らはディレインを愛していたからこそ、信頼していたからこそ何も言わずに行ったのだと納得も出来ているし、彼らの思いは正しく受け取れている自信はある。
手紙の文面も一字一句違えず覚えた。
それでもこれだけが燃やせない。
(なんでだろうね)
綺麗になった上着に縫い込めながらディレインはそんなことを思う。
『全て捨てなくてもいいのよ。今は使わなくてもいつか役に立つかもしれないもの』
薬草の選定をしていた時の母の声が蘇る。
あれは確か痛んだ薬草葉を捨てようとしたディレインの手を取って母が言った言葉だ。
(いつか役に立つ……か。そうかもね)
縫い込めた部分を見つめるディレインの視線はとても優しかった。
襟のある上着
着古されてはいるが、それでも仕立ての良さを感じさせる上着。大事に手入れされていることがうかがえる。人目につかないところにほんのわずか、運針の異なる縫い目があるようだ。
仕事帰り。
報酬を受け取りに行った冒険者ギルドの受付嬢にそう言われ、あーとディレイン・オールドケイジは自分の着ている緑色の上着を見た。
言われてみれば少し汚れている気もする。
「気が向いたらね」
ひらひらと手を振り、自室に戻ってから上着をよく見てみる。
このところ冒険者としての仕事が続いたせいか、泥だの血だのが色々な所についている。
「これは確かに……」
多少はまともな格好しないと医者は信用されないぞ? そう言われて養父母から贈られた上着だというのに、これではこれを着ていても信用はされないだろうと『適当。ずぼら。だらしない。面倒くさがり』の怠惰4点セットを持ち合わせているディレインでも思う程度に上着は汚れていた。
「洗うか……」
そう呟いて、ディレインは椅子に座り直す。
上着の左胸の部分。
その裏地にある運針の異なる縫い目に丁寧に鋏を入れていくと、一枚の紙が出てきた。
「…………」
テーブルの上にあるランプに火を点け、紙を近づけて……止める。
これを見る度いつも今度こそ燃やしてしまおうと思うのに、すんでのところでいつも出来ない自分に苦笑が漏れた。
あの日、自分に何も言わずに出かけた養父母を恨む気持ちはない。
あんなことになるなんて、養父母にも想像出来なかっただろう。
まあ、そうなると分かっていたとしても、彼らは何も言わずに行っただろうが。
そして、あの時の自分を守るために連れて行かなかったのだろうということも理解している。
「………………」
小さく小さく折られた手紙を開くと懐かしい文字が目に飛び込んで来た。
彼らの末路が、謝罪と未来を憂う言葉と共に綴られている。
(なら、何で……)
何も言ってくれなかったのだろう。
何も言わせてくれなかったのだろう。
言葉を交わせば、一緒に行くと自分は意地を張っただろう。
それでもちゃんと話をしたかった。
それが最後になるならなおさら――。
●
『自分の『いのち』が大事なんだけど――私の『いのち』を取り巻く『いのち』も、私の『いのち』のために大事なんだよね』
『大事なひとは大事にしたいだろう? 大事にするってことは、そのひとが大事にしているひとも大事にするってこと。そうして大事にしていくと、大事にしたいひとの輪がどんどん、どこまでも広がっていく。だから、どの『いのち』も大事なんだ』
幼い頃、養父の言っている意味がよく分からなかったが、それが養父の大事にしかたなのだと理解した。
『そもそも治療をすることを希望しないひともいれば、治療するべきでない場合もあるんだ』
そう言いながら養父母は万人を治し続けた。
勉強し始めたばかりのディレインでもわかる手遅れな人により痛みの少ない、より穏やかな死を迎えられるようにと手を差し伸べたことも1度や2度ではない。
(今の俺を見たら親父やおふくろはなんていうかな……)
立派になったと子供を褒めるように頭を撫でられるだろうか。
いや、その前に診療録を燃やしたことを怒られるかもしれない。
全部頭に入ってるからいいんだよ、と返して医術に関する談義をするのもいいかもしれない。
(なんてね……)
どんなに願っても、夢想してもそんなこと出来やしない。
彼らはもう死んだ。
その事実は天地がひっくり返っても変えられない事実だ。
それでも――。
(それでもさ、そんなことを考えられるくらいにはなったんだよ。親父、おふくろ)
冒険者としてそれなりに忙しい日々を送る中で色んなものを見て、体験して、感じた。
救った命も、奪った命も、救えなかった命も、救わなかった命もある。
考えさせられることも沢山あった。
その中で、ディレインは確かに成長した。
あの時、あのがらんどうの食卓で手紙を見つけた時のように、自分が未熟だから置いて行かれたのだとはもう思わない。
彼らはディレインを愛していたからこそ、信頼していたからこそ何も言わずに行ったのだと納得も出来ているし、彼らの思いは正しく受け取れている自信はある。
手紙の文面も一字一句違えず覚えた。
それでもこれだけが燃やせない。
(なんでだろうね)
綺麗になった上着に縫い込めながらディレインはそんなことを思う。
『全て捨てなくてもいいのよ。今は使わなくてもいつか役に立つかもしれないもの』
薬草の選定をしていた時の母の声が蘇る。
あれは確か痛んだ薬草葉を捨てようとしたディレインの手を取って母が言った言葉だ。
(いつか役に立つ……か。そうかもね)
縫い込めた部分を見つめるディレインの視線はとても優しかった。
襟のある上着
着古されてはいるが、それでも仕立ての良さを感じさせる上着。大事に手入れされていることがうかがえる。人目につかないところにほんのわずか、運針の異なる縫い目があるようだ。