艶華の棘
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年12月12日 21時24分49秒
月明かりが窓から差しこみ床に窓枠の影を落とす。
暗く静寂に包まれる部屋に、衣擦れの音がした。
「うぅん……」
紅潮した肌を包み込む絹は、寝返りではらりとはだける。露わになった白い肌を隠そうと動かした手は、胸元へと届く前に強引に真綿のベッドに押し付けられた。
「……はぁ」
熱い吐息が潤んだ唇から零れる。射貫くような視線から逃れる様に、頭を横に向けた。自分の手を押さえつける太い腕にぐっと力が籠められる。
「痛い……」
小さく呟き不満を伝える。
しかし、力は緩むことなく手首をぐっと押さえつけてきた。
荒い吐息が近づいてくる。
「いいよ……」
紅の尻尾を男の腰に絡みつけながら、クレア・エクレールは唇を動かした。
――チャリ。
男が首から下げたペンダントが、クレアのたわわな谷間に滑り込む。
「ん……」
胸に落ちた金属の冷たい感触に、思わず声が漏れた。
そんな、艶やかな声に答える様に、男が口を開き――。
「……誰の差し金だ」
「っ!?」
怜悧な男の言葉に、クレアは即座に体を丸め、手を押さえつける腕を蹴り飛ばす。
その勢いを借り男の下から抜け出すと、クレアは月明かりの差し込む窓を開け、外界へ身を躍らせた。
●
「――って事があったの」
「あらあら、苦労したのね」
母さん自慢の中庭が見える特等席にべたりと体を預けながら、上目遣いに母を見る。
「えー、感想それだけ? 娘が貞操の危機だったのにー」
可愛い娘が結構な修羅場を潜り抜けて戻ったというのに、のほほんといつもの優しい笑みを浮かべていた。
「危機って大袈裟ね。そういうお役目だってわかっててお仕事受けたんでしょ?」
「うっ……まぁ、そうなんだけど」
むぅーと唸りながら突っ伏していると、椅子の引かれる音がした。
「あれ、お店の準備はいいの?」
視線だけを上げてみると、母さんがこちらを見下ろして微笑んでいる。
「あの子達がやってくれるわ」
と、母さんが視線を店の奥に振った。店の奥では女の子達が忙しそうに開店の準備をしている。
「娘が落ち込んでいるんですもの。少しくらい相手しないとね」
「む。何その義務感……ちょっとショックなんですけどー」
言いつつ対面に腰かけた母さんを見つめる。
ボクと同じ赤毛のハーフビースト。ツンと立った耳は艶やかで若々しく、机の下で揺れる尻尾はボクと違い真っ赤だ。
――唯一違う特徴だもんね。
ボクの耳と尻尾は先だけ白い。これは父さんの髪色が混ざっているからなんだけど。一時はそれがとても嫌で見えないように隠していた時期もあった。
――けど、今は案外お気に入りだったりするんだよね。――言わないけど。
「どうかした? 落ち込んでる割には楽しそうだけど」
「ううん、なんでもありませーん」
言って体を起こす。母さんが「変な子」と首をかしげている。
柔和な笑顔とは不釣り合いなグラマラスで均整の取れたスタイルは、踊り子をしていた時から――もう20年以上も前なのに――まったく変わってないらしい。自分もそれなり――というか、結構イケてる方だとは思うんだけど、母さんと並ぶのはご遠慮したいと思う位には、見目麗しい。
――まぁ、お貴族様だった父さんを虜にして、駆け落ちまでしたんだから、魔性の類なのかもね。
「クレア?」
「にゃに!?」
突然、名前を呼ばれて飛び上がりそうになった。
「なんで依頼が失敗したかわかる?」
心を読まれた、とドキドキしたけど、どうやらさっきの話の続きらしい。
「うーん、演技力が足りなかった……?」
「まぁ、それもあるわね」
「あ、やっぱりあるんだ……」
正直に言われると地味にショックなんだけど。
「他に何がいけなかったんだろう……魅力が足りなかったのかなぁ……」
そう呟きながら自分の身体を見下ろす。
ちゃんと出る所は出て引っ込むところは引っ込んでる。母さんの血を引いてるんだもの魅力が無いわけじゃ、きっとない。
だから、篭絡とまではいかないまでも、魅了くらいはできる自信はあったんだけど……結局バレて依頼は失敗。
結構自信があって受けた依頼だったから、失敗した時のショックは大きかった。
「そんなことないわ。私の娘だもの。ただ、そうね。しいて言えば――秘密が足りなかったのかしらね」
母さんがよくわからない事を言い出した。
「秘密?」
「そう、秘密。綺麗な花には毒があるって言うでしょ?」
「うん……毒を使ったらよかったって事?」
「あら、物騒ね」
「えー……」
毒って言ったじゃないと、文句の一つも口にしようとしていたら、母さんが続きを話し始めた。
「あんなに苦手だったお料理も、一生懸命努力してちゃんと覚えたし。お作法だって頑張って勉強したじゃない」
「な、何、いきなり」
「でも、それは見た目じゃわからないわよね」
「え……うん、わからない」
「それがあなたの秘密よ」
と、母さんがいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「ボクの秘密……? 別に隠してる事じゃないんだけど?」
料理は得意な方かな。母さんに教えてもらったし。後は舞踏。これも母さんに習って及第点を頂いた。特に母さんに伝授してもらった舞踏はボクの戦闘スタイルの元にもなってるから、とっても感謝してる。なぜだかすごく体に馴染むというか、流れるように武器を振れるというか、戦闘に活かせる動きが多いんだよね……。
なんて考えてると、母さんが真剣な表情で口を開いた。
「女はね、秘密の数だけ美しくなるの」
「……秘密の数」
そう呟きながら、もう一度自分の事を考えてみる。秘密にできる事ってそんなにあったかな……。
「ちなみに母さんは幾つくらい持ってるの?」
「あら、それを直接聞いちゃうのね」
「え、なにそれ。聞いちゃいけない事だった?」
「うーん……普通なら聞かれて教えるようなものじゃないんだけど、娘だしね。教えてもいいけど――本当に知りたい?」
いつも明朗快活な母さんがこんなに勿体つけるなんて、聞いちゃまずい事なのかなとも思うけど――。
「そりゃ、知りたいよ。だって、それが母さんの魅力なんでしょ?」
「あら、そう思うのね。それじゃ教えないわけにはいかないかな。じゃ、一つだけよ?」
「う、うん」
「実は、私――」
「ごくっ……」
意味深に耳打ちしてくるものだから、こちらも喉を鳴らし身構えてしまう。
耳をピンと立て次の言葉を待ってると――。
「胸のこの辺りに、ほくろがあるの」
胸元に手を添え小さな声でそう告白した。
「……それだけ?」
「それだけよ?」
あの意味深な語りは何だったのかと思うほどあっけらかんと言った母さん。
「えっと、だから……?」
「もしあなたが他人で、しかも男の子だったら、どう感じたかしらね?」
そう言って女の笑みを浮かべる母さんが口を開いた。
「それが秘密よ」
●
それから兄さん達の近況報告を聞きつつ、2杯目の特性ハーブティーに口を付けた所でふと気になって問いかけた。
「ねぇ、母さん。もしも母さんが冒険者だったら、どうしてた?」
後学の為に、魅力あふれる元踊り子さんにも意見を求めてみる。
「うーん、そうね。もうちょっと事前に手回しした、かな」
「事前に手回しかぁ……例えば?」
「そうねぇ。まずは対象を最低1か月は観察」
「ちょ……え? 一か月!?」
「事前報告書は当てにせず必ず自分の目で確認」
「自分でっ!?」
「常識や既成概念を排除し、水平思考で相手を見て」
「んんん? えっ、なにどういう意味……?」
「臨機応変を常に意識して行動する。こんな所ね。簡単でしょ?」
「なんだか懐かしいわぁ」なんてのほほんと呟いてる母さんをまじまじと見てしまう。
「もしかして、母さんってシーフだったの……?」
「シーフ……なのかしら。私がお仕事していた時はそういうクラス分けが曖昧だったから」
なんだかボクって今すごい秘密に触れようとしてない……!?
内心ドキドキしながら問い返す。
「お、お仕事……?」
「そう、お仕事。母さん、昔はこれでも名うての――」
「名うての……?」
ごくりと喉が鳴るのがわかった。
「内緒♪」
「えぇっ!?」
「どう? 気になるでしょ?」
「そりゃ気になるよ! 教えてくれないの?」
「教えないわよ? さっきも言ったでしょ。女は秘密が多い程、美しくなれるって」
「むぅー!」
こんな調子でいいように手玉に取られてむくれていると、母さんの耳がピクリと揺れた。
「あら、父さんかしら」
「えっ!?」
「父さんったら随分慌ててるわね。さて、なんでかしらねぇ?」
言いながら母さんがちらりとこちらを見下ろす。
「う゛っ……」
――きっと見たんだ。冒険者ギルドでボクの依頼履歴……。
「それじゃ、私は店の準備があるから、お相手お願いね?」
「ちょっと!? なんでボクが!」
「私は店の準備で忙しいし、父さんはどうもあなたに用があるみたいだし?」
「うっ……」
「それに、折角覚えた事を試すにはうってつけの相手じゃない」
「えっと……それって、秘密的な、あれ、だよね……?」
「さぁ、お仕事お仕事~♪」
上機嫌に鼻歌なんて歌いながら、母さんは席を離れていった。
――バタンっ!!
乱暴に開かれたドア。どかどかと遠慮のない足音が近づいてくる。
「ちょっと、どうすればいいのっ!?」
助けを求める様に母さんの背中を目で追うと、振り向いた瞳と視線が合った。
――自分で考えなさい。
パクパクと唇だけを動かしそう言った母さん。
――できるならしてるよ!
同じく唇だけで反論するけど。
――やり方はさっき教えたでしょ。
と、返ってくる。
「いきなり実践!?」
思わず声に出してしまい、咄嗟に口を塞ぐ。
そうしていたら、目の前に息を切らした大の大人が現れて――。
「あー、父さん、おかえり。今日はいい天気だね」
――いや、無理だってーー!!
父さんの肩越しに見える母さんは、カウンターの向こうでくすくすと笑っていた。
暗く静寂に包まれる部屋に、衣擦れの音がした。
「うぅん……」
紅潮した肌を包み込む絹は、寝返りではらりとはだける。露わになった白い肌を隠そうと動かした手は、胸元へと届く前に強引に真綿のベッドに押し付けられた。
「……はぁ」
熱い吐息が潤んだ唇から零れる。射貫くような視線から逃れる様に、頭を横に向けた。自分の手を押さえつける太い腕にぐっと力が籠められる。
「痛い……」
小さく呟き不満を伝える。
しかし、力は緩むことなく手首をぐっと押さえつけてきた。
荒い吐息が近づいてくる。
「いいよ……」
紅の尻尾を男の腰に絡みつけながら、クレア・エクレールは唇を動かした。
――チャリ。
男が首から下げたペンダントが、クレアのたわわな谷間に滑り込む。
「ん……」
胸に落ちた金属の冷たい感触に、思わず声が漏れた。
そんな、艶やかな声に答える様に、男が口を開き――。
「……誰の差し金だ」
「っ!?」
怜悧な男の言葉に、クレアは即座に体を丸め、手を押さえつける腕を蹴り飛ばす。
その勢いを借り男の下から抜け出すと、クレアは月明かりの差し込む窓を開け、外界へ身を躍らせた。
●
「――って事があったの」
「あらあら、苦労したのね」
母さん自慢の中庭が見える特等席にべたりと体を預けながら、上目遣いに母を見る。
「えー、感想それだけ? 娘が貞操の危機だったのにー」
可愛い娘が結構な修羅場を潜り抜けて戻ったというのに、のほほんといつもの優しい笑みを浮かべていた。
「危機って大袈裟ね。そういうお役目だってわかっててお仕事受けたんでしょ?」
「うっ……まぁ、そうなんだけど」
むぅーと唸りながら突っ伏していると、椅子の引かれる音がした。
「あれ、お店の準備はいいの?」
視線だけを上げてみると、母さんがこちらを見下ろして微笑んでいる。
「あの子達がやってくれるわ」
と、母さんが視線を店の奥に振った。店の奥では女の子達が忙しそうに開店の準備をしている。
「娘が落ち込んでいるんですもの。少しくらい相手しないとね」
「む。何その義務感……ちょっとショックなんですけどー」
言いつつ対面に腰かけた母さんを見つめる。
ボクと同じ赤毛のハーフビースト。ツンと立った耳は艶やかで若々しく、机の下で揺れる尻尾はボクと違い真っ赤だ。
――唯一違う特徴だもんね。
ボクの耳と尻尾は先だけ白い。これは父さんの髪色が混ざっているからなんだけど。一時はそれがとても嫌で見えないように隠していた時期もあった。
――けど、今は案外お気に入りだったりするんだよね。――言わないけど。
「どうかした? 落ち込んでる割には楽しそうだけど」
「ううん、なんでもありませーん」
言って体を起こす。母さんが「変な子」と首をかしげている。
柔和な笑顔とは不釣り合いなグラマラスで均整の取れたスタイルは、踊り子をしていた時から――もう20年以上も前なのに――まったく変わってないらしい。自分もそれなり――というか、結構イケてる方だとは思うんだけど、母さんと並ぶのはご遠慮したいと思う位には、見目麗しい。
――まぁ、お貴族様だった父さんを虜にして、駆け落ちまでしたんだから、魔性の類なのかもね。
「クレア?」
「にゃに!?」
突然、名前を呼ばれて飛び上がりそうになった。
「なんで依頼が失敗したかわかる?」
心を読まれた、とドキドキしたけど、どうやらさっきの話の続きらしい。
「うーん、演技力が足りなかった……?」
「まぁ、それもあるわね」
「あ、やっぱりあるんだ……」
正直に言われると地味にショックなんだけど。
「他に何がいけなかったんだろう……魅力が足りなかったのかなぁ……」
そう呟きながら自分の身体を見下ろす。
ちゃんと出る所は出て引っ込むところは引っ込んでる。母さんの血を引いてるんだもの魅力が無いわけじゃ、きっとない。
だから、篭絡とまではいかないまでも、魅了くらいはできる自信はあったんだけど……結局バレて依頼は失敗。
結構自信があって受けた依頼だったから、失敗した時のショックは大きかった。
「そんなことないわ。私の娘だもの。ただ、そうね。しいて言えば――秘密が足りなかったのかしらね」
母さんがよくわからない事を言い出した。
「秘密?」
「そう、秘密。綺麗な花には毒があるって言うでしょ?」
「うん……毒を使ったらよかったって事?」
「あら、物騒ね」
「えー……」
毒って言ったじゃないと、文句の一つも口にしようとしていたら、母さんが続きを話し始めた。
「あんなに苦手だったお料理も、一生懸命努力してちゃんと覚えたし。お作法だって頑張って勉強したじゃない」
「な、何、いきなり」
「でも、それは見た目じゃわからないわよね」
「え……うん、わからない」
「それがあなたの秘密よ」
と、母さんがいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「ボクの秘密……? 別に隠してる事じゃないんだけど?」
料理は得意な方かな。母さんに教えてもらったし。後は舞踏。これも母さんに習って及第点を頂いた。特に母さんに伝授してもらった舞踏はボクの戦闘スタイルの元にもなってるから、とっても感謝してる。なぜだかすごく体に馴染むというか、流れるように武器を振れるというか、戦闘に活かせる動きが多いんだよね……。
なんて考えてると、母さんが真剣な表情で口を開いた。
「女はね、秘密の数だけ美しくなるの」
「……秘密の数」
そう呟きながら、もう一度自分の事を考えてみる。秘密にできる事ってそんなにあったかな……。
「ちなみに母さんは幾つくらい持ってるの?」
「あら、それを直接聞いちゃうのね」
「え、なにそれ。聞いちゃいけない事だった?」
「うーん……普通なら聞かれて教えるようなものじゃないんだけど、娘だしね。教えてもいいけど――本当に知りたい?」
いつも明朗快活な母さんがこんなに勿体つけるなんて、聞いちゃまずい事なのかなとも思うけど――。
「そりゃ、知りたいよ。だって、それが母さんの魅力なんでしょ?」
「あら、そう思うのね。それじゃ教えないわけにはいかないかな。じゃ、一つだけよ?」
「う、うん」
「実は、私――」
「ごくっ……」
意味深に耳打ちしてくるものだから、こちらも喉を鳴らし身構えてしまう。
耳をピンと立て次の言葉を待ってると――。
「胸のこの辺りに、ほくろがあるの」
胸元に手を添え小さな声でそう告白した。
「……それだけ?」
「それだけよ?」
あの意味深な語りは何だったのかと思うほどあっけらかんと言った母さん。
「えっと、だから……?」
「もしあなたが他人で、しかも男の子だったら、どう感じたかしらね?」
そう言って女の笑みを浮かべる母さんが口を開いた。
「それが秘密よ」
●
それから兄さん達の近況報告を聞きつつ、2杯目の特性ハーブティーに口を付けた所でふと気になって問いかけた。
「ねぇ、母さん。もしも母さんが冒険者だったら、どうしてた?」
後学の為に、魅力あふれる元踊り子さんにも意見を求めてみる。
「うーん、そうね。もうちょっと事前に手回しした、かな」
「事前に手回しかぁ……例えば?」
「そうねぇ。まずは対象を最低1か月は観察」
「ちょ……え? 一か月!?」
「事前報告書は当てにせず必ず自分の目で確認」
「自分でっ!?」
「常識や既成概念を排除し、水平思考で相手を見て」
「んんん? えっ、なにどういう意味……?」
「臨機応変を常に意識して行動する。こんな所ね。簡単でしょ?」
「なんだか懐かしいわぁ」なんてのほほんと呟いてる母さんをまじまじと見てしまう。
「もしかして、母さんってシーフだったの……?」
「シーフ……なのかしら。私がお仕事していた時はそういうクラス分けが曖昧だったから」
なんだかボクって今すごい秘密に触れようとしてない……!?
内心ドキドキしながら問い返す。
「お、お仕事……?」
「そう、お仕事。母さん、昔はこれでも名うての――」
「名うての……?」
ごくりと喉が鳴るのがわかった。
「内緒♪」
「えぇっ!?」
「どう? 気になるでしょ?」
「そりゃ気になるよ! 教えてくれないの?」
「教えないわよ? さっきも言ったでしょ。女は秘密が多い程、美しくなれるって」
「むぅー!」
こんな調子でいいように手玉に取られてむくれていると、母さんの耳がピクリと揺れた。
「あら、父さんかしら」
「えっ!?」
「父さんったら随分慌ててるわね。さて、なんでかしらねぇ?」
言いながら母さんがちらりとこちらを見下ろす。
「う゛っ……」
――きっと見たんだ。冒険者ギルドでボクの依頼履歴……。
「それじゃ、私は店の準備があるから、お相手お願いね?」
「ちょっと!? なんでボクが!」
「私は店の準備で忙しいし、父さんはどうもあなたに用があるみたいだし?」
「うっ……」
「それに、折角覚えた事を試すにはうってつけの相手じゃない」
「えっと……それって、秘密的な、あれ、だよね……?」
「さぁ、お仕事お仕事~♪」
上機嫌に鼻歌なんて歌いながら、母さんは席を離れていった。
――バタンっ!!
乱暴に開かれたドア。どかどかと遠慮のない足音が近づいてくる。
「ちょっと、どうすればいいのっ!?」
助けを求める様に母さんの背中を目で追うと、振り向いた瞳と視線が合った。
――自分で考えなさい。
パクパクと唇だけを動かしそう言った母さん。
――できるならしてるよ!
同じく唇だけで反論するけど。
――やり方はさっき教えたでしょ。
と、返ってくる。
「いきなり実践!?」
思わず声に出してしまい、咄嗟に口を塞ぐ。
そうしていたら、目の前に息を切らした大の大人が現れて――。
「あー、父さん、おかえり。今日はいい天気だね」
――いや、無理だってーー!!
父さんの肩越しに見える母さんは、カウンターの向こうでくすくすと笑っていた。