【四ノ月血戦】失われた記憶の果てに
ディレイン・オールドケイジ更新 2025年05月03日 11時56分18秒
エイプリルフール
牡丹の氏族
それなりに栄えていたその町は、人が多いせいか吸血鬼の狩り場でもあった。夜間は屋内に引き篭もり、戸を固く閉ざすのが常識だった。
けれどどうしても夜間に出歩かざるを得ない者もいて、医師とその助手をしていた彼らもそうだった。往診を頼まれ、診察が長引き、往診先を出る頃にはとっぷりと暗くなっていて。彼らはカンテラを手に足早で帰路を進み、そうして、吸血鬼に遭遇した。
彼らは仕事仲間であると同時に友人でもあった。戦うすべを持たない彼らは互いを庇い、自分が身を捧げるからもうひとりはどうか見逃してくれとそれぞれ口にした。
結論、連れ去られたのは医師だった。助手はひとり小さな診療所に戻ると、泣き喚いた。
数日経ち。診療所の外に不審な物音を聞いた助手は、外に出た。月と星で明るいが夜だった。医師が転がっていた。ひどく弱っているのが見てとれた。助手は慌てて医師の口元に耳を寄せ、微かな、そして確かな呼吸を確認して、また泣いた。
生きて戻ってきた。それだけで助手には十分だった。犬歯と表現するには尖りすぎているものが、薄く開いた唇の隙間から覗いていたとしても。
医師と助手は旅をした。年を経ても医師の外見は一向に変わらず、ひとつ所に留まることはできなかった。流しの医療者として行く先々で感謝され、引き留められ、固辞しては次の目的地へと向かう日々。
落ち着かなかった。つらいことがないわけではなかった。けれど互いがいればすべて些末なものだった。
終わりは来る。床に臥す助手は老いて萎びた手を伸ばし、最期の望みを医師に告げた。医師は躊躇ったが友人の望みを叶えるしかなかった。長年吸い続けた血は最後の一滴まで美味しかった。
動かなくなった助手は炎に包まれ、灰となった。医師はそれを手で掬っては瓶に詰めた。詰め終わったら蓋を閉め、抱き寄せながら静かに泣いた。
――ゆうに百を超える年が過ぎて。
医師はひとりだった。
擦り減った精神に存在が揺らぎ、日を追うごとに記憶が削れ薄れていく。粉末の入った瓶を目にしても、それが何だったかを思い出せない。
ただ培われた技術は健在で、失われる前に記録されたレシピをもとに様々な薬が医師の手で生み出される。稀なる薬を求める者が、風の噂を聞きつけてやってくる。
「……いらっしゃい」
薬屋「沈梦」。己の真の名すら忘れた医師が、自分を評してつけた名。それと同じ名の、どこかにある小さな店を。
けれどどうしても夜間に出歩かざるを得ない者もいて、医師とその助手をしていた彼らもそうだった。往診を頼まれ、診察が長引き、往診先を出る頃にはとっぷりと暗くなっていて。彼らはカンテラを手に足早で帰路を進み、そうして、吸血鬼に遭遇した。
彼らは仕事仲間であると同時に友人でもあった。戦うすべを持たない彼らは互いを庇い、自分が身を捧げるからもうひとりはどうか見逃してくれとそれぞれ口にした。
結論、連れ去られたのは医師だった。助手はひとり小さな診療所に戻ると、泣き喚いた。
数日経ち。診療所の外に不審な物音を聞いた助手は、外に出た。月と星で明るいが夜だった。医師が転がっていた。ひどく弱っているのが見てとれた。助手は慌てて医師の口元に耳を寄せ、微かな、そして確かな呼吸を確認して、また泣いた。
生きて戻ってきた。それだけで助手には十分だった。犬歯と表現するには尖りすぎているものが、薄く開いた唇の隙間から覗いていたとしても。
医師と助手は旅をした。年を経ても医師の外見は一向に変わらず、ひとつ所に留まることはできなかった。流しの医療者として行く先々で感謝され、引き留められ、固辞しては次の目的地へと向かう日々。
落ち着かなかった。つらいことがないわけではなかった。けれど互いがいればすべて些末なものだった。
終わりは来る。床に臥す助手は老いて萎びた手を伸ばし、最期の望みを医師に告げた。医師は躊躇ったが友人の望みを叶えるしかなかった。長年吸い続けた血は最後の一滴まで美味しかった。
動かなくなった助手は炎に包まれ、灰となった。医師はそれを手で掬っては瓶に詰めた。詰め終わったら蓋を閉め、抱き寄せながら静かに泣いた。
――ゆうに百を超える年が過ぎて。
医師はひとりだった。
擦り減った精神に存在が揺らぎ、日を追うごとに記憶が削れ薄れていく。粉末の入った瓶を目にしても、それが何だったかを思い出せない。
ただ培われた技術は健在で、失われる前に記録されたレシピをもとに様々な薬が医師の手で生み出される。稀なる薬を求める者が、風の噂を聞きつけてやってくる。
「……いらっしゃい」
薬屋「沈梦」。己の真の名すら忘れた医師が、自分を評してつけた名。それと同じ名の、どこかにある小さな店を。