巡るもの
ディレイン・オールドケイジ更新 2024年03月21日 21時52分46秒
SS
ボイス(おまかせオプション)から着想。医者として感謝を受けた話。 納品日:2024.1.4
時は昼下がり。よい天気で人通りも多く賑やか。そんな大通りから少し離れたところに、その区画があった。
質素な作りで似たような木造平屋が立ち並んでいる。少人数が暮らすための最低限。スラムというほどではないが、決して豊かな街並みではない。舗装もされていない道を、ひとりの若い男が歩いていく。
着古された旅装束。大きな荷物を背負ったその男は、手にした紙片を確かめては周囲を見渡し、また進む。
やがて立ち止まると、眼前の家の戸を叩いた。
「すみません、どなたかいらっしゃいますかー!!」
待つ。反応はない。しかしなんとなく人の気配を感じ、もう一度叩いては呼びかけた。
「は〜い」
ようやく返事があって、男は安堵した。声の調子からしておそらく眠っていたのだろう。そういえば、居所を教えてくれた冒険者ギルドの受付員が、彼はちょうど依頼から帰ってきたばかりだと言っていた。
「…ちょっと、待って、ね!?」
パリン、がしゃがしゃがしゃ、どすん、と盛大な音がした。つまずいた拍子に何かをひっくり返したのだろう。
最後の音は痛そうだなと男が眉間に皺を寄せていると、戸が開いた。
「ハイどーもすいませんね、最近散らかしてて。ええと、どちら様?」
現れたのは無精髭を生やした中年男性だった。よれよれのシャツとズボン姿で、眠そうな目が少しだけ引き攣っているのはやはりどこかにぶつけたのか。
つまるところ、男が想定していた人物像からはだいぶかけ離れていた。だらしがないとしか言いようのない姿。とはいえ、人は見かけによらないことを旅慣れた彼は知っている。
「すみません。こちらにディレイン・オールドケイジ先生はいらっしゃいますか」
「ディレインはおじさんだけど…え、先生って誰?おじさんのこと?」
男が意を決して話しかけると、中年男性は困惑した様子で首を傾げた。説明が必要だった。
男は続ける。自分は行商人だが、先日故郷の村に戻ったところ、長く伏せがちだったはずの祖父が農作業をしていた。聞けば依頼帰りの冒険者が治療してくれたという。たいしたお礼もできないままその冒険者は立ち去ってしまったというから、代わりに自分がと思い、あなたに会いに来たのだ――と。
言うが早いか、背負った荷物から複数の包みを取り出して、有無を言わせず男性に押しつけた。
「お礼って何?!あのお爺さんの症状は年齢的なことと長年の生活習慣の結果だったから、ちょっと指導して症状緩和の薬を処方しただけなんだけど!?」
「いえ!それが祖父や我々家族にはどれだけありがたかったか!先生のご指導と薬のおかげで、久方ぶりに祖父の笑顔が見られたんですから!」
包みを返そうとする中年男性と、受け取ってもらわねばならぬと押し返す男の攻防。さぞや騒がしかっただろう。隣の家の戸が開き、住人が静かに見つめてきて、物言わぬまま再び戸が閉じられた。
「あー…えっと。一応聞くけど、これの中身は?」
「故郷でとれた野菜です。祖父が収穫しました」
「そっか。…じゃあ仕方ないねえ。ありがたく受け取るよ」
中年男性は肩をすくめたものの、その表情は穏やかで柔らかい。男は思う。祖父から聞いていた人物像と、ようやく重なったなと。
目的を果たした男が帰ろうとすると、今度は中年男性の方が呼び止めた。少し待つように言い残し、室内に消える。
「……?」
待つことしばし。中年男性は小さな巾着を持って戻ってきた。
「これね、薬湯の材料。農作業してるなら経過は問題なさそうだけど、季節の変わり目とかで症状がぶり返したら飲ませてあげて。作り方のメモも入れてあるから」
差し出された男の手に、巾着が乗せられる。ずっしりと言うほどではないが確かにそこにある重み。お礼にお礼で返されてしまったと男は思ったが、さらにお礼を返すには今後の祖父の様子を確認せねばなるまい。
ひとまず言葉での礼とともに頭を垂れて、男は場を辞することにした。
「お大事に。君も道中は気をつけてね」
その背中にかけられた言葉。
故郷に戻ったら祖父に話そう、と男は心に決める。祖父を診てくれた医者は、確かに祖父が言っていたとおりの人だったよと。
質素な作りで似たような木造平屋が立ち並んでいる。少人数が暮らすための最低限。スラムというほどではないが、決して豊かな街並みではない。舗装もされていない道を、ひとりの若い男が歩いていく。
着古された旅装束。大きな荷物を背負ったその男は、手にした紙片を確かめては周囲を見渡し、また進む。
やがて立ち止まると、眼前の家の戸を叩いた。
「すみません、どなたかいらっしゃいますかー!!」
待つ。反応はない。しかしなんとなく人の気配を感じ、もう一度叩いては呼びかけた。
「は〜い」
ようやく返事があって、男は安堵した。声の調子からしておそらく眠っていたのだろう。そういえば、居所を教えてくれた冒険者ギルドの受付員が、彼はちょうど依頼から帰ってきたばかりだと言っていた。
「…ちょっと、待って、ね!?」
パリン、がしゃがしゃがしゃ、どすん、と盛大な音がした。つまずいた拍子に何かをひっくり返したのだろう。
最後の音は痛そうだなと男が眉間に皺を寄せていると、戸が開いた。
「ハイどーもすいませんね、最近散らかしてて。ええと、どちら様?」
現れたのは無精髭を生やした中年男性だった。よれよれのシャツとズボン姿で、眠そうな目が少しだけ引き攣っているのはやはりどこかにぶつけたのか。
つまるところ、男が想定していた人物像からはだいぶかけ離れていた。だらしがないとしか言いようのない姿。とはいえ、人は見かけによらないことを旅慣れた彼は知っている。
「すみません。こちらにディレイン・オールドケイジ先生はいらっしゃいますか」
「ディレインはおじさんだけど…え、先生って誰?おじさんのこと?」
男が意を決して話しかけると、中年男性は困惑した様子で首を傾げた。説明が必要だった。
男は続ける。自分は行商人だが、先日故郷の村に戻ったところ、長く伏せがちだったはずの祖父が農作業をしていた。聞けば依頼帰りの冒険者が治療してくれたという。たいしたお礼もできないままその冒険者は立ち去ってしまったというから、代わりに自分がと思い、あなたに会いに来たのだ――と。
言うが早いか、背負った荷物から複数の包みを取り出して、有無を言わせず男性に押しつけた。
「お礼って何?!あのお爺さんの症状は年齢的なことと長年の生活習慣の結果だったから、ちょっと指導して症状緩和の薬を処方しただけなんだけど!?」
「いえ!それが祖父や我々家族にはどれだけありがたかったか!先生のご指導と薬のおかげで、久方ぶりに祖父の笑顔が見られたんですから!」
包みを返そうとする中年男性と、受け取ってもらわねばならぬと押し返す男の攻防。さぞや騒がしかっただろう。隣の家の戸が開き、住人が静かに見つめてきて、物言わぬまま再び戸が閉じられた。
「あー…えっと。一応聞くけど、これの中身は?」
「故郷でとれた野菜です。祖父が収穫しました」
「そっか。…じゃあ仕方ないねえ。ありがたく受け取るよ」
中年男性は肩をすくめたものの、その表情は穏やかで柔らかい。男は思う。祖父から聞いていた人物像と、ようやく重なったなと。
目的を果たした男が帰ろうとすると、今度は中年男性の方が呼び止めた。少し待つように言い残し、室内に消える。
「……?」
待つことしばし。中年男性は小さな巾着を持って戻ってきた。
「これね、薬湯の材料。農作業してるなら経過は問題なさそうだけど、季節の変わり目とかで症状がぶり返したら飲ませてあげて。作り方のメモも入れてあるから」
差し出された男の手に、巾着が乗せられる。ずっしりと言うほどではないが確かにそこにある重み。お礼にお礼で返されてしまったと男は思ったが、さらにお礼を返すには今後の祖父の様子を確認せねばなるまい。
ひとまず言葉での礼とともに頭を垂れて、男は場を辞することにした。
「お大事に。君も道中は気をつけてね」
その背中にかけられた言葉。
故郷に戻ったら祖父に話そう、と男は心に決める。祖父を診てくれた医者は、確かに祖父が言っていたとおりの人だったよと。
は~い ちょっと、待って、ね!? ハイどーもすいませんね最近散らかしてて。 え、先生って誰?お礼って何?!