大事なもの
ディレイン・オールドケイジ更新 2024年03月21日 21時28分56秒
SS過去
13歳くらい。いのち と だいじ。
「なんで『いのち』を大事にすんの?」
義父はきょとんとしていた。薬草を細かくすり潰していた手も止まっていた。
俺には、ひとが大事にする「いのち」の価値がわからなかった。拾われる前、俺はたくさんのいろんな「いのち」が杜撰に扱われるのを見た。俺の「いのち」もそう。労られることも与えられることもなく、迎えられることも見送られることもなく。
そうされる「いのち」があることも知っていた。だから、そうした「いのち」と俺の「いのち」には何かしらの違いがあるのだろう、と思っていた。何が違うのかはわからなかったが、わからないことも違いのひとつなのかもしれないと。
それなのに、義父にはすべての「いのち」が大事であるように見えた。寝泊まりを共にするようになってまだ日も浅いが、見ていた限りではそのように見えた。医者という仕事柄かと考えたが、逆で、大事だから医者という生業を続けているようだった。
「…なんで、ときたかあ」
俺にはまだ触れる許可の出ていない器具から手を離し、義父は俺に向き直った。まじまじと俺の顔を眺め、目を覗き込んで、ふむとうなずいた。
「いい着眼点だ。さすがうちの子」
「は?」
ニコニコする義父に胡散臭さを感じながら、内心、ちょっと嬉しかった。
「そうだなあ…どう説明したものか…。ディレインは死にたくない、生きてたいって思う?」
「え、いや、まあ…」
「そうだよねえ。でなきゃあの状態から目を覚ますことは難しかっただろうね」
毒を含んだ草を食べて苦しんだことは思い出したくない。
「で、だ。それって少なくとも自分は自分の『いのち』が大事だってこと。私も同じでね、自分の『いのち』が大事なんだけど――私の『いのち』を取り巻く『いのち』も、私の『いのち』のために大事なんだよね」
つまり義母や俺が大事だと。
他にも、時折出かける町にある義母用の土産を買ってくる小物屋の店主、薬屋の主人、長く診ている老婆とその家族、途中で立ち寄る村の酒場でテーブルを共にした農夫…
関わるひとすべてが大事だと。
「大事なひとは大事にしたいだろう? 大事にするってことは、そのひとが大事にしているひとも大事にするってこと。そうして大事にしていくと、大事にしたいひとの輪がどんどん、どこまでも広がっていく。だから、どの『いのち』も大事なんだ」
静かに微笑む義父の姿は、とても満ち足りているように見えた。
「…俺には、大事にしたいと思ってくれるひとがいなかったのに、俺の『いのち』も大事なのか」
「何言ってるの。最初に教えたでしょ、自分で自分の『いのち』が大事だったんだねって」
「あっ」
それに今は私も彼女もいるでしょ、と。
指摘されたのはむず痒かったが、同時に俺は思い出していた。自分ですら自分の「いのち」を大事にできなかったひともいたことを。
俺と同じように孤児で、けれど俺ほど生き汚くできなくて、もうこれ以上はと終わらせた奴の数は、決して少なくはなかった。
そういう人を治療したこともあるよ、と義父は言った。
「それ、治療を嫌がられなかった?」
「嫌がられたさ。なんで治すのって叫ばれるし怒られる」
「えぇ…せっかく治療してもそんなふうに言われるのはちょっと…」
「これはディレインにもいつも頭の片隅に置いておいてほしいんだけど――そもそも治療をすることを希望しないひともいれば、治療するべきでない場合もあるんだ」
大事にする方法はひとつに限らない。
適切な方法だったとしても相手が喜ぶかはまた別の話。
こちらに大事にされたくないひともいる。
「…わかりにくすぎるんだけど」
「そうだよ、だから私たちはこちらの意思や考えを伝えるための努力を怠ってはいけないんだ。医者だからってよくわからない相手にすんなり体を差し出すかって話で、まずは伝えなきゃいけない。あなたが大事なんだ、大事にさせてください、ってね」
めんどくさ、がその時の感想だった。
でも今では、義父と同じようにしてる。そうするように仕込まれたからとはいえ、継いでしまったんだよな。めんどくさい考え方を。
義父はきょとんとしていた。薬草を細かくすり潰していた手も止まっていた。
俺には、ひとが大事にする「いのち」の価値がわからなかった。拾われる前、俺はたくさんのいろんな「いのち」が杜撰に扱われるのを見た。俺の「いのち」もそう。労られることも与えられることもなく、迎えられることも見送られることもなく。
そうされる「いのち」があることも知っていた。だから、そうした「いのち」と俺の「いのち」には何かしらの違いがあるのだろう、と思っていた。何が違うのかはわからなかったが、わからないことも違いのひとつなのかもしれないと。
それなのに、義父にはすべての「いのち」が大事であるように見えた。寝泊まりを共にするようになってまだ日も浅いが、見ていた限りではそのように見えた。医者という仕事柄かと考えたが、逆で、大事だから医者という生業を続けているようだった。
「…なんで、ときたかあ」
俺にはまだ触れる許可の出ていない器具から手を離し、義父は俺に向き直った。まじまじと俺の顔を眺め、目を覗き込んで、ふむとうなずいた。
「いい着眼点だ。さすがうちの子」
「は?」
ニコニコする義父に胡散臭さを感じながら、内心、ちょっと嬉しかった。
「そうだなあ…どう説明したものか…。ディレインは死にたくない、生きてたいって思う?」
「え、いや、まあ…」
「そうだよねえ。でなきゃあの状態から目を覚ますことは難しかっただろうね」
毒を含んだ草を食べて苦しんだことは思い出したくない。
「で、だ。それって少なくとも自分は自分の『いのち』が大事だってこと。私も同じでね、自分の『いのち』が大事なんだけど――私の『いのち』を取り巻く『いのち』も、私の『いのち』のために大事なんだよね」
つまり義母や俺が大事だと。
他にも、時折出かける町にある義母用の土産を買ってくる小物屋の店主、薬屋の主人、長く診ている老婆とその家族、途中で立ち寄る村の酒場でテーブルを共にした農夫…
関わるひとすべてが大事だと。
「大事なひとは大事にしたいだろう? 大事にするってことは、そのひとが大事にしているひとも大事にするってこと。そうして大事にしていくと、大事にしたいひとの輪がどんどん、どこまでも広がっていく。だから、どの『いのち』も大事なんだ」
静かに微笑む義父の姿は、とても満ち足りているように見えた。
「…俺には、大事にしたいと思ってくれるひとがいなかったのに、俺の『いのち』も大事なのか」
「何言ってるの。最初に教えたでしょ、自分で自分の『いのち』が大事だったんだねって」
「あっ」
それに今は私も彼女もいるでしょ、と。
指摘されたのはむず痒かったが、同時に俺は思い出していた。自分ですら自分の「いのち」を大事にできなかったひともいたことを。
俺と同じように孤児で、けれど俺ほど生き汚くできなくて、もうこれ以上はと終わらせた奴の数は、決して少なくはなかった。
そういう人を治療したこともあるよ、と義父は言った。
「それ、治療を嫌がられなかった?」
「嫌がられたさ。なんで治すのって叫ばれるし怒られる」
「えぇ…せっかく治療してもそんなふうに言われるのはちょっと…」
「これはディレインにもいつも頭の片隅に置いておいてほしいんだけど――そもそも治療をすることを希望しないひともいれば、治療するべきでない場合もあるんだ」
大事にする方法はひとつに限らない。
適切な方法だったとしても相手が喜ぶかはまた別の話。
こちらに大事にされたくないひともいる。
「…わかりにくすぎるんだけど」
「そうだよ、だから私たちはこちらの意思や考えを伝えるための努力を怠ってはいけないんだ。医者だからってよくわからない相手にすんなり体を差し出すかって話で、まずは伝えなきゃいけない。あなたが大事なんだ、大事にさせてください、ってね」
めんどくさ、がその時の感想だった。
でも今では、義父と同じようにしてる。そうするように仕込まれたからとはいえ、継いでしまったんだよな。めんどくさい考え方を。