【天馬】優勝杯はチョコの味
馬車猪
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シナリオID:2794
オープニング
「たすけてー!」
リットが追われている。
『待てー♪』
追うのは気合いの入った衣装のケンタウロス達だ。
競技の途中だったようで槍と弓も装備済。
表情も発言も朗らかではあるが、瞳は競技中より真剣だ。
『待たないと食べちゃうぞー♪』
「何言っているかわかんねーけど狙われてることは分かるぜちくしょーっ!」
リットが背負った袋から、芳醇な甘さが漂っていた。
●
ケンタウロス社会の生前葬運動会は弔いであり、結束を強めるための重要な儀式であり、政治闘争であることもある。
見た目はただの運動会でも、そこに注ぎ込まれる熱意と権謀は人類社会に負けはしない。
「まあ、この競技には政治は関係ないようですが」
冒険者ギルド職員は非常に気楽な態度だ。
周囲にいるケンタウロスも、言葉は全く通じなくても純粋に競技を楽しんでいることだけは分かる。
『僕らみたいな零細部族にとっては貴重な息抜きの機会なんだ』
小柄な特異個体は平和的な雰囲気なのに全身鎧に大型武器の重武装だ。
平均的な個体でも成り立ての授恵者並に強いケンタウロスの審判をするにはこの程度の備えは必要だ。
『だから……えっと、伝わってるかな? 喧嘩や殺しが起きないのを最優先にしたいんだ』
「お任せ下さい。付け届けの準備は完璧です」
通訳はより重要度が高い場所やコネがある場所にいるのでここにはいない。
『待てー♪』
『待てー♪』
リットの足は2本しかないが体力はある。
10体のケンタウロスに追われても、相手に殺す気がないなら捕らえようとする手を振り解いて走り続けるのは可能だ。
『茶色い板をちょうだーい♪』
『甘い茶色の板はあたしのだっ!!』
『てめぇ今なんて言った?』
ケンタウロス11体が団結していたら既に捕まっていただろうが、牽制や諍いが頻発しているのでまだ追いかけっこは続いている。
「おい! こいつら賊か? それともあんたの所のか?」
リットは見覚えのある特異個体に気付いて大声で呼びかける。
大声の分速度が落ちて追いつかれ、上半身だけなら美少女達と熾烈な引っ張り合いを開始する。
「何が起こってるんです?」
『君達! コースから外れて何を……お前も何してんだ』
職員は戸惑い、審判は選手とリットを見比べ困惑する。
やむを得ず通訳が呼ばれて事情が判明するまでに、チョコレート入りの袋とリットはぼろぼろになってしまっていた。
●
「長距離走イベントの運営依頼です」
冒険者ギルド職員が説明を始めたのは翌日のことだ。
「国外から持ち込まれた品を巡ってトラブルがありまして」
具体的にはチョコレートだ。
その濃厚な甘さと美味しさを知るケンタウロスが競技中にも関わらず輸送業者にちょっかいをかけた挙げ句身内同士で乱闘騒ぎを起こして競技は中断。
競技は翌日に再度行われることになった。
『絶対勝つぞー!』
『隣の部族なんかに負けるなー!』
『茶色い板を持って帰らないと嫁と娘にどんな目にあわされるか分からないぞー!』
そして、乱闘騒ぎのときの数倍の選手が集まることになってしまった。
「彼等の目的はこれです」
職員がリットを呼び寄せる。
リットは彼らしくなく猜疑心に満ちた目つきで、王国で買い込んだチョコレートを両手で守っている。
昨日のトラブルの後も、別のトラブルに何度も襲われたのですっかり荒んでいた。
「これを賞品にした競技を運営していただくことになるのですが……」
参加者の割に賞品が少なすぎる。
冒険者が持ち込んで量を増やしたとしても、選手と選手の家族が満足する量にはならない。
「できるだけ大勢にチョコレートを味わってもらうための料理を作ったり、揉め事が起きないルールを作って長距離走イベントを運営したり、選手として参加して盛り上げたりしていて頂けると……」
『死人がでなければ成功だから』
動物交感や亜人語適正があってもケンタウロスの言葉は分からないが、審判の態度を見れば何を言いたいかは明らかであった。
リットが追われている。
『待てー♪』
追うのは気合いの入った衣装のケンタウロス達だ。
競技の途中だったようで槍と弓も装備済。
表情も発言も朗らかではあるが、瞳は競技中より真剣だ。
『待たないと食べちゃうぞー♪』
「何言っているかわかんねーけど狙われてることは分かるぜちくしょーっ!」
リットが背負った袋から、芳醇な甘さが漂っていた。
●
ケンタウロス社会の生前葬運動会は弔いであり、結束を強めるための重要な儀式であり、政治闘争であることもある。
見た目はただの運動会でも、そこに注ぎ込まれる熱意と権謀は人類社会に負けはしない。
「まあ、この競技には政治は関係ないようですが」
冒険者ギルド職員は非常に気楽な態度だ。
周囲にいるケンタウロスも、言葉は全く通じなくても純粋に競技を楽しんでいることだけは分かる。
『僕らみたいな零細部族にとっては貴重な息抜きの機会なんだ』
小柄な特異個体は平和的な雰囲気なのに全身鎧に大型武器の重武装だ。
平均的な個体でも成り立ての授恵者並に強いケンタウロスの審判をするにはこの程度の備えは必要だ。
『だから……えっと、伝わってるかな? 喧嘩や殺しが起きないのを最優先にしたいんだ』
「お任せ下さい。付け届けの準備は完璧です」
通訳はより重要度が高い場所やコネがある場所にいるのでここにはいない。
『待てー♪』
『待てー♪』
リットの足は2本しかないが体力はある。
10体のケンタウロスに追われても、相手に殺す気がないなら捕らえようとする手を振り解いて走り続けるのは可能だ。
『茶色い板をちょうだーい♪』
『甘い茶色の板はあたしのだっ!!』
『てめぇ今なんて言った?』
ケンタウロス11体が団結していたら既に捕まっていただろうが、牽制や諍いが頻発しているのでまだ追いかけっこは続いている。
「おい! こいつら賊か? それともあんたの所のか?」
リットは見覚えのある特異個体に気付いて大声で呼びかける。
大声の分速度が落ちて追いつかれ、上半身だけなら美少女達と熾烈な引っ張り合いを開始する。
「何が起こってるんです?」
『君達! コースから外れて何を……お前も何してんだ』
職員は戸惑い、審判は選手とリットを見比べ困惑する。
やむを得ず通訳が呼ばれて事情が判明するまでに、チョコレート入りの袋とリットはぼろぼろになってしまっていた。
●
「長距離走イベントの運営依頼です」
冒険者ギルド職員が説明を始めたのは翌日のことだ。
「国外から持ち込まれた品を巡ってトラブルがありまして」
具体的にはチョコレートだ。
その濃厚な甘さと美味しさを知るケンタウロスが競技中にも関わらず輸送業者にちょっかいをかけた挙げ句身内同士で乱闘騒ぎを起こして競技は中断。
競技は翌日に再度行われることになった。
『絶対勝つぞー!』
『隣の部族なんかに負けるなー!』
『茶色い板を持って帰らないと嫁と娘にどんな目にあわされるか分からないぞー!』
そして、乱闘騒ぎのときの数倍の選手が集まることになってしまった。
「彼等の目的はこれです」
職員がリットを呼び寄せる。
リットは彼らしくなく猜疑心に満ちた目つきで、王国で買い込んだチョコレートを両手で守っている。
昨日のトラブルの後も、別のトラブルに何度も襲われたのですっかり荒んでいた。
「これを賞品にした競技を運営していただくことになるのですが……」
参加者の割に賞品が少なすぎる。
冒険者が持ち込んで量を増やしたとしても、選手と選手の家族が満足する量にはならない。
「できるだけ大勢にチョコレートを味わってもらうための料理を作ったり、揉め事が起きないルールを作って長距離走イベントを運営したり、選手として参加して盛り上げたりしていて頂けると……」
『死人がでなければ成功だから』
動物交感や亜人語適正があってもケンタウロスの言葉は分からないが、審判の態度を見れば何を言いたいかは明らかであった。
解説
●目的
長距離走イベントの無事終了
●要約
チョコレートに魅了されたケンタウロス(若い女性が多いですが男性も古参もいます)を長距離走で競い合わせ、全員にある程度の納得と多少の満足を提供できると大成功です
●場所
1つ天幕が立っている他は広大な平原
帝国南部に比べると草の量は少ないですが荒野ではありません
天幕の中には、人間の料理を大量に作るための設備や燃料が食材が用意されています
●選手
・細身な部族
細身な個体が多い部族です
スピードはありますがスタミナは平凡で、ストレスには強くありません
・長身な部族
長身な個体が多い部族です
ぶつかり合いと追い上げに強いですが速度は控えめです
・平和な部族
温和で明るい部族です
この部族が活躍すると揉めませんが、闘争心がケンタウロス基準で弱いので冒険者が関与しないと活躍できません
・飛び入り参加
有力部族の特異個体が2体、諸々の事情を全て無視してチョコ目当てで参加しています
冒険者が放置すれば他を蹂躙して1位と2位を独占してイベントを盛り下げます
少し誘導されるだけで喧嘩と潰し合いが始まる程度に仲が悪い2体です
●他
・審判
選手達の出身部族より零細な部族に属する特異個体です
人間との会話能力はありません
舐められたと感じても、暴力を振るう前に警告する程度には紳士的です
・通訳
依頼の失敗が確定する規模のトラブルが発生しない限り来てくれません
・リット
心身ともに疲れています
冒険者の指示には従おうとします
・ビヒモー
とても大柄なのが数頭います
台所用の設備を帝国から運んで来ました
冒険者の指示には従おうとします
用事がないときは近くの草を食べています
マスターより
選手、実況、解説、審判代理、ルール設定者、料理人など、好きな役割を担当可能です
リプレイ
●
『なにこれぇ』
『鼻と舌がとろけちゃう』
風上から漂ってくる香りにケンタウロスが魅了されている。
これは文明の香りだ。
食材を遠方から運んで来るのも、調理方法を開発して実行するのも、長時間高温を保つ機能を持つ厨房を設計建設するのも、全て人類という文明があって初めてできることだ。
文化も価値観も人類と大きく異なるのに、一部は薄らとではあるが文明の力に気付いているのかもしれない。しかしこの場に集った彼等にとってはチョコレートの魅力と比べれば些末事だ。
『あけてー』
『ちょうだーい!』
競い合うように調理小屋の包囲を包囲し、文明に気付いているものも気付いていないものも関係なくチョコを寄越せと騒ぐ。
「ほこりを立てるななのだ」
密集した状態で特異な重力場に巻き込まれると全く移動できなくなる。
厨房から姿を現したストレガ・L・リベルガストラは、自らが使った重力場が消える前に協力者と協力してつまみ食い志願共を拘束していった。
「聞きしに勝る、だな」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトの担当料理はストレガより時間はかからないし種類も少ない。
「チョコレートケーキとチョコレートフォンデュなら多くのケンタウロスにチョコレートを味わってもらうことができる、はずなんだがな」
数も熱意も予想の上限を超えている。
今日は徹夜してストレガに協力して量を増やすしかないと、婚約者を圧倒する料理技術を持つアルベルトは考える。
「リットは……ビヒモーを頼む」
「フォルゴーレを明日の早朝連れてきて欲しいのだ」
アルベルトとストレガは、ケンタウロスに怯えているリットに仕事を用意して少しでも恐怖から逃れられるようしてあげていた。
「リットくーん」
むちむちした乳牛を連れたアルマ・ヴァレンタインが手を振っている。
ミニビヒモーで高速移動するには乳牛は大きくそして繊細すぎて、他の冒険者より到着が遅くなって今着いたところだ。
「ケンタウロスさん達のチョコぶーむ続いてたんだ……リットくんも災難だねー」
よしよしと頭を撫でるためには爪先立ちする必要がある。
「お疲れさまみたいだし、ゆっくり休んでもらって大丈夫なようにとっておきのを持って来たよ!」
ミニビヒモーが牽く荷馬車の上にはチョコレートファウンテンの材料と道具がある。
鋭敏な五感を持つケンタウロスには非常においしい獲物に見えはする。
鋭敏だからこそアルマの強者の気配が分かり、奪うのはもちろんちょっかいをかけようともしない。
なお、リット程度の実力ではチョコに魅了されたケンタウロスは止まってくれない。
「言葉が通じないのは大変だよねえ」
アルマは今回の競技の担当者に交渉を試みたのだが意図が通じているのか通じていないのか分からない。まず間違いなく相手も同じだ。
交渉技術だけでは人類と亜人という巨大な差異を乗り越えるには足りない。
「チョコレートの為だけにこれだけ必死になるとは……ケンタウロスすら魅了するチョコレートの凄さでしょうか」
美味しいですけどねと内心つぶやくのはほんの数年前までただの村娘だったフリーダ=ブロムヴィストだ。
村娘のままなら祭事のときにすら口にできない美食も既に知識と経験として持っている。
(啓示によれば大乱闘、とかなんとかにならない様に制御をという話でしたが)
フリーダは、捕獲した選手の説教を終え戻ってきた審判に呼びかける。
「下位に位置している方々を対象にしたショートカットルートを用意しましょう。これにより盛り上がる試合展開が期待できると思います。まさかプライドの高い方々がショートカットを通る様な人達に負けるとは思いませんし、ね?」
実力と実績に裏付けられたカリスマと人を惑わす域にある色気がフリーダから発せられている。
『人類の戦士が障害として立ち塞がるのかい? みな喜ぶだろうけど血生臭い展開はイベントとして拙いよ』
審判はフリーダに対して好意的だが理解には全く役に立っていない。
結構な時間話し合い、最終的に分かったのはお互い戦う気はないことだけだった。
●
甘露アリの蜜を使ったケーキは物理的にもカロリー的にも重く、その重さに相応しい重厚な甘さがある。
その甘さはチョコの甘さと互いに引き立てあった上で調和して、ケンタウロスが目を閉じても意識を強烈に惹きつける。
「今回用意するのは甘露アリの蜜を使いチョコでデコレートしたケーキ。1着になった1名だけが食べられる形と大きさに仕上げたのだ」
ストレガは料理人としては誠実であり、しかし冒険者としては悪辣でもある。
料理としては一級品以上。
大量のエネルギーを消費する走り自慢の特異個体1体の腹を満たすには十分で、しかし2体で分けるには不満がでる絶妙な体積と重さ。2つに分けるには難しい形にわざとしてもいる。
それらの工夫が、有力部族から来た特異個体2体に協力しての1着2着独占は無意味であると言葉ではなく物で理解させた。
平原が静まりかえる。
最初の加速は非常に重要であり、凄まじい集中と気合いが殺気と変わらない強さの気配として競技を満たす。
常人なら息をするのも難しい状況でフリーダは平然と笛を口に咥える。
そして、手を振り下ろすのと同時に笛を高らかに吹き鳴らした。
選手は老若男女、特異個体か否かの違いはあっても半馬民族と言う一点は全く同じ。
素晴らしい踏み込みと加速で軍馬並みの速度を出して草の少ない荒野を駆ける。
「一斉にスタートしました。先頭は飛び入り参加の2体。凄まじい競り合いです。このペースでゴールまで持つのでしょうか」
シャドウの解説は観客には届かない。
しかし長距離走のコースを表現した大きな絵の上に色とりどりの石を並べて動かすと、最初は子供が、示している内容に気付いてからは大人達も集まってくる。
「実況は私、シャドウがお送りいたします! しかしこれは凄まじいペースですね」
シャドウが話をふったとき、審判は感動して職務を忘れていた。
「はい。私も初めて見ます」
フリーダが代わって返答する。
戦歴豊富なフリーダも、これほどの高速を十数体が出している光景は初めて見た。
前半に配置させた狭い部分で体格の良い選手同士が激しくやりあう。
場所を譲らされた分体力を温存できた選手より不利になったかもしれない。
(注意や失格の判定を出すとしたら終了後ですね。予想より速くて追いつけません)
フリーダは走るかわりに目と記憶力を使っている。
「おおっとこれは! 最後尾集団が加速しました! このまま置いていかれると足をためても間に合わないと判断したのでしょうか」
いつのもシャドウの口調は淡々としているが、今だけは祭りに相応しい華やかなものだ。
「第2集団も加速を始めました! しかし中間地点のカーブを回りきれるかっ」
器用に棒を使って色つきの石を移動させる。
武器を装備したままなら戦う気がなくても傷ついてしまいそうなほど密集している。
「おおっと、転倒は免れましたが数体速度が激減しました。大丈夫でしょうか」
シャドウは目だけは冷静にして審判に目配せする。
飛ぶように駆けていったのは、多分治療の準備のためだろう。
(人類社会でこんなことをすれば2度と表に出られないだろうが……)
シャドウは念動力を使って地面の数センチ上にロープを浮かべる。
長さは10メートルもなく、重さは10キログラムもない。
しかし高速走行中には致命的となり得る罠だ。同時に、半馬民族にとってこの程度の罠に引っかかるのは恥ですらある。
「おおっとこれはいけませんっ」
目を血走らせて並走していた2体がうかつにもロープに気づけず前脚を引っかける。
無理矢理引きちぎったのはさすがの身体能力だが、速度は落ちるし乱れた姿勢を元に戻すためさらに速度が落ちる。
観客から歓声とブーイングが2体へ飛ぶ。
高速すぎる展開でペースを乱された逃げと追い込みがスタミナ切れで速度を落としてのんびり集団が追いついてくる。
「今、ゴールしました! 先頭は……」
歓声が多すぎてシャドウの声はかき消され、シャドウは諦めて石を使って準備を観客に伝えていた。
●
「怖くないぞ。こうやって食べるんだ」
アルベルトは子供に串を渡した上でチョコレートフォンデュの食べ方を実演する。
手で掬って飲もうとする馬鹿への威圧も並行してする必要があるのでかなり大変だ。
自らが作ったチョコレートケーキはストレガに1口サイズにしてもらって他の観客に分けて貰っている。
『やったよー!』
元気な優勝者が同族にもみくちゃにされている。
ストレガがケーキを抱えて現れると、ひとの群れが割れ宗教画じみた光景となり優勝者は緊張でぷるぷる震え出す。
「日持ちはするけど早めに食べるのだ」
ストレガは念のために言ったが、涎を堪える優勝者を見れば今日中に完食は間違いないと分かる。
「こっちは観客も選手も区別しないのだ」
寝る間を惜しんで限界まで作ったケーキは1口サイズに変えた。
それだけでは絶対に足りないので果物各種を1口サイズにカットしたものやマシュマロやパウンドケーキを串に刺して大きな皿に飾り付ける。
無論、1皿では足りないので大量にだ。
『これは野菜?』
「うむ。甘すぎて塩気が欲しいというのもあるのだ。そういうときは塩茹でしたジャガイモは格別。人参も茹でると甘くなるのだ」
徹夜と過酷な労働で、ストレガは正直ちょっと眠い。
価値観が離れすぎた相手と非戦闘で接するのは大変だった。
フリーダは下位でゴールした2体に参加賞を渡してから、毒味するかのように自らの分を口にする。
「疲れた体に心地良く染みこんできますね」
新鮮な牛乳を上手に使った甘さが実に心地良い。
「ホワイトチョコを目指したんだけど難易度高かったよー」
アルマは残念そうだ。
なお、色は普通でも味は特上である。
「とても素晴らしいと思いますよ」
フリーダの言葉には喜びが滲んでいる。
見た目の華やかさはそれほどではないが味が実に良い。
普段とはちょっと違う啓示もにぎやかに感じる。
『あれ作ってよ!』
『もう一度お願いできないかしら』
走って食べて多少は落ち着いた女性陣がアルマに頼み込む。
上半身と下半身を使ったジェスチャーはかなり激しく巻き込まれたリットがケンタウロス恐怖症を酷くする。
「んー、あれでいいのかな」
乳牛が草から顔をあげてアルマに近づいて来る。
来たときより疲れてはいるが、来るまでたっぷり食べて休んで体を太くしてきたのでまだ大丈夫。
「ちょっと待ってねー」
リットを回収して牛と共に厨房へ向かう。
ミルクチョコレートを作るのには時間がかかるが集まったケンタウロスは期待に胸膨らませて待機している。
否、待機しているだけではない。
「アルマー。外、なんか変な雰囲気じゃね?」
「それはねリットくん。華やかなイベントで盛り上がった男女が同じ場所にいるとどうなるかなー……ってことだよ」
直接的には表現しないのが淑女や紳士というものである。
アルマは頑張って完成させた後、雰囲気を壊さないようそっとケンタウロスに差し入れしていた。
●
『ありがとう。助かったよ』
「こちらも良い経験をさせてもらった」
ケンタウロスとしては小柄な個体とアルベルトが握手を交わす。
体格が違うので手のひらを位置があわせ辛く、けれどお互い配慮しあって握手の形になっている。
「にーちゃんすげーなー」
リットはすっかりケンタウロスに苦手意識を持ってしまった。
「無用に怯えるのは恥ずかしいことだぞリット」
アルベルトとケンタウロスは手を離してうなずきあい、互いの領域へ戻っていった。
『なにこれぇ』
『鼻と舌がとろけちゃう』
風上から漂ってくる香りにケンタウロスが魅了されている。
これは文明の香りだ。
食材を遠方から運んで来るのも、調理方法を開発して実行するのも、長時間高温を保つ機能を持つ厨房を設計建設するのも、全て人類という文明があって初めてできることだ。
文化も価値観も人類と大きく異なるのに、一部は薄らとではあるが文明の力に気付いているのかもしれない。しかしこの場に集った彼等にとってはチョコレートの魅力と比べれば些末事だ。
『あけてー』
『ちょうだーい!』
競い合うように調理小屋の包囲を包囲し、文明に気付いているものも気付いていないものも関係なくチョコを寄越せと騒ぐ。
「ほこりを立てるななのだ」
密集した状態で特異な重力場に巻き込まれると全く移動できなくなる。
厨房から姿を現したストレガ・L・リベルガストラは、自らが使った重力場が消える前に協力者と協力してつまみ食い志願共を拘束していった。
「聞きしに勝る、だな」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトの担当料理はストレガより時間はかからないし種類も少ない。
「チョコレートケーキとチョコレートフォンデュなら多くのケンタウロスにチョコレートを味わってもらうことができる、はずなんだがな」
数も熱意も予想の上限を超えている。
今日は徹夜してストレガに協力して量を増やすしかないと、婚約者を圧倒する料理技術を持つアルベルトは考える。
「リットは……ビヒモーを頼む」
「フォルゴーレを明日の早朝連れてきて欲しいのだ」
アルベルトとストレガは、ケンタウロスに怯えているリットに仕事を用意して少しでも恐怖から逃れられるようしてあげていた。
「リットくーん」
むちむちした乳牛を連れたアルマ・ヴァレンタインが手を振っている。
ミニビヒモーで高速移動するには乳牛は大きくそして繊細すぎて、他の冒険者より到着が遅くなって今着いたところだ。
「ケンタウロスさん達のチョコぶーむ続いてたんだ……リットくんも災難だねー」
よしよしと頭を撫でるためには爪先立ちする必要がある。
「お疲れさまみたいだし、ゆっくり休んでもらって大丈夫なようにとっておきのを持って来たよ!」
ミニビヒモーが牽く荷馬車の上にはチョコレートファウンテンの材料と道具がある。
鋭敏な五感を持つケンタウロスには非常においしい獲物に見えはする。
鋭敏だからこそアルマの強者の気配が分かり、奪うのはもちろんちょっかいをかけようともしない。
なお、リット程度の実力ではチョコに魅了されたケンタウロスは止まってくれない。
「言葉が通じないのは大変だよねえ」
アルマは今回の競技の担当者に交渉を試みたのだが意図が通じているのか通じていないのか分からない。まず間違いなく相手も同じだ。
交渉技術だけでは人類と亜人という巨大な差異を乗り越えるには足りない。
「チョコレートの為だけにこれだけ必死になるとは……ケンタウロスすら魅了するチョコレートの凄さでしょうか」
美味しいですけどねと内心つぶやくのはほんの数年前までただの村娘だったフリーダ=ブロムヴィストだ。
村娘のままなら祭事のときにすら口にできない美食も既に知識と経験として持っている。
(啓示によれば大乱闘、とかなんとかにならない様に制御をという話でしたが)
フリーダは、捕獲した選手の説教を終え戻ってきた審判に呼びかける。
「下位に位置している方々を対象にしたショートカットルートを用意しましょう。これにより盛り上がる試合展開が期待できると思います。まさかプライドの高い方々がショートカットを通る様な人達に負けるとは思いませんし、ね?」
実力と実績に裏付けられたカリスマと人を惑わす域にある色気がフリーダから発せられている。
『人類の戦士が障害として立ち塞がるのかい? みな喜ぶだろうけど血生臭い展開はイベントとして拙いよ』
審判はフリーダに対して好意的だが理解には全く役に立っていない。
結構な時間話し合い、最終的に分かったのはお互い戦う気はないことだけだった。
●
甘露アリの蜜を使ったケーキは物理的にもカロリー的にも重く、その重さに相応しい重厚な甘さがある。
その甘さはチョコの甘さと互いに引き立てあった上で調和して、ケンタウロスが目を閉じても意識を強烈に惹きつける。
「今回用意するのは甘露アリの蜜を使いチョコでデコレートしたケーキ。1着になった1名だけが食べられる形と大きさに仕上げたのだ」
ストレガは料理人としては誠実であり、しかし冒険者としては悪辣でもある。
料理としては一級品以上。
大量のエネルギーを消費する走り自慢の特異個体1体の腹を満たすには十分で、しかし2体で分けるには不満がでる絶妙な体積と重さ。2つに分けるには難しい形にわざとしてもいる。
それらの工夫が、有力部族から来た特異個体2体に協力しての1着2着独占は無意味であると言葉ではなく物で理解させた。
平原が静まりかえる。
最初の加速は非常に重要であり、凄まじい集中と気合いが殺気と変わらない強さの気配として競技を満たす。
常人なら息をするのも難しい状況でフリーダは平然と笛を口に咥える。
そして、手を振り下ろすのと同時に笛を高らかに吹き鳴らした。
選手は老若男女、特異個体か否かの違いはあっても半馬民族と言う一点は全く同じ。
素晴らしい踏み込みと加速で軍馬並みの速度を出して草の少ない荒野を駆ける。
「一斉にスタートしました。先頭は飛び入り参加の2体。凄まじい競り合いです。このペースでゴールまで持つのでしょうか」
シャドウの解説は観客には届かない。
しかし長距離走のコースを表現した大きな絵の上に色とりどりの石を並べて動かすと、最初は子供が、示している内容に気付いてからは大人達も集まってくる。
「実況は私、シャドウがお送りいたします! しかしこれは凄まじいペースですね」
シャドウが話をふったとき、審判は感動して職務を忘れていた。
「はい。私も初めて見ます」
フリーダが代わって返答する。
戦歴豊富なフリーダも、これほどの高速を十数体が出している光景は初めて見た。
前半に配置させた狭い部分で体格の良い選手同士が激しくやりあう。
場所を譲らされた分体力を温存できた選手より不利になったかもしれない。
(注意や失格の判定を出すとしたら終了後ですね。予想より速くて追いつけません)
フリーダは走るかわりに目と記憶力を使っている。
「おおっとこれは! 最後尾集団が加速しました! このまま置いていかれると足をためても間に合わないと判断したのでしょうか」
いつのもシャドウの口調は淡々としているが、今だけは祭りに相応しい華やかなものだ。
「第2集団も加速を始めました! しかし中間地点のカーブを回りきれるかっ」
器用に棒を使って色つきの石を移動させる。
武器を装備したままなら戦う気がなくても傷ついてしまいそうなほど密集している。
「おおっと、転倒は免れましたが数体速度が激減しました。大丈夫でしょうか」
シャドウは目だけは冷静にして審判に目配せする。
飛ぶように駆けていったのは、多分治療の準備のためだろう。
(人類社会でこんなことをすれば2度と表に出られないだろうが……)
シャドウは念動力を使って地面の数センチ上にロープを浮かべる。
長さは10メートルもなく、重さは10キログラムもない。
しかし高速走行中には致命的となり得る罠だ。同時に、半馬民族にとってこの程度の罠に引っかかるのは恥ですらある。
「おおっとこれはいけませんっ」
目を血走らせて並走していた2体がうかつにもロープに気づけず前脚を引っかける。
無理矢理引きちぎったのはさすがの身体能力だが、速度は落ちるし乱れた姿勢を元に戻すためさらに速度が落ちる。
観客から歓声とブーイングが2体へ飛ぶ。
高速すぎる展開でペースを乱された逃げと追い込みがスタミナ切れで速度を落としてのんびり集団が追いついてくる。
「今、ゴールしました! 先頭は……」
歓声が多すぎてシャドウの声はかき消され、シャドウは諦めて石を使って準備を観客に伝えていた。
●
「怖くないぞ。こうやって食べるんだ」
アルベルトは子供に串を渡した上でチョコレートフォンデュの食べ方を実演する。
手で掬って飲もうとする馬鹿への威圧も並行してする必要があるのでかなり大変だ。
自らが作ったチョコレートケーキはストレガに1口サイズにしてもらって他の観客に分けて貰っている。
『やったよー!』
元気な優勝者が同族にもみくちゃにされている。
ストレガがケーキを抱えて現れると、ひとの群れが割れ宗教画じみた光景となり優勝者は緊張でぷるぷる震え出す。
「日持ちはするけど早めに食べるのだ」
ストレガは念のために言ったが、涎を堪える優勝者を見れば今日中に完食は間違いないと分かる。
「こっちは観客も選手も区別しないのだ」
寝る間を惜しんで限界まで作ったケーキは1口サイズに変えた。
それだけでは絶対に足りないので果物各種を1口サイズにカットしたものやマシュマロやパウンドケーキを串に刺して大きな皿に飾り付ける。
無論、1皿では足りないので大量にだ。
『これは野菜?』
「うむ。甘すぎて塩気が欲しいというのもあるのだ。そういうときは塩茹でしたジャガイモは格別。人参も茹でると甘くなるのだ」
徹夜と過酷な労働で、ストレガは正直ちょっと眠い。
価値観が離れすぎた相手と非戦闘で接するのは大変だった。
フリーダは下位でゴールした2体に参加賞を渡してから、毒味するかのように自らの分を口にする。
「疲れた体に心地良く染みこんできますね」
新鮮な牛乳を上手に使った甘さが実に心地良い。
「ホワイトチョコを目指したんだけど難易度高かったよー」
アルマは残念そうだ。
なお、色は普通でも味は特上である。
「とても素晴らしいと思いますよ」
フリーダの言葉には喜びが滲んでいる。
見た目の華やかさはそれほどではないが味が実に良い。
普段とはちょっと違う啓示もにぎやかに感じる。
『あれ作ってよ!』
『もう一度お願いできないかしら』
走って食べて多少は落ち着いた女性陣がアルマに頼み込む。
上半身と下半身を使ったジェスチャーはかなり激しく巻き込まれたリットがケンタウロス恐怖症を酷くする。
「んー、あれでいいのかな」
乳牛が草から顔をあげてアルマに近づいて来る。
来たときより疲れてはいるが、来るまでたっぷり食べて休んで体を太くしてきたのでまだ大丈夫。
「ちょっと待ってねー」
リットを回収して牛と共に厨房へ向かう。
ミルクチョコレートを作るのには時間がかかるが集まったケンタウロスは期待に胸膨らませて待機している。
否、待機しているだけではない。
「アルマー。外、なんか変な雰囲気じゃね?」
「それはねリットくん。華やかなイベントで盛り上がった男女が同じ場所にいるとどうなるかなー……ってことだよ」
直接的には表現しないのが淑女や紳士というものである。
アルマは頑張って完成させた後、雰囲気を壊さないようそっとケンタウロスに差し入れしていた。
●
『ありがとう。助かったよ』
「こちらも良い経験をさせてもらった」
ケンタウロスとしては小柄な個体とアルベルトが握手を交わす。
体格が違うので手のひらを位置があわせ辛く、けれどお互い配慮しあって握手の形になっている。
「にーちゃんすげーなー」
リットはすっかりケンタウロスに苦手意識を持ってしまった。
「無用に怯えるのは恥ずかしいことだぞリット」
アルベルトとケンタウロスは手を離してうなずきあい、互いの領域へ戻っていった。
マスターコメント
お疲れ様でした。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準5 / 4〜8人
2023年02月17日 01時26分06秒 公開
成功
相談掲示板
シャドウだ。よろしく。 実況をしようと思う。 あとは、こいつら対策を少々。 ↓ ・飛び入り参加 有力部族の特異個体が2体、諸々の事情を全て無視してチョコ目当てで参加しています 冒険者が放置すれば他を蹂躙して1位と2位を独占してイベントを盛り下げます
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 今回はケンタウロス全員にチョコレートを味わってもらうために料理を振る舞う予定だ。
ヒーラーのアルマだよ、どーぞよろしくねー リットくんモテモテだねー、本人はとっても不本意そうだけど… それはそうとボクもお料理めいん?で参加するね ふつーに作ったりもするけど手が足りるか分からないので 荷馬車でチョコレートファウンテン持ち込みのセルフ形式もやってみようかなと ・飛び入り参加さん対策 うーん、言葉が判れば声帯模写で煽ったりもできそうなんだけどね… 通過順で二人三脚(ケンタウロスさんなので二人六脚…?) を強制する区間でも設定してあげれば勝手に揉めてくれたりしないかな?
ストレガなのだ。よろしくなのだ。 私もチョコレートファウンテン持ち込むのだ。 食材切って置いとけばよいのでな。 飛び入り…身体面で上回るわけだから精神面でダメージ与える仕掛け… うーん私はトップの1名にのみ贈与する商品でも考えとくのだ。
うう……ケンタウロスこわい