オルタンシアの庭にて

鍵島

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シナリオID:2200

オープニング

 フィルエス大森林の南東部に、やわらかな雨が降り注いでいる。
 枯れた木々が目立つ森に、青々と緑を茂らせる、プルウィアと呼ばれる集落があった。
 その一帯は不思議と雨が多く、伴って周辺にも水辺が多い。
 なだらかな丘にあって水はけもよく、水を好む植物が多く育っている。
 集落から少し離れて存在する小川の周囲にも、水を好むオルタンシアがたんと群生していた。
 雨季になれば、オルタンシアの花は美しく咲き誇ってくれるだろう。
「……?」
 プルウィアの住人であるエルフの少女、ルーナが世話をしていたオルタンシアから顔を上げる。
 雨音ばかりが響くこの場所で、人の足音が聞こえてきたのだ。
 彼女がオルタンシアの庭と呼ぶ付近は、滅多に人が来ることは無い。
 プルウィアに住む殆どの者は集落の外に出たがらない事もあり、それ故により一層疑問を覚えた。
 雨避けに着込む濃緑色マントのフードを少し持ち上げ、視界を確保し辺りを見渡す。
「ルーナっ……!」
「……ソレイユ?」
 揃いのマントを着たルーナと同じ頃の少年が、オルタンシアを掻き分け飛び込んでくる。
 ソレイユと呼ばれた彼も、庭の場所を知っている一人だ。ルーナが肩を竦めて安堵する。
「どうしたの? お花のお手入れは興味ないんじゃ……」
「しっ! 静かに……!」
 からかいの声を投げるルーナへ、言い終える前にソレイユは言葉を被せる。
「どうしたの?」
「いいから……!」
 ソレイユがルーナの手を引いて屈み込む。彼女もつられて膝を曲げた。
「きみがオルタンシアの庭の方に向かってったって、母さんが言ってたから、迎えに来たんだけど……」
「……けど?」
 葉に溶け込んだ二人は、さながら捕食者から逃れるべく自然背景に溶け込む被捕食者のよう。
 不審な面持ちでいるルーナの耳に、何か、地面の上を引きずるような物音が聞こえた。
 ガサリ、ゴソリ。二人が隠れるようにして居るオルタンシアの傍を、何かが掻き分けて通り過ぎていく。
「……みみ、ず?」
 雨音にルーナの呆けた声が紛れる。
 見上げた先に、数メートルはあろうかという巨大なワームがのそりと這い進んでいた。
 ガサガサ、ガサ。ずるずると蠢くワームを追うように、やはり何かが葉を掻き分けて通り過ぎる。
 四つ足で素早い動き。ワームとは違う何か。
「魔獣が、出たんだ……」
 ソレイユが固唾を呑んでルーナに告げる。
「!!」
 メキ、バキ、とオルタンシアの低木が折れる音がする。
 ルーナが葉の影から顔を覗かせると、ワームを尻尾から呑み込もうと、トカゲが食らいついているのが見えた。
 ワームも、トカゲも。ここらではあまり見る事がない。何処かから迷い込んだのだろう。
 トカゲは呑み込むべく出鱈目に爪を立てて傷をつけており、それにワームは身体をのたうち回らせ、群生するオルタンシアの中で暴れている。
「やだ、オルタンシアが……!」
「だめだよ、ルーナ! 隠れてないと……!」
 オルタンシアの庭は、ルーナが大切にしている場所の一つ。花も近日に咲くだろうに。
 土からひっくり返されたもの、根本から折られてしまったもの。
 庭の一画は、既に魔獣達に蹂躙されてしまっていた。
「でも……!」
「!」
 ワームがトカゲを振り払い、吹き飛んだそれが二つの影が隠れるオルタンシアをなぎ倒した。
「ひっ……」
 トカゲは小さな影二つを一瞥したが、這いずるワームへと再び走り出して行く。
 さながら、お前たちは食後のデザートだと言わんばかりだ。
「ルーナ、こっち……!」
 この隙に少しでも距離を稼ぐべく、ソレイユはルーナの手を引いて未だ無事であるオルタンシアの影に隠れ潜む。
 幸いにも、二人が隠れた近くには巨木が存在した。吹っ飛んでこようと、トカゲの体躯程度ではびくともしないはずだ。
 幹の周囲に植わるオルタンシアの葉もあり、遠目からは一見して判らないだろう。
 ここに隠れていれば、暫くは魔獣の脅威から身を守れるだろうが……。
 逃げ出そうにも、魔獣達は未だ出鱈目に暴れている始末。迂闊には動けない。
 もし逃げだせたとして、途中で万が一トカゲに見つかってしまえば、あの速度では追いつかれてしまう。
 そしてワームを捕食したトカゲが、視認した餌である二人を探しにやってくるのも時間の問題。
「ルーナ……」
「ソレイユ……」
 身を寄せ、恐怖に震える手を握り合う。
 雨の降りしきる森、時刻は昼を過ぎた頃。
 一面に植わるオルタンシアの庭で、二人のかくれんぼが始まってしまった。

●少し前の刻
 フィルエス大森林へ向かう魔獣の存在が確認された。
 近場の山に棲んでいたとみられるエストマトカゲが、餌となる大きなグロットワームを追っていたという。
 エストマトカゲは餌とみなした物を何処までも追い掛ける性質があり、しばしば面倒がられる存在である。
 人のいる街に下りてくる事は少なく、討伐依頼が出される事はあまり無いという。
「妙な魔獣の噂を耳にしまして。当集落での目撃情報からそうではないかな、と」
 リベルタと名乗るエルフが、集落近辺の魔獣捜索及び討伐依頼を冒険者らに募った。
 穏やかな物言いと立ち居振る舞い。仕草は大層落ち着いている。
「オルタンシアはご存知ですか? 私の玄孫がその群生地を庭と呼ぶ場所がありまして。それはもう、熱心に育てているので」
 彼はこう続ける。
 南東に位置する集落、そこから程近い小川を下流に辿ってゆくと、開けた場所にたくさんのオルタンシアがある。
 魔獣達がいるとするならば、その近辺ではないか、と。
 一面のオルタンシアを目印にすれば迷う事は無いだろうが、必要があれば案内してくれるそうだ。
「今日もプルウィアは雨でしょうから。足元にお気を付けて――」
 穏やかに微笑むリベルタが、改めて冒険者らに依頼を頼んだ。時だった。
 ギルドの扉がバタンと開け放たれる。見れば、雨に濡れた一人の男が駆け込んできた。
「長(おさ)!|」
 濃緑色のマントのフードを取り払った男が、蒼白とした表情で肩を上下させていた。
 リベルタは静かな所作でそちらへと顔を向ける。
「例の、……魔獣がいると思われる庭に、ルーナ達が!」
「……そう、ですか」
 努めて冷静な表情のままに、リベルタが冒険者達へと向き直った。
「救出最優先で、願えますでしょうか?」

解説

|目標 ・子ども達の救出 |状況 皆さまにはプルウィアの集落から小川を辿り、オルタンシアの庭へ向かっていただきます。 時刻は昼を過ぎた頃。鬱蒼とした森の中、雨のせいか少し薄暗いです。 到着時点、庭の東側で魔獣達は争っており、そこから見える範囲の巨木の影に二人は隠れています。 皆さまの到達地点は真南です。オルタンシアは東側を中心に損壊しています。 |場所 雨がしとしと降り注ぐ、フィルエス大森林南東部。 幸運にも【呪輪】の被害を受けず、青々と茂る木々に囲われた「プルウィア集落」近く。 15ヘクス程度の円形状に広がってたくさんのオルタンシアが植わっており、樹高は1.5メートルほど。 庭と呼ばれていますが、柵はありません。代わりに、囲うように巨木が点在しています。 オルタンシアは開花期が近く、鬱蒼と葉が茂っているので視界は悪いです。 雨のお陰で庭は滑りやすいうえ、植物の根も蔓延っており足場は良くありません。 |魔獣情報 ・グロットワーム:移動「1」 頭部に鋭く強靭な牙を持っており、巨木の幹すらかじってしまえます。全長3メートルほど。 エストマトカゲに餌として認識されています。 体格差で都度振り払っていますが、疲弊しているのか動きは鈍めです。 尻尾部分にエストマトカゲによる傷跡が何か所もあり、捕食されるのは時間の問題です。 行動:前に這い進む、噛み砕く、暴れる(1ヘクス内の対象全てへ無差別範囲攻撃) ・エストマトカゲ:移動「2」 全長2.5メートルほど。グロットワームを餌と認識しています。体躯に見合わず素早いです。 動かない物より動く物につられて追いかける習性があります。 グロットワームを優先的に狙い、捕食後はルーナとソレイユを探し始めます。 聴力/視力に優れますが、嗅覚は劣っています。前後の肢先に鋭い爪を持ちます。 行動:引っ掻き、丸呑み、走る(メインアクション時の移動「4」) |登場NPC ・ルーナ&ソレイユ プルウィア集落の住人、13歳の子ども達。 2人とも魔獣と遭遇するのは初めてで、酷く怯えています。 濃緑色のマントフードを被って隠れているので、視認は難しいかと思います。 ・リベルタ プルウィア集落の長。 見た目は20代後半のエルフ。 必要があれば庭の近くまで案内します。

マスターより

雨の森での救助+討伐依頼でございます。 鍵島と申します。オルタンシアの庭とは、つまり紫陽花畑です。 招かれざる二体の魔獣を抑え、子ども達の救助をお願いします。 冒険者の皆さんが二人を救けてくださる事を、心よりお待ちしております。

リプレイ




 降り注ぐ雨の音が、フィルエス大森林に踏み入ったサイラスの耳にさざめいて。
 見上げる空の灰色に切れ間は無く、どこまでも続いているかのよう。ランタンの灯りが酷く暖かく思えた。
「では、これより庭まで先導させていただきます」
「あぁ、助かるよ」
 依頼人のリベルタに案内を頼んだカイン・ステラ。
 大鎌鼬のファには、先行して偵察に向かわせている。
「オルタンシアの庭か。そこにいる子どもの名は?」
「っと、服装の情報も欲しい」
 周囲を警戒しながら進む海神・江流が尋ね、そこにカインがもう一言添える。
「ルーナと、ソレイユです。雨避けも兼ねた深い緑のマントフードを着ているはずです」
「……魔獣はともかく、彼らを目視での発見は難しそうですね」
 リディリディ・トゥラ・イェレミースの目に映るのは、どこまでも続く鬱蒼とした木々達。
 深く薄暗い森は冷たく、人の姿をした温度の視認には至らない。ふ、と小さく吐いた呼気も冷たく霧散する。
 名前をつけ、大事にしているだろう庭。二人を一刻も早く助け、大切な場所を守りたい。
「無事を祈りましょう」
 周辺把握に努めるミィアの目にも、まだ敵影は映らない。ただただ、静かな森がそこにある。
「それに、早く安心させてあげないとだ」
 雨音以外も決して聞き逃さないべく気を張るウォーゼルが、リベルタに水を向けて。
「……どうか。助けてやってくださいね」
 森の奥へ続く道を進み、見えてきた集落の傍に流れる小川を下流へと辿る。
 緑で覆われた薄暗い世界が今暫く続いて。ある大きな巨木の脇を通り抜けた瞬間、それが視界一面に一挙に広がって現れた。
 つぼみを大きく膨らませたオルタンシアが、一面に植わっている。圧巻ともいえる光景に、誰とは無しに声を潜める。
 リディリディが見ていた故郷の森とは、また違った様相の。雨の降る、美しい森。
「ここは……正しく、玄孫さんにとって大切な場所なんですね……」
 彼女から感嘆の溜息が漏れた。その時。
「! ファが敵影を捉えた! 此処から……東だ!」
 カインの声に、各々が得物を手に取る。
 東、ともすれば。そこから多少でも離れた位置にいるはず。
 雨音ばかりが響くこの場所で、微かな魔獣達の暴れる音が、ミィアとウォーゼルにも届いた。
「子ども達がいるとすれば……」
「きっと、西寄りの場所だと思う」
「それなら。其方へ声を掛けながら、厄介な魔獣達を探しに行こう」
 脇差【神楽】の鞘を撫で、江流がカインの告げた方角へと視線を投げる。接敵を急ぐ彼は、一馬身以上の間を開ける速さで以て皆の前を走り抜けた。
 オルタンシアの上を駆け行く姿は、雨を物ともしない風に似ている。
 ひゅう。飄々として口笛を吹くサイラスも、オルタンシアの薙ぎ倒された痕跡を目に入れ駆けだした。
「いよいよお出ましだな」

●小さな影二つ
 ルーナとソレイユは、オルタンシアの影に隠れて怯えていた。
 今なお文字には形容しがたい鳴き声をあげて、魔獣達は暴れている。
 滅茶苦茶に薙ぎ倒される木々の悲鳴が聞こえる。
 大事な庭を土の中から壊される酷い音もする。
 小さな声で泣きじゃくるルーナの背中を、ソレイユが雨に濡れそぼる手で懸命に撫で擦る。
「お庭も、……わたし達も……無事でいられるのかな……?」
「……だいじょうぶ、だよ。父さん(リベルタ)が、きっと、きっと……」
 いつやって来るかもわからない。あの恐ろしい目に睨まれてから、ソレイユの手はずっと震えていた。
「きっと……」
「……ソレイユ、何か――きこえる……」
「え?」
 俯いたままであったルーナが、顔を上げて周囲を見渡す。
 つられたソレイユも周囲を見るが、何も、景色の中に変わった物は見いだせない。
「何か……」
 葉を掻い潜って二人の頬を打つ雨の中、確かに、鋭い影が見えた。

「ルーナ! ソレイユ! 返事はしなくていい! 魔獣はこっちでどうにかするから、その場を動かず隠れてろよ!」
 真っ先に敵へ目掛けて宙を往く江流の声が、庭に強く響く。
 聞きなれぬ声に、二人が瞼をゆるりと見開く。
「リベルタさんから依頼を受け助けに来たよ! 必ず助ける、だからそのまま動かず待ってて!」
 次いで、優しくも力強いウォーゼルの声も確かに耳へと届けられて。
 絶望に暗色を落とした瞳が、瞬きを経て微かに光を抱く。

 顔を上げて周囲を確認し始める二つの温度が、目測数メートル先にある巨木の影。オルタンシアの葉越し、リディリディにはハッキリと視認できた。
 体温はやや低下しているようだが、怪我をしている様子は無さそうだ。子どもらしく、きょろきょろと忙しない挙動を見せている。
 オルタンシアの間を往き、葉を掻き分けて。二人の視界に、魔獣なんかではない。穏やかな表情を浮かべるリディリディが飛び込んでくる。
「冒険者ギルドの者です。おふたりとも、ご無事です……か?」
 きょとんとした顔をされて、一拍の時が流れ。
 次第に大粒の涙を眦に浮かべる二人に、リディリディが目を丸くさせる。
「わ、ぁ"っ……」
「うぁ ッわ!?」
 ぼろぼろと涙を頬に伝わせる二人が、まさに声を上げるかといった折りに。
 ソレイユの顔面に、リディリディに同行させていたファが張り付いた。
 柔らかな被毛に溺れてひっくり返るソレイユを見て、ルーナの涙が思いがけず引っ込む。何やら口角をひきつらせている。笑うのを我慢しているらしい。
「と。とにかく。お二人とも、此処は未だ危険です。あまり動かない様に……!」
 リディリディの言に涙の痕も乾ききらぬ二人が、小さく頷いてオルタンシアの影に隠れる。
「保護できたか! なら、二人とも! なるべく顔を伏せているんだ!」
 魔獣達との距離を測りながら、近くに位置どっているカインが大声を張る。
 遠く射程を持つ彼は、魔獣の動きを阻害すべく影の立役者として竜骨の短弓を引き絞っていたのだが。
「――トカゲが、来るぞ!」
 餌を失くし、精魂尽き果てかけたトカゲが、カインを真っすぐに睨めつけ駆け出していた。

●出出しの攻戦
 広く植わるオルタンシアが東側に抜けるように損壊されて、さながら獣道が出来ている。
 真っ直ぐに進んで行けば、雨の音を掻き消さんばかりに激しく争う二体の魔獣がそこに現れた。
 毒々しい色の体液をそこかしこから噴出するグロットワーム、それを圧倒するエストマトカゲ。優勢なのは後者だ。
「先に死んでもらうのはワーム、だな」
 駆け抜けるサイラスが身に携えた風雷坊、その姿に酷似して生み出されたエーテル塊が大きく振りかぶり射出された。
 入り乱れるワームの頭部にあたる箇所へ見事に切っ先が突き刺さり、けたたましい鳴き声が周囲一帯へ木霊する。
「効きはまずまず、だが動きを封じるにはもってこいだ」
 飄々と零したサイラスが、続けて同じ型のエーテル塊を振りかぶる。雨のなか真っ直ぐに跳んで、ワームの身を貫き地面へ縫いとめた。美しさすら覚える軌道を追うかの如く、江流が二つの刀を構え飛び込む。
「必殺技とか、そういう大仰なのはないんだよね」
 蔓延るオルタンシアの根、不安定な足場を生む雨。それを物ともせず、江流は軽業師にも通ずる軽妙な動きで庭を駆けて、自慢の刃を存分に揮う。
 餌をとられるとでも思ったのだろう。彼の刃がワームへ突き立つ寸で、トカゲが前脚を掲げて江流へと迫る。
「慌てるなよ、直ぐにお前の相手もしてやるさ」
 鮮やかに身を翻し、江流はトカゲの攻撃を躱した。宙を引っ搔いて体勢を崩した表皮を蹴り、間合いを確かめ、苦しみもがくワームを刻む。
 然し尚も暴れる巨体だが。トカゲにつけられた傷口を狙ったウォーゼルが、次の獲物を見定め始めたトカゲを掻い潜り、鋭い竜の爪を持つ籠手で大きく切り裂き、絶命させた。
 ばったりと倒れ伏すワーム。だが、まだ油断はできない。トカゲの目は爛々と光っている。
「ほらほら、こっちだ!」
 囮役を自ら買って出たウォーゼルが、地面に露出する巨木の根の上を跳び、トカゲを翻弄する。
 だがそれは捕食者として、近場の山に棲み長く生き続けた個体である。サイラスの放つエーテル塊を突出した動きで避け、江流の鋭い連撃を貰い受けるのを一撃で止め、爬虫類の大きな目で真っ直ぐにウォーゼルを狙い四足で駆けだした。
 動く物を狙う習性は、覿面に利用されている。
「……ッ!」
 ウォーゼルの身体に鋭爪をかすらせ、彼の眉宇が微かに寄せられる。
 オルタンシアを気遣うあまり、間合いの確認を違えたか……!
 今か今かと大きな口を開けるトカゲに武器を構え、来たる衝撃に備えた、一瞬。
「閃光弾だぜ、っと!」
「!」
 サイラスの持ち込んだ閃光塗弾が炸裂する。咄嗟に目を瞑ったウォーゼルは、瞼を突く光の消失を確認後、徐に目を開く。
 見れば、一時的にでも視界を失ったトカゲがオルタンシアの中で周囲を伺っている。
 聴力を頼ろうとしているが、この好機を江流は逃すはずもない。
「実直に、当然に仕留めるのみ」
 居場所の感知を容易に行わせないがため、転々と攻撃箇所を変えて刃を突き立て斬り付け続ける。
「だな」
 幻影技術で手数を増やし、サイラス自身の太刀以外にも、槍といった刺突武器がトカゲの皮を切り裂いている。 
「ウォーゼルさん、ご無事ですか!」
 戦いの状況を把握していたミィアが駆け寄り、微かでも支障となり得る傷を癒しの力で回復させた。
「ありがとう。……俺も、引き続き向かうよ!」
「えぇ。お気を付けて」
 ミィアの元を軽い身のこなしで離れ、ウォーゼルも再びトカゲへと爪を立てに向かう。
 今度は間合いを確りと認識し、多角攻撃を仕掛け、視力の回復に時間を費やすトカゲを確実に攻め立てている。
「これなら直に……!」
 何か。違和を覚えた。
 蹲って、ただただ三人の猛攻を浴びているように見えるトカゲだが、ある一点に首を向けていた。
 薄暗い森を見渡す目、小さな声も聴き取れる耳。ミィアが、トカゲの行く先に意識を注ぐと。
「……子どもさん達のいる方角……!」
 刹那。
 血潮を流したトカゲが、もの凄い勢いで四足を動かす。ミィアが危惧した方面へ、まっしぐらに走り出したのだ。
 後を追いかけるサイラス、ウォーゼルのさらに先を、江流が行く。
「カイン、そっちへ向かった!」
 少しでも届けと、雨に掻き消されぬ力強い声をあげて。
 
●終決の守戦
「やはり来たか……!」
 敵影たるトカゲはやや遠くあるが、三人の猛攻に脇目も振らずひた走ってきている。
 矢筈を数えたカインは、鋭い目でトカゲを見遣り、鏃へとエーテルを収束させる。確実に穿てば、炸裂したエーテルがトカゲの動きを鈍らせてくれる。
 リディリディも子どもたちを背にカインの傍らへ立ちはだかり、自身の杖を掲げて重力場を出現させる。
 幾重にも動きを阻害されるトカゲだが、諦める事なく走る様は、かのエストマトカゲたる性質の由来を感じさせた。
「あの様子では長くない、と思うのですけど……!」
 続けて青白い光の槍を顕現させ、リディリディはその手から投擲を行う。
 一段と動きを鈍らせるトカゲだが、這ってでも辿り着こうとする動き。いっそ感心すら覚えてしまいそうだ。
「子ども達なら、今わの際でも食える、って思っているのかもな……だが!」
 ファを抱えるルーナ。そんな彼女を背に庇い、怯えた表情を隠さないままのソレイユは。
 カインとリディリディに助けを乞うかに思えるような眼差しを向けていた。
「させるかっての……!」
 充分な距離を保つ今のうち、カインは風のエーテルを纏った矢を射った。
 到達までの距離が長ければ長いほど、纏う風はより速さを携え、獲物を確実に打ち抜くだろう。
 少々時間を置いての射出だが、到達まで十分な距離がある。
 足止めを尽力して行う三人により、トカゲの動きは格段に鈍くなっている。

 しとしと降る、雨のなか。
 カインの放った三つの矢じりが、トカゲの眉間と両眼を貫く。
 絶命を迎えたそれが、薙ぎ倒されているオルタンシアの上へ転がった。

「……!」

 弓を下ろしたカイン・ステラの姿に、ルーナとソレイユがぽかんと口を開けている。
 途切れる事無く続いた雲間に、微かに、切れ目が沸いて。
 勝利を確信したカインが、笑いかけたときに。彼の身体に、細く淡い陽が射して、雨がきらきら光ったから。

「頑張ったな、二人とも」

 冒険者の姿が子ども達ふたりに、どう映ったのかは明白だろう。

●オルタンシアの庭にて
「皆さん。ありがとうございました。……二人が、この有様で。お礼をお伝えするにも、このような無礼で申し訳ないですが」
 泣きじゃくるルーナとソレイユに引っ付かれたリベルタが、冒険者達へ深々と頭を下げる。
 きちんとした礼もままならないが、如何せん、これでは叱るに叱れない。
「でも。本当に無事でよかったよ」
「あぁ。労い、ってわけじゃないが……」
 ウォーゼルがチョコレートを二人へ差し出し、カインも持参したコーディアルを水で割ってくれた。
 ぐす、ぐす。
 多少落ち着いてきた頃合いか。しゃくりあげるルーナとソレイユだったが、おずおずとそれらを口に運ぶ。
 何せ何時間もオルタンシアの庭で隠れきり。食事にありつくのはとても久しく感じる。
「……おいしい」
「うん。うん、……」
 涙の痕が残るルーナと、それに同調を示すソレイユ。貰い受けた分を、お腹に入れたのはあっという間だった。
 お礼は。リベルタが二人の肩を軽く撫で叩くと。
「ごちそうさま、でした」
「でした!」
 慌てたように姿勢を正して礼を述べる子ども達。リベルタが重ねて礼を告ぐ。
「リベルタさん。オルタンシアの状態を確認してきたんですが……」
 リディリディが傍に歩み寄り、損壊したオルタンシアの庭を手で示す。
 植物へ共感覚を働かせた彼女によれば、薙ぎ倒されたオルタンシアの殆どは、きちんと植え直せば問題ないだろうという。
 ただ。暴れていた魔獣の下敷きになったり、ワームの毒々しい体液を浴びてしまったものは、枯れる他ないそうだ。
 人や動物にとっては瞬間的に回復できる癒しの力も、植物へ働きかける効果は些事に過ぎない。
 それでもミィアは、まだ成長の余地がある健康なオルタンシアをリディリディに尋ね、的確に回復をさせてくれている。
 目に見えてルーナの表情に影が差す。その姿を認めた江流が、オルタンシアの庭を見つめて呟く。
「出来ることはやらなければだね」
「ですね」
 江流にウォーゼルが片手を上げて手伝いを申し出た。
 完全な修復には至らないだろう。それでも、大切にしている場所の整備くらいは出来るはずだ。
 サイラスは素材を剝ぐという目的もあるが、庭に残された魔獣を解体しているようだ。
 あまり魔獣が訪れる事のない集落では、魔獣の死体は手に余ってしまう。私欲であろうが彼の行動には助けられる。
「さ。みんなで庭を綺麗にしようぜ」
「……うん!」
「はーい!」
 カインの朗らかな声が優しく響いた。

 

マスターコメント

冒険者の皆様、討伐と救助をありがとうございました。 ルーナとソレイユは無事に生還し、集落周辺は再び平穏が訪れる事でしょう。 オルタンシアの庭の整備もしていただけましたので、こちらの結果とさせていただきました。 この度はシナリオへのご参加、誠にありがとうございました。
ショートシナリオ

ショートシナリオ普通 報酬:少ない6 / 4〜8人

2022年06月03日 02時53分23秒 公開

大成功

参加者

相談掲示板

  1. No.1

    キャスターのリディリディです。 に、人数が揃いましたね。 あの・・・、よろしくお願いします。 魔獣退治も含めた、救出依頼ですね。 子どもたちの確保が優先されますが、視界が悪いようです。 薄暗いということなので、何かでカバーできれば良いのですが。 トカゲは子どもたちよりワームを優先するようですが、 子どもたちが動いてしまうとどういう行動を取るかはわかりませんね。 今の人数ではワーム対処、トカゲ対処、子どもたちの保護と分かれるわけにも行きませんし・・・。 私がひとまず子どもたちの保護に回りましょうか? 同じエルフということで、安心してくれるかもしれません。 その間、みなさんでどちらかを集中して攻撃してくださると有り難いです。 私もある程度落ち着かせたら加勢しようと思いますが。

  2. カイン・ステラ

    シューター、カイン・ステラ。 よろしくな。 薄暗いみたいなんで、まず暗視と、あともう1つは検討中。 ペットは相談で決めようかなって思ってるが、機動力考えると大鼬の方かな。 大鼬を偵察要員に出し、かつ、捜波使えば多少彼らの現在地の特定は早くできるんじゃないかなと思う。 同じエルフのリディリディが声を掛けた方が落ち着くんじゃねぇかな。ぶっちゃけ俺とか声掛けたらでけぇし、見知らぬ人間だから、思わず動かれそうだし。 落ち着かせた後、安全な場所まで離脱させるのか、それともそのままそこで動かず待機させるかは、今後依頼の参加人数増えるかどうか次第になるかと思うが、どちらにせよ、戦闘に入ったらファを子どもら側に回して彼らの周囲の目を確保して警戒させとこうかと思う。

  3. 海神 江流

    シーフの海神江流だよ。今回は宜しくね。 俺も暗視は持っていくかな。 結構でかい魔獣みたいだから、捕捉まではそんなに手間取らずにいけそうかな? 片方のたうち回ってるみたいだから、超聴覚で魔獣の居る方角にあたりをつける事はできそうだね。 カイン君が捜波役に回ってくれるなら、俺は移動スキル使って接敵を急ぐ感じにしようかな。動き的には暗視が会ったほうが良さそうだし準備しておこう。 ワームはトカゲに抵抗しているし、危険度はどうもトカゲの方が高そうだ。 トカゲがワームに執着して此方を軽視している間にトカゲの体力削ってしまうか。 その間にワームに逃げられたりすると問題が生じそうなら、各個撃破の速度から考えればワームからでもいいとは思うんだけど。 このへんは皆の意見と合わせたいかな。

  4. ウォーゼル

    シーフのウォーゼルです、よろしくお願いしますね。 薄暗さへの対応は検討中ですが、草木が茂って視界を確保できないとの事なので、双波で地形把握と2人を探す手伝いができればと。 子供達に勝手に動かれると危険だと思うので、問題なさそうなら庭に到着時点で大きな声で全体に届くように救助に来た旨とその場を動かないように伝えようかなと考えています。 リディリディさんが保護に回ってくださるなら二人の事はお任せして、俺は2匹の対応に回ろうと。 2匹とも東側からは、あまり動かないようにさせたいですね。 トカゲは動くものを追う習性があるようなので、トカゲの周りを動き回って引付けられるでしょうか。 ワームとトカゲ、どちらを優先するかは海神さんがおっしゃるように意見を合わせておけるとよさそうですね。 悩ましいですが、ワームに執着しているトカゲよりも動きが読みづらいワームの撃破を優先した方が子供達の安全を確保しやすそうかなと思いました。 皆さんの意見も是非お聞かせいただけると嬉しいです。

  5. No.5

    サイラスだ、よろしくなー とりあえず敵対応に行こかと?殺界持ち込んで捕まえよか?一応弓や杖持って遠隔しつつカバリングで守るとかも考えたが 殺すならワーム優先でいいと思う。餌に執着してる奴より天敵が消えた奴の方が動き厄介そう

  6. No.6

    ええっと・・・、私は視覚補助にサーマルアイを準備する予定です。 >優先 はい、ワームを先に撃破で問題ないかと思います。 その後にトカゲがこちら側に向かってくるようでしたら、重力場の召喚などで移動阻害を試みます。 もっとも殺界で防いでくださるということでしたら、移動阻害は必要ないかもしれませんけど。 ワームにもトカゲにも遠距離攻撃がなさそうなのが助かります・・・。

  7. カイン・ステラ

    もう24時間前切ったし、スキルのこと考えないと…。 俺は捜波+看破、ホークアイでの捜索系とBS付与狙いでいくよ。 人数的に彼らを先に逃すのは難しいと思うし、見つけた後は大鼬を彼らの傍に置いて状況確認しておくわ。

  8. 海神 江流

    それじゃ、ワーム優先でいこうか。 そのつもりでこれからプレをまとめておくね。

  9. ウォーゼル

    ワーム優先で了解で決まりですね、了解しました。 汎用は超聴覚があったので視界補助に準備して行こうと思います。

  10. ミィア

    ヒーラーのミィアです。 出発間際ですがお手伝いに来ました。 暗視と超聴覚で状況を把握して回復をします。 必要でしたら子供さんたちも。 よろしくお願いします。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0