生命募る雪中の音
辻村朝
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シナリオID:1870
オープニング
針葉樹の葉はその光景に唯一色を差したが、満足に誰かの目に届くことはない。
荒れ狂う風と舞い上がっては千千に散る雪が、ヒトに目の前の光景を楽しむことすら許さない。
「どうして」
凍えるような寒さに自らの肩を抱いて震えながら、青年は小さく呟いた。
山の天気は変わりやすい。
そんなことは当然ながら知っている。
とはいえほんの15分ほど前までは、冬の空は青く晴れ渡っていたし、風も穏やかだった。
冬にしか見かけられぬ植物を採取するには、もってこいの日だったのだ。
それが今や見る影もない。
急すぎる状況の変化は、青年からある程度冷静さを奪っていた。
「――?」
ひどい雑音に紛れ、青年は別の音を聞いた。
女の声?
いや、これは、歌?
澄んだソプラノが、青年の耳に確かに届いた。
何を歌っているのかは分からない。
それでも青年は、その声が美しいと思ったのだ。
一度聴こえ始めた歌声は途切れることなく青年の耳に、心に響き続け、彼の寒さに震える足をも動かし始める。
すると青年は、その声が一つではないことに気がついた。
向かう正面方向から聴こえたかと思えば、次に捉えた時には右前方から。
方向を違えたかと足を向ける方向を変えれば、今度は左から。
そして左右、両方から。
もはや輪唱、または合唱だ。
寒さをも忘れさせる。
声の主をひと目見たい思いで歩を進めた青年は、やがて自らの異変に何も気付かぬままに意識を手放した。
●
「山の異変を解決してきて頂きたいのです」
都市同盟のとある街にある冒険者ギルド支部。
神妙な面持ちの受付嬢は、冒険者たちに説明を続ける。
「冬にしか見られない種の植物が多く群生する山なのです。魔獣が出ないわけではありませんでしたが、比較的平穏な場所でしたので植物好きな方には密かに人気のあるスポットでした」
状況が変わったのは、この冬が訪れてから。
徐々にではあるが、しかし確実に、山に入ったまま帰らぬ者が増えてきたのだ。天気がそれほど乱れていたわけでもないのに、だ。
そしてある時、凍死寸前の青年が見つかった。彼もやはり、植物の為に山に入っていったうちのひとりだった。何かの拍子にちょっとした崖から落ちたらしく、寒さとは別のところで意識を失っていた。
かろうじて一命を取り留め意識を取り戻した青年の口から飛び出したのは、「あの歌声は何だったのか」という謎の発言。
その後も続いた彼の話から、この山に何らかの異変が起こっていることは明らかだった。
だが、問題が一つ。
「魔獣……だとは思うのですが、正体が掴めていないのです」
受付嬢は言う。
「天候を操っている、ということはまずあり得ません。そんな魔獣は聞いたことがありませんし、そもそも発見された青年が山に入っていた時期も、特に天気が崩れてはいませんでした」
では、彼が体験したものは幻覚の類だったのか、というと、防寒着を脱いだわけでもないのに凍死寸前まで至っていたのだからそれだけとは言い難い。
そして、青年が聞いたという意味の分からぬ歌。
ひとり分の歌声だけならまだしも、青年の言うようにいくつもあるのだとしたらそれは幻聴だとしても厄介だろう。
「仮にその歌の主を魔獣――セイレーンだとでもしておきましょう。そうだとして、ただそれを倒せば終わり、ではないかもしれません。念には念を押すように、動いていただければと思います」
そう言って、受付嬢はひとまず説明を締めた。
解説
マスターより
リプレイ
「生活の為の里山に魔獣か。困りものだな」
山の麓から山道に足を踏み入れつつ、ロドリック・アルカインは眉を顰める。
普段はそれほど天気が大きく乱れないという山だが、それでも寒いものは寒い。冒険者たちの吐く息は白く、各々の防寒装備がなければ凍えてしまうのは間違いなかったろう。
「この山に何があるというのかしら」
「山に入った人間をいい獲物にしてるんだろうねえ。珍しい植物も生えてるって話だし?」
首を傾げるロゼットに、サイラスがそう推測を述べた。
珍しいモノ見たさ・欲しさに知らない場所に踏み込みたいという気持ち自体は、サイラスには分からないでもない。尤も彼の場合はその主目的は素材だが。
「しかしセイレーンか……興味深いな」
ギルドで聞いたことを思い出し、シハーブは歩を進めながらふと思考を巡らせる。
傍目には、真面目に今回の事案の真相を推測しているように見えるだろう。
実際のところは、
(セイレーン。つまり、雪山に美女?)
などとしょうもないことを考えていた。おまけに、歌を歌っていた魔獣の外見情報などありもしないのに、思い込みで見た目が綺麗だと思いこんでいたりする。
ただしこの場にはひとり、彼のそんな思考を読むことが出来る人材がいた。
「まぁ! まぁ! 『素敵な歌』ね!」
言いながら、アンノウンは歩く進行方向をほんの少しだけ横にずらし、すぐ横を歩くシハーブの足を思い切り踏んづけた。
完全に油断していたシハーブはバランスを崩しかけたが耐え、「すまん」とアンノウンに2つの意味で謝罪する。
アンノウンはと言えば「いいのよ」といい笑顔。これまた傍から見ると、思考に耽るあまり注意が疎かになっていたシハーブを窘めたように見えるだろう。いや、間違ってはいないのだが。
「素敵な歌?」
その更に後方からファヌが聞き返すと、アンノウンは彼女の方を見て肯き返した。
「えぇ、素敵よ。だってとっても呪いの様だもの」
どうやら育ちの影響で、信仰やら呪いといった類のものには少しばかり思うところがあるようだった。
それにしても、と、ハリーヌ・ヨツユビが続ける。
「歌声に暴風雪でございますか。セイレーンの仕業だけとは思えないでございますね?」
「複数の魔獣が関わってるのね?」
ファヌの推測に、ええ、とハリーヌも肯く。
「天候が変わったわけでもないのに凍死寸前、というのも気になるでございます」
「天候ではないならば、魔獣か……授恵者の能力の可能性も考えられます。範囲的に暴風雪を出せるのか、そういった幻覚を見せるのか……」
そう言葉を紡いだのはコルネリウス・アーラである。
先程サイラスは「人間を獲物とする」と言ったが、一方でコルネリウスは別の推測を立てていた。
即ち、獲物ではなく寧ろ、それらを護ろうとしていたのではないか、と。
「授恵者なのだとしたら、まずは理由を確認したいところですね」
「何だか情報が錯綜してるわね」
一行の中では前の方を歩きながら、これまでの仲間の話に耳を傾けるだけだったデイジー・ロックウェルが「あーもう」頭を振った。
難しいことを考えるのはやめた。自分の性分に合わない。
「ま、全部叩き斬れば解決よね!」
無論、コルネリウスの言う通りに何か事情があるなら話は別だとして。
全員が纏まって山道を往く。
お世辞にも高いとは言えない里山だ。メインの山道もそれほど幅が広いわけでもなく、冒険者たちは縦列を組んで進むことになった。
その山頂へと続く道を歩くこと暫し。
「……何も出てくる気配がないな」
心做しか残念そうにシハーブが言う。ロゼットから借りた上で腰に巻き付けたロープの先端を、妻であるアンノウンがぐい、と少し引っ張った。下心がロープ越しに伝わっているようだ。
「今のところは、特に変な臭いなどもないようでございます」
「音の方も異常なし、ね。風で針葉樹の葉が揺れる音がするくらい」
それぞれ鋭敏に感覚を働かせていたハリーヌとデイジーが付け加えた。
「山道に希少な植物が少ないのは人間に採集されたから、かしら」
周囲を見渡しつつロゼットはそんな印象を呟く。
希少な植物は山道から離れるにつれて見かけられる数が増えるという。
「いくらある程度自生出来るとはいえ、無暗に採集されては追いつきませんからね……」
花鳥園を営み、植物に関しては相応の拘りがあるコルネリウスが眉を顰める。
実際ここに至るまで、異変がないのもそうだが見かけられる植物も、ごくありふれた木々や雑草を含む花ばかりである。
「ここはやはり、青年が辿ったという道を行くべきではないか? 歌声は聴こえるかどうか分からないが、何かしらの異変が起こる可能性は高いだろう」
他にも同じことを考えていたことが数人いたこともあり、ロドリックの言葉に全員が肯く。
登り始めた時は穏やかだった空はいつしか厚い雲に覆われ、雪がちらつき始めていた。
改めて方針を定めた少し後、冒険者たちは山道から外れた獣道に入った。
青年から聞いたのと同じルートである。
「雪、強くなってきたわね」
「けどこれは自然の雪だな。話に聞いたのとは違うだろう」
空から舞い落ちる白い結晶が明らかに目立つようになり、ファヌは上を見上げ、ロドリックは前を見据えながらも小さく首を横に振る。
しかしその直後、それまでは時折少し吹く程度だった風が強くなり始めた。それまでより冷えた空気が、冒険者たちの身体に容赦なく吹き付ける。
「これは違うのな?」
「微妙なところだなー……いや」
アンノウンの疑問に答えつつ、あることに気付いたサイラスは「違うな」と考えを改めた。
「まだ周り見えるじゃん」
言われて、他の冒険者たちも青年の証言を思い出す。
「そっか、幹……真っ白になって何も見えなかったって言ってたわね」
デイジーが言う。
もし状況の始まりであれば今もそうなっていておかしくはないのだが、実際はまだ木の幹や雑草の色も見える程度の風雪の強さだった。もちろん、仲間の姿も。
「……だとすると、これから先はますます気を抜けないわね」
険しい表情でロゼットは告げる。
「このまま進んでいって、どのタイミングで異変が始まったかは正確に見極めないと、対策も無意味になってしまうかもしれないわ」
●
それらは待っていた。
自然の風雪の中、植物を探して森へ分け入ってくるヒト共を。
今般の標的は9人と随分と大所帯だが、それでもそれらのやることは変わらない。
木々が激しく揺れ、巻き添えになった者の視界を奪い去る程の量の雪が舞う。
そしてそこに、凍えるような冷気が放たれた。
領域に入り込んできた標的たちは思わず足を止める。
一連の行動が、それらにとっての一つの合図である。
――少し遠くで、歌声が響き始めた。
あとは術中にはまるだけ、だった。
それらにとって予想外だったのは、標的は視界に惑わされなかったということだったが。
●
「――来ました!」
最初に異変に気付いたのは、温度を視覚化出来るようにしていたコルネリウス。程なくして、同様の準備をしていたハリーヌも気付く。
「なるほど、ここが敵の領域ということでございますね……!」
風雪自体は少し前から徐々に強くなり、最早前方を往く仲間の姿もはっきりと見えなくなっていた。
加えて2人の目により、前方の空気の温度が急激に下がっていることが分かる。
「寒っ!!」
文字通りの寒風が吹きすさび、各々防寒対策をしているとは言え思わず身を震わせた。
――そして、どこからか女の歌声が聞こえ始める。
意味を成さぬ言葉。それでも、その声は聴く者の感覚を意図したように縛り上げようとする。
「……っ」
コルネリウスは頭を振ってすぐに冷静さを取り戻す。
アンチ・サイでは無効化することが出来なかった。授恵者で言うところの汎用スキルを用いた精神感応ではなく、それ自体が一種の攻撃のようだったからだ。ファヌのエリアサイレンスも、スキルを放った者が範囲内にいたわけではなかった為か効果はなかった。
ただジャマーによる精神感応の弱体化は有効で、サイラスが準備していたおかげで多くの仲間がその恩恵に与った。
「こそこそ隠れやがって! 接近戦だおらぁ!」
立ち直ったシハーブが、暴風雪の向こうに見えた影に向かって低い姿勢から駆け出す。
白い世界の中で一際目立つ黒き巨体が猛進した先に待っていたのは、
「ぐはっ」
木の一本だった。正面から激突し、仰向けに倒れる。すかさずアンノウンがロープを引き、夫の身体を引きずった。
「何でそういうことをするのな?」
アンノウンはニコニコ顔でシハーブを追及する。勢い込んで突っ込んでいった真意が「セイレーンを間近で見たい」だというのが手にとるように分かったからだ。
「だ、だが成果はあったろう」
一応は取り繕ってみるシハーブ。「まぁそうだけど」とアンノウンはそれには同意する。
「ただの木だったなら、ダーリンの突進に耐えきれるわけないものね」
ただでさえシハーブは屈強なのだ。授恵者としての身体能力を得た今なら、あれだけの勢いで突っ込めばただの木なら地に倒れ伏すのはそちらの方なのだ。
併せて、冒険者たちはそのタイミングになって、周囲に木々の幹の色がないことに気付いた。よく見れば足元には辛うじて雑草や土の色があるが、雪に紛れて目印にするには心許ない。
つまるところ、幹に色がないのは。
「ってことは何? もしかしてこの辺の木が全部魔獣ってこと!?」
「それだけではないようでございますよ」
声を上げたデイジーに、ハリーヌが新たなる指摘をする。
「近くに他の獣型の魔獣もいるようでございます」
実はハリーヌは獣道に入った少し後から、普段連れているペットのゴリラをあえて獣道からも外れた森の中に進入させていた。
自分たちに見えない何かを発見できるのではないか、というその予想は的中した。
事態が変わった直後、ハリーヌはエーテルリンクでゴリラの視界を見た。
明確な標的を冒険者達に定めていた為か、ゴリラを取り巻く光景は主人のそれよりまだ現実的なものだ。
その中で、木々の間を縫うように移動し、冒険者たちが居る方に向かって息を吸い込んでは吐き出す二足歩行の獣の姿があったのだ。
そして、ハリーヌは見た。
「その獣型の魔獣が思い切り仰け反って息を吐き出したようでございます」
「なるほど、そいつが冷気の正体か」
サイラスが肯く。彼が個人的に考えていた異変の真相に近い形だった。
「だとすると、この状況は相手にとっても誤算なのではないか?」
ロドリックは眼鏡を外し、レンズにこびり付いた雪を払いながらそんな疑問を投げかける。
「本来なら我々は、この視界と寒さと歌に惑わされているはずなのだからな」
「倒すチャンスと言えばチャンスだけど……でも、敵は見えないのよね」
「いや」
首を傾げるロゼットに、眼鏡をかけ直したロドリックは告げる。
「この状況、要するにアーケインと同じようなものだろう?」
実際のところ、単に寒いだけではない。
木の魔獣が生み出した視界不良だけでなく、獣型魔獣が攻撃を行っていたとなれば、寒さに気を取られてはいたがダメージだって入っている。
そういう意味では【澱嵐】よりは【応雷】に近い印象だが、どちらにしてもオブジェクトではある。
「ならこうすればいいのだ」
と言って、ロドリックは宿り木の長杖をかざし、森のある方向へと振り下ろす。
オブジェクトの相殺。
暴風雪に見舞われていたうちの一部分だけ、それこそ台風の目にでも入ったかのように一瞬ポッカリと風も雪もやみ、その後すぐに稲光が無数に発生する空間が生まれた。
その中に残る、直立した白い存在。それこそ木に擬態していた魔獣の正体だ。
稲光の空間は魔獣の正体を顕にすると同時に、冒険者達にとっての領域でもある。しかもそれなりに広い。
どうやら木の魔獣には擬似的な暴風雪を生み出す以外の能力はないようで、今や微動だにしない。
しかし、この領域にも時間という制限がある。
「消える前に根こそぎやっておかねばな」
続く行動でロドリックは大量の光弾を魔獣に向かって撃ち下ろし。
「今の内に、倒せるだけ倒しておかなきゃね!」
デイジーがダマスカスの大剣を振り下ろすと、その軌道に沿って生み出された光塊が周囲一帯の魔獣を巻き添えに大地へ叩きつけられる。エーテルブレードのおかげで射程が伸びていることもあり、より多くの魔獣を薙ぎ倒すことができた。
木の魔獣は数こそ多いが、個々の耐久力は大したことがないようだ。それを見越した他の冒険者達も、攻勢を開始する。
「やれやれ、化けの皮を剥がされてみれば抵抗もできないってか」
サイラスが術具でもある槍の矛先を大地に突き立てると、彼が動く姿を知っている魔獣の姿がいくつもエーテルにより再現され、それらが無抵抗な魔獣へと襲いかかり。
「ペースは考えないといけないでございますね。何せこの澱嵐の外にはまだ木の魔獣も、他の魔獣もいるようでございますから」
と言いつつ、ハリーヌも光弾で一網打尽にしている。
「その為にも、ちょっとは余裕を持たせないと……」
戦闘はこれだけでは終わらない、はずだ。ファヌは冷気でダメージを負った仲間へヒールを飛ばし、シハーブは自らも祭刀で攻撃を仕掛けつつ、サイドヒール改で回復も兼ねていた。
一方、少なくとも今の戦況にはバフを飛ばす必要はなさそうと考えたアンノウンは、自身の推察が当たっているかどうか確かめるべく、薙ぎ倒された魔獣の1本へと近づいた。
彼女は行方不明者が縦に並んでた木のように蛹や繭のようなものにされているのではないか、と考えていた。
そしてそれが当たっているならば、大きさを考えると、人が幹の中に入っているかもしれないとも。
果たして。
ヒトだったものは確かに幹の中に眠っていた。
ただしもう、この世界に戻ることはないのは目に見えて明らかだった。
四肢や身体は枝のように痩せ細り、所々骨も見えている。すっかり黒くなってしまった顔から零れ落ちてしまったのか、本来目があったはずの場所は既に空洞で、アンノウンは流石に一瞬息を呑んだ。
「これはダメなのな」
呟き、一瞬目を伏せてから蒸留酒を根本に振りまく。
翳したランタンの火が酒へと燃え移ると、魔獣を根本から焼き始める。
既に息絶えている上に、そもそも木ではないから燃え方も違う。あっという間に天辺へと火の勢いは迫り、全てを燃やし尽くした後に灰になった。
空間の効果が途切れるのを待たずして、澱嵐内の魔獣は全て打ち倒された。
「どういう意図があったにせよ、あれだけのことをしてるんじゃ戦わずに止めるのは難しい、と我輩は思うのな」
見たものを語ったアンノウンに、一同の纏う雰囲気は若干暗くなる。
それを変えようと、デイジーが手を叩いて仕切り直した。
「どっちみちまだ終わっちゃいないわ。木の魔獣もいるし、ハリーヌが見たっていう獣の魔獣も、それにセイレーンも」
「それなんですが」
攻勢の途中で邪魔が入っては堪らない、と考え、殲滅に目処が立ったあたりから周囲を警戒していたコルネリウスが告げる。
「魔獣が生み出していた暴風雪が弱まって、少し遠くが見えるようになったんです。その中で例の獣も見つけたんですが、どうやら後退したみたいです」
「後退? 逃げたんじゃなくて?」
「最初は私たちもそう思ったんだけど」
同じく様子を見ていたロゼットが続ける。
「よく考えたら向かった方向って、例の歌が聴こえてくる方角なのよね」
歌声は時折途切れ、再開したかと思えば聴こえてくる方角は変わっていたりする。ただ概ね、獣が向かった方角には合致している。
「あと、獣も一体だけじゃないみたい。全く同じ形かどうかまでははっきりと見えなかったけど」
「まぁ何にせよ」
サイラスが言う。
「もう一発かき消しておけば、流石に視界不良のまま取り逃すなんてことなくね?」
「言われなくても」
そろそろオブジェクトの効果も切れそうになっている。領域の外ではまだ暴風雪が吹き荒れているが。
ロドリックはそう返して、稲光の空間が消えた瞬間に少し先方へと本日2度めの澱嵐召喚を行うのだった。
●
熊は本能のままに走っていた。
他の魔獣と結託してからこれまで、抵抗もされずに標的を狩り取ってきた。
結託、といっても明確な意思疎通が行われたわけではなく、何となく自然の成り行きでそういう連携が生まれたに過ぎない。
いつの間にやら群れを成していた木の魔獣は純粋に餌を求めて。
熊の魔獣と、歌声の主――ヒトがセイレーンと呼んだ魔獣は、好んで食べては、なくならないように自生の様子を伺っていた餌の為。
この山が希少植物の見られるスポットだと知られるようになったことは、当然魔獣たちには知る由もないことで。
ただ鑑賞するだけなら魔獣にとっても何ら問題はないことだったが、やがて採集が始まるようになるとそうもいかなくなってきた。
餌場、或いは生活の場を荒らされるのを許さないのは、どのような生であれ同じなのだ。だから、立ち入るヒトを捕らえ、木の魔獣の餌にした。
それなのに。
今やその木の魔獣は悉く脅威により倒されている。まだ数はいるが、時間の問題だろう。
自分たちやセイレーンも標的にされている。
2体の熊型魔獣は直感していた。
木の魔獣の領域を抜ければすぐそこに洞穴がある。
入口にセイレーンの姿はない。
となれば、居るのは反対側か。
合流した2体の熊型魔獣は、洞穴の中へ駆け入った。
●
2度めのアーケイン、からの空間内の魔獣の殲滅が終わると、流石に大分視界が開けた。
「いた、冷気の息を吐いてたのはあいつらね!」
デイジーが熊型魔獣の背中を見つけて声を上げる。
「洞穴の中に入っていくみたいね」
「セイレーンの姿はない、となると……奥でございますか?」
ファヌとハリーヌが推測していると、
「うおおお、突貫は俺に任せろ!」
またしても物凄い勢いでシハーブが洞穴に突っ込もうとし。
アンノウンは相変わらず持ったままのロープの先端を引っ張って制止した後に、自分はその勢いで跳躍するとシハーブにドロップキックをかました。
「この期に及んでまだ言うのな?」
笑顔に凄みがある。何のことかは最早言うまでもない。
「夫婦漫才はそのへんにしてもろて」
半ば呆れつつサイラスは改めて洞穴の奥を見つめる。
「ようやっと追い詰めたみたいだな」
歌声は奥から、洞穴による反響を含めて響いていた。
洞穴の中でも慎重に歩を進めていくと、冒険者達にとっては意外な事実が割と早い段階で判明した。
「あれ……? 外、ですか?」
コルネリウスが首を傾げる。
入ってすぐにあった急カーブを曲がり切ると、視線の向こうには外の光が見えていたからだ。
「ああなるほど、そういうことだったの」
何かに気付いたファヌがぽんと手を打つ。
「どういうこと?」
その様子を見、ロゼットが尋ねた。
「歌は違う方向から聴こえることもある、と言っていたでしょ。ついさっきは私たちも洞穴の近くにいたから洞穴越しに聴こえたけど、これだけカーブを経たもう一方の出口から歌えば、或いは」
「洞穴から遠いところでは、別の個体が歌っているように聴こえる?」
ロゼットの答えに、そう、とファヌは肯いてから続ける。
「ということは、さっき逃げていった熊の魔獣も含め……この先に、いるっていうことになるわね」
ファヌのその予想はある意味では正しく、またある意味では外れていた。
洞穴の外にはまた木の魔獣の領域があった。つまりは暴風雪が吹き荒れているということで、熊型魔獣は森の中に姿をくらませたようだ。
だが一方、セイレーンと呼ばれた魔獣は、その姿を冒険者たちの前に露わにしたままだ。洞穴の出口には少しだけ開けた空間があり、セイレーンはそこに立っていたからだ。
美女、ではある。上半身は。
だが下半身が鳥のようになっていれば、それだけで魔獣だと分かってしまう。
翼もあった。それが、セイレーンが森に隠れなかった理由なのだろう。
暴風雪に見舞われては、翼は逆に行動し難くなってしまうから。
決着までは、それほど時間がかからずに済んだ。
近くなった分効果が高まったのか歌に足を止める者も出たが、攻撃行為をセイレーンはしてこなかったからである。
本来は大人しい性分の魔獣なのかもしれない。尤も、害を成してしまった以上放置は出来なかったが。
また、洞穴出口という視界の確保ができる場所のおかげで、少しずつではあるが木の魔獣の位置はアーケインなしでも特定が容易だった。
後はそこにメテオライトなどを打ち込めば、逃げ込んだ熊型魔獣も炙り出せる。
熊はタフではあったが、冒険者の視界を遮るものがなくてはあまりに多勢に無勢だった。
「やっぱり、植物採集の妨害が狙いだったようですね」
決着がついた後、洞穴出口近辺に散乱していた植物の残骸に気付いたコルネリウスが言う。
麓の村で冒険者たちが見たサンプルの一部に、よく似ていた。
木の魔獣は明確にヒトを餌にしていたようだったが、熊やセイレーンは違ったのかもしれない。
「だからといってこれまで通りだったら、また同じことが起こるかもしれないわね」
やはり採集に制限をかけてもらうべき、というロゼットの提案に皆が肯き。
擬似的な暴風雪もなくなり、自然の雪も止んだ山を、冒険者たちは静かに降りていった。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:多い9 / 6〜10人
2022年02月09日 22時36分40秒 公開
相談掲示板
4人目、失礼する。キャスターのロドリック・アルカインと言う。 ……魔獣のことは詳しくないのだが……。植物豊富な山に出るような魔獣、として対策を練るべきか。声が聞こえたというなら、亜人の系統かもしれないな。 寒くなるのは事実のようだから、防寒は気に留めておきたいところだ。
6人目、これで成立かな。ヒーラーのロゼットと言うわ。 あいにく推理は苦手で、現状だと私にはさっぱりだわ。 青年が結果的に助かったのは、崖下に転落したから、かな。 本来は獣道に沿って洞穴まで呼び込みたかったのが、道から 外れて崖に落ちてしまったことで、誘導に失敗した?とか。 もしそうなら、青年が崖下に落ちるまで歩いていた 獣道の先にある洞穴に、何か手がかりがあるのかしら。 または、行方不明者が複数いることから、獣道から繋がる 洞穴全部に何か同様の手がかりがあるのか、とか。 歌声や吹雪の正体は、ちょっと良く分からないわ。 幻聴・幻覚の類ではなさそうだけど、本当の体験なのか。 >調査方法 山に入ることになる思うけど、どうしましょうか。 あと2日での増員は不明だけど、最小6人~最大10人ね。 全員で行動するか、手分けするか。 麓から山頂、山頂から麓への往復で半日とあるから 複数の洞穴の調査までするなら、全員行動はちょっと大変かしら。 とはいえ、手分けすると互いの意思疎通は難しくなるかな。 >防寒 防寒もだけど、青年が遭遇した現象に備える準備はいりそうね。 歌声?に何らかの誘導効果があったりするのかしら。耳栓する?
8人に増えたわね。 ん…青年が遭遇したのと同じ状況が起こるかもしれないから、 対応力(汎用スキル等)を上げるために全員行動にしておく? 期間に制限がある訳じゃないから、麓の村を拠点にして調査も できそうだし、群生する植物のことも何か知れそうだし、と。
デイジーよ、よろしくお願いするわ! よく分からないけど、複数の魔獣が居るのかしらね? 協力する魔獣ってあまり聞かないから、なんか親玉が操ってたりするのかしら? 幻覚も、強力な暗示になると実際に火がなくても火傷するって聞いたことあるから、そういう類いなのかしら? ともあれ、全部叩き斬れば解決ね!!
セイレーンかスキュラかドリアードかハーピーか。 そういった何らかの催眠系の敵は間違いなくいるだろう。状況からするに音だけでなく幻覚を見せる能力持ちかもしれない。 そして青年が結果的に助かっている所から、青年の近くでまとわりつき道を見失わせた敵とは別の敵もいると私も推測する。 道を見失わせていた物が捕食者なら、ルートを逸れても後を追ってくるだろうし彼は助かるまい。少なくともハーピーの可能性は消えたか。 青年を見逃した事で予想を重ねるなら、捕食者は自分で動いて狩りをしないか苦手なタイプだろう。 しかし、現地が人間を食らうような食物連鎖の上の方の個体を多数養うほど豊かには見えない点も気になる。 食物をさほど欲しない、という点からすれば樹木か妖精。道を見失った際にぶつかったのは樹が動いたせいかもしれない。トレントか、あるいはドリアードか。 声があちこちから聞こえて迷ったというのも気になるな。 この青年を助けるため、捕食者に続く道を失わせた善意の存在と言う可能性もありうるだろうか。樹の精的なドリアードには善良なものもいるかもしれない。 などと色々と予測だけは立ててみたが。 まあ、おそらく一般人だろう青年が引っかかってすぐに死なない位だ。見えている罠を授恵者が踏んでも問題あるまい。 誰かを囮に立て、隠れて外から見ている別の者、という感じでチームを組めば状況はわかるのではないだろうか? もし実行する際は、言い出したものとして自分でやるべきかもしれないとも思うが、できれば、生存性が高そうな方にお願いしたいな……。
No.6
サイラスだ、よろしくなー とりあえず山捜索するでええの?厚着して有効か分からんけどジャマー、残留思念感応を持ち込むつもり。 たまたま連携取れてるだけに見えるとかだったりしてなーと。生存したの一人だけだし
シハーブだ。遅い参加になるがよろしくな。 それにしても、雪山にセイレーンか。うんうん、これは是非見ておかないといかんな! (思い込みで推理をスキップしています。勝手に痛い目を見るのでほっといてください) ===以下真面目な話=== 音・光、あるいは感知しづらい毒 どんなパターンでも対処できるように、とはいかないからな。 だいたいの場合は距離で減衰する。厳密なチーム分けではないが 全員固まって全員一度にやられる、という事態は避けたいな。 互いを見失わない程度に距離は取りたいところだ。 ロープで互いを結んでおけば視界がダメになっても有効だな。
遅くなってすみません、ウォーリアのコルネリウスです。宜しくお願いします。 複数の魔獣がいるとしたら、余程の偶然によるものなのか、デイジーさんの仰るように統率する存在がいるのかもしれませんね。 幻聴・幻覚などか精神に何らかの影響を与えるものからくるとしたら、ジャマーなども使えるかと思いましたが、外れの可能性も高いのでスキルなどは悩んでいます。 動き方は全員で不測の事態に対応できなくなるのは私も避けたいなと思います。 ある程度固まりつつ分散したほうが良いでしょうかね。
むむむ、もう明日だな。 書くべき基本ラインは、防寒具に気を配る事と、分散行動と言う感じで良いだろうか。 それ以外の工夫を各自してくれているかもしれないし、作戦齟齬があれば相談することは書いておくつもりだ。 それ以上の推理は、誰かがあたっていたら嬉しい、くらいで考えておこう。 実際、何が出るかが当たって極端に有利になるかと言えばならない気もするしな……。
うーん、まあまとまって動くには狭い場所もあるかもよね? 二組くらいに別れる?
情報からは、天気が変わった様子はないというあたり、歌声はともかく、雪?の効果範囲は案外狭い気がするのだ。 誰かが喰らっている様子を離れた場所から見ていれば、仕掛けている敵が何なのか、あるいは絡繰りが何なのかが分かるのではないだろうか。 という辺りの目論見から、分かれるとしても完全な分離ではなく、お互いの位置が見えるくらいの距離を保つことをプレイング上では提案しておく。
No.12
中々久しぶりの依頼参加になるのな。頑張るぞぉ~! アンノウンです、夫のシハーブ共々よろしくお願いしまーす! んーと?防寒着、精神的な防御に抵抗力上げたりが必要…といった感じかしら。 残留思念感応は我輩もあるけれど、サバイバル知識はあっても良さそうな環境ね。少し齧った程度の知識だけれど、サバイバル知識は我輩携えておくね。 後は…うーん、皆のサポートしようと思うのな。 雪にせよ幻覚等々にせよ行動精度をあげたり、反応速度をあげたり、 セイレーン見たさに歌声に即釣られそうなダーリンを醒まさせたりね…うふふ…♥
二手か全員かは、全員での行動が発言では 多そうだから、全員での行動に決めておくわ。 >方針 ・山に入っての探索を行う。 ・全員で行動し、分散は目の届く範囲までに留める。 ・青年の歩いた獣道から洞穴に至るルートを徒歩する。 基本はこんな感じかしら。 最後のは一応、歩くルートが欲しいから私が記載しておくわ。 他に調べたいルートがあるなら、各自で記載してちょうだい。 >自身の行動 ジャマーはサイラスが持ち込んでくれるらしいから、 私は汎用技能には「看破」と「採集」を持っていくわ。 看破は隠れた相手への対処用、採集は群生する植物の調査用に。 あと普通のBSがある場合に備えて、 特性に「サルベーションオール」を入れておくわ。 道具は防寒用に「マント」と、青年が落ちた崖とか あるらしいから、山登りの備え的な感じで「ロープ」を。 >コルネリウス スキル案、サーマルアイを習得してなかったかしら。 青年が遭遇したような吹雪があるとしたら、サーマルアイなら ホワイトアウトでも熱源探知ができるかな?とか。 吹雪にあう前提だけど、あれ習得してる人は少なそうだから。 自分が覚えてたら入れたかな、と思ったから検討材料までに。 もちろん自分が好きなので良いと思うわ。
顔出しが遅れて申し訳ございません。 ワタクシはハリーヌ。しがないヨツユビハリネズミでございます。 皆様、今回はよろしくお願いするでございますよ! むむむ…謎の暴風雪にセイレーンでございますか。 たしかに、植物の魔獣も居そうでございますね。 ワタクシ、サーマルアイと捜波が使えるでございます。 皆様とともに歩きながら索敵にあたるといたしましょう。 ゴリラはワタクシから離して、もし暴風雪が起きたときは、離れたゴリラからどのように見えるか確認したいでございます。
>ロゼットさん 提案、ありがとうございます! サーマルアイは良く使用していますし、視界が悪くなる可能性を踏まえると今回も有用そうですね。一枠はそちらにしようかと思います。
こんばんは。 遅くなってごめんなさい。 ヒーラーのファヌよ。よろしくね。 全員でまとまって行動ね。了解よ。 歌声が聴こえたとき、エリアサイレンスを使ったらどうなるのかしら? 試してみようと思うわ。 入りたい人は一緒に入りましょう。 温度耐性と解呪も念のため装備する予定よ。
ここまで相談を確認した。よろしくお願いしたい。 まとまっての行動方針で了解した。 知らない便利なスキルがまだまだあるのだな。ショップにもたまに見に行かねば……。 私は何かひらめくのを期待して洞察と、後はマジカルポケットに温かい飲み物でも入れていこうと思う。
私はここまで。あとは現地で、よろしくね。 >コルネリウス 役立ちそうなら幸いだわ。 >ロドリック 衝動買いするとオーブとSPがあっという間に枯渇するから、 ご利用は計画的に、だけどね。<知らない便利なスキル