【FF】スイート・ブルー・ナイツ
辻村朝
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シナリオID:1581
オープニング
●
「うーん、これはちょっと大変ね……」
夕刻。アリーチェは眼前の光景に、困ったと頬に手を当てた。
王国の南部にシャンナという小さな街がある。
ただ一つの観光名所たりうるスポットを除けば、割とありふれた、平民の多い長閑な街である。
そんな街にも妖精と、彼ら彼女らが『オバケ』と呼ぶ存在によるちょっとした騒動が舞い込んで。
これは、その事態が終わった後の話。
アリーチェは街の商家の娘だ。
商家と言っても、そんなに資産を持っているというわけではない。
小さな街の住民が生活に不自由しないだけの食材や生活用品の流通を、ほぼ一手に担っている。
それ以上の欲を出すこともない。というより、特に名産などもなく、新規商材の種に乏しく欲を出しようもないというのが実情だ。住民にとっては平穏で助かる話ではあるが。
そんな彼女の家が、街で唯一と言っても良い特徴の管理を行っていた。
『青の塔』。
シャンナの街の外れにあるその建物は、塔と言ってもいくつも階層があるわけではない。天井がやたら高いだけの2階建てだ。
建物は直径50mほどの円筒状になっており、その天井に名前の由来がある。
天井いっぱいに張られたガラス。
その色は、塔の外から見ると無色透明だが、内側から見ると青みがかっている。ちなみに、塔のいたるところにある窓にも同じものが使われている。
アリーチェの祖父がどこかから取り寄せた硝子細工用のガラスを、綺麗に張り巡らせたものだ。
これを通して空を見ると、青空はより深みを増すし、夜空に輝く白いはずの月も蒼く見えるのだ。一種のレンズであると思われるが、詳しい原理はよく分かっていない。
そしてシャンナの街にはいつからか、蒼い満月の夜を塔で過ごした男女は結ばれる、という伝説めいた噂が立つようになった。
実際アリーチェの両親がそうだったのだが、2人はそれを公にはしていない。ただ他にも実例があったらしく、噂だと一笑に付す者もあまりいない様子だ。
アリーチェ自身もいつかは……とは思っているが、とりあえず目下それどころではない。
昼間に冒険者達によって撃退された『オバケ』こと魔獣が、ここ暫くこの場所を根城にしていたのだ。
つまり、荒れている。
壁は塗装が剥がれて建材である石がいたるところでむき出しになっているし、備え付けの木製テーブルや椅子は破壊されている。
自慢の一部である窓も少し破られていた。流石に産地の分からないガラスを取り寄せるのは諦めるしかない。
が、最大の自慢である天井はまだ健在だ。
街の唯一の観光スポットを守りたい……が、一般人であるアリーチェ1人ではどうにも出来ないレベルだ。
勿論家の力を使って人を雇うことも出来るが、復旧までには数日かかるだろう。
そこで、アリーチェは閃いた。
「冒険者さんたち、まだ街にいるわよね……?」
彼らに復旧を手伝ってもらうついでに、この塔のことを知ってもらおうと。
「うーん、これはちょっと大変ね……」
夕刻。アリーチェは眼前の光景に、困ったと頬に手を当てた。
王国の南部にシャンナという小さな街がある。
ただ一つの観光名所たりうるスポットを除けば、割とありふれた、平民の多い長閑な街である。
そんな街にも妖精と、彼ら彼女らが『オバケ』と呼ぶ存在によるちょっとした騒動が舞い込んで。
これは、その事態が終わった後の話。
アリーチェは街の商家の娘だ。
商家と言っても、そんなに資産を持っているというわけではない。
小さな街の住民が生活に不自由しないだけの食材や生活用品の流通を、ほぼ一手に担っている。
それ以上の欲を出すこともない。というより、特に名産などもなく、新規商材の種に乏しく欲を出しようもないというのが実情だ。住民にとっては平穏で助かる話ではあるが。
そんな彼女の家が、街で唯一と言っても良い特徴の管理を行っていた。
『青の塔』。
シャンナの街の外れにあるその建物は、塔と言ってもいくつも階層があるわけではない。天井がやたら高いだけの2階建てだ。
建物は直径50mほどの円筒状になっており、その天井に名前の由来がある。
天井いっぱいに張られたガラス。
その色は、塔の外から見ると無色透明だが、内側から見ると青みがかっている。ちなみに、塔のいたるところにある窓にも同じものが使われている。
アリーチェの祖父がどこかから取り寄せた硝子細工用のガラスを、綺麗に張り巡らせたものだ。
これを通して空を見ると、青空はより深みを増すし、夜空に輝く白いはずの月も蒼く見えるのだ。一種のレンズであると思われるが、詳しい原理はよく分かっていない。
そしてシャンナの街にはいつからか、蒼い満月の夜を塔で過ごした男女は結ばれる、という伝説めいた噂が立つようになった。
実際アリーチェの両親がそうだったのだが、2人はそれを公にはしていない。ただ他にも実例があったらしく、噂だと一笑に付す者もあまりいない様子だ。
アリーチェ自身もいつかは……とは思っているが、とりあえず目下それどころではない。
昼間に冒険者達によって撃退された『オバケ』こと魔獣が、ここ暫くこの場所を根城にしていたのだ。
つまり、荒れている。
壁は塗装が剥がれて建材である石がいたるところでむき出しになっているし、備え付けの木製テーブルや椅子は破壊されている。
自慢の一部である窓も少し破られていた。流石に産地の分からないガラスを取り寄せるのは諦めるしかない。
が、最大の自慢である天井はまだ健在だ。
街の唯一の観光スポットを守りたい……が、一般人であるアリーチェ1人ではどうにも出来ないレベルだ。
勿論家の力を使って人を雇うことも出来るが、復旧までには数日かかるだろう。
そこで、アリーチェは閃いた。
「冒険者さんたち、まだ街にいるわよね……?」
彼らに復旧を手伝ってもらうついでに、この塔のことを知ってもらおうと。
解説
●依頼内容
『青の塔』の復旧を行った後、塔での夜のひとときをお楽しみください。
皆さんは昼間にシャンナの街に現れていた『オバケ』こと魔獣を掃討した後です。
ちなみに、妖精さんやら街の人たちからたくさんのお礼やお菓子を貰っています。
収穫祭はシャンナの人々も楽しんでいたいのです。
はっきり言ってしまいますが、復旧はリプレイ内では前フリです。
よほどサボったりしない限りはきちんと達成されたものとします。
木材などの素材はプレイングで指定があればアリーチェ(の家)が用意します。
復旧に一段落がつけば、後はゆったりと蒼い月を見上げて過ごす時間です。
本来なら奇跡的な現象である月の下、どうぞごゆるりとお過ごしください。
●NPC
アリーチェ:
街唯一の商家の娘。『青の塔』の実質的な現管理者。19歳。
跡継ぎである弟はいるが、長子なのでそれなりにしっかり者。
噂のことは塔についての曰くに興味があればアリーチェが教えてくれます。
マスターより
辻村朝です。収穫祭滑り込み。
ちなみに現実世界のブルームーンは、以前は不吉の前兆と呼ばれていましたが、近年では逆であるそうです。
なんてことから思いついたシナリオです。
皆様のプレイングをお待ちしています。
リプレイ
●
「観光地が荒れると収入が減って、街全体が落ち込んじゃうよね」
自らも商会の跡取り息子であるルーンス・ラグネルは、アリーチェの話を聞き、うーん、と唸る。
「経済の落ち込みは悪循環しか呼ばないし、うん、やり甲斐があるね」
まずは冒険者総出で、内装の片付け。
「結構散らかっちゃってますね」
破壊されたテーブルや椅子を外に運び出しながら、リサ・ベイカーが言う。
「外から見ても荒れてるのがちょっと分かる。これは良くないね」
一方で運び出しを終え、外から中に戻ってきたルーンスの印象はこれだ。
「やっぱり窓ガラスが破られてるっていうのが大きいんだと思う」
「ガラスね、ふむ……」
その言葉を聞いたセヴラン・クアルトが、瓦礫を運んでいた足を一度止め、破られているうちの一箇所を見つめながら何やら思案する。
「美しい光が落ちる場所なら、せめて荒れた部分は何とかしないとね」
そう呟いて、再び視線を前へと向けた。
一度塔の中のものがある程度スッキリしてからが、冒険者たちの作業の本番である。
「窓に張られていたガラスも、天井と同じものだとか」
イズレンディル・パラリムが、作業を見守っていたアリーチェに尋ねる。
「ええ、そうですけど……」
アリーチェは首を傾げる。それがどうかしたのだろうか、と考えたのだろう。
だがその直後彼女は、イズレンディルの少し後方で、エルフの女性が何やら破片を床からつまみ上げたのを目にした。
「ありました。これですよね?」
女性――コルネリウス・アーラが二人に近づきながら見せたのは、掌より少し小さいサイズの薄青の破片だった。
そうです、と肯いてから、アリーチェはハッとしたようだった。2人が行おうとしていることに気付いたらしい。
「完全に元通りにとはいかずとも、破片があれば少しでも修復が出来るかもしれません」
「再入荷が難しい貴重なものだと伺いましたので。割れても無くなるわけではありませんからね。出来るだけ集めてみましょう」
「あ、ありがとうございます! もし邪魔でなければ私も手伝います!」
アリーチェは慌てた様子で頭を下げ、2人はそんな彼女に「指を切らないように気をつけて」と笑顔を向けた。
塔の内部の壁や床も海底洞窟のような深蒼ベースの色合いなのは、天井の青の鮮やかさを損なわない為だろう。
ガラスの破片を探すにあたってはより慎重に足を進める必要があった。その天井が直接日光を取り込まないことで、足元が少し見難くなっているからだ。
とはいえ、逆にガラスが破られた窓からはダイレクトに光が差し込む。
当然破片もそのあたりを中心に散らばっているので、多少は探しやすくはあった。
(それにしても綺麗……)
指を切らぬよう慎重に破片を拾い集めながら、その中でもひときわ大きな破片を眺めてコルネリウスは思う。
鮮やかでいながら優しく、吸い込まれそうな色合い。
これによく似た青を、コルネリウスはよく知っている。
「このあたりはこれで全てのようです。そちらはどうですか?」
ふと、背後からイズレンディルが声をかけてきた。
「あ、こちらも多分……」
振り返りながら、イズレンディルの青の双眸を見つめながら答えると、
「本当にありがとうございます……」
こちらは更に別の窓の近くでガラスを集めていたアリーチェが、2人に歩み寄ってきた。
うーん、と、コルネリウスは思うところがあり唇に指を当てて思案する。
「産地が分かれば良いのですけど……」
「確かに産地が分かれば後々も助かりますね。後で調べて見ましょう」
シャイナで産地に関する資料が出てこなかった以上、こういった作業は各地を巡る冒険者の方が遥かに得意とも言える。
アリーチェは再び、2人に感謝を告げた。
そのアリーチェの元に、今度はリサが近づく。
「そういえば、この塔を大事にするにはそれなりに理由があるんですよね?」
「……はい」
アリーチェはリサと、同様に興味を持って近寄ってきたルーンスに噂について語った。
噂が長続きするにはそれなりの根拠が必要だ。だからアリーチェは、噂の由来になった街の住民の先祖のことも、自分の両親のことも話した。
先祖の話だけだったらまだ信憑性が乏しかったかもしれないが、そうして結ばれた結果が目の前にいるとだけあり、2人は顔を見合わせた。
「それは街にとっても大事……ですね」
「うん。……ねえ、少し思ったことがあるんだけど、いいかな?」
ルーンスは再びアリーチェの方を見る。
「取り寄せが出来ないガラス……勿論場所にもよるけど、新しく何か別のものを職人さんに作ってもらって、ガラスを補って貰ってもいいんじゃないかな」
「新しいもの……ですか」
コルネリウスとイズレンディルのおかげで破片は大分集まったが、それらを溶接などしても恐らく全箇所の復旧は難しい。
言わんとしていることは理解っているようだが、思い入れが強いだけにパッとイメージが湧かないのだろう。アリーチェは悩ましげに呻った。
そんなアリーチェに、ルーンスは提案を続ける。
「この硝子を通して見える青空から星空って感じの、案内と物語を兼ね備えたステンドグラスとかどうかな。昔から大切にされているものを壊されたままにしておくのではなく、今と向き合って直し、新しい未来を繋げてるって意味でね」
職人にもいい経験になるし、縁を持つことはマイナスにならない。
未来に向けてのWin-Winの関係を説くルーンスに、アリーチェは「なるほど……」少し様子の変わった視線を向けた。
「それなら……集めて頂いた破片も利用しつつ、なんとかなるかもしれません」
「窓以外だと、壁で破損のひどい部分は絵を飾ったり、布で覆ったりするといいんじゃないかな?」
そう言って会話に入ってきたのは、外から戻ってきたセヴランだ。
その左手には鑢を持ち、右腕は背もたれを抱えるようにし、椅子を提げていた。まだ再利用可能だと見越したものを、木材を削って修理したのだ。鑢は丸みを持たせるためのものだ。
「すぐには直せない箇所こそ、見た目には気を遣わないとね」
そう言って、手近なスペースに椅子を置いた。
そんな感じで作業は進み、昼間の間に破片集めや内装の修復案がまとまった。
実際に窓や内装の修繕を進めるのは日を改めての話にはなったが、それでもアリーチェは冒険者たちに深々と頭を下げた。
そして――。
●蒼い月が見守る夜
塔の1階はいくつかの内壁により仕切られている。
もっとも、完全に『部屋』として分断するわけではない。
内壁はプライベートな空間を作ることが出来る程度の厚みはあったが、フロアの中央部分はそれが存在しない、開けた空間になっているのだ。
ルーンスはその開けた中央部に、無事だった椅子を一脚持ち出してきて座っていた。
ガラスのフィルタを通して蒼くなった月を見上げ、アリーチェに聞いたこの塔に纏わる噂のことを改めて思い出す。
そして次に思い浮かべるのは、大好きな異母兄のことだった。
慕っている。
尊敬している。
彼のことを語らせたら、いくらあっても時間が足りない程だ。
それだけ大きな存在であるが故に、幸せになって欲しいと心底願っている。
だから決めていた。
次に会ったときには、この塔の話をしよう。
いつか、にいさまが大切な人と手を携えてここに来られるよう。
それがきっと、自分が彼の為に出来ることだと思うから。
――ふと別の感情が渦巻いて、視線を一度足元へと下げる。
(その未来の為に、とびっきりの牙を磨かないとね)
にいさまを冷遇し、出奔に追いやった作成元に向ける感情は、敬愛とは正反対のものだ。
未来に要らないとさえ思っているものについて考える時に、見る空ではないだろうと思ったのだ。だから、見上げるのを止めた。
それでももう一度空を見たくて、頭を振って作成元のことを脳裏から追い出す。
「……綺麗だなあ」
にいさまのことを思いながら、ぼんやりと呟くその耳に、不意に、弦の音色が響き始めた。
◆
プライベートスペースの一角のテーブル。
リサがお茶を飲んでいると、セヴランがバイオリンを片手にやってきた。
「こんなにいい夜だし、ね」
目を瞬かせるリサに、セヴランはそう言って微笑んだ。
ゆったりと優しい音色に耳を傾けながら、リサは少し横になって天井の蒼い月を見上げる。
特に何かを考えるわけでもなし、月の光を浴び続けていると、不意にエネルギーを月から貰えるような感覚を覚えた。
目を閉じるとより身体に伝わるようで、自然と余分な力が抜けた。
深く息を吸う。
心地よい何かが、身体の中に入ってきて。
ゆっくりと吐き出す。
代わりに疲れやストレスが、身体から追い出されていく。
「……うん」
リサはパチリと瞼を開き、身体を起こす。
折角だからやろうと思っていたことがあったのだ。
傍らの荷物に用意していた画材を取り出してから、廃材で簡易的に作っておいた椅子とイーゼルを組み立てる。
先日は似顔絵に挑戦したが、今度は久々に風景画を描いてみようと思っていた。むしろ、どちらかと言うとこちらの方が得意だ。
椅子に腰掛け、イーゼルに立て掛けたキャンパスに向かう。
まずラフを描くべくコンテを動かし始めたその直後、一曲終え手を止めていたセヴランが口を開いた。
「リサさん、モデルになって貰えるかな?」
「え、わたしがですか?」
まさか描く側が描かれる立場になるとは思ってもいなかった。思わず訊き返すと、
「うん、曲のモデルに」
セヴランは肯きながらそう付け足した。なるほど、と思う。
「月の光を浴びて絵を描く姿が、既に一枚の絵のようだからね」
「……そういう台詞、人によっては誤解されますよ」
苦笑する。
だからといって、彼の申し出を断る理由はない。
授恵者ならではの能力は、こういう場面でも役に立つ。
天眼を用い、蒼い月のイメージと塔の中の情景を合わせ、蒼い月明かりが差し込んでいる風景画を描くことにした。
◆
静謐の夜に、筆の軌跡の音が響く。
ゆっくりと像を定めた後に、滑らかに色を重ねる。
一枚の絵が完成するまでの工程に合わせるよう、それでも邪魔にならぬように少し離れたところでセヴランはバイオリンの旋律を歌わせる。
やがてリサが筆を置く。
「――出来ました」
その言葉の直後、セヴランも弓を動かす手を緩やかに止めた。
まだ完成の達成感に浸っている様子のリサに歩み寄り、イーゼルに立て掛けられた水彩画を見る。
「久しぶりに描いたんです」
リサは目を細め、何やら感慨に耽った後、セヴランの顔を見上げた。
「それにしても、静かなメロディーでしたね」
「密やかな音楽がここには似合うと思ってね」
彼女が漏らした感想に、セヴランは微笑を湛えたまま返す。
「秘密の共有ってね、また人の距離を縮めるものだと思うから」
「ああ……それは言えますね」
リサもまた笑った。
セヴランが次に奏で始めたのは、ささやきあうような、月に溶けていく細い音色。
その音が舞い上がる先には、2人のエルフの姿があった。
◆
コルネリウスとイズレンディルは手を繋ぎ、塔の中を散策している。
2人はこの時、内壁がただ空間を仕切る役割を担っているだけではなかったことを知った。
窓から差し込む光は、どのスペースも同じわけではない。月の光が直接差し込む場所もあれば、一方で外には夜闇しか見えない窓もある。それも一度にではなく、隣の窓に行くごとに変わっていく。
内壁はそのグラデーションを照明に活かす為のものだったらしい、ということは、光が差し込まないスペースにのみ設置されていた燭台の存在で察した。
その中でも特に蒼き月光が差すスペースに2人は辿り着いた。
蒼き月光が差し込むだけの部屋は、勿論燭台がある部屋に比べると薄暗いが――恋人たちが互いの顔を見るには十分ではある。
「月が青く見えるのは不思議な感じがします……綺麗ですね」
コルネリウスが蒼い月を見上げながら呟くと、イズレンディルもまた空を見上げたまま、「ええ」答えた。
「どことなく森で見上げる月に似ている気が致します」
その言葉に、なるほど、とコルネリウスは思う。
育ての父や、種族も様々な『家族』がいる森。
幼い頃にあの場所から見上げた空に、言われてみれば何となく似ている気がする。
だから、こんなことも思い出したのだろう。
「青は幸せな色とされる話も、どこかで聞いたことがあります」
暖かな青が貴方の瞳の色に似ていますね、と笑う。
イズレンディルは少し驚いたような表情を見せた後、何かを思いついたらしい。視線を下げ、双眸でコルネリウスの顔を見た。
「他にも青く見えるものがあるかもしれませんね。探してみましょうか」
ちょっとした思いつきに、コルネリウスの胸は躍った。
「楽しそうですね!」
集めていたガラスの破片の一部を借り受け、2人は一度塔の外へと出る。
周辺に群生する草花をガラス越しに見てみたりすると、色の濃い種は兎も角、白い花を持つ種などは月と同様に青く見えた。
そうした新しい発見から、コルネリウスの中には童心を思い出したかのようなワクワクする気持ちが芽生え。
同時に、久しぶりにディリーと過ごせる時間が嬉しいのもあり、ついはしゃいでしまっていた。
「わぁ、これも青く見えますね!」
「ええ、こちらもですよ」
次いで遠くの景色なども同様に眺めたり、それぞれ見つけたものを見せ合ったり。
そんな時間をディリーと過ごせることが、コルネリウスにとっては何より嬉しい。
2人の時間を幸福に思っているのは、当然イズレンディルの方もだ。
いつもよりはしゃいでいる様子のネリーの様子を見ていると嬉しくなる。
そうして浮かべる彼の自然な笑顔が、コルネリウスにもまた幸せを感じさせているのだが。
◆
そろそろ冒険者たちも宿へと戻る頃合いとなった。
「アリーチェさんとこの塔のおかげで、幸せな時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」
お礼を言うのはこちらの方なのに、と思っていたのだろう。イズレンディルの言葉に、アリーチェは目を丸くした。
「あの、これ……よかったら、どうぞ」
そう言ってリサがアリーチェに差し出したのは、彼女が描いていた水彩画だ。
大した絵ではないので少し恥ずかしい、とリサは付け加えたが、アリーチェは感じ入るものがあったらしい。
大事そうに抱えて、「ありがとうございます」と笑うのだった。
「観光地が荒れると収入が減って、街全体が落ち込んじゃうよね」
自らも商会の跡取り息子であるルーンス・ラグネルは、アリーチェの話を聞き、うーん、と唸る。
「経済の落ち込みは悪循環しか呼ばないし、うん、やり甲斐があるね」
まずは冒険者総出で、内装の片付け。
「結構散らかっちゃってますね」
破壊されたテーブルや椅子を外に運び出しながら、リサ・ベイカーが言う。
「外から見ても荒れてるのがちょっと分かる。これは良くないね」
一方で運び出しを終え、外から中に戻ってきたルーンスの印象はこれだ。
「やっぱり窓ガラスが破られてるっていうのが大きいんだと思う」
「ガラスね、ふむ……」
その言葉を聞いたセヴラン・クアルトが、瓦礫を運んでいた足を一度止め、破られているうちの一箇所を見つめながら何やら思案する。
「美しい光が落ちる場所なら、せめて荒れた部分は何とかしないとね」
そう呟いて、再び視線を前へと向けた。
一度塔の中のものがある程度スッキリしてからが、冒険者たちの作業の本番である。
「窓に張られていたガラスも、天井と同じものだとか」
イズレンディル・パラリムが、作業を見守っていたアリーチェに尋ねる。
「ええ、そうですけど……」
アリーチェは首を傾げる。それがどうかしたのだろうか、と考えたのだろう。
だがその直後彼女は、イズレンディルの少し後方で、エルフの女性が何やら破片を床からつまみ上げたのを目にした。
「ありました。これですよね?」
女性――コルネリウス・アーラが二人に近づきながら見せたのは、掌より少し小さいサイズの薄青の破片だった。
そうです、と肯いてから、アリーチェはハッとしたようだった。2人が行おうとしていることに気付いたらしい。
「完全に元通りにとはいかずとも、破片があれば少しでも修復が出来るかもしれません」
「再入荷が難しい貴重なものだと伺いましたので。割れても無くなるわけではありませんからね。出来るだけ集めてみましょう」
「あ、ありがとうございます! もし邪魔でなければ私も手伝います!」
アリーチェは慌てた様子で頭を下げ、2人はそんな彼女に「指を切らないように気をつけて」と笑顔を向けた。
塔の内部の壁や床も海底洞窟のような深蒼ベースの色合いなのは、天井の青の鮮やかさを損なわない為だろう。
ガラスの破片を探すにあたってはより慎重に足を進める必要があった。その天井が直接日光を取り込まないことで、足元が少し見難くなっているからだ。
とはいえ、逆にガラスが破られた窓からはダイレクトに光が差し込む。
当然破片もそのあたりを中心に散らばっているので、多少は探しやすくはあった。
(それにしても綺麗……)
指を切らぬよう慎重に破片を拾い集めながら、その中でもひときわ大きな破片を眺めてコルネリウスは思う。
鮮やかでいながら優しく、吸い込まれそうな色合い。
これによく似た青を、コルネリウスはよく知っている。
「このあたりはこれで全てのようです。そちらはどうですか?」
ふと、背後からイズレンディルが声をかけてきた。
「あ、こちらも多分……」
振り返りながら、イズレンディルの青の双眸を見つめながら答えると、
「本当にありがとうございます……」
こちらは更に別の窓の近くでガラスを集めていたアリーチェが、2人に歩み寄ってきた。
うーん、と、コルネリウスは思うところがあり唇に指を当てて思案する。
「産地が分かれば良いのですけど……」
「確かに産地が分かれば後々も助かりますね。後で調べて見ましょう」
シャイナで産地に関する資料が出てこなかった以上、こういった作業は各地を巡る冒険者の方が遥かに得意とも言える。
アリーチェは再び、2人に感謝を告げた。
そのアリーチェの元に、今度はリサが近づく。
「そういえば、この塔を大事にするにはそれなりに理由があるんですよね?」
「……はい」
アリーチェはリサと、同様に興味を持って近寄ってきたルーンスに噂について語った。
噂が長続きするにはそれなりの根拠が必要だ。だからアリーチェは、噂の由来になった街の住民の先祖のことも、自分の両親のことも話した。
先祖の話だけだったらまだ信憑性が乏しかったかもしれないが、そうして結ばれた結果が目の前にいるとだけあり、2人は顔を見合わせた。
「それは街にとっても大事……ですね」
「うん。……ねえ、少し思ったことがあるんだけど、いいかな?」
ルーンスは再びアリーチェの方を見る。
「取り寄せが出来ないガラス……勿論場所にもよるけど、新しく何か別のものを職人さんに作ってもらって、ガラスを補って貰ってもいいんじゃないかな」
「新しいもの……ですか」
コルネリウスとイズレンディルのおかげで破片は大分集まったが、それらを溶接などしても恐らく全箇所の復旧は難しい。
言わんとしていることは理解っているようだが、思い入れが強いだけにパッとイメージが湧かないのだろう。アリーチェは悩ましげに呻った。
そんなアリーチェに、ルーンスは提案を続ける。
「この硝子を通して見える青空から星空って感じの、案内と物語を兼ね備えたステンドグラスとかどうかな。昔から大切にされているものを壊されたままにしておくのではなく、今と向き合って直し、新しい未来を繋げてるって意味でね」
職人にもいい経験になるし、縁を持つことはマイナスにならない。
未来に向けてのWin-Winの関係を説くルーンスに、アリーチェは「なるほど……」少し様子の変わった視線を向けた。
「それなら……集めて頂いた破片も利用しつつ、なんとかなるかもしれません」
「窓以外だと、壁で破損のひどい部分は絵を飾ったり、布で覆ったりするといいんじゃないかな?」
そう言って会話に入ってきたのは、外から戻ってきたセヴランだ。
その左手には鑢を持ち、右腕は背もたれを抱えるようにし、椅子を提げていた。まだ再利用可能だと見越したものを、木材を削って修理したのだ。鑢は丸みを持たせるためのものだ。
「すぐには直せない箇所こそ、見た目には気を遣わないとね」
そう言って、手近なスペースに椅子を置いた。
そんな感じで作業は進み、昼間の間に破片集めや内装の修復案がまとまった。
実際に窓や内装の修繕を進めるのは日を改めての話にはなったが、それでもアリーチェは冒険者たちに深々と頭を下げた。
そして――。
●蒼い月が見守る夜
塔の1階はいくつかの内壁により仕切られている。
もっとも、完全に『部屋』として分断するわけではない。
内壁はプライベートな空間を作ることが出来る程度の厚みはあったが、フロアの中央部分はそれが存在しない、開けた空間になっているのだ。
ルーンスはその開けた中央部に、無事だった椅子を一脚持ち出してきて座っていた。
ガラスのフィルタを通して蒼くなった月を見上げ、アリーチェに聞いたこの塔に纏わる噂のことを改めて思い出す。
そして次に思い浮かべるのは、大好きな異母兄のことだった。
慕っている。
尊敬している。
彼のことを語らせたら、いくらあっても時間が足りない程だ。
それだけ大きな存在であるが故に、幸せになって欲しいと心底願っている。
だから決めていた。
次に会ったときには、この塔の話をしよう。
いつか、にいさまが大切な人と手を携えてここに来られるよう。
それがきっと、自分が彼の為に出来ることだと思うから。
――ふと別の感情が渦巻いて、視線を一度足元へと下げる。
(その未来の為に、とびっきりの牙を磨かないとね)
にいさまを冷遇し、出奔に追いやった作成元に向ける感情は、敬愛とは正反対のものだ。
未来に要らないとさえ思っているものについて考える時に、見る空ではないだろうと思ったのだ。だから、見上げるのを止めた。
それでももう一度空を見たくて、頭を振って作成元のことを脳裏から追い出す。
「……綺麗だなあ」
にいさまのことを思いながら、ぼんやりと呟くその耳に、不意に、弦の音色が響き始めた。
◆
プライベートスペースの一角のテーブル。
リサがお茶を飲んでいると、セヴランがバイオリンを片手にやってきた。
「こんなにいい夜だし、ね」
目を瞬かせるリサに、セヴランはそう言って微笑んだ。
ゆったりと優しい音色に耳を傾けながら、リサは少し横になって天井の蒼い月を見上げる。
特に何かを考えるわけでもなし、月の光を浴び続けていると、不意にエネルギーを月から貰えるような感覚を覚えた。
目を閉じるとより身体に伝わるようで、自然と余分な力が抜けた。
深く息を吸う。
心地よい何かが、身体の中に入ってきて。
ゆっくりと吐き出す。
代わりに疲れやストレスが、身体から追い出されていく。
「……うん」
リサはパチリと瞼を開き、身体を起こす。
折角だからやろうと思っていたことがあったのだ。
傍らの荷物に用意していた画材を取り出してから、廃材で簡易的に作っておいた椅子とイーゼルを組み立てる。
先日は似顔絵に挑戦したが、今度は久々に風景画を描いてみようと思っていた。むしろ、どちらかと言うとこちらの方が得意だ。
椅子に腰掛け、イーゼルに立て掛けたキャンパスに向かう。
まずラフを描くべくコンテを動かし始めたその直後、一曲終え手を止めていたセヴランが口を開いた。
「リサさん、モデルになって貰えるかな?」
「え、わたしがですか?」
まさか描く側が描かれる立場になるとは思ってもいなかった。思わず訊き返すと、
「うん、曲のモデルに」
セヴランは肯きながらそう付け足した。なるほど、と思う。
「月の光を浴びて絵を描く姿が、既に一枚の絵のようだからね」
「……そういう台詞、人によっては誤解されますよ」
苦笑する。
だからといって、彼の申し出を断る理由はない。
授恵者ならではの能力は、こういう場面でも役に立つ。
天眼を用い、蒼い月のイメージと塔の中の情景を合わせ、蒼い月明かりが差し込んでいる風景画を描くことにした。
◆
静謐の夜に、筆の軌跡の音が響く。
ゆっくりと像を定めた後に、滑らかに色を重ねる。
一枚の絵が完成するまでの工程に合わせるよう、それでも邪魔にならぬように少し離れたところでセヴランはバイオリンの旋律を歌わせる。
やがてリサが筆を置く。
「――出来ました」
その言葉の直後、セヴランも弓を動かす手を緩やかに止めた。
まだ完成の達成感に浸っている様子のリサに歩み寄り、イーゼルに立て掛けられた水彩画を見る。
「久しぶりに描いたんです」
リサは目を細め、何やら感慨に耽った後、セヴランの顔を見上げた。
「それにしても、静かなメロディーでしたね」
「密やかな音楽がここには似合うと思ってね」
彼女が漏らした感想に、セヴランは微笑を湛えたまま返す。
「秘密の共有ってね、また人の距離を縮めるものだと思うから」
「ああ……それは言えますね」
リサもまた笑った。
セヴランが次に奏で始めたのは、ささやきあうような、月に溶けていく細い音色。
その音が舞い上がる先には、2人のエルフの姿があった。
◆
コルネリウスとイズレンディルは手を繋ぎ、塔の中を散策している。
2人はこの時、内壁がただ空間を仕切る役割を担っているだけではなかったことを知った。
窓から差し込む光は、どのスペースも同じわけではない。月の光が直接差し込む場所もあれば、一方で外には夜闇しか見えない窓もある。それも一度にではなく、隣の窓に行くごとに変わっていく。
内壁はそのグラデーションを照明に活かす為のものだったらしい、ということは、光が差し込まないスペースにのみ設置されていた燭台の存在で察した。
その中でも特に蒼き月光が差すスペースに2人は辿り着いた。
蒼き月光が差し込むだけの部屋は、勿論燭台がある部屋に比べると薄暗いが――恋人たちが互いの顔を見るには十分ではある。
「月が青く見えるのは不思議な感じがします……綺麗ですね」
コルネリウスが蒼い月を見上げながら呟くと、イズレンディルもまた空を見上げたまま、「ええ」答えた。
「どことなく森で見上げる月に似ている気が致します」
その言葉に、なるほど、とコルネリウスは思う。
育ての父や、種族も様々な『家族』がいる森。
幼い頃にあの場所から見上げた空に、言われてみれば何となく似ている気がする。
だから、こんなことも思い出したのだろう。
「青は幸せな色とされる話も、どこかで聞いたことがあります」
暖かな青が貴方の瞳の色に似ていますね、と笑う。
イズレンディルは少し驚いたような表情を見せた後、何かを思いついたらしい。視線を下げ、双眸でコルネリウスの顔を見た。
「他にも青く見えるものがあるかもしれませんね。探してみましょうか」
ちょっとした思いつきに、コルネリウスの胸は躍った。
「楽しそうですね!」
集めていたガラスの破片の一部を借り受け、2人は一度塔の外へと出る。
周辺に群生する草花をガラス越しに見てみたりすると、色の濃い種は兎も角、白い花を持つ種などは月と同様に青く見えた。
そうした新しい発見から、コルネリウスの中には童心を思い出したかのようなワクワクする気持ちが芽生え。
同時に、久しぶりにディリーと過ごせる時間が嬉しいのもあり、ついはしゃいでしまっていた。
「わぁ、これも青く見えますね!」
「ええ、こちらもですよ」
次いで遠くの景色なども同様に眺めたり、それぞれ見つけたものを見せ合ったり。
そんな時間をディリーと過ごせることが、コルネリウスにとっては何より嬉しい。
2人の時間を幸福に思っているのは、当然イズレンディルの方もだ。
いつもよりはしゃいでいる様子のネリーの様子を見ていると嬉しくなる。
そうして浮かべる彼の自然な笑顔が、コルネリウスにもまた幸せを感じさせているのだが。
◆
そろそろ冒険者たちも宿へと戻る頃合いとなった。
「アリーチェさんとこの塔のおかげで、幸せな時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」
お礼を言うのはこちらの方なのに、と思っていたのだろう。イズレンディルの言葉に、アリーチェは目を丸くした。
「あの、これ……よかったら、どうぞ」
そう言ってリサがアリーチェに差し出したのは、彼女が描いていた水彩画だ。
大した絵ではないので少し恥ずかしい、とリサは付け加えたが、アリーチェは感じ入るものがあったらしい。
大事そうに抱えて、「ありがとうございます」と笑うのだった。
マスターコメント
お待たせしました。
おかげで塔もすっかり綺麗になりました。
皆様から頂いたアイデアもあり、これからシャイナの街のシンボルとしても今までより少し光を浴びやすくなったのではないかな、と思います。
夜の一時は、その御礼ということでひとつ。
此度はご参加ありがとうございました。
また御縁がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準5 / 4〜6人
2021年11月23日 20時17分25秒 公開
大成功
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