シャルガネシノビ体験記
影絵 企鵝
コメント 6
シナリオID:1465
オープニング
●お転婆お嬢様を見張れ
――拝啓、冒険者の皆々様。私はホーエンバッハ家のオーデンヴァルト子爵フリードリヒと申します。
つい2ヶ月ほど前のこと、私の婚約者であるフィーギル家のミネルヴァが冒険者として諸国漫遊の旅に出てしまいました。反対はしましたが、彼女の意思は固く、私も将来彼女の経験に助けられることになるやもしれないと考え直し、これを認めています。
さて、そろそろミネルヴァは目的地であるシャルガネに辿り着いた頃であろうかと思います。つきましては、彼女を探し出し、適当に彼女の近況を報告してもらえないでしょうか。彼女もああ見えて賢い人間なので、つつがなく過ごしているとは思いますが……
どうぞ宜しくお願い申し上げます――
フリードリヒからの書簡を読み終えたギルドの案内人は、君たちの事をぐるりと見渡す。
「ということらしいです。健闘を祈ります」
●シノビ体験?
そんなこんなでミネルヴァが今いるというシャルガネの道場へと君達は足を踏み入れた。そんな君達を真っ先に出迎えたのは、岩肌から激しい勢いで流れ落ちる滝。白い飛沫が舞う中で、ミネルヴァは白襦袢姿でひたすら冷や水に打たれていた。
「あ……こん……は!」
君達を見つけた彼女は手を振ってくる。しかし、滝の音のせいでミーナが何を言っているかほとんど聞き取れない。君達が訳もわからず突っ立っていると、そばに腰の曲がった老人がやってきた。
「やあ、やあ。お主達も入門希望者かな」
老人は君達を値踏みするように見つめる。
「ここはシノビ道場! ここで修行すれば、誰でもシノビになれる!」
君達は耳を疑った。間に受けたのか、呆れたのかはともかく。そんな君達に構わず、老人は続けた。
「まずは滝行を勧めるぞ。何せシノビは耐え忍ぶのが本分! 滝に打たれることでその芯の強さを磨ける! それに、女子が滝に打たれた後は白襦袢が透けて……」
「透けて、なんですか?」
滝から降りたミーナが戻ってきた。薄い白襦袢が透けて身体に張り付いているが、中の黒い肌着が彼女を老人の不埒な視線から守っていた。老人はしゅんとする。
「なんじゃつまらん……」
ミーナは肩を竦めると、君達の事を見渡した。
「さ、せっかくシャルガネにきたんですし、私と一緒にシノビになりません? 案外タメになるかもしれませんよ?」
着替えたミーナに導かれ、小さな弓道場。そこには一人の男が押し黙って茶を静かに飲んでいた。
「……カズマスだ」
彼はそばの紐を引くと、ばらりと暗幕が垂れ落ちる。あっという間に弓道場は真っ暗になった。
「ちょっと! 何も見えないんですけど!」
「わがままを言うな。……このまま弓を撃て。手裏剣を投げろ」
カズマスはぼそぼそと言う。ミーナは呻いた。
「そんな事出来るんですか?」
「シノビなら出来る。暗夜に紛れて要人を暗殺する……できなければシノビではない」
「ふむ……」
一旦弓道場を離れ、道場の真ん中にある砦へ向かう。建物自体は屯所程度の大きさしかないが、その周囲は堀が張り巡らされ、細い縄が何本か渡されている。派手な装いの男が、その堀の傍で腕組みして君達を待ち構えていた。
「やあやあ! 俺様の名前はゴエモンだ! ここは潜入行の修行場だ! お前達にはこの堀を越え、あの壁を登り、中にあるお宝を取って戻ってきてもらうぞ!」
ゴエモンは大声で言い放つと、そばの奇妙な形の靴や鉤爪を取ってミーナへ差し出す。
「ほら、これが水蜘蛛、こっちが鉤爪だ。堀を渡るときや壁を登るときに使うんだぞ!」
「いや……水蜘蛛はともかく、私壁歩き出来るんで……」
「いつでもそうとは限らんだろう! たまには道具を使うことを覚えろ!」
無理矢理押し付けられ、ミーナは溜め息を吐いた。
「はあ……」
砦を離れてやってきたのは小舞台。数名の観客を前に、着物をはだけて肩まで艶美に露にした一人の女が、扇を手に舞い踊っていた。彼女の姿を見たミーナは、少し緊張して顔を強張らせる。
「あら、お客さんかしら?」
「……ここで変装の技術を教わることが出来ると聞いたのですが」
「変装! ええそうよ。私はチヨメ。貴方達に変身の技術を教えてあげる」
「こちらではどんなことを?」
ミーナが尋ねると、チヨメは舞台下からつづらを引っ張り出し、中から幾つも衣装を取り出した。
「演劇よ。変装は見てくれだけをごまかすのでは意味がないの。ちゃんと心までなり切って初めて、世間に身を偽ることが出来る。どう? あなたには出来る?」
チヨメはそっと指を差し伸べ、ミーナの頬を撫でる。ミーナは咄嗟にその手を抑えた。
「わかりました。検討します」
とりあえず一通り見て回った君達は、広場で顔を突き合わせる。ミーナは小さく首を傾げた。
「他にもあるみたいですけど、まあ目ぼしいのはこの辺でしょうかね。皆さんはどうしますか?」
――拝啓、冒険者の皆々様。私はホーエンバッハ家のオーデンヴァルト子爵フリードリヒと申します。
つい2ヶ月ほど前のこと、私の婚約者であるフィーギル家のミネルヴァが冒険者として諸国漫遊の旅に出てしまいました。反対はしましたが、彼女の意思は固く、私も将来彼女の経験に助けられることになるやもしれないと考え直し、これを認めています。
さて、そろそろミネルヴァは目的地であるシャルガネに辿り着いた頃であろうかと思います。つきましては、彼女を探し出し、適当に彼女の近況を報告してもらえないでしょうか。彼女もああ見えて賢い人間なので、つつがなく過ごしているとは思いますが……
どうぞ宜しくお願い申し上げます――
フリードリヒからの書簡を読み終えたギルドの案内人は、君たちの事をぐるりと見渡す。
「ということらしいです。健闘を祈ります」
●シノビ体験?
そんなこんなでミネルヴァが今いるというシャルガネの道場へと君達は足を踏み入れた。そんな君達を真っ先に出迎えたのは、岩肌から激しい勢いで流れ落ちる滝。白い飛沫が舞う中で、ミネルヴァは白襦袢姿でひたすら冷や水に打たれていた。
「あ……こん……は!」
君達を見つけた彼女は手を振ってくる。しかし、滝の音のせいでミーナが何を言っているかほとんど聞き取れない。君達が訳もわからず突っ立っていると、そばに腰の曲がった老人がやってきた。
「やあ、やあ。お主達も入門希望者かな」
老人は君達を値踏みするように見つめる。
「ここはシノビ道場! ここで修行すれば、誰でもシノビになれる!」
君達は耳を疑った。間に受けたのか、呆れたのかはともかく。そんな君達に構わず、老人は続けた。
「まずは滝行を勧めるぞ。何せシノビは耐え忍ぶのが本分! 滝に打たれることでその芯の強さを磨ける! それに、女子が滝に打たれた後は白襦袢が透けて……」
「透けて、なんですか?」
滝から降りたミーナが戻ってきた。薄い白襦袢が透けて身体に張り付いているが、中の黒い肌着が彼女を老人の不埒な視線から守っていた。老人はしゅんとする。
「なんじゃつまらん……」
ミーナは肩を竦めると、君達の事を見渡した。
「さ、せっかくシャルガネにきたんですし、私と一緒にシノビになりません? 案外タメになるかもしれませんよ?」
着替えたミーナに導かれ、小さな弓道場。そこには一人の男が押し黙って茶を静かに飲んでいた。
「……カズマスだ」
彼はそばの紐を引くと、ばらりと暗幕が垂れ落ちる。あっという間に弓道場は真っ暗になった。
「ちょっと! 何も見えないんですけど!」
「わがままを言うな。……このまま弓を撃て。手裏剣を投げろ」
カズマスはぼそぼそと言う。ミーナは呻いた。
「そんな事出来るんですか?」
「シノビなら出来る。暗夜に紛れて要人を暗殺する……できなければシノビではない」
「ふむ……」
一旦弓道場を離れ、道場の真ん中にある砦へ向かう。建物自体は屯所程度の大きさしかないが、その周囲は堀が張り巡らされ、細い縄が何本か渡されている。派手な装いの男が、その堀の傍で腕組みして君達を待ち構えていた。
「やあやあ! 俺様の名前はゴエモンだ! ここは潜入行の修行場だ! お前達にはこの堀を越え、あの壁を登り、中にあるお宝を取って戻ってきてもらうぞ!」
ゴエモンは大声で言い放つと、そばの奇妙な形の靴や鉤爪を取ってミーナへ差し出す。
「ほら、これが水蜘蛛、こっちが鉤爪だ。堀を渡るときや壁を登るときに使うんだぞ!」
「いや……水蜘蛛はともかく、私壁歩き出来るんで……」
「いつでもそうとは限らんだろう! たまには道具を使うことを覚えろ!」
無理矢理押し付けられ、ミーナは溜め息を吐いた。
「はあ……」
砦を離れてやってきたのは小舞台。数名の観客を前に、着物をはだけて肩まで艶美に露にした一人の女が、扇を手に舞い踊っていた。彼女の姿を見たミーナは、少し緊張して顔を強張らせる。
「あら、お客さんかしら?」
「……ここで変装の技術を教わることが出来ると聞いたのですが」
「変装! ええそうよ。私はチヨメ。貴方達に変身の技術を教えてあげる」
「こちらではどんなことを?」
ミーナが尋ねると、チヨメは舞台下からつづらを引っ張り出し、中から幾つも衣装を取り出した。
「演劇よ。変装は見てくれだけをごまかすのでは意味がないの。ちゃんと心までなり切って初めて、世間に身を偽ることが出来る。どう? あなたには出来る?」
チヨメはそっと指を差し伸べ、ミーナの頬を撫でる。ミーナは咄嗟にその手を抑えた。
「わかりました。検討します」
とりあえず一通り見て回った君達は、広場で顔を突き合わせる。ミーナは小さく首を傾げた。
「他にもあるみたいですけど、まあ目ぼしいのはこの辺でしょうかね。皆さんはどうしますか?」
解説
メイン:シノビ道場で修行? する
NPC
☆ミネルヴァ
意気揚々とシャルガネに乗り込んだお嬢様。快活で自由な振る舞いが目立つが、その合間にじっと他人を観察している節がある。
●クラス
シーフ LV12
●スキル
ハイディング 壁歩き
変装lv1
●特別スキル
鉄壁lv5(様々な要因でラキスケが起きない)
☆シノビマスター
道場の指南役たる忍者達……らしい。
・バショウ
エロジジイ。スキルは温度耐性+ペインキルLV5。
・カズマス
無口。スキルは暗視+一点集中Lv5
・ゴエモン
泥棒。スキルは罠解除+バランス感覚LV5
・チヨメ
遊女。スキルは演技+変装LV5。
FIELD
☆シノビ道場
誰にでも門戸を開くシノビ道場と謳っているが、その実は物見遊山の客を引っ掛けて金を取るだけの施設。後の世に言うアトラクション。(と見せかけて……)
・滝行
滝に打たれる。結構勢いがあり、冷たいし痛いので冒険者でも耐えるのはかなり根性がいる。エロジジイは鼻の下伸ばしてる。
・暗夜行
暗室の中で射的する。素で挑むと当然ながら的は見えない。こっそり風が吹いてる。
・潜入行
城の中に潜入する。壁を登ったり罠を乗り越えたりさせられる。全部映すと尺が足りないのでダイジェストになる。
・変身行(かわりみ)
みんなで演劇をさせられる。演目は悪代官に囚われた町娘を、娘の母親に助けを求められた一人の侍が救いに行く、というベタなもの。ちなみに必ず逆の性別の役をやらなければならない。欠員にはミーナが入る(こっちは女子が余っても女子役する)。
TIPS(PL情報)
・シノビマスター達はふざけているが、それぞれの受け持つ技術については一流。たとえ本物のシノビではなかったとしても。
・ミーナはここが本物のシノビ道場ではないことには気づいている。シノビマスター達のただならぬ技を盗むためにいる。
・身もふたもないことを言えば対応スキルを使えばそれなりの結果になる。
・描写の順番はFIELDで示した順番の通り。全部参加しても描写は薄くなるので、参加するのは一つか二つ辺りに絞ろう。
マスターより
影絵です。
今回はミネルヴァと一緒にシノビ修行にいそしむ回です。このシナリオをフックにして色々なスキルを導入して頂けたら嬉しいなと思ったり思わなかったり。
TIPSにも書きましたが、あまりあっちもこっちもやると文字数が足りなくなるので、その辺は要検討です。
ではでは。
リプレイ
●心頭滅却?
激しい水飛沫を上げる滝の下へ、白襦袢に着替えたコルネリウス・アーラが足を踏み入れる。恐ろしい冷たさと重さだ。
「んん、思った以上に、勢いが……ありますね」
「でしょう? 私も慣れるのに結構時間かかりましたよ」
また滝に入ってきたミーナが、コルネへ笑いかける。彼女は背筋をすくと伸ばして、のしかかる水の重さを極力殺していた。コルネはそれを見て発奮する。
「負けませんよ。私も『壁エルフのお姉さん』と呼ばれているんですから!」
心頭滅却すれば何とやら。エーテルの力には頼らず、滝へと真っ向勝負を挑む。しかし、頭を揺すぶる重みと冷たさで、油断すると意識がふわふわしてくる。
(辛い……でも平気。これを乗り切ったら、まるこげちゃん達をたくさんもふもふして、きんにくと一緒に走ったりするんだもの。それに……)
コルネの意識は遥か彼方へ旅をする。自分の帰りを待っているであろう恋人のところへ。
(帰ったら修行頑張ったって報告して、褒めてもらって、頭撫でてもらって……えへへ)
頬も口元もだらしない。これではただの現実逃避である。ミーナは勇ましさの欠片もないコルネの横顔をぽかんと眺めていたが、やがてはっとしてその肩を叩いた。
「コルネ、前見て!」
「むー?」
魂を何とか呼び戻す。滝の向こうを見れば、老人がすっかり鼻の下を伸ばしていた。厚手の肌着は水に濡れても透けないが、それでもメリハリある稜線はくっきり浮かんでいた。コルネは眼を爛々とさせて老人を睨む。
「ひょっ!」
前線を固める勇者に凄まれ、老人は慌てて背を向ける。彼女の肢体は恋人すら触れたことの無い聖域。下賤の輩は見る事も許されない。
「全く、油断も隙も無いですね」
コルネは溜め息交じりに笑い、ミーナに振り返る。しかし、彼女は今まさにコルネの双丘へ手を伸ばそうとしていた。コルネがさっと捕まえると、ミーナはぎこちなく笑う。
「……えーと、壁お姉さんとか言われても、やっぱり柔らかいのかな、って」
「好奇心は猫を殺しますよ?」
コルネはニコニコ笑ったまま、いきなりミーナを投げ飛ばした。
「成敗!」
「んにゃぁ!」
大きな水柱が池の中に上がった。
Alexandra・Hexe・Claudiaは、池から上がってきたミーナへ向かって大判タオルを差し出す。ミーナはそのタオルへ飛びつき、急いでそこに包まった。アレクサンドラはさらに熱いお茶を差し出す。
「どうぞ」
「どうもどうも……」
ミーナは両手で押し頂くように椀を受け取る。
「身体は私達の資本ですよ。風邪などひかないように」
「ええ、大丈夫ですよこれくらい……」
タオルを巻きつけて呻くミーナ。ハル・チフはそんな彼女を他所に、バショウの前へ駆けつける。
「バショウ先生、よろしくです!」
ハルはびしりと頭を下げた。水着の上から襦袢を着込み、既にやる気は満々だ。バショウは頷き、滝の下へ赴くように促す。ハルは振り返り、大福たちへと手を振った。
「大福さん! 粽さん! 応援よろしくなのです!」
「ハル! 頑張るのだ!」
ハルは頷くと、そばのテントで首を伸ばしているペットのテグに振り返った。
「テグもよろしくね?」
「ぐー?」
首を傾げるカカポ。ハルは意を決すると、滝の下へと一歩足を踏み入れた。大量の水がいきなりハルの頭上に襲い掛かる。思わずハルは崩れそうになった。
「あばばばば」
ハルは慌てて全身にエーテルを流し、突き刺さるような痛みを遮断する。それでも、全身に纏わりつく冷気が容赦なく体力を奪っていく。
「シノビに思いを馳せるのです……」
呪文のように唱えながら、ハルは瞼を固くする。彼には目標があった。高貴なる精神を体現するため、シノビの心得を学びシノビ貴族になるという目標が。
「痛みを耐え忍ぶ。これがっ……シノビ!」
冷気に意識が奪われそうになった時、ふっとハルの脳裏に一つの答えが閃いた。両腕を鮫の顎のように構えると、滝に鯱の幻影が映る。
「バショウ殿、真意を得ましたっ」
ハルはすくと背筋を伸ばすと、そのまま白襦袢を片方はだけて腕を組む。エーテルが満ち満ちて、彼に纏わりつく水滴が弾け飛んだ。何やら大物そうな雰囲気を纏い、彼は静かに手を合わせた。
「これが境地でござる……なのです! 良い教えをありがとうでござるです」
「うむ。その調子で精進せよ」
バショウはまるで名士のように頷く。ミーナはこっそり溜め息を吐く。
「あんたは鼻の下伸ばしてただけでしょ」
「ですね……」
コルネはミーナの隣で苦笑いしていた。
●闇夜の中で
冒険者一行が次にやってきたのは弓道場。相変わらず寡黙な講師は茶を飲み続けていた。
「来たか」
大福はカズマスへと早速駆け寄る。子供向けのシノビ変身セットを着込んで、準備は万端だ。狼の粽も、今日は頭巾と額当てで忍犬風の装いだ。
「よろしくお願いします! なのだ! にんにん!」
「……うむ」
カズマスは頷く。大福はいきなり弓を取ると、濃煙炸弾を構えた。
「大福、忍術考えてみたのだ! 口寄せの術!」
いきなり部屋の中で煙幕を炸裂させる。煙が晴れると、大福が粽にちょこんと乗っていた。
「土遁の術!」
弓道場の地面へ飛び込むと、いきなり土の地面を掘り始める。砂埃をもうもうと立て、周囲に砂埃を立てる。さらに身体についた砂埃を払うように、大福と粽はその身をぶるりと震わせた。
「毛遁の術!」
狼の硬い毛を宙へと飛ばす。獣の臭いを敵に纏わりつかせてマーキングするという魂胆である。喰らった相手は毛まみれになる凄まじい技だが、カズマスはお盆を盾代わりにして顔を守っていた。大福は目を見張る。
「おお、さすが師匠なのだ」
「……修行を始める」
カズマスは紐を引き、弓道場に暗幕を垂らす。あっという間に暗闇が立ち込め、的は見えなくなってしまう。しかし、獣の大福には関係ない。
「大福、夜目は利くし弓は得意なのだ!」
光は無くとも、弓道場の景色は僅かに見えていた。遠くの的を見据えて、大福は弓を引く。
「ぬぬ! 粽、行くのだ!」
吼えて応え、粽は勢いよく飛び跳ねる。天井近くまで跳ね上がった大福は、的を中空から撃ち抜いた。幕がひらりと捲れると、矢は的の中央を的確に射貫いていた。大福はぴょこんと跳ねて胸を張る。
「やったのだ!」
「……よろしい。次」
カズマスが言うと、再び暗幕が垂れて冒険者達を闇へ包む。ルアンナ・ミュラーは意気揚々と手裏剣を構えた。
「よーし、行きます!」
ルアンナは明るいうちに見えた景色の記憶を頼りに、手裏剣を力一杯投げつける。鈍い音が向こうで響いた。
「ふむ……」
カズマスの溜め息と共に暗幕が僅かに開き、的を僅かな光が照らす。端っこぎりぎりに、手裏剣の切っ先が突き刺さっていた。ルアンナは快哉を上げる。
「やった! 当たりましたよ!」
「……まぐれだな。次は当たるかわからん」
カズマスがにべもなく言うと、ルアンナは悪戯っぽく笑う。
「あ、バレました?」
幸運のゴリ押し。無理を通すにはこの手に限る。カズマスは溜め息を吐いた。
「それぐらいはわかる。……次」
三度暗幕が下り、明かりに馴らされた眼は一瞬で視界を奪われる。アレクサンドラは腿のベルトに差した短剣を抜くと、静かに目を閉じる。
(私達がこの手の環境に身を置くならば、脅威が一方向とは限らない。都合よく夜目が利くわけでもなく、無理に夜闇を探ろうとすれば意識が偏り、即応性が欠けていく)
彼女の耳に、僅かに風の吹き込む音が聞こえる。空気の流れは弓道場の障害物に遮られ、僅かに乱れる。エーテルで研ぎ澄ませた聴覚で、暗闇に紛れた構造を描き出していく。アレクサンドラは短剣の先端を二つ指の間に挟むと、鋭く擲った。暗闇の向こうで鈍い音が響く。
(外れましたね。的を少々大きく見積もってしまったようです)
響いた音の微かな揺らぎを聞き分けながら、アレクサンドラは頭の中に描いた建物の構造を修正する。そんな彼女の手に、短剣の柄が差し出された。
「もう一度、投げるか」
「……感謝します」
カズマスから短剣を受け取ると、部屋の像が薄れないうちにもう一度短剣を擲つ。今度は甲高い音が暗闇の中に響き渡った。
「当たったな」
カズマスは幕を上げる。的の下部に、切っ先が僅かに突き刺さっていた。アレクサンドラは眉一つ動かさずに結果を分析する。
「これが実際の戦場なら、掠り傷を与えたに過ぎません。……実戦に活かすには、まだまだ精度を高めなければならないようですね」
「……心得はあるようだな。ならば精進せよ」
●風雲城へ突撃せよ
次にやってきたのはゴエモンが待つ砦。アスカ・タチカゼは濃紺の忍装束に身を包み、浮かれ気分で小躍りしていた。
「うっひゃあ! これが忍装束! 気分上々だよ!」
「気に入ってくれて何より! 似合っているぞ!」
ゴエモンはからからと笑う。
「準備も万全のようだし、早速始めるぞ! 道中は妨害がたくさんある。気を付けろよ!」
「オーケーオーケー! バシッと持って帰ってくるよ!」
アスカは軽く準備運動を済ませると、早速堀に渡された綱に足を乗せる。彼女が体重を乗せるのに合わせ、ゆらゆらと撓んだ。
「おおっ、結構揺れるなあ……でも、これくらいなんてことないっ!」
アスカは故郷の鉱山や工房で鍛えたバランス感覚を発揮すると、一歩一歩着実に渡っていく。アスカは満足げに頷いた。
「うん、いけるいける!」
そのまま順調に渡り切るかと見えたが、急に鞠が一つアスカに向かって飛んできた。咄嗟に避けたが、そのせいでアスカは大きくふらつく。何とか飛んできた方を見ると、ゴエモンがいくつもの鞠を手にしていた。
「ええっ!?」
「ほらほら! ちゃんと避けないと落ちるぞ!」
次々に投げつけられる鞠。アスカは反応を研ぎ澄ませると、鋭い手刀で叩き落とす。
「負けるか! そっちがそう来るんなら一気に渡り切ってやる!」
彼女は気合を入れ直すと、一気に綱を駆け抜けるのだった。
砦の中へ乗り込むと、奥の梯子へと続く真っ直ぐな廊下が出迎えた。アスカは膝を曲げ伸ばし、身体にバネを溜めていく。
「絶対罠だよね、これ……」
身を低く構えたアスカは、全身の筋力にものを言わせた強引な突進を敢行する。中ほどまで踏み込んだ時、いきなり足元の床ががらんと開いた。落とし穴だ。アスカは勢いに任せて何とか向こう岸に張り付き、どうにかこうにかよじ登る。
「……えへへっ、楽勝……」
十分後、窓からロープを垂らしたアスカが、するすると砦から降りてきた。その手には巻物が握られている。ゴエモンの目の前までやってきた彼女は、巻物を差し出しながらにっこりと笑う。
「大変だけど楽しかったよ! シノビはこれをいとも簡単に突破してみせるんだね。……東方の神秘、恐るべしっ! かな?」
「うむ、その意気だ。苦難にあっても、それを抜け出す工夫を忘れるなよ!」
「もちろん!」
ゴエモンの言葉に、アスカは笑顔で応えた。
●心を演じる
最後にやってきたのはチヨメの舞台。役者に名乗りを上げたルアンナは、羽織袴を着込み、刀を手にして立派な侍になっていた。一方のミーナは派手な着物姿で萎びた顔をしている。
「どうして私が悪代官なんですか?」
「似合ってますよ?」
ルアンナが囃すと、ミーナは肩を落とした。
「褒めてないですよ、それ」
「さぁ、台本は頭に入れてるわね?」
チヨメも庶民風に身なりを整えている。質素な身なりでも漂う色香は相変わらずだ。
「早速始めるわよ」
「うおー! いけー!」
アスカが声援を送る中、女三人の劇はとんとんと進んだ。揚々と演技するルアンナは、次第に役へとのめり込んでいく。
「民を苦しめる悪代官! もう許さないわよ!」
「お侍さん、助けてぇ」
「くせものめー、じかにせいばいしてくれるー」
ルアンナが颯爽と刀を抜き放ち、槍を構えるミーナへ向かって素早く斬りかかる。一合一合打ち合ううちに、ルアンナはさらに盛り上がっていく。
「この一太刀で成敗してあげる! 旋風一閃!」
刀を振り抜き、その太刀筋を追うように豪風を唸らせる。巻き込まれたミーナの手から槍が吹っ飛んだ。
「あ、ちょっと……!」
ミーナは思わず素に返るが、ルアンナは止まらない。タイダルストリームを構え、ミーナへ向かって撃ち放つ。
「あいえええ!」
まともに喰らったミーナは、ずぶ濡れになって倒れ込む。ルアンナはようやく我に返った。
「あ、ごめんなさい!」
「へーきです。へーき……」
「ふふ。役に入り込み過ぎて、手綱を手放さないようにね」
そんな光景を見ても、チヨメは泰然自若、艶然と微笑んでいる。コルネはそんな彼女を首を傾げながら見つめていた。
(先ほどの方達といい、本物のシノビ、というわけではなさそうな……)
シノビという響きに釣られた人をちょいと引っ掛けるためのお屋敷。コルネは洞察でその正体を見極めていたが、それもそれでよいと納得した。
(それでも修行の成果は本物ですし……悪くはないですね)
●婚約者への返事
「また来るんじゃぞ!」
修業は終了。シノビマスター達に見送られ、屋敷を後にする冒険者達。大福はミーナの前でぴょこんと跳ねた。
「みねるば、シャルガネは気に入ってくれたのだ?」
「そうですね。王国では珍しいものがたくさんありますから」
「そうかそうか、嬉しいのだ!」
大福は目を丸くする。コルネも微笑み、彼女の隣まで歩み寄る。
「お元気そうで何よりでした。色々噂は聞こえてましたが、実際に元気そうな顔を見られて安心しました」
「もちろん元気ですとも。色んな世界が見られて、気分もいいですし」
ミーナは微笑み交じりに応えつつ、小さく首を傾げた。
「皆さんはどんな用事で?」
「貴方の婚約者からの依頼です。様子を確かめてこいと」
「ま、随分と元気そうだし、心配はいらないみたいだね!」
アレクサンドラとアスカが口々に応える。ミーナは口を尖らせた。
「フリッツったら。あー、何て返事しようかな」
「素直に今の感想を伝えたらどうですか?」
ルアンナが言うと、ミーナは難しい顔をする。
「それも一つなんですけど……それでフリッツが納得するか……」
「ミネルヴァ殿、安心召されい。それがしがシカト報告しておくのでござるですよ」
すっかりシノビになり切ったハルがそこへやってくる。ミーナはただ頷くしかなかった。ハルの顔はあんまりにも自信に満ちていたからだ。
「ぐー?」
足元にテグがやってくる。ハルはそっと抱え上げた。
「テグ、またせたな、です」
ハルはテグを胸に抱えると、そのまま颯爽と歩き去るのだった。
フリードリヒの執務室。彼はハルから送られてきた書簡に目を通していた。
『……ミネルヴァ殿は誠のシノビに目覚めた御仁、安心召されると良いと思うのですよ!』
読み通した彼は、小さく溜め息を吐いた。
「これはこれは。全く安心できないな……」
おしまい
激しい水飛沫を上げる滝の下へ、白襦袢に着替えたコルネリウス・アーラが足を踏み入れる。恐ろしい冷たさと重さだ。
「んん、思った以上に、勢いが……ありますね」
「でしょう? 私も慣れるのに結構時間かかりましたよ」
また滝に入ってきたミーナが、コルネへ笑いかける。彼女は背筋をすくと伸ばして、のしかかる水の重さを極力殺していた。コルネはそれを見て発奮する。
「負けませんよ。私も『壁エルフのお姉さん』と呼ばれているんですから!」
心頭滅却すれば何とやら。エーテルの力には頼らず、滝へと真っ向勝負を挑む。しかし、頭を揺すぶる重みと冷たさで、油断すると意識がふわふわしてくる。
(辛い……でも平気。これを乗り切ったら、まるこげちゃん達をたくさんもふもふして、きんにくと一緒に走ったりするんだもの。それに……)
コルネの意識は遥か彼方へ旅をする。自分の帰りを待っているであろう恋人のところへ。
(帰ったら修行頑張ったって報告して、褒めてもらって、頭撫でてもらって……えへへ)
頬も口元もだらしない。これではただの現実逃避である。ミーナは勇ましさの欠片もないコルネの横顔をぽかんと眺めていたが、やがてはっとしてその肩を叩いた。
「コルネ、前見て!」
「むー?」
魂を何とか呼び戻す。滝の向こうを見れば、老人がすっかり鼻の下を伸ばしていた。厚手の肌着は水に濡れても透けないが、それでもメリハリある稜線はくっきり浮かんでいた。コルネは眼を爛々とさせて老人を睨む。
「ひょっ!」
前線を固める勇者に凄まれ、老人は慌てて背を向ける。彼女の肢体は恋人すら触れたことの無い聖域。下賤の輩は見る事も許されない。
「全く、油断も隙も無いですね」
コルネは溜め息交じりに笑い、ミーナに振り返る。しかし、彼女は今まさにコルネの双丘へ手を伸ばそうとしていた。コルネがさっと捕まえると、ミーナはぎこちなく笑う。
「……えーと、壁お姉さんとか言われても、やっぱり柔らかいのかな、って」
「好奇心は猫を殺しますよ?」
コルネはニコニコ笑ったまま、いきなりミーナを投げ飛ばした。
「成敗!」
「んにゃぁ!」
大きな水柱が池の中に上がった。
Alexandra・Hexe・Claudiaは、池から上がってきたミーナへ向かって大判タオルを差し出す。ミーナはそのタオルへ飛びつき、急いでそこに包まった。アレクサンドラはさらに熱いお茶を差し出す。
「どうぞ」
「どうもどうも……」
ミーナは両手で押し頂くように椀を受け取る。
「身体は私達の資本ですよ。風邪などひかないように」
「ええ、大丈夫ですよこれくらい……」
タオルを巻きつけて呻くミーナ。ハル・チフはそんな彼女を他所に、バショウの前へ駆けつける。
「バショウ先生、よろしくです!」
ハルはびしりと頭を下げた。水着の上から襦袢を着込み、既にやる気は満々だ。バショウは頷き、滝の下へ赴くように促す。ハルは振り返り、大福たちへと手を振った。
「大福さん! 粽さん! 応援よろしくなのです!」
「ハル! 頑張るのだ!」
ハルは頷くと、そばのテントで首を伸ばしているペットのテグに振り返った。
「テグもよろしくね?」
「ぐー?」
首を傾げるカカポ。ハルは意を決すると、滝の下へと一歩足を踏み入れた。大量の水がいきなりハルの頭上に襲い掛かる。思わずハルは崩れそうになった。
「あばばばば」
ハルは慌てて全身にエーテルを流し、突き刺さるような痛みを遮断する。それでも、全身に纏わりつく冷気が容赦なく体力を奪っていく。
「シノビに思いを馳せるのです……」
呪文のように唱えながら、ハルは瞼を固くする。彼には目標があった。高貴なる精神を体現するため、シノビの心得を学びシノビ貴族になるという目標が。
「痛みを耐え忍ぶ。これがっ……シノビ!」
冷気に意識が奪われそうになった時、ふっとハルの脳裏に一つの答えが閃いた。両腕を鮫の顎のように構えると、滝に鯱の幻影が映る。
「バショウ殿、真意を得ましたっ」
ハルはすくと背筋を伸ばすと、そのまま白襦袢を片方はだけて腕を組む。エーテルが満ち満ちて、彼に纏わりつく水滴が弾け飛んだ。何やら大物そうな雰囲気を纏い、彼は静かに手を合わせた。
「これが境地でござる……なのです! 良い教えをありがとうでござるです」
「うむ。その調子で精進せよ」
バショウはまるで名士のように頷く。ミーナはこっそり溜め息を吐く。
「あんたは鼻の下伸ばしてただけでしょ」
「ですね……」
コルネはミーナの隣で苦笑いしていた。
●闇夜の中で
冒険者一行が次にやってきたのは弓道場。相変わらず寡黙な講師は茶を飲み続けていた。
「来たか」
大福はカズマスへと早速駆け寄る。子供向けのシノビ変身セットを着込んで、準備は万端だ。狼の粽も、今日は頭巾と額当てで忍犬風の装いだ。
「よろしくお願いします! なのだ! にんにん!」
「……うむ」
カズマスは頷く。大福はいきなり弓を取ると、濃煙炸弾を構えた。
「大福、忍術考えてみたのだ! 口寄せの術!」
いきなり部屋の中で煙幕を炸裂させる。煙が晴れると、大福が粽にちょこんと乗っていた。
「土遁の術!」
弓道場の地面へ飛び込むと、いきなり土の地面を掘り始める。砂埃をもうもうと立て、周囲に砂埃を立てる。さらに身体についた砂埃を払うように、大福と粽はその身をぶるりと震わせた。
「毛遁の術!」
狼の硬い毛を宙へと飛ばす。獣の臭いを敵に纏わりつかせてマーキングするという魂胆である。喰らった相手は毛まみれになる凄まじい技だが、カズマスはお盆を盾代わりにして顔を守っていた。大福は目を見張る。
「おお、さすが師匠なのだ」
「……修行を始める」
カズマスは紐を引き、弓道場に暗幕を垂らす。あっという間に暗闇が立ち込め、的は見えなくなってしまう。しかし、獣の大福には関係ない。
「大福、夜目は利くし弓は得意なのだ!」
光は無くとも、弓道場の景色は僅かに見えていた。遠くの的を見据えて、大福は弓を引く。
「ぬぬ! 粽、行くのだ!」
吼えて応え、粽は勢いよく飛び跳ねる。天井近くまで跳ね上がった大福は、的を中空から撃ち抜いた。幕がひらりと捲れると、矢は的の中央を的確に射貫いていた。大福はぴょこんと跳ねて胸を張る。
「やったのだ!」
「……よろしい。次」
カズマスが言うと、再び暗幕が垂れて冒険者達を闇へ包む。ルアンナ・ミュラーは意気揚々と手裏剣を構えた。
「よーし、行きます!」
ルアンナは明るいうちに見えた景色の記憶を頼りに、手裏剣を力一杯投げつける。鈍い音が向こうで響いた。
「ふむ……」
カズマスの溜め息と共に暗幕が僅かに開き、的を僅かな光が照らす。端っこぎりぎりに、手裏剣の切っ先が突き刺さっていた。ルアンナは快哉を上げる。
「やった! 当たりましたよ!」
「……まぐれだな。次は当たるかわからん」
カズマスがにべもなく言うと、ルアンナは悪戯っぽく笑う。
「あ、バレました?」
幸運のゴリ押し。無理を通すにはこの手に限る。カズマスは溜め息を吐いた。
「それぐらいはわかる。……次」
三度暗幕が下り、明かりに馴らされた眼は一瞬で視界を奪われる。アレクサンドラは腿のベルトに差した短剣を抜くと、静かに目を閉じる。
(私達がこの手の環境に身を置くならば、脅威が一方向とは限らない。都合よく夜目が利くわけでもなく、無理に夜闇を探ろうとすれば意識が偏り、即応性が欠けていく)
彼女の耳に、僅かに風の吹き込む音が聞こえる。空気の流れは弓道場の障害物に遮られ、僅かに乱れる。エーテルで研ぎ澄ませた聴覚で、暗闇に紛れた構造を描き出していく。アレクサンドラは短剣の先端を二つ指の間に挟むと、鋭く擲った。暗闇の向こうで鈍い音が響く。
(外れましたね。的を少々大きく見積もってしまったようです)
響いた音の微かな揺らぎを聞き分けながら、アレクサンドラは頭の中に描いた建物の構造を修正する。そんな彼女の手に、短剣の柄が差し出された。
「もう一度、投げるか」
「……感謝します」
カズマスから短剣を受け取ると、部屋の像が薄れないうちにもう一度短剣を擲つ。今度は甲高い音が暗闇の中に響き渡った。
「当たったな」
カズマスは幕を上げる。的の下部に、切っ先が僅かに突き刺さっていた。アレクサンドラは眉一つ動かさずに結果を分析する。
「これが実際の戦場なら、掠り傷を与えたに過ぎません。……実戦に活かすには、まだまだ精度を高めなければならないようですね」
「……心得はあるようだな。ならば精進せよ」
●風雲城へ突撃せよ
次にやってきたのはゴエモンが待つ砦。アスカ・タチカゼは濃紺の忍装束に身を包み、浮かれ気分で小躍りしていた。
「うっひゃあ! これが忍装束! 気分上々だよ!」
「気に入ってくれて何より! 似合っているぞ!」
ゴエモンはからからと笑う。
「準備も万全のようだし、早速始めるぞ! 道中は妨害がたくさんある。気を付けろよ!」
「オーケーオーケー! バシッと持って帰ってくるよ!」
アスカは軽く準備運動を済ませると、早速堀に渡された綱に足を乗せる。彼女が体重を乗せるのに合わせ、ゆらゆらと撓んだ。
「おおっ、結構揺れるなあ……でも、これくらいなんてことないっ!」
アスカは故郷の鉱山や工房で鍛えたバランス感覚を発揮すると、一歩一歩着実に渡っていく。アスカは満足げに頷いた。
「うん、いけるいける!」
そのまま順調に渡り切るかと見えたが、急に鞠が一つアスカに向かって飛んできた。咄嗟に避けたが、そのせいでアスカは大きくふらつく。何とか飛んできた方を見ると、ゴエモンがいくつもの鞠を手にしていた。
「ええっ!?」
「ほらほら! ちゃんと避けないと落ちるぞ!」
次々に投げつけられる鞠。アスカは反応を研ぎ澄ませると、鋭い手刀で叩き落とす。
「負けるか! そっちがそう来るんなら一気に渡り切ってやる!」
彼女は気合を入れ直すと、一気に綱を駆け抜けるのだった。
砦の中へ乗り込むと、奥の梯子へと続く真っ直ぐな廊下が出迎えた。アスカは膝を曲げ伸ばし、身体にバネを溜めていく。
「絶対罠だよね、これ……」
身を低く構えたアスカは、全身の筋力にものを言わせた強引な突進を敢行する。中ほどまで踏み込んだ時、いきなり足元の床ががらんと開いた。落とし穴だ。アスカは勢いに任せて何とか向こう岸に張り付き、どうにかこうにかよじ登る。
「……えへへっ、楽勝……」
十分後、窓からロープを垂らしたアスカが、するすると砦から降りてきた。その手には巻物が握られている。ゴエモンの目の前までやってきた彼女は、巻物を差し出しながらにっこりと笑う。
「大変だけど楽しかったよ! シノビはこれをいとも簡単に突破してみせるんだね。……東方の神秘、恐るべしっ! かな?」
「うむ、その意気だ。苦難にあっても、それを抜け出す工夫を忘れるなよ!」
「もちろん!」
ゴエモンの言葉に、アスカは笑顔で応えた。
●心を演じる
最後にやってきたのはチヨメの舞台。役者に名乗りを上げたルアンナは、羽織袴を着込み、刀を手にして立派な侍になっていた。一方のミーナは派手な着物姿で萎びた顔をしている。
「どうして私が悪代官なんですか?」
「似合ってますよ?」
ルアンナが囃すと、ミーナは肩を落とした。
「褒めてないですよ、それ」
「さぁ、台本は頭に入れてるわね?」
チヨメも庶民風に身なりを整えている。質素な身なりでも漂う色香は相変わらずだ。
「早速始めるわよ」
「うおー! いけー!」
アスカが声援を送る中、女三人の劇はとんとんと進んだ。揚々と演技するルアンナは、次第に役へとのめり込んでいく。
「民を苦しめる悪代官! もう許さないわよ!」
「お侍さん、助けてぇ」
「くせものめー、じかにせいばいしてくれるー」
ルアンナが颯爽と刀を抜き放ち、槍を構えるミーナへ向かって素早く斬りかかる。一合一合打ち合ううちに、ルアンナはさらに盛り上がっていく。
「この一太刀で成敗してあげる! 旋風一閃!」
刀を振り抜き、その太刀筋を追うように豪風を唸らせる。巻き込まれたミーナの手から槍が吹っ飛んだ。
「あ、ちょっと……!」
ミーナは思わず素に返るが、ルアンナは止まらない。タイダルストリームを構え、ミーナへ向かって撃ち放つ。
「あいえええ!」
まともに喰らったミーナは、ずぶ濡れになって倒れ込む。ルアンナはようやく我に返った。
「あ、ごめんなさい!」
「へーきです。へーき……」
「ふふ。役に入り込み過ぎて、手綱を手放さないようにね」
そんな光景を見ても、チヨメは泰然自若、艶然と微笑んでいる。コルネはそんな彼女を首を傾げながら見つめていた。
(先ほどの方達といい、本物のシノビ、というわけではなさそうな……)
シノビという響きに釣られた人をちょいと引っ掛けるためのお屋敷。コルネは洞察でその正体を見極めていたが、それもそれでよいと納得した。
(それでも修行の成果は本物ですし……悪くはないですね)
●婚約者への返事
「また来るんじゃぞ!」
修業は終了。シノビマスター達に見送られ、屋敷を後にする冒険者達。大福はミーナの前でぴょこんと跳ねた。
「みねるば、シャルガネは気に入ってくれたのだ?」
「そうですね。王国では珍しいものがたくさんありますから」
「そうかそうか、嬉しいのだ!」
大福は目を丸くする。コルネも微笑み、彼女の隣まで歩み寄る。
「お元気そうで何よりでした。色々噂は聞こえてましたが、実際に元気そうな顔を見られて安心しました」
「もちろん元気ですとも。色んな世界が見られて、気分もいいですし」
ミーナは微笑み交じりに応えつつ、小さく首を傾げた。
「皆さんはどんな用事で?」
「貴方の婚約者からの依頼です。様子を確かめてこいと」
「ま、随分と元気そうだし、心配はいらないみたいだね!」
アレクサンドラとアスカが口々に応える。ミーナは口を尖らせた。
「フリッツったら。あー、何て返事しようかな」
「素直に今の感想を伝えたらどうですか?」
ルアンナが言うと、ミーナは難しい顔をする。
「それも一つなんですけど……それでフリッツが納得するか……」
「ミネルヴァ殿、安心召されい。それがしがシカト報告しておくのでござるですよ」
すっかりシノビになり切ったハルがそこへやってくる。ミーナはただ頷くしかなかった。ハルの顔はあんまりにも自信に満ちていたからだ。
「ぐー?」
足元にテグがやってくる。ハルはそっと抱え上げた。
「テグ、またせたな、です」
ハルはテグを胸に抱えると、そのまま颯爽と歩き去るのだった。
フリードリヒの執務室。彼はハルから送られてきた書簡に目を通していた。
『……ミネルヴァ殿は誠のシノビに目覚めた御仁、安心召されると良いと思うのですよ!』
読み通した彼は、小さく溜め息を吐いた。
「これはこれは。全く安心できないな……」
おしまい
マスターコメント
皆さんご参加ありがとうございました。
文字数のために参加者数を絞ったのですがそれでも描きたいことが多すぎてやっぱり文字数が足りない……もう少し腕を磨き直す必要がありそうですね。
次回はまたミーナが話を動かす予定です。
ではでは。
ショートシナリオ易しい 報酬:少ない6 / 4〜6人
2021年10月16日 14時24分42秒 公開
大成功
相談掲示板
ルアンナです、よろしくお願いします♪ 私は変身行の演劇を是非やってみたいです!
よろしくお願いします…クラウディアです。 ―依頼 といいつつ、半ば物見遊山みたいなことになっていますね…。 私は…暗夜行を試してみようかな?
コルネリウスです、よろしくお願いします。 私は滝行に行こうかと思っています。オジサマの視線はあまり気にしませんので。
大福と相棒の粽なのだ〜!よろしくお願いします、なのだ! にんにん!大福でもカッコいいシノビになれるかな、なのだ! 弓の練習するなら暗夜行、粽と連携の練習するなら潜入行かなぁと思ってるのだ〜
ニンジャア! アスカだよーよろしくね! ニンジャ体験しながら報酬も出るなんて天国だよね〜。 あたしはどうしよっかな……ニンジャっぽい事が一番できそうなのが潜入行なんだけど変身行も気になってるんだよね。 もう少し考えさせて!
こんにちは! シーフのハルなのですよ。 よろしくお願いします! シノビ修行…目白押しなのですよ…。 悩ましいのですが滝行に行こうと思います。 シノビの心得を習得してみたいと思うのです!