【秋祭】収穫祭の思い出ランタン
鳩子
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シナリオID:101
オープニング
●
風は涼しく空高くなり、ロスガリア大陸に収穫期が訪れた。
農村では収穫作業に追われる日々。日の出から日の入りまで、穂を刈る小気味のいい鎌音や脱穀の音が絶えず響いている。
村から町をつなぐ道には収穫を積んだ荷馬車が行き交い、町側もまたそわそわと気忙しさに包まれていた。
収穫が一段落すると何が行なわれる。か――そう、収穫祭である。
多種多様な風土や宗教が混在するロスガリア大陸でも、この時期になるとそれらの枠を超え、各地で一斉に収穫祭が行われるのだ。
元々は秋の恵みに感謝する純然たる収穫祭だったが、いつの頃からか魔物除けや鎮魂祭としての側面を持ち始めた。
実りの季節であると同時に、夜闇が日毎濃く長くなり行く時期でもある。悪しきものに憑かれぬよう魔物や亡者に仮装をしたり、死者の魂を慰める催しをしたりと、祭りの内容は村や町により様々だ。
●トゥインクルの収穫祭
ここ、小さな農村トゥインクルでも、祭の準備が着々と進められていた。
ススキ色の髪を三つ編みにした少女が、野外に設置されたテーブルへ手際よくクロスを掛けていく。動くたびに揺れる膝丈のバルーンスカートは鮮やかなオレンジ色で、腰の部分にはグリーンの大きなリボンが結ばれていた。
秋晴れの空に、少女の歌声がほどけてゆく。
ラールラリルラ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
大人も子供も 鳥も獣も 虫も魚も 今日は無礼講
遠い先祖もやって来い 遠い子孫もやって来い
光を灯せ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
ラールラリルラ ルーリィヤ!
一区切りついたところで、少女が来訪者に気が付いて顔を上げる。村には様々な種族が見て取れたが、彼女はヒューマンであるらしかった。
「ようこそ、トゥインクルへ!」
ブドウ色の瞳を人懐っこく輝かせて、少女は笑う。
「良い時にいらしてくれて嬉しいわ。トゥインクルの収穫祭は大人と子供、祖先と子孫、村人とお客様、みんな集まって祝うのが良いとされているの」
普段はこれといって見どころの無い農村だが、そういうわけで収穫祭シーズンは殊更もてなしに力を入れ、来訪者を招いているということだった。
広場には丸太の柱が立ち、オレンジと紫のフラッグガーランドが風に吹かれている。テーブルクロスも同じ色合いで、これはこの時季の実りの象徴であるカボチャとブドウを表しているらしい。
「私が着ているこの服も、この時期だけの特別な衣装よ! みんなで縫った手作りなの。私のドレスは見た通りカボチャがモチーフで……」
「ヴィオラ!」
説明に、呼び声が割り込んだ。
倉庫らしき家屋から出てきたのは、少女――ヴィオラよりいくらか背丈の低い少年だ。低い声に反して、その顔は若々しい。赤毛を首の後ろで一つにくくり、落ち着いたグリーンのシャツに焦げ茶のベスト、深い紫色のズボンを身に着けている。
「ランタンを運びだしても良いか」
「ええ、お願い……でもその前に、カンナ、ちょっとこっち来て!」
ヴィオラはちょうどいいとばかりに彼を手招いた。
少年は気難しい性格なのか、不服そうな顔を隠しもせずにやってくる――いや、ヒューマンの少年と見えたのは誤りで、彼は大ぶりの手足と僅かに尖った耳を持つハーフリングであった。十歳過ぎの子どもに見えるが、ヴィオラの親や祖父母世代であってもおかしくない。
「まったく、俺を呼びつけるなんて」
「大事なお客様に衣装の説明をしたいの。良いでしょう?」
気安い会話をして、ヴィオラは来訪者に向き直る。
「男性用の服はブドウがモチーフなの。腰につけているのは魔よけの鈴よ。お祭りにはあの世のご先祖様たちもお招きするけれど、悪いものまで来たら困るもの。私も三つ編みの先につけてるわ」
ヴィオラが自身の三つ編みをつまんで揺らすと、これもやはりブドウをかたどっているらしい房状の鈴が、ちりちりと音を立てた。
「……もういいな。ランタンを運んでくるぞ」
「ええ! ランタンの説明もしたいもの、お願いね」
「このワガママ娘は……まったく」
悪態をつきながらカンナが持ってきたのは、皮がオレンジのカボチャの中身をくりぬいたものだった。目や口の形に穴をあけて顔に見立てるカボチャのランタンはよその収穫祭でもよく見かけるものだが、ここトゥインクルでは様々なバリエーションがあるようだ。
怖い顔に優しげな顔。顔ではなく、花や鳥の模様を彫ったもの。全体が格子状に彫られたものまである。
「トゥインクルの秋祭りに欠かせない、思い出ランタンよ! とってもきれいでしょ? 今すぐ光ってるところを見せてあげられないのが残念だわ」
わざわざ思い出ランタンという名をつけているのは、特別な仕掛けがあるかららしい。中へ入れるのは普通のロウソクではないようだ。
ヴィオラが詳しく説明する前に、フン、とカンナが鼻を鳴らした。
「今お前が歌ってみせりゃあ、林まで行かなくともワタボシの一匹や二匹、よってくるだろうよ」
「えっ……」
カンナの突然の要求にヴィオラは目を丸くしたが、相手がニヤニヤとした顔を崩さないのを見て、しぶしぶ頷いた。
咳払いの後に紡ぎ始めたのは、先ほども聞こえていた旋律だ。
ラールラリルラ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
大人も子供も 鳥も獣も 虫も魚も 今日は無礼講
遠い先祖もやって来い 遠い子孫もやって来い
光を灯せ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
ラールラリルラ ルーリィヤ!
最後の一節を歌い終わろうという時、ふわりと何かがどこからともなくカボチャの器へ舞い降りた。
「ほうらご覧、お客人。これがワタボシだ。ロウソクに代わる、ランタンの火さ」
今度はカンナが説明役を担った。
まだ明るい空の下ではわかりにくかったが、確かにカボチャの内側がぽうっと輝いている。
「ワタボシというのは、虫のような小動物のような……この時季になると出てくる生き物でね。ふわふわした、光る綿埃のようなもんだ」
酷い例えだとヴィオラが抗議するが、カンナは無視した。
「こいつの光には、ふしぎと記憶を呼び起こす作用がある。そう危ないもんじゃあない。もうすっかり忘れたつもりでいた、昔の他愛ない出来事だとか大事な記憶だとかを見る者にふっと思い出させるだけのことさ」
「収穫祭の夜には思い出ランタンの光を囲んで、みんなで美味しいものを食べながら昔話をする習わしなの」
「俺は毎年、寝ぼけたこいつが俺の脛を骨付き肉と間違えてかじりついてきたことを思い出す」
「ちょっと、お客様に余計なこと言わないでよ!」
頬を赤くしてむくれるヴィオラに、カンナは事実だろと素っ気なく返す。
「ワタボシは音楽が好きらしくてな。歌じゃなくて楽器でもいい。とにかくこっちが楽しくやって見せると、ふわふわやってきてカボチャの中に入ってくれるのさ。林の方に行けば一匹や二匹じゃない。もっと沢山のワタボシが集まって、ランタンを十分に明るくしてくれるだろうよ」
倉庫にはまだまだ無数のランタンが用意されているらしい。夜が来れば、さぞかし趣深く収穫祭の宴を彩ることだろう。
「よかったら、あなたも一緒にワタボシを呼びに行きましょう? トゥインクルの祭は、とにかくなんでもみんなでやるのが大事なの。夜には美味しいご馳走もあるわ」
「酒も出るぞ」
ヴィオラとカンナの誘いを後押しするように、ワタボシの光が静かに瞬いた。
風は涼しく空高くなり、ロスガリア大陸に収穫期が訪れた。
農村では収穫作業に追われる日々。日の出から日の入りまで、穂を刈る小気味のいい鎌音や脱穀の音が絶えず響いている。
村から町をつなぐ道には収穫を積んだ荷馬車が行き交い、町側もまたそわそわと気忙しさに包まれていた。
収穫が一段落すると何が行なわれる。か――そう、収穫祭である。
多種多様な風土や宗教が混在するロスガリア大陸でも、この時期になるとそれらの枠を超え、各地で一斉に収穫祭が行われるのだ。
元々は秋の恵みに感謝する純然たる収穫祭だったが、いつの頃からか魔物除けや鎮魂祭としての側面を持ち始めた。
実りの季節であると同時に、夜闇が日毎濃く長くなり行く時期でもある。悪しきものに憑かれぬよう魔物や亡者に仮装をしたり、死者の魂を慰める催しをしたりと、祭りの内容は村や町により様々だ。
●トゥインクルの収穫祭
ここ、小さな農村トゥインクルでも、祭の準備が着々と進められていた。
ススキ色の髪を三つ編みにした少女が、野外に設置されたテーブルへ手際よくクロスを掛けていく。動くたびに揺れる膝丈のバルーンスカートは鮮やかなオレンジ色で、腰の部分にはグリーンの大きなリボンが結ばれていた。
秋晴れの空に、少女の歌声がほどけてゆく。
ラールラリルラ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
大人も子供も 鳥も獣も 虫も魚も 今日は無礼講
遠い先祖もやって来い 遠い子孫もやって来い
光を灯せ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
ラールラリルラ ルーリィヤ!
一区切りついたところで、少女が来訪者に気が付いて顔を上げる。村には様々な種族が見て取れたが、彼女はヒューマンであるらしかった。
「ようこそ、トゥインクルへ!」
ブドウ色の瞳を人懐っこく輝かせて、少女は笑う。
「良い時にいらしてくれて嬉しいわ。トゥインクルの収穫祭は大人と子供、祖先と子孫、村人とお客様、みんな集まって祝うのが良いとされているの」
普段はこれといって見どころの無い農村だが、そういうわけで収穫祭シーズンは殊更もてなしに力を入れ、来訪者を招いているということだった。
広場には丸太の柱が立ち、オレンジと紫のフラッグガーランドが風に吹かれている。テーブルクロスも同じ色合いで、これはこの時季の実りの象徴であるカボチャとブドウを表しているらしい。
「私が着ているこの服も、この時期だけの特別な衣装よ! みんなで縫った手作りなの。私のドレスは見た通りカボチャがモチーフで……」
「ヴィオラ!」
説明に、呼び声が割り込んだ。
倉庫らしき家屋から出てきたのは、少女――ヴィオラよりいくらか背丈の低い少年だ。低い声に反して、その顔は若々しい。赤毛を首の後ろで一つにくくり、落ち着いたグリーンのシャツに焦げ茶のベスト、深い紫色のズボンを身に着けている。
「ランタンを運びだしても良いか」
「ええ、お願い……でもその前に、カンナ、ちょっとこっち来て!」
ヴィオラはちょうどいいとばかりに彼を手招いた。
少年は気難しい性格なのか、不服そうな顔を隠しもせずにやってくる――いや、ヒューマンの少年と見えたのは誤りで、彼は大ぶりの手足と僅かに尖った耳を持つハーフリングであった。十歳過ぎの子どもに見えるが、ヴィオラの親や祖父母世代であってもおかしくない。
「まったく、俺を呼びつけるなんて」
「大事なお客様に衣装の説明をしたいの。良いでしょう?」
気安い会話をして、ヴィオラは来訪者に向き直る。
「男性用の服はブドウがモチーフなの。腰につけているのは魔よけの鈴よ。お祭りにはあの世のご先祖様たちもお招きするけれど、悪いものまで来たら困るもの。私も三つ編みの先につけてるわ」
ヴィオラが自身の三つ編みをつまんで揺らすと、これもやはりブドウをかたどっているらしい房状の鈴が、ちりちりと音を立てた。
「……もういいな。ランタンを運んでくるぞ」
「ええ! ランタンの説明もしたいもの、お願いね」
「このワガママ娘は……まったく」
悪態をつきながらカンナが持ってきたのは、皮がオレンジのカボチャの中身をくりぬいたものだった。目や口の形に穴をあけて顔に見立てるカボチャのランタンはよその収穫祭でもよく見かけるものだが、ここトゥインクルでは様々なバリエーションがあるようだ。
怖い顔に優しげな顔。顔ではなく、花や鳥の模様を彫ったもの。全体が格子状に彫られたものまである。
「トゥインクルの秋祭りに欠かせない、思い出ランタンよ! とってもきれいでしょ? 今すぐ光ってるところを見せてあげられないのが残念だわ」
わざわざ思い出ランタンという名をつけているのは、特別な仕掛けがあるかららしい。中へ入れるのは普通のロウソクではないようだ。
ヴィオラが詳しく説明する前に、フン、とカンナが鼻を鳴らした。
「今お前が歌ってみせりゃあ、林まで行かなくともワタボシの一匹や二匹、よってくるだろうよ」
「えっ……」
カンナの突然の要求にヴィオラは目を丸くしたが、相手がニヤニヤとした顔を崩さないのを見て、しぶしぶ頷いた。
咳払いの後に紡ぎ始めたのは、先ほども聞こえていた旋律だ。
ラールラリルラ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
大人も子供も 鳥も獣も 虫も魚も 今日は無礼講
遠い先祖もやって来い 遠い子孫もやって来い
光を灯せ 今日はお祭り 年に一度の収穫祭
ラールラリルラ ルーリィヤ!
最後の一節を歌い終わろうという時、ふわりと何かがどこからともなくカボチャの器へ舞い降りた。
「ほうらご覧、お客人。これがワタボシだ。ロウソクに代わる、ランタンの火さ」
今度はカンナが説明役を担った。
まだ明るい空の下ではわかりにくかったが、確かにカボチャの内側がぽうっと輝いている。
「ワタボシというのは、虫のような小動物のような……この時季になると出てくる生き物でね。ふわふわした、光る綿埃のようなもんだ」
酷い例えだとヴィオラが抗議するが、カンナは無視した。
「こいつの光には、ふしぎと記憶を呼び起こす作用がある。そう危ないもんじゃあない。もうすっかり忘れたつもりでいた、昔の他愛ない出来事だとか大事な記憶だとかを見る者にふっと思い出させるだけのことさ」
「収穫祭の夜には思い出ランタンの光を囲んで、みんなで美味しいものを食べながら昔話をする習わしなの」
「俺は毎年、寝ぼけたこいつが俺の脛を骨付き肉と間違えてかじりついてきたことを思い出す」
「ちょっと、お客様に余計なこと言わないでよ!」
頬を赤くしてむくれるヴィオラに、カンナは事実だろと素っ気なく返す。
「ワタボシは音楽が好きらしくてな。歌じゃなくて楽器でもいい。とにかくこっちが楽しくやって見せると、ふわふわやってきてカボチャの中に入ってくれるのさ。林の方に行けば一匹や二匹じゃない。もっと沢山のワタボシが集まって、ランタンを十分に明るくしてくれるだろうよ」
倉庫にはまだまだ無数のランタンが用意されているらしい。夜が来れば、さぞかし趣深く収穫祭の宴を彩ることだろう。
「よかったら、あなたも一緒にワタボシを呼びに行きましょう? トゥインクルの祭は、とにかくなんでもみんなでやるのが大事なの。夜には美味しいご馳走もあるわ」
「酒も出るぞ」
ヴィオラとカンナの誘いを後押しするように、ワタボシの光が静かに瞬いた。
解説
収穫祭の日常系シナリオです。
【場所】
エラトゥーン都市同盟の農業地域フェアドゥキア平野にある小さな農村、トゥインクル村
【内容】
■昼
村に隣接する林で歌や楽器を奏でて、不思議発光生物ワタボシを誘い出す。
協力して合奏や合唱をするもよし、ソロで挑戦するもよしです。
歌は作中の収穫祭の歌でも、オリジナルの持ち歌でもOKです。
■夜
宴に参加してご馳走を食べる。思い出ランタンの光を眺めて、昔話や思い出にふける。
ローストポーク、野菜たっぷりのキッシュ、パン、カボチャパイ、ナッツ、ブドウ、プラム等が食べ放題。ビールとワイン、ブドウジュースもあります。
【ワタボシ】
直径3~5cm程度の、わたぼこりのような光る不思議生物。秋になるとどこからともなく姿を現す、トゥインクル村の小さな隣人。目や口があるのかもわからない、白っぽくてふわふわした毛玉で、ぼんやりと光ります。昼も光りますが、夜になるともっと光ります。
歌や演奏に反応して、集まってくる性質があります。
通常は木のうろや茂みの中、岩陰などを住処にしており、カボチャのランタンの中が落ち着くようです。
ワタボシの光を見つめていると悲しい記憶、楽しい思い出、故人との在りし日の会話など、過去の記憶がふっと蘇ってきます。
【レンタル可能品】
■カボチャのランタン
ジャック・オー・ランタンっぽいのから芸術的なものまで、いろんなデザインがあります。
■携帯できるサイズの楽器
タンバリン、笛、小型の竪琴etc
■収穫祭の衣装と魔よけの鈴
女性はカボチャ、男性はブドウをイメージ。同じモチーフでバリエーションが多数あり。
【NPC】
■ヴィオラ
ヒューマンの少女。十五歳。歌が上手で働き者。
畑の世話で忙しい両親に代わってカンナに良く面倒を見てもらっていたため、気安い仲。
■カンナ
ハーフリングのおっさん。
声変わりがあったタイプのハーフリングなので、外見と声にギャップがある。
農業従事者ではなく、木工職人。カボチャのランタンづくりの名手。
マスターより
季節感を味わいつつ、PCの過去設定について触れるきっかけになったら良いなと思い、不思議発光生物を設定してみました。他愛ない思い出でも、シリアスな過去でも、純粋に祭りを満喫するのでも、なんでも歓迎です。
ワタボシの捕獲と宴の二部構成ですが、「昼(または夜)のシーンを特に描写してもらいたい!」という方は、片方について重点的に書いていただいてもOKです。
衣装のレンタルは任意です。
NPCの二人も同行しますが、リプレイに登場するかどうかはプレイングを見て考えます。
キャラクター把握のため、台詞や心情を積極的に入れて頂けると助かります。
審査や修正に備えて作業期間をやや長めに設定していますが、出来上がり次第納品予定です。
よろしくお願いします!
リプレイ
●十人十色の衣装選び
「楽器と同じ名を持つにふさわしい素敵な歌声だね、ヴィオラさん」
村の少女に声をかけたのは、エルフの青年セヴラン・クアルトだ。
「歌や音楽に誘われてやって来る隣人とは腕が鳴る」
冒険者である前に楽師であると自負する彼は、収穫祭の歌の素朴さに好感を持ち、ワタボシの話を聞くとますます興味を深めたのだった。
「折角だし衣装も借りよう。見立てをお願いしていいかな?」
衣装がずらりと並ぶ一角には、先客がいた。
ヒューマンの青年、Shaadeeはヴィオラに気が付いて顔を上げる。
「これ、借りられるんだよね。コミカルなのもいいけど、シュッとしてキリッとしたのがいいな!」
それなら、とヴィオラが口を開く前に、
「まぁ、俺はイケメンですから? なんだって華麗に着こなすけどね?」
腰に手を当て、胸を張る。
ヴィオラはあっけに取られて瞬き、セヴランはゆるりと笑った。
確かにシャーディーの整った顔立ちと黄金色の瞳には人を引き付ける魅力がある。だが、それを台無しにするほど雰囲気が軽――大切な客人への悪口になりかねない思考を、ヴィオラは咳払いで打ち切った。
「衣装はサイズ順になっているから……お二人の体格だと、ここから、このあたりですね」
十分後、着替え終えた二人の姿があった。
セヴランは袖口にボタンが並ぶシャツに、革のベスト。腰にはフリンジのついた染め布を巻きつけて華やかに。その上から、銀糸でブドウのツタが刺繍された帯を締めた。
一方シャーディーは乗馬服風の衣装だ。特筆すべきはその頭に乗せられた帽子である。クラウンには橙色に染められた大きな羽飾り。ツバのフチからは木の実を模したビーズが垂れ下がり、顔の横で揺れている。実は、奇抜すぎて借り手の見つからないそれをヴィオラは面白半分に勧めたのだが、シャーディーは見事に着こなしていた。
「じゃあ、次はランタンを選んでくださいね」
「それを持って林に行くんだね」
「よっし、俺にぴったりの格好いいランタンを選ばないとな!」
カンナのもとへ二人を送り出した後、入れ違いに聞こえてきた新たな声に、ヴィオラは振り返る。
「僕に合うのあるかな」
「わしのサイズはないかもしれんな」
そこにいたのは対照的な二人。小柄なハーフリングと、巨体のハーフビーストだ。
「今、お探ししますね!」
ヴィオラは慌てて衣装の山に向かった。
●星を呼ぶ歌
木漏れ日の差す林道に、歌声が響く。
月のランプ 灯りを消して 星の砂を散りばめて
夢を飾り眠りなさい 草木も鳥もまどろむ刻に
おやすみ 夜のいとし子
柔らかに歌い終えたのは腰に魔除けの鈴をつけたエルフ、コルネリウス・アーラだ。
「上手だね。なんだかうっとりしちゃった!」
ぱちぱちと拍手したのはハーフリングの青年ハガネ。着ているのは特別小柄な彼のためにヴィオラが探した衣装で、ヒューマンの子供用カボチャパンツを履き、青い石のブローチで幅広のタイを留めていた。
率直な誉め言葉にコルネリウスは微笑む。
「弟たちによく歌っていた子守唄です」
「素敵だね、……あっ!」
歌の余韻を辿るようにして、ワタボシがふわりと降りてくる。日差しの下で小さく淡い光は容易にかき消されてしまうが、ランタンへ入ると内部が微かに照らされるのが見て取れた。
「不思議な生き物ですねぇ……かわいいです」
「うん! このランタン、小鳥が彫ってあるんだね」
ハガネは、運ぶのを手伝った多種多様なランタンを思い出した。
「作るのも手伝ってみたいところだけど……そうすると、また来年?」
「今年はワタボシ集めを頑張りましょう」
残念そうなハガネを励まし、コルネリウスは再び歌を口にする。
月のランプ 灯りを消して 星の
月のランプ 灯りを消して――
「ええっ?」
木霊のように後を追いかけた歌声にハガネは目を丸くした。コルネリウスも思わずあたりを見回すと、木陰から猫のハーフビーストが姿を表した。
「ふふ、驚かせたかな」
彼――シャンテ・フーケの声真似であったらしい。ふにゃんと笑むような形の口元を見ると、どうにも悪戯を咎める気が起きない。
「おばけが出たのかと思っちゃった!」
「貴方も一緒に歌いますか?」
どうしようかな、とシャンテは思案した。大勢が奏でる音は、獣の耳には少々痛い。ただ歌は好きだから、この明るい喧騒が不快というわけではなかった。
「そういえば、さっきシャーディーにも誘われたよ。向こうに集まってるみたいだ」
「僕も参加したいな! タンバリンくらいしかできないけど」
「みんなで演奏した方がワタボシも集まりそうですね」
木立の開けた場所へ、ランタンを手に人が集まっていた。ヴィオラとカンナの姿もある。
「合奏なさるのでしたら、収穫祭の歌が相応しいのではないかと」
ヒューマンの娘、レティシア・レインフィールが言う。透き通る白い肌に白銀の髪を持つ彼女は、凜と咲く白百合めいた風情がある。
村に来てから常に聞こえてくる短いメロディはすっかり耳に馴染んでおり、異論は出なかった。
「ラールラリルラ、ルーリィヤ! だよね?」
こう見えて歌は上手いんだよ、とシャーディーはヴィオラに笑いかける。
「あれ、信じてないね?」
ヴィオラは笑いをこらえて首を振った。身振りに合わせて帽子の羽飾りがぼいんぼいん揺れるのが可笑しかったのだ。
「ふふ、まぁ上手い下手はともかく歌うのは好きだよ。みんなで良い思い出作ろうよ。あ、そこのおっちゃんもどうよ!」
突然話を振られ、カンナは顔をしかめる。
「俺はワタボシの観察で忙しい」
彼は音痴なの、とヴィオラはこっそり耳打ちした。
「さぁ、張り切ってワタボシを呼ぼう」
セヴランがヴァイオリンを構える。
その隣にヒューマンの少女、アステルも並んだ。
「私は笛で参加しますね!」
さらにその横へ、
「あのふわふわを沢山呼び寄せたいのじゃろう? なら最初は派手に、遠くまで音を届けんとな!」
小山の如き巨躯が並んだ。
ハーフビーストのジョン・ベアーだ。逞しい腕を通せるシャツがなかったためブドウ柄のサッシュだけ借りて腰に巻き、魔除けの鈴は髪に着けている。
「わしの手にはちいと小さいが、まぁ……」
構えた楽器は小さな太鼓だ。ジョンが持つと、子供のおもちゃに見える。
深呼吸を一つ。
「近くにいると煩いかもしれん、耳塞いどけよ!」
分厚い掌が太鼓を叩く。
ドンッ、ドドッ、ドドドンッ
小太鼓とはとても思えぬ爆音が林間を駆け巡った。
「がはは! これでウロに隠れたワタボシも目が覚めたじゃろう!」
「僕がワタボシだったら真っ先に逃げ出してるよ」
合わせて歌いだすどころではない。シャンテは両手で耳を押さえたまま嘆息する。
「音量控えめで頼めるかな」
「悪いのう、合奏には不向きじゃったな」
セヴランの要請に、ジョンは笑って応えた。
「では改めて……」
セヴランのヴァイオリンが先手を切り、アステルの笛が後に続く。ハガネのタンバリンとジョンの小太鼓が賑やかにリズムを作った。
そこへ歌声が重なる。
シャンテも生来の声音で加わり、目を細める。皆で同じ旋律を追うのは楽しいものだ。
シャーディーはそっと瞼を伏せた。恋人と踊るかのように腕を広げ、歌を空へと送る。
アレンジを利かせたセヴランの演奏が素朴な民謡を豊かにし、一行は短い歌詞を飽きずに繰り返した。
ハガネも次第に楽しくなって歌いだす。
こんな収穫祭の歌は初めて、とヴィオラは笑い、カンナも感心した様子で耳を傾けた。
やがて、旋律と戯れるように踊る小さな光が降ってくる。ランタンの中へ、ワタボシは次々と舞い降りた。
「すごいです、こんなに沢山……」
「雪みたいじゃのう」
歌い終わると同時に歓声を上げる面々の横で、レティシアは軽く俯いた。楽しくなかったのではない。ワタボシの光が目に入り、不意の郷愁に胸をつかれたのだった。
蘇るのは帝国で暮らした幼い日々。レティシアが生まれた時、すでに父はいなかった。父は王国出身の貴族で、伯父の死を機に単身帰国したからだ。
レティシアの世界は母と暮らす屋敷と、そしてそこで出会った少年だけで完成していた。母と歌い、少年とは大人になったら結婚しようと他愛ない約束をして、幸福だった。
記憶の中の母の声を辿って、レティシアは子守唄を小さく口ずさむ。
ほしにひとつ ねがいごと キラキラキラリ
とおくはなれても あなたのために ふらせましょう
そうして、溢れそうになる涙をのみこんだ。
●歓楽と追想の宴
「もうそんなに食べたんですか?!」
カボチャパイに舌鼓打っていたアステルは、空の皿を山と積み上げるジョンに目をみはった。
「うむ! このキッシュもパイも本当に美味いなぁ! おかわり頼んでもよいか?」
第一の目的であった食事を堪能し、ジョンはこの上なく上機嫌だった。
実りの秋万歳、収穫祭万歳である。
「すごいね、ジョンさん。もう十回目のおかわりだよ」
ビールを飲みながら、ハガネは笑う。
「僕ももっと食べたくなっちゃった」
「おっ! 丁度良かった、村のおばちゃんに沢山もらっちゃって。みんなで食べようよ」
シャーディーが大皿を置いて席に加わった。ローストポークとパンが山盛りになっている。
「サンドイッチにしてみようかな」
「そりゃあ良い! パンを割って……ん!? こ、こりゃ……革命だ!」
香ばしいパンと塩気の効いた肉は相性抜群だ。あっという間に山が崩されていく。
皿の底が見えてきたところで、ジョンは一旦手を止めた。
「シャーディー。お前さん、ちっとも食うとらんではないか」
「え? ……ああ、うん。ランタンを見てたら、なんか……」
テーブルの四隅で、思い出ランタンがほわほわと光っている。
「昼間はようわからんかったが、本当に光っとるな。不思議な生き物がいるもんじゃ」
「何か思い出したの?」
シャーディーは逡巡の後、頷いた。パンをちぎりながら苦笑する。
「昔のこと……俺ね、小さい頃よくいじめられててさ」
気軽い青年の意外な告白だった。
「辛かったけど辛いことだけじゃなかったし、あの頃の経験があるから今の俺がいるわけで。だからまぁ、後悔とかはない。ないと思ってた」
金色の瞳が、再び灯りを映す。
「でも……うん、なんか、やっぱりちょっと悔しいな」
静かな口ぶりで言い終えて、ぱっと顔を上げる。
「なぁんて、ね! 大丈夫大丈夫! 過去は過去だし、今は今だからさ!」
平生の軽妙さを取り戻し、シャーディーはグラスにワインを注いだ。
ボトルを向けられたジョンは手を振った。
「わしゃ、甘酸っぱいブドウジュースの方が好きじゃ。……わしには思い出すほどのことがないのう」
もしかしたらあるのかもしれないが、今現在の食欲と区別がつかないのだろう。日々、食べて生きていくので手一杯だった。
「僕は昔の記憶がないんだけど、何か思い出せたりするのかなぁ?」
ハガネはほのかに明滅する光を眺め、首を振る。
「……そんな都合のいい話はないよね」
思い出ランタンは失われた記憶を取り戻してはくれない。ただ、胸がぎゅっと苦しくなった。自分でも知らないつらい記憶が蘇ろうとしたのか、それとも思い出せないこと自体がつらいのか。
ちょっぴり切ない気持ちを、ハガネはぐいっとビールで流し込む。
「よし、もっと食べよーっと! 食は明日からの元気につながる、だよ!」
「がはは! その通りじゃ! わしはこの光、嫌いではないぞ。次にワタボシを見るときは、きっと今日の記憶が思い出されるじゃろう」
「俺もおかわりしちゃおっかな。アステルも次は果物どう?」
活気を取り戻したテーブルには、次々と美味しい記憶が積み上げられていった。
レティシアは黒一色から橙のドレスに着替えていた。家人が知ればこのような村の宴に参加するなどとんでもないと咎められるだろうが、今は一人だ。もてなしを喜んで受け取った。飲み物はジュースを、皿には豊富に用意された食事を少しずつ乗せてもらった。
「おや」
上品にパイを口に運ぶレティシアの向かいでグラスを傾けていたセヴランは、昼に見た顔を見つけて呼び止める。
「シャンテさん、ここ空いてるよ」
気ままに食べ歩いていたシャンテは、誘われるまま席についた。
「パンばかりだね」
「ふふ、ローストポークもあるよ。ただ僕はパンが特に好きでさ。旅で立ち寄ったところのパンは必ず食べるんだ」
シャンテはカボチャパンを一口ほおばって笑みを深めたのち、セヴランのランタンに目を留める。
「これは鳥の模様か。僕は顔のにしたよ」
シャンテのランタンが彼によく似た笑顔をしていたので、二人は笑みをこぼした。
「思い出が蘇るって本当かな」
「私は……幼い頃、母と歌った日のことを思い出しました」
レティシアは短く答える。帝国での日々や亡き母の話は、汚点故に口外してはならぬと今の母――父の正妻から言われていた。
「僕も、家族のことだな」
セヴランは傍らのヴァイオリンを撫でた。
「音楽を始めたきっかけは祖母だった。下手でもとにかく喜んでくれるのが嬉しくてね。沢山練習した。特に、祖父が亡くなった後は祖母に笑ってほしくて」
憂いを隠すための微笑ではなく、心からの笑みを浮かべてほしかった。
「祖母は結婚するまで吟遊詩人をしていたんだ」
「旅をしていらしたのですか」
「そう。居場所を求めて彷徨っていた、とも言っていたな……彼女は変わらず美しく故郷の森にいるけど、生き筋をほんの少し真似てみたくて」
楽師として腕を磨き、物語を沢山連れて、そして、いつか。
旅か。シャンテは呟いた。
「家族と旅したことを思い出したよ。道中聞きかじった歌をみんなで歌いながら……楽しかったな」
黒毛の凛々しい父に、白毛の綺麗な母、それから斑模様の弟たち。今も鮮明に覚えている。シャンテは未だに帝国崩壊の知らせと共に舞い込んだ家族の訃報が信じられなかった。自分の目で確かめるまで、家族を探し続けるつもりだ。
ランタンは三者三様の思いをやわらかく照らし続ける。
賑わいから距離を置いたテーブルで、コルネリウスは一人ワタボシの光を見つめていた。
蘇るのは喪ったひとの記憶だ。木から落ちたコルネリウスを庇い、床に就いた姉。帝国で騎士となり帰らぬ人となった兄。優しい父と大勢の家族に囲まれても、二人を忘れることはない。
光の瞬きに、愛されていた記憶が溢れ出す。
姉と初めてパンを作った思い出、兄に剣術を教わった日々の記憶。三人で探検し、父に心配をかけた幼い日の一幕。
「逢いたい、なぁ……」
コルネリウスは今自分が一人であることに安堵した。友人たちに涙は見せられない。いつも笑っていると、姉とも約束したのだ。
兄から貰った剣を抱きしめて、子守唄を小さく口ずさむ。
寂しいけれど優しく愛しい記憶を、今夜は沢山思い出そう。
そうして明日、また朗らかに笑うのだ。
「楽器と同じ名を持つにふさわしい素敵な歌声だね、ヴィオラさん」
村の少女に声をかけたのは、エルフの青年セヴラン・クアルトだ。
「歌や音楽に誘われてやって来る隣人とは腕が鳴る」
冒険者である前に楽師であると自負する彼は、収穫祭の歌の素朴さに好感を持ち、ワタボシの話を聞くとますます興味を深めたのだった。
「折角だし衣装も借りよう。見立てをお願いしていいかな?」
衣装がずらりと並ぶ一角には、先客がいた。
ヒューマンの青年、Shaadeeはヴィオラに気が付いて顔を上げる。
「これ、借りられるんだよね。コミカルなのもいいけど、シュッとしてキリッとしたのがいいな!」
それなら、とヴィオラが口を開く前に、
「まぁ、俺はイケメンですから? なんだって華麗に着こなすけどね?」
腰に手を当て、胸を張る。
ヴィオラはあっけに取られて瞬き、セヴランはゆるりと笑った。
確かにシャーディーの整った顔立ちと黄金色の瞳には人を引き付ける魅力がある。だが、それを台無しにするほど雰囲気が軽――大切な客人への悪口になりかねない思考を、ヴィオラは咳払いで打ち切った。
「衣装はサイズ順になっているから……お二人の体格だと、ここから、このあたりですね」
十分後、着替え終えた二人の姿があった。
セヴランは袖口にボタンが並ぶシャツに、革のベスト。腰にはフリンジのついた染め布を巻きつけて華やかに。その上から、銀糸でブドウのツタが刺繍された帯を締めた。
一方シャーディーは乗馬服風の衣装だ。特筆すべきはその頭に乗せられた帽子である。クラウンには橙色に染められた大きな羽飾り。ツバのフチからは木の実を模したビーズが垂れ下がり、顔の横で揺れている。実は、奇抜すぎて借り手の見つからないそれをヴィオラは面白半分に勧めたのだが、シャーディーは見事に着こなしていた。
「じゃあ、次はランタンを選んでくださいね」
「それを持って林に行くんだね」
「よっし、俺にぴったりの格好いいランタンを選ばないとな!」
カンナのもとへ二人を送り出した後、入れ違いに聞こえてきた新たな声に、ヴィオラは振り返る。
「僕に合うのあるかな」
「わしのサイズはないかもしれんな」
そこにいたのは対照的な二人。小柄なハーフリングと、巨体のハーフビーストだ。
「今、お探ししますね!」
ヴィオラは慌てて衣装の山に向かった。
●星を呼ぶ歌
木漏れ日の差す林道に、歌声が響く。
月のランプ 灯りを消して 星の砂を散りばめて
夢を飾り眠りなさい 草木も鳥もまどろむ刻に
おやすみ 夜のいとし子
柔らかに歌い終えたのは腰に魔除けの鈴をつけたエルフ、コルネリウス・アーラだ。
「上手だね。なんだかうっとりしちゃった!」
ぱちぱちと拍手したのはハーフリングの青年ハガネ。着ているのは特別小柄な彼のためにヴィオラが探した衣装で、ヒューマンの子供用カボチャパンツを履き、青い石のブローチで幅広のタイを留めていた。
率直な誉め言葉にコルネリウスは微笑む。
「弟たちによく歌っていた子守唄です」
「素敵だね、……あっ!」
歌の余韻を辿るようにして、ワタボシがふわりと降りてくる。日差しの下で小さく淡い光は容易にかき消されてしまうが、ランタンへ入ると内部が微かに照らされるのが見て取れた。
「不思議な生き物ですねぇ……かわいいです」
「うん! このランタン、小鳥が彫ってあるんだね」
ハガネは、運ぶのを手伝った多種多様なランタンを思い出した。
「作るのも手伝ってみたいところだけど……そうすると、また来年?」
「今年はワタボシ集めを頑張りましょう」
残念そうなハガネを励まし、コルネリウスは再び歌を口にする。
月のランプ 灯りを消して 星の
月のランプ 灯りを消して――
「ええっ?」
木霊のように後を追いかけた歌声にハガネは目を丸くした。コルネリウスも思わずあたりを見回すと、木陰から猫のハーフビーストが姿を表した。
「ふふ、驚かせたかな」
彼――シャンテ・フーケの声真似であったらしい。ふにゃんと笑むような形の口元を見ると、どうにも悪戯を咎める気が起きない。
「おばけが出たのかと思っちゃった!」
「貴方も一緒に歌いますか?」
どうしようかな、とシャンテは思案した。大勢が奏でる音は、獣の耳には少々痛い。ただ歌は好きだから、この明るい喧騒が不快というわけではなかった。
「そういえば、さっきシャーディーにも誘われたよ。向こうに集まってるみたいだ」
「僕も参加したいな! タンバリンくらいしかできないけど」
「みんなで演奏した方がワタボシも集まりそうですね」
木立の開けた場所へ、ランタンを手に人が集まっていた。ヴィオラとカンナの姿もある。
「合奏なさるのでしたら、収穫祭の歌が相応しいのではないかと」
ヒューマンの娘、レティシア・レインフィールが言う。透き通る白い肌に白銀の髪を持つ彼女は、凜と咲く白百合めいた風情がある。
村に来てから常に聞こえてくる短いメロディはすっかり耳に馴染んでおり、異論は出なかった。
「ラールラリルラ、ルーリィヤ! だよね?」
こう見えて歌は上手いんだよ、とシャーディーはヴィオラに笑いかける。
「あれ、信じてないね?」
ヴィオラは笑いをこらえて首を振った。身振りに合わせて帽子の羽飾りがぼいんぼいん揺れるのが可笑しかったのだ。
「ふふ、まぁ上手い下手はともかく歌うのは好きだよ。みんなで良い思い出作ろうよ。あ、そこのおっちゃんもどうよ!」
突然話を振られ、カンナは顔をしかめる。
「俺はワタボシの観察で忙しい」
彼は音痴なの、とヴィオラはこっそり耳打ちした。
「さぁ、張り切ってワタボシを呼ぼう」
セヴランがヴァイオリンを構える。
その隣にヒューマンの少女、アステルも並んだ。
「私は笛で参加しますね!」
さらにその横へ、
「あのふわふわを沢山呼び寄せたいのじゃろう? なら最初は派手に、遠くまで音を届けんとな!」
小山の如き巨躯が並んだ。
ハーフビーストのジョン・ベアーだ。逞しい腕を通せるシャツがなかったためブドウ柄のサッシュだけ借りて腰に巻き、魔除けの鈴は髪に着けている。
「わしの手にはちいと小さいが、まぁ……」
構えた楽器は小さな太鼓だ。ジョンが持つと、子供のおもちゃに見える。
深呼吸を一つ。
「近くにいると煩いかもしれん、耳塞いどけよ!」
分厚い掌が太鼓を叩く。
ドンッ、ドドッ、ドドドンッ
小太鼓とはとても思えぬ爆音が林間を駆け巡った。
「がはは! これでウロに隠れたワタボシも目が覚めたじゃろう!」
「僕がワタボシだったら真っ先に逃げ出してるよ」
合わせて歌いだすどころではない。シャンテは両手で耳を押さえたまま嘆息する。
「音量控えめで頼めるかな」
「悪いのう、合奏には不向きじゃったな」
セヴランの要請に、ジョンは笑って応えた。
「では改めて……」
セヴランのヴァイオリンが先手を切り、アステルの笛が後に続く。ハガネのタンバリンとジョンの小太鼓が賑やかにリズムを作った。
そこへ歌声が重なる。
シャンテも生来の声音で加わり、目を細める。皆で同じ旋律を追うのは楽しいものだ。
シャーディーはそっと瞼を伏せた。恋人と踊るかのように腕を広げ、歌を空へと送る。
アレンジを利かせたセヴランの演奏が素朴な民謡を豊かにし、一行は短い歌詞を飽きずに繰り返した。
ハガネも次第に楽しくなって歌いだす。
こんな収穫祭の歌は初めて、とヴィオラは笑い、カンナも感心した様子で耳を傾けた。
やがて、旋律と戯れるように踊る小さな光が降ってくる。ランタンの中へ、ワタボシは次々と舞い降りた。
「すごいです、こんなに沢山……」
「雪みたいじゃのう」
歌い終わると同時に歓声を上げる面々の横で、レティシアは軽く俯いた。楽しくなかったのではない。ワタボシの光が目に入り、不意の郷愁に胸をつかれたのだった。
蘇るのは帝国で暮らした幼い日々。レティシアが生まれた時、すでに父はいなかった。父は王国出身の貴族で、伯父の死を機に単身帰国したからだ。
レティシアの世界は母と暮らす屋敷と、そしてそこで出会った少年だけで完成していた。母と歌い、少年とは大人になったら結婚しようと他愛ない約束をして、幸福だった。
記憶の中の母の声を辿って、レティシアは子守唄を小さく口ずさむ。
ほしにひとつ ねがいごと キラキラキラリ
とおくはなれても あなたのために ふらせましょう
そうして、溢れそうになる涙をのみこんだ。
●歓楽と追想の宴
「もうそんなに食べたんですか?!」
カボチャパイに舌鼓打っていたアステルは、空の皿を山と積み上げるジョンに目をみはった。
「うむ! このキッシュもパイも本当に美味いなぁ! おかわり頼んでもよいか?」
第一の目的であった食事を堪能し、ジョンはこの上なく上機嫌だった。
実りの秋万歳、収穫祭万歳である。
「すごいね、ジョンさん。もう十回目のおかわりだよ」
ビールを飲みながら、ハガネは笑う。
「僕ももっと食べたくなっちゃった」
「おっ! 丁度良かった、村のおばちゃんに沢山もらっちゃって。みんなで食べようよ」
シャーディーが大皿を置いて席に加わった。ローストポークとパンが山盛りになっている。
「サンドイッチにしてみようかな」
「そりゃあ良い! パンを割って……ん!? こ、こりゃ……革命だ!」
香ばしいパンと塩気の効いた肉は相性抜群だ。あっという間に山が崩されていく。
皿の底が見えてきたところで、ジョンは一旦手を止めた。
「シャーディー。お前さん、ちっとも食うとらんではないか」
「え? ……ああ、うん。ランタンを見てたら、なんか……」
テーブルの四隅で、思い出ランタンがほわほわと光っている。
「昼間はようわからんかったが、本当に光っとるな。不思議な生き物がいるもんじゃ」
「何か思い出したの?」
シャーディーは逡巡の後、頷いた。パンをちぎりながら苦笑する。
「昔のこと……俺ね、小さい頃よくいじめられててさ」
気軽い青年の意外な告白だった。
「辛かったけど辛いことだけじゃなかったし、あの頃の経験があるから今の俺がいるわけで。だからまぁ、後悔とかはない。ないと思ってた」
金色の瞳が、再び灯りを映す。
「でも……うん、なんか、やっぱりちょっと悔しいな」
静かな口ぶりで言い終えて、ぱっと顔を上げる。
「なぁんて、ね! 大丈夫大丈夫! 過去は過去だし、今は今だからさ!」
平生の軽妙さを取り戻し、シャーディーはグラスにワインを注いだ。
ボトルを向けられたジョンは手を振った。
「わしゃ、甘酸っぱいブドウジュースの方が好きじゃ。……わしには思い出すほどのことがないのう」
もしかしたらあるのかもしれないが、今現在の食欲と区別がつかないのだろう。日々、食べて生きていくので手一杯だった。
「僕は昔の記憶がないんだけど、何か思い出せたりするのかなぁ?」
ハガネはほのかに明滅する光を眺め、首を振る。
「……そんな都合のいい話はないよね」
思い出ランタンは失われた記憶を取り戻してはくれない。ただ、胸がぎゅっと苦しくなった。自分でも知らないつらい記憶が蘇ろうとしたのか、それとも思い出せないこと自体がつらいのか。
ちょっぴり切ない気持ちを、ハガネはぐいっとビールで流し込む。
「よし、もっと食べよーっと! 食は明日からの元気につながる、だよ!」
「がはは! その通りじゃ! わしはこの光、嫌いではないぞ。次にワタボシを見るときは、きっと今日の記憶が思い出されるじゃろう」
「俺もおかわりしちゃおっかな。アステルも次は果物どう?」
活気を取り戻したテーブルには、次々と美味しい記憶が積み上げられていった。
レティシアは黒一色から橙のドレスに着替えていた。家人が知ればこのような村の宴に参加するなどとんでもないと咎められるだろうが、今は一人だ。もてなしを喜んで受け取った。飲み物はジュースを、皿には豊富に用意された食事を少しずつ乗せてもらった。
「おや」
上品にパイを口に運ぶレティシアの向かいでグラスを傾けていたセヴランは、昼に見た顔を見つけて呼び止める。
「シャンテさん、ここ空いてるよ」
気ままに食べ歩いていたシャンテは、誘われるまま席についた。
「パンばかりだね」
「ふふ、ローストポークもあるよ。ただ僕はパンが特に好きでさ。旅で立ち寄ったところのパンは必ず食べるんだ」
シャンテはカボチャパンを一口ほおばって笑みを深めたのち、セヴランのランタンに目を留める。
「これは鳥の模様か。僕は顔のにしたよ」
シャンテのランタンが彼によく似た笑顔をしていたので、二人は笑みをこぼした。
「思い出が蘇るって本当かな」
「私は……幼い頃、母と歌った日のことを思い出しました」
レティシアは短く答える。帝国での日々や亡き母の話は、汚点故に口外してはならぬと今の母――父の正妻から言われていた。
「僕も、家族のことだな」
セヴランは傍らのヴァイオリンを撫でた。
「音楽を始めたきっかけは祖母だった。下手でもとにかく喜んでくれるのが嬉しくてね。沢山練習した。特に、祖父が亡くなった後は祖母に笑ってほしくて」
憂いを隠すための微笑ではなく、心からの笑みを浮かべてほしかった。
「祖母は結婚するまで吟遊詩人をしていたんだ」
「旅をしていらしたのですか」
「そう。居場所を求めて彷徨っていた、とも言っていたな……彼女は変わらず美しく故郷の森にいるけど、生き筋をほんの少し真似てみたくて」
楽師として腕を磨き、物語を沢山連れて、そして、いつか。
旅か。シャンテは呟いた。
「家族と旅したことを思い出したよ。道中聞きかじった歌をみんなで歌いながら……楽しかったな」
黒毛の凛々しい父に、白毛の綺麗な母、それから斑模様の弟たち。今も鮮明に覚えている。シャンテは未だに帝国崩壊の知らせと共に舞い込んだ家族の訃報が信じられなかった。自分の目で確かめるまで、家族を探し続けるつもりだ。
ランタンは三者三様の思いをやわらかく照らし続ける。
賑わいから距離を置いたテーブルで、コルネリウスは一人ワタボシの光を見つめていた。
蘇るのは喪ったひとの記憶だ。木から落ちたコルネリウスを庇い、床に就いた姉。帝国で騎士となり帰らぬ人となった兄。優しい父と大勢の家族に囲まれても、二人を忘れることはない。
光の瞬きに、愛されていた記憶が溢れ出す。
姉と初めてパンを作った思い出、兄に剣術を教わった日々の記憶。三人で探検し、父に心配をかけた幼い日の一幕。
「逢いたい、なぁ……」
コルネリウスは今自分が一人であることに安堵した。友人たちに涙は見せられない。いつも笑っていると、姉とも約束したのだ。
兄から貰った剣を抱きしめて、子守唄を小さく口ずさむ。
寂しいけれど優しく愛しい記憶を、今夜は沢山思い出そう。
そうして明日、また朗らかに笑うのだ。
マスターコメント
交流に積極的な方が多かったため、お祭りらしい、人が集まって賑やかな様子が出せたかと思います。
制限文字数内に納めるのが大変で、要素を詰め込みすぎたなと反省しました。今後に生かします。かなりの量を泣く泣く削る羽目になってしまいましたが、どのキャラも書いていてとても楽しかったです。
ご参加ありがとうございました!
ショートシナリオ易しい 報酬:標準8 / 4〜8人
2020年11月04日 12時07分22秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
コルネリウスです。 歌ってワタボシを呼ぼうと思っていますけど、何をするかは具体的にはまだ余り固まっていません。 昼にもし皆で何かをする場合は何かお手伝い出来たらと。 よろしくお願いします。
No.2
はーい、世界が羨むイケメン、シャーディーくんです! たぶん【昼】で歌を歌ってると思うよ! 人が集まるようなら合唱したいなぁ!
ハガネだよ! よろしくね。 歌に自信がある人多そうな感じかな? みんなで合唱とか合奏とかできたら素敵だよね。 とはいえ、僕はタンバリン叩くくらいしかできなさそうだけど(たははと笑い
シャンテ・フーケだよ。 昼は歌を口ずさんだり、夜は食事やランタンでも楽しもうかと思ってたな。 それでは、よろしくお願いします。
やぁ セヴラン・クアルトだよろしくね。 昼は演奏で呼び寄せて 夜はのんびりランタンを眺めに行く予定。 歌の伴奏も喜んでやるからね
お初にお目にかかります。レティシア・レインフィールと申します。よろしくお願い致します。 私も、歌で微力ながらお力になりたく存じます。
No.7
アステルと言います。よろしくお願いします! 私は【昼】に笛での演奏参加を予定してますです。 合唱、合奏、大歓迎です! あとは甘いお菓子を堪能出来れば嬉しいです♪
ジョン・ベアーじゃ。くま太郎でもジョンでも好きな方で呼んでくれ。 む、合奏か……美味いものを食べに行くのが目的じゃったが、ふむ。 太鼓ぐらいならわしでも叩けるじゃろう、下手の横好きみたいなものだが! 参加させてもらうかな。